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8月1日 悲しい選挙結果(7月19日号 JAMA Network Open 掲載論文)

2019年8月1日
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今後急速に人口が減少すると予想される我が国も積極的に外国人労働者を受け入れる方向に舵を切ったが、今や先進国で移民政策なしに成長はないと言ってもいい。要するに、それぞれの国の必要から移民政策がある。しかしどんなに必要だからと言っても、移民政策は差別と表裏一体で、差別のない多民族社会を維持するためには強い政治的リーダーシップが必要になる。この差別意識のドグマは、ヨーロッパではブレクジットやポピュリズム政党の台頭として顕在化したが、多民族社会を国の精神にしていたはずの米国でも、2016年のトランプ選挙のあと彼の発言に支えられ、アメリカ第一主義のもと移民制限から差別へと拡大しつつあるように見える。

今日紹介するニューヨーク、Stony Broock大学を中心とした共同グループによる論文は、このようなアメリカの変化を医学データから検証しようとする研究でJAMA Network Openに掲載された。タイトルは「Association of Preterm Births Among US Latina Women With the 2016 Presidential Election (米国でのラテン系女性の早産は2016年大統領選挙と相関している)」だ。

社会学的調査で差別の実態を調べることはわが国でもよく行われているが、米国では医学調査で差別を裏付ける試みが行われているようで、トランプが選挙キャンペーンでメキシコ国境の壁から、不法移民の強制送還までキャンペーンした影響を、ラテン系住民の血圧や、精神疾患、あるいは低体重児の出産頻度の増加などとの相関として調べられてきていた。しかし、これまでの研究は統計学的に完全ではなく、トランプにjust an opinionと片付けられそうなので、3000万人に及ぶ国の出生統計をもとに、ラテン系住民(合法、非合法の滞在者を問わない)の出生に対する早産率を調べたのがこの研究だ。

基本的には大統領選挙に入る前と、選挙後の早産率を月ごとに比べたもので、統計的正確さを確保するために、様々な調整を行なって、予断が入らないよう様々な工夫が行われているが、詳細は全て省く。

結果は、全体で見たとき選挙中に妊娠していたラテン系住民の早産率は、それ以前と比べ0.6%近く増加している。もちろん大きな差ではないが、月ごとに見ると、選挙後2017年2月と、7月ではっきりとした増加が認められることから、ラテン系移民を名指した選挙キャンペーンにより、早産率が上がったことは間違いないと結論している。

結果は以上で、相関が見られるという以上の調査ではない。ただ選挙中の発言の影響ということで、一人の政治家の発言が多くの人の健康に影響がある可能性を示す一つの例にはなるだろう。個人的には、身体の医学を社会の問題と結びつけようと常に努力している米国の医学の幅広さに感心した。

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