2018年12月31日
大晦日の今日は一般の人ではなく、医師の読者に対しての情報提供として12月25日号の米国医師会雑誌に掲載された搭乗中の機内で病人が発生した時の、医師の心構えについて紹介したい。タイトルは「In flight medical emergencies A review(搭乗中の医学的非常事態 総説)」だ。
私も医師として働いた経験があり、当時新婚旅行で搭乗したYS11で病人が発生し(かなり揺れたための一種の過呼吸発作だった)手当をした覚えがある。ただ、臨床を辞めてからは、基本的には呼ばれても出ていかないようにしているが、その後一度だけ同じような場面に遭遇したが、複数の医師が乗っておられて、アナウンスを聞き流したが罪悪感には見舞われずに済んでいる。
さて、医師として飛行機搭乗中に医学的緊急事態(IME)が発生したときどうするのかについては、何回も論文が出ている。このコラムでも一度紹介したことがあるが(http://aasj.jp/news/watch/4096)、詳しい指示とまでは至っていない。ところが、今回の総説は搭乗中の医師として知っておかなければならないインストラクションをしっかりまとめている。読んでみると、よほど運が悪く自分しか医師免許を持っている人がいなかった場合なら、その気になるかもしれないと思える、良い総説だと思う(実際はそう簡単ではないと思うが)。年末から年始おそらく飛行機に乗る機会も増えると思うが、論文を簡単に紹介しておくので、理由はともかく医師免許を持っている読者のの方には一読を勧める。
まず一般的な話として、IMEは600フライトに1回程度の頻度ということで、そう度々当たる話ではない。他の人と比べると、私自身結構乗っている方だが、それでも年間で70ー80回というところだろう。とすると、10年に一回あるかどうかの頻度で出会う程度だ。おそらく東京に暮らして、国内線など必要ない医師の方なら、ほとんど出会う心配はないだろう。また、論文の表3に詳しく内容が書かれているが、救急に必要な薬品や簡単な医療器具は結構揃っている。さらに、地上からのアドバイスも受けられる体制があるので、しっかり予習していて他に誰もいない場合は覚悟して出て行ってもいい気がする。その結果訴訟になったという話は、これまで1件あるだけで、全員が機内での非常時との理解はしっかり共有されている。それでも、英米の航空会社では呼びかけに応じる義務はない。一方、オーストラリア、ヨーロッパの航空会社のように義務づけていることもある。我が国では、義務はないが、事前登録制度になっているようだ。しかし、これらは全て形式で、やはり少しでも他の人より役に立ちたいという医師の気持ちが大事だと思う。
とすると、ある程度飛行中によく起こる病気について知っておく必要がある。これをこの総説ではわかりやすくまとめているので、最後に紹介する。ぜひ本文を読んで、この表を皆さんもコピーして身につけておけばいいと思う。
1:失神〜失神に近い状態:IMEの30%を占める。
診断:胸痛(心臓発作)、呼吸困難(呼吸器)、言語障害・顔面まひ(脳卒中)、のような症状のない場合は、ほとんど血管迷走神経性の失神。紛らわしい鑑別疾患として低血糖発作がある。これは機内で測定できる。
治療:心臓、呼吸器、脳の器質性疾患でないと診断すれば、あとは足を高くして寝かせる、あるいは仰臥位で頭と足を高くして様子を見る。低血糖発作の場合、グルコースを経口摂取させる。これで症状が悪くなる場合は、搭乗員に告げるとともに、地上専門医と連絡をとる。
2、消化器疾患:IMEの15%程度。
診断:吐き気、嘔吐、下痢、或いは出血の場合も原因究明は難しい。腹痛のある場合は、場所や腹膜刺激症状があるかをしっかり調べる。(個人的経験では飲み過ぎもある)。
治療:キットの中にセロトニン阻害剤、抗ヒスタミンの制吐剤は入っているようで、適宜服用させる。下痢の場合、熱があるときは必ずクルーに感染症の可能性を伝える。それ以外は、キットの中に下痢止めは必ずある。強い腹痛で、腹膜刺激症状や出血がある場合は、クルーに重症であることを告げる。
3、呼吸器症状 IMEの10%に見られる。
診断:聴診と病歴が重要。特に旅行中何をしたかも重要。スキューバダイビングなどでは減圧症による塞栓が見られることもある。重症と軽症を見分けることが最も重要。キットの中に、パルスオキシメーターは必ずあるので、酸素をチェック。
治療:酸素分圧が低い場合、酸素吸入。機内では酸素分圧が低いので、地上より多くの酸素が必要。これ以外の治療法はない。ただ、喘息発作や気管支攣縮が見られるときは、β2刺激剤が機内に用意されている。これで改善しない場合は、クルーに重症と告げる。
4、心臓症状 IMEの7%
診断:病歴、胸痛、呼吸困難、腕の痛みなど心筋梗塞などの重大な状況かどうかの判断が必要。心電計が備えられている場合もある。
治療:重症の場合は機内での対策はない。ニトログリセリン、アスピリンなどを服用させ、酸素吸入して様子をみる。胃からくる症状である場合も多いもで、制酸剤も服用させる。改善しない場合は、重症であることを告げる。
5、脳卒中用症状 IMEの5%
診断:いつから、どのような症状が始まったかをはっきり聞き出すことが重要。例えば、どの場所の運動障害、あるいは感覚障害など。あとは、言語障害、顔面まひ、四肢の筋肉など一般的な卒中を診断するための検査。
治療:酸素吸入はとりあえずやってみる。麻痺などの進行で卒中が確実になった場合、クルーに重症であることを告げるとともに、地上の医療スタッフにも相談し、また緊急着陸後の準備も頼む。
6:てんかん発作 IMEの5%
診断:発作の始まりや様子については周りの人からも話を聞く。運動機能や、失禁の有無なども確かめる。
治療:症状は激しくとも、床に寝かせ、気道を確保しておれば治る。発作中には、bennzodiazepineがあれば投与。また、本人も抗てんかん剤を持っている場合も多い。薬剤の増量などについては、地上の専門医のアドバイスを受ける。
7、外傷 IMEの5%
診断:傷の性状を確かめることが重要。脳損傷・骨折などについては正確には診断できない。事故の原因としては、荷物の落下が最も多い。
治療:多くの場合は軽傷で、圧迫による止血で止められる。必要なら止血帯を使う。骨折が疑われた場合でも、副木を備えていることは少ない。雑誌などで添え木の代わりにする程度。
8、精神疾患 IMEの3%
診断:専門医でないと難しいことが多い。対話を通して患者さんと関係を築き、安心させるとともに、これまでの病気について聞き出し、薬を持参しているか確かめる。
治療:常備されている場合、最も使いやすいのはBenzodiazepine。対話と精神安定剤でともかく様子を見る。ただ、緊張状態や攻撃的になる場合もあるので、この場合はクルーに任せた方が良い。
9、薬物中毒や禁断症状 IMEの3%
診断:おそらく日本の医師は慣れていないことが多い。鑑別診断として頭に置いておくことが重要。治療について私の場合まずお手上げだと思うので割愛する。詳しくは論文を見て欲しい。
10、アレルギー反応 IMEの2%
診断:重症かどうかを判断する。問題になるのは、気管の浮腫、呼吸困難、低血圧、嘔吐などがある場合。
治療:局所的な蕁麻疹などのアレルギー症状に対しては、必ず常備されているdiphenhydramineなどの抗ヒスタミン剤を投与。内服が難しい場合は静注用も常備されている。
重症のアナフィラキシーの場合は、エピネフリンを0.3mg投与(子供は半量)。これは緊急注射可能な形で備えられている。症状が改善しない場合は、地上専門医にアドバイスを頼む。
11、お産 IMEの1%
診断:個人的には全く経験がないため、お手上げだろう。横向きに寝てもらって、地上の医師のアドバイスに従うしかない。
12、心停止 IMEの0.2%
診断:500回に1回という数字だが、IMEによる死亡の80%を占める。最も重要なのは脈があるかないか迅速に診断すること。
治療:蘇生に成功するかどうかは別にして、医師なら方法は熟知しているはずで、診断したらすぐに心臓マッサージにかかる。
心臓マッサージと人工呼吸、できれば他の人と協力してやるともっといい。その間に、自動除細動器を用意して、除細動。戻らない場合、あるいは発火しない場合、心臓マッサージ、人工呼吸。それでダメな場合は、エピネフリン1mg静注。
他にも様々なアドバイスがある。また自分が旅行者として考えた時、IMEにならないような予防ヒントも記載されている。いずれにせよ、ほとんどの場合は軽症で、対応可能なことが多い。読んで少し自信が出たおかげで、呼ばれたら次は手を挙げてみようかななどと考えている。
2018年12月30日
今年も自閉症スペクトラムについては重点をおいて研究を紹介してきた。しかし、その研究領域は多様で、思いがけない研究に出会うこともある。今日はそんな一例を紹介する。
自閉症スペクトラム(ASD)の症状は多様で、個人差も大変大きいが、社会性の障害、反復行動とともに、言語障害の3つの症状が最も特徴的だ。個人的には、社会性、あるいは他の人とのコミュニケーションの難しさが、全ての症状の原点にあるように思う。実際、社会性の問題に比して、言語障害の程度や内容は結構多様で、多くのASDではほとんど認められない場合もある。さらに、重度の言語障害があると診断されても、多くの著書を発表している東田直樹さんや、米国のIdoさんのように、文章を書かせたら普通の人よりはるかに高い言語能力を発揮する人もいる。すなわち、ASDは言語に問題があると単純に決めてしまうことは極めて危険で、柔軟に状況を判断し、エビデンスに基づいて対応することが重要になる。
この単純な思い込みの例として、バイリンガルの環境は、それでなくても言語学習に苦労しているASDの学童には負担になるので、なるべく一つの言語に絞るべきだとする考えがあったようだ。確かに言われてみると、一理あるような気がする考えだ。この思い込みに対して、社会や学校の環境がフランス語と英語が並立するモントリオールの公立学校に通うASDの学童について、バイリンガル環境に問題があるかどうかを調べたのが今日紹介する、モントリオールのマクギル大学の論文で、12月号のAutism Researchに掲載された。タイトルは「Bilingual Children with Autism Spectrum Disorders: The Impact of Amount of Language Exposure on Vocabulary and Morphological Skills at School Age (バイリンガルなASDの子供:学童期での言語への暴露量が語彙や言語構築力に及ぼす影響)」だ。
確かにバイリンガル環境でのASDの子供達を普通の環境のASDと比べてみるというのは着想が面白い。ただ、残念ながらこの研究では、バイリンガルと、モノリンガルのASDを科学的に比べるという研究は全く行っておからず、モントリオールの公立学校というバイリンガルの環境に通う子どもについて、言語能力を決めている要因をASD児童と典型的児童で調べただけの研究だ。従って、モントリオールの子どもについての調査を示すので、あとは自分で考えてと言った、ちょっと突き放した論文になっている。
では何がこの研究から明らかになったのだろう?結論は単純で、モントリオールの学童でボキャブラリーを決めているのは、典型児もASD児も、言語に触れている時間が最も重要で、あとは年齢、IQ、そして作業記憶と続くという結果になっている。また、言語構築の能力については、作業記憶が最も重要だという結果だ。
そして、ASD児では典型児と比べた時、同じボキャブラリーを獲得するためには、より長い時間言語に触れる必要があるが、すでに言語障害がはっきりしていても、言語に触れれば触れただけ、ボキャブラリーは増えることが明らかになっている。ただ、言語構築力については、言語障害と診断されている児童の場合、言語に触れる時間が長くてもあまり改善しないという結果になっている。
以上のことから、少なくとも社会性の問題だけで、言語障害が強くない児童では、量的には典型児と比べて少し落ちてはいるが、それ以外に違いはないことから、まずバイリンガル環境が言語学習を妨げることはないと結論している。また、バイリンガル能力を身につける可能性もASDで十分あるので、将来のキャリアを考えると、バイリンガル環境を避ける理由は全くないとも結論している。
ただ最終的な結論は、やはりパリの児童とモントリオールの児童を同じ条件で比べるなどが必要だと思う。個人的感想を述べると、ASDの児童は、人付き合いが苦手でも、決して言葉を嫌っているわけではないことはこの研究でも明らかだ。東田さんなどの文章力をみると、実際には言語にできるだけ触れた方がいいように思う。ただ、このような感想も本当は全て科学的に確かめられるべきで、真剣に取り合わないで欲しい。その意味で、バイリンガル環境とASDを結びつけた着想には感心させられたし、今後も研究を進めてほしいと思う。
2018年12月29日
Tauとアルツハイマー病(AD)の最後は自然免疫の活性化によりTauの病理過程が促進させることを報告したヒューストンHuffington老化研究センターからの論文で12月19日号のNeuronに掲載された。タイトルは「Complement C3aR Inactivation Attenuates Tau Pathology and Reverses an Immune Network Deregulated in Tauopathy Models and Alzheimer’s Disease (補体C3a受容体の不活性化によりTauの病理作用が軽減され、Tau異常症アルツハイマーモデルで異常になっていた免疫ネットワークを元に戻す)」だ。
この研究では、自然免疫刺激因子としてのC3とTau異常症の関係に最初から焦点を当てて研究を進めている。まずAD患者さんの症状と脳内でのC3、C3aRの発現を調べ、痴呆を示すADをはじめとする編成性疾患で、両方の発現が高まっていることを確認する。
その上で、今度はマウスのTau異常症へと舞台を移し、C3とその受容体がTau異常症でも上昇していることを確認する。そして、この変化にC3とその受容体シグナルが関わるかどうか、受容体遺伝子ノックアウトマウスを用いて調べ、 Tau異常症での脳内の炎症が、C3a受容体シグナルにより誘導されていることを明らかにする。
そして受容体ノックアウトにより炎症が収まることで、Tauの異常発現により起る病理学的、神経学的な異常が改善し、シナプスが回復し、神経細胞の変性を止めることができることを明らかにしている。
その上でC3により誘導される炎症の細胞学的、分子生物学的過程を解析し、この炎症反応が、C3を発現するアストロサイトと、その受容体を発現するミクログリアを主役として起こる過程で、この炎症によりTauの異常沈着が促進されると結論している。そして、C3受容体の下流シグナルとしてSTAT3を特定している。最後にマウスモデルでSTAT3の作用を阻害することで、Tau異常症を抑えられることも示している。
以上が結果で、もともとADの背景には自然免疫による炎症があると考える、比較的ポピュラーな考え方に基づく研究だが、これがTauタンパク質の沈殿などの異常に特異的に働いていると考える点と、この自然免疫の主役がC3とその受容体であるという点が新しいようだ。ただ、最初の現象論を除いて、すべての実験がマウスで行われており、実際にもっと長い期間をかけて起こってくる人間のADにどこまで当てはまるのかはわからない。
3日にわたってTauの異常発現がADの主役と考える論文を3編紹介した。重要なのは、アミロイドにせよ、Tauにせよ、私たちがADの成り立ちについて理解できていない点で、まだまだ様々な方向からこの病気にチャレンジできる可能性がある点だ。昨日、今日と紹介した2編の論文では、炎症抑制、およびシャペロン抑制など新しい治療標的についても示されているが、新しい発想で眺めることで、治療のための何らかの糸口が示されていたが、新しい標的も続々見つかる。
昨日紹介した論文から分かるように、80歳を越すと脳の病理組織学的にはADと診断できる人の方が多くなってくる。すなわち、ADが高齢化社会の最大の課題になっている点だ。にも関わらず、これまで多くのAD治療薬が最終段階で引き返されてきた。ただ、諦める必要はない。12月14日号のScienceには、アミロイド仮説に基づく薬剤にしても、現在のように症状が出てからその効果を試す治験にこだわらず、また様ざまなバイオマーカーを組み合わせて新たにチャレンジする可能性は十分あることを強調していた。
さらに、今回紹介したように新しい標的を探すことも重要だ。これについては1月8日に発行のNeurologyにアルツハイマー病創薬財団から、現在治験が進行中の薬剤についてのまとめが出ていた。これによると、1)炎症を標的とする薬剤12種類(2種類は第3相)、2)ミトコンドリアや代謝異常を標的にした薬剤が14種類(3種類は第3相)、3)血管障害を標的にする薬剤が11種類(2種類は第3相)、4)神経細胞の保護を標的にした薬剤および細胞移植19種類(2種類が間質細胞移植、第3相はなし)、5)そして例えばうまくいかなかったBACE阻害剤と抗アミロイド抗体と組み合わせた治療などの併用療法が11種類(第3相4種類)と、多くの治験が現在進行中で、多くの研究機関、創薬企業、そしてベンチャー企業が粘り強くAD治療に挑戦している。多くの患者さんも、諦めることなく、朗報を待って欲しいと思う。
2018年12月28日
昨日に続いて、Tauとアミロイドの脳神経に対する影響についての論文を紹介する。今日は、Tauがアミロイドよりはるかに強く神経細胞の染色体構造を変化させることを示した研究で来年1月号のNature Neuroscienceに掲載予定だ。タイトルは「Epigenome-wide study uncovers large-scale changes in histone acetylation driven by tau pathology in and Alzheimer’s human brains(エピゲノムをゲノム全体で調べることでTauにより誘導される老化やアルツハイマー病の脳に引き起こす大きなスケールのヒストンのアセチル化の変化が明らかになる)」だ。
この研究では認知症が認められない82歳の高齢者を89歳まで追跡し、その間に亡くなった669例について脳を調べ、アルツハイマー病(AD)と、それ以外に分けている。驚くことに、その内実は412人がアルツハイマー病と診断され、アルツハイマーでないと診断できるのは257例に過ぎない点だ。80歳を超えると、基本的にはある程度覚悟がいることがよくわかる。
この研究ではADと診断された脳の染色体構造をヒストンの9番目のリジンのアセチル化(H4K9ac)を指標に全ゲノムレベルで調べた後、アルツハイマー病による染色体の構造変化がTauの蓄積か、アミロイドの蓄積のどちらに強く相関するか調べ、Tauの蓄積が6000箇所のH3K9acマークが変化する一方、アミロイドの蓄積はほとんど変化に関係ないことを発見する。すなわち脳の染色体構造の変化は、圧倒的にTauの影響が強い。
次にゲノムのどの部位でH3K49acマークがTauにより変化するかを調べ、染色体が開いた箇所ほどTauによる変化が大きいことを明らかにしている。また、この染色体構造を反映して、DNAのメチル化や、さらにRNAの転写も並行して変化する。以上のことから、アミロイドの蓄積よりTauの蓄積の方が神経細胞の染色体構造の変化を誘導して、神経細胞の遺伝子発現を変化させることがわかった。
同じことがマウスでも見られるかについても、アミロイドが沈着するマウスと、Tauが沈殿するマウスで比べている。著者らは、ヒトの脳での結果と同じだと結論しているが、この場合はH3K9acマークの変化が、アミロイドでより強く認められているようで、結果は単純ではないと思う。ただ、Tauに注目すると、やはりH3K9acのマークが変化する場所はLADと呼ばれるクロマチんが閉じた場所ではなく、開いた場所である点で、人間の結果と同じであると結論している。
そして最後に、Tauを発現しているヒトiPSから神経細胞を分化させ、クロマチンの状態を様々な方法で調べ、Tauが染色体をオープンする強い力を持っているのではないかと結論している。
この研究のハイライトは、このTauによるクロマチンの開きを抑える可能性があるかどうかを、データベースでTauによる変化の逆を起こす分子を探索し、シャペロンHsp90を抑制することでTauによる変化を元に戻せることを明らかにしている。
以上、この染色体の変化が細胞レベルのどの変化に対応するのかについてはわかっていないが、昨日に続き、神経細胞への効果でいうと、Tauの方がはるかに強い作用を持っていることがわかり、さらには創薬標的分子まで明らかにした、点で、力作だと思う。
2018年12月27日
昨日紹介した、Nature Medicineによる2018年の注目治療法の中で最も印象に残ったのが、アルツハイマー病に対する創薬各社の取り組みがほとんど撤退を余儀なくされたという点だ。今年はBACE阻害剤についてだったが、昨年はアミロイドに対するワクチンを含む免疫療法が同じように撤退に追い込まれていた。いずれもβアミロイドを標的にしており、このような結果から確かにアミロイドプラークはアルツハイマー病の重要な病理所見だが、神経変性の直接の原因ではないと考える人も多くなっている。そして、このように考える多くの人が重要な原因と考えるのが、細胞内での沈殿物を作るTauタンパク質だ。そこで、ごく最近に発表されたTauタンパク質に関する研究を今日から紹介し、最後にアルツハイマー病に対する創薬の方向性について書かれた総説を年末特集として紹介することにした。
第一回目は、マサチューセッツ総合病院のグループがマウスモデルで行ったTauとアミロイドの神経変性に関する機能についての研究を紹介する。タイトルは「Tau impairs neural circuits, dominating amyloid-β effects, in Alzheimer models in vivo (アルツハイマー病モデルでTauタンパク質はアミロイドβの作用を支配して神経回路を障害する)」で、Nature Neuroscience 1月号に掲載予定だ。
この研究の売りは、変異型のAβやTauを強発現させたモデルマウスの脳を直接顕微鏡で観察して、Ca流入を指標に神経活動を見たという点だ。そして、変異型アミロイドを過剰発言したモデルマウスで、アミロイドプラークが形成される時期の脳の皮質(6層のうち2/3層に焦点を当てている)では、神経の活動が抑えられるどころか逆に高まっていることを観察する。ところが、異常Tauを発現させたマウスの同じ部位では神経活動が強く抑制されていることがわかった。すなわち、一つ一つの遺伝子の異常では、AβとTauは神経活動に逆の効果があることがわかった。
この結果からTauの沈殿が神経活動を抑えているのではと考えるが、予想に反して、Tauの過剰発現による神経活動の抑制は、細胞内での線維性の沈殿とは無関係で、変異Tau自体の作用であることが明らかになった。
そこで、神経活動を高めるAβとTauの両方同時に発現したらどうなるかマウスを作成して調べると、Aβによる神経活動の更新は完全に抑えられ、さらに皮質全体の活動がTau単独の時よりさらに強く抑えられることがわかった。すなわち、両方が作用しあって今度は強い神経抑制がかかることになる。
最後に、Tauの沈着が起こった時点で、細胞内のTauの発現を抑える実験を行い、新たなTauの発現が抑制されると、Tauの細胞内沈殿が起こった後でも神経活動の抑制が元に戻ることを示している。
結果は以上で、変異Tauの発現自体が神経活動を抑える主要因で、Aβの細胞外への沈着は細胞の活動性を高める。しかし、Tauが組み合わさると、Aβも一緒になって神経の活動を抑える方向に働くという結果だ。この結果は従来考えられてきたメカニズムの説明を真っ向から否定するもので、認知障害に最も関わるのは可溶性のTauの発現そのもので、他の条件はそれを修飾するのではないかと結論している。
この研究が正しいとすると、AβやTauの沈殿を除去するという治療法は効果がないのは当たり前で、Tauのレベルを低下させることが治療につながることになるが、さて専門家はどう評価しているのだろうか。
2018年12月26日
毎年紹介しているが、今年もNature Medicineが、2018年に注目された新しい治療法についてまとめているので紹介する。残念ながら、大型新薬というのはないような気がする。( )内に個人的感想を書いておいた。
期待が持てる治療法
Onpattro
突然変異型のtransthyretinによるアミロイドーシスを治療するためのRNAi薬Onpattroの神経症状を持つ人への適用がFDAにより許可された。同じ標的に対するTegsediも2ヶ月後に認可を受けた。さらに、3番目の治療薬がTafamidsの治療成績が発表されようとしている。その上にファイザーがさらに広い範囲の適用を目指して治験を進めている。(アミロイドーシスでの競争というより、RNAi薬開発競争が反映されていると思う。)
Tybar TCV
腸チフスに対するワクチンで、WHOにより認可された。インドのハイデラバードの企業Bharat Biotechにより開発され、強い抗原と弱い抗原が組み合わせられたワクチンで、接種により87%の人が発病を予防できる。
Aimovig
アムジェンにより開発された、CGRPの機能を抑制することで偏頭痛を抑える抗体薬。同じ趣旨の抗体薬についてはこのカラムでも紹介した(
http://aasj.jp/news/watch/9198)
Lucemyra
麻薬からの離脱治療時に禁断症状を改善するために開発された化合物(lofexidine hydrochloride)。作用機序は、ノルエピネフリン分泌阻害。
Epidioex
マリファナから抽出されたcannabidiolで、FDAの認可を受けた最初のマリファナ由来薬剤。Lennox-Gastaut症候群、およびDravet症候群という希少疾患の子供のてんかん治療にFDAの許可が出た。(これについては他の小児のてんかんに適用を拡大していってほしいと思う)
Oriliaa
子宮内膜症に対する最初の内服薬としてFDAに許可された。ゴナドトロピン放出ホルモンの阻害剤作用を持つ最初の内服薬。Abbvieにより開発された。(Abbvie社は結構頑張っているようだ)
CD19 CAR-T
長期効果の結果が発表され、ALLの患者さんで2年半では83%の患者さんで、病気を抑えることができることがわかった。(これも3社も参入し、大きなお金が動いているが、誰にでも使えるオフシェルフ型の開発が今後のキーになる)
Biktarvy
ギリアドサイエンスにより開発されたHIVに対する薬剤で、すでに認可されたemtricitabine とtenofovir alafenamideに、新しいインテグレース阻害剤bictegravirを合剤にしたもの。(抗ウイルス薬を着々と開発しているようだが、HIVは完治は可能か?)
人工瞳孔
遺伝的な原因で瞳孔が欠損した人に、外科的に装着する人工瞳孔がFDAにより認可された。光に対する過敏性を改善することができる。
乳がん遺伝子診断
個人遺伝子診断サービス23&MeがBRCA1とBRCA2の3種類の稀な変異について、乳癌リスクとしてレポートするサービスをFDAにより認められた。(すでに特許になっていなかったBRCA変異があるとは)
Xtandi
我が国のアステラス製薬が上梓している前立腺治療薬で、アンドロゲン受容体拮抗薬。これまで、転移前立腺癌にのみ適用が認められていたが、今回FDAは転移のない患者さんへの適用を認めた。(これは大型として期待できる)
Emgality
アムジェンと同じで、CGRPを抑えて偏頭痛を軽減するモノクローナル抗体薬。Eli Lillyにより開発された。
(以上が効果が期待される新しい薬剤としてリストされたが、例年と比べるとその期待度やインパクトはかなり見劣りすると言わざるを得ない。大型買収のニュースが話題になった今年だが、新薬開発のペースは維持できているのだろうか?)
期待はあるが少し問題もある
Natural Cycles(避妊アプリ)
基礎体温により避妊サイクルを教えてくれるスマフォアプリで、FDAやEUの認可を受けている。しかし、スウェーデンで35例が避妊に失敗したことが明らかになり、避妊に失敗する率が7%にのぼることが明らかになった。結局完全ではないが、一定の信頼性はある。
アップルウォッチ
心拍を記録する装置としてFDAにより認められていたが、不整脈の不安を煽ってしまって、必要ない程度の不整脈で病院を受診する問題が起こる可能性が高いことがわかった。
バクテリオファージによる炎症性腸疾患治療
バクテリアを殺すバクテリオファージで大腸菌を殺菌し、クローン病を治す治療法の第I/II相治験がようやく許可された。(アイデアは気に入っている)
MGL-3196
非アルコール性肝炎の内服治療薬で、甲状腺ホルモン受容体刺激作用がある。第I/II相治験で肝臓脂肪を低下させ、また症状の軽減に成功した。第3相治験の結果が期待できる。(これは大型に育ってほしい)
ベータタラセミア治療薬
IIb型アクチビン受容体とヒトIgGキメラによるタラセミア治療薬は第3相治験で期待通りの成果をあげた。一方、CRISPR遺伝子編集を用いる期待の鎌形赤血球症を治療法は、FDAに治験開始を差し止められた。(CRISPRに関してはまだまだFDAも慎重のようだ)
BAN2401
我が国のエーザイによるアルツハイマー病に対する抗体薬で、900人を用いた第2相試験でアミロイドプラークを減少させたと報告された。ただ、認知症の症状を軽減するかについてはクエスチョンマークがつけられている。(我が国というだけでなく、世界レベルでアルツハイマー薬として持ちこたえている。)
SPK8011
アデノ随伴ウイルスベクターを用いた血友病Aに対する遺伝子治療は、血友病に対して高い効果を示したものの、アデノウイルスに対する免疫反応が見られ、ステロイドの治療が必要になった。
赤信号がついた治療法
Sildenafil
バイアグラのジェネリック薬。低体重児予防の目的で、180例の妊婦さんに投与され、死産が11例発生した。
Zinbryta
多発性硬化症に対する抗IL-2受容体モノクローナル抗体薬は、強い神経炎症に見舞われ、治験が中止された。
BACE阻害剤
アミロイドの切断を阻害する薬剤として最も期待され、多くの製薬会社により開発が続けられてきたが、メルク、ヤンセン、Eli Lilly, AstraZenecaが相次いで治験を中止した。(個人的には期待していたのに残念)
(全体的に見ると、まず核酸薬の品揃えが、希少疾患を中心に着実に増えており、より一般的な疾患にも拡大すると予想できる。最も期待されているアルツハイマー病に対するBACE阻害剤が現在のところ完全に失敗に終わり、エーザイのBAN2401が踏みとどまっているという、アルツハイマー薬の難しさが際立った記事だ。BACE阻害剤は動物実験レベルでアミロイドプラークを抑えることが示され、Natureにまで論文が発表されている。その意味で、失敗の原因をがアミロイドプラークを抑えられなかったのか、あるいはアミロイドが抑えられても、症状は進行するのか明確にしてほしい。
残念ながら今年は本当に小粒の話で終わってしまった印象が強い。)
2018年12月25日
今年も各紙が一年を振り返る年末がやってきた。クリスマスまでにまずNatureとScienceがそれぞれ記事を掲載している。とりあえず読んでみたが、Natureの方は最初からトランプをはじめとするポピュリズムが示した反科学的政策の問題から始め重苦しい調子の記事で、なんとなく暗い気持ちのまま、あまり科学が進歩したという実感のない記事だった。両紙ともおそらく今回の記事だけでは終わらないような気がするので、今週の木曜日までさらにNatureについては待つことにして、今日はScienceの方の記事を紹介することにした。
1:single cell RNA-seqのインパクト
このコラムでなんども紹介してきたが(例えば近いところで
http://aasj.jp/news/watch/9143)、バーコーディング技術を用いたsingle cell RNA-seqが今年のブレークスルーのトップに選ばれている。特に、これまで細胞レベルだけでは解析が難しいとされてきた発生学で大成功を収めたことは、発生学自体のあり方を変えると強調している。これに、遺伝子編集、あるいは新しい顕微鏡、さらには無限にパラメーターを増やせるin situ hybridizationや免疫組織検出法が組み合わさって、今後細胞と構造という発生学の究極の課題についての研究が新しいレベルに到達することが予想される。このポテンシャルを受けて、多くの研究機関が協力する、人間の組織の成り立ちや発がんを解明しようとするコンソーシアム型の研究が加速している点も特徴的で、これまで難しかった人間の研究が加速すると予想している。私も、この技術から来年何が出てくるか、ワクワクしている。
2、氷河期に起こったディープインパクト
この発見については、個人的には全くフォローしていなかったが、グリーンランド北西部の氷の下に、31kmに及ぶ隕石の衝突によるクレーターが発見されたことが挙げられている。恐竜の絶滅の原因になったと考えられる、7千万年前にできたメキシコの200kmにおよぶクレーターと比べると小さいが、たかだか1万3千年前の出来事である可能性があることから、ホモ・サピエンスの歴史にどのような影響を持っていたのか、興味がそそられる。
3、ネアンデルタール人とデニソーワ人の間の子供の骨が発見された
。
この論文はこのコラムで紹介したが(
http://aasj.jp/news/watch/8831)、アルタイの洞窟から発見された女の子の骨から得られたDNAが、なんとネアンデルタール人の母と、デニソーワ人の父の間に生まれた子供であることがわかった。しかも、この子の母は、同じ地域で見つかっていたネアンデルタール人とは違っているため、広範囲で交流交雑が起こっていることを示唆している。これもライプチッヒのマックスプランク研究所からの論文だが、この分野の進展には全く翳りが見られない。
4、たんぱく質の相分離
特定のタンパク質の集まりが、ほかのタンパク質から分離して濃縮する相分離については、特定の場所に高濃度のタンパク質を集中させるメカニズムとしてスーパーエンハンサーの作用を支える化学的基盤ではないかとこのコラムでも紹介したが(
http://aasj.jp/news/watch/8753)、同じような論文が、特にタンパク質と核酸との相互作用時のメカニズムとして相次いで発表されたようだ。さらに、この液相での分離がおかしくなると、今度はゲル化し、固まるという恐ろしい話も報告されているようで、これが細胞変性の原因ではないかと、治療法の開発が進んでいるらしい。生物学と化学の面白い融合だ。
5、ゲノムデータベースを用いた犯人探し
この論文を読んだときは(
http://aasj.jp/news/watch/9109)私も本当に驚いた。わが国と異なり、5%以上の人が個人ゲノムサービスで自分のゲノムを調べているアメリカでは、なんと100万人を越す人が自分のゲノムデータを親戚探しウェッブサイトに自らアップロードし、それを用いて強姦犯人が相次いで逮捕されるという、全く新しい状況がこの世の中に起こっている。この論文はScienceの論文だったが、Natureでも今年のトピックスとして紹介されていた。個人が自然にネットワークを形成する、私には考えもつかなかった時代が来たことを実感する。一方、この分野で我が国の後進性は突出しており、何がこの原因になっているのか、真剣に考える時がきたと思う。間違いなく、政府の問題も大きい。
6、原始時代の分子の痕跡
この論文は完全に見落としていた。エディアカランの生物群はその化石に残された形から、研究者を魅了してきたが、今年に入ってこのような6億年以上前の化石から、コレステロールなどの脂質が分離された。その結果、Dickinsoniaと呼ばれる植物か動物かよくわからなかった化石が動物であることが明らかになった。
7、遺伝子抑制治療薬の認可
脊髄性筋萎縮症のRNAi治療についてはすでに昨年Science, Natureともに昨年のブレークスルーに選んでおり(
http://aasj.jp/date/2017/12/24)、ほぼ同じ内容が今年もまた選ばれた理由はよくわからない。ただ今年2月にはThe New England Journal of Medicineで(
http://aasj.jp/news/watch/808)成果が報告され、また一回の治療に5000万円、その後も継続して治療が必要であることが話題を呼んだ。
また、今後遺伝子デリバリーの方法が進むことでこの分野はますます発展し、来年も同じような遺伝子治療が続々臨床応用されると期待できること間違いない。
8、新しい分子構造決定法
もともと分子構造研究は私の最も苦手な分野で、このコラムでもあまり紹介できておらず、このトピックスについても全く見落としていた。最近タンパク質の薄層結晶に電子戦を照射して回折像を取ることが広く行われているが、この研究ではこの薄層を作る過程で間違ってできた3D結晶構造が、分子構造解析に利用できることを示した。驚くのは、これまでの結晶解析と異なり、ほんの少しの量の分子で、しかも短時間で解析が完了する点で、創薬分野から大きな期待が寄せられている。
9、新しい天文学
全くの門外漢で正しく紹介できるかわからない。カミオカンデでは大きな水タンクの周りにセンサーを並べてニュートリノを検出しているが、南極の氷で粒子を補足して、下に並べた多くのセンサーで検出するアイスキューブ・ニュートリノ観測所が稼働し、光だけでなく、さまざまな粒子線を用いた宇宙探索が今年始まったことを選んでいる。
10、Me Too
最後は、Me Tooとして知られるハラスメント告発運動を選んでいる。この記事によると、大きな大学では50%の女性研究員、および20ー50%の女生徒が、セクシャルハラスメントを耐えているという調査がでており、極めて深刻であることがよくわかった。いずれにせよ、公的、私的なさまざまな対策が進んでおり、多くの科学者がハラスメント容疑で職を追われている。実際コロンビア大学、ソーク研究所の私の知り合い2人も含まれており、追求が広範囲に渡っていることがわかる。
2018年12月24日
今年の我が国生命科学の最大イベントは、本庶先生の免疫チェックポイント研究でのノーベル賞受賞だろう。ただPD-1が発見される前後の10年は、我が国の免疫学は世界をリードしており、現在臨床になんらかの形で用いられているサイトカインの多くが我が国でクローニングされた時代で、日本での競争が、そのまま国際競争といった時代だったと思う。このように当時を知るものとしては、今回の受賞は我が国免疫学が最も輝いていた時代を代表して本庶先生がもらったような気がしている。
この時期世界でT細胞の反応を調節している分子の遺伝子クローニングが相次いだが、まだ機能の全貌がつかめていない分子の一つが、1990年に報告されたLAG3で、クラスIIMHC によって刺激され、T細胞の反応を抑えるとされてきた。もし本当だと、PD−1のようにチェックポイント治療標的として使えるので、最近になって再検討が始まっていた。今日紹介するエール大学からの論文は、LAG3の新たなリガンドFLP1を特定し、臨床応用の可能性を示唆した論文で1月24日発行予定のCellに掲載された。タイトルは「Fibrinogen-like Protein 1 Is a Major Immune Inhibitory Ligand of LAG-3(Fibrinogen-like protein 1はLAG3の主要な免疫抑制リガンド)」。
研究では6000種類のcDNAを細胞に導入してLAG3と結合する分子を探索し,LAG3がこれまで言われていたMHC IIだけでなく、肝臓で作られるfibirinogen like protein 1(FGL1)と結合することを発見する。基本的には、この発見が研究のハイライトで、あとはFLP1が免疫チェックポイント分子として働いているかを着実に調べている。
まずLAG3は活性化されたT細胞だけに発現し、FGL 1によってT細胞の増殖が低下する。すなわち、FGL 1はLAG3を介して免疫反応を抑えるチェックポイントリガンドになる。
さらにその機能をFGL 1ノックアウトマウスで探ると、免疫システムの異常はほとんど見られないが、時間がたつと抗DNA抗体が検出されるなど、自己免疫症状が見られるようになる。
そこでこの分子をノックアウトしたマウスにガンを移植すると、腫瘍の増殖は強く抑制され、それぞれに対する抗体を用いてがんの増殖を抑制することも可能であることがわかった。すなわち、新しいチェックポイント分子として治療に使える可能性が生まれた。
最後に、ヒトのガンデータベースをサーチして、肺がんやメラノーマの患者さんの予後と、血中FGL1の濃度を比べると、FGL 1が低い人は予後が極めて良いことが明らかになった。したがって、癌が発見された時点でFGL1が高い人を抗体で治療する可能性が生まれたという結果だ。
基本的には、新しいチェックポイント治療の可能性を示した研究で、本当に治療に使えるかは今後時間をかけた検討が必要だろう。ただ、このチェックポイントが他と全く違うのは、リガンドが分泌される点で、その意味で新しい標的としての期待は持てるような気がする。
2018年12月23日
考えるということは、脳内に記憶している別々の表象をあれこれ関連させる、連想を伴う過程だ。この時、たとえば私が今向かっているPCからバナナを連想することはまずない。しかし、アップルを連想し、その後果物一般へと連想が進んでバナナに思い至ることは当然ある。そんなことを考えているとDie Gedanken sind frei(考えるのは自由)というドイツ民謡を連想した(
https://www.youtube.com/watch?v=MKSJ56odw5E)。とはいえもし連想が全く自由だと、病気になるが、逆に創造的な思考には連想が常識的になることを抑制する必要がある。
今日紹介する英国クイーンメリー大学からの論文は、この連想が飛びすぎないように抑えているのが側頭葉のα波の活動で代表される脳活動であることを証明しようとした研究で米国アカデミー紀要オンライン版に掲載された。タイトルは「Right temporal alpha oscillations as a neural mechanism for inhibiting obvious associations(右側頭葉のα振動は当たり前の連想を抑制する神経的メカニズムだ)」。
結論はすでにタイトルに書いてあるので、そうかで終わってもいいのだが、科学者からみると、これをどう証明するかが一番重要だ。当然、人間を使ってしかできない研究で、まずボランティアに連想してもらうことになるが、勝手に連想させたのでは研究にならない。
この研究ではMednick遠隔連想テストが用いられる。この論文で挙げられている例を示すと、walker/main/sweeperに共通に連想される単語としてstreet, すなわちstreetwalker, main street, street sweeperを思い出させる課題を繰り返させる。この時例えばear/tone/fingerの中から2つの単語を選んで、それにフィットする単語を選べという課題の場合、ringすなわちearing, ringfinger以外には無いようなのだが(確かめたわけではない)、この時earとtoneはもともと内容が近い単語なので、そちらに気が取られて正解が出にくい。すなわち、当たり前のear とtoneの連想を抑制する必要があり、この時の側頭葉の役割を調べることで、連想の自由さを阻むメカニズムがわかるというわけだ。実験としては、引っ掛けていない連想と、普通のつながりを抑制する必要のある引っ掛けのある連想を行なっている時の、脳活動を調べ、あるいは操作して連想テストの正解率を調べることになる。
前置きが長くなったが、この研究で一番驚いたのは、引っ掛けのある課題を解くとき、右側の側頭葉にα波の波長で脳波とは逆相の刺激を外からかけると、抑制が外れて、ひっかけ連想テストの正解率がグンと上昇する結果だ。これに相当して、ひっかけ問題では当然正解率が落ちており、その時には側頭葉のα派が高まっていることも確認している。
最後に、もう一度今度はひらめきをテストするalternative uses taskの結果に、側頭葉に流したα逆相電流の効果を調べ、側頭葉のα波を抑制した時に確かに閃きの程度が高まるという実験も行っている。
結果はタイトルで全て尽くされている研究だが、実際の実験は大変であることがわかってもらえればいいと思う。しかし、これが正しいとすると、何か創造的仕事に携わる時、側頭葉のα波を抑える電流を流してくれる、「閃きハット」の販売も近いような気がしてくる。
2018年12月22日
高脂血症に用いられるスタチンがガンの増殖を抑える場合があることが報告されてきたが、その詳しいメカニズムについてはよくわかっていなかった。今日紹介するコロンビア大学とスローンケッタリング癌研究所からの論文は、この疑問を詳しく解析した論文で来年1月27日のCellに掲載予定の論文だ。タイトルは「p53 Represses the Mevalonate Pathway to Mediate Tumor Suppression (p53 はメバロン酸合成経路を抑制して腫瘍の増殖抑制に関わる)」。
このグループはスタチンの標的メバロン酸合成経路がp53が変異したガンで上昇していることを見出していた。すなわち、p53のガン増殖抑制効果はステロールの合成を抑制することも貢献している可能性がある。そこでまず ガン細胞株を用いてp53を活性化すると、期待通りガン細胞のメバロン酸合成経路に関わる15種類の酵素が抑制されることを明らかにする。また、ガンのデータベースを調べ、p53の欠損したガンではメバロン酸合成に関わる遺伝子発現が上昇していることを明らかにする。
次にp53がメバロン酸合成経路遺伝子を活性化するメカニズムを追求し、p53によってSREBP-2分子の成熟が抑制され、この結果この分子のプロモーターへの結合が抑えられることを明らかになった。これまでの研究でSREBP2の成熟がABCA1と呼ばれる分子によって調節を受けている事が知られているので、次にp53がABCA1の転写に関わるかどうかを調べ、p53の活性化により直接ABCA1の発現が調節を受けていることを明らかにした。
以上の結果から、p53はABCA1の転写を高め、ステロールが低下に対するSREBP1の成熟を抑え、メバロン酸合成過程の分子の発現を抑えていることがわかった。逆に言うと、p53が変異したガンでは、この経路が働かず、その結果ステロールが低下する環境では速やかにメバロン酸合成が始まりガンに兵糧を送っていることがわかった。
最後に、p53変異により上昇しているメバロン酸合成をスタチンで止めることで、ガンの増殖を抑えられるか肝臓ガン細胞移植モデルで調べ、アトロバスタチン投与でガンの増殖を半分程度に抑えられること、またABCA1遺伝子の転写を抑えることで、様々なガンの増殖を抑えることができることを明らかにしている。
以上、スタチンがガンの増殖をおさえるメカニズムの一端を納得することができた。もちろん効果は根治的ではないが、P53の機能欠損した肝臓癌では、スタチン投与は病気を安全に抑える薬剤として使えるのではと思う。さらにこの研究では、コレステロールの小胞体輸送に関わるトランスポーターABCA1が癌治療の標的になる可能性も示している。実際ABCA1の機能抑制化合物も知られており、今後治療が難しくなった肝臓癌などで利用されるのではと期待している。
いずれにせよ、ガンを兵糧攻めにする様々なルートが明らかになり、対症療法であっても、安全な治療法が出来上がることは素晴らしい。