10月20日:なぜ夕暮れでも真昼でも本を読めるのか(11月2日号Cell掲載論文)
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10月20日:なぜ夕暮れでも真昼でも本を読めるのか(11月2日号Cell掲載論文)

2017年10月20日
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歳をとると目の調節機能が落ちてきて、あまり明るい場所や、暗い場所で本を読むのが難しくなる。幸い、タブレットやKindleなど一定の光量で活字を読むことが可能になって、本当にありがたく思っている。しかし改めて考えると、私たちは昼から夜まで、大きな輝度の変化に対応して、視覚の感度を調整できるのには驚く。カメラを例えに言うなら、全体の光量を感知して、画像センサーの閾値を普段に調整している。この輝度センサーに当たる細胞が15年前発見されipRGCと名付けられた。

これまで、ipRGCはカメラの輝度センサーと同じで、広い輝度のダイナミックレンジをカバーして、視細胞を調節していると考えられてきたが、今日紹介するハーバード大学からの論文はこの考えを覆した研究で11月2日発行予定のCellに掲載された。タイトルは「A population representation of absolute light intensity in the mammalian retina(哺乳動物の網膜で光の絶対量は集団的に表象されている)」だ。

多くの細胞を同時に記録する方法が全盛のこの時代に、この研究では一個一個のipRGCを丹念に記録する方法だけを用いている。しかし、考えてみると網膜は複雑な組織で様々な細胞が入り混じっており、この方法が最も信頼できる。さらに、光を感じる時の変化を安定な信号に変えて次のシナプスに伝達する軸索でのシグナルを明確に区別することも重要になる。

この研究ではipRGCに特異的に発現するメラノプシンを発現する細胞を蛍光ラベルで特定し、一眼について一本づつ、ipRGC軸索のシナプス端末近くでパッチクランプよう電極で興奮を記録している。これだけで、途方もない努力であるのがわかる。パッチ電極を設置後、網膜にゆっくり段階的に輝度を上昇させた光を照射し刺激に対する反応を調べると、 1)輝度の上昇に対するipRGCの反応パターンはほぼ同じだが、反応が始まる輝度はまちまちであること、
2)それぞれは輝度に対する感受性に応じた閾値にに達すると活動を停止するが、また暗くなって自分の感度に戻ってくると活動を始める、
ということがわかった。すなわち、同じダイナミックレンジの広い輝度センサーで調節する代わりに、異なる閾値を持った細胞集団で広い輝度レンジをカバーしていることがわかった。

この発見がこの研究のハイライトで、これは一本の神経を丹念に記録することでしかわからない。あとは、それぞれの神経が光による刺激に極めて敏感に反応することで、一定の輝度に達すると軸索のナトリウムチャンネルを抑えるように働くこと、この閾値はメラノプシンの産生量によること、このシステムのおかげで高輝度の光で全ての神経が過分極することなく、急に周りが暗くなっても、これまで抑制されていた神経が活動できることなど、詳しい特性を明らかにしているが、詳細はいいだろう。数理が全く使われず、素人にもわかりやすい力作だと思う。


もともと神経生理学は一本の神経の活動を記録することから始まったが、この伝統を守りつつ、新しい方法を取り入れて領域が急速に進歩していることがよくわかる。いずれにせよ、視覚認識の仕組みを知れば知るほど、それを記憶できている自分の脳に驚嘆する。
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10月19日:脳内の2領域の活動を電磁場でシンクロさせて結合を高める(10月9日号米国アカデミー紀要掲載論文)

2017年10月19日
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今週「レナートの朝」の著者・オリバー・サックスが書いた、「音楽嗜好症」という本を読んだが、この中に雷に打たれた後、急に音楽に目覚め、ピアノが弾けるようになった整形外科医の話が紹介されていた。この例は、私たちの脳がもつ隠された能力を、外部から電気的な刺激で解放できることを示している。事実、2014年9月に紹介したように、頭蓋の外から電磁波を照射して脳機能を操作する研究が急速に進んでいる(http://aasj.jp/news/watch/2132)。私たちの神経がvoltage gated channelによって興奮する性質を考えるとこのような可能性が追及されるのは当然のことだが、これまでの研究では特定の場所一箇所に刺激を与えた後、脳機能を調べるというのが普通だった。ただこの方法だと、刺激された領域とつながる領域が全て変化させられ、特定の領域間の結合のみを特異的に高めることは難しい。

これに対し今日紹介するボストン大学からの論文は、神経結合があることがわかっている脳の2領域を同時に刺激して同期させたり、同期を阻害することで領域間の結合をポジティブにも、ネガティブにも特異的に操作できることを示した研究で10月9日号の米国アカデミー紀要に掲載された。タイトルは「Disruption and rescue of interareal theta phase coupling and adaptive behavior(領域間のΘカプリングを混乱させたり復活させて適応行動を操作する)」だ。

この研究では、情報に合わせて行動を適応させる反応が起こる時、同じΘリズムで同期する内側前頭皮質と(MFC)、外速前頭皮質(LFC)を選んで、電磁波で刺激し、刺激の適応行動への効果を調べている。刺激はΘリズムと同じ6HZの電磁波を用いるが、それぞれの領域を同じ位相の電磁波で刺激するグループと、位相が逆の電磁波で刺激するグループに分けている。前者では両領域の活動リズムの位相の同期は強まり、後者の場合は同期が阻害される。

この処理を20分続けた後、1.7秒のインタバルを「早い、遅い」という情報に従って正しく推定するゲームを行わせている。このゲームでは、正しい推定ができるまで、早い、遅いと情報を与えてフィードバックを行うが、この時MFCとLFCがΘリズムで同期することがわかっている(この研究でも確認している)。従って、もし両領域を位相をそろえたΘリズムで同期させれば、フィードバックを助けることになり、逆位相の刺激で同期を阻害するとフィードバックが邪魔され正解が出にくくなると予想される。

結果は予想通りで、位相をそろえた電磁波で刺激すると、テストの成績は上がり、逆の位相の刺激を与えると、間違いが増え、最後はやる気をなくしてしまう。さらに、逆の位相の刺激を与えて、両領域間の同期を阻害し、課題がうまくできないようにした後、強制的に電磁波で位相を同期させると、課題を処理する能力を回復させることも示している。

この研究では、行動テストだけで刺激の効果を判断しているため、本当に解剖学的に結合性が上昇したのかなどは分からない。しかしここまで期待通りの結果が出ると、今後MRIの検査などを用いた研究が行われるのも時間の問題だろう。 残念ながら、現在はまだ操作のしやすい、前頭前皮質の領域の刺激が行われているが、今後感情に関わる辺縁系や脳幹など脳の深い領域の刺激が可能になると、自閉症などの結合性を変化させ、社会性を回復させる可能性も出てくるのではないかと、私は大きな期待を寄せている。 最初に述べた例のように、電磁波を用いて能力開発が可能になることがわかってくると、遅かれ早かれ実際の臨床応用に踏み出すだろう。計画どうり安全にこのような脳操作が可能なら、発達障害などの治療には確かに朗報だが、倫理的な問題も間違いなく生じる。何が正常で、何が異常かを含め、そろそろ脳操作についての倫理問題を議論する時期が来たと思う。
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10月18日:抗PD-1抗体治療経過を徹底的にモニターしてみる(11月2日号Cell掲載論文)

2017年10月18日
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メラノーマ治療からスタートし、抗チェックポイント治療は今や様々な腫瘍治療の中心の地位を占めつつある。ただ、効くか効かないかは出たとこ勝負という予測不可能性の問題は今も解決できていない。要するにガンに対する免疫反応が枯渇するのを止める治療と考えられるので、PD-L1などのリガンドをはじめ、キラーT細胞マーカーなどを指標として効果を予測する論文が多く発表されているが、まだまだ決め手に欠けるのが現状と言えるだろう。とすると、多くの患者さんで、治療前後の免疫反応や、ガン側の変化を徹底的に調べたいところだが、患者さんの協力を得ることは簡単ではなかった。

今日紹介する米国スローン・ケッタリングガン研究所からの論文は、なんと68人もの患者さんの協力を得て、抗PD-1抗体を用いたチェックポイント治療の、治療前、治療中のガン組織をいただいて、その組織を様々な角度から徹底的に調べた研究で、11月2日号のCellに掲載された。タイトルは「Tumor and microenvironment evolution during immunotherapy with Nivolumab(ニボルマブによる免疫治療中の腫瘍とその環境の進化)」だ。

このニボルマブは我が国ではオブジーボとして今最も注目されている抗PD-1抗体だが、この研究では治療前、および治療開始後1ヶ月目に腫瘍組織をバイオプシーで採取、ゲノムや遺伝子発現について詳しく調べている。対象となった患者さんの半分は、すでにもう一つのチェックポイント治療抗CTLA4抗体治療を行って効果がなかったためニボルマブに切り替えた患者さんが使われている。

治療効果だが、全く効果なしが半数、ガンは縮小しないが大きさは安定しているグループが3割、そして残りの2割で1ヶ月後ですでにニボルマブの効果が見られている。これは他のデータとほぼ一致している。この治療効果と相関するガンおよび周囲組織の構成を、ゲノムと遺伝子発現から調べたというだけの研究だが、これだけの症例から組織を集めたことが重要だ。詳細を省いて、重要な結果だけを箇条書きにまとめると、

1) これまでの報告と同じで、メラノーマのゲノムの変異が多いほどニボルマブの効果がある。
2) ニボルマブの治療の効果がある患者さんでは、ガンの突然変異や変異の結果起こるガン抗原の数は著しく低下する。すなわち、変異を持つガンはほとんど免疫反応で除去される。一方、効果のないグループのガンでは突然変異の数が増える。
3) 周囲細胞を含んだ組織の発現遺伝子を比べると、効果が見られるガンでは免疫や炎症反応に関わる遺伝子が発現している一方、低下するのはガンの増殖に関わる遺伝子。
4) T細胞受容体CDR3領域の配列からガン組織に浸潤しているT細胞のレパートリーを推定できる。このレパートリーは、治療に反応する人ほど多様で、また効果がある人では特定のレパートリーが増加していることが明らかになった。また、抗CTLA4療法を既に受けた効果が得られなかった患者さんの多くは、抗体治療にもかかわらずT細胞が増殖できず枯渇したことで治療が失敗しており、これをニボルマブで増強できることも示している。

例えばエクソームにしても150coverageのレベルで解読するなど、徹底的なデータ集めがされており、協力した患者さん共々頭が下がるが、まとめてしまうと、
T細胞はガン特異抗原が多いほど多くのクローンが反応し突然変異を持つガンを叩く結果、逆に残ったガンの突然変異は減るように見える。したがって、ニボルマブ治療1ヶ月目で、突然変異が減っていなかったら、効果はないとして治療を打ち切る方がいい。一方、抗CTLA4治療が効かない場合も、ニボルマブが効く人が2割はいると思って、薬剤を切り替えることも問題ない。できれば、ニボルマブ治療前にエクソームを徹底的に調べて、突然変異の数やT細胞レパートリーを調べることは効果予測に役立つが、絶対ではない。
など、まあ常識的な結論で終わっている。しかし、集められたデータは貴重で、ぜひ多くの医師や研究者に活用して欲しいと思う。

実際に患者さんを見ている医師が、診療の中から思いついたヒントをこのようなデータベースを用いて確かめるようにする訓練が必要な時代が来たと思う。
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10月17日:熱いお風呂は顔面や心臓の発生異常の原因になるか?(10月12日号Science Translational Medicine掲載論文)

2017年10月17日
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現役時代、私たちの重要な研究対象だった神経堤細胞は、神経管で誕生した後、長い移動を経て様々な臓器に落ち着き、形態形成に関わる。体の中で最も複雑な形態を示す顔の骨や筋肉はすべて神経堤細胞がそれぞれの場所に移動して形成されるし、複雑な発生過程が必要な心臓にも移動して様々な場所で形態形成に関わる。この過程の異常の一部は遺伝的要因が特定されているが、ほとんどが発生過程でのアクシデントで起こることがわかっている。この危険因子の一つとして、母親の発熱が知られており、さらに感染による発熱だけでなく、熱いお風呂に入ることも神経堤細胞由来器官の発生異常が起こることも報告されている。

今日紹介するデューク大学からの論文はこの熱による神経堤細胞の発生異常のメカニズムを解明した研究でで10月12日号のScience Translational Medicineに発表された。タイトルは「Temperature activated ion channels in neural crest cells confer maternal fever associated birth defect(温度で活性化される神経堤細胞のイオンチャンネルが母親の熱による出生異常が誘導される)」だ。

発熱による発生異常のメカニズムを調べるため、著者らは神経堤発生研究に伝統的に使われてきたニワトリをモデルとして選び、まず発生過程で一過性に高温にさらすと、顔面と心臓の奇形が多発することを明らかにした。

この原因が、神経堤細胞に発現している熱に反応して開くカルシウムチャンネル( TRPV)が刺激される結果ではないかと考え、ニワトリ神経堤細胞での遺伝子発現を調べ、TRPV1,TRPV4の2種類が発現し、温度を40度にあげるとチャンネルが活性化することを突き止める。また、刺激実験からニワトリだけでなくマウスの神経堤細胞でも両方のチャンネルが働いていることを確認している。

次に、チャンネルの阻害剤を用いて、熱による奇形を防げないか検討し、TRVP4は正常の神経堤細胞発生過程でも働いており、阻害するだけで奇形が出ること、一方TRVP1は正常発生には働いていないが、阻害剤で胎児を処理することで熱による奇形の発生を完全ではないが抑えることができることを示している。

最後にTRPVを刺激すると奇形が発生するのか調べるため、凝った実験系を用いている。すなわちTRPV1、TRPV4に鉄結合性のトランスフェリンを結合させ、電磁場で活性できるようにした遺伝子を合成(http://aasj.jp/news/watch/5022参照)し、この遺伝子を発生中の胎児に導入して、任意のステージでにTRPVを遠隔操作で活性化できる系を確立している。この系で発生中の胎児を電磁場に晒すと心臓、顔面の奇形が発生することが確認された。

以上の結果は、神経堤細胞の発生中に熱にさらされるとTRPV1,4が活性化し、心臓や口蓋裂などの顔面奇形が発生する可能性を明確に示している。残念ながら、TRPV活性化が神経堤細胞の何を変化させるのかは全く不明のままだが、おそらく胎児の発生異常防止に関して重要な貢献ではないかと思う。 これまで、高い温度のお風呂は妊婦さんによくないことは知られていたが、その理由が子供の奇形を誘発する可能性があるからということは考えられていなかった。もしこの論文が正しければ、妊娠12週までは熱い風呂に入るのは我慢した方がいいことになる。我が国は特に風呂が生活に根付いている。しかし奇形が減るなら、妊娠が疑われたら3ヶ月間はぬるい風呂か、シャワーで我慢しても何の問題もないだろう。
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10月16日:思い込みから副作用が生まれるメカニズム:良薬(と思えば)口に苦しの脳回路(10月6日号Science掲載論文)

2017年10月16日
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10月5日に紹介した強迫神経症のように、人間でしか研究ができない脳研究のテーマは数かぎりない。今日紹介するハンブルグ大学からの論文はそんな極め付けの例で、よくこんなテーマを選んだと感心した。タイトルは「Interaction between brain and spinal cord mediate value effects in nocebo hyperalgesia(脳と脊髄の相互作用により知覚過敏症の価格依存的ノセボ効果が生まれる)」で、10月6日号のScienceに掲載された。

思い込みで薬の効果が生まれるプラセボ効果はほとんどの人に馴染みがあると思うが、タイトルにあるノセボ効果は馴染みが薄いかもしれない。これはプラセボの逆で、何も入っていない偽薬でも投薬を受けたと思うだけで、副作用が出ることを指す。従って、新しい薬剤やワクチンの治験では、プラセボ効果と共に、ノセボ効果が同時に調べられている。

この研究では、健康な人にアトピーに対する2種類のクリームの安全性を調べる試験を行うという設定にしている。使うクリームは偽薬だが、パッケージだけを変えて一目で値段が安い、あるいは高いと思わせるよう仕向けている。次に、被験者にコントロール(含まれる成分は同じ)とノセボの両方を腕に塗ってもらって、ノセボと比較させるが、最初ノセボの方を少し熱くしておいて、ノセボの方が知覚過敏を誘導しているという先入観を与えておく。

こうしてノセボに対する先入観を植え付けておいて、次に同じノセボを今度は温度をコントロールと同じにして腕に塗り比較させるが、この時脳と脊髄の機能的MRIを同時に撮影、皮膚の痛み感覚神経の活動と、脳の活動を測定し、脊髄での痛み感覚にクリームの値段に関する知識がどのように相互作用するか調べている。

簡単な話に聞こえるかもしれないが、実は脳と脊髄のMRIを同時に撮影することは簡単でなく、この測定方法を開発したことがこの研究の最も大きなハイライトだ。

さて、結果だが、ちょっと温度を変えるだけでノセボ効果を誘導することができる。この研究では、このノセボ効果が、値段が高いクリームという思い込みによってより強まり、感覚過敏も長く続くと訴えることを明らかにしている。このように、私たちはちょっとしたきっかけで、薬に対する思い込みを形成してしまい、これが副作用の訴えにつながることがはっきりした。さらに、値段が高いと、よく効く成分が含まれており、副作用も強いと考えてしまうことも確認された。

この時、機能的MRI検査を行うと、腕の感覚神経が走る第6頚椎(C6)レベルの脊髄を含め様々な場所が活動しているのを捉えることができるが、値段に対する思い込みで最も差が出るのが、C6脊髄の中央後ろ側、中脳の水道周囲灰白質(PAG)、そして前帯状皮質(ACC)で、C6とPAGはノセボ効果と比例する一方、ACCの活動は反比例することがわかった。

この結果は、値段が高いという思い込みは、ACCの活動を抑え、その結果抑制が外れたPAGの活動が上昇して、C6感覚に強く介入するというシナリオを示唆している。

「良薬口に苦し」ならぬ、「良薬と思えば口に苦し」の回路が明らかになった。この回路は、これまでのプラセボ効果研究で明らかにされていた回路で、ノセボに関わっていると聞いても特に驚きはないのだが、実際の中枢神経活動の差として示されると、副作用の評価がいかに困難かよくわかる。
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10月15日:指紋の一致は本当に動かぬ証拠か?(米国科学振興協会レポート)

2017年10月15日
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ニュース以外あまり一般TVを見ることはないが、刑事ドラマだけは別だ。特に、ミステリーというより、あまり難しくない気楽なドラマの方が好きで、何と言っても「ながらテレビ」に向いている。ドラマではもちろん犯人特定には鑑識が活躍する。最近はDNA鑑定がよく登場するが、見ながらいつも「実験は適切に行われているの?」「裁判員がDNA検査が絶対と思うのは危険だ?」などとブツブツ言ってしまう。そんな私も、「指紋が一致した」と鑑識報告が来るシーンには何の違和感も感じない。はっきり言って、絶対と思ってしまっている。

この誰もが「絶対」と考えてしまう指紋の信頼性にすらメスを入れ、議論を重ねた9月15日発表の米国科学振興協会のレポートが発表されたので紹介する(https://www.aaas.org/report/latent-fingerprint-examination)。

このレポートは180ページを越す大部なもので、私も全部読み通すほどの時間はない。とはいえ、最初のサマリーと、提言を読むだけでも、採取した指紋の信頼性を敢えて問うことで、裁判における科学のあり方を問い続ける米国の司法の健全さが浮き彫りになるレポートなので、このサワリ部分を紹介する。

1:この調査が始まった経緯。

  吐き気を抑える薬剤(Bendectin)の催奇形性をめぐって争われた裁判で(1993)、米国最高裁は、法廷での科学的エビデンスとは何かを定義するが、本当に裁判官が何が科学的エビデンスかを判断できるのか、議会をはじめ様々な批判が湧き上がった。この問題に答えるため、法廷で用いられる科学的エビデンスについての再検討が始まり、指紋も聖域視されずに専門家委員会が設けられ、議論することになった。

2、議論された問題と、それに基づく提言

I. 指紋は個人特定方法として信頼できるか?
指紋自体は、親族間ですら重複のない、科学的個人特定手段として認められる。しかし、指紋の違いを定量化することはできておらず、検査官の能力に依存している。

提言:存在する指紋データに基づいて、指紋の一致度を定量化する方法の開発が急務。

II 指紋が残った条件、採取までの時間などで予想される指紋の変化。

指紋が残された時の条件により、指紋が変化することは科学的に研究され、様々な変化を受けるにしても信頼できる判定が可能なことは証明されている。ただ、この変化により検査官が判定を間違う確率についてはほとんど研究されていない。

提言:残された指紋の変化する条件についてはさらに研究を続け、検査官が間違いを犯す原因を明確にする。

III 自動指紋照合システムの精度を検証する方法はあるのか。

  照合自動化は重要な課題で、現在では大量データ処理に欠かせないが、精度でどうしても劣っていることは認識すべき。

提言:指紋照合を見落としなく、定量的に行う自動システムの改良は急務で、官民が協力してコンペなどを行いながら、開発を進める。

IV 指紋照合への思い込みの影響はないのか?また、それをどう評価するか?

検査官の思い込みが結果に影響することを示す研究は多い。思い込みの原因は多様で、検査官も自覚せず、特定が難しい。

提言:思い込みが起こることを前提にして、鑑識過程をマニュアル化する。例えば、鑑識過程を全く捜査から切り離す。

V 検査官の能力を科学的に評価する方法はあるのか?

検査の精度や解釈は、検査官の経験や能力により左右されることはわかっているが、能力を客観的に評価し、検査官にフィードバックすることはほとんど行われていない。

提言:能力評価のための研究を続けるとともに、様々な間違いが起こることを前提に、定期的評価を行うとともに、司法も人的要因による間違いの可能性を組み込んだ判断が必要。

VI 指紋照合結果についての検査官のレポートの表現法。

「完全な一致」といった絶対的断定が行われやすいが、司法判断の間違いを避けるためにも、定量的な表現法が必要な事は多くの組織から指摘されている。市民も、鑑識結果を動かぬ証拠ではなく、意見として理解すること、指紋が一致しても、他のすべての可能性が確かめられたわけではないことを理解する必要がある。

提言:断定的鑑識報告は慎み、特にそれだけで犯人が特定できるようは表現は慎むべき。また証言するときも、独断を排して率直に答えられる司法システムの改善が必要。そして、裁判員、警官、弁護士、裁判官などが指紋照合結果をどう受け取っているかなどの調査を行い、「科学レポートとしての照合結果」の理解の徹底を図るべき。



まとめると、指紋は個人特定方法として十分科学的根拠はあるが、照合定量化のための世界標準はできておらず、また検査過程及び、解釈過程での間違いの危険があることを十分考慮して司法判断に使うと共に、正確な判断のためにはまだまだ研究する余地があるという結論だ。

この結果を端的に表すのが、提案された照合結果表現方法で、以下に訳出しておく。
「採取された指紋と、OO氏の指紋は、指紋隆線の各部の詳細のほとんどで、異なる個人からの指紋であることを示すに足るだけの違いが認められない。実際には、比較に利用した隆線の特徴が他の個人の指紋には存在しないと言えないことはわかっているが、今回の類似は、自分が見た不一致の比較例から見れば、はるかに一致していると言える」

指紋という、伝統ある個人特定方法ですら常に検証の手を緩めない米国の健全さをあらためて見た思いがする。
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10月14日:自閉症の全ゲノム解析からわかること(10月19日号Cell掲載論文)

2017年10月14日
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双生児の詳しい研究からわかるように(http://aasj.jp/news/watch/1517)、自閉症は遺伝的要素が高く、また大規模ゲノム解析の結果、100近くの自閉症の発症と相関のある遺伝子がリストされている。確かに一部の症例では、明確な突然変異を原因として特定し、同じ遺伝子の突然変異を持った動物モデルまで作ることができている。しかし同時に、親から遺伝するのではなく、新しい突然変異が自閉症の患者さんで積み重なることが病気の発症に関わっていること(http://aasj.jp/news/watch/2374)や、もちろん胎児期にさらされる様々な要因も発症に関わっていることがわかってきた。ともすると、遺伝性ばかりが強調されるが、実際には多くの遺伝子機能の小さな変化が重なって起こること、変異のほとんどは片方の染色体に限局しているため、遺伝子発現の量の病気であること、そして胎児期のストレスを軽減すること、そして成長期の脳の発達を助けるなど、様々な治療可能性がある。ただ、そのためには多様な患者さん一人一人について詳しい科学的研究を進めることが重要になる。

今日紹介する米国ワシントン大学からの論文は、自閉症コホート研究に登録されている親兄弟の全ゲノム解読を行い新たに起こる突然変異について解析した研究で10月19日号発行予定のCellに掲載されている。タイトルは「Genomic patterns of de novo mutation in simplex autism(孤発性の自閉症に見られる新しい突然変異)」だ。

米国では自閉症児が一人だけ生まれたが親や他の子供は正常と診断されている2600家族が登録され、追跡されている。この中から、まず家族性はないと言える孤発性の組み合わせを516家族集め、すべてのメンバーの全ゲノムを解読して、自閉症の子供に新たに起こりやすい変異を特定しようとしている。しかし、口で言うのは簡単だが、高速コンピューターが使えても、途方もない仕事だ。従って、随所にポジティブな結果を出そうとする努力が行われている。実際、自閉症の子供だけに見られる突然変異が簡単に見つかるわけではないようで、著者らも500程度でなく、もっと大きな数の研究が必要だとしている。

もちろんすでに同じような研究が行われており、それを合わせて精度を上げることの重要性も指摘されている。しかし、ビッグデータの論文になると、どうしても興味を持ったポイント以外は無視されたまま報告されることが多いことも指摘している。このような重要データはできるだけ早く公開するため、Cold Spring Harbor研究所がbioRxivというサイトを運営し(https://www.biorxiv.org/)、論文発表までデータを公開することができるが、著者らは、ここに登録した最初のドラフトと、発表された論文の解釈が違っていることも、データを統合していくためのハードルになっていることを指摘している。おそらく、査読の過程で、記述を変えさせられたのも多いのかもしれない。著者の本音を知るためには、bioRxivを調べるのも重要だ。

少し脱線したが、この難しさを理解した上で、この研究から明らかになったことをまとめると次のようになるだろう。

1) タンパク質に翻訳されるエクソームだけの解析でなく、全ゲノム解析を行うことで、重要な変異の見落としがなくなる。最近、特定の遺伝子や領域に絞り込んで遺伝子診断を行うための開発が進んでいるが、思わぬ落とし穴があるかもしれない。
2) 自閉症児にはアミノ酸配列の変異を起こす、ミスセンス変異が2倍高い。
3) 転写やRNAプロセッシングに必要なゲノム部位に絞って比べると、自閉症児のみで増加が見られる。
4) 自閉症児では、脳の線条体で発現しており、これまで自閉症との関わりが示された遺伝子を中心に、2個以上の変異が見られ、幾つかの遺伝子変異が重なった時に自閉症が発症する可能性が示唆された。

華々しい成果というわけにはいかないが、大変な努力をして、精度の高い自閉症ゲノムについての研究が進んでいるのを実感できる重要な貢献だと思う。なぜ特定の遺伝子変異が重なるのかなど、まだまだ知りたいことは多い。しかし何よりも、コホート研究として3000近い家族が追跡されていることを知ると、国を挙げての努力が続いているのがわかる。
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10月13日:手術の腕に男女の差はない(10月10日号British Journal of Medicine掲載論文)

2017年10月13日
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熊本大学、京都大学の医学部で20年近く教授を務めたが、教授会に女性の外科教授はいなかった。少し古いデータだが、昭和24年の統計では、女性の比率は全医師で19%になっているのに、一般外科医で7.1%、脳外科医で4.9%、整形外科医で4.4%に止まっている。要するに、様々な理由で労働条件が悪い外科が女性から敬遠されている。しかしこれはわが国だけの問題ではないようで、女性医師の比率が高い米国やカナダでも、同じように女性の外科医は少ない。問題はこの状態が続くと、女性の外科医は男性より腕が落ちるという先入観が根付いてしまうことだ。調べたことはないが、おそらくこの先入観を持っている一般の人は多いのではないだろうか。さらに、男性医師の間にも同じような先入観はあるのではないだろうか。とするとまずこの先入観が正しいのかはっきりさせることが重要だ。

ちなみに、では私はどうかと考えてみると、女性外科医すら想像できない世代に属しており、上手い下手などの判断ができない。

今日紹介するトロント大学からの論文は25種類の一般的外科手術の成績を男性と女性の医師で比べた調査で10月10日号のBritish Medical Journalに掲載された。タイトルは「Comparison of postoperative outcomes among patients treated by male and female surgeons: a population based matched cohort study(男性と女性の外科医に手術を受けた患者さんの術後の経過の比較:住民に基づいた症例対照研究)」だ。筆頭著者は、外科のレジデントで、大学で教えていた私としては、重要な問題に気づき、忙しい仕事の中でよくまとめ上げたと褒めたいと思い取り上げた。

調査は、2007年から2015年までオンタリオ州で行われ、公的、私的な保険請求により、誰が執刀医であるかが追跡できる手術の中から、ほとんどの外科領域カバーする25種類の手術を選び、手術後30日までに、死亡、合併症、再入院などの問題の発生の有無で手術の成否を判断している。

選ばれた手術は虫垂炎のような簡単なものから、脳腫瘍手術、股関節置換術まで広い範囲にわたっており、男女の成績を正しく判断できるよう設計されている。この結果、それぞれの手術ごとに、男女の成績が正確に出るよう補正を行っている。カナダの場合、約2割の手術が女性により行われているが、脳外科、心血管外科手術や泌尿器外科手術などは女性の割合が極端に低い手術は多く、男女が同じように働いているとは言い難い。従って、データ解析も手術の種類などが反映されないように補正が必要になる。

さて結果だが、補正前、補正後を問わず、優位な男女差はほぼない。各分野で見ても、耳鼻咽喉科を除くと、女性の方が若干成績が良いようだ。特に、形成外科では圧倒的に女性が優れている。従って、女性は外科に不向きというのは間違った先入観であることが示された。

今年の2月、JAMA Internal Medicineに高齢者の医療処置後の合併症は、女性医師にかかった方が少ないという論文が発表され話題になった(JAMA Internal Medicine, 177:206, 2017)。ただ、内科の治療は主治医が決まっていても、チーム医療の程度が強い。これに対して、外科の場合執刀者ははっきり決まっているので、今回の結果はより能力の男女差を反映していると言えるだろう。

もちろん、同じ手術でも難易度は違う。男性優位の歴史が長いと、難しい手術は経験の豊富な医師が出てくることになり、結果を左右するだろう。さらに詳しい症例の検討は必要だと思うが、ともかくこのようなエビデンスが出ることが、女性外科医を増やす第一歩になる。今後もこのような調査を繰り返し、エビデンスでこのような先入観を取り除くしか、女性に外科の方を向いてもらうことはできない。男性医師も、今のままでいいと居直らないで、出産、育児の可能な労働環境整備をともに要求し、多くの女性外科医を受け入れる努力が必要だろう。医療現場で男女差があるようだと、女性の輝く社会など絵空事で終わる。
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10月12日:心筋再生の細胞内メカニズム(10月12日号Nature掲載論文)

2017年10月12日
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今年6月、心筋梗塞の全く新しい治療開発につながる可能性を秘めたNature論文を紹介した。この研究では、心臓の再生を促進する細胞外マトリックスAgrin1の発見で、心筋梗塞を起こした後Agrinを梗塞部位に注射すると、驚異の回復を示すという結果だ(http://aasj.jp/news/watch/6955)。一方、同じNatureに細胞外マトリックスと相互作用を行っているHippoシグナルが心筋の再生を抑制するという論文も発表されていたが、やはりAgrin1を注射する実験のインパクトと比べると見劣りしていた。

今日紹介する論文は、6月にHippoシグナルによる心筋再生抑制について論文を発表していたグループが、心臓再生を抑えるHippoシグナルの下流の一つParkin2の機能について明らかにした研究で、前回の続きと言っていい。タイトルは「Hippo pathway deficiency reverses systolic heart failure after infarction(Hippoシグナル経路は、梗塞後の心不全を元に戻す)」で、本日発行のNatureに掲載されている。

この研究でも、心筋の再生抑制を外すため、Hippoの下流のsalv遺伝子を任意の時期に心筋特異的にノックアウトできるマウスを作り、心筋梗塞を起こしてから3週間目にSalvをノックアウトすると、さまざまな生理学的、組織学的指標での回復がなんと90%近いマウスで見られ、その中の10%のマウスでは、瘢痕が全くない完全な回復が見られることを示している。これらの実験から、梗塞部位の境界に存在する心筋細胞は、Hippoシグナルを抑制すれば、増殖し、心筋再生が起こることは、少なくともマウスでは確実といえるだろう。

この時増殖を始めた心筋細胞を取り出して遺伝子発現、特に新たに転写が始まった遺伝子を調べると当然のことながら増殖に関わる遺伝子や、心筋の機能に関わる遺伝子が上昇し、転写や代謝に関わる遺伝子の発現が低下している。ただこの結果だけでは、再生していることを反映しているだけで、特に新しいことは言えない。

そこで、Hippoの下流で抑制され、Salvノックアウトで上昇している、傷ついたミトコンドリアを処理するときに働き、変性疾患で特に注目される分子Park2に集中して、この分子の発現上昇が必要かどうか調べ、再生が起こるSalvノックアウト心筋では再生力が落ちることを観察している。面白いのは、Parkin2が欠損する心臓では、瘢痕化が抑えられる。一方、Salvは正常でParkin2欠損マウスでは、瘢痕化を防げない。従って、今後Agrinでも他の方法でも、心筋梗塞の治療が行われるようになった時、この事実は重要な課題になるかもしれない。

話はこれだけで、前の論文と比べると、3週間後にHippo経路を阻害することでかなりの回復が得られるという結果と、Parkin2の瘢痕化の話の合わせ技で採択された印象が強い。またAgrinについては一言の言及もないのが気になる。とは言えもし、AgrinがHippo経路と繋がるなら、心筋梗塞の治療可能性をさらに確実にし、治療標的分子の可能性を広げることになる。期待したい。
カテゴリ:論文ウォッチ

10月11日:ネアンデルタール人に赤毛はいない(10月5日号The American Journal of Human Genetics掲載論文)

2017年10月11日
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ついこの前まで、ネアンデルタール人というと大柄で、色黒で、黒い髪の毛を持ったいかつい人間として描かれていた。また、同じイメージは多くの博物館で展示されていた。しかし、ペーボさんたちのゲノム解析はこのイメージを一変させ、今では色白で金髪、青い目の人類として描かれるようになっている。しかし多くのネアンデルタール人のゲノムが解読された現在でも、ネアンデルタール人が実際どのような特徴を持っていたのかを明確に述べることは難しい。これは、現在もなおゲノムから体の形や機能を再構成することが難しいことと、ネアンデルタール人も多様化しているからだ。従って特定の遺伝子の機能を知りたい時は、その遺伝子を持った生きた人間を調べるしか方法はない。

幸い、ネアンデルタール人の遺伝子の働きを生きた人間で調べる方法が存在する。それは、背の高さや、肌の色など一般的な人間の特徴と遺伝子を相関させる目的でこれまでデータが蓄積されてきたゲノムコホート研究データを、これまで一般的性質と相関がわかっている多型の中に、ネアンデルタールゲノム由来のものがないかという視点で見直し、私たちの持っているネアンデルタール人ゲノムの断片の表現を調べる手法だ。今日紹介するライプチッヒ進化人類学研究所からの論文は、この可能性を追求した研究で10月5日号のThe American Journal of Human Geneticsに掲載された。タイトルは「The contribution of Neanderthals to phenotypic variation in modern human(ネアンデルタール人の現代人への形質の多様性に対する貢献)」だ。

現在英国では、50万人規模で、病気などとともに、背の高さや体重、肌の色などの一般的身体形質、食習慣、行動、教育などの形質と相関するゲノム多型を調べるUK Biobankプロジェクトが進んでいる。このデータで、各形質と相関することがわかっている多型の中からネアンデルタールゲノム由来の多型を特定し、それが現人類の身体のどの特徴に対応するかを調べている。いわば、ネアンデルタール人のゲノム断片の作用を、現代人の体を借りて調べると言える研究だ。

ヨーロッパ人ゲノムの1.5-2%がネアンデルタール由来であることがわかっているが、136種類の形質と相関がわかっている多型のうち、6230がネアンデルタール人由来、439749が現代人類由来で、比率は大体同じだ。

方法の詳細は省くが、このうちネアンデルタール人由来のゲノムが表現されているとまちがいなく言える性質に、身長、座高、体脂肪率、安静時脈拍数などがある。面白いのは、ネアンデルタール遺伝子が関係している性質の多くが、皮膚や毛髪の色に関わる点だ。と言っても、ブロンド=ネアンデルタール遺伝子ではなく、ネアンデルタール人にも多くの多型があり、金髪から黒髪まで現代人の様々な多型にネアンデルタール人遺伝子が関わっている。ただ今回の研究から、現代の英国人に多い赤毛に関わる多型は、ネアンデルタール人のゲノムを探してもほとんど存在しないことから、ネアンデルタール人に赤毛は極端に珍しいことが結論できる。これ以外に、日焼けをほとんどしないという性質もネアンデルタール人遺伝子が強く関わることがわかった。

リストを全部説明するときりがないので、あとは省略するが、一つだけ面白い性質として、夜型の人に多い遺伝子多型がネアンデルタール人由来である点だ。しかも、この多型は緯度の高い地域ほど多くなる。すなわち、冬の夜が長い地域ほど、ネアンデルタール人の夜型多型が多いという話だ。ネアンデルタール人が暮らしていた地域から考えると納得の結果だ。

これまで、主に病気とネアンデルタール人由来の遺伝子との相関が調べられてきたが、この論文は身長や肌の色など、一般的な性質の違いに注目して、ネアンデルタール人とはどんな人だったかを明らかにしようとしている。結局現人類と同じで、ネアンデルタール人も色々ということが重要な結論になるが、とすると今後博物館で展示されるネアンデルタール人モデルがどう変わるのか、興味が有る。間違っているかもしれないが、アフリカから移動した現人類がネアンデルタールと出会って、様々な遺伝子が流入したとして、それ自身も小さな変異を起こしてきたとも考えられる。例え黒髪の人の毛色を決める遺伝子の一つがネアンデルタール由来だとしても、さらなる多型が起こった可能性は十分ある。ネアンデルタール人ゲノムが、現人類の中でどう変わったのも今後の面白い課題だと思う。
カテゴリ:論文ウォッチ
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