12月24日 新しい免疫チェックポイント(1月24日発行予定Cell掲載論文)
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12月24日 新しい免疫チェックポイント(1月24日発行予定Cell掲載論文)

2018年12月24日
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今年の我が国生命科学の最大イベントは、本庶先生の免疫チェックポイント研究でのノーベル賞受賞だろう。ただPD-1が発見される前後の10年は、我が国の免疫学は世界をリードしており、現在臨床になんらかの形で用いられているサイトカインの多くが我が国でクローニングされた時代で、日本での競争が、そのまま国際競争といった時代だったと思う。このように当時を知るものとしては、今回の受賞は我が国免疫学が最も輝いていた時代を代表して本庶先生がもらったような気がしている。

この時期世界でT細胞の反応を調節している分子の遺伝子クローニングが相次いだが、まだ機能の全貌がつかめていない分子の一つが、1990年に報告されたLAG3で、クラスIIMHC によって刺激され、T細胞の反応を抑えるとされてきた。もし本当だと、PD−1のようにチェックポイント治療標的として使えるので、最近になって再検討が始まっていた。今日紹介するエール大学からの論文は、LAG3の新たなリガンドFLP1を特定し、臨床応用の可能性を示唆した論文で1月24日発行予定のCellに掲載された。タイトルは「Fibrinogen-like Protein 1 Is a Major Immune Inhibitory Ligand of LAG-3(Fibrinogen-like protein 1はLAG3の主要な免疫抑制リガンド)」。

研究では6000種類のcDNAを細胞に導入してLAG3と結合する分子を探索し,LAG3がこれまで言われていたMHC IIだけでなく、肝臓で作られるfibirinogen like protein 1(FGL1)と結合することを発見する。基本的には、この発見が研究のハイライトで、あとはFLP1が免疫チェックポイント分子として働いているかを着実に調べている。

まずLAG3は活性化されたT細胞だけに発現し、FGL 1によってT細胞の増殖が低下する。すなわち、FGL 1はLAG3を介して免疫反応を抑えるチェックポイントリガンドになる。

さらにその機能をFGL 1ノックアウトマウスで探ると、免疫システムの異常はほとんど見られないが、時間がたつと抗DNA抗体が検出されるなど、自己免疫症状が見られるようになる。

そこでこの分子をノックアウトしたマウスにガンを移植すると、腫瘍の増殖は強く抑制され、それぞれに対する抗体を用いてがんの増殖を抑制することも可能であることがわかった。すなわち、新しいチェックポイント分子として治療に使える可能性が生まれた。

最後に、ヒトのガンデータベースをサーチして、肺がんやメラノーマの患者さんの予後と、血中FGL1の濃度を比べると、FGL 1が低い人は予後が極めて良いことが明らかになった。したがって、癌が発見された時点でFGL1が高い人を抗体で治療する可能性が生まれたという結果だ。

基本的には、新しいチェックポイント治療の可能性を示した研究で、本当に治療に使えるかは今後時間をかけた検討が必要だろう。ただ、このチェックポイントが他と全く違うのは、リガンドが分泌される点で、その意味で新しい標的としての期待は持てるような気がする。
カテゴリ:論文ウォッチ

12月23日 思考の飛躍を妨げる右側頭葉のα波(米国アカデミー紀要掲載論文)

2018年12月23日
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考えるということは、脳内に記憶している別々の表象をあれこれ関連させる、連想を伴う過程だ。この時、たとえば私が今向かっているPCからバナナを連想することはまずない。しかし、アップルを連想し、その後果物一般へと連想が進んでバナナに思い至ることは当然ある。そんなことを考えているとDie Gedanken sind frei(考えるのは自由)というドイツ民謡を連想した(https://www.youtube.com/watch?v=MKSJ56odw5E)。とはいえもし連想が全く自由だと、病気になるが、逆に創造的な思考には連想が常識的になることを抑制する必要がある。

今日紹介する英国クイーンメリー大学からの論文は、この連想が飛びすぎないように抑えているのが側頭葉のα波の活動で代表される脳活動であることを証明しようとした研究で米国アカデミー紀要オンライン版に掲載された。タイトルは「Right temporal alpha oscillations as a neural mechanism for inhibiting obvious associations(右側頭葉のα振動は当たり前の連想を抑制する神経的メカニズムだ)」。

結論はすでにタイトルに書いてあるので、そうかで終わってもいいのだが、科学者からみると、これをどう証明するかが一番重要だ。当然、人間を使ってしかできない研究で、まずボランティアに連想してもらうことになるが、勝手に連想させたのでは研究にならない。

この研究ではMednick遠隔連想テストが用いられる。この論文で挙げられている例を示すと、walker/main/sweeperに共通に連想される単語としてstreet, すなわちstreetwalker, main street, street sweeperを思い出させる課題を繰り返させる。この時例えばear/tone/fingerの中から2つの単語を選んで、それにフィットする単語を選べという課題の場合、ringすなわちearing, ringfinger以外には無いようなのだが(確かめたわけではない)、この時earとtoneはもともと内容が近い単語なので、そちらに気が取られて正解が出にくい。すなわち、当たり前のear とtoneの連想を抑制する必要があり、この時の側頭葉の役割を調べることで、連想の自由さを阻むメカニズムがわかるというわけだ。実験としては、引っ掛けていない連想と、普通のつながりを抑制する必要のある引っ掛けのある連想を行なっている時の、脳活動を調べ、あるいは操作して連想テストの正解率を調べることになる。

前置きが長くなったが、この研究で一番驚いたのは、引っ掛けのある課題を解くとき、右側の側頭葉にα波の波長で脳波とは逆相の刺激を外からかけると、抑制が外れて、ひっかけ連想テストの正解率がグンと上昇する結果だ。これに相当して、ひっかけ問題では当然正解率が落ちており、その時には側頭葉のα派が高まっていることも確認している。

最後に、もう一度今度はひらめきをテストするalternative uses taskの結果に、側頭葉に流したα逆相電流の効果を調べ、側頭葉のα波を抑制した時に確かに閃きの程度が高まるという実験も行っている。

結果はタイトルで全て尽くされている研究だが、実際の実験は大変であることがわかってもらえればいいと思う。しかし、これが正しいとすると、何か創造的仕事に携わる時、側頭葉のα波を抑える電流を流してくれる、「閃きハット」の販売も近いような気がしてくる。
カテゴリ:論文ウォッチ

12月22日 スタチンがガンの増殖を抑えるわけ(1月27日Cell掲載予定論文)

2018年12月22日
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高脂血症に用いられるスタチンがガンの増殖を抑える場合があることが報告されてきたが、その詳しいメカニズムについてはよくわかっていなかった。今日紹介するコロンビア大学とスローンケッタリング癌研究所からの論文は、この疑問を詳しく解析した論文で来年1月27日のCellに掲載予定の論文だ。タイトルは「p53 Represses the Mevalonate Pathway to Mediate Tumor Suppression (p53 はメバロン酸合成経路を抑制して腫瘍の増殖抑制に関わる)」。

このグループはスタチンの標的メバロン酸合成経路がp53が変異したガンで上昇していることを見出していた。すなわち、p53のガン増殖抑制効果はステロールの合成を抑制することも貢献している可能性がある。そこでまず ガン細胞株を用いてp53を活性化すると、期待通りガン細胞のメバロン酸合成経路に関わる15種類の酵素が抑制されることを明らかにする。また、ガンのデータベースを調べ、p53の欠損したガンではメバロン酸合成に関わる遺伝子発現が上昇していることを明らかにする。

次にp53がメバロン酸合成経路遺伝子を活性化するメカニズムを追求し、p53によってSREBP-2分子の成熟が抑制され、この結果この分子のプロモーターへの結合が抑えられることを明らかになった。これまでの研究でSREBP2の成熟がABCA1と呼ばれる分子によって調節を受けている事が知られているので、次にp53がABCA1の転写に関わるかどうかを調べ、p53の活性化により直接ABCA1の発現が調節を受けていることを明らかにした。

以上の結果から、p53はABCA1の転写を高め、ステロールが低下に対するSREBP1の成熟を抑え、メバロン酸合成過程の分子の発現を抑えていることがわかった。逆に言うと、p53が変異したガンでは、この経路が働かず、その結果ステロールが低下する環境では速やかにメバロン酸合成が始まりガンに兵糧を送っていることがわかった。

最後に、p53変異により上昇しているメバロン酸合成をスタチンで止めることで、ガンの増殖を抑えられるか肝臓ガン細胞移植モデルで調べ、アトロバスタチン投与でガンの増殖を半分程度に抑えられること、またABCA1遺伝子の転写を抑えることで、様々なガンの増殖を抑えることができることを明らかにしている。

以上、スタチンがガンの増殖をおさえるメカニズムの一端を納得することができた。もちろん効果は根治的ではないが、P53の機能欠損した肝臓癌では、スタチン投与は病気を安全に抑える薬剤として使えるのではと思う。さらにこの研究では、コレステロールの小胞体輸送に関わるトランスポーターABCA1が癌治療の標的になる可能性も示している。実際ABCA1の機能抑制化合物も知られており、今後治療が難しくなった肝臓癌などで利用されるのではと期待している。

いずれにせよ、ガンを兵糧攻めにする様々なルートが明らかになり、対症療法であっても、安全な治療法が出来上がることは素晴らしい。
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12月21日 アミロイドβタンパク質は死体下垂体から調整した成長ホルモンを通して他人に感染る。(Natureオンライン版掲載論文)

2018年12月21日
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私がヨーロッパに留学していた1980年代は、英国は狂牛病に汚染された地域とされており、帰国後もこの時期にヨーロッパで過ごしたという理由で、献血をするのは控えるように言われた。これはプリオンで汚染されたヨーロッパ産の肉や脳を食べた可能性がある限り、プリオンのキャリアになっているのではと疑うべしとされていたからだが、当時はその本態もわからず感染しているかどうかも検査することはできなかった。ただもっと深刻な問題は、その当時死体から取り出され、様々な医療に利用された材料で、硬膜や下垂体ホルモンの投与を受けた患者さんからクロイツフェルドヤコブ病(CJD)が発生し問題になった。例えば、死体の下垂体から調整した成長ホルモンの投与を受けた1883人の英国の子供達の中から80人のCJDが発生している。もちろん患者さんたちは複数のソースから得られた成長ホルモンを投与されているのだが、CJDを発症した全ての患者さんに投与されたホルモン製品も特定されており、しかも現在も残されて調べることができる。

今日紹介するロンドン大学プリオン病研究センターからの論文は、このCJDの原因となるプリオンに汚染されたホルモンの中に、アルツハイマー病の原因となるAβタンパク質も存在して、これが血管に沈着してアルツハイマー病ではなく、Aβアミロイド血管症(CAA)を発症させ、脳血管障害による認知症を引き起こす恐ろしい可能性を指摘した論文で昨日Natureにオンライン出版された。タイトルは「Transmission of amyloid-β protein pathology from cadaveric pituitary growth hormone (死体から調整された成長ホルモン投与でアミロイドβタンパク質による病変を移すことができる)」だ。

このグループは80人のCJDを発症した患者さんの中には、Aβの沈着による血管障害が存在することをすでに報告しており、今回はこの可能性を実験的に証明しようと行った研究になる。

まずCJDの発症原因となった成長ホルモンバイアルを調べると、アルツハイマー病の原因とされているAβ40やAβ42が、アルツハイマー病の患者さんの脳の半量程度存在している。実際には、このバイアルを投与してCAAが誘導できるか調べればいいのだが、貴重な資料なのでそう簡単に実験ができない。

そこでまず、予備実験としてヒトのアルツハイマー型Aβで病気を感染す条件を検討し、アルツハイマーモデルマウスの脳に、アルツハイマー病患者さんの脳抽出液を投与する実験系を用いることで、アルツハイマー病の脳抽出液を投与されたマウスだけに、Aβの沈着が血管や脳の実質の広い範囲に検出できることを見出している。そして、このようなマウスではアミロイドによる血管病変の頻度が上昇する。この病変は時間が経つごとに悪化していく。

この予備実験の後、最後にCDJの原因になった成長ホルモンバイアルを同じように投与する実験を行い、何十年も保存されてきた同じホルモンバイアルが、予想通りAβの沈着を誘導し、しかもCAAの原因になる可能性を強く示唆する病変を示すことも明らかにしている。

以上、まだプリオンやアルツハイマー病についての知識のなかった時代に作られ、残されていたたサンプルで、アルツハイマー型AβもCJDと同じようなプリオンとして増殖し、CAAを誘導するという事実を、公衆衛生学者の執念で証明したなかなか迫力のある研究だと思う。もちろん、CAAだけでなくアルツハイマー病自体も同じように誘導できる可能性は十分ある。とはいえ、このような不幸な医原事故のおかげで、死体からの医療材料を使う事はおそらくほとんど無くなっているので今は心配することはないだろう。ただ、医原病を引き起こす種は思わぬところに撒かれていることを思い知らされる論文だった。
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12月20日 高齢者の骨髄性白血病の治療に光明(11月20日Nature Medicine掲載論文)

2018年12月20日
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骨髄性白血病(AML)の根治目的には骨髄移植が用いられる。日本でも、骨髄移植によりAMLを乗り越えて何年も仕事を続けている俳優さんは、この病気の克服のシンボルとなって多くの患者さんを励ましていると思う。ただ、骨髄移植療法は高齢になると侵襲が大き過ぎて治療に用いることができない。そのため、一般的な化学療法剤や、最近ではアザシスチジン(5AZ)などの治療でその場をしのぐが、最終的にはコントロールができず、またとうてい根治は望みようがない。この点で、高齢化していく先進国でAMLや骨髄異形成症候群の治療法の確立は重要なテーマとなっている。この要請に応え、コロラド大学のグループは、今年7月The Lancet Oncologyに細胞死を防ぐ分子BCL2に異常を持つリンパ性白血病を抑える為に用いられるBcl2阻害剤(Venetoclax)と5AZを併用する治療法で、第1/2相とはいえ、平均75歳のAML患者さんに80%を越える寛解導入に成功したこと、そして多くの患者さんで長期に再発が抑えられることを報告した。

今日紹介する同じグループからの論文は同じ患者さんでこの治療方法のメカニズムをより掘り下げた論文で11月20日号のNature Medicineに掲載された。タイトルは「Venetoclax with azacitidine disrupts energy metabolism and targets leukemia stem cells in patients with acute myeloid leukemia (Veetocllaxアザシスチジン(AZ)の併用療法はエネルギー代謝を破壊し、白血病の幹細胞を標的にする)」だ。

Venetoclaxはジェネンテックにより開発されたBcl2阻害剤で、リンパ性白血病の治療薬としてすでにFDAに認可されている。また。5AZはわが国でもAMLや骨髄異形成症候群の治療に用いられている。従って、そのAMLへの転用はコロラド大学の治験は医師が主導しておこなったもので、迅速に導入可能な治療法だ。まだまだ症例数は少ないが、3年近く生存している患者さんが7割、病気の進行をやはり3年近く抑えられている患者さんがなんと5割近くも存在している。これは一般的な治療法と比べると、圧倒的な効果だ。さらに。PCRで残存する白血病を調べると、なんと4例で白血病細胞が完全に消えて、ある意味では完治する患者さんもいることがわかる。

なぜこれほど効果があるのか、昨日紹介したsingle cell profilingで調べると、正常幹細胞は障害を受けないのに、白血病の芽球細胞とともに、白血病の幹細胞も障害されていることが明らかになる(single cell profilingが臨床研究に役立つことがここでも明らかになった)。

白血病幹細胞(LSC)を取り出して治療による変化を調べると、ミトコンドリアで電子伝達系と共役してATP合成を行う酸化リン酸化システムが壊れていることが明らかになった。そしてTCAサイクルの中間体malate, fumarateが著しく低下し、逆にその前のsuccinateが上昇していることがわかった。そしてこの反応に関わるsuccinate dehydrogenase A(SDHA)のグルタチオン化が抑えられることが代謝異常の根本にあることを明らかにする。ただ、なぜこのグルタチオン化が両者の併用で抑えられるのかについては明確ではない。

いずれにせよ、このような効果はvenetoclaxと5AZを組み合わせたときだけに起こるようで、医師の医療経験から生まれた、標的もはっきりした治療法が開発できたのではないだろうか。さらに期待できるのは、根治の可能性がある点だ。もちろんまだ20%強の人でしか白血病細胞の完全除去は実現していないが、50%では最初の段階でともかく殆どの異常細胞を0に近づけることができている。その意味で、この治療法は期待できる。特に、すでにリンパ性白血病に利用されているvenetoclaxの費用は1ヶ月で28万円程度と、極めて安価だ。その意味で、是非早急に治験数を増やして、高齢者のAMLの上昇に備えルための重要な治療法だと思う。
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12月1 9日 多発性骨髄腫の細胞レベルの多様性を定義する(Nature Medicine 12月号掲載論文)

2018年12月19日
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多発性骨髄腫は、レナリドマイド、プロテオソーム阻害剤、CD20抗体などの登場で、比較的長期に維持が可能になった疾患の一つだが、根治にまでは至らず、長い期間病気をコントロールすることができても、最終的に再発が避けられない。これは体内に存在する腫瘍自体が極めて多様化しているからだろうと考えられている。もともと多発性骨髄腫は病気としても多様で、はっきりした症状がないにも関わらず、形質細胞の単一クローンが増殖して抗体を分泌し続けるmonoclonal gammopathy、より悪性で骨髄にも腫瘍細胞が存在するが、急速に増えるのではないくすぶり型のタイプなどの多様なステージが存在していることが知られ、腫瘍細胞自身でもその多様性が指摘されていた。

今日紹介するイスラエルワイズマン研究所からの論文は腫瘍細胞の多様性を調べるにはうってつけの方法、バーコードを用いたsingle cell RNA profileを用いて骨髄から精製した形質細胞を調べた研究でNature Medicine 12月号に掲載された。タイトルは「Single cell dissection of plasma cell heterogeneity in symptomatic and asymptomatic myeloma (無症状性および症状性の骨髄腫に見られる形質細胞の多様性を単一細胞レベルで解析する)」だ。

この研究では症状、無症状を問わず形質細胞の異常増殖が明らかなmonoclonal gammopathy(MG)、くすぶり型骨髄腫 (SM)、悪性化した多発性骨髄腫、そしてprimary light chain amyloidosisと呼ばれるアミロイドーシスを主症状とする病型、および正常人の形質細胞を集め、単一細胞レベルのRNA解析を調べ、発現する遺伝子から細胞の多様性を調べている。

病型を問わず調べた全ての細胞(2万個で患者さんごとの検査数は少ない)をクラスター解析すると、29種類のタイプに別れることが明らかにされ、確かに多様だ。このうち数の多いのは正常のC1,C2型で正常形質細胞に相当し、残りの27種類のクラスターが腫瘍細胞に対応する。まず正常と腫瘍増殖を分けるのが、CCND1、CCDN2、のサイクリン、ヒストンメチル化酵素NSD2、そしてFGFR3の発現上昇で、特にサイクリンD1についてはこれまでの研究と同じだ。そして、ほとんど症状がないMGタイプから必ず腫瘍性の細胞が見られることが確認された。

それぞれの病型について詳しく解析しているが、
1) 多様なクラスターそれぞれに特徴的な遺伝子がある(例えばC26,29にはWntシグナル異常)。今後個々の特徴について調べる事で、新しい標的が特定できる可能性がある。
2) 今回の解析で明らかになったうち、LAMP5の転写を調節する分子の異常の存在が示唆された。
3) これらの多様性は、必ずしもコード遺伝子レベルの異常を反映するのではなく、ノンコーディングの変異、エピジェネティックな変異が存在する可能性を強く示唆している。
4) 同じ免疫グロブリン発現から追跡できる各個人の腫瘍細胞の多様性をこの方法ではっきり示せる。また、治療後に残る腫瘍細胞のタイプもはっきりと同定できる。
5) この患者さんで多様ではあっても、MGとSMとの違いが明確に定義できる。
6) 末梢血中に流れる腫瘍性細胞は、骨髄に存在する細胞と多様性の面でもほぼ同等で、特に白血病化したものではない。
などで、実際には複雑すぎて、まとめるのが大変という感じの論文だ。ただ、これまで専ら遺伝子だけから見られてきた骨髄腫の多様性を知る上でかなり重要なツールだと思う。今後は、病気のコースの予測、及び治療標的にこの方法がどこまで迫れるのか明らかにされないと、結局解析して納得しただけに終わる。ぜひ機能的な研究へ進んで欲しいと思う。
カテゴリ:論文ウォッチ

12月18日 統合失調症とビタミンD(12月6日号Scientific Reports 掲載論文)

2018年12月18日
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旅行中であまり論文が読めず、軽めで済ましている3日目で、明日からは正常に戻すつもりだ。ただ、帰国の朝、ついに一匹の虎が水を飲んでいる姿を目撃し、写真に収めることができたことを報告したい。

といっても、今日紹介するオーストラリアクイーンズランド大学からの論文は旅行とは無関係で、新生児期のビタミンD不足が統合失調症に寄与しているという簡単だが、重要な研究で、12月6日のScientific Reportsに掲載されている。タイトルは「The association between neonatal vitamin D status and risk of schizophrenia(新生児期のビタミンDの状態と統合失調症リスクとの関連)」だ。
これまでもビタミンD欠乏が脳の回路形成に影響して統合失調症の重要なリスクファクターになることは何度も指摘されていた。ただ、この研究は統合失調症の診断がついた患者さんの新生児期の血中ビタミンDを、ろ紙に染み込ませて保存している血液に遡って測定し、その相関を見ている点だ。

デンマークは国民の健康状態をゆりかごから墓場まで記録し続ける先進国だが、ずっと以前からデンマーク全ての新生児の血液をろ紙に染み込ませて保存していることに本当に頭が下がる。そして、希望に合わせてそれを利用させてくれる点だが、この研究はデンマークとオーストラリアの合同チームになっているとは言え、コレスポンデンスがオースとラリで、ある意味で重要な研究と思えば外国にも開かれている点だろう。本当に徹底した政策を続けていると思う。


さて結果だが、新生児のビタミンD濃度は20mm/Lから50mm/L以上に5段階に分けられるほど大きく変わっている。そして、5段階のうち4段階まですなわち20ー30mm/Lまでは特に統合失調症の発症頻度と相関しないが、最も低いグループは45%も統合失調症のリスクが高まるという結果だ。

新生児のビタミンDの殆どが母親から来ることを考えると、ビタミンD不足については、公衆衛生でも重要項目として対応して行くことが重要であることがわかる。特に、貧困が原因のビタミンD不足が起こらないようきめの細かい公衆衛生行政が必要になるだろう。病気が起こらないようにするのが、一番重要な公衆衛生行政であることは明らかなのだが、病気の予防をトクホにまかせ、診療報酬からしか医療費に切り込むアイデアがないわが国も、デンマークの徹底性に見習ってもいいのではないだろうか。私たち老人ではなく、未来の国民からまずこれを徹底させることが重要だと思う。。

カテゴリ:論文ウォッチ

12月17日:オウムのゲノム(Current Biology オンライン版掲載論文)

2018年12月17日
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昨日述べた理由で、今日もちょっと食い足りない論文かもしれない。
人間だけでなく多くの動植物のゲノムがあきらかになってきた最近では、少々ゲノムが読めましたという論文は余程のことがない限り論文にはならないように思う。少なくとも、いわゆる機能ゲノミックスを組み合わせてシナリオを作らないと、レフリーも面白いと認めてくれない。もしゲノム解読だけで勝負しようとすると、進化の話を持ってくるしかないが、この時機能ゲノミックスがないと、どうしてもゲノムの比較から勝手な結論を求めてしまって、説得力がないことがしばしばだ。

今日紹介するオレゴン州立大学とサンパウロ大学からの論文はまさに典型で、インコのゲノム解読をなんとか面白い論文にしようと努力はしているが、説得力の点では物足りない研究だと思う。タイトルは「Parrot Genomes and the Evolution of Heightened Longevity and Cognition(オウムのゲノムと長寿と認知能力の進化)」で、12月17日号のCurrent Biologyに掲載された。

さて私事になるが、今日は残念ながら虎に出会うことができなかったが、インドの森ではこれまで見たことのない多くの鳥に出会うことができる。この鳥の中の鳥、百鳥の王とは何かを考えると、個人的には雄大なワシが頭に浮かぶが、総合力ではオウムが王様のようだ。まず長生きで、脳が大きく、複雑な社会体制を形成すると同時に、賢いだけではなく、複雑な社会を形成し、道具を使う能力もあり、もちろん複雑な音声を発生することができる。そこで、この研究では他の鳥と比べることで、機能ゲノミックスを省いて、長生きの問題と、脳の発達の問題が解けるかチャレンジしている。

まずゲノム全体の特徴を調べ、鳥全体の進化から見た時、人間と同じようにかなり後から進化してきたのがオウムで、人間の進化で見られるようにオウム特異的な遺伝子重複も見られることを示して、人間と同じような真価の道筋をとったのではないかと示唆している。

その上で、次になぜ長生きかについて、同じように長生きの鳥と比べることで、遺伝的共通項が見つかるか調べている。ハトなど長生きの鳥が23種類選ばれているが、それぞれは全く別々に進化している。しかし、それぞれの進化で選択されたと考えられる遺伝子を拾い出すソフトを使ってリストされた遺伝子を調べると、その多くが

これまで長生きに関わるとされてきた分子が長生きの鳥で共通に選択されてきたことがわかる。言ってみれば機能ゲノミックスは、系統関係とこれまでの研究を合わせて代わりにするというやり方になる。このリストされた遺伝子の中で、著者らはテロメアを維持するTERTが長生きの鳥で選択されていること、TERTの活性が上がることで危険性が高まる癌性の増殖を止めるための分子群が共進化していることを示し、鳥の場合TERTが長生きの進化の核になっていることを示唆している。

他にも、活性酸素を抑える遺伝子群も選択されて協力して寿命を延ばしていると考えられる。

次に脳が大きくなり知能が高まったのかについては、軸索の伸長に関わるPLXNC1が重複し、また軸索伸長に関わる細胞骨格の遺伝子軍が選択されていることをしめし、これが脳の発達に重要だったのではと結論しているが、これ以上の実験はしていない。さらに、オウムへの進化で新たに生まれた遺伝子が存在することを示し、これらが賢いオウム誕生に大きな役割を果たしたとしている。

以上が結果で、機能ゲノミックスがないと、結局主張が通らないというはなしになるが、とは言えオウムなどのトリでは、モデル動物がいるわけではないので、機能的な研究ができるのか、雑誌の編集者も難しいところだと思う。しかし、ゲノムが解読されたことで、オウムと人間の進化を比べることは、間違いなく独立した進化系であることを考えると、今後重要になると思う。
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12月16日 :コーヒーの成分がパーキンソン病の進行を止めるかもしれない。(Current Biologyオンライン掲載論文)

2018年12月16日
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実は、野生の虎が見れるかもしれないとう言葉に誘われて、インドの若い研究者に生命科学の過去から未来について、いつもの話をしたあと、虎の保護区にやってきた。仕事があるので、結局1日フルにサファリができるだけだが、虎に出会える幸運を信じている。ただ、覚悟はしていたが、ロッジに落ち着いてみるとネットの入りが悪いので、iPadにダウンロードできている論文の中から選んで紹介するので、食い足りない論文になるかもしれない。

今日は米国アカデミー紀要にRobert Wood Johnson医学校から発表されたパーキンソン病につながるシヌクレインの蓄積を抑える作用のあるコーヒーに含まれる化合物の話を選んでみた。タイトルは「Synergistic neuroprotection by coffee components eicosanoyl-5-hydroxytryptamide and caffeine in models of Parkinson’s disease and DLB (コーヒーに含まれるeicosanoyl-5-hydroxytryptamideとカフェインはパーキンソン病とレビー小体痴呆のモデルで神経細胞保護のために協調的に働く)」だ。

パーキンソン病の原因としてシヌクレインがリン酸化され沈殿する事で炎症が誘導され、これが黒質の神経細胞死を誘導することが考えられている。この時、シヌクレインのリン酸化を低下させるのがPP2Aと呼ばれる脱輪酸化酵素の働きだが、この働きを高めるのがPP2Aのメチル化で、PME-1と呼ばれる酵素により行われている。このPME-1のメチル化活性を、コーヒーの成分であるeicosanoyl-5-hydroxytryptamide(EHT)とカフェインがともに高める作用があることが知られていたが、この研究では両方の量をかなり減らして投与するとき(EHT12mg/kg, カフェイン50mg/Kg)、EHTとカフェインが両方協力してシヌクレインのリン酸化を低下させ、沈殿を防ぎ、パーキンソン病の進行を抑えてくれるかを確かめようとしている。

結果は期待通りで、
1)使った用量では単独では全く効果がないが、両方を毎日食べさせると神経症状が改善する。
2)これは、シヌクレインの脳内での蓄積が抑えられた結果で、
3)シヌクレインを注射する実験系でも、リン酸化を外してシヌクレインの除去につながり、
4)効果を示すメカニズムは、期待通りPP2Aの活性を高めてシヌクレインの脱リン酸化を高める結果で、
5)PP2Aの活性化は、両方の化合物によってPME-1によるPP2Aのメチル化が高まる結果だ。
という絵に描いたような話だ。

この結果にもとずいて、コーヒーを飲むことはパーキンソン病の発症や進行を抑えると結論している。これが全くガセネタというわけではないのは、もともとコーヒーを飲んでいる人にはパーキンソン病が少ないという統計があった。これまでその理由は全てカフェインの効果とされていたが、この研究ではEHTとカフェインが両方含まれているから効果があると結論している。

実際に使われた量を50kgの人間に換算しなおすとEHT600mg, カフェイン2.5gを1日摂取することになる。マウスは食事に混ぜると毎日食べていたようだが、もし安全なら合剤を処方する治療として、是非治験をやってほしいと思う。
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12月15日 心房細動にボトックスが効く(Heart Rhythm オンライン掲載論文)

2018年12月15日
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私の歳になると、だれもなんらかの不具合を抱えるようになるのか、病気の相談を受けることも多くなった。臨床の現場にいるわけではないので、一般的知識を提供できるだけだ。問題は、最近になると大きな病院でまだ現役という同級生はほとんどいないので、紹介する医師を探すのに苦労する。このように、よく相談を受ける病気の一つが、心房細動で、特にアブレーションと呼ばれる異所性に電気活動の巣になっている領域を電気的に除去する治療を受けた方がいいのか、これは安全な治療なのかなど、何回か聞かれた。基本的には受けるように勧めるが、一定の率で再発は避けられないようだ。

同じ心房細動をきたす危険性の多いのが心臓手術で、心臓の外科手術の後にはベータブロッカーを手術前後に投与して心房細動の発生を防ぐことがルーチンになっている。今日紹介するロシアのシベリア地区3病院と、米国の4病院という不思議な取り合わせのグループがHeart Rhythmに発表していた論文は皮膚のしわ取りに用いられるボトックスを手術後心筋の周りの脂肪組織に注入することで、心房細動の発生を強く抑えることができることを示した論文で、今後術後だけでなく、一般的な心房細動にも利用されるのではないかと期待できる方法の開発研究だ。タイトルは「Long-term suppression of atrial fibrillation by botulinum toxin injection into epicardial fat pads in patients undergoing cardiac surgery: Three-year follow-up of a randomized study (心臓手術後の心房細動の発生を心臓の周りの脂肪組織にデトックスを注射することで長期間抑えることができる)」だ。基本的には外科医の関心事で一般の人には関係がないのだが、シワ取りのボトックスを心臓にという意外性もあるので紹介することにした。 この研究では、バイパス手術を受ける患者さんで、心房細胞の既往がある60人を、無作為に30人づつに分け、心臓バイパス手術の間に、心臓の周りの脂肪組織4箇所に、ボトックスあるいは偽薬を注射し、その後の心房細動を含む心房性の頻脈のが起こるか、30日目、1年目、3年目で比べている。

結果は上々で、偽薬群では手術直後から頻脈の頻度が持続的に上昇を続けるのに、ボトックス群は1年目まで全く発症がない。ボトックスを注射した群ではその後遅れて頻脈が発生するが、発生率は低く、2年半以降に頻脈が起こる新たな患者は見られない。発生が見られなくなる3年目で最終結果見ると偽薬群は50%の頻脈の発生率だったが、ボトックス群では頻度は半減し25%で止まっていることがわかった。また一般的頻脈だけでなく、心房細動に絞っても見ているが、ボトックス群は半分以下に抑えられている。さらには術後発生した心臓発作が偽薬群では2名発生したが、ボトックス群では全く出ていないことも記載されている。大成功といえる結果だ。

次に、心房細動が起こりやすいリスクファクターを調べると、なんと糖尿病がダントツで高いリスクファクターで、次が男性のほうが術後の頻脈が起こる確率が高いことがわかった。したがって男性で糖尿病の心臓手術にはボトックスを考えたほうがいいという結果になる。

結果はこれだけで、最初はボトックスの本来の機能である神経活動抑制作用を用いて心臓手術後短期に起こってくる頻脈を抑制しようとした研究だったが、期待以上で、長期の結果もはっきりと改善したという結論になる。残念ながら、現在の投与法では、一般のアブレーションには利用できない。メカニズムを解明して、カテーテルで投与できるプロトコルが開発されたら、かなり期待できると思うが、可能だろうか。
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