2019年8月6日
抗原によりキラーT 細胞が活性化された後、抗原から離れた細胞はメモリー細胞へと分化し、一方抗原に持続的にさらされるとPD-1を発現するexhausted typeへ分化する。この反応が免疫のブレーキになるが、このブレーキをPD-1に対する抗体で外して、もう一度ガンと戦わせるのがチェックポイント治療で、ガン抗原が常に存在するガン局所では極めて合理的方法だ。
この考え方だと、ガン局所のキラーT 細胞はPD-1抗体によって活性化されても、クローン自体は変化することはないはずだ。ところが、今日紹介するスタンフォード大学からの論文は、少なくとも皮膚ケラチノサイトのガンSCCでは、PD-1抗体処理により、局所に新しいキラーT細胞が現れガン免疫に関わることを示し、PD-1の複雑な機能を示唆する研究だ。タイトルは「Clonal replacement of tumor-specific T cells following PD-1 blockade
(PD-1阻害の後に見られるガン特異的T細胞の入れ換え)」だ。
この研究ではサンプルの採取しやすいSCCを標的にPD-1抗体治療を通常どおり行い、治療前と、最終投与以後54日までにサンプルを取り、組織中の浸潤T細胞(TIL)について、single cell transcriptomeを行い、ガン局所での細胞の変化を調べている。
期待通り、PD-1投与を行なった組織ではほとんどのタイプのT細胞の数が上昇しているが、期待通り抗原に反応している細胞系統とブレーキがかかりはじめた疲弊型に2分する。
問題はガン局所で増殖しているT細胞が期待通りガン局所で増殖したのかどうかだ。これを確かめるため、それぞれのT細胞の発現する抗原受容体を解析すると、抗体治療の後で増殖しているPD-1陽性のexhausted typeでは、抗原特異的と思われるクローンが選択的に増殖していることがわかる。
ところが驚くことにPD-1抗体治療前のTILと比べたとき、治療前にはなかった全く新しいクローンが増殖していることがわかった。実際、新しくガン組織に現れたexhausted typeのクローンは末梢血にも認めることができるので、おそらく新たに浸潤してきたものだろうと考えている。
以上の結果は、ガン免疫は決して組織内で終始する過程ではなく、またPD-1も疲れ始めたT細胞に鞭打ってガンを攻撃させるのではなく、常に新しいT細胞をリクルートし活性化することがガン免疫成立、そしてPD-1治療効果の鍵になることを示している。とすると、常にガン局所に新しい戦力を導入し、それをより強く活性化する方法の開発が必要だが、現在この分野は賑やかなので、必ずや期待できる治療法が開発されると思う。
2019年8月5日
コラーゲンやヒアルロン酸を飲んだり、塗ったりすることをうたう製品が多い中で、最近では資生堂の様にマイクロニードルに塗りつけて、表皮を突き破ってヒアルロン酸を皮下に注入する方法が開発されている。もしこの様な方法が消費者に支持されるなら、消費者も言葉だけでなく、科学的合理性を選択していることを意味し、他の会社も見習うのではと思う。
ただ、マイクロニードルの問題は液体を注入できない点だ。したがって、針表面に薬剤をコートする必要があり、注入できる量も限られている。これに対し今日紹介する韓国スンシル大学からの論文は、蛇の歯を模倣した針を設計することで、圧力なしに液体を皮下に投与する方法を報告し7月31日号のScience Translational Medicineに掲載されている。タイトルは「Snake fang–inspired stamping patch for transdermal delivery of liquid formulations(蛇の牙にヒントを得て液体を皮膚を通して注射するためのパッチ)」だ。
私も知らなかったが、蛇には長い牙の中から毒を注入するタイプと、溝のついた牙を差し込んで、自然に液体を相手の皮内に注入するタイプがある様だ。このグループは、後者にヒントを得て、溝のついたマイクロニードルの上部に液体のリザバーを設置して、リザバーから流れる液を溝を通して皮内に注入する方法を思いついた。
この着想が全てで、あとはマイクロニードルの長さや形状、レザバーの材質や形を検討している。実際期待通り、圧をかけなくともこの方法で、1cm角のパッチであれば100μℓの液体を皮内に、なんと1秒もかからず注入することができる。その後皮下で拡散するには時間がかかるが、もちろん大きな分子であれば注射局所にとどまることもあるだろう。アルブミンだと、15分も過ぎると局所から速やかに運び出される。
最後に、この方法で免疫を誘導するワクチンが作れるかどうか、インフルエンザワクチンを用いて実験を行い、期待通りマウスをインフルエンザ感染から守ることができることを示している。
2014年クモの足についている圧力センサーに習って感度の高い振動センサーを開発したソウル大学からのNature論文を紹介したことがあるが(http://aasj.jp/news/watch/2574)、韓国は実際の生物にヒントを得た製品を開発するバイオミメティックス分野に力を入れている様だ。ここではワクチンを前臨床として用いているが、実際には化粧品などのゲームチェンジャーになる可能性が感じられる。
2019年8月4日
おそらく発癌に関わる遺伝子の中でもp53ほど奥が深い分子はないだろう。DNA 損傷を始め様々な細胞へのストレスで活性化され、多様な分子の発現を誘導し、細胞周期、細胞死、DNA修復などに関わるだけでなく、例えば血管新生や代謝調節にも関わり、これら全てはガンの悪性化と関わる。
今日紹介するオランダ・ガン研究所からの論文は、p53とWntの予想外のリンクを発見した研究で、またまたp53の奥の深さを垣間見さえてくれた。タイトルは「Loss of p53
triggers WNT-dependent systemic inflammation to drive breast cancer metastasis (p53が欠損するとWnt依存性の全身性の炎症が誘導され乳がんの転移を誘導する)」だ。
がんの増殖浸潤転移には組織炎症が促進因子として強く働いていることが知られている。7月9日に紹介した膵臓癌転移を抑えるADH-503は、白血球のガン組織への浸潤を抑えることでガン免疫を高めることで効果を発揮していることを紹介した(http://aasj.jp/news/watch/10513:Youtube: https://www.youtube.com/watch?v=vxZFpDx4rIg)。
今日紹介する研究も、まず炎症を誘導しやすいガンを探すために、マウスの様々な遺伝子改変で誘導される16種類の乳がんが末期になった時期に組織の白血球浸潤を調べ、驚くことにp53遺伝子を両方の染色体で欠損させた9種類のガンでのみ白血球の浸潤が見られることを発見する。すなわち、ドライバー遺伝子などには関わらずp53欠損と白血球浸潤が強く相関することを見つけた。さらに、p53陰性腫瘍の周りの白血球は、幹細胞マーカーであるc-Kitまで発言していることがわかった。
さらにこの関係を確かめるために、同じガン細胞からp53だけをクリスパー/Cas9で欠損させた細胞株を作り、親株と欠損株をマウスに注射する実験を行い、白血球の浸潤がp53と関連していること、また浸潤してきたマクロファージによりIL1βのレベルが高まっており、ガンの進展を促す組織構造が生まれていることを確認する。
では、p53が欠損により直接誘導されるどの分子によりこの様な未熟白血球の浸潤がおこっているのか調べる目的で、ガンの遺伝子発現を比べ、Wnt1,6,7Aがp53欠損株で上昇していることを発見する。すなわち、p53はWntの発現抑制に関わっていることになる。そして、誘導されたWntは白血球幹細胞に働き、全身性の炎症を誘導してその結果乳がんへの浸潤が高まると結論している。
最後にこの考えを確かめるため、Wntを抑制する化合物LGK974をマウスに投与する実験を行い、p53陰性の腫瘍特異的に、ガンの転移を抑制できることを示している。
P53=細胞周期とDNA 修復と考えていた頃から考えると、何と複雑になってきたのかと改めて感心した論文だが、では正常でp53がWntの発現を抑制することの意味は何だろうと疑問は膨らんでいく。おそるべしP53 。
2019年8月3日
今日から神戸で、MECP2重複症患者さんの家族会(http://www.mecp2.jp/)のファミリーキャンプが開催される。私たちAASJは初期から家族の人たちの奮闘を見ており、この記念すべき第一回キャンプに参加するのをたのしみにしている。嬉しいことに、MECP2に関する研究は着実に進んでおり、遺伝子治療以外にも様々な治療法が開発されつつある。
今日紹介するマサチューセッツ工科大学からの論文はMECP2が欠損する方のレット症候群治療のための研究だが、同じ方法は重複症にも用いられると期待できる。論文は8月1日号のScience Translational Medicineに掲載され、タイトルは「Pharmacological
enhancement of KCC2 gene expression exerts therapeutic effects on human Rett
syndrome neurons and Mecp2 mutant mice(KCC2遺伝子発現を薬理的に促進することでレット症候群の神経やモデルマウスに対する治療効果がある)」だ。
レット症候群もMECP2重複症も原因となる遺伝子変異ははっきりわかっており、遺伝子編集によるゲノム治療が最終的治療法といえる。ただ、MECP2分子の機能研究から、MECP2の異常により機能異常が起こっている分子を見つけ出し、その機能を正常化させるための研究も進んでいる。この研究は、まさにこの方向性の研究だ。
このグループはレット症候群の神経細胞ではクロライドイオンと、カリウムイオンの輸送に関わるKCC2の発現が低下していることを発見していた。この分子は、興奮性神経と抑制性神経のバランスを維持する重要な働きがあり、レット症候群の症状の一部がこの異常を反映していると考えられる。
この研究ではヒトES細胞のKCC2遺伝子を標識してその発現をモニターできるようにし、発現が高まる化合物を探索し、数種類の化合物を発見している。面白いのは、こうして発見された化合物はそれぞれ異なる経路に関わる。
一つは白血病の治療に使われるFLT3阻害剤で、これをマウスの脳スライス培養で調べると抑制性神経の効率を高めることができる。同じように、BIOなどのGSK3β阻害剤、レスベラトールなどのサーチュイン経路、そしてピペリンなどのTRPV1刺激と、4種類のKCC2発現を高める薬剤が特定できた。
最後に、レット症候群モデルマウスの呼吸と運動機能について、Flt3阻害剤やピペリンが症状改善に効果があるか調べ、期待通り大きな効果が得られることを示している。残念ながら、社会行動の正常化などについては調べていないため、今後の研究が待たれる。
結果は以上で、MECP2変異があっても、その下流の遺伝子の発現を正常化させるための方法は何通りもあることを明確に示した点で、希望を与える貢献だと思う。もちろん、抗がん剤をそのまま使っていいのかなど、多くの問題は残されている。また、他にも多くの標的があるだろう。ぜひこの方向の研究も進んで欲しいと願っている。
2019年8月2日
最近のトップジャーナルの編集者は、論文としてのレベルはそれほどでなくても、すぐに人間の健康に役立つ論文なら、以前よりサポートするようになったと思う。その結果、NatureやScienceで症例報告まで掲載されることがある。雑誌の目的が、多くの人の興味を惹くことである以上、仕方ないことだと思う。
今日紹介するデューク大学からの論文はそんな一例で、メチオニン制限食によってガンの治療効果を高めることができることを示した研究で、8月1日のNatureにオンライン出版された。タイトルは「Dietary methionine
influences therapy in mouse cancer models and alters human metabolism (メチオニン制限食はマウスのガンモデルの治療効果を高め人間の代謝も変化させられる)」だ。
メチオニンは人間にとって必須アミノ酸の一つで、したがってメチオニンが関わる葉酸を中心とするone carbon代謝と呼ばれる経路はメチオニンの摂取量により決まる。しかもこの回路は、核酸代謝や、抗酸化反応など、細胞の増殖や寿命に関わる重要な代謝物の合成に必須であることがわかっている。そのため、これまでアンチエージングやガンの治療として、メチオニン制限食の可能性が示唆されていた。
タイトルからわかるようにこの研究もガンの治療の一環としてメチオニン制限食がどのぐらい有効か調べることを目的としているが、この発想自体は新しいわけではない。ただ、実際の治療セッティングに役立つようにしっかりと研究が行われている点で評価されたのだろう。
まず制限食に変えてすぐ(2日後)に様々な代謝物からみた代謝が変化することを示している。これは治療という観点から見ると重要だ。そして、移植された自然発生腫瘍の増殖を、制限食だけでかなり抑えられることを示している。しかし、予想通り決して完治することはない。
次に、制限食だけでは抑制がうまくかからない腫瘍も、同じ代謝経路に関わる核酸阻害剤5FUと併用すると、一定の効果を示し、実際代謝もさらに大きく変化することを示している。同じように、放射線照射との協調性もみられる。
最後に、では同じような食事で人間の代謝もすぐに変化するかボランティアを用いて検討し、マウスと同じような核酸代謝、エネルギー代謝、酸化反応への効果が認められることを示している。しかし、ガンの治療実験は行われていない。
以上が結果のすべてで、正直言って掲載されるレベルとはお世辞にも言えない。しかし、著者らも述べているように菜食主義や地中海食の食事にはこの基準に達するものが存在しており、またFDAの許可が必要というわけではないので、低栄養さえ気をつければ、明日からでもトライすることができるという点で、掲載されたのではないかと思う。おそらく、ほぼ全てのガンに効果があると思うので、その意味で重要な論文だと思う。
2019年8月1日
今後急速に人口が減少すると予想される我が国も積極的に外国人労働者を受け入れる方向に舵を切ったが、今や先進国で移民政策なしに成長はないと言ってもいい。要するに、それぞれの国の必要から移民政策がある。しかしどんなに必要だからと言っても、移民政策は差別と表裏一体で、差別のない多民族社会を維持するためには強い政治的リーダーシップが必要になる。この差別意識のドグマは、ヨーロッパではブレクジットやポピュリズム政党の台頭として顕在化したが、多民族社会を国の精神にしていたはずの米国でも、2016年のトランプ選挙のあと彼の発言に支えられ、アメリカ第一主義のもと移民制限から差別へと拡大しつつあるように見える。
今日紹介するニューヨーク、Stony Broock大学を中心とした共同グループによる論文は、このようなアメリカの変化を医学データから検証しようとする研究でJAMA Network Openに掲載された。タイトルは「Association of Preterm Births Among US Latina Women With the 2016 Presidential Election (米国でのラテン系女性の早産は2016年大統領選挙と相関している)」だ。
社会学的調査で差別の実態を調べることはわが国でもよく行われているが、米国では医学調査で差別を裏付ける試みが行われているようで、トランプが選挙キャンペーンでメキシコ国境の壁から、不法移民の強制送還までキャンペーンした影響を、ラテン系住民の血圧や、精神疾患、あるいは低体重児の出産頻度の増加などとの相関として調べられてきていた。しかし、これまでの研究は統計学的に完全ではなく、トランプにjust an opinionと片付けられそうなので、3000万人に及ぶ国の出生統計をもとに、ラテン系住民(合法、非合法の滞在者を問わない)の出生に対する早産率を調べたのがこの研究だ。
基本的には大統領選挙に入る前と、選挙後の早産率を月ごとに比べたもので、統計的正確さを確保するために、様々な調整を行なって、予断が入らないよう様々な工夫が行われているが、詳細は全て省く。
結果は、全体で見たとき選挙中に妊娠していたラテン系住民の早産率は、それ以前と比べ0.6%近く増加している。もちろん大きな差ではないが、月ごとに見ると、選挙後2017年2月と、7月ではっきりとした増加が認められることから、ラテン系移民を名指した選挙キャンペーンにより、早産率が上がったことは間違いないと結論している。
結果は以上で、相関が見られるという以上の調査ではない。ただ選挙中の発言の影響ということで、一人の政治家の発言が多くの人の健康に影響がある可能性を示す一つの例にはなるだろう。個人的には、身体の医学を社会の問題と結びつけようと常に努力している米国の医学の幅広さに感心した。
2019年7月31日
自閉症スペクトラム(ASD)に対しては、現在着実に様々な治療手段の開発が進んでいると思う。ただ、脳発達から考えると、できるだけ早く診断して、脳の自由度の高い時期から治療を始める方が望ましい。従って、治療方法の開発とともに、早期診断方法の開発も重要な課題になる。
今日紹介するハーバード大学からの論文は覚醒時のコリン作動性の神経の興奮が振動していることを利用して1−2歳からASDの診断が可能になることを示した研究で米国アカデミー紀要オンライン版に掲載された。タイトルは「Deep learning of spontaneous arousal fluctuations detects early
cholinergic defects across neurodevelopmental mouse models and patients (自発的におこる覚醒時の変動を深層学習させることで、神経発達異常を示すマウスや人のコリン作動性システムの異常を検出する)」だ。
私たちが覚醒状態を維持しているときコリン作動性の神経興奮は振動していることが知られている。これは瞳孔の大きさの変化や、心拍数の変化として見られ、外からの刺激に迅速に対応するための準備と考えられている。著者らは、この心原生の振動の違いをASDの診断に使えないかと考えた。
ASDの多発するBTBRマウス、MECP2遺伝子の欠損したレット症候群モデル、そしてCDKL5欠損マウスの3種類のASDモデルを用いて、自由回転するボールの上で覚醒状態を保っているマウスの瞳孔サイズの変化を調べ、正常と比べるとASDモデルマウスでは変動幅が大きいことを発見する。
次にレット症候群モデルでまだ行動学的異常が見られない生後2ヶ月までのマウスでも、瞳孔サイズの変動の異常が同じように見られること、そしてコリン作動性の異常をMECP2発現神経で正常化させると、振動も正常化することを確認した後、この変化を検出してASDと診断できるAIプログラムを完成させている。
次に同じ機械学習を用いて、幼児の心拍数の変動をコリン作動性神経興奮振動指標として学習させ、ASDを早期に診断できないか調べ、レット症候群では1−2歳の段階で8割以上の子供を診断できることを示している。
この研究では、人間についてはレット症候群だけだしか調べていないが、検査は簡単なのでできるだけ多くの遺伝的ASDのケースにまず試して、他の遺伝子が原因のASDも同じように早期診断が可能か確認してほしいと思う。次に、家族にASDが見られるハイリスクグループを用いた研究を行えば、ほぼ可能性は確かめられるだろう。期待したい。
2019年7月30日
一般の人にとってセラミドとは、皮膚のケラチン層に存在して、保湿や皮膚のバリアー機能に欠かせない分子として理解されていると思う。実際保湿効果をうたう化粧品には必ず添加されている。
ところが臨床現場では最近になって、セラミドの血中レベルを糖尿病のインシュリン抵抗性や脂肪肝のマーカーとして用いる動きが出てきた。今日紹介するユタ大学からの論文はセラミド代謝がインシュリン抵抗性による肥満などの原因になっていることを示し、治療標的DES1分子を特定した研究で7月26日号のScienceに掲載された。タイトルは「Targeting a ceramide double bond improves insulin resistance and hepatic steatosis (セラミドの2重結合を標的にすることでインシュリン抵抗性と脂肪肝を改善できる)」だ。
セラミドの代謝には2つの重要なdihydroceramide desaturase(DES)と呼ばれる酵素があり、ジヒドロセラミドをセラミドへと転換している。このグループはこの反応によりセラミドレベルが高まると、肝臓や脂肪細胞で脂肪蓄積が高まるスイッチが入り、インシュリン抵抗性が高まることを、示してきた。
今回の研究では、このセラミドへの転換を促すDES1が肥満や糖尿病を改善する標的になるかどうかを調べるのが目的だ。
脂肪に様々な活性があることは知っていたが、セラミドを細胞に加えると脂肪蓄積のマスター遺伝子Srebs1が活性化されるとは全く予想だにしなかった。とすると、セラミドの血中レベルを下げることでインシュリン抵抗性が解消し、肥満が治るはずだ。この最も近道がジヒドロセラミドをセラミドに転換するDES1の活性を下げることだ。ただ、ジヒドロセラミドもセラミドと同じ効果があれば、この戦略は使えない。
この研究ではまず、大人になってから全身でDES1の転写を低下させるコンディショナルノックアウトを用い、DES1の活性が低下するとインシュリン抵抗性が改善し、肥満が治ることを確認する。すなわち、セラミドの量を減らせば代謝を改善させられる。
つぎに、脂肪細胞、肝臓細胞選択的にDES1遺伝子をノックアウトする実験を行い、どちらもインシュリン抵抗性が改善され、血中のインシュリン濃度が下がり、脂肪酸のレベルも低下することを確認している。
最後により治療可能性を追求するため、アンチセンスRNAをくみこんだ
アデノウイルスの効果を調べ、量に応じて大きな効果があることを示している。
結果は以上で、インシュリン抵抗性を誘導するのはセラミドで、慈悲泥セラミドではないこと、今後DES1を標的にすることでこの状態を改善できることを示した、少なくとも私にとっては新鮮な研究だった。
2019年7月29日
乳がん治療の最も重要な薬剤が、エストロゲン受容体の阻害剤であることは、医師でなくてもよく知っている事実だ。しかし、抗エストロゲン薬といっても作用機序が異なることは意外と知られていない。
タモキシフェンは最初に開発された抗エストロゲン薬だが、エストロゲンと受容体の結合は阻害するが、核内で標的DNAと結合するのは阻害しない(タモキシフェン誘導による遺伝子活性化を考えて欲しい)。実際、受容体が持っているAF-1部分を介して、新たな転写が誘導されることもわかっている。そのため、完全なERの阻害剤にはならない。
この問題を解決する目的で開発されたのがFulvestrantで、受容体に結合すると受容体のユビキチン化を促し、分解するため、完全な阻害剤としてタモキシフェンより有効であるとされている。
今日紹介する創薬ベンチャーGenentechからの論文は、これまで考えられてきたこのFulvestrantの作用機序が、実際には間違っていることを証明した重要な論文で8月8日のCell に掲載される。タイトルは「Therapeutic Ligands Antagonize Estrogen Receptor Function by Impairing Its Mobility (エストロゲン受容体機能の阻害は受容体の細胞内での移動を阻害することで行われる)」だ。
この研究ではこれまで開発されたエストロゲン受容体(ER)阻害剤を集めて、まずERの分解、ERによる転写活性化、さらに乳がん細胞の増殖抑制などから、ER分解能、転写活性能の阻害効果が強い阻害剤GDC0927とGDC0810が、どんな細胞ででも強い増殖抑制を示す、分解活性の高い化合物であることを見つける。すなわちタモキシフェン型のER分解能が低い抗エストロゲン剤は、転写を完全に抑えるわけではないこと、一方転写を抑える活性の強い阻害剤は、増殖抑制効果も高いことを確認する。
これまでだと、fulvestrant型ではER分解率が高いため転写抑制効果が強いと結論して終わるが、このグループはさすが創薬ベンチャーだけあって、GDC0927ですら細胞によってはERを完全に分解するわけではないことに注目し、化合物を加えた時に染色体上でDNAと結合しているERについて調べ、予想に反しFulvestrantやGDC0927のような転写が低下する化合物でも、ERはDNAに結合していることを発見する。
しかし、fulvestrantやGDC0927は結合していてもコファクターのプロモーター部位への結合が維持されることで、染色体をオープン型に変化させないため、転写活性が低下していることを明らかにしている。
この結果は、fulvestrantが単純にERを分解することで転写抑制していると言う考えでは説明できないので、タンパク質の新陳代謝を解析する方法を用いて調べると、核内でのERの動きが強く抑制された結果、分解が進むことを発見する。
以上のことから、抗エストロゲン剤の作用機序はリガンドごとに大きく異なり、またリガンド結合部への結合様態に応じて全く異なる効果を持つことを示している。私だけでなく、おそらく多くのプロもほとんど予想外の結果だろう。現在、Fulvestrantも含め、多くの化合物は薬剤として完全に至適化されたとは言いがたい状況で、経口投与もむずかしいものが多い。この研究は、抗エストロゲン剤の分野が奥の深い、まだまだ素晴らしい薬剤を生み出せる分野であることを示した意味で大きいと思う。多くの乳がん患者さんと一緒に期待したい。
2019年7月28日
糖尿病の最大の問題は高血糖に反応して起こってくる様々な血管病変で、代謝を通じて影響を受ける動脈硬化過程から、グルコースに対する急性の反応まで様々だ。特に後者に関してはほとんど論文を読んだ記憶がない。
今日紹介するカリフォルニア大学デービス校からの論文は、その意味で高血糖がなぜ血管平滑筋の緊張を誘導するのか、生化学的過程を丹念に解明した研究でJournal of Clinical Investigationオンライン版に掲載された。タイトルは「Adenylyl cyclase 5–generated cAMP controls cerebral vascular reactivity during diabetic hyperglycemia(アデニルシクラーゼ5によって合成されたサイクリックAMPが糖尿病時の脳内の血管の反応性をコントロールする)」だ。
この研究では血管平滑筋に焦点を絞って、まずフレッシュな平滑筋を用いて、一般に糖尿病や、私たちの生活サイクルで起こる範囲のグルコースの変化に反応しておこる筋緊張を測定するシステムを構築している。
このシステムで緊張を高める原因が平滑筋内でサイクリックAMPが高まることであることを確認した上で、グルコースに反応してcAMPを合成する酵素がAC5であることを遺伝子ノックアウトなどを用いて確認する。
そして、このcAMPの局所での上昇が、L-タイプのカルシウムチャンネルの活性を高め、こうして高まった細胞内カルシウムが平滑筋の緊張を高めることを、試験管内および実際のマウス脳内で確かめている。
以上の結果をこれまでの研究結果と合わせてブドウ糖の上昇で平滑筋が高まる過程をまとめると、
グルコースが高まると、細胞内で核酸の合成が高まり、それによりプリン作動性の受容体が活性化し、これがAC5アデニルシクラーゼの活性を高め、これによる合成されたcAMPがL-タイプカルシウムチャンネル活性を高めて、細胞内カルシウム濃度が上昇し、平滑筋が緊張しやすい状態が生まれるという結果だ。
久しぶりに古典的とも言っていいい論文を読むと、何か一つ勉強した気になる、いい日曜日の朝だ。