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ニーマンピック病遺伝子治療の大きな進展(Science Translatioal Medicine掲載論文)(08/23/2019)

2019年8月23日
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ニーマンピック病はスフィンゴミエリナーゼと呼ばれる酵素が欠損する病気で、最も重いものでは早くから進行性の脳障害をきたす病気だ。酵素活性がある程度残っている患者さんでは、脳は正常だが、スフィンゴミエリンの蓄積によるライソゾーム機能異常により、肝臓脾臓腫大、呼吸機能低下が起こる。最近、この酵素を注射すると体の様々な臓器に取り込まれて、リソゾーム機能が回復することが示され、脳障害のない子供を治療する治験が進んでいる。しかし、酵素は脳に到達できないので、脳症状は遺伝子治療が最も近道と考えられてきた。

実際、モデル動物を用いて脳に直接アデノ随伴ウイルスベクターに組み込んだ遺伝子を注射する研究が行われてきたが、ウイルスベクターが万遍なく脳に広がらないため、局所的にスフィンゴミエリナーゼの発現が高くなりすぎ、その結果スフィンゴミエリンの分解物が強い炎症を引き起こすという問題が立ちはだかっていた。

これに対し、カリフォルニア大学サンフランシスコ校の研究グループは、この問題をアデノウイルスに組み込んだスフィンゴミエリナーゼ遺伝子を小脳延髄槽に注入することで解決できることを示し、この病気の遺伝子治療を一歩進めることに成功した。(Samaranch et al, Adeno-associated viral vector serotype 9–based gene therapy for Niemann-Pick disease type A Science Translational Medicine 11, eaat3738).

この研究のミソは、向神経性の強いアデノ随伴ウイルスベクター(AAV9)を用いたことと、図に示したように小脳と延髄の間にある脳室にウイルスを注射した点にある。

詳細は全て省くが、私が理解した限り、マウスでは小脳だけでなく、海馬から皮質に至るまで神経細胞とグリア細胞の両方にスフィンゴミエリナーゼを発現させることに成功し、運動機能、記憶機能の回復とともに、通常30週ぐらいで始まる死亡を完全に抑制することに成功している。

もちろん同じプロトコルが人間で有効かどうかはやってみないとわからないが、脳症状については根本的治療方法がない現状で、一刻も早く実際の治験に進んで欲しいと思う。マウスでの前臨床データから見る限り、臨床治験に進むのを躊躇する理由は見当たらない。そして、ぜひ現実的な価格で治療を受けられるようにして欲しいと思う。


8月23日 統合失調症に見られる皮質遺伝子発現概日リズムの変化( Nature Communication:10, 3355 掲載論文 )

2019年8月23日
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私たちの体内で発現している多くの遺伝子が日内変動しており、これによって体の様々な調子が調整されていることが知られており、研究も進んでいる。したがって、様々な組織の遺伝子発現についての研究も、対象となる遺伝子が概日リズムを刻んでいるかどうか、その場合は時間を決めて調べる必要がある。

このような事情で、概日リズムの研究は全て生きている時に行う必要があると思っていた。ところが今日紹介するピッツバーグ大学からの論文は、亡くなった統合失調症の患者さんの脳を用いて遺伝子発現の概日リズムを調べた研究でNature Communicationsに掲載された。タイトルは「Diurnal rhythms in gene expression in the prefrontal cortex in schizophrenia (統合失調症患者さんの前頭前皮質遺伝子発現の概日リズム)」だ。

この研究では病理解剖時に前頭前皮質を採取し、通常通りmRNAの配列を調べただけの研究だが、これに患者さんの死亡時間を調べて、組織が採取された時間を変数として加える一手間かけることで、多くの患者さんをプロットすると自然に遺伝子発現の概日リズムがわかると着想した。

概日リズムがこの方法でわかるか調べるために、おなじ実験をまず精神疾患以外の解剖例で行い、死亡時間を加えて遺伝子発現をプロットすると、期待通りこれまで知られていたのと同じ概日リズムを刻む遺伝子のリスト、そのリズムを抽出することができる。

この基礎データの上に、次に統合失調症の患者さんの解剖例で同じ実験を行うと、コントロールのサンプルで見られた概日リズムがほとんど消え、逆にコントロールでは概日リズムが見られなかった遺伝子が概日リズムを刻むことを発見した。実際にはコントロールで概日リズムを刻んでいた遺伝子のうち424種類の概日リズムが消失し、逆に560の遺伝子が概日リズムをスタートさせている。

面白いことに、新しくリズムを刻む遺伝子の多くはミトコンドリアに関係する遺伝子で、逆にリズムが失われる遺伝子の多くは免疫機能に関係する遺伝子だった。

最後に、これまで統合失調症に特異的としてリストされていた遺伝子を調べると、実際には新しく概日リズムが始まった結果リストされた遺伝子が多いことを明らかにしている。

結果は以上で、人間の解剖サンプルによる遺伝子発現を調べる時に、常に死亡時間を頭に入れて考えることの重要性を示した面白い研究だと思う。しかし、本当にこの方法で正確な遺伝子発現の概日リズムが測定できるのか、また統合失調症でこれほど大きな変化が起こっているのかについては、追試が必要だと思う。

またなぜこんなことが起こるのかも面白い。概日リズムが消える遺伝子の多くが免疫関係だということは、逆に統合失調症ではこれを上回る免疫反応が起こっているのかもしれない。薬の影響も知る必要がある。いずれにせよ、重要な指摘が行われたと思っている。

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