PD-1に対する抗体を用いて免疫反応の抑制メカニズムを外すことで、長期にわたるガンのコントロールが可能になったが、これと並行して免疫抑制が外れることで起こってくる、これまで誰も経験したことのないような様々な免疫病が現れるようになった。これらは単純に副作用対策というより、人間の免疫システムを知る上でも貴重な症例で、一例一例、解剖も含めて大事な検討が必要だ。
今日紹介するナッシュビルにあるバンダービルド大学からの論文はPD-1治療の結果脳炎で亡くなった患者さんの、お手本ともいうべき丁寧な病因追求調査で一例報告とはいえNature Medicineに掲載された。タイトルは「A case report of clonal EBV-like memory CD4 T cell activation in fatal checkpoint inhibitor induced encephalitis (チェックポイント治療により誘導された脳炎ではEBウイルス様のメモリーCD4T 細胞のクローン増殖が活性化されていた)」だ。
チェックポイント治療により様々な臓器の自己免疫性炎症が起こってくるが、脳炎もその一つで、特に致死率が19%と高い。PD-1抗体治療により多く見られる他の重篤な炎症、例えば心筋炎などと比べると、PD-1に対する抗体でも、CTLA-4に対する抗体でも同じ頻度で見られるのた特徴だが、ほとんどの場合抗原の特定は行われていない。
この研究では、メラノーマに対して18ヶ月抗PD-1抗体を投与してガンがうまくコントロールできた患者さんが、急に精神症状を発症し、脳炎と診断され、様々な治療にも関わらず42日で亡くなってしまった症例の、いわゆる病理検査所見になる。ただ、解剖で得られた組織は単純に組織検査を行うだけでなく、遺伝子検査まで行い、炎症で反応しているT細胞の抗原特異性を見つけようとする徹底した病理調査になっている。
結論は驚くべきもので、CD4T細胞の血管周囲への浸潤を特徴とする脳炎が起こっているが、ここで増殖しているCD4T細胞は活性化されたメモリーT 細胞で、なんとその20%は同じ抗原受容体を発現していることがわかった。すなわち、炎症は抗原特異的に反応したT 細胞のクローン性増殖により起こっている。
次に、この抗原受容体がどの抗原を認識しているのか、これまで蓄積されている抗原特異的受容体のアミノ酸配列を検索すると、なんと伝染性単核症の患者さんに現れるEB ウイルス抗原に対するT細胞と同じであることがわかった。そして、脳炎発症時から死亡まで、血中にEBウイルスが検出されること、また脳組織に少ないとはいえ、EBウイルスに感染したB細胞が存在することも確認している。
調べられるのはここまでで、結論は伝染性単核症のように、EBウイルスに感染したB細胞に対してCD4T細胞の急速なクローン性の増殖がおこり、これがチェックポイント抑制により強い炎症につながってしまったという結果になる。
チェックポイント治療により伝染性単核症が誘発されたかどうかはわからないが、今後同じような病因追求をチェックポイント治療症例で重ねることの重要性を示すいい臨床病理研究だと思う。
同じように炎症で浸潤してくるT細胞の抗原特異性の追求が今後病理にとって重要な課題であることを示すもう一つの論文を明日紹介する。