1月21日:脂肪酸アミド加水分解酵素と幸せ気分(Journal of Happiness Studiesオンライン版掲載論文他)
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1月21日:脂肪酸アミド加水分解酵素と幸せ気分(Journal of Happiness Studiesオンライン版掲載論文他)

2016年1月21日
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  論文に目を通していると、世の中には様々な雑誌があるのに驚く。今日紹介する論文が掲載されているJournal of Happiness Studiesもその一つだろう。幸せについての専門誌があるということは、研究している人が十分な数いるということだ。出版社もSpringerと大手なので、シャレではあるまい。この雑誌のオンライン版に、香港とブルガリアというこれも珍しい取り合わせの共同研究が掲載されていた。タイトルは「A genetic component to national differentce in happinesss(幸せ感の国別の違いに関わる遺伝要素)」だ。
  この研究はWorld Value Survey調査で調べられた「今とても幸せ」と思っている人の割合と、不安や幸せ感と関わる脂肪酸アミド加水分解酵素(FAAH)遺伝子の一つの一塩基多型(SNP)の割合をプロットしただけの研究だが、結果は興味深い。まず、大まかに幸せと思っている人の割合と、FAAHの多型は正の相関を示す。例えば、我が国を見ると幸せと思っている人が3割で、このSNPは2割。一方、香港や中国では幸せと思っている人は15%、このSNPは10%ぐらいだ。アメリカは幸せと思う人の割合が40%近いが、このSNPは30%となる。他にも、この多型の割合は低くとも、幸せの国タイで幸せと思っている人は多い。間違いなく相関はありそうだが、風と桶屋の話に近く、話の種にはなっても、これ以上追求しにくい。
  できればブータンも調べて欲しいな、などと思っていたら、フランスで行われたこのFAAH阻害剤の臨床治験で大変なことが起こってしまった。1月18日号のNatureに掲載されたNews記事で、フランスで行われたFAAH阻害剤の第1相治験の際、最も高い量の薬剤を服用した健常人6人が病院に運ばれ、そのうち1人が亡くなったというニュースだ。安全性を確認する第1相で死者が出るのは大変なことだ。ポルトガルのベンチャー企業の開発した薬だが、第1相試験のやり方そのものが間違っているのではないかと注目が集まっている。FAAHは内因性のカンナビノイドを分解する酵素で、これを阻害すると不安や運動障害がなくなることを期待して薬剤の開発が続いているが、残念ながらまだ市場に出た薬剤はない。しかし、幸せを薬で取り戻そうとするのはやはりやめたほうがよさそうだ。
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1月20日:血清中のDNAの起源(1月14日号Cell掲載論文)

2016年1月20日
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   血清中には、濃度は低いものの短い2重鎖DNAが存在していることが1947年から知られている。これは、アポプトーシスを起こした後の細胞から漏れ出てきた断片化されたDNAで、健常人ではほとんどが血液細胞由来で、寿命は短い。この血清中のDNAが注目されるようになったのはアポプトーシスを起こした癌細胞から同じように漏れ出たDNAを診断に使える可能性が指摘されるようになってからで、liquid biopsyと呼ばれて、すでに診断に利用されようとしている。他にも、ダウン症の21番染色体トリソミーを検出する方法の開発により、安全な出生前診断としても注目されるようになっている。ただ、死細胞の多い組織や血清にはDNA分解酵素が存在することから、どんなDNAがこの関門をくぐり抜け、短期間であっても血中で検出されるのか、その生成のメカニズムを知ることは、今後の利用に必須の要件だ。今日紹介するワシントン大学からの論文はこの問題の解決を目指した研究で1月14日号のCell に掲載された。タイトルは「Cell free DNA comprises an in vivo nucleosome footprint that informs its tissue of origin (血中のDNAは生体内でのヌクレオソーム・フットプリントで、このパターンで細胞の起源がわかる)」だ。
  タイトルにあるヌクレオソーム・フットプリントとは、染色体構造を調べる目的で使われる実験主義で、DNA分解酵素の作用が、DNAに結合しているタンパク質により阻害されることを利用している。具体的には核タンパク質がついたままDNAを分解酵素で処理すると、タンパク質が結合していない裸のDNAは全て分解されるが、タンパク質の結合しているDNAは分解されずに残る。これにより、DNAが裸のままむき出しになっている部分と、それ以外の部分を区別することができる。DNAとタンパク質の結合というと転写因子の結合を思い出すが、実際にはヒストンにDNAが巻きついたヌクレオソームでの結合がその大半を占める。この研究では血中に存在するDNAの大きさをまず測定して、これがほぼヌクレオソームに巻きつくDNAの長さに一致していることを確認し、血中に流れるDNAはヌクレオソーム構造で守られたDNAと、転写因子などの配列特異的タンパク質により守られたDNAが混合したものであることを証明している。次に、こうして得られたタンパク質と結合したDNAの分布をゲノム全体に並べると、分布パターンからDNAが由来する細胞起源を特定できることを示し、これまで示されていたように健常人ではDNAのほとんどが白血球、リンパ球に由来することを確かめている。最後にステージIVの進行癌の患者さんの血清についても調べ、感度には難点があるが、このパターンからガンのタイプを特定できることを示している。
  DNAフットプリントを知っているほとんどの研究者は、血清中のDNAの多くが同じようにできてきたと予想していたと思うが、誰もが当たり前と思って確かめなかったことを確かめた研究と言っていいだろう。とはいえこの研究のおかげで、スーパーエンハンサーなどガン特有の転写メカニズムが明らかになった場合は、ガンの進行状態や変化をモニターする方法として使われていくような気がする。一方、早期診断という意味では、この結果はあまり役には立たないと思う。
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1月19日:貧困と脳発達(American Journal of Psychiatryオンライン版掲載論文)

2016年1月19日
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昨年4月10日、貧困が子どもの脳構造の発達を障害することを示したコロンビア大学からの論文を紹介した。この時調べられていたのが脳構造、特に皮質の厚さだった。今日紹介する論文も、やはり貧困の脳発達に及ぼす影響を調べているが、脳内の神経連結について調べた研究で、American Journal of Psychiatryに掲載された。タイトルは「Effect of hippocampal and amygdala connectivety on the relationship between preschool poverty and school age depression (海馬と扁桃体の結合性が就学前の貧困と学童期のうつとの関係に与える影響)」だ。この研究では学童のうつ病を調べるためのコホート研究で追跡中の児童105人の経済状態、うつ病の既往、現在の精神状態、そしてMRI検査を行い、脳の連結性の発達とうつ病、貧困との関わりを調べている。経済状態だが、アメリカで貧困と認定される所得レベルの何倍の収入があるかを指標に調べている。ほとんどの親は、大学を出ているが、対象となった子どもの中には、ほとんど収入がない家庭の子供が多く含まれている。全体で貧困家庭と言えるレベルは15%を超えているが、これはほぼアメリカの平均に近い。研究では、105人のMRI検査を行い、安静時の脳各部位の結合性を調べた後、経済状態と相関する領域をまずリストしている。様々な領域間の結合が低下しており、貧困が脳構造の発達に大きな影響を及ぼすことがよくわかる。次に、これらの領域結合度と経済状態をプロットして、影響を図示している。以前紹介した論文と比べても、この方法で調べるとより経済状態と脳発達の高い相関が検出されている。さらに、海馬と扁桃体の結合性(従って経済状態)は、学童期でのうつ状態と強く相関している。結果はこれだけだが、貧困と、脳の構造的発達、その結果としての感情の生涯の関係が前にもましてはっきりした結果だと思う。貧困問題の解決の最も重要な柱は教育だ。とすると、児童の機会平等をなんとか実現する政策が必要だ。わが国でも、児童の貧困は拡大している。すなわち、貧困が再生産される構造が出来上がりつつある。ここを断ち切れないと、あっという間にわが国は格差社会に突入するだろう。わが国児童の調査を是非知りたいと熱望している。
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1月18日:神経間のシナプス形成のメカニズム(1月14日号Cell掲載論文)

2016年1月18日
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  当たり前の事と思っている現象については、あまり詳しいメカニズムを知らずに済ましている事が多い。神経と神経の接合部、シナプスがその例だ。神経同士が特別の細胞学的構造を形成し、膜同士が接した接合部を作る。この接合部だけで、興奮した神経から神経伝達分子が分泌され、それが相手側の膜上にある受容体に結合する事で、神経興奮を相手側に伝達させる。これが学生時代に学んだ事だが、それから興奮性、抑制性で働く神経伝達因子や、接合部に伝達メカニズムを組織化するメカニズムなど、少しはアップデートしても、実際の知識は学生時代からほとんど変わっていない。
   今日紹介するデューク大学からの論文はそんな私にシナプスについての知識をもう一度アップデートする機会を与えてくれた。タイトルは「Astrocytes assemble thalamocortical synapses by bridging NRX1α and NL1 via hevin(アストロサイトはhevinを介してNRX1αと NL1を結合させ視床皮質シナプス接合を組み立てる)」だ。
  シナプスは細胞間の特殊な接着状態と考える事ができるが、シナプス特異的なメカニズムとして伝達側のシナプスに存在するneurexin (NRX)と刺激を受ける側のシナプスに存在するneuliginin(NL)がシナプス同士の接着を媒介するとともに、神経伝達に関わるメカニズムを組織化している事が知られていた。この論文のメッセージは単純明快で、NRXとNLが接着した神経伝達機構を確立するためには、アストロサイトが分泌するNRX,NLに結合して両者を特定の場所に集めるhevinと呼ばれる分子が必要だという結果だ。すなわち、シナプスの周りに存在する第3の細胞アストロサイトが、hevinを分泌してNRXとNLがシナプス端末の同じ場所に集まるよう、オーガナイザーとして働いているという結果だ。第3の細胞が分泌する分子が、2つの細胞の接着を媒介するという接着形式は、神経特異的で、しかもなぜアストロサイトがシナプス結合に必須かという事も明快に理解させてくれる。この論文では、視覚野が形成される際のシナプス形成をモデルに、確かにこの分子が重要な役割を演じているという機能的実験も示している。これまでの研究についてフォローできてはいないが、ただhevinをノックアウトしたマウスも生きているようなので、脳の大きなフレームワーク形成というより、より特異的なチューニングに関わっているように思う。とはいえ新しい知識を仕入れたという実感を得る事ができる論文だった。HevinはNRX,NLとともに突然変異が自閉症とも関連している事が知られている分子のようで、今後新しい視点で自閉症の病理を調べる可能性があるだろう。一つの論文、一つの単純なメッセージで、多くの事が学べる典型的仕事だと思う。
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1月17日:食習慣と腸内細菌叢(1月14日号Nature掲載論文)

2016年1月17日
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腸内細菌叢に完全に依存して生きている生物は従来から数多く知られている。例えばシロアリから牛まで、特にセルロースの多い植物を食べて生きている動物は、セルロース分解酵素を持つ細菌が存在しないと生きていけない。したがってこれほど極端ではないにしても、食習慣に合わせて腸内細菌叢と様々な共生関係を成立させているのではと研究が進んでいる。   食習慣と腸内細菌叢の研究からわかってきたのは、西欧型の生活を送る人間と比べて、原始に近い生活を送っている人たちの腸内細菌叢がはるかに多様な事だ。この原因として、食べ物に含まれる腸内細菌が利用できる炭水化物、特に繊維の豊富な炭水化物が西欧型の食卓から減った事があると考えられ、腸内細菌叢と繊維の豊富な食物との関係は研究の焦点になっている。今日紹介するスタンフォード大学からの論文は、腸内細菌が利用できる炭水化物(MAC)が食習慣から消える事が取り返しのつかない細菌叢の変化を招く事を実験的に証明した研究で1月14日号のNatureに掲載された。タイトルは「Diet-induced extinction in the gut microbiota compound over generation(食物による腸内細菌叢構成成分の喪失は世代を超えて続く)」だ。これまでの食物と腸内細菌叢の研究は一代限りの個体と細菌叢の関係に限られ、世代を超えて研究される事はなかったが、この研究では特定の食物が世代を重ねて習慣化する事で、腸内細菌叢がどう変化するかをマウスモデルを使って研究している。まず、西欧型の脂肪分が多く繊維分の少ない食事をマウスにとらせると、期待どおり細菌叢の多様性が大きく減る。すなわち、腸内細菌叢を構成する細菌の多くが繊維分の多い炭水化物に依存している事を示している。ただ変化した細菌叢も、繊維分の多い食事に戻すと、元に戻る。面白いのは西欧型の食事を何代にもわたって続ける実験で、繊維を必要とする細菌は世代が進むごとに減少する。そして、食習慣を通して一旦失われた細菌の種類は、食事を元に戻してももはや回復する事はない。元に戻す唯一の可能性は、失われた細菌そのものを腸内に移植する方法だけだ。すなわち、一旦食習慣によって失われた細菌叢の多様性は、食習慣を変えても取り戻せないという厳しい結果だ。腸内細菌叢を育てて健全にするプレバイオの可能性が否定され、もう一度細菌叢を移植するプロバイオの必要性を強調する研究で、衝撃は大きいと思う。ただ、現在行われているプロバイオは、乳酸菌などの一部の菌を使う方法に限られている。もしこの研究が正しく、また原始の腸内細菌叢が現代人のそれより優れているなら、その差を特定して、失われた全てを発達期に再構成するプロバイオが進むのではないかと思う。カプセルを使って多様な菌を移植する方法はすでに完成している。おそらくそんな介入研究の始まりを感じさせる面白い研究だと思う。
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1月16日:マウスとラットの染色体を1セットづつ持つES細胞の作成(1月14日号Cell掲載論文)

2016年1月16日
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  細胞融合は、我が国の岡田善雄により発見され、その後、異種細胞同士の融合を可能にする細胞学の技術としてHenry HarrisやNils Ringertzにより発展された。この技術が一番成功した実用例は大量の抗体を作るハイブリドーマの作成で、免疫学だけでなく、抗体による特異的分子の特定を可能にして、生物学全体を大きく変革した。異種の細胞が融合して一つの細胞になるというのは驚くべきことだが、ほとんどの場合それぞれの種から2本づつの対立遺伝子を持ち込んでおり、全体で一種の4倍体が出来上がってしまうので、細胞が分裂するうちに染色体はどんどん失われ、もっとも安定な組み合わせだけが残る。すなわち、正常からは遠く離れた状態になってしまう。したがって、ハイブリドーマや、細胞質因子による染色体のリプログラミングといった一部の研究領域を除いて、細胞融合の利用は期待ほど拡がらなかった。
  今日紹介する中国科学アカデミー研究所国家重点実験室からの論文は、染色体が2倍体同士の細胞を融合させるのではなく、1倍体同士を融合させて、半分の染色体はマウス、半分はラット由来のES細胞を作ったという驚くべき研究で1月14日号のCellに掲載された。タイトルは「Generation and application of mouse-rat allodiploid embryonic stem cells (マウスとラット細胞を融合させて異種2倍体ES細胞を作成し応用する)」だ。この研究を率いる周希(Qi Zhou)は個人的にも、幹細胞について国家間の政策や倫理を話し合う国際幹細胞フォーラムで付き合いがあったが、中国の胚操作研究を代表する若手で珍しくフランス留学組だ。最初会った頃と比べると、仕事も洗練され、最近ではNature, Cellといったトップジャーナルの常連になりつつある。中国ではほぼ安定した地位を固めたのだろう。この研究では、母親由来の1倍体 ES細胞を卵子の為性生殖によって、父親由来の1倍体ES細胞を受精後メスの核を取り除いた欄から作成する。この1倍体のES細胞を次に融合させて、マウスとラットの染色体を1nづつ持ったES細胞を4株作っている。簡単に書いてあるが、本当はそうではないだろう。驚くのは、マウスから20本、ラットから21本と異なる数の染色体を持ち込んだES細胞が安定に増殖を繰り返し、常に8割近くの細胞が染色体異常を示さない状態で維持できることだ。さらに試験管内だけでなく、マウス胚盤胞に注射すると、ほとんどの細胞へと分化できる。ただ、生殖細胞については最後の段階で細胞は死んで、精子や卵子になることはない。これはそれぞれの染色体数が異なるため、染色体のペアリングが必要な段階で分化が停止するのだろうと結論している。この新しい方法を用いると、それぞれの対立遺伝子は種が違うので、どちらの染色体からどのぐらいの遺伝子が発現しているかを調べることができる。実際、同種とは異なり、対立遺伝子から発現する遺伝子の量が少しづつ異なっている。不思議なことに、X染色体の不活化はマウスから持ち込んだ染色体でしか起こらないのだが、この原因が、X染色体不活化の主役Xist遺伝子を抑制するTsix遺伝子の発現が、ラット染色体のほうでより高いためだろうと推察している。また、これまで同種だと明確に特定できなかったX染色体不活化を逃れる遺伝子を大量に特定している。このように、新しい細胞がこれまでわからなかった様々な問題を解決できることは明らかだ。おそらくもっともっと大きなポテンシャルを今後発揮するように私は思う。特に、ゲノムの構造化についての研究が進んだ今、この細胞は対立遺伝子それぞれがどう構造化され、どう連携するのかなどを研究する分野に大きな貢献をするだろう。タイムリーな素晴らしい研究だと思った。
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1月15日:筋肉幹細胞の維持とオートファジー(1月7日号Nature掲載論文)

2016年1月15日
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  オートファジーは現在東工大におられる大隅さんたちが発見された現象で、古くなったたんぱく質、オルガネラなどを凝集させ、リソゾームで溶かしてしまう一連の過程を指し、酵母から人間まで進化的に保存されている細胞の基本的メカニズムだ。論文を見ていると、多くの病気でその関連が示されているが、最近は特にガン治療分野の研究がホットな印象がある。今日紹介するバルセロナ・ポンペウ・ファルバ大学からの論文は、幹細胞の老化を防いでいるのがこのオートファジーであることを示す研究で1月7日号のNatureに掲載されている。タイトルは「Autophagy maintains stemness by preventing senescence(オートファジーは老化を防いで幹細胞性を維持している)」だ。
  もともとこのグループは静止期にある筋肉幹細胞ではオートファジーが盛んに進んでいることを突き止めといた。この研究では、老化に伴う急速な筋肉の減少、すなわち幹細胞の消失にオートファジーが関わっているかどうか研究している。まず老化マウスから筋肉幹細胞を取り出してオートファジー活性を調べると、予想通り低下している。そこでオートファジーを高める遺伝子を幹細胞に過剰発現させると、老化による幹細胞活性低下を防げることを突き止めた。すなわち、オートファジーが幹細胞維持のための一義的な役割を演じているという結果だ。これをさらに確かめるため、同じ遺伝子を今度は若いマウスの幹細胞でノックアウトすると、1ヶ月で筋肉幹細胞が消失する。
  次に、オートファジー活性の低下による幹細胞活性低下のメカニズムを検討し、ミトコンドリアの新陳代謝がうまく進まないため、活性酸素が上昇し、細胞の老化を誘導していることを示している。この状態は、INK4aを回復することで正常化できることから、活性酸素によりINK4aが抑えられることが筋肉幹細胞の老化の主要な原因ではないかと結論している。最後に、マウスで見られたこの現象がヒトの筋肉幹細胞でも見られるかどうかを高齢者の筋肉で確かめ、オルガネラや古くなったたんぱく質の除去がうまく進んでいないことを示している。
  これらの結果は、オートファジーの低下が老化による結果ではなく、筋肉細胞の老化を防ぐ主要なメカニズムであることを意味するが、もしこれが正しければ、オートファジーを増強し、INK4aの転写を活性化できる薬剤は老化を防止できることになる。実際、この研究では細胞内の酸化還元状態に作用するラパマイシンやトロロックスで筋肉幹細胞活性を回復させられることを示しており、老化による筋肉の消失もいつか防げるのではと期待をもたせて終わっている。
 一見すると納得する論文だが、オートファジーがあまりにも基本的な細胞メカニズムであることを考えると、要するに新陳代謝が悪いと老化すると言っているのにすぎない気もする。一方、今薬剤耐性のガンを殺すためオートファジー阻害剤を使おうとする試みが進んでいるが、副作用として正常幹細胞の消失は覚悟する必要があることも理解できた。
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1月14日:ゲノム医学の教育(1月11日アメリカ医師会雑誌掲載意見論文)

2016年1月14日
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   昨日の日本経済新聞に、国立がんセンター中央病院が遺伝子診療部門を開設し、ガンの遺伝子検査を日常診療に取り入れることを発表したことが報道されていた(http://www.nikkei.com/paper/article/?ng=DGKKASDG12HAH_S6A110C1CR8000)。日経としては新しい一歩として報道したと思うが、論文から読み取れる世界の動向から判断する限り、日本を代表する病院がこのありさまかと、世界とのギャップを浮き彫りにする記事になっている。ガンについて言えば、たんぱく質に翻訳される遺伝子配列を調べるエクソーム検査が当たり前になり、先端の病院では全ゲノム解析も始まっていることを考えると、ようやく日本最大の病院で始まったという記事は、日本はおそらく5年以上の遅れがあることを示している。一方で、検査自体はどんどん安くなっている。我が国ではシークエンサーを購入して自分で配列決定をすることから始めるのが普通のようだが、今やアメリカの国家基準で定められたCLIA基準を満たすエクソーム配列決定は3万円程度に下がっている。すなわち、我が国のどの病院でも、お金さえあればすぐ導入できる検査なのだ。この状況を受けて、アメリカはさらに一歩先に進もうとしている。今日紹介するペンシルバニア大学からの報告は、医学部1年生に解剖実習と並行してゲノム医学を教えるというプログラムで1月11日号のアメリカ医師会雑誌に掲載された。タイトルは「Integrating cadaver exome sequencing into a first-year medical student curriculum (医学部一年生のカリキュラムに解剖用の御遺体のエクソーム配列決定を統合する)」だ。
  確かに、技術が進み、ゲノム検査が当たり前になっても、医師のゲノム教育が追いついていないのが現状だ。これをどれだけ迅速に達成するか、これがアメリカの重要な課題になっている。幸いアメリカではPatient Portalなど、自分の医療データを個人が持ち運べるシステムが出来上がりつつあり(もちろん保険にもよるが)、生涯教育の一環としてゲノム医学を学ぶ必要は理解され始めている。これと並行し、ゲノム医学に精通した将来の医師を育てる必要がある。シークエンシングが安価になったことから、学生さん一人一人のエクソームや全ゲノムを読んで、具体的にゲノム解析に慣れてもらうという可能性も検討されているようだが、どうしてもプライバシーが含まれる情報を教育に使っていいのかというハードルがある。そこでペンシルバニア大学では、医学教育スタート時に、自分の担当する解剖の御遺体のDNAを採取、そのエクソームを業者に解析してもらって、医学教育に活かすというアイデアを検討しているようだ。問題は防腐処理を施した御遺体からDNAが採取できるかだが、これも解決済みのようだ。これが可能になると、解剖しながら、髪の色、皮膚の色、様々な体の形質、そして多くの御遺体が持っている病気を、解剖を通して学びながら、常にゲノム情報と対応させて考えることができる。当然、そのためにはゲノムデータベースをどう使うかなども学ぶことになる。学生自身のゲノムデータでは若いこともあり、病気との関連は難しいが、御遺体の多くは年齢も高く、何らかの病気もある。実際私が学生時代受け持った御遺体は膵頭部のガンで、身体中に転移があった。その意味では、さらに進んでガンのエクソームも可能かもしれない。このレポートでは、さらにゲノムにまつわる倫理もこれにより理解できるとまで踏み込んでいる。
  エクソーム検査が3万円なら、もちろんやる気になれば、我が国も導入することは簡単なことだ。しかし教える教師がいるのかと考えると、お先真っ暗になる。一旦遅れが始まると、ますます拡大再生産され、気がついたら我が国はゲノム後進国になっているだろう。今行動が必要だ。
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1月13日:p53ガン抑制遺伝子の異常を矯正する(1月11日号Cancer Cell掲載論文)

2016年1月13日
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  ガンの発生には細胞の増殖を促進するドライバーと呼ばれる変異が必要だが、私たちの細胞は増殖しすぎないよう、増殖が促進するとそれを止めたり、あるいは増殖しすぎる細胞を死に追いやる安全機構を備えている。この安全機構を担うのがガン抑制遺伝子で、ガンではこの安全機構が突然変異で壊れていることが多い。
  もっとも多くのガンで壊れているのが見つかっているガン抑制遺伝子はp53で、この機能を取り戻すことでガンを治療できるのではと期待されている。今日紹介するUCLAからの論文は突然変異で機能を失ったp53を矯正して働かせる薬剤開発の可能性を追求した研究で1月11日号のCancer Cellに掲載された。タイトルは「A designed inhibitor of p53 aggregation rescue p53 tumor suppression in ovarian carcinoma (p53の重合を抑制するようデザインした阻害剤は卵巣癌でのガン抑制機能を回復させる)」だ。
  この研究では、卵巣癌で見られるp53突然変異の多くが機能を失うのは、p53が細胞質で沈殿してしまい、核へ移行が阻害されるため機能できないからだとする仮定に基づき、沈殿に至るp53の重合を阻害する分子をデザインして、変異p53を核内移行させることで突然変異を持っていてもガン抑制機能を発揮させられないか調べている。p53の構造に基づいて、重合を媒介するポケットに入るペプチドを設計し、このペプチドの中から沈殿阻害効果が高いペプチドをまず選んでいる。次に、このペプチドに細胞内に取り込まれるためのポリアルギニンを融合させてp53突然変異を持つガンと培養すると、ReACp53と名付けたペプチド薬剤は細胞に取り込まれ、沈殿を減らし、ガンの増殖を抑制することを示している。細胞レベルで効果のメカニズムを調べると、細胞死の誘導、細胞周期の停止、遺伝子発現などから確かにReACp53投与でp53の機能が回復していることを確認している。最後に、このReACp53を卵巣癌を移植したマウスに投与すると、p53突然変異を持つガンだけに抑制効果がみられる。さらに、卵巣癌末期のもっとも重大な問題、ガン性腹水モデルを作成しReACp53を投与すると、完全ではないものの腹水中のガン細胞の多くが細胞死に陥り、症状が改善することを確認している。   この研究の鍵は、突然変異型のp53の一部の機能を、分子重合阻害で回復できると狙いをつけたことで、その意味で今回の結果は期待通りだ。今後、悪性度の高い卵巣癌の治療の新しい治療法として発展できると思う。卵巣癌は内分泌系臓器の腫瘍の中ではもっとも悪性で、新しい治療がずっと求められている。P53というもっともメージャーな標的に手がついたということは、本当に嬉しい。
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1月12日:古寄生虫学(Parasitologyオンライン版掲載総説)

2016年1月12日
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歴史を病気の観点から眺めることで、新しい解釈が可能になる。この点では清潔好きで有名なローマ帝国は、その優れた公衆衛生政策で世界制覇を成し遂げたと考えられている。例えば、安全な飲み水を確保するための水道、床暖房、浴場、下水道、そして水洗便所などがローマ帝国拡大とともに各都市に広がったとすると、十分うなずける。私が無知だからかもしれないが、確かにローマ帝国の疫病の話はあまり聞いたことがない。今日紹介するケンブリッジ大学の考古学者ミッチェルさんの総説は、疫病ではなく、寄生虫の話で、ローマの衛生施設は人々を寄生虫から守っていたかどうかを考察している。タイトルは「Human parasites in the Roman World: health consequences of conquering an empire (ローマ世界の寄生虫感染:帝国に広がる寄生虫の健康被害)」だ。タイトルからも分かる通り、ローマ帝国も寄生虫には手こずっていたことを考証した、楽しめる総説だ。   まず古代の寄生虫の広がりをどう調べるのか詳しく述べている。細菌とちがって、まず寄生虫の場合卵、場合によっては寄生虫自体も残っている。これからゲノムを調べて種を同定することも行われているようだ。詳細は省くが、要するに最新のテクノロジーを使ってどの寄生虫が存在したかの研究が行われている。驚くことに、安定なたんぱく質を使ったELISA法まで動員されている。考古学が考えているだけの学問でないことがよくわかった。   次に、ローマ帝国以前とローマ帝国を比べ、寄生虫感染が減少したかどうかを検証している。驚くのは新石器時代ぐらいまでだとヒトに感染した寄生虫が発見されていることだ。論文リストも添えられているが、実際多くの論文が書かれている。問題の結論だが、遺物にみられる寄生虫の広がりから考えると、ローマ帝国に入って間違いなく寄生虫感染は増えている。   もちろん不潔な暗黒の中世と比べると、同じ都市でもローマの方がずっとましだ。従って、全く衛生施設が役に立たないというわけではないが、しかし現代並みの施設でなぜ寄生虫が増えたのかは確かに面白い課題だ。   ではローマではどのような寄生虫が存在したのか。結論としては、ジストマを除くほとんどの寄生虫、回虫、条虫、鞭虫、蟯虫、吸虫とほとんどが発見されている。さらに、ノミやシラミも退治できていなかったようだ。例えば片方の歯が密になっているクシはシラミを取るため考案されたようだ。   最後に、なぜローマの衛生施設は寄生虫に無力だったのか考察している。まず、水洗便所の汚物も集められ、一部は発酵させずに肥料に利用されていたようだ。そのため、経口感染する回虫などの感染を防ぐことは難しかったようだ。面白いのはローマ人には魚を食べて感染する裂頭条虫が広く蔓延していた。生の魚を食べる習慣が原因とも考えられるが、ローマ人が愛した魚醤が原因ではないかと考察している。実際我が家にもコラトゥーラが一本あるが、これが原因とは恐ろしい。他にもミイラに発見された本来は動物に感染する吸虫の話など面白い話が満載だが、寄生虫を追求することでペットとの関係まで理解できるのは素晴らしい。   最後にサナダ虫の話も出てくる。ただ、ローマ人はサナダ虫は自然に体の中で湧いてくるとして(と、ガレヌスが書いているようだ)気にしていなかったらしい。確かに、腸の中で自然発生すると考えれば、防ぎようがないと諦められる。そして、医学自体もヒポクラテスの体液説に基づく治療が中心だったようで、漢方で使われた海人藻やマクニンのような海藻由来の薬物はなかったようで、寄生虫には太刀打ちできそうもない。しかし、余談になるが、海人藻やマクニンは私の小学時代は学校で飲まされた。その後回虫などが無くなったのは水洗便所かと思っていたが、水洗のローマで蔓延していたのなら、結局は農業に人工肥料しか使わなくなったためだろう。  歴史読み物としても面白いが、実際には今の疾病構造を考える意味でも重要なヒントがあると思う。
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