5月16日:新しい公衆衛生学(5月12日号Nature掲載論文)
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5月16日:新しい公衆衛生学(5月12日号Nature掲載論文)

2016年5月16日
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   19世紀末、流行病の原因を一つの細菌に求める大きな流れに立ち向かい、生活環境も含めた複合病因説を唱え、「公衆衛生学の父」と呼ばれるようになったペッテンコッファーは、コレラの原因物質が人の糞便を通して土壌と相互作用を行い、最後に病原性を獲得するという説を唱えた。歴史的には細菌説が勝利し、それに耐えられずペッテンコッファーはピストル自殺とされているが、もちろん彼の思想は公衆衛生学として生きている。
   今日紹介するワシントン大学からの論文は、公衆衛生学、細菌学、疫学を統合して細菌感染に立ち向かおうとする研究で、ペッテンコッファーとコッホの論争を知る者にとっては感慨の深い論文だ。タイトルは「Interconnected microbiomes and resistomes in low-income human habitats (低所得の集団に見られる相互に関連した細菌叢と耐性)」で、5月12日号のNatureに掲載された。
  この研究の目的は、抗生物質耐性の感染症が人と環境にどのように維持されているのかを明らかにすることだ。このため、糞便や環境に存在する抗生物質耐性に関わる遺伝子を網羅的に探索するための方法が開発されている。実際には、調べたい糞便や土壌に存在する全ての細菌ゲノムを断片化し、遺伝子ライブラリーにして大腸菌に導入、その大腸菌の中から様々な抗生物質に耐性株を取り出し、耐性を付与した遺伝子を網羅的にリストしている。これにより糞便から、1000を超える耐性遺伝子が特定でき、そのうち1割以上は新しい遺伝子であることが示されている。この方法で探索を拡大していけば世界のヒトと環境に存在する耐性遺伝子のデータベースができるだろう。
  この方法を用いて、この研究ではエルサルバドルの貧しい農村、及びペルーの都市スラムの住人とその環境に存在する耐性遺伝子を探索し、人と環境の関係を新しい視点から掘り起こそうとしている。
  結果はペッテンコッファー時代とそれほど変わりはなく、人の糞便に見られる耐性遺伝子群は、家畜や便所近くの土壌に存在する耐性遺伝子群に近く、家から離れるに従い失われていく。農村では、ほとんどの耐性遺伝子はもっぱら人由来だ。一方、ペルーの都市スラムを調べると、住居から流れる下水の耐性遺伝子群はヒトの糞便より多様化しており、ヒトの糞便と環境とがさらに複雑な相互作用を行って耐性遺伝子を維持していることがわかる。しかし、下水処理場からの排水からは耐性遺伝子群は消失するので、公衆衛生的対応がいかに重要かがわかる。
   最後に、これら全ての耐性遺伝子群の塩基配列からヒトや環境中に存在する耐性遺伝子の関連を調べると、多くが水平遺伝子伝搬により広がってきたことが明らかになった。ある意味で、ペッテンコッファーの複合病因説に近いと言ってもよさそうだ(と勝手に思っている)。
   最近の腸内細菌叢研究の流行を考えると、この論文も流行を追う研究の一つかと読み飛ばしてしまうが、よく読んでみるとこの論文には全く新しい公衆衛生学や疫学の方向性が示されているように私には思えた。
カテゴリ:論文ウォッチ

5月15日:クリスパーと相同組み換え修復の意外な利用法(5月12日号Cell掲載論文)

2016年5月15日
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   今日紹介するフロリダ・マックスプランク研究所の安田グループからの論文は、出色のクリスパー遺伝子編集法の利用法の一つと言える。我が国のメディアも、生きた脳細胞の遺伝子を組み替える技術として紹介している。もちろんこんな言葉では説明できないことは専門家には明らかだ。遺伝子編集と日本人を組み合わせて単純な話としてしか報道できないのが我が国のメディアのレベルだと思えば、この論文の真価を正しく伝えられないのは当然だ。しかし心配なのは、これをSNSで紹介している科学者の多くが、この論文の真価を正確に伝えようとせず、メディアと同じレベルに自らを貶めていることだ。科学者として紹介するなら、言葉を尽くしてきちっと説明するべきだろう。
   マスメディアのように、効率のいい遺伝子編集法で生きたマウスの脳に遺伝子ノックインする方法と説明してしまえば、一般の人は、ほとんどの脳細胞の遺伝子が編集されると考えるだろう。しかし著者らがSLENDERと呼ぶ方法のミソは、この方法で脳内の一部の細胞だけを正確に遺伝子編集することができる点だ。そして、この編集により、細胞がひしめく組織の中のほんの一部の細胞だけに焦点を当て、分子の動態を細胞レベルで詳しく調べられる点だ。実際効率が良すぎると、脳のような細胞がぎっしり詰まった組織では、個々の細胞の特徴を全く観察できない。この問題解決のためにこの方法を開発したと著者らもイントロダクションで述べている。実際これまでも組織の中の単一クローンを可視化するために様々な方法が開発されてきた。ただ、個々の細胞の任意の分子を正確に標識することは難しく、クリスパーを用いることで初めて可能になった。しっかり論文を読めば、この方法が拓く将来は明確に理解できる、ワクワクする論文で5月12日号のCellに掲載された。タイトルは「High-throughput, high-resolution mapping of protein localization in mammalian brain by in vivo genome editing (生体内でのゲノム編集を用いたタンパク質局在の高効率・高解像のマッピング)」だ。
  この方法では胎児の脳内にCas9とガイドRNAを使って標的遺伝子を切断すると共に、相同組み換え修復を誘導するDNAを導入して電流を流すことで遺伝子を導入し、一部の細胞のゲノム遺伝子を標識のついた遺伝子に置き換える。クリスパーをわざわざ効率の低い電気穿孔法と組み合わせて、大きな組織の中で個別の細胞を浮き上がらせ、その中で働く様々な分子の動態追跡を可能にしている。
   研究では、多くの研究者が脳細胞内で動態を正確に知りたいと思っている様々な分子の標識を行い、この方法が今後脳細胞研究で多くの問題解決に寄与するポテンシャルを持つことを示している。また、この方法による遺伝子編集が特異的で、標識できなかった細胞の遺伝子を変化させせていないことも確認している。そして、異なる分子の同時標識、リアルタイムモニターへの応用、免疫電顕への応用、そして標的遺伝子をノックアウトした細胞の追跡など、これでもか、これでもかと可能性が現実に示される。そして何よりも、例えば遺伝子を強制的に導入するこれまでの方法では見落としていた問題がこの方法で見えることを示している。ウォリーを探せというパズルがあるが、集団の中に埋もれていた個別の細胞を詳しく追跡する方法は、脳研究やマウスを超えて利用は広がるだろう。
   以上脳細胞の研究者に大きなプレゼントを提供したと言える仕事だが、この論文に感動して紹介したいと思ったならこのワクワク感を伝えるのが科学者の務めだと思う。私はこれを伝えるのは、結局感情以外何も伝えることのできないSNS上の短い言葉ではないと思う。
カテゴリ:論文ウォッチ

5月14日:乳がん治療の新しい標的(4月号Nature Medicine掲載論文)

2016年5月14日
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   オリジナルで面白い発見が行われ、それが広く認められると、多くの研究者はその方向に流される。そんな中で、他とは違う視点を探している研究は読むと面白い。例えばガンのゲノム解読が可能になると、発がんに関わる変異を求めてエクソーム、全ゲノムと研究が進み、5月4日に紹介したように560例もの乳がんについて全ゲノム解析が終わり、データベースが作られた(http://aasj.jp/news/watch/5185)。
   ただ、このようなガンゲノムの研究は、異常から正常を引き算した発がんに関わる変異の探求に偏りがちだ。発がんに限らず、ガンを独立した一つの全体として捉えその全体的性質と相関させようとした研究は私が見る限り少ない。そんな例として私の印象に残っているのが少し古いがケンブリッジ大学から出された乳がんのゲノム研究で、発がんとの関係にかかわらず、ガンのゲノムに見られる全ての多型を、ガンの遺伝子発現パターンと相関させ、乳がんを10種類に分類できることを示した研究だ(Curis et al,Nature 486:346, 2012)。このように、ガンを独立した一つの単位として、全体を把握する研究はこれからますます重要になるだろう。
   今日紹介するカリフォルニア大学サンフランシスコ校からの論文は、悪性度の強いトリプルネガティブ乳がんの代謝に注目して治療可能性を探索している研究で、4月号のNature Medicineに掲載されている。タイトルは「Inhibition of fatty acid oxidation as a therapy for myc-overexpressing triple negative breast cancer (Myc発現の高いトリプルネガティブ乳がん治療としての脂肪酸酸化酵素の阻害)」だ。
トリプルネガティブ乳がんの特徴の一つはMycと呼ばれる遺伝子の発現が上昇していることだ。このMycはそれ自身ガン遺伝子として様々な発がんに関わっている。このため、発がん過程にどう関わるかについての研究は進んでいても、一見ガンとは関係なさそうな性質との関連は研究が遅れる。この研究では、mycが脂肪代謝に影響して、それが発がんに関わるのではという可能性に狙いを定めて研究を進めている。まずMycの発現により誘導される代謝産物を調べ、脂肪酸酸化酵素(FAO)が上昇することで、脂肪代謝が変わることを明らかにしている。次に実際のMycが上昇している乳がん細胞で脂肪代謝の異常が誘導されるか調べ、確かにMycの高い乳がんではFAOの上昇による脂肪代謝異常が誘導されていることを確認している。さらにこの脂肪代謝異常を直すことで、ガンの悪性度が低下することを発見し、最後にFAO活性阻害剤がガンの進展を抑制できることを示している。
   この結果を脂肪代謝とエネルギー代謝の問題だけで説明するのは簡単だが、脂肪代謝から生まれる中間体としての分子が核内受容体分子を通して転写に影響することも知られている。すなわち因果のサイクルが続いている気がする。この研究をきっかけに、さらにガンを全体として捉えることがすすむだろう。もちろん、トリプルネガティブ乳がんの治療の難しさを考えると、新しい標的が発見できたことがこの研究の最も重要なメッセージだ。
カテゴリ:論文ウォッチ

5月13日:脳内炎症と腸内細菌の関係(Nature Medicineオンライン版掲載論文)

2016年5月13日
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    腸内細菌叢は、私たちには不可能な細菌特異的な経路を使って様々な分子を生成し、私たちを助けたり、困らせたりしている。その意味で、遺伝的にはもちろん完全に分離していても、もう一人の自己といえる存在で、私たちの健康を考える時には常に頭に入れておく必要がある。その典型がこのホームページで2014年9月19日に紹介したグルコース摂取を抑える目的で使うアスパルテームなどの人工甘味料が腸内細菌叢の作用で、インシュリン抵抗性を誘導する物質を作り、結果として逆に糖尿病を引き起こすという話だろう(http://aasj.jp/news/watch/2190)。
  今日紹介するハーバード大学からの論文もそんな一つで、脳内の炎症に関わる分子経路をたどっていくと腸内細菌産生分子に行き着いたという話で、Nature Medicineオンライン版に掲載された。タイトルは「Type I interferons and microbial metabolites of tryptophan modulate astrocyte activity and central nervous system inflammation via the aryl hydrocarbon receptor (1型インターフェロンと腸内細菌叢由来トリプトファン代謝物はアストロサイトの活性と芳香族炭化水素受容体を介する中枢神経炎症を変化させる)」だ。
  多発性硬化症のような自己免疫性脳炎に対して1型インターフェロン(IFN-1)が抑制効果を持つことがわかっていたが、他の作用も多く、この経路からより特異的な標的を見つけることは重要な創薬課題だった。著者らも同じ目的でマウス脳炎モデルを使って、炎症刺激によりアストロサイトで誘導される遺伝子の中からIFN-1で抑制される炎症分子を探索し、この多くが様々な芳香族炭化水素分子により活性化されるARH受容体を介していることを突き止める。これをきっかけに、論文の前半は、基本的にアストロサイト内でIFN-1からARH発現にいたるシグナル経路の話で、特に新味はない。要するに、IFN-1シグナル経路により誘導されたARHがSOCS2などの誘導を介して炎症を抑えるという話だ。
  ところが後半になると、このARHを活性化する芳香族炭化水素分子が腸内細菌によりトリプトファンが壊される過程で作られることを示して、面白い論文になった。実際、ARH分子の発現が上昇しても、それだけでは何も起こらない。ARHが機能するためには、それと結合して転写活性を上昇させるリガンドが必要だ。この研究では最初からリガンドのソースとして腸内細菌に焦点を当てている。そして、炎症マウスにトリプトファンを除いた食事を摂らせると脳内炎症が増悪することを確認している。また、トリプトファンからARHリガンドを作ることができる細菌をアンピシリンで殺すと、やはり脳炎が増悪することを示している。
   最後に、ちょっと驚くが多発性硬化症の患者さんと正常人の脳組織の血清を採取し、ヒトでもこの経路が働いていること、そして多発性硬化症の患者さんにはARHを活性化するリガンドの濃度が低いことを明らかにしている。
  結果をまとめると、腸内細菌叢でのARHリガンドの生産が落ちることで多発性硬化症が悪化することを示している。したがって、一定量のARHリガンド投与は、多発性硬化症の治療選択の一つだというのが結論だ。多発性硬化症の患者さんへの抗生物質投与には注意が必要なことも重要なメッセージだろう。    しかしARHのリガンドダイオキシンが引き起こす様々な症状を考えると、ARHを刺激して炎症を抑えようとすると、かなりさじ加減が必要な治療になる気がする。
カテゴリ:論文ウォッチ

創薬研究の施策と活動への希少難病患者の期待

2016年5月12日
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『新薬候補、譲渡成立ゼロ』との見出しで4月末一部の専門紙に、日本医療研究開発機構(AMED)が運営する「創薬支援ネットワーク」が、2013年から大学での創薬研究から新薬に結びつきそうなテーマを採択して実用化を支援しているが、成果の主要指標である製薬企業への譲渡件数については、初年度として筋ジストロフィー治療研究の1件にその可能性が残されたのみであった、との記事が小さく出ていた。

AMEDは、44テーマについて有望と判断して資金や技術の援助をしたとしており、これらは同ホームページで『創薬支援ネットワークの支援テーマ(3月末現在)』 (http://www.amed.go.jp/program/list/06/theme_list.html ) として公表されている。製薬会社への譲渡で最も期待されたのは、具体的な化合物にまで絞られたテーマと思われるが、大学での限られた研究資源や化合物ライブラリーの範囲からの無理矢理な選別で、さらに研究当事者自身の判断に拠るものであって、緩い基準に基づいて選ばれた化合物と見做されるのが普通である。

現在までの支援テーマは、どれも精々前臨床段階にあるが、今後ともAMEDとしてこのような支援を継続するのであろうか?製薬会社に提示したときに、「興味深いが今の段階では導入可否の判断ができない。ヒトでのPOC(概念実証)が得られたら改めて連絡ください。」などと無責任に臨床第II相程度の治験の実施が必須とのごとく要望されることが多かったと思われる。しかし、薬物の治験(臨床研究)は、動物での安全性と有効性が確立し、確固たる市場性、経済性や承認の見通し立った候補化合物に限ってその研究者や組織の全責任で行うものであって、単に薬理学的推論の効果の立証を目的として、濫りにヒトを実験台にしてはならないことは言うまでもない。一般論として、公的資金での薬物の治験の実施は、極限られた場合や代替方法が絶無でのみ可能と考える。

全く新しい薬理、原理、メカニズムなどに基づく薬物治療法やスクリーニング方法などに科学的や第三者の理解や評価を得るには動物実験で十分であるし、有効な特許の取得も可能で、この段階で研究成果や技術として製薬会社への導出も十分に可能である。従って、大学では更に進めて一般的な新薬の創出を目指しての化合物スクリーニングや臨床研究を行うことは非効率であるし無駄な行為でもある。大学では、動物実験レベルで成果を纏めて国内外の企業に導出することとして、リード化合物の選定や至適化、非臨床試験などその後の開発作業は、そのライセンスを受けた製薬企業でなされるべきである。

AMEDの創薬支援ネットワークは、上記の惨めな現状に対して「企業のニーズの事前把握が不十分だったことを反省点とし、改善した上で大学での革新的新薬の創出活動(事業)の支援を続ける」としている。AMEDは、発足当初から国税600億円以上を既に本ネットワーク事業に投入していることになるが、それら投資の結果として何か具体的な成果を残せたのであろうか?反省点が前記で全てであって、改善点が明示されないまま、また具体的な改革策を示すことなく、本創薬支援ネットワークを当初の計画に沿ってこのままで継続させることが、許されるとは思えない。

一方、上記AMEDからのテーマ進捗表『創薬支援ネットワークの支援テーマ(3月末現在)』の末尾部に、熊本大学発生医学研究所の江良択実教授の『ニーマンピク病C型(NPC)治療薬の開発』が本創薬支援テーマに採択され、前臨床段階にあることが公示されている。

NPCは、ライソゾーム病の一種で、乳幼児からも発症し進行性であり国内の患者総数が50名程度の希少難病であって、指定難病である。細胞内コレステロール輸送障害による疾病で、肝臓、脾臓の腫れと神経症状が徐々に進行し重篤化する。ごく最近になって、厚労省未承認薬検討委員会発足により、唯一スイス国発のミグルスタットが早期承認されたが、症状改善は一応期待されるもののまだまだ満足する治療効果には程遠く、また根治は期待できない。

第2番目のNPC治療剤としてヒドロキシプロピル-β-シクロデキストリン(HPBCD)が米国で 臨床開発中であるが、上記のとおり熊本大では2-ヒドロキシプロピル-γ-シクロデキストリン (HPGCD)という別個の関連化合物が、AMEDからも支援を受けてNPC治療剤として研究開発が進められている。

γ-CD体は、β-CD体に比べて、水に対する溶解性が高いためか、生体にはより安全とされており、コレステロール他被排泄(包接)物質に対する親和性や包接能も相互に異なるはずで、薬効の多様性が期待される。

幹細胞研究の権威の江良教授のグループは、iPS細胞出現の当初から希少難病治療の研究手段としてそれの活用に取り組んでおられ、今回も化合物スクリーニングに、NPC患者iPS細胞由来の肝細胞が用いられている。希少難病治療方法の研究に集中的に取り組む我国では数少ない基礎医学者であり、対症療法の本件を手始めに今後も継続してNPCをはじめライソゾーム病の根治療法の研究に取り組まれるものとその成果は大いに期待される。

希少難病治療用薬剤の研究開発は、その緊急性と専門性から個々の疾患について基礎研究段階から臨床開発、薬事承認と一貫性と連続性が非常に重要である。また、その市場性から例え開発途中からといえども民間企業の参入は、これまでの例外的なケースを除けば、殆ど期待できない。

AMEDにおいては、大学発の創薬支援テーマの採択にあたって、希少難病治療用薬剤の研究を重点的に採用し、一貫性を持って患者に投与できるまで支援を続けてほしい。この施策により、各大学において整備されてきた治験のための組織と施設が生かされる。さらに大学で生まれた希少難病治療薬創出研究の成果は、広く創薬研究のための革新的な基盤科学技術となり、民間に技術導出され応用・活用されることを期待する。(田中邦大)

5月12日:気になる2警告(5月号JAMA Neurology+4月29日Scientific Reports)

2016年5月12日
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   私がまだ学生だった頃は、水俣病、イタイイタイ病、四日市喘息など様々な公害病が我が国の深刻な課題だった。幸い、このような深刻な公害は影を潜めたが、それでも仕事や食品を通して、知らず知らずのうちに体が蝕まれているのではないか懸命に調べている研究者たちがいる。今日は、最近私の目に止まったこのような問題を扱う2編の論文を紹介する。
   最初はミシガン大学からの論文でALSの発症に殺虫剤に暴露されることが関わっていないか調べた疫学調査でJAMA Neurologyに掲載された。タイトルは「Association of environmental toxins with amyotrophic lateral scleraosis(ALSと環境毒素の相関)」だ。
   ALS発症に様々な環境汚染が関わる可能性はこれまで調べられてきた。この研究ではこれまで可能性が指摘されて来た殺虫剤暴露とALSの相関について156人のALS患者さんと、対照126人について比べている。暴露の可能性のある職歴についての聞き取り調査で相関を調べると、暴露歴があると発症のオッズ比が5.46と優位に高い。次に相関が認められたのは、鉛暴露によるオッズ比2.0、軍隊経験でオッズ比が2.20だが、やはり殺虫剤に暴露される職業が一番強い相関を示す。
   同じような結果は、これまでも報告されていたようだが、この研究ではさらに踏み込んで、患者さんと対照群の血液中の残留化合物を調べて、例えばcis-Chlordaneの残留が認められる場合はオッズ比5.74, PCB202では1.36-3.27と有意に殺虫剤の残留とALSの相関が見られることを示している。
     この研究だけでChlordaneが悪いと決めつけるのは早計だが、統計学的結果を無視することはもっと間違っている。特に、職歴と残留殺虫剤が必ずしも一致しないことは、環境暴露も可能性があるので、真剣に検討を続けることが重要だ。
   次の論文は天然甘味料として加工食品に広く使われているコーンシロップなど果糖を多く含む食品が、胎盤機能不全につながることを警告するワシントン大学産科学教室からの論文で4月29日Scientific reportsに発表された。タイトルは「Maternal fructose drives placental uric acid producition leading to adverse fetal outcomes (母体の果糖は胎盤の尿酸合成を高め、胎児に悪影響を及ぼす)」だ。
   ブドウ糖と異なり果糖は代謝経路が全く異なる。特に、インシュリン耐性を誘導し、2型糖尿病や脂肪肝につながることや、ATP分解を促し最終産物の尿酸の産生を高めることも知られている。この研究では、妊娠中毒症などの胎盤に関わる障害を誘導するのではないかと考え、妊娠マウスを用いて果糖投与による胎盤の変化を調べている。
  詳細を省いて結論だけをまとめると、
1) 高い果糖を含む食事は胎児の発達を阻害する。
2) 胎盤での尿酸合成を高果糖食により誘導される
3) 高果糖食は胎盤の脂肪蓄積と酸化ストレスを誘導する。
4) キサンチンから尿酸への経路に関わるキサンチン酸化酵素を阻害すると、胎盤の障害や胎児の発達障害を抑えることができる。
5) 人間の妊婦さんの血中果糖濃度と胎盤の尿酸濃度は相関する。
という結果だ。
  我が国の現状は把握していないが、米国ではコーンシロップなどの使用制限を訴える運動が進んでいると聞く。天然の物質も、人間の偏った意図に基づいて使われると、問題を引き起こす例といえるだろう。
  このような研究に常に耳を貸すことの重要性を実感している。
カテゴリ:論文ウォッチ

5月11日:認知障害の治療薬としてのリルゾール(Molecular Psychiatry オンライン版掲載論文)

2016年5月11日
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    グルタミン酸による過剰興奮毒性を抑えるとしてALS患者さんに現在使われているリルゾールは、その作用機序から海馬のグルタミン酸作動性ニューロンの変性が進むアルツハイマー病や高齢化による認知障害にも効果があるのではと現在ロックフェラー大学が治験を進めようとしている。実験レベルでは記憶伝達の細胞学的基盤となっている神経軸索の樹状突起の集合をリルゾールが誘導できることが知られており、治験結果への期待は大きい。
  今日紹介する論文は治験を推し進めているロックフェラー大学がMolecular Psychiatryに発表した論文で、認知症治療としてのリルゾールの可能性をさらに裏付け、治験への期待をさらに高める目的で行われた動物実験だ。タイトルは「Age and Alzheimer’s disease gene expression profiles reversed by glutamate modulator riluzole (年齢やアルツハイマー病による遺伝子発現プロフィールはリルゾールで元に戻る)」だ。
  研究では老化による海馬の遺伝子発現変化と、リズロール投与による遺伝子発現変化を比べ、老化で低下する96種類の遺伝子がリズロール投与で上昇し、また老化で上昇する240種類の遺伝子がリズロールで低下することを発見している。次に、リズロールで変化する遺伝子群をそれぞれの機能をもとに分類して、変化する神経細胞過程を、アルツハイマー病で変化する過程と比べると、神経の軸索投射やシナプス活動など多くの過程で逆相関が見られることを発見している。このことは、アルツハイマー病や老化により進む様々な神経細胞過程の変化をリズロール投与が元に戻せることを示している。
   ただ残念ながら、老化マウスに投与して実際に変化を戻すことができるかについては、データが思い通りになっていないのか、示されていない。もちろん変性が進んでしまうと、この薬も効かないことは十分ありうる。したがって、異常の少ない時点から長期に投与する研究が必要だろう。しかし、代わりに余分なグルタミン酸を処理してくれる遺伝子EAAT2に絞って老化マウスでみられる低下を抑えることができるか調べ、老化マウスでもEAAT2の発現を強く上昇させられることを示している。従って、進んだケースでも、グルタミン酸毒性による細胞変性は防げるかもしれない。    結果はこれだけで、実際に効果があるかどうかについては同じグループが進める治験の結果を待つ必要がある。ただ、老化により進む全体的な異常にもしグルタミン酸による神経過剰興奮があるなら、期待は持てるような気がする。すでにALSで利用されており、治験へのハードルも低いだろう。今後注意深くウォッチしていこうと思っている。
カテゴリ:論文ウォッチ

5月10日CRISPRを使った遺伝子置換(5月5日号Nature掲載論文)

2016年5月10日
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   CRISPR/Cas9による遺伝子編集は、ガイドRNAによって希望のゲノムの位置にCas9を導いて遺伝子を切断することにより行われる。こうして切断されたDNAはもちろん修復されるが、断端をそのまま修復する非相同末端結合機構が働くと欠失や挿入が起こるため、結合部分に突然変異が導入される。遺伝子をノックアウトするだけなら、この性質は好都合なのだが、特定のゲノム部分を正確に置き換える遺伝子ノックインには向いていない。ノックインの場合、置き換えたい配列を持つ遺伝子断片を導入して、相同組み換え修復機構を誘導する必要がある。実際、Cas9で切断した後、相同組み換え修復も誘導され、遺伝子ノックインが可能であることは示され、また実際に使われてきたが、ノックアウトと比べると思った通りのノックインが起こる確率は低いため、新しい方法の開発が待たれていた。
   今日紹介するロックフェラー大学からの論文はこの課題に挑戦した研究で5月5日号のNatureに掲載された。タイトルは「Efficient introduction of specific homozygous and heterozygous mutations using CRISPR/Cas9 (CRISPR/Cas9を用いた高効率のホモ、ヘテロ突然変異の導入)」だ。
  著者らはもともとヒトiPSに早期発症のアルツハイマーを引き起こす突然変異をCRISPR/Cas9と相同組み換え修復を用いて導入しようとしていた。ただ、こうして得られた遺伝子置換部分を調べると、欠失や挿入が起こっていることが多いことに気づいた。この原因が、CAS9活性が新しく修復された遺伝子も切断することによるのではと考え、CRISPR/Cas9と共に導入する相同組み換えの鋳型オリゴヌクレオチド (ODN)の配列を変化させて、新しい遺伝子へのCas9の働きを抑えることができる正確なノックインを達成するための条件を探っている。そのための手法としては、論理的に責めることも行ってはいるが、基本はトライアンドエラーを丹念に進めている
  まずCas9が認識するPAMやその上流に変異を導入したODNを用いると、相同修復後Cas9がDNA切断を起こすことを防ぐことができる。この方法では目的の変異以外に、Cas9をブロックする変異が入るので、この変異に対応するガイドRNAを使ったノックインをもう一度繰り返し、目的の遺伝子に置換することで、正確なノックインが10%以上の細胞で得られることを示している。他にも、PAM配列に変異の入った遺伝子置換を行い、次のラウンドで変異型 PAMを認識する変異CAS9を使う方法も開発している。
   普通ならこれでめでたしめでたしなのだが、この方法では両方の染色体で置換が起こる確率が高く、片方の染色体だけ変化させることが難しい。そこで、導入したい突然変異の場所と、Cas9による切断場所の長さを変化させて、片方のだけに置換がおこる確率を調べ、切断と導入変異の距離が20merあるとほとんどの置換が片方だけで止まることを見出している。ただ、この方法だと効率が低下するので、最後にホモ変異が入る条件で、正常の配列と、突然変異配列のODNを混合してノックインを行うことで、結果としてホモ変異導入細胞と、ヘテロ変異導入細胞を1対1の割合で作ることに成功している。
  一般の方には少しマニアックな話で分かりにくかったと思うが、ノックインのための条件を粘り強く探索し続け、目的を達成する条件を示した、この技術を導入したい研究者には役にたつ論文だと思う。
  この論文でも方法の開発だけでなく、新たに作成したホモ、ヘテロ変異細胞を用いてアミロイドの急速な蓄積を再現できることを示している。しかし、受精卵に直接注射して遺伝子ノックインを行えるほどの効率があるかどうかはわからない。当分はiPS/ESとの組み合わせが重要だろう。
カテゴリ:論文ウォッチ

5月9日:母親の抗体が腸内細菌叢によるT細胞刺激を抑える(5月5日号Cell 掲載論文)

2016年5月9日
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  腸内細菌叢の成長と多様性が、宿主の健康維持に重要であることが広く認識されるようになり、この分野は急速に拡大している。しかし少し考えてみると、胎児が無菌状態で発生する以上腸内細菌は異物で、生後急速に腸内に入ってくるなら強い免疫反応が起り、腸炎に発展してもよさそうだ。しかし、実際には常在菌は通常は炎症の原因にならず、一種の共生関係が成立している。
   今日紹介するカリフォルニア大学バークレイ校からの論文は、母親がT細胞に依存しないで作る抗体が新生児の腸管内で細菌と反応することで、T細胞の反応を抑えていることを示し、この問題に一つの説明を与えている。タイトルは「Maternal IgG and IgA antibodyies dampen mucosal T helper cell responses in early life (新生児期に母親からのIgGとIgA抗体が粘膜T細胞の反応を抑える)」で、5月5日号のCellに掲載された。
  これまでも母親からの抗体が腸内で細菌叢が成長する際に強い炎症反応を防止する役割を演じていることが示唆されていた。しかし、分泌される抗体の代表であるIgAが欠損した人で新生児腸炎が見られるわけではないため、議論が続いていたようだ。この研究では、まずマウスが腸内細菌叢の2−3割に対して反応するIgG2b, IgG3抗体を持っており、特にIgG3はIgAより広い細菌に反応できることを発見している。この発見をきっかけに、この抗体の役割を追求したのがこの論文だが、詳細を省いて明らかになった過程を説明しよう。
1) 腸内細菌叢に反応するIgG2b, IgG3抗体は、バクテリアと直接B細胞が反応して、バクテリアの持つLPSなどの刺激にTLR2,TLR4を介して反応することで産生され、ヘルパーT細胞には依存しない。
2) これらの抗体を作るB細胞は、腸管の粘膜免疫に関わる腸間膜リンパ節やパイエル板で抗体を作る。
3) これらの抗体は、胎盤を通して、あるいは母乳を通しても胎児に伝わる。
4) 母親からの抗体が欠損した胎児の腸間膜リンパ節やパイエル板ではCD4陽性T細胞の数が選択的に上昇する。
5) このCD4+T細胞反応抑制にIgAも協力するが、IgG3,IgG2bが主役。IgMの関与は全くない。
6) 母親からの抗体なしに育った新生児は体重の増加が遅く、炎症性サイトカインが高い。
7) おそらく抗体によって細菌がリンパ節に移行するのを防ぐことで、T細胞の過剰反応を抑えているのだろう。
この研究もそうだが、逆に食物アレルギーの成立についての研究も、新生児期の腸内での免疫調節の重要性を物語っている。わが国でもこの分野が重点項目として選ばれたようだが、表面的な現象論ではなく、新しいメカニズムに迫る研究が行われ、そこから出た知見を活かして、子供を炎症やアレルギーから守ることのできる研究が行われるよう期待したいし、また成果について注視していこうと思っている。
カテゴリ:論文ウォッチ

5月8日:ジカウイルスによる神経細胞死誘導機構(7月7日号Cell Stem Cell掲載予定論文)

2016年5月8日
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今年の5月にリクエストに応じてジカ熱の流行とその問題について解説して以来、すでに4回にわたって6編の論文に触れてきた。これらの論文から、
1) ジカ熱ウイルス感染により高率に胎児発生異常が誘導されることが疫学的に明らかになった。
2) 多能性幹細胞から誘導した神経細胞や神経細胞のオルガノイドを使って、ジカ熱ウイルスが神経細胞に感染すると細胞死を誘導することが示された。
3) ジカ熱ウイルスはAXL分子を細胞内への侵入のための受容体として使っており、この分子を強く発現するラジアルグリア細胞が感染の標的細胞になっている。
4) ウイルス感染防御に関わるIRF等のメカニズムを外したマウスを感染モデル動物として使える。
5) 人間の胎盤を構成するトロフォブラストの分泌するタイプ IIIインターフェロンは、ウイルスの胎盤通過を防御する。
など、このウイルス感染のメカニズム解明が月単位で急速に進んでいることがわかる。
   やはりヒトES細胞から誘導した脳神経細胞オルガノイド培養を用いた実験系を用いて、ジカ熱ウイルス感染による神経細胞死にTLR3が関わることを示したのが今日紹介するカリフォルニア大学サンディエゴ校からの論文で、ジカ関連の論文を積極的に扱っているCell Stem Cell7月号に掲載予定になっている。タイトルは「Zika virus depletes neural progenitors in human cerebral organoids through activation of the innate immune receptor TLR3(ジカウイルス感染は自然免疫に関わるTLR3分子の活性化を通して、ヒト脳オルガノイド中の神経前駆細胞を除去する)」だ。
  この研究では、まず脳オルガノイド培養での遺伝子発現を詳細に調べた後、ジカウイルス感染によりオルガノイドの成長が抑制された時、この遺伝子発現パターンがどう変化するかを調べている。この結果、ウイルスに対する自然免疫に関わることが知られていたTLR3がオルガノイド培養でも上昇していることを発見する。最後に感染によるオルガノイド発達抑制にTLR3が関与していることを明らかにするため、TLR3阻害剤を加えてウイルス感染実験を行うと、オルガノイドの発達を完全ではないが回復させられることを明らかにしている。    もともとTLR3は線維芽細胞を用いた実験でジカウイルスなどのフラビウイルス感染で活性化されることがわかっており、これが神経でも起こることを示した研究で、特に新味はない。しかし、研究のスピードには驚かされる。また、感染後の詳しいデータが得られたことで、今回見落とされた重要な経路も必ず発見されるだろう。
   リオ・オリンピックでも突貫工事が続いているようだが、オリンピックに影を落としていたジカウイルス問題も突貫研究で対策の糸口が見え始めているようだ。
カテゴリ:論文ウォッチ