2月22日:ゲノムとエピゲノムの統合(2月19日号Nature掲載論文)
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2月22日:ゲノムとエピゲノムの統合(2月19日号Nature掲載論文)

2015年2月22日

2月29日号のNatureはヒト組織や細胞のエピゲノムの網羅的解析に関する論文が集められた特集号だった。ゲノムは言うまでもなく情報だ。ただそれぞれの細胞で、すべての情報が使われるわけではない。同じ細胞で同じ情報を安定して使うため、特定のゲノム部分に遺伝子の使い方を決める様々な標識をつけていくエピジェネティックス機構がある。この標識は細胞外の環境が同じならそのまま子孫細胞に伝わるが、ゲノムとは異なり、細胞外の環境に反応でき、その環境に適合した違うエピゲノムを持った細胞に変化できる。これが分化やリプログラム現象だ。即ち、病気も含めて、個体、組織、細胞が環境に応じて変化する過程についての研究は、ゲノムとエピゲノムの統合を目指している。今日はこの特集号から、MITのBradley Bernsteinのグループの論文を取り上げる。Bernsteinはエピゲノム解析分野をリードしてきた機知に富む研究者で、彼の論文はいつも将来への示唆に富んでいる。論文のタイトルは「Genetic and epigenetic fine maping of causal autoimmune disease variants(自己免疫病の原因になる遺伝及びエピジェネティック変異地図の作成)」だ。膨大な仕事ですべて紹介できないが、自己免疫病の様々なデータを集め、ゲノムとエピゲノムを統合した地図を作成して、自己免疫病の原因を明らかにするための情報データベースを構築しようとしている。これまで、ゲノムレベルの自己免疫病の研究というと、自己免疫病に関連するゲノム上の変異を探索することだった。この結果が現在、例えば昨日紹介した遺伝子検査に使われている。ただ、遺伝子検査の予測性が低い最大の原因は、関連づけられた変異の因果性が強くないことだ。特に、多くの変異はタンパク質に翻訳されないゲノム部分に存在しているため、動物実験で因果性を確かめることが極めて難しい。この研究では新しいPICSと名づけられたアルゴリズムで、予測性を高めるとともに、変異を免疫に関わる様々な細胞のエピゲノム、特にエンハンサーやスーパーエンハンサーと関連付けることで、この問題を克服できないか調べている。研究ではまず、新しいアルゴリズムを用いてこれまでの研究より自己免疫病との因果性の高い変異をデータベースより集めている。次に、国際コンソーシアムによって集められたエピゲノムデータの中の、アセチル化されたヒストン標識を目安に、免疫に関わる細胞で働いているエンハンサーやスーパーエンハンサー部分を特定し、PICSにより選んだ個々の変異をこれらのエンハンサー部位にマップしている。まさに、ゲノムとエピゲノムを統合する研究だ。これにより、それぞれの自己免疫病で働いている免疫細胞や、サイトカイン、あるいは転写因子の関係が浮き上がってくる。例えば、自己免疫病と相関する変異は、活性化されたリンパ球のエンハンサー部分に集中している。病気の多くは、CD4T細胞で働くエンハンサーと関連するが、SLEや川崎病はB細胞との関連が強い。さらに調節性T細胞を刺戟するIL2受容体遺伝子を調整するスーパーエンハンサーと変異との関わりも浮き上る。また同じエンハンサーにマップされる変異も、病気ごとに場所が違う。これまでSNPの論文を読んできたが、そのとき感じる無味乾燥な統計学という印象がすべて払拭され、データを目で追うだけで面白い。これ以上紹介しないが、おそらくそれぞれの病気に興味を持つ医師や研究者にとって素晴らしい贈り物となること間違い無い。もちろんこれはまだ始まりだ。ゲノムとエピゲノムの統合。私が最初にこの話を聞いたのは10年以上前だ。それが今や現実となったことを実感し興奮する。しかし、我が国からもこのような論文が生まれる可能性はあるのだろうか。そう考えだすと、興奮は冷める。

カテゴリ:論文ウォッチ

2月21日:個人ゲノムは社会の財産(Nature Communicationsオンライン版掲載論文)

2015年2月21日

我が国でもようやく個人ゲノム検査(DTC)が提供されるようになってきた。しかし、米国ではすでに10年近い歴史があり、最も検査数の多い23&meにはなんと80万人の検査データが集まっている。DTCはdirect to consumerと呼ばれるように、検査を受ける個人に向けられたものだ。このため、当然のこととして個人の役に立つというニュアンスが込められている。実際、あなたの病気のリスクを予測しますというのが、DTC販売のうたい文句だ。しかし、例えば私の年になると、遺伝的リスクを推定することの意味はほとんどなくなる。それでも、私はDTCは重要だと思っており、また講演などを通じて推進意見を述べてきた。私自身、もう少し安くなれば全ゲノム配列も調べたいと思っている。この最大の理由は、私のゲノムは38億年の生命の歴史に現れた一回きりのユニークなゲノムであり、私の死後もPCの中にしまっておける形で存在している。このゲノムと、個人に関わる他の情報がまとまったログは、将来人間の様々な性質とゲノムとを統合するための重要なデータになる。私にとって、DTCは個人の役に立つから調べるのではなく、将来の人類文明に小さな貢献をするための情報だ。今日紹介するアルバート・アインシュタイン大学と23&meからの論文は、DTCデータが社会の財産として活用できることを示す研究で、Nature Communcationsオンライン版に紹介されている。タイトルは「Escape from crossover interference increases with maternal age(交叉阻害からの逸脱は母親の年齢とともに増加する)」だ。23&meが協力した論文だ。もちろんデータの由来は全て23&meのSNPアレーによる遺伝子検査を購入した人たちだ。研究で調べているのは、精子や卵子形成時の組み替えの頻度だ。「え?どうしてSNPアレーのデータから染色体同士の組み替えがわかるの?」と訝しく思われるかもしれない。もちろんこのためには、親と子のデータを比べることが必要だ。23&meやdeCodeのように50万以上のSNPが調べられていると、それぞれのSNPがリンクする頻度や、特定のハプロタイプのマーカーとなるタグSNPなどを合わせて計算すると、かなり正確にそれぞれのSNPがどの染色体から来たかを推定できる。この論文では、23&meデータに存在する4000家族を抽出して、2002年に報告されたアルゴリズムを使って組み替え頻度を調べている。まず驚くのは、4000家族が両親と子供が一緒にゲノム解析を受けていることだ。この中の3000は両親と2人の子供、500が3人の子供、80人が4人の子供の組み合わせだ。最終的に65万近い染色体交叉を特定している。今回の結果から、女性で平均50近く、男性で25近くの組み替えが1ゲノムあたりに存在する。今回の研究のハイライトは、母親の染色体では年齢とともに組み替え頻度が上昇するが、このような上昇は父親の染色体には見られないことだ。こうして計算される組み替え頻度は、組み替え場所を決めているPRDM9のSNPと相関しており、この結果PRDM9の特定のSNPを持つアフリカ系の人では組み替えが低い。モデル解析から、組み替え率の上昇する原因を、交叉を正確に行うための抑制性メカニズムが、年齢とともに卵子では働かなくなるためだと推定している。結果はこれだけだが、これだけ多数の家族を、おそらく大きなコストをかけずに調べられたことがこの研究の最も重要な点だ。実際、2010年にはアイスランド人の家族についての同じような研究がDeCode社から報告されている。これまでのように、研究を計画してから対象を集めるのではなく、目的を定めないデータが存在して、そこに含まれる様々な意味を様々な角度から抽出するという新しい方向性が定着してきた気がする。ぜひDTCを社会の財産として育てる視点が必要だと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

2月20日:発語と大脳ブロカ領域(米国アカデミー紀要オンライン版掲載論文)

2015年2月20日

ヒトの高次脳機能を調べるために、脳内に直接電極を埋め込んで、脳活動をリアルタイムに計測する事が行われている。もちろん研究のために電極を埋めるわけではなく、てんかん発作の始まる場所を正確に特定するために行われる検査の一つだが、この機会をとらえて、例えば言葉を話すような複雑な脳機能を調べるために、患者さんの協力を得ることが欧米では行われている(我が国についてはよく知らない)。このホームページでも昨年1月22日に、言語に関わる領域は決して左脳に限局しているわけではないことを示した、これまでの通説を完全に覆す論文を紹介した。今日紹介するカリフォルニア州立大学バークレー校からの論文もこの方法を用いた言語野に関する研究で、米国アカデミー紀要オンライン版に掲載された。タイトルは「Redefining the role of Broca’s area in speech (発語の際のブロカ領域の役割を再定義する)」だ。研究では、脳内に電極が埋め込めこまれた7人のてんかん患者さんに発語に関する課題を行わせ、その時の上側頭回(STG)、ブロカ領域、そして運動野での神経活動を記録している。STGは言葉の音認識や理解に関わる領域、ブロカ領域は言葉を発する課程に関わる領域であることが、それぞれの部分が障害されたことにより起こる失語の症状からわかっていた。今回の研究は、単語を聞いて発語するまでの、どの課程にブロカ領域が関わるかを詳しく調べることを目的としており、そのための3つの課題が設計されている。一つは、聞いた1音節の単純な単語を復唱する課題、複雑な音節の単語の復唱、そして、意味のある単語と意味のない単語を聞かせて復唱させた時の反応が調べられている。結果は明快で、一音節の単語を聞くとまずSTGが活性化する。その途中でブロカ領域が興奮しだし、言葉を復唱するときには運動野が興奮する。この研究のハイライトは、復唱が始まると、すなわち具体的に発語が行われるときはブロカ領域が全く活動していないという発見だ。これまで機能的MRIなどを用いた研究から、ブロカ領域は発語時に音の順序などを調節し続ける役割があると考えられていた。しかし、電極を使って直接神経活動を調べると、発語時には全く活動がないことがわかった。活動の因果性を調べる統計的方法を用いて神経伝達の方向性を調べると、単語を聞き始めるとSTGからブロカ領域へと伝達が起こり、次にブロカ領域から運動野、STGへと伝達が進むようだ。最後に、意味のない単語を聞かせて復唱させると、意味のある単語と比べてブロカ領域の活動時間が長くなる。すなわち、単語の音節を構成するのに時間がかかる。これらの結果から、著者らはブロカ領域の役割は、感覚や記憶など、多くの大脳皮質領域から集めた情報に基づいて、発語に向けた単語の構成を決め、運動野に伝えることで、発語自体には直接関わらないという結論を得ている。しかし、40年前に大学で習ったことが、一つ一つ改定されていくのを見ると、どんなに脳活動記録法が進んでも、最も単純な電極による記録法にはまだ敵わないことを実感する。次は文章を復唱するとき、文章という全体と、単語という部分をブロカ領域がどう処理しているか知りたいものだ。

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2月19日:幽霊の正体見たり枯れ尾花(Nature オンライン掲載論文)

2015年2月19日

手品の中には、タネが明かされても、タネ自体の創造性に感嘆するものもあるが、多くはネタが明かされると「なんだ、それだけのことか」で終わることが多い。論文もそうで、最初「なんだろう」とひきつけられ、興味を抱いたまま読み進んでも、読み終わると「なんだ、これだけのことか」で終わることも多い。今日紹介するワシントン大学からの論文はこの典型で、それでもNatureオンライン版に掲載された。タイトルは「Vertically transmited faceal IgA levels determine extra-chromosomal phenotypic variation (子孫に伝達できる便のIgAレベルは染色体外に起因する形質変異を決める)」だ。まずこの研究は、動物施設のマウスを、便の中のIgAレベルで2種類に分けられることを示す。しかも、ケージ内でこの性質は、新しく生まれた子孫に伝わる。ただ、マウスの遺伝型とは相関しないので、流行りの腸内細菌叢のせいかと当たりをつけ、IgAレベルの低い便を移植すると、ホストの便中IgAは低い。逆に高い便の移植では高いままだ。次に、細菌叢が便中のIgAレベルを決めるメカニズムを探ると、結局細菌の中にIgAが腸管内に分泌される分子を分解するものがあることを突き止める。IgAはこの分子によって複合体を形成しているので、この分子がなくなるとIgAは他の細菌性のタンパク分解にさらされ、結果便中のIgAが低くなるというシナリオだ。もちろんこの細菌がSuttelaと呼ばれる嫌気性菌の仲間が怪しいというところまでは辿り着いている。また、これが原因でIgAが低い場合、腸がデキストラン硫酸ナトリウムの障害を受けやすいため、病理的に重要なマーカーになることを示唆している。ただ、読む側としてはずっと引き伸ばされて、枯れ尾花が正体でしたと言われた気分だ。せめて、IgA分泌蛋白を分解する酵素ぐらいは突き止めて欲しいと思う。もちろん蓼食う虫も好き好き。

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2月18日:突然変異の順序と発ガン(2月12日号The New England Journal of Medicine掲載論文)

2015年2月18日

ゲノム解析が進んだおかげで、ゲノム上に変異が集まることが発ガンに必要なことは具体的に理解できるようになった。また、特定のガンに特定のセットの遺伝子が関わっていることも明らかになってきた。しかし、通常変異の起こる順序が最終結果に影響があるとは考えてこなかった。今日紹介する英国ケンブリッジの幹細胞研究所からの論文は、突然変異のできる順序がガンの性質を大きく変えることを示す研究で、2月12日号のThe New England Journal of Medicineに掲載された。タイトルは「Effect of mutation order on myeloproliferative neoplasm(突然変異の順序の骨髄球増殖性腫瘍の性質への影響)」だ。骨髄の増殖疾患の多くは、骨髄幹細胞の増殖異常に起因する。ガンのゲノム解析が進んだおかげで、この病態の多くにJak2が活性化される突然変異とTET2遺伝子が不活化する突然変異が起こっていることがわかっていた。また、Jak2突然変異は現在治療のための重要な標的になっている。Jak2は細胞の増殖分化に関わるキナーゼで、TET2は核酸についたメチル基を水酸化してハイドロオキシメチルに変換する酵素で遺伝子のエピジェネティック制御に関わっていることがわかっている。研究では、両方の突然変異を持つ患者さん24人が選ばれ、骨髄から採取した個々の幹細胞のコロニーを試験管内で形成させ、その一個一個のコロニーの遺伝子型を調べている。すると、両方の遺伝子が変異しているコロニーや、正常のコロニー(正常幹細胞由来)とともに、どちらかの遺伝子だけに変異が見られるコロニーも発見される。ただ、個々の患者さんで見ると、Jak2の変異とJak2+TET2の変異があるケースと、TET2の変異とJak2+TET2の変異があるケースに分かれる。即ち、例えばJak2変異だけの細胞とJak2+TET2遺伝子両方に突然変異がある細胞が混じった患者さんでは、まずJak2に変異が起こり、その上にTET2が変異を起こしたことになる。これをJak2-first、他方をTET2-firstとして分類して病態を比べた。すると、TET2-firstの患者さんは比較的高齢で、幹細胞が増えており血栓を起こす頻度は低い。一方、Jak2-firstの患者さんは若く、分化した巨核細胞や血液細胞の増殖が強くて血栓を起こす確率が高く、赤芽球増加を併発することが多い。すなわち、最終的には同じ突然変異を持っていても、どちらの変異が先に起こったかによって病態が全く異なるという結果だ。メカニズムについては推察するほかないが、最初の変異により細胞の転写ネットワークが決まってしまうと、他の変異の効果はその文脈に制限されてしまってしまうためだと思われる。今後新しいゲノム診断方法として定着する気がする。また、メチル化阻害剤の使い方も含めて、病態に合わせた治療も可能かもしれない。しかし、患者さんの骨髄の中にこれほど多様な細胞が混在していることは驚きだ。ゲノムとエピジェネティックスが複雑に絡み合ってガンができていることを再認識する論文だった。

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2月17日:過去の神経活動の指紋を採取する(2月13日号Science掲載論文)

2015年2月17日

私が学生時代、神経活動の記録というと、挿入した電極による細胞内外の電流の記録だった。細胞内のカルシウム濃度により蛍光を発するカルシウムセンサーの登場はこの分野を大きく変化させた。細胞内に生じるカルシウム濃度の変化をリアルタイムに記録することができ、記録が単独細胞から領域へと広がった。しかし研究者の欲望は尽きない。どの方法で検出しようと、神経活動は極めて短い期間で終わってしまう。もちろんモニターし続けることで、後からどの細胞がいつ興奮したかを再現できるが、動き回る動物では長期のモニタリングは至難の技だ。この頃の刑事映画では、刑事がビデオモニターを徹夜で調べるシーンが出てくるが、同じことで、もし一定時間内の活動が積算されればこの苦労はないだろう。もしできるなら、一定期間に興奮した細胞を後から指紋を採取するように調べることはできないのか?この課題に挑戦したのが、今日紹介するシカゴ大学からの論文で2月13日号のScienceに掲載された。タイトルは「Labeling of active neural circuits in vivo with designed calcium integrators(デザインされたカルシウム積算系を使って神経回路活動を生体内で標識する)」だ。これまで、一定の波長の光を当てると緑の光が赤に不可逆的に変わるEos2FPと呼ばれるサンゴの蛍光物質があった。このグループは、この蛍光分子を改変して、高いカルシウム濃度環境だけで赤への変化が起こるようにした。このような色素をデザインしたことがこの研究のすべてだ。この色素を発現する細胞では、興奮してカルシウム濃度が高まった時に光が当たると、その後はずっと赤く光り続ける。すなわち、興奮した細胞を後から特定できるようになる。論文では様々な実験系を使って、この色素がこの分野を大きく変える可能性があることを示している。例えば幼生ゼブラフィッシュのすべての脳細胞がこの色素を発現するようにして、光を当てながら自由に泳がせると、前部の皮質のみが興奮していたことがわかる。幼生では泳いでいても視覚野の活動はない。あるいは、ネズミに動く格子模様を提示して、異なる動きの向きに反応する別々の神経細胞を特定することもできる。他にも、光遺伝学を使って特定の細胞を刺激し、それに刺激されて起こる神経回路も視覚化できる。これまでの方法と比べると、1)動物を拘束することなく、神経活動を調べることができる、2)脳全体の活動を後からマッピングできる、3)永久的変化として記録でき、組織を固定したあとでもその結果を見ることができる、4)興奮した細胞だけをセルソーターで純化できる。など、不可能だったことが可能になった。今後、さらなる改変が加えられ、神経活動にとどまらず様々な細胞の変化を積算して調べる新しい方法へと発展するだろう。この分野の進展に目を離せない。

カテゴリ:論文ウォッチ

2月16日:ガン細胞が標的薬から逃れるための一つのメカニズム(Nature Geneticsオンライン版掲載論文)

2015年2月16日

これまで紹介してきたように、RAFと呼ばれるキナーゼ分子の突然変異に起因する腫瘍に対する薬剤が成功を収めている。最初RAF突然変異が半数に見られる悪性骨髄腫から始め、現在では肺がんの一部など徐々に対象が広がっている。ただ、成功の陰には常に問題がある。同じ突然変異を持つのに、一部のガンでは薬剤の効きにくい細胞が存在し、治療を妨げる。なぜ同じ突然変異で起こったガンにこのような差があるのかを調べ、新しい薬剤を開発する動きが加速している。今日紹介するカリフォルニア大学サンフランシスコ校からの論文はこのような試みの一つで、Nature Geneticsオンライン版に掲載された。タイトルは「The Hippo effector YAP promotes resistance to RAF- and MEK-targeted cancer therapyes (Hippo分子のエフェクター分子YAPはRAFやMEKに対する標的治療抵抗性を阻害する)」だ。研究は一直線といった感じだ。まずRAF突然変異を持つ肺がん細胞株に、様々な遺伝子の機能を抑えるshRNAをコードするレトロウィルスベクターを感染させ、標的薬で処理する。もし標的薬の効果を高めるshRNAが存在すれば、細胞は死滅するので、このベクターは生き残った細胞に維持されている確率は少ない。この方法で真っ先に消えてしまったshRNAがYAPという遺伝子を抑制するshRNAだった。YAP遺伝子は転写因子で、Hippoと呼ばれるシグナル経路によりリン酸化されると核へ移行できず、不活化される。実際、この論文以前から、YAPが薬剤抵抗性の原因になることを報告する論文が続いていたため、おそらくこのグループは本命に当たったと確信したはずだ。あとは、この分子がRAFだけでなく、MEKが関わるシグナル経路の活性化による多くのガン(厄介なRASの突然変異も含む)の薬剤耐性の張本人であることを示している。また、実際の臨床例でこの分子の発現量と、標的薬の効果が逆相関することも示している。その上で、YAPにより活性化され抵抗性に関わるエフェクター分子がBCL2L1であることを突き止め、この分子を抑制すると同じように薬剤への感受性が上がることを示している。この論文が主張するようにBCL2L1がYAPの効果の全てかどうかはわからない。事実、昨年発表された論文では、RASとYAPが協調して上皮細胞の形態変化を誘導することで、ガンの生存が促進することを報告している(Cell 158, 1–14, July 3, 2014)。しかし、多くのガンでMEKシグナルが関わり、またYAPが抑制されても副作用はそれほど強くないと予想できるため、間違いなくHippo-YAP経路は今後重要なガン治療の標的になっていくだろう。期待したい。

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2月15日:結果を先に知りたい気持ちのルーツ?(2月4日号Neuron掲載論文)

2015年2月15日

2月半ばといえば入試シーズンたけなわだ。本命の受験を終えた受験生は発表まで不安な時間を過ごすことだろう。実際は試験を受けた後は、合格発表まで何もできない。それでも、なんとなく結果を早く知りたいと思うのが人の気持ちだ。この結果についての情報を得たいという気持ちはどこで生まれているのだろう?この課題にサルのモデルで挑んだのが今日紹介するロチェスター大学からの論文で、2月4日号のNeuron誌に掲載された。タイトルは「Orbitofrontal cortex uses distinct codes for different choice attributes in decisions motivated by curiosity (眼窩前頭皮質は、好奇心に基づく意思決定時の選択に対応する別々のコードを使っている)」だ。タイトルにある眼窩前頭皮質(OFC)は眼窩のちょうど上にある前頭葉皮質で、情動や意思決定に対する報酬といった複雑な機能に関わっているために、研究は進んでいない。さて、サルが具体的結果でなく、情報に対する期待を持っているか調べるのは至難の技だ。この研究では、喉の乾いたサルが実際に水を得るという具体的な報酬と、選択が正しいかったかどうかの情報を得る報酬を区別できる課題を設計し、次にこの課題を脳内でどのように処理しているのかを研究している。課題では、一回のトライアルで得られる水の量を、テレビ画面上のパネル上に与えられた情報から選択させている。訓練さえすれば、サルは当然多くの水を示す方のパネルを必ず押すようになる。この水の量についての情報とともに、今度は結果を前もって知ることができるかどうかの情報をパネルに加えておく。ただ、情報を知ったところで、結果は変わらない。もちろん情報が得られるかどうかにかかわらず、サルは多くの水が得られる方のパネルを優先的に選択する。しかし、同じ量の水が提示されて選択する場合、先に情報を知ることできるパネルを選ぶ。この傾向は、選択により多くの水を得られる場合ほど強い。即ち、報酬の価値が高いほど早く知りたがる傾向が強くなる。この、具体報酬と、報酬に関する情報への期待を別々に測定するための実験デザインを開発できたことがこの研究のキーポイントだ。あとは、この意思決定の過程に、OFCの個々の神経細胞がどう関わっているかを調べている。詳細は省いて結果だけ述べると、OFCでの神経活動は、具体的報酬はもちろん、結果に関する情報を前もって知ろうとする判断に対応して興奮する。行動学的には、具体的結果の価値が高いほど、早く情報を知るための選択が行われるため、具体的結果に対する判断と、その情報を得るという判断は統合されている。しかし、OFCの個々の神経細胞の活動を数多く調べて、両方に相関があるか調べても、ほとんど相関は認められない。このことから、具体的結果とそれについての情報への期待は、OFC神経細胞ではまだ統合されておらず、別々の神経活動として表現されているという結果だ。今後の課題はOFCでの別々に起こっている神経活動が、脳のどの場所で統合されているかを知ることだろう。またOFCの神経活動は、感覚情報や経験などが複雑に統合された結果として表現される。したがって、感覚情報がどう報酬系の活動とつながったのかも重要な課題だ。しかし、結果のいかんにかかわらず、先に結果を知りたいという情報に対する欲望は、動物本来の本能のようだ。受験生の皆さんは、当分この本能を押さえつけるため苦労することだろう。しかし脳研究の課題は尽きない。

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2月14日:ウィルスとホスト:共存or競合(2月12日号Cell掲載論文)

2015年2月14日

1年半近く論文ウォッチを書いていると、自分の勉強になったと思える論文ほど、一般の人には理解しにくいことがよくわかる。「専門知識をコモンズに」というゴールは確かに遠い。ただこのギャップを感じないと、役に立つだけが一人歩きして科学コミュニケーションなど掛け声だけで終わるだろう。今日紹介するエール大学から2月12日号のCellに発表された論文はこのギャップを感じる典型的研究と言える。タイトルは「EBV noncoding RNA binds nascent RNA to drive host Pax5 to viral DNA(EVウィルスの非翻訳RNAは出来たばかりのRNAに結合してホスト細胞のPax5をウィルスDNAへと導く)」だ。タイトルを聞いてもほとんどの人にはちんぷんかんぷんだろう。まずEBウィルスだが、ヘルペスウィルスと同じファミリーに属し、幼児期に感染する。ほとんどは気がつかずに終わるが、人によっては発熱など急性症状を起こすこともある。成人期に感染すると激しい症状をきたすので、伝染性単核症と特に区別している。問題は、治ってもウィルスが潜伏し、機会があると活性化することだ。この活性化に、ホストとなるB細胞のPax5分子が重要な働きをしていることがこれまでわかっていた。即ち、Pax5が消失するとウィルスの活性が急速に上昇するため、Pax5がウィルスの再活性化を抑えているのではと考えられている。この研究は、このPax5の作用を助けるのが、ウィルス遺伝子の持つ、非翻訳RNAの一つEBER2であること、及びその分子過程を明らかにした研究だ。私自身、B細胞研究をテーマにしていた時期もあったので、このウィルスにはずっと興味を持っていたが、この論文を読んで研究の進展を実感した。この研究の目的はEBER2の機能を明らかにすることだ。もちろん誰もが考える遺伝子を欠損させる効果などは全てやり尽くされているが、肝心のメカニズムはわかっていなかった。この研究ではまずEBER2がゲノム上のどこに結合しているかを調べるために、EBER2の配列の中からフリーの一本鎖部分のなかから2箇所選び出し、ゲノム上でこの部分と結合するDNAの配列を次世代シークエンサーで調べ、潜在しているウィルスゲノムの端に存在する繰り返し配列(TR)に結合することを見つけた。このTRはすでに、ホスト細胞のPax5が結合する場所であることがわかっている。またEBER2の転写を抑制すると、Pax5をノックアウトするのと同じ効果があることもわかっていた。この研究によってこれまでの結果が統合され、EBER2とPax5は共同してTRに結合し、ウィルスゲノムの転写を調節することがわかった。この発見を手掛かりに、この論文で示されたシナリオは次のようになる。EBER2はビールスゲノムから転写されている幾つかのウィルスRNAと結合することで、Pax5をウィルスゲノムのTR配列へと連れてくる。EBER2と新しく転写されているRNAの働きがないと、Pax5だけではウィルスゲノムにリクルートできない。メカニズムはずいぶん違うが、クリスパー系のガイドRNAに似ていると言っていいかもしれない。こうしてリクルートされたPax5はウィルスの再活性化に関わるLIMP2などの遺伝子の転写を抑制するので、潜在ウィルスが活性化しないよう調節していることになる。この抑制経路がなんらかのきっかけで破られれば、ウィルスは再活性化され、多量のウィルス粒子が作られ、ホスト細胞は死に、ウィルス粒子が放出される。しかしこのシナリオから考えると、ウィルス自らが潜在化するために活性化を抑える仕組みを持っていることになる。即ちホスト細胞が死なないように共同している。しかし、ウィルスが増殖するためには活性化が必要だ。この共存と競合の相矛盾する要求をうまくやりくりして、EBウィルスは今も元気に私たちの中で生きている。同じメカニズムは、他の種に感染するこのファミリーのウィルスで保存されているようで、ウィルスが恒常的にホストに取り付いて維持されるためには必須の戦略のようだ。B細胞研究にとってPax5分子は最も重要な転写因子だが、このウィルスのおかげでPax5について新しい視点から調べることができるはずだ。一般の人とのギャップは埋まらなかったが、若い血液の研究者には是非ゆっくり読んで欲しいと思う。

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2月13日:Hedonometer(気分計)(アメリカアカデミー紀要オンライン版掲載論文)

2015年2月13日

この論文を読むまで知らなかったが、Hedonometerという面白い言葉があるようだ。世界中に満ち溢れる言葉のビッグデータを分析して、世界全体の気分、すなわち幸福か憂鬱かを図るという意味に近い(と私は受け取っている)。ただ使用された言葉からHedonometerを作るとすると言葉の持つ気分の分析が必須だ。今日紹介するバーモント大学からの論文は、このための精密な分析ツール開発を行うと同時に、言葉が使われる社会の傾向を調べようとした研究で米国アカデミー紀要に掲載された。タイトルは「Human language reveals a universal positivity bias(言語から人間が普遍的に持つ陽性的傾向がわかる)」だ。まずこの研究が取り組んだのは、グーグルBook Projectや、Web Crowl, ツイッター、映画やテレビの字幕、新聞などから10の言語の中から10万語を抜き出し、それぞれの単語を50人の人に1−9段階(悲しい、憂鬱から幸福まで)に分類してもらっている。トータルで24の異なるコレクションについて単語の気分を調べているので、全体でおそらく1千万近いデータを集めたことになる。次に各コレクションに集まった単語の気分値の分布を比べている。どの言葉のコレクションでも、陽の気分を持つ単語の方が、陰の気分を持つ単語より多い。詳しく紹介するのは難しいが、各コレクションの平均値と分布を眺めているだけで面白く、妙に納得する。例えばツイッターから抽出した単語のコレクションで見ると、スペイン語やポルトガル語のツイッター陽性度は群を抜いている。一方、同じラテン語系でもフランスのツイッターでの気分度はドイツ語や英語とほとんど同じだ。一方、アジア代表で提示されているインドネシア、韓国のツイッターになると陽の気分は少し低下する。さらに両国で比べると韓国の方が陰だ。妙に納得できないだろうか?次に各言語を比べて、気分度に言語間の差はあまりないこと、また単語の気分度は使われる頻度とは無関係であることを確認している。これにより、Hedonometerのための基礎データが各言語で揃ったことになる。最後に、新しく構築された英語、ロシア語、フランス語のHedonometerで「白鯨」「罪と罰」「モンテクリスト伯爵」の3冊の小説を分析している。もちろん小説になると単語自体に複雑なニュアンスがあり様々な問題があるようだが、それでもモンテクリスト伯では小説が幸福な気分で終わる一方、白鯨や罪と罰では憂鬱な気分で終わることがよくわかる。これらの結果から、著者らは、各単語を取り出して気分度を測定した結果が、程度の差はあっても全ての言語で陽への傾向が見られたことは、人類の社会性自体の傾向を反映していると結論している。そして、さらに多くの言語でこのHedonometerを作成し、私たちの社会全体を分析したいと述べて論文を締めくくっている。読後、まず日本語のHedonometerを早く作って欲しいと思った。例えば国会の答弁、やじ、そして特定のテーマについてのツイッターやフェースブック、材料は山ほどある。そこから見える日本社会はどんなだろう。早く見てみたい。

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