2020年4月3日
アルツハイマー病(AD)の症状とリン酸化Tauの脳内での蓄積が強く相関することは広く認められるようになっている。さらに、重合したTau断片が神経から神経へと伝搬するというプリオン仮説についても、コンセンサスになってきたのではないかと思う。しかし、細胞膜で仕切られた細胞間を大きなタンパク質が伝搬するためには、細胞内へTauを取り込むメカニズが必要になる。これまでの研究で、細胞膜やマトリックスに存在するヘパラン硫酸プロテオグリカンやLDL受容体がTau取り込みに関わっている可能性を示唆する論文が発表されていた。
今日紹介するカリフォルニア大学サンタバーバラ校からの論文はLDL受容体の中のLRP1がTau取り込みの主役であることを示した研究で4月1日号のNatureオンライン版に発表された。タイトルは「LRP1 is a master regulator of tau uptake and spread(LRP1がTau取り込みと伝搬の主役分子)」だ。
この研究は最初からLDL受容体ファミリーのどれかがTau取り込みに関わると仮説を立てCRISPRテクノロジーを使ってグリオーマ細胞株H4から様々なLDL 受容体の発現を低下させTau取り込みが抑制されかスクリーニングを行い、LPR1の発現を抑制した時のみ沈殿型Tauの取り込みが低下することを発見する。また取り込まれる過程にはTauの微小管結合領域がLPR1と結合することが必要であることを明らかにする。
LRP1に結合することが知られている分子RAPとTauを競合させる実験を行い、RAPとTauがLRP1の同じ領域に結合し、互いに競合することを見出している。すなわち、このサイトを抑制することでTauの取り込みを抑制できることになる。
ここまでわかるとLRP1が実際の神経でも同じように働いているか、またモデル動物でLRP1を標的にしてTauの取り込みを抑えられるかが次の問題になる。まずヒトiPS由来の神経細胞を用いて、Tauの取り込みと、LPR1発現の抑制、あるいは、RAP添加による競合実験を行い、人間の正常神経細胞でも重合型Tauは取り込まれ、その時LRP1を介していることを明らかにした。
最後にマウスの脳にウイルスベクターで重合型Tauを自然生成できる遺伝子を注射する実験系で、離れた脳領域にTauが伝搬すること、またこの伝搬をLRP1発現を抑制するshRNAで抑えられることを明らかにしている。
結果は以上で、LRP1がAD治療の新しい標的になる可能性が生まれた。もちろん先は長い。しかしこの結果が再現できれば、様々なADモデルでLRP1抑制実験を行うことで、ADとTauプリオン仮説の検証が可能になる。もしうまくいけば、その先にADの新しい治療開発も視野に入ってくるように思う。
2020年4月2日
我々の身体の代謝に腸内細菌叢が重要な役割を持つことについては、誰も疑う人はいない。それどころか、一般の人も、自分の腸内細菌叢を何とか善玉にしたいと思うようになっているが、ではどうするのかについては、メーカーの言葉を信じるしかない。そう考えると、メーカーの責任は重い。「安全ならあとは売れればよい」、「結局長期効果など誰も検証しない」と、簡単な臨床試験や動物実験結果をもっともらしく宣伝するのではなく、本当に顧客を(満足ではなく)健康にできるかを真剣に考えた製品を作っていってほしいと思う。
とはいえ、人間で食事と腸内細菌叢の関係を、厳密に研究するためには、人間の行動をモルモットのように厳密にコントロールする実験が必要になる。今日紹介する米国国立衛生研究所からの論文は、25人のボランティアを30日間研究室に閉じ込めて食事や抗生物質投与をコントロールした研究で3月23日号のNature Medicineに掲載された。タイトルは「Effects of underfeeding and oral vancomycin on gut microbiome and nutrient absorption in humans (減食とバンコマイシン服用がヒトの腸内細菌叢と食品の吸収に及ぼす影響)」だ。
普通動物実験でしかできない完全な食事のコントロールを短い期間でもやり遂げたことがこの研究の全てだ。30日間研究所に閉じ込め、最初は2400Kcalの全く同じ食事を摂取させ、その後片方は3600Kcal、もう片方は1200Kcalの食事を3日間だけとらせる。その後3日間2400Kcalに戻したあと、もう一度同じように過食と減食3日間を続けてもらい、その間に様々な検査を行う。
このシリーズの後8日間の回復期間をおいて、今度は経口的にバンコマイシンを3日間服用させ、服用したグループとしなかったグループで、同じように検査を行い実験終了となる。
この31日に及ぶモルモット体験で調べられる最も重要な項目は、カロリーの接種率と、便として排泄されるカロリーの量で、あとは便の細菌叢検査などだ。結果をまとめると次のようになる。
- 便として失われるカロリーを吸収されたカロリーに対して計算すると、不思議なことに、減食した方が多くのカロリーが便として失われる。すなわち、カロリー制限はカロリーの吸収をさらに落としてくれる効果がある。
- バンコマイシンは消化管から全く吸収されない抗生物質で、腸内細菌叢だけを減らすことができるが、腸内細菌叢が減ると同じように便として排出されるカロリーは増える。
腸内細菌叢や血液の検査を通してこの結果を解釈しようとしているが、減食やバンコマイシン服用により粘液を消化し腸のバリアー機能に関わる細菌が増え、食物の吸収が低下すると同時に通過が早くなること、また完全に原因として特定できてはいないが、酪酸の分泌など様々な代謝物のバランスもこの変化に貢献しているだろうとしている
減食でよりカロリーの損失が増えること、また減食した方が細菌の多様性が上昇するという結果は、直感に反する結果だが、最終的な印象としては、食事をコントロールする実験は難しいというのが印象だ。31日間拘束しても、たかだか6日間の栄養コントロール実験しかできない。本当はもっと長期の影響が必要になる。したがって、人間モルモット実験には限界がある。これを克服するには、日常の多様な行動を科学に仕上げていく方法論を確立しなければならない。それまでは消費者はマーケティングの言葉以外に頼るものがない状況は続く。その意味で、メーカの消費者の健康に本当に寄与したいという覚悟が望まれる。
2020年4月1日
潰瘍性大腸炎やクローン病は炎症性腸疾患(IBD)と総称されており、自己免疫、慢性感染症、食事など多様な原因で、腸内に慢性の炎症が続く。従って、最初のシグナルを特定することがこの分野の重要な課題になる。
今日紹介する中国廈門大学からの論文は炎症性腸炎も完全な内因性の原因で起こりうることを示した研究で3月25日号のNatureに掲載された。タイトルは「Gut stem cell necroptosis by genome instability triggers bowel inflammation (ゲノム不安定性による腸管幹細胞のネクロプトーシスは炎症性腸炎の引き金になる)」だ。
この研究では、IBDの患者さんの遺伝子発現を調べて、ヒストンのメチル化に関わるSETDB1が低下しており、またSETDB1低下が幹細胞で著しいことを発見し、SETDB1の低下がIBDの引き金になるのではと着想している。
あとは、腸管幹細胞でSETDB1遺伝子のノックアウトを誘導的に行えるマウスを作成し、成長してからこの遺伝子をノックアウトすると、期待通り強い腸炎が1週間で誘導できることを示している。すなわち、幹細胞内での原因でIBDを誘導することができた。
SETDB1はもともと幹細胞で発現が高く、染色体の安定性を維持し、幹細胞のゲノムを守る役割があるが、この発現が阻害されることで、ゲノムが不安定になることが想定される。実際、ノックアウトされた細胞ではDNAの切断が観察され、またIBD患者さんの腸管幹細胞でもDNA 切断が観察される。実際、SETBD1をノックアウトすると、細胞死が高まるとともに、ゲノム不安定性を反映して、一部で腫瘍性増殖が見られるようになる。
ではどうしてこれがIBDのような炎症につながるかが問題になるが、まずゲノム不安定性により幹細胞のネクロプトーシスが誘導される結果、炎症が発生すると考えた。ネクロプトーシスに関わる遺伝子ノックアウトとSETDB1ノックアウトとを組み合わせる実験を行い、IBD発生を抑えられることを示している。また、この時の引き金は自然免疫受容体RIP3を介しており、RIP3阻害剤が炎症抑制に効果があることも示している。
RIP3はもともとRNAウイルスを検出して自然炎症を誘導する。そこで、ネクロプトーシスと自然免疫を誘導する他の要因を検索し、最終的にSETDB1により誘導されていたヒストンK9メチル化が低下し、内因性のレトロウイルスの増殖が起こることを突き止める。一方、この系では腸内細菌叢の役割はほとんど見られなかった。
まとめると、何らかの要因でSETDB1の発現が腸管幹細胞で低下すると、DNAの切断が起こるとともに、内因性レトロウイルスの転写が起こり、これがRIP3を刺激してネクロプトーシスによる自然炎症を誘導するというシナリオだ。完全に内因性の要因でIBDが起こり、それを抑制する薬剤まで示し得た面白い仕事だと思う。
この論文を読んでいて、新型コロナ肺炎でネクロプトーシスなどの細胞死を調べ直すことは重要だと思った。現在肺でのサイトカイン分泌を制御する治験が行われており、もし肺胞での細胞死がネクロプトーシスなら、介入できるかもしれない。重症になるとなかなかネブライザーで肺胞にまで薬剤を到達させるのは難しいと思うが、RIP阻害剤は考慮する価値はあるように思った。
2020年3月31日
昨日は細胞レベルでの静止期についての研究を紹介した。今日は、キルフィッシュと呼ばれる魚の休眠についてのスタンフォード大学からの論文を紹介する。タイトルは「Vertebrate diapause preserves organisms long term through Polycomb complex members(脊髄動物の休眠はポリコム複合体の構成成分を通して長期間臓器を保存する)」で、少し古いが2月21日号のScienceに掲載された。
現在進んでいる自粛やロックダウンの問題は、一過性の経済収縮もあるが、その結果として様々なセクターが復元不可能なダメージを受けて、完全な正常化を妨げるため、間違うと社会全体の崩壊につながる点だ。これを防ぐため、社会の様々なセクターの機能を維持しながら、ヒト、モノ、カネの流通を絞ること(コロナの場合は人の動きでいいが、その結果モノ、カネの流通も細る)を目指す必要がある。おそらくどの政府も処方箋はなく、社会へのダメージを覚悟していると思うが、蓋を開けるまで結果はわからない。人の動きを止めて、それをどこまでお金の流通で代償できるかが問題になるだろう。
同じことは休眠や冬眠でも言えて、エネルギーの流通を止めて臓器の機能が戻らないと個体は死んでしまう。これを防ぐための絶妙なメカニズムが動物には備わっている。それが典型的に見られるのがキルフィッシュと呼ばれるアフリカに住む魚で、生息する池がしばしば乾燥してしまうので、卵から孵化した幼魚はすぐに休眠期に入り、長い場合は半年も雨を待つ。
研究では、休眠期のキルフィッシュ幼生を集めて、まず遺伝子発現を調べている。期待通り休眠に入ると、三分の一の遺伝子発現が変化するが、昨日の細胞レベルの話とは違い、闇雲に発現が低下するのではなく、筋肉発生に関わる遺伝子、オートファジー分子、そして核酸やアミノ酸代謝に関わる遺伝子発現は上昇する。要するに、メリハリをつけた再編を行い生命を守っていると言える(社会で言えば警察や医療の活動を高めて他のセクターを落とすといった話だ)。
この研究ではこの時クロマチン構造維持に関わるEZH1,CBX7,PCGF5などのポリコム遺伝子の発現が上昇していることに着目しさらに研究を進めている。
ポリコム遺伝子はヒストンのメチル化とそのマークに基づく転写の抑制を行う仕組みだが、面白いことにポリコムの標識になるH3K27me3のパターンは発生過程のパターンへとプログラムされ直している。すなわち、発生過程に必要な遺伝子を残して他の遺伝子を抑えることで、休眠が可能になっている。
なぜこれが休眠での生命維持につながるのかはわからないが、ポリコム遺伝子の一つCBX7をノックアウトした魚を作成して、その影響を調べることはできる。その結果、代謝、増殖、ホルモンなど流通に関わる遺伝子の抑制にCBX7が関わることがわかる。機能的には、CBX7が働かない魚では、休眠後筋肉が疲弊して回復できない。一方、脳など神経活動はCBX7と無関係に維持されることがわかった。
残念ながら、休眠の全貌がわかったという気はしないが、それでも休眠中にも手を掛けるシステムと、そうでないシステムがあって、一部はポリコムにより大きな遺伝子発現の再プログラムで乗り切っていることがわかる。
結果は以上で、2日にわたって紹介した論文から、エネルギーや物質の流通の縮小を耐えるため様々な戦略が進化してきたことがわかる。重要なことは、縮小した時に回復後に備えられるかどうかで、ひょっとしたら社会の維持も、生物から習うことができるかもしれない。
2020年3月30日
幹細胞を研究していた人間から見ると、世界は長い静止期に入ったように思う。各国政府の対応を見ていると、静止期へのスイッチは様々だが、目的は明確で、特定の資源(この場合は医療資源)の限界を超えると、それを守るために全体の活性を低下させて、この限界に合わせる必要がある。
もちろん細胞から何か習えるわけではないが、3月最後の2日間、最近発表された静止期に関する新しい発見について紹介することにする。最初の今日は、イェール大学からの論文でmRNA全体の活動を低下させて静止期を維持するのに必要な新しい分子BTGについての研究で、3月13日号のScienceに掲載された。タイトルは「mRNA destabilization by BTG1 and BTG2 maintains T cell quiescence(BTG1とBTG2によるmRNAの不安定化がT細胞の静止期を維持する)」だ。
この研究のハイライトは、静止期に関わる分子の同定方法だ。静止期についての研究は多く、これまでエピジェネティックス、転写、代謝、ニッチ、低酸素など様々な分子機構の存在が示されてきた。おそらくどれ一つ欠けても、整然と静止期を保つのは難しいのだろう。したがって、全体を統合する分子だけは静止期でも強く発現する必要がある。このような分子を探す目的で、静止期のT細胞を集め、ヒストンアセチル化を指標にスーパーエンハンサーに近い調節を受けている分子を探し、BTG1とBTG2を特定している。
この分子を強く発現しているのはリンパ球で、特に刺激前や記憶細胞で発現が高い。そこで、それぞれの遺伝子をT細胞でノックアウトして見ると、両方の遺伝子をノックアウトした時だけ静止期のT細胞の低下が見られる。また、弱い刺激でもT細胞は増殖しやすい。このような免疫反応の閾値が低下した結果、感染には強くなるが、逆に免疫反応が起こりやすいT細胞を移植されたマウスでは、腸炎が起こる。
最後に、BTG1/2が静止期を維持するメカニズムを調べるため、ノックアウトT細胞と正常T細胞の比較を行い、mRNA全体の量、および翻訳後のタンパク質の量がノックアウトマウスでは上昇していることを発見する。すなわちBTG1/2はmRNAを不安定化して静止期にmRNA全体の量を低下させていることになる。実際、BTG1/2はCNOTと呼ばれるmRNAのpolyAtailを侵食する酵素および、」polyAtailに結合するPABPと複合体を作ってpolyAを削る速度を高めることを明らかにしている。
以上、T細胞の話ではあるが、細胞全体の静止期を維持するためには、mRNAの量を減らすことが大事で、これまで知られているRNAポリメラーゼの調節による入り口だけでなく、できたmRNAもさらに分解させる必要があることがよくわかった。
これほど静止期の維持は大変だ。明日は、キルフィッシュの休眠、すなわち体全体の静止の機構についての論文を紹介する。
2020年3月29日
私の知人の例を見ていても、オプジーボなどのチェックポイント治療は高い効果を示しており、ガン治療を大きく変革した。ただ、メカニズムが活性化されたT細胞に対する抑制を外すという一点突破なため、それ以外のポイントでがん免疫が抑制されてしまうと、効果が全く出ない。このことから、チェックポイント治療を、他のポイントに対する治療と合わせて使うと効果が高まることは当然だ。
この時、ガン免疫誘導ポイントに対する介入と並んで期待されているのが、チェックポイント治療の結果キラー細胞が腫瘍組織から排除されるのを防ぐ方法の開発で、中でも期待されているのがTGFβを抑制する方法だ。PD―L1に対する抗体とTGFβ阻害を一体化した抗体薬の可能性については二年前に紹介した(https://aasj.jp/news/watch/7964)。ただ、TGFβは3種類もあり、全体を抑制すると心臓に重篤な副作用が起こることもわかってきた。
今日紹介するボストンにあるベンチャー企業Scholar Rockから発表された論文ではTGFβ1の組織内での活性化を抑制する抗体薬が、副作用なしにチェックポイント治療効果を高めることを動物実験で示した論文で3月25日発行のScience Translational Medicineに掲載された。タイトルは「Selective inhibition of TGFβ1 activation overcomes primary resistance to checkpoint blockade therapy by altering tumor immune landscape (TGFβ1活性化の選択的抑制は腫瘍内の免疫状態を変化させてチェックポイント治療に対する抵抗性を克服する)」だ。
TGFβ抑制の副作用を考える時、3種類のTGFβが存在し、ほぼ同じ受容体を活性化するが、それぞれの発現場所で異なる役割を持っていることに注意する必要がある。もちろん受容体阻害剤は副作用が起こるし、以前紹介した方法はβTGFβ阻害だが、全てのタイプをブロックする。
この研究では心臓の副作用にあまり関係のないTGFβ1を特異的に抑制する方法でこの問題を解決できるか調べている。と言っても、同じ受容体を使っていることから、受容体結合を抑制する抗体の作成は難しい。そこで考えたのがTGFβ1が組織で活性化されるプロセスを抑制する方法だ。
また説明が必要になるが、TGFβは大きなタンパク質の一部で、分泌された時には活性化が抑えられている。この非活性分子は大きなタンパク質と結合することで、地雷のように組織マトリックスの中に埋め込まれる。この状態を活性化するためには、インテグリンを持った細胞が組織に来て活性を抑制している分子を取り外す必要がある。この非活性型を活性化型に変化させる過程を阻害する抗体をスクリーニングし、インテグリンと非活性型TGFβが結合して活性化される過程を抑制できる抗体を作成している。
これをガンを移植したマウスで試すと、単独では全く抗ガン効果はないが、PD-1に対する抗体と組み合わせると絶大な効果がある。その原因を調べていくと、この抗体を組み合わせた時だけ、リンパ球や免疫活性化型のマクロファージがガン局所に蓄積していることがわかる。すなわち、チェックポイント治療でガン組織から排除されたキラー細胞をリクルートできることを明らかにしている。
他にも色々実験を示しているが、以上がメッセージで、TGFβ1直接ではなく、組織内に地雷のように埋め込まれて細胞が来た時に作用するというTGFβ1の特徴を利用して、他のTGFβから区別してTGFβシグナル抑制に成功した面白い研究だと思う。もともと、ヒト型にした抗体を用いていることから、すでに臨床治験も始まっているのではと期待できる。
2020年3月28日
機能的MRI(fMRI)は活動中の神経領域の血液供給量が増えることを利用して(この原理を探った論文については3月12日に紹介した:https://aasj.jp/news/watch/12571)、特定の課題を行なっている時に働いている脳領域を特定する技術で、今や人間の脳機能解析になくてはならない方法になっている。しかし脳構造を調べる一般のMRIと比べると、臨床診断に用いられることは少ない。ところが最近、何も課題を行なっていない状態でfMRI検査を行い、自然に見られる血流の揺らぎを調べて、神経活動の機能的連結性や、ベースラインの活動を調べる方法が採用され、様々な病気での異常が報告されるようになってきた。誤解を恐れずわかりやすく言ってしまうと、普通のfMRIではノイズと思われる活動に注目して脳の状態を知ろうとする方法と考えれば良い。
今日紹介する北京にある中国科学院研究所からの論文はこのfMRI検査方法を用いて脳幹の線条体に着目して、統合失調症の患者さんを調べた研究でNature Medicineオンライン版に掲載された。タイトルは「A neuroimaging biomarker for striatal dysfunction in schizophrenia(統合失調症の線条体の機能異常を調べる神経画像マーカー)」だ。
統合失調症で機能的異常が最も明らかな領域の一つは線条体で、これがかなりの患者さんでドーパミン受容体D2を抑制する薬剤が症状を和らげる理由になっている。そこでこの研究では、安静時の線条体をfMRIで血流のゆっくりした振動を拾い、このデータから、領域内の活動性、領域内の神経結合性、そして領域外との神経結合性を計算している。
結果は予想通り、線条体内の緩やかな振動の振幅を安静時の神経活動と対応すると仮定すると、統合失調症では明らかに振幅が大きく活動性が上がっていることを示している。また、このデータと他のパラメーターとの相関を調べると、ドーパ神経の活動と強く相関することも確認している。
そこで、こうして得られた3種類のデータを機械学習させ、今度はfMRIデータを病気診断に使えるか調べると、80%の確率で診断が可能になっている。しかし、この程度で診断手段として実用的かどうかは疑問だ。幸い、ドーパ神経の活動と相関している指標であることがわかったので、ではドーパミンD2受容体抑制剤に対する反応と、AIによる診断とが一致するか調べ、かなりの精度で治療に対する反応を予測できることを示している。一方治療抵抗性の統合失調症に対するクロザピンの効果との相関を調べると全く相関が見られないことから、作用メカニズムが全く違うことがわかる。
最後に、これまでの統合失調症ゲノム解析でリストされた遺伝子の発現と安静時の緩やかな波の振幅を指標とした脳活動との相関を調べると、40以上の遺伝子の発現場所と脳活動の上昇とが一致していた。
以上が結果で、安静時のMRI検査ということで、診断には使いやすいと想像できるので、統合失調症の患者さんも、この方法でまず分けた後、様々な治療の効果を調べる必要があると思う。総合的で素人にとっても面白い論文だった。
2020年3月27日
私が医学部を卒業した頃は、細胞が死ぬということは全てネクローシスと名付けていた。しかし、細胞死の分子メカニズムがわかってくると、アポトーシス、ネクローシス、ネクロプトーシス、さらにはピロトーシスまで細胞死が細かく分類されるようになった。すなわち、細胞も時と場所に応じて死に方を選んでいることになる。
例えば感染により細胞が死ぬときは、大騒ぎして周りの細胞に働きかけ炎症を起こして感染を防ぐ必要がある。一方、発生時にアポトーシスは必須だが、周りの細胞に迷惑をかけずひっそりと死んでいく必要がある。ただ、ひっそりと死ぬと言っても細胞死が起こるわけで、周りを刺激しないようシグナルを出す必要がある。
今日紹介するバージニア大学からの論文はアポトーシスに陥った細胞がどのように気を配りながら死んでいくのかについて解析した研究で3月18日Natureオンライン版に掲載された。タイトルは「Metabolites released from apoptotic cells act as tissue messengers (アポトーシス中の細胞から遊離される代謝物は組織へメッセージを伝える役割がある)」だ。
この研究は最初からアポトーシスが始まると、普通には出てこない代謝物が細胞から遊離してきて、これが周りの組織に働きかけ、強い反応が起こらないようにする、すなわちひっそりと死ぬことができると仮説に基づいて実験を行なっている。このため、アポトーシスを誘導した細胞から遊離される代謝物を解析し、最終的に重要と思われる6種類(AMP,GMP, クレアチニン、スペルミジン、リン酸グリセロール、ATP)を特定している。
また、これらの代謝物が壊れた膜から出るのではなく、まだ機能しているチャンネルを通して選択的に遊離されること、そのチャンネルの一つがPANX1であることを突き止める。さらに、スペルミジンも死んだ後の老廃物ではなく、細胞死が始まるとわざわざ合成されて、PANX1を通って選択的に遊離することを明らかにする。
次に、これらの代謝物はメッセンジャーとして周りの組織に指示を出しているのか、アポトーシスを誘導された細胞の培養情勢をマクロファージに転化する実験を行い、例えば炎症性の分子を抑え、抗炎症性の分子やアポトーシスを抑える分子を上昇させるなど、遺伝子発現のプログラムを変化させることを示している。
最後に、今回発見した様々な分子が実際の組織で働いているかどうか調べる実験をいくつか行い、
- CD4T細胞のPAMX1をノックアウトすると、アポトーシス細胞から周りの白血球へ働き変えられなくなること、
- そして、今回発見した代謝物が、関節炎モデルや肺の拒絶反応モデルで見られる炎症をおさえること、
を明らかにしている。
人間社会に置き換えてみると、周りに大騒ぎして悲しまないようまずしっかり伝えてから、あとは自分で始末してひっそり死ぬ方法と言えるように感じた。さらに、他の死に方をアポトーシスに変える代謝物ミックスまで発見しており、今後の応用が期待できる。
2020年3月26日
前回新型コロナウイルスの感染動態についてのThe Lancet論文を紹介した時(https://aasj.jp/news/watch/12611)読者からBCGワクチンが新型コロナウイルス感染予防に効果がないか確かめる治験が進んでいるという情報が送られてきた。調べてみると、3月23日Scienceはオランダナイメーヘン大学のグループが中心になってオランダではBCG接種が進行中であることをレポートしていた(https://www.sciencemag.org/news/2020/03/can-century-old-tb-vaccine-steel-immune-system-against-new-coronavirus?fbclid=IwAR3UkYZT941PpzUVKkNwXzkARg9uL-d2OdiZV0qQICrL9U5ke0FwegMwYZ0)。すさまじい勢いで様々な可能性が提案され、研究から臨床への時間差もほとんどないことを知って、今回のコロナウイルスパンデミックが、医学と一般の人との関係を確実に変えるという実感を持った。
ではどのようなメカニズムでBCGがウイルス予防に効果があるのか勉強してみようと、2018年1月ナイメーヘンのRadboud大学からCell Host & Microbeに発表された論文を読んでみた。タイトルは「BCG Vaccination Protects against Experimental Viral Infection in Humans through the Induction of Cytokines Associated with Trained Immunity(BCGワクチンはヒトの実験的ウイルス感染を免疫訓練で誘導できるサイトカインを通して防御する)だ。
もともとBCGで免疫を変化させ、結核だけでなく、ガンや感染症を抑制しようとする試みは大阪大学を中心に我が国で活発に行われた。現状については把握できていないが、その後自然免疫の概念が確立しBCGのような複雑な刺激ではなく、より洗練された自然免疫刺激分子の研究へと移ったように思う。
一方、このグループはBCGにこだわっており、その意味で刺激自体を分析することにこだわらない。この研究ではBCGが血液のエピジェネティックを変化させるという仮説を人間で確かめることが目的になっている。実際、同じ時期にマウスを用いた実験系で、BCGがIL-1βを介して造血幹細胞のエピジェネティック状態を変化させることで、長期間続く訓練免疫状態が維持できることをCell に報告している。
この研究ではまず、BCG接種を受けた健常人血液から単球を分離し、ヒストンのアセチル化を全ゲノムレベルで調べ、一回のBCG接種で、単球のエピジェネティック状態が大きく変化し、特にサイトカインや様々な増殖因子を分泌する方向にプログラムが変わっていることを示している。すなわちBCGが長く持続する血液の変化を誘導することを示している。この状態を著者らはtrained
immunity(訓練免疫状態)と呼び、IL-1βやIL-6などの分泌が恒常的に高い状態を誘導していることを示している。
そして無毒化した黄熱病ウイルスを接種する実験を行い、血中のウイルス量がBCGを接種された群では約1/5になることを示している。しかし、ウイルス感染によるサイトカインの分泌や、ウイルスに対する抗体産生と、ウイルス抑制は全く相関しない。唯一相関するのは、血中IL-1βの上昇で、もちろん抗原特異的な反応ではない。総合すると、免疫反応というより、血液全体の状態が強化され、ウイルスの種類を問わず、抵抗性が上がったと言って良さそうだ。
詳細は省くが、他の研究結果も総合して、BCGは直接IL-1βを誘導するが、これが血液幹細胞に作用してエピジェネティックスを再プログラムし、さらにIL-1βなど重要なサイトカインが出やすい体質に変え、これがウイルス抑制効果につながるというシナリオだ。
最終的なメカニズムまでクリアーになったとは言えないが、BCGウイルス増殖抑制作用が人間で確かめられていることから、重要な貢献だと思う。ただ、実施するにあたっては、遺伝的に反応がほとんどないグループが存在し、そのSNPもわかっているので、これを調べることは重要だろう。また、我が国では多くの人がBCG接種を受けている。これが日本で感染が抑えられている理由かもしれないが、今回のコロナに備えてもう一度接種するとなると、初めての人より強い副反応が発生することは覚悟する必要がある。しかし、やってみる価値は確かにあると思う。
2020年3月25日
現在は作ろうという試みはないと思うが、子供の頃、ライオンとトラを掛け合わせたライガー、ヒョウを掛け合わせたレオポンなど、異種を交雑させてハイブリッドを動物園などでつくる試みが行われていたように思う。もちろん動物園に限らず、ラバなどは古くから行われてきた人為的ハイブリッドの代表と言えるだろう。しかし、今の今まで、異種間交雑が自然で起こるとは考えたことがなかった。
しかし、動物学では異種間交雑は当たり前のことらしく、進化過程で新しい遺伝子を導入するための重要な戦略になっている種もあるようだ。今日紹介するノースカロライナ大学からの論文は2種類のアメリカ南部に住むスペードフットヒキガエル同士の交雑の条件を調べた面白い論文で3月20日号のScienceに掲載された。タイトルは「Female toads engaging in
adaptive hybridization prefer high-quality heterospecifics as mates (異種と交雑を行うメスのヒキガエルは質の高い相手を好む)」だ。
この研究では平原(plain)スペードフットヒキガエル(写真:http://www.reptilesofaz.org/Turtle-Amphibs-Subpages/h-s-bombifrons.html)のメスと、ニューメキシコ・スペードフットヒキガエル(写真:https://www.123rf.com/photo_7211299_new-mexico-spadefoot-toad-spea-multiplicata-toad-sitting-on-a-rock.html)のオスとの間で見られる交雑が、進化的適応として生まれた可能性を調べている。すなわち、進化的適応だとするとこの時強いオスだけ選んで交雑するはずだと考え観察や交配実験を行なっている。
「何?異種間交雑が進化的適応になるの?」と訝しく思う人のために説明すると、この組み合わせで生まれたオスは不妊だが、メスは正常オスと交雑して子孫が残せるらしい。そして、このヒキガエルはせっかくできたオタマジャクシも、乾燥のために全滅することもある乾燥地帯に住んでいるが、異種間交雑でできたオタマジャクシは早く成長し変態が可能なため、進化的適応が可能になるというわけだ。
こんなことを考えて異種の相手を選んでいるわけではもちろんないが、わざわざ異種と交雑するのだから当然強いオスを選ぶほうがいい(このような目的論はなかなか頭から払拭できない)。観察すると、鳴き声がゆっくりしたオスを選んでいることが明らかになった。そこで、本当にゆっくりした鳴き声のオスから生まれたオタマジャクシは、早い鳴き声のオスから生まれたオタマジャクシと比べて、早く成長するのか調べると、明らかに成長の早いオタマジャクシが生まれる。期待通り、メスは進化的適応の高い子孫を残す選び方をしている。
では、いつでもこのような選び方をするのだろうか?そこで、乾燥した水が浅い条件と、水が十分ある条件で同じメスで調べると、水が浅くて乾燥が心配される時だけ、ゆっくり鳴くオスを選んでいることがわかった。一方、同種の場合はこのような違いはない。すなわち、将来の環境を予想して適応力の高い異種相手を選んだということになる。
このような選択は、アメリカ南部のニューメキシコでは見られるが、他の条件のいい地域では、水の深さにかかわらず全く起こらない。すなわち、声とは関係なく異種の雄と交雑する。面白いことに、条件のいい地域ではもともと同種間の選択は条件にかかわらず、ゆっくりした鳴き声の雄が選ばれることを示している。
結果は以上で、合目的に説明するのを許してもらうと、もともとゆっくりしたパルスの鳴き声を好むアメリカヒキガエルが、砂漠地帯へと進出する時、この性質を異種間選択にだけ使うようなったというシナリオになる。
進化が、環境の同化であることがよくわかる面白い論文だった。