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3歳以下のてんかんに対するケトン食(2019.8.30)

2019年8月30日

今日の論文紹介は、ケトン体と幹細胞の話だったが(http://aasj.jp/news/watch/11238)少し理解しづらかったと思うので、一般向けの記事として、10年にわたって治療法のない3歳以下の幼児のてんかん患者(109人)に対してケトン食療法を続けた、シカゴにあるルリエ小児病院の経験について報告した論文を紹介する(Scientific Reports 9:8736, 2019)。

平均1.4歳という幼児でも、ケトン食を始めると3ヶ月で約4割の子供でてんかん発作が50%減り、20%の子供ではほぼ完全に発作をコントロールできたと言う、素晴らしい結果だ。さらに問題になるような副作用は見られず、3歳以下の子供でも安全に治療できることから、一般治療が困難なてんかんの場合、ケトン食は重要な選択肢になると結論している。

一機関だけの結果で、さらに長期の効果、あるいはケトン食をやめたらどうなるかなど、まだまだ知りたい点は多いが、研究を拡大する十分な動機になる論文だと思う。

個人的に興味を持ったのは、幼児に食べさせるケトン食のベースになる加工食材を簡単にネットなどから手に入れることができる点で、この病院でも積極的に市販品を使ったプロトコルを作成して、誰でもが簡単にケトン食を続けられるようにしている。輸入でもいいので、我が国でも簡単に利用できるようにして欲しいと思った。

自閉症の科学32:末梢神経の興奮性を変化させて自閉症を治療する可能性

2019年8月30日

少し執筆上の不自由を感じたので、Yahoo Newsに記事を書くのをやめることにした。そのため、書きためた自閉症の科学記事のAASJホームページへの引越しなどに手間取って、新しい論文を紹介するのが遅れていた。ようやく新しいHPの体制が整ったので、8月読んだ中では最も重要だと思う論文を最初に紹介したいと思う(Orefice et al, Targeting Peripheral Somatosensory Neurons to Improve Tactile-Related Phenotypes in ASD Models(抹消の体性感覚を標的にする治療はASDモデルの触覚に関わる症状を改善する)Cell 178, 867-886, 2019)。

自閉症スペクトラム(ASD)を、発達段階の外部との接触、特に様々な感覚器を通しての接触の異常として理解する考え方があり、実際ASDの人達の手記を読むと、十分説得力がある考え方だ。

この論文の著者らもこの考えに立っているが、普通は中枢神経系の状態と考えるASDを、すべて末梢神経の異常として捉えられないかという更に大胆な仮説を立て実験を行なっている。

まず、ASD様の症状を示すマウス遺伝子変異モデルを用いて、同じ変異を末梢神経だけに限局した時どうなるかを調べ、中枢神経は全く正常でも、末梢神経でShank3やMECP2などの遺伝子が欠損すると、同じ様にASD症状を示すことを示している。

さらにこの逆の実験、すなわち遺伝子変異マウスの末梢神経だけに正常遺伝子を発現させる実験を行い、ASD症状が改善することを示している。

これらの遺伝子変異はGABA受容体の興奮性を低下させることが知られている。このGABAを神経伝達に使う神経は、抑制性神経と呼ばれており、感覚器の場合、感覚神経の興奮を抑制する働きがある。すなわち、GABA受容体の興奮が低下すると、感覚神経が逆に過敏になる。

そこで、著者らは脳には到達しないが、GABA受容体の興奮を高める薬剤を使って、感覚神経の過敏性を発達期に抑える実験を行い、末梢神経の興奮レベルを正常化させると、ASD症状が抑えられることを明らかにした。

以上の結果は、ASDの多くの症状が、末梢神経の興奮レベルの変化に起因しており、これを脳には影響のない薬剤で正常化させることができるという画期的な可能性を示している。すでに薬剤も特定されていることから、安全に臨床応用をするめるためには、どの様な体制が必要なのか、速やかな論議が進むことを期待する。

また、人間のASDを末梢神経異常の観点から比べる研究が加速して欲しいと思う。中枢系よりはるかに治療可能性がある。この研究でモデルにつかわれたMECP2遺伝子変異は、欠損症と過剰症の2タイプが存在するので、両者を比べる研究から重要なヒントが得られる予感がする。期待したい。

(この論文は重要なのでYoutubeで解説することを計画している)

8月30日 ケトン体は幹細胞維持に働く( 8月22日号 Cell 掲載論文 )

2019年8月30日

炭水化物をグッと抑えた食事からカロリー摂取するケトンダイエットは、サッカーの長友選手による宣伝効果もあって、普及が進んでいる。それだけでなく、これまで紹介してきたように、難治性のてんかんや発達障害にも効果があることが示されているが、要するに糖質なしで脂肪を燃やして持続できる身体へと、からだをプログラムし直してくれる。だとすると、単純なカロリー代謝の問題ではなく、本当は複雑な分子カスケードが誘導されている気がする。

今日紹介するマサチューセッツ工科大学からの論文はケトン体が幹細胞のエピジェネティックスを変化させて未分化性の維持に働く仕組みを示した研究で、今後のケトン食の利用を考える上でも大きな示唆になる研究だと思う。タイトルは、「Ketone Body Signaling Mediates Intestinal Stem Cell Homeostasis and Adaptation to Diet (ケトン体のシグナルは腸管幹細胞のホメオスターシスと食事に対する適応を媒介する)」で、8月22日号のCellに掲載された。

この研究はマウスの腸管細胞の遺伝子発現を調べていた時、ミトコンドリアでケトン体合成の最初の過程に関わるHMGCS2が幹細胞特異的に強く発現しているという発見に始まっている。

そこで、ケトン合成が幹細胞でどのような働きがあるのか調べる目的で、まずこの酵素を腸管や腸管幹細胞でノックアウトしたマウスを作成すると、腸管の幹細胞システム全体が崩壊し、また試験管内でのオルガノイド形成が強く抑制されることを発見する。すなわち、幹細胞の自己再生が抑えられ、分化が早く誘導され、その結果幹細胞システムの維持や再生がうまく動かなくなる。

次はこの現象のメカニズムを探る必要があるが、著者らはHMGCS2ノックアウトによりパネット細胞が6倍近く増加することに着目する。というのも、Notchを抑制すると同じことが起こることがこれまで広く知られていた。そこで、Notchの下流遺伝子の発現をHMGCS2ノックアウトマウスと比べると、Notch阻害と同じ遺伝子が動いていることを確認、またNotch抑制をHes1レポーターでも確認している。

期待通りHMGCS2ノックアウトの効果はケトン体を外から加えることで正常化するので、ケトン体を試験管内のオルガノイド形成で加える実験系を用いて、ケトン体がヒストンアセチル化阻害剤と同じ効果があり、幹細胞でケトン体が枯渇するとヒストンのアセチル化が低下することを確認している。すなわち、ケトン体がヒストンアセチル化酵素を阻害することで、Notch転写を介して幹細胞の自己再生をコントロールしていることが明らかになった。

最後にケトン食と糖質食を食べさせる実験で、ケトン食が腸管の幹細胞システムを活性化する一方、糖質食は幹細胞維持機能を阻害することを示している。

これらの実験は、ケトン体がなぜ大きな細胞レベルの変化を誘導するのかの一つの理由を教えてくれる。すなわち、ヒストンというエピジェネティック過程を直接阻害することで、多様な変化を誘導できることを示している。

腸管の幹細胞について言えば、ケトン食で幹細胞が維持されるとすると、一つ懸念されるのは発がんを促進しないかだし、逆に期待できるのは老化を防ぐかという問題だ。腸管について言えばHMGCS2ノックアウトマウスがあるので、この問題に対する答えはすぐ出てくるだろう。注視する必要がある。

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