11月24日 ピーナツアレルギーの新しい脱感作療法(11月19日号The New England Journal of Medicine掲載論文)
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11月24日 ピーナツアレルギーの新しい脱感作療法(11月19日号The New England Journal of Medicine掲載論文)

2018年11月24日
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ピーナツをはじめ、さまざまな食品に対する1型アレルギーを持っている人は、外食の際に常に食材に気を配る必要がある。まだアレルギーが何かよくわからない、特に育ち盛りの子供が、みんなと同じ食事を取れないというのは精神的負担が大きく、小児科領域では最も重要な開発課題の一つだといえる。しかし、症状の強い人では、間違うとアナフィラキシーショックによる死につながるため、現在もなお原因になる食物を特定して、避けるのが最も確実な対処方法になる。

しかし、アレルギーを起こす免疫系を変化させようとする試みも、欧米ではピーナツアレルギーに、わが国では卵アレルギーについて進んでおり、成果が出始めている。中でも注目されてれいるのが、アレルギーの親族がいる子供に、乳児期から敢えてピーナツを食べさせて治療する方法で、おそらく腸管から免疫することで、制御T細胞を活性化することができるのだろう。アレルギーの治療としては、ますます発展させる必要のある方向だろう。

一方、すでにアレルギーが発症している人については、昔から脱感作療法が行われている。特定できた抗原を、低い量から徐々にエスカレートさせ、一定期間注射を続ける治療法だが、私の理解では免疫系が抑制されるというより、同じ抗原に対してIgG4などアレルギーを起こさない抗体を誘導し、抗原を中和するのが作用メカニズムだと思う。この脱感作は、これまで医師による注射で行われていたが、これをピーナツ抗原の入った飲み薬で行うのがAimmuneという会社の開発したAR101で、この第3相臨床試験を、欧米の機関が集まって行った結果が、11月19日号のThe New England Journal of Medicineに掲載された。タイトルは「AR101 Oral Immunotherapy for Peanut Allergy(ピーナツアレルギーに対するAR101を用いた経口免疫療法)」だ。

まず800人程度の、ピーナツアレルギーとたしかに診断できる患者さんを無作為に、AR101と偽薬にわけ、どちらも脱感作療法プロトコルに従って投与している。脱感作だが、最初は医師の見ているところで毎日0.5mgから6mgまで量を上げていき、その後は2週間ずつ300mgまでエスカレートさせ、その後300mgを24週間続ける約1年のプロトコルだ。この治療を受けた患者さんは、100mg(ピーナツ半分)に対してさまざまな程度のアナフィラキシーが起こることが確認されている。従って、300mgまで増量できることは、脱感作がうまくいっていることを意味する。一般的な脱感作療法と同じで、実際にはこの時多くのアレルギー症状が出て、治療をストップせざるを得ない。この治験でも、374人からスタートしたAR101グループのうち41人が、さまざまなアレルギー症状でドロップアウトしている。その意味では、これまでの脱感作療法とあまり変わることはないが、注射が必要なく、エスカレーションの後は自宅で管理ができる点が売りになるだろう。 それでも、副作用が出たのは10%強ということで、それ以外は300mgというピーナツ1個分を毎日食べられるようになっていることを意味する。

そして1年後、AR101服用をやめる時に、600mgと1000mgを余分に食べさせてみて、アナフィラキシーが出るか症状で見ている。結果だが、効果は絶大で、6割を超える4ー17歳の子供は、ほとんど症状がでない。また症状に対してエピネフリン注射を行った頻度も、コントロール群では53%に達するのに、AR101群では10%と抑えられており、アレルギーを抑えられていることを示している。メカニズムに対しても検査が行われており、AR101によりIgEのレベルは変わらないが、IgG4が誘導され、おそらく抗原が中和出来るのではと考察している。

以上が結果で、アレルギーを抑えるという点では成功した治験と言えるだろう。ただ脱感作だと今後も服用を続ける必要があり、それ自体が免疫反応を誘導することになるので、治療として定着できるかどうかは判断が難しいように思う。とはいえ、脱感作という私たちが学生の頃からの治療法に集中するベンチャーが存在していること、そしてここまで開発が進んでいることに本当に驚いた。
カテゴリ:論文ウォッチ

11月23日:メチル化の程度が世代を超えて再現できる仕組み(11月15日号Cell掲載論文)

2018年11月23日
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親の経験が生殖細胞のエピジェネティック変化を誘導し、その変化が安定的に孫子にまで伝わるエピジェネティックな遺伝は、さまざまな疾患の原因になっているのではと注目されている。しかし、エピジェネティックな記憶は一度生殖細胞を通ることで完全にリセットされるので、本当にその様な安定な伝達が起こるのか、いまだによく分からない。しかし、遺伝的には全く同じなのに、色素の量を決める遺伝子の発現が異なる結果、違う毛色が子孫に伝達されるケースが確かに存在している(Agouti viable yellow:Avh)。そして、これがアグーチ遺伝子の発現が上流に飛びこんだレトロウイルスプロモーターのメチル化の程度で決まっていることも知られている。一般的に、遺伝子に内在するレトロウイルスは完全にメチル化され不活化されるのに、Avhの場合、アグーチ遺伝子上流に挿入されたレトロウイルスは不活化が完全でない状態が、子孫まで維持されることになる。

今日紹介する英国ケンブリッジ大学からの論文は同じように世代を超えて伝えられるメチル化のパターンがどの程度ゲノム上に存在し、またそれを維持する条件を現象論的に調べた研究で11月15日号のCellに掲載された。タイトルは「Identification, Characterization, and Heritability of Murine Metastable Epialleles: Implications for Non-genetic Inheritance (マウスの比較的安定に伝達できるEpi-alleleの特定、解析、そして遺伝性:非遺伝的伝達についての示唆)」だ。

この研究は、マウスゲノムの中にある内在性レトロウイルスのうちのIAPに焦点を当て、どの程度のIAPがメチル化のパターンを子孫に伝達できるのか網羅的に調べることが目的になっている。そのため、1)個体間でメチル化パターンが異なり、2)それがメチル化パターンと対応し、3)その近くの遺伝子の発現量が変化するという条件でIAP-LTRを探している。実際、ほとんどのIAPは完全にメチル化されているが、30種類のIAPがAvhと同じように切れ切れで中途半端なメチル化パターンを持っていることが分かった。

次にIAP-LTRの中で、完全にメチル化されるものと、メチル化のレベルが変動するものに分かれる理由について塩基配列を比べているが、特に特徴的な塩基は見つからなかった。ただ、多くのマウス系統で同じようなメチル化が変動するIAPを比べると、比較的新しくゲノムに飛び込んできたIAPにこの傾向があること、そして変動タイプのIAPの隣にはクロマチン制御にかかわるCTCF結合サイトがあることが分かった。また、転写への影響をヒストンのアセチル化やメチル化などで調べると、このような新しくゲノムに入ったIAPは確かに転写に影響し、それもメチル化の程度と転写が反比例することも分かった。

ではこのメチル化が変動する状態が生殖細胞へ分化した時も維持されるのかどうか調べるため、精子でこれらの部位のメチル化を調べると、完全にメチル化されている。従って、世代を超えてこのメチル化の状態が遺伝するためには、発生過程でもう一度同じ変動型のメチル化状態が作られる必要があることも分かった。おそらく、CTCF結合サイトが近くに存在することで、メチル化がほころびるのではと考えているようだ。

話はこれだけで、Avhと同じようなメチル化が完全でないIAPが結構存在でき、そのパターンがもう一度発生で再現できるという現象論で終わっているので少しフラストレーションは残るが、やはり内在性のレトロウイルスが個体差の重要な要因になることが確認されたのは重要だと思う。
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11月22日 ヒトレファレンスゲノムをどう設定するのか(Nature Geneticsオンライン版掲載論文)

2018年11月22日
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最近1Kgの基準器が変わったそうだが、人のゲノムにも標準ではないが、参照する為のレファレンスゲノムが存在する。現在のものは米国在住の匿名の13人で、血液型はO型だけというもので、もちろん多様な人間をカバーするのではなく、あくまで比べる参照として使われる。human reference genome consortiamから、その時のコンセンサスが発表されており、現在では2013年に発表されたGRCh38が標準ゲノムとして用いられている。ただこのレファレンスゲノムの背景には、ゲノムが極めて連続的なものだという前提があり、個人のゲノムを基礎に決定した一つの標準にアップデートを重ねれば良いとする現在の方法を続けて良いのかについては議論が起こっている。そこで、各民族のゲノム全体をカバーするパンゲノムも標準として利用できないかの模索が始まっている。

今日紹介するジョンズ・ホプキンス大学からの論文はアメリカに住むアフリカ系の人910人のゲノムデータを用いて、アフリカ系のパンゲノムを制定できないか試みた研究でNature Medicineオンライン版に掲載された。タイトルは「Assembly of a pan-genome from deep sequencing of 910 human of African descent (アフリカ系の910人のゲノム解読データから、ゲノムの総体を組み立てる)」だ。

この研究では、910人のゲノムを繰り返し調べた解読データを、現在のレファレンスゲノムと比較し、まずこのレファレンスで関連づけられなかった新しい配列を集め、その配列が、複数の人で共有され、決して個人的な特異配列でないことを確認し、それを集めてゲノム総体として標準化できるかを確かめている。

結果だが、現在のレファレンスゲノムで参照できない部分がなんと300Mb近く存在する。すなわちアフリカ系のゲノム解析結果の10%近いゲノム配列(12万5千種類のゲノム領域に対応)が、現在得られるレファレンスゲノムには存在していない事を示している。この12万5千種類の領域がゲノムのどこに存在するのか調べているが、ほんの一部に当たる302領域だけしかゲノム上の位置を完全に特定できていない。また部分的に位置を特定できるのが1246領域で、12万5千領域のほんの一部にしか過ぎない。すなわち、染色体のどこに存在しているのか分からない領域が10%も存在することになる。

ところが標準ゲノムではなく、中国人、韓国人ゲノムと比べると、より合致する部位が多く、標準ゲノムとマッチしなかった300Mbのうち120Mbは新しく決められた中国人か韓国人のゲノムと一致している。

残念ながら、見つかった多くの領域のゲノム上の位置は現在のところ全く分からず、結局問題提起で終わっており、この結果を標準パンゲノムとして使うには各領域の完全な場所極めが必要だ。ただ、見直しが必須というところに来たことは確かなようだ。」
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11月21日:体で体験しないと一晩寝たら忘れる(11月9日号Science掲載論文)

2018年11月21日
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覚醒中に一時的に記憶した経験は、寝ている時にもう一度体験し直して確かな記憶に転換されることが知られている。しかし、どの記憶を確かな記憶にするのかなどわかっていないことは多い。今日紹介するフランス・collège de Franceからの論文は、体を動かして体験したことは、安定した記憶になりやすいことについてのメカニズムを調べた面白い研究だった。タイトルは「Nested sequences of hippocampal assemblies during behavior support subsequent sleep replay (行動時の海馬の細胞集団の興奮がその後の睡眠での再経験を支持する)」だ。

例によって、海馬の多くの神経を同時記録して、場所に応じて神経細胞がまとまって興奮するのを統計的に調べる論文で、データを見て完全に理解できているわけではないが、大枠はわかるのでそれに従って紹介する。

これまでの脳内地図に関する研究で、動物が行動する間に連動して刺激される神経細胞の神経接合が高まることで脳内に場所記憶が形成され、それが寝ているうちに早い時間スケールでもう一度早回しで呼びおこされ、記憶が安定化すると考えられている。しかし、場所記憶を誘導した後では、この早回しだけを止めることは難しいため、この可能性を証明するには至っていなかった。この研究では最初から、寝ている間の早回しに体を動かす時の体内からのシグナルが連携することが必要と仮説を立て、実験を組み立てている。すなわち、ラットがじっとしている時に景色だけの変化が目から入ってくる状況と、同じスピードで動きながら変化を感じる状況を作り、それぞれの状況で一晩寝た後の記憶が安定化するかどうかを調べている。具体的には、ラットが汽車の窓から景色の移り変わりを見るという状況で、座って景色を見るのか、あるいはトレッドミルで走りながら景色を見るのかという違いを実験的に作って、両方の状況を作っている。こんな実験を構想したことがこの研究の全てだろう。

まず、初めての景色を経験させると、景色の変化が目からだけ入った場合も、動きながら変化を感じる場合も。場所記憶がほぼ同じように形成されるのがわかる。ところが、この行動と連携して、おそらく身体感覚から無意識に入ってくる早い神経細胞興奮のθ波の強さについては、体を動かした時だけ強いことがわかる。

そして期待通り、寝ている間の早回しによる再体験があるかどうかを調べると、θ波で記録できる場所細胞の順序だった興奮が、体を動かして経験した場合だけに起こり、体を動かさない経験では全く起こらないことがわかった。そして、体を動かして安定化させた記憶は、次に体を動かさずに同じ景色の変化を経験する時に呼び起こされ、記憶が強まることも確認できた。


以上の結果から、体を動かすことで身体内部の感覚が発生し、このθ波を介するシグナルが、視覚等を通して形成される場所記憶と統合されることで、寝ている時に早回し可能な記憶が成立し、θ波により導かれる睡眠中の記憶の呼び起こしが、たしかに記憶の安定化に必要だ、という結論になる。

オキーフさんやモザー夫妻がノーベル賞をもらった時は、極めて特殊な発見かという印象を持ったが、最近では、裾野がますます広がり、私のような素人にも面白い普遍的な発見だったことをつくづく感じている。
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11月20日 栄養の摂取は難しい:大豆ミルクに含まれるエストロゲン類似物質の影響(European Socienty of Human Reproduction and Embryology掲載論文)

2018年11月20日
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豆乳を離乳食に利用することは少なくとも我が国ではあまり問題にされたことはないようだ。今、顧問先の若い研究者と、赤ちゃんに勧められる食品の勉強をしているが、わが国を含め遺伝的に乳糖不耐症の多い国では当然の選択肢として個人的にも考えていた。しかし、どんなにオーガニックであったとしても、豆乳ですら一定の危険性を持つ可能性があることを、今日紹介する米国の国立環境健康科学研究所からの論文を読んで思い知った。タイトルは「Soy-based infant formula feeding and menstrual pain in a cohort of women aged 23-35 years (大豆からできた乳児用ミルクの摂取と23−35歳時での生理痛)」だ。

大豆にはPhytoestrogen(植物エストロゲン)が含まれており、エストロゲン類似作用はあるがその程度は低く、普通に飲む程度では問題はないと思っていた。ところが、不勉強で全く知らなかったが、植物エストロジェンも乳児期に摂取すると、生殖組織の変化につながる危険があることがこれまでも指摘されていたようだ。

この研究は、おそらく乳糖不耐性のために大豆ミルクを利用する確率の高い黒人女性を対象にしたコホート研究参加者に、乳児期に大豆ミルクを摂取していたかどうかを聴取し、これが成人後の生理痛と相関するかどうかを調べている。詳細を省いて、結果だけを述べると、1553人の対象者のうち、豆乳ミルクを乳児期に摂取したことがある女性が198人と、11%を占めている。結構高い比率だ。

まず、初経後5年以内に生理痛で薬剤を飲んだ比率は、大豆ミルク群で20%高い。
そして、強い生理痛でピル(もともと生理痛に対して開発されている)を服用せざるを得なかった率は、大豆ミルク群で70%上昇している。
また、18−22歳の間で生理痛がいつも起こって困ったという経験を持つリスクは50%大豆ミルク群で上昇している。

以上が結果で、母数を考えると、もっと大規模な調査をぜひ続けて欲しいが、乳児期の大豆ミルクの使用には今の所は慎重になった方がいいという結論になる。多くの人は、なぜ乳児期に限った経験が成人してから影響を持つのか不思議に思われるかもしれないが、エストロゲンがエピジェネティックな変化を誘導する力、すなわち一回の経験で遺伝子発現パターンを長期間変化させる力は強いと考えられるから、個人的には十分あり得ると思う。とすると、他の変化も誘導されている可能性もある。早急に、大規模な疫学調査が行われることを期待する。
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11月19日 芸術家のキャリアパスの悲しい現実(11月16日Science掲載論文)

2018年11月19日
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絵を見るのは好きだが、大学に勤めている時に自分で買うという気持ちになることはなかった。ただ、CDBに移ってからは、研究所の廊下の潤いのために絵を出血サービスでレンタルしてくれる画廊と知り合いになった機会に、レンタル料をディスカウントしてもらっている埋め合わせにと、自分でも年に1枚ぐらい気に入った絵を買うようになった。10年で我が家に飾る場所は無くなってしまったが、幸いその時は現役を退くことになり、お礼に絵を買うということも必要なくなった。ただ、買うという気持ちになることで、絵画の市場が存在し、自分もそこに参加できるのだという実感が持て、精神的満足感の高い経験だったと思う。しかも、その満足感は、毎日部屋の壁をフッと見る時、蘇ってくる。

この経験はささやかとはいえ、買い手の立場だが、画家の立場から市場がどんな役割をしているのか、すなわち鑑定の根拠は誰でも知りたい問題だ。この問題を徹底的に調べ、画家のキャリアパスがどう決まっているか調べたノースウェスタン大学からの論文が11月16日号のScienceに掲載された。タイトルは「Quantifying reputation and success in art (芸術での評判と成功を定量化する)」だ。

最初から金を稼ぐために画家を目指す人はそう多くないと勝手に思っているが、しかし画家を続けていこうとすると、当然、多くの展覧会のチャンスがあり、作品が高い値段で売れる必要がある。しかし、そんなチャンスをどうして作ればいいのか、画家を目指す人にとって最も重要な問題だと思う。

この研究では世界中の美術館や画廊を、特に互いに作品を交換したりするネットワークの強さで計算している。もちろんこのネットワークに、画家の展覧会なども入る。もちろん日本の森美術館など、地理的に離れている機関は必然的にネットワーク上の関係性が低下する。何れにせよ、ネットワークの強さは、扱う絵の価格や、伝統など様々な指標で行ったAからDのランキングによく対応する。Aには米国のMOMAやグッゲンハイムが入り、逆に半数はDランクになる。

このように芸術家の市場を定義した上で、どの機関で最初の5回の展覧会を行なったのか調べ、その後の活動状況や名声を展覧会や絵の価格度をもとに調べている。この研究では、1950年から1990年に生まれた芸術家で、少なくとも10回の展覧会を行った31794人について調べている。

結果だが、要するに厳しい現実がよくわかる。まず、最初が肝心で、最初の展覧会がトップ20%の画廊や美術館で最初の5回の展覧会を開催できた芸術家の40%が10年後も同じランクの機関で展覧会を行なっている。このランクの4058人の芸術家のうち59%は生涯ランクの高い機関と関連を持つことができるが、最初のランクが低いと、そこから高いランクに登れるのは10%にすぎない。最初の展覧会でのランキングが低いと、実際10年後に活動できているのは14%に過ぎない。勿論画廊のランクだけでなく、展覧会を開ける回数もトップランクでは2倍多く、外国でも展覧会を開き、絵も高く売れる。

これらのデータからモデルを作り、それぞれの芸術家のキャリアパスを予想することすらできることも示している。ほとんどの人はあまり知りたくないモデルだ。結論としては、芸術家のキャリアは最初の展覧会で決まるという話で、基本的には最初からランクの高い機関で展覧会を開催するコネを作ることが大事だということになる。従って、世界規模のランキングの高い機関が多い国ほど、画家はこの世の成功を得るチャンスが多いというわけだ。現在では当然米国が一番市場としての価値は高そうだ。

ただよく考えると、同じことは科学者の世界にも言える。特に、相互のつながりを指標にランキングをつけることで、かなり正確な機関や個々の研究室の評価ができるような気がする。もちろん芸術家にしても、科学者にしても、機関との関係だけで話が決まるわけではないが、これからキャリアを積もうという若手は、ある程度現実を知った方がいいのかもしれない。それでも、そんな世間のことを気にせず、自分の能力を信じて新しい世界にチャレンジする若手が出てくることも望む。実際、この研究で調べているのは、極めて短い期間の話で、本当の天才の評価を目的にはしていない。評価は難しい。
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11月18日 意外と平穏だった?ネアンデルタール人の生活(Natureオンライン版掲載論文)

2018年11月18日
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私がドイツに留学していた1980年代、ネアンデルタール人というと、誰が考えたのか、色の黒い黒髪の人種として描かれていた。はっきり言って、人間が深層心理の中に潜む差別の思想がそのまま現れていたのだろう。しかし、もうそのような博物館はおそらく存在せず、ネアンデルタール人は色が白い、青い目をした、様々な毛色を持った人種として描かれるようになった。

同じように、考古学はこの厄介な思い込み、深層心理に影響されていることを示す論文がドイツチュービンゲン大学からNatureに報告された。タイトルは「Similar cranial trauma prevalence among Neanderthals and Upper Palaeolithic modern humans (ネアンデルタール人と旧石器時代の現生人類での頭蓋骨の障害頻度に変わりはない)」だ。

専門外の私たちが、頭蓋骨折したネアンデルタール人の骨格を見せられると、まず争いが絶えなかったのではと考えてしまう。そして、現在より遥かに寒い氷河期に命をかけてマンモスを追いかけている姿を想像しながら、食べるために厳しい生活を強いられていたのではと考えてしまう。しかし、このような思い込みは、専門家にもあったようで、ネアンデルタール人の骨が損傷を受けている確率が高いことから、彼らが厳しい生存環境での生活を強いられていたと言うのは通説だったようだ。

今日紹介する論文の著者らはこの通説の根拠を検討し、多くの論文が骨格に残る損傷の跡から大きな怪我をする頻度を科学的に推察したわけではなく、研究者の限られた経験の中から導き出された個人的印象に過ぎないことに気づく。さらに、比較の対象も、ずっと時代が進んだ後の狩猟採取民で、同じ時代に同じ場所で暮らしていた旧石器時代の現生人類ではないことも指摘している。

この研究では、文献で記載されているユーラシアから出土したネアンデルタール人と、旧石器時代の現生人類のデータを集め、損傷だけでなく、死亡時の年齢、性、保存されている骨格の割合、出土地域など詳細に調べ上げ、層別化した頭蓋損傷率を計算している。

その結果、ネアンデルタール人では14/295、現生人類では25/541が全骨格から計算した頭蓋損傷の頻度で、大きな違いがないことが分かった。さらに、集めたデータを性別、あるいは年齢などで層別化してさらに両者を比較している。

さて結果だが、基本的にネアンデルタール人と、現生人類の間に、頭蓋障害を受ける頻度は変わらないという結論だ。とはいえ、現代人からみると、5%に近い人が損傷を受けているというのは過酷な生活だったのではと思う。

統計的な優位差は強くないのだが、一つだけ両者で異なる点が面白い。すなわち、損傷を持ったネアンデルタール人は若い年代で死亡している人が多く、一方現生人類は年齢での差がない。ネアンデルタール人は損傷を受けると、生存する機会が少ないためにこのような結果になっているのか、あるいは若い年代だけが危険な状況にさらされていたのか、様々な可能性が考えられるが、答えを知るには、他の場所の骨折の解析や、損傷部位の医学的分析も含めたさらに詳しい解析が必要だろう。

いずれにせよ、通説を信じないで、もう一度当たり前と思っていることを問い直してみるだけで、特に何か新しいテクノロジーを使わなくともNatureに掲載されるたことは、若い研究者の励みになるだろう。
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11月17日:すすむ疾患の低頻度変異探索 (11月29日号Cell掲載予定論文)

2018年11月17日
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例えば血友病のように、ひとつの遺伝子に起こるアミノ酸が変わる変異による単一遺伝子病は数多く存在しているが、その変異の頻度はとても低い。これはその遺伝子が集団の中で自然選択されているからだ。一方、動脈硬化など多くの人がかかる病気も、一定の遺伝的背景が想定され、またゲノムによるリスク診断が行われるが、これらは比較的頻度の高い遺伝子変異が組み合わさっておこる。このような変異をコモンバリアントと呼んでいる。ただ、動脈硬化や糖尿病などは生活習慣の寄与度が高く、遺伝子からだけでは発症予測は難しい。しかし、環境要因はそれほど高くないと思われる多遺伝子病でも、遺伝子から高い確率で発症予測をできるまでには至っていない。この一つの原因は、これまで明らかになっている疾患と相関する遺伝子変異のほとんどが、研究対象になった患者さんの数からコモンバリアントでとどまっており、稀な変異が発見されていたからと考えられている。幸い、ゲノム検査が日常になり、何らかのゲノム検査を受けた人の数が1千万人に近づいている今、大規模な疾患に関係する遺伝子変異の探索が改めて行われ、成果が出始めている。

今日紹介する国際多発性硬化症コンソーシアムからの論文は、神経細胞のミエリンに対する自己免疫病多発性硬化症と相関する遺伝子変異を大規模に、高い精度で特定しようとした研究で11月29日号のCellに掲載された。タイトルは「Low-Frequency and Rare-Coding Variation Contributes to Multiple Sclerosis Risk(多発性硬化症発症リスクになる低頻度の稀なタンパク質コーディング領域の変異)」だ。

最近稀な変異の特定が進んだのは、数万人規模でタンパク質をコードする全遺伝子の解読(エクソーム検査)が行われるようになったおかげだが、コストや情報解析の点で困難が伴う。この研究ではエクソーム検査でリストされたほとんどの変異をDNAアレーで調べられるようにした安価なDNAアレーを用いて稀な変異を含め多発性硬化症に関わる遺伝子変異を探索している。調べられた患者さんの数は3万3千人でヨーロッパ、オーストラリア、アメリカで行われているコホートが集まって研究している。

この研究により0.2%−5%の頻度で患者さんの中に存在する変異が見つかっており、検索の規模をあげて調べることの重要性を示唆している。リスクへの寄与度を計算すると、稀な変異の方がコモンバリアントより遺伝的寄与率が高く、新しく発見された稀な変異で全体の5%の遺伝性を説明できることを示している。

重要なのは、これらの変異が他のコモンバリアントと連結していないこと、およびほぼ全てが免疫機能に関連している点だ。驚くことに、パーフォリンのようなキラー活性に直接関わる遺伝子など、他にも細胞障害性に関わる遺伝子が見つかった。他にも、自然免疫やTregに関わる遺伝子がリストされており、これらが疾患リスクに強く関わることは十分頷ける。

以上の結果は、このような稀な変異を中心に他の寄与度の低いリスク要因が集まるモデルを構築出来る可能性を示している。ただ、今回の規模では、まだまだ100%の病気を説明できていないので、さらに大規模の遺伝子検査が必要だと思う。おそらく、この延長には本当の意味での個人別の治療が存在するのだろう。これまで行われて来た遺伝子検査サービスも、おそらく新しくアップバージョンすることが必要になるだろう。その意味で、医学でも、遺伝子サービスでも、エクソーム検査に対応するDNAアレーが開発されることは大きな意義がある。また、稀な変異を中心にする疾患発症モデルは、多様な病気の成り立ちとともに治療標的についてもかなりの情報を与えてくれるように思う。そう考えるとそろそろ、プレシジョン時代に備えて、新しい医療保険やシステムの議論を始めた方がいいように思う。何れにせよ、外国人への門戸を開く我が国で、医療保険の根本的再構築は必須で、小手先の改革では破綻を食い止めることはできない。
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11月16日 人間の気分を支配する回路を特定する(11月29日号Cell掲載予定論文)

2018年11月16日
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私たちの行動を支配している最も大きな力は、知性ではなく、感情だ。実際、誰でも自己を認識できるのは、頭の中の思想を通してではなく、感情を通してだ。また、感情は過去と現在、更には未来の自己までつないでいる。当然脳科学の最大の問題だが、厄介なことに気分は刻々変化して、それを安定化させるために私たちは常に大きな努力を払わないといけない。PETやMRIが進歩して、感情に関わる辺縁系と呼ばれる脳の各領域についてはよくわかってきた。また長期に多くの神経活動を記録する方法が開発されてからは、動物の感情を支配する回路の研究も大きく進展してきた。ただ、残念ながら脳の奥の方にある領域の活動を、人間でリアルタイムにモニターすることは簡単ではなかった。

今日紹介するカリフォルニア大学サンフランシスコ校からの論文はこの刻々変わる気分に関わる回路を人間で特定しようとした研究で11月29日発行予定のCellに掲載される。タイトルは「An Amygdala-Hippocampus Subnetwork that Encodes Variation in Human Mood(扁桃体と海馬を結ぶネットワークが人間の気分の変化をコードしている)」だ。

実際どうして刻々変わる気分を脳レベルで記録できるのかと思うが、なんのことはない、脳内に電極を設置して長期間記録を続けている。これが可能なのは、てんかん発作が始まる場所を特定してその領域をできるだけ正確に取り除く治療法があり、この目的でてんかんが起こるまで電極を留置して記録が行われる。PETやMRIと異なり、実際の神経活動を長期間正確に測ることができるので、電極を設置した患者さんの許可を得て、さまざまな課題に関わる脳活動を調べるのに使われている。さらに、何故かてんかんが始まる場所は、辺縁系や海馬に多いので、感情の研究にはうってつけで(といってしまうと不謹慎だが)、このグループもこの機会をずっと準備していたと思う。

実際には21人のてんかん患者さんで海馬から辺縁系のさまざまな場所に電極を設置した患者さんを選び、長期間電機活動を記録する。この膨大な記録の中から、同期して一定のリズムで動く領域を選び出し、その活動の変化を長期間取り出して記録できるようにしている。この中で最も目立つのが、扁桃体と海馬がつながった回路で、特に13−30ヘルツの変化を示している。

これまでの研究から、おそらくこの回路を狙っていたと思うが、次に各患者さんの気分を刻々(20分毎)と点数で記録してもらっている。この時、落ち込んだ気分などは評価が難しいので、いい気分かどうかを指標で表してもらう。そして、刻々変わる気分の変化と相関する回路を選び出し、海馬と扁桃体の連結したセットのβ波活動が良い気分と逆相関するでことの特定に成功している。あとは、AIを用いて、この回路の活動から気分を予測できる定番の実験を行い、この結論が正しいことを確認している。そして、この回路の活動ははっきりしている患者さんと、特定できなかった患者さんを比べ、活動がはっきりしている人ほど、不安が強く、抑圧傾向を持っていることも明らかにしている。

人間で示されると、なるほどと納得できる論文だ。そしてこの結果から、このような回路を少しでも減らせれば、うつ症状をおさえられる可能性を示唆しており、今後深部刺激や、外側から磁場や電流を標的に照射するような治療が試みられるような気がする。人間の脳でも電極での記録がいかに大事かよくわかる研究だった。なんと言っても、この研究に参加していただいた患者さんに脱帽だろう。
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11月15日 ガンのチェックポイント治療は太っている人の方が効果がある?(Nature Medicineオンライン版掲載論文)

2018年11月15日
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私が学生の頃(1970年ごろ)は、体型から病気になりやすさなどの体質を予測できると考えるのが普通で、教科書も存在した。中でも、少し肥満の人でリンパ節や胸腺が肥大し、免疫反応が低い体質を胸腺リンパ体質と言っていたのを覚えている。その後このような根拠のない体質論議は消えた感があるが、代わりに肥満が一種の慢性炎症として、代謝だけでなく免疫機能にも影響がある事は広く認められるようになっている。肥満自体が新しい胸腺リンパ体質になった感があるが、肥満と免疫の関係の研究は結構盛んなようだ。

今日紹介するカリフォルニア州立大学デービス校からの論文は肥満とPD-1発現による免疫反応の抑制について調べた論文Nature Medicineオンライン版に掲載された。タイトルは「Paradoxical effects of obesity on T cell function during tumor progression and PD-1 checkpoint blockade (ガンの進展とPD-1チェックポイント阻害に関わるT細胞機能に対する肥満の逆説的効果)」だ。

確かに、タイトルを見るとなかなか面白そうだと思ってしまう。ただ、読んだ後は少し拍子抜けする論文だ。おそらく著者の頭の中にあったのは、今年の3月the Lancet Oncologyに掲載されたメラノーマの治療成績と肥満との関係について調べたテキサス大学からの論文(McQuade et al The Lancet Oncology 19:310, 2018)だと思う。この論文ではチェックポイント治療成績が肥満の患者さんの方がいいという成績が示されていた。この研究では肥満とがんに対する免疫を動物実験も交えてより包括的に調べようと考えた。

まず、12ヶ月令のマウスの肝臓に存在するT細胞を肥満マウスと正常マウスを比べると、肥満マウスでは細胞の増殖指数が低く、逆にPD-1を発現している細胞が2倍以上に達している。さらに同じことは、ヒトの末梢血でも確認できる。すなわち、肥満になると、T細胞がチェックポイント分子を発現し、増殖を停止し易いことがわかる。

このように免疫機能が肥満により低下するため、マウスに腫瘍を移植すると、肥満マウスでは癌の増殖が倍以上高まっている。肥満マウスではT細胞のかなりの割合がPD-1を発現し、発現遺伝子から見ても正常T細胞とは大きく異なり消耗しやすくなっていることから、ガンが増えやすいのも当然の結果だと言える。

 ではなぜ肥満になるとT細胞が消耗しやすくなるのか?肥満で上昇する一種の肥満ホルモンとして知られているレプチンのレベル肥満マウスやヒトで高まっている影響が疑われたので、レプチンに対する受容体の機能が低下したdb/dbマウスのT細胞を調べると、PD-1の上昇は見られない。さらに、T細胞の高原受容体を刺激してレプチンの効果を調べると、期待通りレプチンによりPD-1が倍以上に上昇する。

以上の結果から、肥満により分泌されたレプチンが、T 細胞の消耗を誘導すると考えられる。

そして最後に、この消耗をチェックポイント阻害抗体で食い止められるか、ガンを移植したマウスで調べると、肥満マウスではチェックポイント治療が高い効果を示す。これは、悪性黒色腫に限らず、肺がんでも同じ結果で、特にガンを選ばない。また、人間の直腸癌について調べると、肥満の人の腫瘍に浸潤しているT細胞はPD-1の発現が高く、また他の遺伝子発現でも消耗型のT細胞になっている。一方、チェックポイント治療は肥満の患者さんの方が高い効果を示している。

以上から、肥満によりT細胞は消耗しやすくなっているが、おそらくPD1陽性細胞の割合が大きく上昇しているため、チェックポイント阻害が高い効果を示すのだろうと結論している。ただ、消耗していても、抗PD-1で本当に再活性できているのか、ちょっと信じがたい気持ちも残っている。

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