10月29日:アホロートルの四肢再生過程のsingle cell transcriptome解析(10月26日号Science掲載論文)
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10月29日:アホロートルの四肢再生過程のsingle cell transcriptome解析(10月26日号Science掲載論文)

2018年10月29日
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たまに幹細胞の話を若い人にすることがあるが、再生現象を教える時、プラナリアとアホロートルの四肢再生は、解析が最も進んだ系の例として取り上げている。その時、プラナリアの再生はES細胞型、アホロートルの四肢再生はiPS型と教えている。というのも、プラナリアの場合、体の全ての細胞に分化できるES細胞とも言える幹細胞が身体中に存在し、障害を察知するとその細胞から分化を誘導して成熟細胞を作る。一方、アホロートル四肢再生の場合は、すでに分化していた間質細胞が多能性の幹細胞へとリプログラムされ成熟細胞をリクルートすることから、iPS型といっていい。

さて、これらのプロセスは現在single cell transcriptomeで詳しく解析が始まっておりプラナリア再生時の細胞分化のダイナミックスについては以前紹介した(http://aasj.jp/news/watch/8430)。今日紹介するオーストリア分子病理学研究所からの論文はアホロートル四肢再生にsingle cell transcriptomeを組み合わせて解析した研究で10月26日のScienceに掲載された。もちろん、責任著者の一人はこの分野の開拓者Elly Tanakaさんだが、ドレスデンからウィーンに移っても着実に研究が進んでいる。

以前紹介したプラナリアの研究とは違って、この研究ではこれまでTanakaらが開発してきた細胞系譜を追跡するためのトランスジェニック個体が使われており、これにより再生芽だけを解析したり、再生組織に存在する細胞の元々の起源を確かめたりできる。すなわち、single cell transcriptomeを統合した、総合的再生研究を行なっている。

研究では、これらのツールを使いながら、再生前の間質細胞が再生芽へと発展し、その後筋肉や骨にボディープランに合わせて分化していく様子を詳しく解析している。膨大なデータなので、詳細は割愛するが、ほぼ完全にこれまでTanakaらが提案していた仮説が正しいことが示された。しかし、この一言で終わってしまうのも、あまりにそっけないので、今回確認された重要な点だけ列挙しておこう。

四肢再生では、もちろん皮膚や血管は再生能力があるため、そのまま新生が起こればいい。問題は、骨や筋肉、そしてそれをつなぐ腱などをどう再生させるかが問題になる。これが組織中の間質細胞によってリクルートされることはわかっていたが、今回single cell analysisが行われた結果、間質細胞の中に特に幹細胞として再生に働くものがあるわけではなく、どの間質細胞集団からも刺激に応じて再生芽細胞ができることが明確に示された。また、筋肉や骨細胞から再生芽ができるわけでないこともはっきりした。

また、手を切断するとすぐに細胞外マトリックスを分泌するシグナルが間質に入っているが、このような炎症型の刺激により始まり、その後成熟型の間質が形成されると同時に、ボディープランに関わる分子の発現が見られる。このように、間質が再生をどうガイドするのかは、これからの問題になる。

どの細胞からできてきても、再生芽は極めて均一な集団で、この細胞へのリプログラム過程の解析は今後の重要な課題になると思う。しかし、腕の先と根元の方の再生に関わる細胞の起源は別々で、先の方は骨格近くにある間質細胞、根元の方は皮下の間質細胞に由来することを示している。

以上細胞レベルの解析により、仮設の大枠はそのままでも、さらに新しい課題とそれに挑戦するための道筋がはっきりと示されたと思う。基本的には、現象論だが、これがより分子メカニズムを対象にした研究に進む大きな後押しになったと確信した。
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10月28日模倣の神経回路(Natureオンライン版掲載論文)

2018年10月28日
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進化の過程で環境とゲノムの間をさまざまな生物情報が媒介し、その中の最も重要な一つが高次神経回路だが、「模倣」「コピー」の進化への寄与を具体的に解説してくれて参考になるのがKevin N LalandさんのDarwin’s unfinished symphonyだ。残念ながら邦訳はないが、行動学や、脳の高次機能に興味がある人にはぜひ勧めたい良書だ。

この本から分かるように、ほかの個体の行動をコピーする能力は、脳を持つ動物の進化に大きく寄与してきた。実際、模倣のための特殊な脳回路が存在し、それが永続的な行動の脳回路に変換していることがよくわかるのが、鳥類のsong learningだ。天安門事件以前、朝、北京の公園にはお年寄りが集まり、大事に育てた鳥の歌比べをしていたのを覚えている。今はもうそんなのどかな風景は消えてしまった、というより北京市内から胡同が消滅してしまったので、こんな経験はできなくなったのではと思う。このお年寄りの趣味は、まさに鳥が模倣することを通して、永続的な鳴き声の回路を形成する過程を利用したものだ。

少し前置きが長くなったが、今日紹介するデューク大学からの論文はダーウィンの種の起源で有名になったフィンチが1ヶ月齢時期に泣き方を覚えるプロセスの脳回路を明らかにした論文でNatureオンライン版に掲載された。筆頭著者は現在東北大学で研究している田中さんという研究者だ。

この研究では、フィンチが歌を覚えるとき、生きたたフィンチが歌っているのを教師と認めて音を聞いた時だけ、歌の回路を形成できるメカニズムを脳回路的に研究している。このため、他の個体の声だけには反応せず、歌うオスを教師として認識しながら音を聞いたときだけに反応する回路を抜き出すところから始めている。と言っても、すでに研究の積み重ねがあり、この回路が中脳水道周囲(PAG)にあるドーパミン神経と、それが投射する鳥のさえずり中枢HVCとの間の回路にあるという答えがあり、この仮説を検証するという形で研究を進めている。

実際オスが泣いているのを見/聞いた時だけPAGが興奮することをまず確認して、次に、実際この刺激がドーパミンの分泌が高まることで起こることを、HVC神経がドーパミンと結合すると蛍光を発するように遺伝子改変して確認している。

次にこの神経興奮パターンが、確かに歌う回路形成に関わることを調べる目的で、歌を習うときにドーパミン分泌神経繊維を障害する化学物質による処理を行い、この回路がsong learning時に抑制されると、歌の回路が形成されないこと、また逆にこの回路を光遺伝学的に刺激することで、今度は教師になる鳥を見ないときでもある程度の歌の回路が成立することを示している。

最後に、先生に習うことがどのような神経科学的効果があるのかを調べ、習っったことがより強固に自己の脳活動に同化されている事が示されている。

かなり単純化してまとめたが、メッセージは上の通りだと思う。習うべきか、聞き流せばいいのか、この決断を決める回路がはっきりした。今後は、この回路に何がインプットされるのかなど芋ずる式の研究が進むと思う。同時に、ドーパミン神経であることからも、同じような回路が模倣する哺乳動物でも認められると思う。面白い、いい研究だと思う。そして、モデル動物でないフィンチでも、これだけの神経操作手法が使えることを知って、感心した。
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10月27日 AIに道徳観を植え付ける(Nature オンライン掲載論文)

2018年10月27日
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論文の中には、友達同士酒の席で浮かんできたような疑問を、「よし、みんなで調べてみよう」といった感じで、実際に実験や調査を行うといった、極めて思いつき型の論文ではないかと思えるものがある。この場合、もちろんそこには地道な研究の積み重ねなどは、論文の中でみじんも感じられない。独断的な議論でアマチュアという印象を受ける。このような論文が掲載されるためにはquestionが勝負になる。

今日紹介するMITのメディアラボからのNature論文はまさにそんな例で、「AIに道徳観を植え付ける」という状況を設定して、読者を引き込もうとする意思が見え見えの研究だが、読んでみるとちょっと拍子抜けという論文だった。タイトルはもちろん魅力的で「The Moral Machine experiment (道徳機械実験)」だ。

Questionはシンプルで、「機械の限界から事故が不可避と判断された時、いくつかの可能性の中から最も道徳的な選択をAIが選ぶときの基準をどう決めるか?」だ。タイトルから見ると、これを実現するのが道徳機械でこれを実現したのかと錯覚するが、実際にはそうではなく、至極まっとうな議論がIntroductionで進められる。すなわち、「道徳といっても絶対的基準はなく、社会に応じた相対的なもので、AIに実装する選択基準もそれぞれの国や文化が最も受け入れやすい必要がある」というわけだ。

とすると、全世界にわたって相対的な道徳基準を調べる必要が出てくる。ここまで読み進むと、ようやく「道徳機械」とは何かがわかる。すなわち、全世界からいくつかの道徳課題について考え方を集め、整理する機械なのだ。わかりやすくいうと、全世界レベルの世論調査機械が彼らの言う道徳機械だ (日本語のウェッブサイトhttp://moralmachine.mit.edu/hl/ja参照)。

ウェッブ上で道徳機械アプリにアクセスしてもらい、そこで設問に答えてもらう。設問は、タクシードライバーが例えばブレーキの故障でそのまま進めば歩道を歩いている人、ハンドルを切れば同乗の人が犠牲になるという状況がわかったとき、どちらを選択すべきかで、選択対象を女性vs男性、子供vs大人、信号を守る歩行者vs守らない歩行者、など13種類の状況を設定して答えさせている。

よく考えると、コンピュータによる単純なアンケート調査にすぎない。ただ、論文によると233の国から4千万近い参加者があったようだ。もちろん、入力されたデータを、様々に層別化して分析する機能を持っており、例えば国別での道徳基準を容易に導き出すことができるようになっている。

結果はわりと当たり前で、世界中で例外なく男性より女性を大事にする。しかし、日本などアジア諸国は若年者を大事にしない傾向がある。ラテン系ではペットと人間を選ぶとき、人間への重みが少ない。などなど、詳しくは紹介しないが、なんとなくわかる結果が列挙されている。もちろん国別で経済格差の影響や、個人主義の影響など、分析が行われているが、驚くと言ったデータではない。

そして話はここで終わってしまう。本来なら、これで学習させたAIで道徳を実装した仮想自動車が、シミュレーション実験でどう決断したのかぐらいまでやって初めて、Natureに掲載されるべきだと私は思う。

もちろんあっという間に4000万人に対しての調査がでる時代がきたことはすごい。そして、結局道徳とは相対的なものだということを説得力をもって示せた力も認める。ただ著者らが書いているように、同じような結論に、ドイツの倫理委員会では、委員会議論の上に到達しているようで、逆に人間が積み重ねてきた知恵の偉大さが際立ってしまった気がする。本当の道徳機械はできるのだろうか。
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10月26日:ネットでの情報収集で温暖化問題への意見を変えられるか?(米国アカデミー紀要掲載論文)

2018年10月26日
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自然現象についての科学的解釈には本来党派性は無関係だ。ところが科学が進んで、現象について何らかの対応が可能になると、途端に党派性が生まれてしまう。その典型が、地球温暖化問題だろう。

いま党派性から世界を見ていると、未来より現在を重視する党派と、現在をある程度犠牲にしても、未来をより重視する党派に分かれつつあるように思う。例えば原発は是か非かを考えるとよくわかる。この問題は、安全性や経済性について議論すると、水掛け論に終わり結論が出ない。しかし私の個人的意見だが、原発も、大きな電力を生産し、それをトップダウンで順々に分配するという、20世紀の階層性の遺物の典型だから、未来には必要ないと考てみたらどうだろう。一方、自然エネルギーは、階層的ではない新しいpeer-to-peer型ネットワーク構築に向けた未来の投資だと考えられる。ただ、こちらを選択すると現在の社会構造ををかなり否定することになる。

青い議論だとしても、未来か今かで判断すれば、以外とわかりやすい。20世紀の階層性を廃棄して、新しいネットワーク型社会へ投資するとすると決めれば、いくら原発が温暖化問題にとってはクリーンエネルギーだとしても、21世紀の選択にはならない。このように整理して行くと、原発支持=化石燃料支持になり、原発を重視した民主党時代のエネルギー政策でも、20世紀型になる。

しかし、いま世界は十分な余剰資本が投資先を求めてうろうろしているのに、未来を考える余裕がますます失われ、現在重視へ世界中が舵を切り始めているように思ってしまう。

ちょっと愚痴が長くなったが、今日紹介するペンシルバニア大学からの論文は、地球温暖化問題を例に、いわゆる現状重視のポピュリズム政党支持者が、温暖化を警告する科学的意見を受け入れられるのか調べた一種の社会調査で米国アカデミー紀要にオンライン掲載された。タイトルは「Social learning and partisan bias in the interpretation of climate trends (温暖化問題に関する社会学習と党派バイアス)」だ。

わかりやすく言うと、トランプ支持者が地球温暖化に関するデータを受け入れられるのかという話になるが、もし温暖化が起こっていないと言うデータを見せられた時、サンダース支持者がそれを受け入れるかにそっくり代えて考えることもできる。ただ、私自身は温暖化が進んでいると思っているので、特に前者の問題として読んでいる。

さて調査の内容だが、1979年から2013年にかけて北極の氷の量の推移を示したグラフ(1996年から急速に低下しており現在はピークの6−7割に落ちている)が、このNASAのデータをみて将来さらに悪化すると思うかどうか、保守党支持者と民主党支持者で比べている。実験前で調べると、保守党支持者では6割、民主党支持者では75%が温暖化が悪化すると思っている。確かに意見が大きく分かれているが、共和党支持の半数以上が温暖化を心配しているのを知り、安心した。

次に、参加者を共和党と民主党支持者が同数参加するネットワークに参加して、そこから情報を得て学ぶという状況を実験的に作り、温暖化について周りの個人的意見や、あるいは平均した意見が入ってくるようにして、温暖化に関する自分の考え方がどう変わるか調べる。この時、意見の出所の支持政党がわかるようにしたネットワークと、支持政党がわからないようにしたネットワークに参加させたグループで、考えの変わり方を調べている。

この凝った実験系でわかった最も重要なことは、支持政党など党派性がわからないネットワークに参加している場合は、個人の支持政党にかかわらず温暖化に対する意見が大きく変わる。実際、共和党支持者でもトライアルが進むと9割近くが温暖化は深刻だと考えるようになる。すなわち社会学習は重要だという結論だ。ただ、もっと重要なのは、少なくとも温暖化問題に関していえば、意見と支持政党が連結してわかる場合でも、変化は小さいとはいえ、それでも共和党員、民主党ともに10%ほど温暖化は深刻だと考え方を変えている。すなわち、ネットで情報を得ること自体が、党派性をある程度克服できるという結論になっている。

もちろん課題によって結果は異なるだろう。また、共和党ではなく、トランプ支持者に限って調べれば結果は異うかもしれない。それでも、科学的なデータがある場合、おそらくどんなに政治家が強い意見を発しても、市民はいつか問題を認識するという実験で、個人的には励まされた気がした」。
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10月25日:胎児期にマラリア抗原に暴露されるとトレランスではなく免疫が成立する:常識は疑え(10月17日: Science Translational Research掲載論文)

2018年10月25日
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学生時代、免疫現象で最も感銘を受けたのが免疫トレランスと呼ばれる現象で、中でも新生児期に皮膚移植をすると、他人の皮膚片に対する免疫が成立せず拒絶が起こらないないという、メダワーたちの実験だった。私が習ったときは、これらは全て成熟前のT細胞が抗原に出会うと、反応する代わりに、細胞死に陥るからだとされていた。その後、調節性T細胞が坂口さんたちによって示されると、新生児期に抑制性T細胞が誘導されることも免疫寛容に寄与すると考えらるようになった。いずれにせよ、胎児期や新生児期に抗原に触れさせると特定の抗原に対する反応は長期に抑制されるというのが常識だった。

しかし最近になって、人間のT細胞反応の場合、ウイルスによっては胎児期に母親を通して抗原に触れると、寛容ではなく免疫が成立するという、常識を覆す発表が見られるようになってきた。今日紹介するカリフォルニア大学サンフランシスコ校からの論文は、マラリアに対してもT細胞性免疫反応が胎児期に成立することを、マラリアの蔓延しているウガンダの妊婦さんとその子供で調べた研究で10月17日号のScience Translational Medicineに掲載された。タイトルは「In utero priming of highly functional effector T cell responses to human malaria (マラリアに対する高い反応性を示すエフェクターT細胞を子宮内で誘導する)」だ。

この研究は妊娠中のマラリア排除のため、アルテミシン間歇療法の治験にリクルートされた妊婦さんの胎盤が出産時にもマラリアに感染しているかどうかで層別化し、その時の胎児臍帯血のT細胞の反応を調べて、マラリアに対する免疫が成立しているかどうかを調べている。

最初は、感染の強い母親から生まれた子供では、臍帯血に分裂中の記憶T細胞が増加していることを確認した後、マラリア抗原抽出液に対する試験管内反応で、CD4,CD8共に上昇していることを見出す。すなわち、マラリア抗原に対しては、胎児期にトレランスにならず十分免疫が成立することが明らかになった。さらに、これがマラリア抗原由来ペプチドに対する反応であることを、表面に発現されるMSP-1タンパク質配列に合わしてペプチドを合成し、それを用いたT細胞刺激実験で、反応するのを確かめている。また、MHCに対する抗体を用いて、これらのT細胞がMHC+ペプチドを認識していることも確かめている。

さらに重要なのは、このような免疫方法では抑制性T細胞が全く誘導できない事で、トレランスにならないのは、抑制性T細胞が誘導できないからという可能性も示している。

そして最後は、こうして誘導されたT細胞が本当にマラリア感染を防ぐことが出来るかだが、臍帯血中のCD4T細胞がマラリア抽出液に強く反応した子供は、マラリアへの感染確率が、反応の低い子供の半分以下に低下し、また2年以内にマラリア抗原が検出される率はなんと3分の1に低下している。すなわち、母親からのマラリアに対して免疫反応が成立すると、生まれた後もマラリアにかかりにくいことが証明された。

以上の結果は、現在進められている妊娠中のマラリア駆除で子供を守るというプロジェクトに対しては、再検討が必要であることを示すとともに、これまでことごとくうまく行っていないマラリアワクチンも、胎児期に打つという可能性を追求する価値があることを示唆している。もちろん、どのような形態のワクチンが必要かなどさらに検討が必要だが、、胎児への免疫はトレランスを誘導するというこれまでのドグマは疑ってかかったほうがいいように思う。
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10月24日:フラヴィウイルス感染後の腸運動異常(11月15日号Cell掲載論文)

2018年10月24日
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フラヴィウイルス感染症は神経に感染するため、厄介なウイルスが多い。私たちの世代では、何と言っても日本脳炎ウイルスがもっとも馴染みがある。蚊のいそうなところにDDTを散布しているニュースは今でも記憶に残っている。最近で言えばジカウイルスだろう。胎児の脳に感染して、小頭症を引き起こすことがわかり、世界がパニックになったことは記憶に新しい。わが国にはそれほど馴染みがないが、日本脳炎と同じように土地の名前がついているフラヴィウイルスの一つが西ナイルウイルスで、重症化することは少ないが、いったん重症になった例では救命率がいちぢるしく低い。

この研究では、これほど好神経性を示すウイルスなら、腸の蠕動を調節している腸管神経叢にも感染するのではという着想から始まった研究で11月15日発行予定のCellに掲載された。タイトルは「Intestinal Dysmotility Syndromes following Systemic Infection by Flaviviruses (フラヴィウイルス感染後に起こる腸の運動障害症候群)」だ。

タイトルを見て何か意外なことが起こっているのかと思ったが、ちょっと拍子抜けしたことは断っておいたほうがいいだろう。この研究では、西ナイルウイルスやジカウイルスを皮下に注射した時、小腸の中間部から後方にかけて腸管が拡張し、便秘が起こり、腸の動きが全般に低下することを発見する。そして期待通り、ウイルス感染群では腸内神経叢の細胞の核が拡張して、死にかけていることがわかった。

神経感染ウイルスなので、当然といえば当然なのだが、このグループはウイルスで細胞が直接死んだのではなく、ウイルスが感染した神経細胞が、細胞障害性のCD8細胞のアタックを受けて死ぬという仮説をたて、それを検証している。すなわち、リンパ球やCD8の欠損したマウスでは、いくら神経に感染しても腸の運動障害は起こらない。従って、フラヴィウイルス感染による腸内神経叢の異常は、細胞障害性免疫により発症していることが示された。この点については以外と言えるかもしれない。また、臨床的には重要な発見かもしれないが、メカニズムについては特に驚くほどのことではない。

そこで最後に、ウイルス感染がもっと長期の腸の異常を誘導し、人間の慢性的過敏症の原因になるという可能性についても調べ、ウイルス感染後の急性期を乗り越えられても、感染2ヶ月後も、腸の運動異常が続くことを発見している。ただ、これは決して細胞障害性反応が続いているわけではなく、ちょっとした炎症刺激ならなんでも過敏に反応する腸の運動異常が発症することがわかった。おそらく多くの人間の腸の過敏症は同じようなメカニズムで起こるのではないだろうか?という結論だ。

即ち、ウイルスによる直接神経死でも、T細胞による細胞障害性でもない、いわゆる過敏症という状態が、引き起こされることを強調しているが、ただメカニズムについては全くわからない。このメカニズムに全く迫らないで、Cellに掲載するのはちょっと甘いかなと思った。
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10月23日:携帯型人工腎臓は可能か? (ACS Nanoオンライン版掲載論文)

2018年10月23日
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現在わが国では約30万人の方が、血液透析治療を受けている。私が卒業した時と比べると、透析膜から貧血を防ぐエリスロポイエチンまで、透析技術は大きく発展し、患者さんの状態を維持できるようになったが、かなりの時間透析機に縛り付けられることは間違いなく、その結果持続的に24時間透析を行うことはできない。そこで期待されるのが、埋め込み型人工腎臓と呼ばれる方法で、現在様々なタイプの埋め込み型人口腎の開発が待たれていた。

一般的に携帯埋め込み型では透析のように多量に水を使うことは不可能なため、基本的には血中の尿素を直接吸着剤で吸収する方法が考えられる。そのため、最も重要なのは、尿素を直接吸着する化学物質の開発で、企業、アカデミアともに新しい吸着物質を目指して競争を繰り広げている。

今日紹介するDrexel 大学からの論文は、チタンカーバイドでできた多層シートが尿素を特異的に吸着して実用化可能であることを示した研究でアメリカ化学会のNanoにオンライン掲載された。タイトルは「MXene Sorbents for Removal of Urea from Dialysate: A Step toward the Wearable Artificial Kidney (MXene 吸着剤は透析液中の尿素を除去する吸着材として装着可能な人工腎臓への最初の一歩になる)」だ。

このグループはチタンカーバイドをベースにした3種類の化合物の多層シートが尿素を吸着できることを見出していたが、この研究ではTi3C2Tx型の分子で作った多層シートがもっとも高い吸着活性を持っており、血液透析でできた透析液に投入すると、セ氏37度で約8割の尿素を吸着することを明らかにしている。また、これまで使われて来た吸着剤(たとえば活性炭素)と比べた時、尿素だけを吸着する点が優れていることを強調している。

最後は細胞毒性、血液凝固活性などを調べ、この材料が安全に使えることを示している。

実際には、この材料を発見し、多層シートを合成することがこの研究の最も重要な核になるのだが、生憎それについてはほとんど理解を超えているため、装置着型人工腎臓としての可能性についてだけ紹介した。あとは、さらに吸着効率の高い材料を探しながら、使いやすい安全な製品に仕上げることだ。あくまで個人的印象だが、「装着型人工腎は可能か?」に関しては、「可能だ」と答えていいように感じた。

おそらく原理的に、現在の血液透析よりコストは下がり、患者さんの生活の質もあげられるという一石二鳥の製品ができるのではないだろうか。
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10月22日:民間ゲノム解析サービスのデータから犯人を割り出す(Scienceオンライン掲載論文)

2018年10月22日
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研究の中には、読むと驚くのだが、よくよく考えると当たり前で、自分が気がつかなかっただけという話が結構ある。今日紹介するmyHeritageと呼ばれるイスラエルのゲノムを使った親戚や家系をたどるサービスを提供している会社からの論文はその典型だろう。犯罪者のDNAデータがある場合、現在拡大している民間ゲノム解析サービスデータベースを使うことで、犯人の遠い親族を特定できるという研究で、Scienceにオンライン出版されている。タイトルは「Identity inference of genomic data using long-range familial searches (遠い親戚を割り出すアプリを使ってゲノムの持ち主を特定する)」だ。

タイトルからわかるように、例えば犯罪者のDNA解析があれば、これをDNAデータベースと照合して、本人は登録していなくとも、遠い血縁者がデータベースの中に見つかれば、DNAの持ち主までたどり着けることを理論的に示した研究だ。ただ、この論文が発表されるより前に、カリフォルニア警察はこの可能性を試して犯人を逮捕したという事実が存在し、この研究はこれが理論的に正しいことを証明した追試研究に当たると言えるだろう。

カリフォルニア警察が解決した事件は、Goldenstate Killerと呼ばれる40年近く未解決の連続強姦殺人事件だ。犯人の残した体液のDNAデータが存在しており、ひょっとして犯人にたどり着けるのではないかとこのデータをCEDmatchと呼ばれる、ゲノムから親族を割り出してくれるサービスサイトにアップロードしたところ、もちろん犯人自身にはヒットしなかったが、犯人と3親等の親戚を特定、この親族から犯人を割り出したという、映画にしても良さそうなドラマだ。この論文を読むまで、この事件とその解決については全く知らなかったが、ゲノム解析サービスからこの検索を警察が着想したという先進性とともに、アメリカで民間ゲノムサービスがここまで浸透しているのかと感心した。それにしても、規制やプライバシーと入り口でウロウロしている我が国は、ゲノムに関してはまず20年は遅れているようだ。

このような捜査が一般的になりうるかどうかを、CEDmatchと同じようなサービスを提供しているMyHeritageのデータを使って検証したのがこの論文だ。MyHeritageには様々なゲノム解析サービスを受けた130万人が自分のデータをアップロードしている。この中から親族を見つけるためには、組み替えが起こらずに長い共通領域が存在するかどうかを調べるIdentify by descent(IBD)という方法が使われる。この研究では、まずどの程度のゲノムデータが蓄積されれば、データベースにある個人データから3親等までの親戚をたどれる確率を調べ、現段階のMyHeritageでも白人の75%、そして300万の白人が登録すれば、99%のアメリカ白人が、データベースに登録されている個人から3親等以内にカバーされてしまうことを示している。

次はDNAから犯人の親族を割出した後のプロファイルングについて検討し、犯行現場から100マイル以内に住んでおり、性別(これはゲノムからわかる)、年齢がわかると、年齢推定が10歳の誤差があるとした時16−17人、年齢誤差が1歳以内におさまる場合は、なんと1−2人に対象者を絞れることを示している。

最後に、現在のMyHeritageの能力を示すため、1000人ゲノム計画でゲノムを提供したユタ州の女性の親族を見つける検索を行い、ノースダコタとワイオミングの登録者の中から2人の親族を見つけ出し、その人達の共通の親まで追跡できることを示している。すごいパワーだと思う。

この成功を見れば、日本の警察も期待するのではないだろうか。我が国ではゲノム解析データは全部で100万には満たないかもしれない。しかし、今後着実に上昇する。さらに、日本人のゲノム構造は比較的均一であるため、追跡は容易だろう。ただ、すでにアメリカで議論になっているように、警察が民間データベースを使っていいのかという問題は常に残る。しかし、それはサービス会社が、警察にも開示することがあることを明確にしておけばいい。一番懸念されるのは、データを勝手に書き換えることだ。21世紀は、「どうプライバシーを守るのか」より先に「私たちは何を隠したいのか?」を問う時代が来ると思う。オープンにした方が社会に貢献することは無限にある。ただ、これを守るためには、権力がデータを書き換えないという保証が必要だ。

その意味で、森友・加計問題でわかったように、政府が平気でデータの改ざん、捏造を行い、それを深刻に考えない政治家の多い我が国では、ゲノムサービスも当分は警察に使わせるわけにはいかないだろう。
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10月21日:ガンゲノム解析はどこまで標的治療につながるか(Natureオンライン版掲載論文)

2018年10月21日
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私が退職した5年前は、トップジャーナルの25%が主にガンゲノムの研究論文であふれていた。次世代シークエンサーが開発されてから急速に進んだ癌のゲノム解析の結果の一次収穫期にあったと思う。もちろん地道なデータベースの開発などが進んできた結果だが、トップジャーナルが飛びついたのは、ガンゲノム解析から明らかになる標的分子に対する副作用のない治療法がどんどん開発されるのではないかという期待からだ。もちろん、一部の癌では新しい標的薬が使われ効果を上げてはいるが、はっきり言って、この時のガンゲノム解析の結果生まれ大成功を収めたというのはほとんどないのではないだろうか。このせいか、トップジャーナルでのガンゲノムの論文数は大きく減少し、代わりに免疫治療の論文が幅を効かせるようになっている。

なぜこのような状況になったかと考えると、1)発ガン過程に多くの共通部分は確かにあるが、個別に極めて複雑なコースを辿っていることがわかってきたこと、2)多くの分子標的が、薬剤が開発できても効果が持続しないこと、3)すなわちガンは常に進化しており、なかなか追いつかないこと、とまとめることが出来る。

この典型例が急性骨髄性白血病AMLだろう。ゲノム解析で、3割ぐらいのガンでFLT3の変異が見つかっているが、FlT3に対する標的薬の効果はたかだか半年しかないことがわかってきた。もちろん、新しい薬剤の開発は続き、単剤で有効な薬剤も増えてきてはいるが、骨髄移植を含むこれまでの治療を置き換えるには、個別の白血病細胞に合わせた薬剤の選択が必要になる。事実、ゲノム解析は、 AMLがそれほど多様である事を示している。

今日紹介する論文は、個々のゲノム解析を薬剤選択につなげる方法を開発してこの状況を乗り越えようと、個別のガンのゲノムや遺伝子発現解析と薬剤の選122種類の薬剤への反応を同時に調べた研究でNatureオンライン版に掲載された。タイトルは「Functional genomic landscape of acute myeloid leukaemia (急性骨髄性白血病の機能ゲノム展望)」だ。

研究ではこれまでのガンデータベース(TCGA)に加えて独自のAMLコホート研究に参加している562人の患者さんの、ゲノム解析、遺伝子発現解析を詳細に行うとともに、患者さんのガン細胞を122種類の薬剤とともに培養し、それぞれに対する反応を調べている。AMLの中には骨髄異形成症候群から発生してきた患者さんも含むが、複雑なので区別せず紹介する。

まず大事な点は、ゲノムから予測できる薬剤が効果を期待通り示すという場合もあるが、予測が全く役に立たない白血病も多く存在する点だ。極めて膨大なデータで、図や表は示されていても、読んで何かがわかるというものではない。結局、p53の変異があると、様々な薬剤に対する抵抗性が出てくる、RASの変異があるとMAPK阻害剤に反応する、IDH2変異があると薬剤耐性が起きやすい、RUNX1変異はPI3KCやmTOR阻害剤に反応しやすい、などある意味ですでに知られていること以上には提案できていない。

ただ救いは、このパターンを詳細に眺めると、発ガンに関して相互に関わっている分子と、独立している分子の分類ができる可能性があることだろう。しかし、まだまだ患者さんのデータをもとに治療方針を立てることなど、程遠いと言った状況であることがわかるだけの論文だった。もちろん膨大なデータを集めることは重要で、その意味でNatureに出版する価値のある論文で、このデータをもとに、他の研究者が新しいことを着装してほしいと思う。

おそらく他のガンでも同じような研究状況だろう。我が国でも10年遅れでガンゲノムを臨床に取り入れることを進めているが、このような世界の状況も踏まえ、新しい発想を取り入れた研究を進めなければ、結局失望を生むだけに終わる気がする。

結局今も昔も、骨髄移植対象年齢のAMLは従来治療が第一選択だろう。一方、骨髄移植の適応でない、しかし高齢とともに数が増えるAMLについては、ゲノムから予測される薬剤を組み合わせて使う治験を積極的に進めるのがいいように思う。そして、それぞれの治療法がゲノムから予測される効果を出したのか丹念に拾い上げて、最終的にゲノムから薬剤選択につながるAIの開発を行うことが必要な気がする。いずれにせよ、世界の白血病医が集まって、これにどう取り組むかを決めないと、ゲノムを読めば標的薬が見つかるという単純な期待はすぐしぼんでしまうだろう。
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10月20日 私たちは平均5000人の顔を知っている(英国王立協会紀要掲載論文)

2018年10月20日
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脳の進化については結構有名な理論がある。英国の進化学者Robin Dunbarが提唱した、霊長類から現代人まで、グループの大きさと、大脳新皮質の大きさを比べ、両者が比例することを発見した。それに基づいて、私たちホモ・サピエンスの新皮質の能力から、150人以上の友達を持つ事は生理学的に不可能だとするダンバー定数を提唱した。私はペリカンブックのHuman Evolutionを読んだが、言語誕生について示唆に富む本だったと思う。これ以外にも多くの著書が和訳されているので、読んでみると結構面白いと思う人は多いのではないかと思う。

もちろん友達の数だけではなく、様々な高次機能について脳の容量を探ろうとする研究が真面目に行われている。今日紹介する英国ヨーク大学からの論文は、私たちが平均何人の顔を覚えていられるのかを調べた研究で英国王立協会紀要10月号に掲載された。タイトルはズバリ「How may faces do people know? (何人の顔を人々は知っているのか?)」だ。

確かに面白い課題だが、しかし皆が納得できる研究方法はあるのだろうか?その点が最も興味がある。この研究では、いくつかの仮定を置いて私たちが知っていると確信できる顔を定義している。

まず、「顔」と「顔のイメージ」を区別している。すなわち私たちが見知っていると認識しているのが「顔」で、たまたま見かけたのを覚えているのが「顔のイメージ」だ。「顔のイメージ」は時間を置いてみたとき印象が変わるが、「顔」であればどのような見方をしても安定しているので区別できる。また顔と名前が一致する必要はない。というのも名前思い出すのはまた別の脳機能になる。

このように知っている顔を定義した後、脳内に知人として明確なイメージを形成できる顔の数を次のような方法で決定している。

まず、身近な人の顔と、有名人の顔に分けて、それぞれ1時間に思い出せる顔を数える。この時、できるだけ整理して思い出せるように、家族、家族の友達、自分の友達、自分の友達の家族、学校で会う人たち、同僚、隣人、通勤中などなど、さまざまな項目に分かれているシートに名前や、名前がわからなければ別の記述(例えば学校の門衛、あるいは続柄など)を書いてもらう。

有名人についても同じように、思い出しやすいよう政治家、歌手、俳優、ビジネス、スポーツ選手などの項目を前もって指示してあるシートに、名前か、名前がわからなかったら例えば「イニエスタがわからなければ、Jリーグヴィッセル神戸の新しいスペイン選手」など特定して書いてもらう。

この課題で1時間以内に、だいたい平均で身近な人362人、有名人290人がリストされる。ただ、当然ながら名前をあげるスピードは時間に比例して落ちてくる。すなわち、最初はすぐに多くの名前が出てくるが、1時間ごろには時間をかけてようやく一人出てくるといった具合だ。実際、思い出せた時間をプロットすると、時間とともに正比例して数が減る。この右肩下がりの直線を外挿することで、最終的に思い出せる数を理論的に算定でき、これが身近な人で549人、有名人で395人になる。すなわち、このテストで自分でリストに上げることのできる数は両者の和、944人になる。

ただ、実際にははっきり区別できても、思い出せない人も当然存在する。これが、リストできる人の何倍に当たるかを、有名人の顔の違った印象の写真3千人用意し、両方同じ人と認識できた写真の数と、最初の実験で思い出せた人の数を比べ、思い出せなかったが、確かにイメージとして認識していた数が、思い出せた人の4.62倍になると算定している。

あとは、944人に4.6をかけると、4240人になり、だいたい5000人の顔を覚えているという結果を導いている。25人の人についてこれを算定しているが、結構ばらつきは大きく、だいたい知っているか落として数えられるのは1000人から一万人になる。

この数を信じるかどうかは、この方法を認めるかどうかになるが、5000人と信じた方が、問題を指摘するよりずっと面白そうだ。とりあえず、こんな方法を編み出したことに拍手。
カテゴリ:論文ウォッチ
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