6月4日:隔離によるストレスのメカニズム(5月17日号Cell掲載論文)
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6月4日:隔離によるストレスのメカニズム(5月17日号Cell掲載論文)

2018年6月4日
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昨日紹介したシモンズ財団の自閉症研究助成のページには、助成金を受けた研究から生まれた論文リストが掲載されている。2018年はすでに88論文が掲載されており、分子生物学から臨床まで、様々な自閉症研究分野にわたっている。このサイトの論文を眺めておれば、米国の自閉症研究のトレンドは間違いなくつかめると思う。また、英語だが一部の論文については、一般にもわかりやすい解説が行われている。

今日はこのリストの中から、最も新しい論文をピックアップして紹介することにした。拾ってみると、カリフォルニア工科大学の神経科学の大御所Andersonの研究室からの論文で、個体が隔離したストレスによる攻撃性についての研究で5月17日号のCellに掲載されている。タイトルは「The Neuropeptide Tac2 controls a distributed brain state induced by chronic social isolation stress(Tac2神経ペプチドは慢性的隔離によるストレスにより誘導される様々な状態を調節している)」だ。

すでに著者らはショウジョウバエを用いた研究で、社会から隔離されるストレスによるハエの攻撃行動にタキキニンと呼ばれる神経ペプチドが関与していることを報告しており、この研究はショウジョウバエで見られたこの現象がマウスまで保存されているのかを調べた研究と言える。

他のマウスと一緒に飼育していたマウスを2週間、他の個体から隔離して飼育、このストレスで起こる行動変化を詳しく調べ、マウスではこのストレスが少なくとも6種類以上の行動変化につながることを明らかにしている。この研究で調べられたのは、ケージに入ってきたおとなしいマウスに対する攻撃性、未知の物体や音、電気ショックなどに対する過剰反応などで、それぞれの行動は脳の異なる領域でコントロールされていることがわかっている。

次に、この変化を誘導するのがショウジョウバエと同じタキキニン(Tac)によるかどうか、マウスのTac1,Tac2を遺伝的標識法を用いて調べている。結果は、Tac2のみが長期間の隔離によってさまざまな場所で新たに発現することが明らかになった。そこで、Tac2受容体機能を抑制する薬剤を投与して同じ実験を行うと、ほぼ全てのストレス反応を取り除くことができた。

この抑制剤がそれぞれの行動変化に関わる場所で局所的に効いているのか、あるいはより高いレベルで効いているのか調べる目的で、各領域に局所的に投与する実験を行い、それぞれの場所で個別にTac2がストレス反応を誘導していることが明らかになった。

あとは遺伝学的に、それぞれの場所でのTac2の作用を抑制したり、高めたりする実験を行い、Tac2の発現が上がるとストレスが高まるのと同じ効果があり、抑制するとストレス反応を抑えられることを示し、局所で完結するTac2産生がストレス反応の主役であることを示している。

他にも、この分野の深い知識に基づく流石と思われる様々な可能性の検討が行われているが、詳細は省く。しかし、研究には詳細な知識の裏ずけが必要であることがよくわかる論文なので、ぜひ若い人達には読んで欲しいと思う。さらに、図の示し方が門外漢でもよくわかるようにできている。

さて、この論文を読んで、犯罪者を懲罰的に独居房に隔離するすることがいかに問題が多いかよく分かった。マウスと人間が同じなら、独房は攻撃性を高めるだけになる。一方、これまでさまざまな精神的疾患に試されて効果がないと捨てられていたTac2阻害剤が、社会からの分離ストレスを軽減できるという発見も、臨床的には重要だ。大御所ならではの納得の論文だと思う。また、このような高いレベルの研究が集まってくるシモンズ財団の力にも感心する。
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6月3日:新しい発想のASDコホート研究SPARKについての報告(2月号Neuron掲載レポート)

2018年6月3日
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最近自閉症スペクトラム(ASD)に関する論文を読んでいると、著者の多くがSimons Foundation(https://www.simonsfoundation.org/)の助成を受けていることに気づく。この財団のことは全く知らなかったが、Webで調べると、数学者で天才ディーラーと呼ばれたJames Simonsとその妻Marilynにより設立された新しい財団で、Simonsさんの専門数学やコンピューターサイエンスを中心に基礎科学を支援している年間予算500億円の財団だと分かった。そしてASD研究がこの財団助成の3本の柱の一つになっていることを知り納得した。この財団の支援した研究のPublication listを見るだけで、ASDの基礎研究の現状がよく分かる。5月17日号のCell に報告された論文を明日紹介しようと思うが、今日は少し時間が経ってしまったが、この財団が中心になってスタートしている新しい発想のコホート研究SPARKについて2月号のNeuronに掲載された現状報告を紹介したい。タイトルは「SPARK: A US cohort of 50,000 families to accelerate autism research (SPARK: 自閉症研究を加速するための50000家族のコホート研究)」だ。

このレポートはSPARKプロジェクトのコンソーシアムからの報告で、目的や現状、そして解決すべき困難について率直に述べている。しかし、読み通してみるとよく練られた計画で、これが民間財団のサポートで実現するところが米国だと感銘を受けた。

目的は明快だ。ASDが多様な脳の状態(neurodiversity)で、400-1000もの遺伝子が関連するとすると、本人と家族の詳しいゲノム検査に加えて、症状や生活についてのできるだけ詳しい情報が蓄積され、関連づけられる必要がる。このため、最低5万家族以上のデータをできるだけ集め、ASDの理解につなげるというのがSPARKの目的だ。もちろん同じ様な規模のコホートはこれまでも試みられているはずだ。しかし、これだけの家族に参加して貰うだけでも途方もない労力が必要で、出だしで研究者が疲れ切るという状態に陥ってしまう。

これを解決するのが、21世紀型ピア・ツー・ピア・ネットワークで、患者さん、主治医、研究者をつなぐことだが、最適な構築を最初から決めることは不可能で、様々な試行錯誤を繰り返しながら発展させることが必要になる。SPARKの目的はまさにこの方向で、ASDの子供、家族および主治医をSPARKにアクセスするすべての研究者とネットで結合させ、このウェッブにデータを蓄積するだけでなく、出来る限り多くの知性を集中させることを目指している。

この目的のための最も重要な方針が、ゲノム検査の結果を参加者に戻すことだ。児童に関わるゲノムデータを本人や家族に戻すことが、我が国でどう規制されているのか把握していないが、様々な理由でこれ無しに成功はないと思っている。目的実現に必要なら、問題を指摘されても、明確に答えて進める強い意志がここにある。

よく工夫されていると思うのは、ゲノムデータは毎年最新の研究に基づいて解析し直し、そこで何か見つかった場合に家族にその結果を知らせる点で、最初からゲノムワイド解析の結果を戻してもらっても、家族にとって何のことかわからず意味がないことを考えると、家族とSPARKを長年にわたって繋ぐという面で優れた方策だ。実際、最初の500家族のパイロットゲノム研究では5%の家族に結果を知らせることができたようだ。

もちろん遺伝子解析だけではなんの意味もない。それぞれの遺伝子の違いに関連する行動などの変化をできるだけ集める必要がある。これについても、集めた個人データは、ほかの人のデータおよびゲノムと関連づけた後、家族に返す仕組みになっている。ただ、行動をデータ化するのは簡単でない。SPARKではいくつかの決まった質問票で得られるデータをコアにして、そこに主治医からのデータや、あるいは患者さんと研究者をつなごうと進んでいるSync for Science (http://syncfor. science/)のようなデータシェアサイトからデータを加えられるオープン構造としてデザインされている。わたしもこのようなサイトがあるのは初耳だったが、我が国のこの分野の政策に関わる人たちの何人が知っているのだろう。後追いでも、マネでもいいので、我が国でも必要な仕組みが数多くある。

その上で、このサイトをできるだけ少ない労力で維持するための様々な工夫も紹介している。そのために最も重要なのは、参加者に常にコミットしているという気持ちを持ってもらうことだ。例えば、ASDについて学ぶことのできるスマートフォンプログラム、あるいは最近の注目すべき研究成果、そして何よりもSPARKから生まれた成果をスマートフォンやPCで知らせている。

また様々な形で協力できることを示すため、ASDの子供を妊娠していた時の環境についてアンケート調査を実施したりしている。実際2000人近い対象に回答をお願いしたところ、なんと60%ものお母さんが妊娠時に暴露されたさまざまな物質に対する回答を寄せており、関心の高さがわかる。

現在約2万家族の登録があったようだが、この研究を通して、参加者のコミットメントを得る方法についてのノウハウも蓄積するようだ。登録の意思を示しても、必要項目を完全に書き入れ、またインフォームドコンセントを終えるのは時間がかかっていたが、ユーモアたっぷりにお願いするSNSのメッセージを流す事で登録が72%まで上昇したことや、あるいは遺伝子検査のサンプル提出を抽選でiPadを提供するというプログラムで、3割から6割にアップさせたことなど、今後ウェッブを使ったコホートを進めたいと思う人達には大いに参考になると思う。

以上、さすが民間助成ならではの柔軟かつ未来型のコホート研究だと感銘を受けた。何よりも、今後はこの財団のHPを見るだけで、ASDについての基礎研究論文を拾うことができる。もちろん、こんごSPARKから出てくる結果も楽しみだ。民間ですら官に頼る我が国では全く可能性のないコホート研究だが、ここから生まれる結果はかならず我が国のASDの理解や治療に役に立つと思う。注目して行きたい。
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6月2日:CAR-Tベンチャー企業が熱い(Nature Biotechnology5月号掲載レポート)

2018年6月2日
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ガンに対するキラー細胞がガンの根治を可能にする事を実感したのは、チェックポイント治療ではなく、CAR-Tを用いる治療成績が発表されたときだ。ここでも紹介したが、さまざまな治療法でも結局再発を繰り返した患者さんのガンが半分の患者さんで消えてしまった。このキラーの威力が示されるのは、ガンだけではない。ガン抗原として標的にしたCD19を持つ正常のB細胞も消えてしまう威力を見ると、いかにキラー細胞が標的細胞を殺す高い能力を持つのかを実感する。その結果、ノバルティスのCAR-TはFDAに認可され、我が国でも期待をもって治験が行われている。しかし、最大の難点はそのコストだ。ノバルティスの治療を受けるためには5000万円近い初期コストがかかる。その後で同じ治療に参入したギリアドなどの製品もコストでいえば似たり寄ったりだろう。現在の方法では、どうあがいても高いコストが必要になる。

しかし、このアキレス腱とも言える問題が、新しい挑戦を生み続けている。そんな様子が今日紹介するNature Biotechnology5月号にうまくまとめられており、この分野を資本がどう見ているのかよくわかるので論文ではないが紹介する。タイトルは「Allogene and Celularity move CAR-T therapy off the shelf (AllogeneとCelularityが在庫できるCAR-T療法に一歩進んだ)」だ。

私のブログを読んでいただいている方には今更CAR-Tを説明する必要はないと思うが、もともとCAR-Tは自分のT細胞にガンの抗原を認識する抗体とT細胞を活性化する抗原受容体分子複合体の様々な細胞質部分を組み合わせた遺伝子を導入する、一種の遺伝子治療だ。そのため、治療のために患者さんの細胞を取りだし、遺伝子を導入し、患者さんに戻す一連の操作が必要で、これによりコストがかる。

コストを下げる為には、在庫して多くの人に使えるCAR-Tを開発することだが、すべきことははっきりしている。一つはT細胞から抗原認識能を除去して、導入したキメラ受容体だけが使われるようにすることと、逆にホストの免疫系にキャッチされないようにする事だ。そのためには、まずT細胞の遺伝子をノックアウトする必要があるが、これが新しい遺伝子編集法で簡単になったため、現実性が急速に高まってきた。

このレポートはこの課題に挑むサンフランシスコに設立されたベンチャー企業AllogeneとNew Jerseyに設立されたCelularityの新しいCART戦略を中心に紹介されている。

Allogeneは遺伝子編集技術を持つファイザー、Cellectisなどから、T細胞受容体遺伝子とCD52遺伝子をノックアウトしたT細胞を用いたUCART19を導入し、臨床試験を始めたことで注目された。Cellectisには他にも16種類の前臨床テクノロジーがあり、これを相次いで臨床に持って行こうとしている。すなわち、Allogeneは出口を受け持つ最も大変なパートを受け持とうとしている企業だ。ある意味では、臨床試験はほかに任せるこれまでのベンチャーとは逆だ。何故これが可能かというと、Allogeneは最近ギリアドサイエンスが買収したKiteからスピンアウトしたグループで新しく設立されており、その際120億ドル、なんと1兆3千億円の買収資金を手にしている。すなわち、古いCAR-Tをギリアドに売って、そのお金で次世代型CAR-T技術を買って仕上げるという、驚くべきしたたかさだ。しかし、このように自分の熟知した技術に特化し、必要な技術をまとめるコアになって最終製品をまとめることは、すでに次世代シークエンサーなどでも示されており、アメリカの活力を感じる。このグループは遺伝子編集にTALENを使っているが、それで十分だろう。UCART19についてはすでに第1相臨床試験は終わっており、結果に対してAllogeneは極めて強気だと報告している。 当然同じ戦略をCRISPRを使って実現する会社など、目白押しだ。しかも、アメリカだけでなく、ヨーロッパなど世界に広がっている。もちろん、ギリアドも古い技術をつかまされたというのではない。もともと、2種類の抗原があるときだけに反応するCAR-T技術を持つ会社や、他の遺伝子編集法を持つ会社と連携して、Allogeneに対抗できる製品を開発しようとしている。効果がはっきりしたCAR-Tはガン治療の切り札になるとかけて、競争している。このような熾烈な競争が、安価なCAR-Tにつながることを期待したい。

しかし、遺伝子編集に全員が飛びつかないのも重要で、その例が意外なアロT細胞を使うCellularityだ。なんと出産後の胎盤からT細胞を調整する。母親の胎盤のT細胞は胎児に発現している父親のアロ抗原に反応しない。従って、これを使えば何も遺伝子編集なしでCAR-Tが準備できるし、胎盤を手に入れるのも容易だ。結局、コストを大幅に下げることができるという訳だ。このアイデアにすでに270億円近い資金が集まっているようだ。

この2社に加えて、詳細をフォローしている訳ではないがRubius Therapeuticsはなんと赤血キラー活性を持たせるという話で100億円以上の資金を集めている。他にも、レトロウイルスを使わないでキメラ受容体遺伝子を導入する方法や、NKT細使う方法、きわめつけはこれまでCAR-Tが上手く働なかった固形ガンに対する方法の開発まで、それら全てベンチャー企業が資金を調達してっている。さらに培養を簡単にして今の方法のコストを下げる方法を開発する企業まである。

この記事を読むと、獣医学部認可が国家戦略の岩盤規制の象徴かどうかという低次元のレベルの議論が国会で延々続いている我が国の役所や政治家が世界の状況を認識しているのか心配になる。低次元の議論に慣れているうち、我が国の役所から、国家を発展させる戦略を立てる能力が失われる、否すでに失われたのではと心が痛む。
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6月1日:働けなくなった労働アリを殺す恐ろしいシロアリの遺伝的プログラム(米国アカデミー紀要オンライン掲載論文)

2018年6月1日
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シロアリでは、女王蟻の寿命は働き蟻の200倍近く長くになるらしい。ある程度は長いだろうと思っていたが、実験室なら女王アリが20年も生きるのに、働きアリはせいぜい数ヶ月と聞くと、なんとなく産業革命当初の、労働者と資本家を想像してしまう。実際、女王アリは栄養豊富な食事を与えられ、働きアリは食べる間も惜しんで働かされるからだなどと考え始めると、労働者と資本家。あるいは貴族と農民の例えがシロアリに重なる。

ところが今日紹介するイリノイ大学の論文は、栄養だけでなく働きアリの寿命を短くするもっと恐ろしいメカニズムがある可能性を示した悲しい研究で米国アカデミー紀要にオンライン掲載されている。タイトルは「Longevity and transposon defense, the case of termite reproductives(寿命とトランスポゾンからの防御:繁殖個体の例)」だ。

この研究ではWorker, King, Queenにシロアリをわけ、workerはさらに大きさでmajorとminorにわけている。まったく門外漢なので、Termite WebというサイトでMajorとminorを調べると、大きなmajorは巣を作ったり獲物を探す重労働を受け持ち、一方小さいminorの方は主に巣の中での軽い仕事をこなす。面白いのは、外敵が攻めて来たりすると、小さいminorの方が今度は兵士として働くという。

この4タイプのシロアリを、それぞれを若いアリと、年寄りのアリに分け、年齢による遺伝子発現の変化を調べている。今回調べた種のQueenとKingは実験室で20年生きることがわかっているが、この研究ではQueenは6歳以上を老齢、1歳前後を若年としている。実際には蟻塚ができてからの年数をもとに年齢を算定している。Workerの方は、Queen, Kingを採取するときに、集めたWorkerの年齢を顎の磨り減り方から判定している。

まず明らかになったのが、年齢とともに遺伝子発現が変化するのはWorker(特にMajor worker)だけで、QueenそしてKingでは年を取っても発現している遺伝子にはほとんど違いが無い。またWorkerでもminor workerではほとんどQueen, Kingと同じで違いは67遺伝子(Queenの2倍)程度で収まっているが、Major workerではなんと5000もの遺伝子の発現が年令と共に変化(上がるのも下がるのも半々位)している。即ち なぜかMajor Workerだけで歳と共に遺伝子発現が大きく変化する。

次に変化する遺伝子の内容を調べると、驚く事に、発現が上昇する2000近い遺伝子のうちの15%がなんとさまざまなトランスポゾンであることがわかった。一方、QueenやKingさらにminor workerではこの変化は全く認められない。昆虫に限らず私たち人間でも、トランスポゾンの数が増えると、細胞が老化することが知られており、これを防ぐために、トランスポゾンやレトロウイルスなどのゲノムへの侵入者を抑えるさまざまな仕組みが用意されている。このことから、今回の結果はMajor workerだけトランスポゾンを抑える仕組みがうまく働かず老化が進みやすいようになっていることを示唆している。

この可能性を確かめるため、piRNAと呼ばれる短いRNA を用いてトランスポゾンの抑制に関わる分子の発現を調べると、予想通り少なくとも4種類の遺伝子がMajor workerが年をとると低下していることがわかった。他のタイプのアリでは、このような低下は全く見られなかった。

以上のことから、著者らは栄養が悪いだけでなく、トランスポゾンから細胞を守る仕組みを年齢とともに低下させ、トランスポゾンを増やすことで、major workerを積極的に殺している可能性があると示唆している。

もともと外回りを担当し、事故も多いmajor workerは何もわざわざ殺さなくとも、ある程度の頻度で新陳代謝するのにと思ってしまうが、重労働は歳とともに効率が落ちるだろうから、働きの悪いありを積極的にしかも体の内から殺す方が、種全体にとっては都合がいいのかもしれない。さらに、minor workerはいざとなったときに兵士としての役割もあり、勝手に死なれたら困るということか。しかし、こんなことを考え出すと、進化はときに極めて残酷な結果をもたらすことがよくわかる。この研究では、働きアリだけにこのような変化が起こる最初の引き金は明らかになっていないが、それがわかるともっと悲しい話になるのかもしれない。
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5月30日:サテライト細胞(筋肉幹細胞)を静止期に保つメカニズム(5月23日号Nature掲載論文)

2018年5月31日
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生まれてからも筋肉は常に新しい細胞がリクルートされる幹細胞システムで、この新陳代謝の根幹にPax7陽性のサテライト細胞が存在することを明らかにしたのは、カナダのRudnickiとフランスのBuckinghamのグループだ。他の幹細胞システムと同じで、筋肉幹細胞システムの最大の課題は、幹細胞を静止期に導入し、時期が来たら静止期から増殖期へと転換させるメカニズムの解明だが、Notchシグナル及びcalcitonin受容体(CALCR)シグナルが幹細胞の維持に関わること以上のことはわかっていなかった。

今日紹介するパストゥール研究所とCreteil のINSERMのBuckinghamの弟子たちによる論文は、サテライト細胞の静止期に関わる二つのシグナルを関連づけ、静止期維持のメカニズムに一歩迫った論文で5月23日号のNatureに掲載された。タイトルは「Reciprocal signalling by Notch-collagen V-CALCR retains muscle stem cells in their niche(Noch、コラーゲンV、calcitonin受容体が互いに刺激しあって筋肉幹細胞をニッチに止める)」だ。

この研究ではまず静止期を維持するメカニズムを探るため、筋肉細胞内でNotch自身およびその下流のRBPJが結合するゲノム領域を探索し、これらがコラーゲンVおよびVI遺伝子の調節領域に結合していること、なかでもコラーゲンVが静止期から離脱すると発現が落ちることに注目し、静止期の維持に直接関わっているのではと当たりをつけ研究を進めている。

次に、分離したサテライト細胞に様々なコラーゲンを加え、コラーゲンVのみが増殖と分化を抑え、Pax7陽性幹細胞段階に維持する効果があることまた、幹細胞のコラーゲンV生産を抑えると、分化することとを明らかにしている。すなわち、筋肉幹細胞自身がNotchの働きで自分の幹細胞状態を維持する分子を分泌するという話だ。

次に実際これが試験管内での現象だけでなく、生体内でも起こっているかどうかを調べるため、好きな時期にサテライト細胞でコラーゲンVをノックアウトする実験系でしらべ、コラーゲンVが欠損すると幹細胞がすぐ分化することを示している。また、再生実験から、コラーゲンVが幹細胞により合成されることが必要であることも示唆している。

最後に、コラーゲンVと反応する受容体を探索し、すでに幹細胞維持に必須であることが知られているcalcitonin受容体(CALCR)と何らかの関わりがあると仮定し、CALCRが欠損するとコラーゲンVの作用がなくなること、CALCRを発現している細胞だけにコラーゲンVが結合すること、分子同士の結合は見られないことなどから、他のパートナーを介してコラーゲンVのシグナルが入ることで、静止期の維持が行われることを示している。

以上、Notch、CALCRとこれまでノックアウト研究を通して幹細胞維持に関わることがわかっていた分子が、コラーゲンVが新たに明らかにされることで、ついに一つの輪にまとまったという話だ。シグナル自体は、GpCR型受容体のCALCRから伝達されることから、元々のリガンドであるcalcitoninを含め、この受容体を刺激できる化合物で同じ効果があるので、今後この受容体のシグナルをうけて細胞内で働いている分子メカニズムもすぐ明らかになるように思う。幹細胞を静止期に維持する機構がまた一つ明らかになった。
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5月30日:気持を集中させ記憶を高める過程のメカニズム(Nature Neuroscienceオンラン掲載論文)

2018年5月30日
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私たちには視覚を通して膨大な情報が刻々入ってきており、その大半は意識されずに通り過ぎる。さらに、その時点で見たという意識があったとしても、殆どが記憶に止まらない。実際、美術館へ絵を見に行っても、美術館から出たときには記憶に残る絵はそれほど多くない。こんなとき、スマフォで写真をとるだけで、絵を記憶にとどめやすくなることが知られているが、注意をむけることで記憶は間違いなく高まる。 この過程は、見たという認識を注意により変化させる過程と、変化した認識を選択して記憶する過程に分けることが出来る。見たという認識を変化させる過程は、視覚野で見るという認識の神経活動を高めることで行なわれるが、注意を向けて刺激を高めた表象を選ぶのは前頭葉の注意に関わる領域で、視覚には直接関わらないと考えられる。

今日紹介する米国国立衛生研究所からの論文は、それぞれの過程に関わる人間の脳領域を、脳内に留置した電極で記録する脳活動を分析した論文でNature Neuroscienceにオンライン出版された。タイトルは「Attention improves memory by suppressing spiking neuron activity in the human anterior temporal lobe (注意することで側頭葉前部のスパイク神経の活動が抑えられ記憶がよくなる)」だ。

画面に現れる単語を記憶してもらう時、単語が現れる前に☆印で注意を喚起することで記憶が高まるが、この研究では、癲癇の発生源を特定するために脳内に電極を設置した患者さん18人でこの一連の過程での神経活動を、側頭葉前部、側頭葉後部、そして前頭葉で記録を取っている。実際には、☆印を見た時から単語を見た時にかけて起こる神経興奮を脳波として記録しているが、4人の患者さんについては各神経の興奮をスパイクの数として記録している。誰でも海馬でも見たいと思うかも知れないが、あくまでも診断のために設置する電極なのでそれは叶わない。

それでも多くのことが分かる。注意により視覚が選択される前頭葉の注意領域では、⭐︎印で注意を喚起した後で単語を見た時だけ興奮が高まっており、視覚事態には反応せず、注意を喚起された視覚の表象の選択に関わっているのがわかる。一方、視覚にすぐに反応する側頭葉後部では、全ての視覚刺激に反応しているが、注意を喚起された時はより高い興奮が起こっており、目からの刺激に早期に反応する領域ですでに注意を向ける影響があるのが分かる。そして最もおもしろいのが、側頭葉前部で、⭐︎印を見る、見ないに関わらず、単語に対しての反応はほとんどないが、☆印を見た後、単語を見るまでの間、神経興奮が強く抑制されており、注意を視覚野へ振り向けるハブになっていることがわかる。

この領域は単語自体には反応していないので、注意を向けるという準備に関わる領域であることが想像される。個別の神経活動の記録でも、☆印を見たときだけ、スパイクの数が大きく低下していることが分かる。また、この低下は実際の単語を見ている時まで続いており、視覚の選択のためのシグナルがここから送り続けられていることがわかる。

以上の結果から、注意が喚起されると側頭葉前部の興奮が低下することが、視覚のシグナルを高め、記憶への選択が行われている事が想像される。

通常なら話はここで終わるのだが、この研究では癲癇の発生源を切除する治療により側頭葉前部を除去した患者さんで本当に注意による見たものの記憶が低下するか調べ、この領域を切除すると、注意を向けても記憶が高まらないことを示している。

以上、注意と意識とは別のものだが、人間の意識を理解するための重要な一歩ではないかと考えながら読むことができた。しかし、脳内で多くの神経細胞が合理的に活動しているのを知ると感動する。
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5月29日 転移に特異的な薬剤は開発できるか?(5月16日Science Translational Medicine掲載論文)

2018年5月29日
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ガンが発生場所にとどまって増殖するだけなら、対応も楽だ。周りの組織の圧迫や、血管リモデリングなどいろいろ問題は出てくるにせよ、大きくなれば切除することで、制御できると思う。実際良性のガンの中には、何キログラムにも及ぶ大きさに達するものも存在するが、場所さえ問題なければ命に別状はない。しかし、多くのガンではそうは問屋が卸さない。転移がおこるからだ。転移によりガンが身体中に散らばって取りきれないという問題とともに、転移性を持つと同時にガンがさらに悪性になることも知られている。従って、ガン、特に進行癌を制圧する一つの鍵が、転移の抑制になる。

今日紹介するカンサス大学からの論文はズバリ転移ガンの弱みを標的にする薬剤の開発研究で5月16日発行のScience Translational Medicineに掲載された。タイトルは「Metarrestin, a perinucleolar compartment inhibitor, effectively suppresses metastasis(perinucleolarコンパートメントの阻害剤Metarrestinは効果的に転移を抑制する)」だ。

この研究では、転移ガンで核小体近くにできる核内構造物perinucleolar compartment (PNC)が高率にみられることに注目し、PNC形成を阻害できれば転移ガンを制御できるのではと着想している。これまでの研究でこの構造にpolypyrimidine track binding protein (PTP)が濃縮していることが知られている。そこで、PNCに存在する分子PTP遺伝子にGFPを結合させたキメラ遺伝子を導入してPNCをモニターできるようにした転移ガンにさまざまな化合物を加え、PNC形成阻害する化合物をスクリーニングし、in vivoでも利用できる性質を持った化合物が見け、それをmetarrestinと名ずけている。

Metarrestinをガン細胞に加えると、PNCの形成を抑え、増殖も強く抑制できる。ところが、PNCの形成されない正常細胞株に加えても、増殖抑制はない。さらに、膵臓癌を移植するモデルシステムで、転移を抑え、ガンを移植したホストの生存を大きく伸ばすことができる。驚くのは、移植腫瘍モデルで転移を強く抑えても、最初に移植したガン細胞の増殖には大きな影響がなく、まさに転移を特異的に抑える薬剤が出来たことになる。

他のガンでも同じ結果が得られることを確認した上で、最後にmetarrestinの作用機序について調べている。詳細は省いて結果をまとめると次のようになる。

核内でMetarrestinにより最も影響を受けるのが、RNAポリメラーゼIによるリボゾームRNAの合成で、一般的な転写に関わるポリメラーゼIIへの影響は全くない。これは、metarrestinがポリメラーゼI複合体を壊す働きがあるからで、完全に証明できているわけではないが、metarrestinが直接eEF1aと結合することで、リボゾームRNAに関わる転写を抑え、PNCの形成を阻害するのではと考察している。

メカニズムについては、さらに研究が必要だと思えるが、ガン特異的化合物という点では、かなり期待できる感じがする。さまざまな癌に効くし、転移巣により効果がある。メカニズムも、悪性のガンとして増殖するときどうしても無理がたたるポイントを狙った治療である点も合理的に思える。完治に持っていける薬剤には思えないが、延命効果は期待できそうだ。
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5月28日 オキザゾロンの意外な作用機序(5月17日号Cell掲載論文)

2018年5月28日
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オキザゾロンといっても、化学者ならともかく、生物学者には馴染みのない化合物ではないだろうか。ところが古い世代の免疫学者にとっては、皮膚の接触性過敏症を研究する時、おそらく最もポピュラーな分子だった。私がお世話になっていた桂さんの教室は遅延性過敏症のメカニズムに力を入れていた時期があり、その時皮膚科から研究に来ていた高橋千恵さんがこの化合物をお腹に塗布して、免疫を誘導していたのを今でも鮮明に覚えている。同じオキザゾロンを食べさせて、腸の炎症を誘導する実験系があることも聞いていたが、接触性過敏症と特に変わることはないだろうとあまり深く考えたことはなかった。

オキザゾロンは若い時の思い出だが、オキザゾロンによる腸炎に、遅延型過敏症のようなT細胞によって媒介される抗原特異的反応だけではない、NKTを介する経路が重要な役割を演じているとする論文がハーバード大学から5月17日号のCellに発表され、その内容に驚いた。タイトルは「Dietary and Microbial Oxazoles Induce Intestinal Inflammation by Modulating Aryl Hydrocarbon Receptor Responses(食物や細菌由来のオキザゾールはAhr受容体を変化させて腸の炎症を誘導する)」だ。

この論文は少しわかりにくい。この理由は、研究が二つの流れからできているためで、一つはオキザゾロンによる腸炎のメカニズムで、もう一つはオキザゾロンと同じメカニズムで腸炎を誘発する食品や細菌由来の化合物の探索だ。論文の順序を無視して、まずオキザゾロンの腸炎誘導のメカニズムから説明しよう。

まず重要なことは、これまでの研究でオキザゾロンにより誘導される腸炎には、抗原特異的免疫システムに加えて、千葉大学免疫におられた谷口さんたちが発見されていたNKT細胞が関わることがわかっていた点だ(全く知らなかったが)。

この研究では、オキザゾロンが直接腸管上皮に働きかけて、NKTシステムを変調させるというモデルに基づき、オキザゾロンによって腸管上皮に誘導される遺伝子解析を手がかりに順番に反応経路をさかのぼり、オキザゾロンがまずトリプトファン代謝に関わるインドールアミンオキシゲナーゼに直接結合して活性を変化させ、トリプトファンからAhrと呼ばれる核内受容体のリガンドを合成する。このリガンドで活性化されたAhrにより、NKT細胞の刺激分子CD1dにリピッドリガンドをロードするMttpの発現が抑制され、NKTとの相互作用がおちる結果、炎症を抑えるIL-10の発現が低下して、炎症を悪化させるというシナリオを示している。話はかなりややこしい。 Ahrはダイオキシンにまで反応する核内受容体で、多様な作用を示すが、今回明らかになった腸炎の誘導カスケードは、オキザゾロンに特異的な反応らしく、なぜAhrでこの様な特異性がでるのかについては不明のままで、これも理解を複雑にしている。要するに、オキザゾロンでCD1dが上皮表面に提示されるのが抑制され、NKT1と上皮との相互作用が落ちると、炎症が上がるという直感に反するシナリオで分かりにくい。

さて、もう一つの流れは、腸炎を誘導する食品、農薬、そして腸内細菌にオキザゾロンとメカニズムを共有する分子があるかについてで、構造解析から、カビに対する農薬ビンクロゾリンをはじめ、いくつかの化合物を同定している。重要なことは、これら化合物が、食品や細菌に含まれる事で、今後上皮細胞モデルを用いた方法で、腸炎誘導の可能性を確かめていく必要があると思う。農薬はともかく、一般食品や、腸内細菌がこのような炎症誘導性分子を含んだり、作るとしたらこれは大変だ。医師も、この可能性を頭に置いて、今後診察する必要があるだろう。

以上、オキザゾロンもNKTも私達の世代には馴染みの現象だったが、その機能は予想とは全く違っていた点で面白かった。とはいえ、研究として入り口に立った所という感じで、まだまだ納得出来ないところが多い。またここまで複雑に考える必要があるのか、まだしっくり来ない。
カテゴリ:論文ウォッチ

5月27日 瞳孔反射で自閉症スペクトラムを早期に発見する(5月7日Nature Communicationオンライン掲載論文)

2018年5月27日
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昨日に続いて、自閉症スペクトラム(ASD)についての論文を紹介するが、今日は瞳孔反射という極めてシンプルな検査法で、ASD発症リスクを早期に発見できるという、ある意味では意表をつく論文だ。

目は口ほどに物を言うと言うように、瞳孔を観察することで、対象が興味を持っているかどうか調べることができる。言葉でのコミュニケーションが取れない場合に、瞳孔の大きさを興味を示しているかどうかの科学的指標として使っている研究もある。当然、外界への注意に問題があるASDを瞳孔から調べることは以前から行われ、ASDの児童や成人では瞳孔反射が遅くなっていることが報告されている。

今日紹介する論文を発表したウプサラ大学のグループも同じようにASDリスクと瞳孔反射の関係に興味を持ち研究を続ける中で。家族歴からASDのリスクが高いと推定される10ヶ月令の乳児が、児童や成人とは逆に、瞳孔反射が早いことを見出し、2015年に発表している。しかしこの論文では、ASDリスクが高いというだけで、ASDとは無関係の可能性もある。そこで、瞳孔反射が亢進していた乳児から実際ASDが発症するかを追跡したのがこの論文だ。タイトルは「Enhanced pupillary light reflex in infancy is associated with autism diagnosis in toddlerhood (乳児期の瞳孔反射の亢進は幼児期の自閉症診断と相関する)」だ。

自然の状態で乳児の瞳孔反射を調べるのは簡単ではないが、この研究ではトビー社の視線追跡装置を用いて、自然状態で反射を繰り返し測定し、データを取っている。最初の論文では、先に生まれた兄弟にASDがいる場合をハイリスク群、全く家族歴がない群を通常群として瞳孔反射を測定し、ハイリスク群で反応が早いことを報告しているが、この研究では同じ対象をASDの発症を判断できる3歳児になるまで追跡して、瞳孔反射とASDの発症とが相関するか調べている。

昨日述べたように、兄弟でのASD発祥一致率は高く、追跡できた147人のハイリスク群の中から3歳時で29人(20%)のASDが発症している。一方通常リスク群40人からはASDの発症はなかった。

この研究ではこの追跡結果に基づき、乳児期の瞳孔反射の結果を、ASDを発症した乳児、ハイリスクでも発症しなかった乳児、通常リスクの乳児の3群に分けてプロットし直し、瞳孔反射とASD発症の相関を調べている。結果は極めてシンプルで、ASDを発症した乳児は、ASDを発症しなかったハイリスク群の乳児と比べても瞳孔反射速度が高まっており、通常児と比べるとその差はもっとはっきりし、平均で20%ぐらい上昇する。次に、2種類のASD診断指標を用いて、症状の強さと乳児期の瞳孔反射の相関を調べると、はっきりと相関が見られる。そして、瞳孔反射の年齢による変化はASD発祥群で最も大きい。

もちろん他の臨床検査と同じで、通常児とASDの間でオーバーラップは大きく、傾向は見られても、これだけで診断するとなると、かなりな異常値を示す乳児に限られる。おそらく、個人間の差の原因を取り除いた検査の開発が必要だろう。とはいえ、乳児期のこのような単純な反応がASD発症が関わるという発見は、現在進むMRIなどの脳構造研究と相関させることができると、ASDのメカニズム理解や診断に大きく貢献する予感がする。期待したい。
カテゴリ:論文ウォッチ

5月26日 最近の自閉症研究まとめ(5月22日号JAMA Psychiatry掲載総説)

2018年5月26日
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今日、明日と自閉症についての総説や論文を紹介したい。最初はJAMA Psychiatryに掲載された総説で、自閉症研究の現状をコンパクトにまとめている。コロンビア大学、NY自閉症研究センター、やエール大学の専門家が書いている。タイトルは「The emerging clinical neuroscience of autism spectrum disorder (新しく現れてきた自閉症スペクトラムの臨床神経科学)」だ。

現役を退いてすでに5年を超えたが、分野を問わず論文を読んでいて実感するのが、自閉症スペクトラム(ASD)についての研究の進展だ。私が門外漢であるためより興味を惹かれることもあるが、多くのテクノロジーが集められて研究が進んでいるアクティブな領域であることは間違いない。ただ、実際の治療に携わる医師や心理士、教育者は、なかなか最新の研究をフォローするだけの余裕がないと思う。そんな人たちにわかりやすく最近の研究を紹介したのがこの総説だ。もちろん、一般の研究者にとっても、神経科学からASDの輪郭を掴む目的には良い総説だと思う。

ASDは症状も、原因も極めて多様な病気で、その数も米国では1−2%と驚くべき数に達している。重要なのは多様性にもかかわらずASDとしてまとめられる症状を共有していることだ。。しかし、このことは、ASDと診断して満足してしまうと、多様性を見失い治療の可能性を失う事すらありうることを意味する。この総説では冒頭に16p11.2欠失症候群とASDの併発している症例を例にあげ、生物学的原因を丹念に調べれば、この遺伝的変化に認可されているリスペリドンやアリピラゾールによる治療も可能であることを強調し、ASDの生物学についての知識の重要性を説いている。その上で、1)遺伝要因、2)環境要因、3)脳イメージ、4)疾患モデルについてまとめている。

1) 遺伝要因
一卵性双生児で発症の一致率が50−80%、兄弟では25%という数字は、ASDが多様であっても特定の遺伝子の組み合わせを反映した状態であることがわかる。このことから、遺伝的変異をゲノム全体について特定できる新しいゲノムテクノロジー(マイクロアレー、エクソーム解析、全ゲノム解析)に大きな期待が集まり、多くの研究が行われた。

この結果、多くの神経機能に直接関わる分子や、その分子の発現に関わる分子の変異(点突然変異、欠失、重複)などがASDの発症に関わることがわかった。ただ問題は、200近い大きな領域にわたる遺伝子変異、一塩基レベルの変異に至っては何百もの変異がASDと相関することがわかり、単純な分子レベルの因果性を想定することができない点だ。すなわち、発症メカニズムも極めて多様だ。

このようにASDを、遺伝性が高いが、分子メカニズムが多様である状態として理解すると、ゲノム検査の重要性は明らかで、これによって初めてそれぞれのゲノムに応じた治療が可能になる。てんかんや知能の低下がある場合はいうに及ばす、ASDの疑いがある場合はほぼ全員にゲノム検査が行われることが必要になる。

2) 環境要因
一卵性双生児の場合でも発症が一致しないことは、生前生後の環境要因も無視できないことを示している。この隙間に、「はしかワクチンが自閉症を誘発する」というWakefieldの世紀の大捏造が生まれたわけだが、例えば早産でASDのリスクが高まることは脳発生に影響を及ぼすあらゆる外的要因がASDの誘因になることを意味している。事実、科学的な疫学調査で、早産、低酸素、虚血、母親の肥満、糖尿など内的要因がASDリスクを高めることが証明されている。外的要因のリストも膨大になっている。ただ明らかに神経細胞の発達に影響する薬剤を除くと、内因性の要因と比べて因果性の特定が難しく、今後iPS由来の神経細胞などを用いた研究で因果性を調べることが必要になる。

3) 脳のイメージング
MRIによる脳領域間の結合の検査を始め、脳イメージングのテクノロジーは急速に発展し、これまで測定が難しかった幼児でも検査が可能になっている。この結果、脳内の変化の多くが生まれる前発達期に起こっていることがわかってきた。このおかげで、場合によっては6ヶ月という速さで診断する可能性も生まれている。

イメージングで明らかになった最も重要な発見は、ASDの子供は生後6ヶ月から12ヶ月にかけて脳皮質が拡大することで、シナプスの剪定の低下などが議論されているが、今後の研究が待たれる。同じように、2−4歳までの発達期でも、扁桃体をはじめ社会性に関わる様々な領域が拡大するとともに、各領域の結合性は逆に低下する場合が多い。一方、皮質下の神経結合は高まっているという報告があり、局所的回路が高まる一方、広い領域の結合性が低下するのがASDの特徴ではないかと考えられている。ただ、この検査でASDを明確に診断できるかというと、脳の構造の多様性は大きく、イメージングだけで診断するのはまだ難しいことも理解する必要があるだろう。

4) 疾患モデル。
コンピュータで再構成するインシリコのバーチャルモデルから試験管内まで、様々な疾患モデルが開発されてきた。特に遺伝的要因によるASDモデル動物は、脆弱性X、Rett症候群、MECP2重複症など多くが作成され、研究に用いられている。最近では、MECP2欠損のサルのモデルの開発も可能になっている。従ってASDを多様な症状の集まりとして考える場合、それぞれの症状に対応する動物モデルは今後も役に立つと思われる。特に、薬剤や遺伝子治療の可能性を試すときには動物モデルは必須で、動物の脳は人の脳とは異なると片付けるのは問題がある。

もう一つ重要な領域は、インフォーマティックスで、膨大な遺伝子データと、症状や、イメージング、さらにはiPS由来の神経細胞反応性などを統合した人工知能を開発すべく、研究が加速している。

以上が内容だが、この総説のメッセージは、Kannerが自閉症を定義した時代には考えられなかった、ASDの生物学が急速に進んでいることに尽きる。ここに書かれていることは、私のブログでも数多く紹介してきたが、本当によくまとまっているので、この分野に関わる方にぜひ読んでほしい総説だと思う。
カテゴリ:論文ウォッチ
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