ずいぶん昔、このブログを書き始めた頃、琥珀の中のDNAは50年持たないという論文を紹介したことがある(http://aasj.jp/news/watch/480)。この結果自体はそれでいいのだが、問題は琥珀からDNA を分離して古代の昆虫のDNA を解析したという論文が1992年ごろトップジャーナルに相次いだことだ。1992年はマイケル・クライトンの「ジュラシックパーク」が出版されて2年目にあたる。小説にヒントを得たとは思いたくないが、琥珀の中の生物の生々しい姿を見ると、確かにDNAも残っていると思いたくなる。結局あの時発表された論文のほとんどは汚染された現代のDNAを見ていたのだと思う。
このように世間が当たり前と思い込んでしまうことについての研究は論文は通りやすいかもしれないが落とし穴が多い。その一つが細菌叢の研究で、あらゆる身体的異常が細菌叢の問題とされてしまう。その一つが、早産や未熟児と胎盤の細菌叢の関連についての研究だ。我々古い世代は胎盤は無菌的と思っているので、出産前から胎盤に細菌叢が存在するというのはそれだけで驚いてしまう。
今日紹介する英国サンガー研究所からの論文は、妊娠中毒症や早産など様々な出生時の異常を追跡するコホート研究で、主に帝王切開で得られた胎盤を用いて、厳密なコントロールを置いた上で、得られたDNAの配列を決めるメタゲノム解析と、16S リボゾームのアンプリコン解析を比べ細菌叢を正確に特定しようとしている。タイトルは「Human placenta has no microbiome but can contain potential pathogens(人の胎盤には細菌叢はないが、病原性のある菌が感染する場合もある)」で、7月31日号のNatureに掲載された。
おそらく最初からこのような結果になるとは想像していなかったのだと思う。しかし結果は驚くべきもので、メタゲノム解析とアンプリコン解析で共に検出できる細菌はポジティブコントロールとして置いた細菌以外は全く存在しなかった。また同じ結果はアンプリコン解析を複数回繰り返す方法でも確認されている。
もちろん、一致はしないが胎盤サンプルから細菌は検出される。しかし結局検出される細菌は実験室の試薬や器具から汚染されており、それ以外は出産時の母親から汚染されたもので、これについては、今回行われたように同じサンプルを異なる方法や試薬で並行して調べるしかないことを示している。
一つだけ明らかになったポジティブな結果は、多くの胎盤で妊娠中にアガラクチア菌の感染が見られることで、感染ルート、その影響を詳しく調べるという新しい課題が生まれた。しかし、この菌の有無は妊娠中毒症や、早産とはほとんど連関はない。
以上、この例は実験研究が陥りやすい罠の典型で、要するに皆が思い込みに基づいてストーリーができてしまう。細菌叢研究で言えば、これまで無菌的とされてきた組織については今後も細心の注意が必要だろう。
もちろん、便を始めもともと多くの細菌が存在している組織やサンプルではあまり問題にならないと思うが、注意するに越したことはない。