カテゴリ:論文ウォッチ
12月10日:寒さと腸内細菌叢(12月3日号Cell掲載論文)
2015年12月10日
毎週のように腸内細菌叢に関する新しい研究が掲載されると、またかと徐々に読む食欲は失せる。ただ、トップジャーナルに掲載される論文を見ていると、徐々に論文への要求が高まってきていることに気づく。最初の頃は、メタゲノムで調べられる細菌叢全体の変化と、体の変化の相関を調べるだけで良かったが、最近ではよりメカニズム的な因果関係を突き止めない限り論文が掲載されなくなっている。今日紹介するジュネーブ大学からの論文は低温による腸内細菌叢の変化を調べたもので、いつものパターンかと読み進むと、これまでとは少し違って個別の原因菌を特定しており、このおかげでCell(12月3日号)に掲載されたのだろう。タイトルは「Gut microbiota orchestrates energy homeostasis during cold(腸内細菌叢が低温でのエネルギー恒常性を統合する)」だ。これまでも、低温にさらされると、白色脂肪組織が褐色脂肪組織に変わり、熱を出して体を守る変化が起こることが知られていた。この研究では、この現象に腸内細菌が一枚噛んでいないか調べた、いつものパターンだ。実は結構複雑な実験系を使っているが、そこをスパッと割り切って簡単に述べる。まずネズミを10日程度低温に晒す。もちろん細菌も細胞だから温度変化を反映して、細菌叢が変化する。この研究ではその後30日間低温にさらしたマウスの細菌叢を室温で飼っている無菌マウスに移植して代謝を調べると、インシュリンに対する感受性が上がっている。さらに驚くのは、白色脂肪組織が褐色脂肪組織に変わり、低温に強い体質に変わる。要するに、低温への体質変化を細菌叢を使って誘導できる。この変化の組織学的原因を探ると、低温にさらしたマウスの細菌叢を移植したマウスの小腸の長さが伸び、腸の絨毛の長さ、ひいては表面面積が大きく拡大している。これにより、食物は長く腸にとどまり、処理した食物からの栄養を逃すことなく捉えることができる。そしてこの変化が、腸上皮細胞の細胞死が遅れることによることも明らかにしている。最後に、この変化をもたらす細菌叢側の変化を調べ、最近の研究で上皮面積を低下させる効果が特定されていた細菌叢全体の3−5%を占めるアッカーマンシア・ムシニフィラという細菌が低下していることを突き止める。この細菌を、低温処理した細菌叢に混ぜて移植すると、腸管の変化が全く起こらず、代謝も変化しないことが明らかになる。以上の結果から、低温でアッカーマンシア・ムシニフェラの割合が減ることが、体を低温適応型に変化させるのを手伝っているという結果だ。この細菌の影響についてはすでにフランスのグループがGutの6月号に発表しており、これをもう少し面白い状況で確認する論文と言える。この論文にあるように、もしこの細菌がないと、細胞死が減るなら、細胞死を促進している成分が何かは興味がある。この細菌は今徹底的に研究されていることだろう。
12月9日:慢性リンパ性白血病の新薬(12月7日号The New England Journal of Medicine掲載論文)
2015年12月9日
慢性リンパ性白血病(CLL)は小細胞性リンパ腫とほぼ同じ病気で、成熟B細胞が異常増殖しておこる。欧米では最も患者数の多い白血病だが、幸い我が国では発症率は欧米の10分の1にとどまっている。ただ、高齢者に多い病気で、高齢化とともに増加すると考えられる。病気の進行は極めて遅く、治療しなくとも何年も、場合によっては10年以上普通の生活を送ることができる。従って、いつどの患者さんに治療を始めるかが悩ましい問題になる。普通は経過観察から始め、貧血や血小板減少症が出てきた時に治療を始める。
B細胞は体の細胞の中でも増殖シグナルについて最もよく研究されている細胞で、また標的薬を探しやすい様々なリン酸化酵素に依存して増殖するため、30年近い研究の成果が続々臨床応用されている。中でも期待されているのが、抗原受容体と結合してシグナルを伝達するBtkに対する分子で、イスラエルで開発されたイブルチニブは、通常の抗がん剤が効かないほとんどの患者さんの治療に高い効果があることが示され、我が国でも販売が始まっている。今週号のThe New England Journal MedicineにはCLL治療についての論文がなんと3報一度に掲載されている。この中で最も興味を引いたのはテキサスMDアンダーソン病院を中心に行われた治験だ。治療を行う時期が来た未治療の患者さんで、全身状態は良好な65歳以上の高齢者のCLLを選び、イブルチニブと一般的に使われるクロラムブシルを比べている。どちらの薬にするかは無作為化しているが、非盲検で比べている。高齢者を選んでいるのは、最も有効とされているプロトコルは副作用が強く、高齢者に使える新しい治療が待たれているからで、副作用がなく高い効果が期待できる標的薬を最初から使うことの意義は納得できる。結果は期待通りで、クロラムブシルの場合7割の患者さんが2年後には病期が進んでいたが、イブルチニブ投与群では病期が進行したのが2割にとどまっていた。もちろん進行は遅いため、2年目の生存率で見るとクロラムブシル群でも90%に近いが、さらに長期間観察すればその差は明らかになるだろう。副作用も十分対応できる範囲だ。この結果を見れば当然、高齢者には最初からイブルチニブということになるが、我が国では話はそう簡単ではない。この薬は販売されているが、保険収載はされていない。実際、1日一錠この薬を服用する治療は月120−130万円かかる。しかもこの研究では観察期間中ずっと服用を続けており、治療を止められるのかはっきりしない。すなわち1年間に2000万円近い費用が必要になる。しかもいつまで必要かわからない。また幸い保険収載されたとしても、今度は保険財政を圧迫すること間違いない。さらに、ほとんどの標的薬に対して耐性が生まれる。イブルチニブもホームページで紹介したように(aasj.jp/news/navigator/navi-news/1639)耐性が問題になっている。もともと経過が長い病期だけに、患者も医師も使用について悩むことが多いと思う。同じ号にはBtk分子により高い特異性を示す標的薬アカラブルチニブが他の治療が効かなくなった患者さんに高い効果があることを示したオハイオ大学の論文、同じような患者さんにBCL阻害剤ベネトクラックスが効くことを示したオーストラリアからの論文が掲載されている。他にも昨年、末期のCLLにキメラ抗体を導入したT細胞治療が著効を示すことを紹介した(http://aasj.jp/news/navigator/navi-news/2309)。
このように多くの病気で本当はトランスレーションが進み、認可された薬剤は今目白押しといっていい状況が今きている。ただ、この状況が患者さんにとって素晴らしいと手放しで喜べないところに問題がある。はっきり言って、あまりにも多すぎるため、これらをどう有効に利用していいか医療政策方針が立っていない。おそらく、標的薬、非標的薬、細胞治療を問わず、短期治療で根治が可能な治療、根治は不可能だが長期延命が可能な治療、延命治療などの分類をしっかりして、薬価や特許期間を決める必要がある。もし根治の場合は、高い薬価でもいい。一方、根治が不可能でも効果が高い場合は、特許期間を伸ばしてでも薬価を下げる工夫が必要だ。TPPで特許期間を短くしたと喜んでいるが、そのしっぺ返しは患者さんにくる。医療ではこの問題解決なくしてイノベーションも何の役にも立たない。
このように多くの病気で本当はトランスレーションが進み、認可された薬剤は今目白押しといっていい状況が今きている。ただ、この状況が患者さんにとって素晴らしいと手放しで喜べないところに問題がある。はっきり言って、あまりにも多すぎるため、これらをどう有効に利用していいか医療政策方針が立っていない。おそらく、標的薬、非標的薬、細胞治療を問わず、短期治療で根治が可能な治療、根治は不可能だが長期延命が可能な治療、延命治療などの分類をしっかりして、薬価や特許期間を決める必要がある。もし根治の場合は、高い薬価でもいい。一方、根治が不可能でも効果が高い場合は、特許期間を伸ばしてでも薬価を下げる工夫が必要だ。TPPで特許期間を短くしたと喜んでいるが、そのしっぺ返しは患者さんにくる。医療ではこの問題解決なくしてイノベーションも何の役にも立たない。
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12月8日:幸い我が国では必要のない研究(2016年1月号Epidemiology掲載論文)
2015年12月8日
先進国の中で米国の銃による犯罪率と死亡率は際立っている。私自身、アメリカの都会を訪れるとなんとなく不安な気持ちで身構えてしまう。もちろん2-30年ほど前と比べると今はずいぶん安全になっている。まだ熊本大学にいた頃、コロンビア大学にセミナーに行く機会があった。そのときHostのTom Jesselは地下鉄の出口から走れと冗談めいてアドバイスしてくれたが、実際路上に出てみると全く当たっていないわけではないと思った。米国で10−24歳までの若者の死亡率2位は銃創らしい。死亡の原因を探り、それを予防するのが医学の役目なら、当然銃による若者の死亡を防ぐ事は、ガンによる死亡を防ぐのと同じように医学の務めだ。今日紹介するペンシルバニア大学からの論文はまさにこの米国特有の問題に取り組んだ研究で2016年1月号のEpidemiology(疫学)に掲載された。タイトルは「 Mapping activity patterns to quantify risk of violent assault in urban environment (人の行動パターンと都会での暴力的犯罪の危険度を統合する)」だ。どの都会でも、安全な場所と危険な場所がある。実際、犯罪の発生率などはこれまでもプロットされており、米国の都会を訪ねる場合はある程度この地図を頭に入れておくのは重要だ。ただ、ほとんどの場合、地区別の犯罪は示されるが、実際そこにどんな店が存在したのか、警察署はどこにあったのか詳しく相関させた分析はなかったようだ。この研究では、フィラデルフィアという都市での様々な要因マップを作り、それに犯罪の犠牲者の1日の行動パターンをかぶせて分析するという手法で、犯罪の起こりやすさを統計的に調べている。都市の条件とは、例えば警察署や消防署の位地、暴力発生頻度、空き地、公共物の破壊頻度、アルコール消費量、失業、大学教育、地域の連帯に至るまで27項目にわたっている。こうして作成した地図に143人の銃による襲撃被害者、206人の銃以外の襲撃被害者、283人のコントロールをインタビューし、犯罪時の行動パターンを重ね合わせている。結果を見ると、わざわざこれほどの調査を行わなくとも常識でわかるような事で、例えば一人で歩いている時のほうが襲撃されやすいとか、地域の連帯があるところでは襲われにくいなどだ。ただ、少なくともこのような犯罪に慣れていない私たちから見て驚く結果もある。例えば、銃の保有率の高い地区ほど逆に銃犯罪が多く、銃を使わない襲撃は少ない。すなわち犯罪者の頭の中にも、同じようなマップが出来上がっているようだ。驚くのは、警察署や消防署の近くでも銃による被害が多い事で、よく理解できない。いずれにせよ、浮き上がってくるのは不登校が多く、空き家や空き地が多い地域で暴力が日常化している光景だが、アメリカ映画の定番だ。これまで読んだ事も、また考えた事もない分野で、ただ好奇心だけで読んだが、わざわざこんな研究が必要のない国に生きてよかったと思う。一方、同じような研究をイジメや自殺に広げて行う事は重要だと思った。被害者の声を、学校以外の第3者が調査として聞いて、研究論文として残す。我が国の場合、ほとんどの調査は役所の本棚に収まって終わりになる。査読された論文として様々な調査をぜひ残していってほしい。
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12月7日:短命(=長命)のゲノム(12月3日号Cell掲載論文)
2015年12月7日
最初の生物ゲノムとしてインフルエンザ菌のゲノムが1995年に解読されて30年になるが、すでに5万を越す細菌のゲノム、2500を越す真核生物のゲノムが解読され、この勢いは今も止まらない。簡単になったとはいえ、しかしゲノムを解読することは今でも金も時間も必要な大変な作業だ。そして、解読できたからというだけでトップジャーナルに掲載される保証は全くない。おそらく珍しい生物のゲノム解読結果をどう論文にしようかと多くの研究者が苦労していると思う。ただ、読む側からみると、ゲノム研究のおかげで、思いもかけない生物の存在を知ることになる。今日紹介するスタンフォード大学からの論文は、アフリカに生息する卵生メダカの一種African Turquoise Killifishのゲノムの話で12月3日号のCellに掲載されている。タイトルは「The African turquoise killifish genome provides insight into evolution and genetic architecture of lifespan(アフリカブルー・ターコイズ・キリフィシュのゲノムから寿命の進化と遺伝的構造についての示唆が得られる)」だ。この論文を読むまで私もこの魚のことについては全く知らなかった。この魚はアフリカ南東部に生息する全長5cm程度の卵生メダカで、生息する池に水が存在する期間が4−6ヶ月で、後は干上がるので、その間は長い休眠期間に入る。ただ、実験室の水槽ではこの休眠期間は必要なく、平均の寿命は4−6ヶ月と短い。おそらく早く生殖サイクルを終えるため寿命が短くなったと考えられるが、おそらく脊椎動物では最短の寿命を持つ魚らしい。ショウジョウバエの寿命が2ヶ月程度であるのと比べると、確かに短い。ただ同じ種の中でも5年近く生きる種もあり、環境に適応して寿命を縮めてきた面白い魚だ。したがって、この魚のゲノムから、寿命を決める遺伝子群のを特定できる可能性があり、また長い乾季を生き延びる休眠の秘密もわかるはずだ。この研究では、寿命が最短のキリフィッシュのゲノムを解読し、他の種や、同じ種で長い寿命を持つゲノムと比べ、寿命に関わる遺伝子リストを作ることを目的にしている。残念ながら、調べた遺伝子変化の性質についの機能的検証はないため、ゲノム比較から様々な推察を行うことでとどまっているが、私にとってはこんな魚を勉強できただけで十分だ。もちろんCellに掲載するためには、一般の興味を引く結論も必要だ。詳細を飛ばしてそのうちの幾つかを紹介しておこう。
1) 強く選択された形跡を残す遺伝子の中に、これまで長寿遺伝子として知られている遺伝子が多く含まれる。中でもインシュリン様増殖因子1は、長寿に関するこれまでのほとんどの論文で特定されている。すなわち、長寿に関わる遺伝子は、寿命を縮める時に変化する遺伝子だ。
2) 面白いのは、乾季に休眠する形質の進化に関連する遺伝子の中には、短命(長寿)で進化した遺伝子も含まれる。
3) こうして特定された短命遺伝子は、キリフィシュ間で変異が大きい。
4) 種内の変異が存在する寿命遺伝子は性を決定する遺伝子の近くに集中している。おそらく、性決定遺伝子と、寿命遺伝子は協調的に進化したと考えられる。
詳しい遺伝子の説明を全て省いてまとめたが、結論としては寿命、休眠、性決定の背景に、共通の進化圧力があるということになりそうだ。いずれにせよ、ゲノム情報は公開されており、寿命や休眠に興味のある研究者には有力な武器となるだろう。この様なデータベースが整備されると、高校生や、場合によっては中学生が面白い研究を行い論文にする時代もすぐ来る気がする。
1) 強く選択された形跡を残す遺伝子の中に、これまで長寿遺伝子として知られている遺伝子が多く含まれる。中でもインシュリン様増殖因子1は、長寿に関するこれまでのほとんどの論文で特定されている。すなわち、長寿に関わる遺伝子は、寿命を縮める時に変化する遺伝子だ。
2) 面白いのは、乾季に休眠する形質の進化に関連する遺伝子の中には、短命(長寿)で進化した遺伝子も含まれる。
3) こうして特定された短命遺伝子は、キリフィシュ間で変異が大きい。
4) 種内の変異が存在する寿命遺伝子は性を決定する遺伝子の近くに集中している。おそらく、性決定遺伝子と、寿命遺伝子は協調的に進化したと考えられる。
詳しい遺伝子の説明を全て省いてまとめたが、結論としては寿命、休眠、性決定の背景に、共通の進化圧力があるということになりそうだ。いずれにせよ、ゲノム情報は公開されており、寿命や休眠に興味のある研究者には有力な武器となるだろう。この様なデータベースが整備されると、高校生や、場合によっては中学生が面白い研究を行い論文にする時代もすぐ来る気がする。
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12月6日:腸内細菌叢へのメトフォルミンの作用(Natureオンライン版掲載論文)
2015年12月6日
生活習慣病と腸内細菌叢の研究が盛んに行われている。それぞれの論文を個別に読んでいると、なるほどと納得することが多いが、これまでの研究が同じ結果に収束するのかいつも心配になる。今日紹介するドイツ、フランス、デンマークを中心とした国際共同研究は、おそらく同じ懸念から始まったと思える研究で、独立に行われた2型糖尿病の腸内細菌叢についての結果を検討し直している。タイトルは「Disentangling type 2 diabetes and metformin treatment signatures in human gut microbiota(ヒト腸内細菌叢に見られる2型糖尿病とメトフォルミン治療の特徴を明らかにする)」で、Natureオンライン版に掲載された。この研究では、デンマーク、スウェーデン、中国で行われた糖尿病の腸内細菌叢を調べた別々の調査結果を、同じ統計数理の手法で解析しなおした、いわばメタアナリシスだ。したがって、研究内容を完全に理解するためには、使われている多変量解析などの数理を完全に理解する必要があるが、これが私の最も苦手な分野であることは先に断っておく。すなわち、データの解釈を自分の目で再吟味するということができず、著者の結論を鵜呑みにしていることになる。それでも3つの独立した研究を調べ直すという研究目的は重要で、イントロダクションに述べられているように、これまで発表された論文から、一致した結論を導くことは難しかったようだ。この研究が対象にした3調査も、全てをまとめた上で分析すると、2型糖尿病に明確に相関する特徴を掴むことは難しい。結局、腸内細菌叢は食事を含む様々な条件による影響が大きく、糖尿病という身体条件の寄与は大きくないという結果だ。もちろん同じ糖尿病患者さんでも様々なステージがあり、受けている治療も異なる。次に、これらの条件のうち腸内細菌叢に相関性が高いものを探索して、メトフォルミン服用による腸内細菌叢の変化が、全ての調査で認められることを発見する。この変化の主役となる細菌種を探すと、全ての調査でIntestinibacterという種類が低下しており、中国の調査を除いて、大腸菌が上昇していることが明らかになった。この結果は、メトフォルミン服用により多くの患者さんで起こる下痢などの副作用の原因の一つが、大腸菌の腸内での選択的増殖であることを示唆している。一方、同じ大腸菌により、短鎖脂肪酸が分泌されることで、インシュリンに対する反応性が改善するなど糖尿病の代謝に好影響を及ぼすことから、メトフォルミンの効果の一部は腸内細菌叢を介しているのではないかという結論だ。当然のことながら、メトフォルミンを服用している正常人はいないので、今回の結果は2型糖尿病というよりメトフォルミン服用の腸内細菌叢への効果を示しただけのように思う。私が面白いと思ったのは、糖尿病、正常にかかわらず、中国人で大腸菌の比率が高く、メトフォルミン投与によって逆に比率が下がる傾向だ。これがアジア人の特徴なのか、中国の食生活の結果なのか是非調べる必要がある。また、もし大腸菌の選択的上昇がメトフォルミンの副作用の主因なら、この副作用は中国人では問題にならないことになる。この点についても、もう少し突っ込んだ議論が欲しかった気がする。しかし、腸内細菌叢の変化を完全に把握することの困難がよく理解できる論文だった。
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12月5日:ガン細胞の生存に必要な分子を全て洗い出す(12月3日号Cell掲載論文)
2015年12月5日
最近CRISPR/Casによる遺伝子編集の論文をこのホームページで紹介することが減ったと思うが、これは研究が下火になったのではなく、あまりにも論文が多すぎて紹介する意欲が失せているというのが本当のところだ。この拡大スピードはおそらくiPSを上回ると思う。また、これまで研究が困難だった問題が、この技術のおかげで新しく研究対象として浮上してきている。我が国のメディアでは、特定の遺伝子編集の効率が上がったという捉え方しかできていないようだが、ゲノム全体にわたって分子の機能を包括的に解析するための技術としての可能性が最も重要なポイントではないかと思う。例えば、複雑な個体レベルでは9割近い遺伝子が発生や生存に必要だが、ヒト細胞が生きるためだけに必要な遺伝子となると実はよくわからない。これをCRISPRによる網羅的な遺伝子編集を用いて調べる論文が散見されるようになり、だいたい2000ぐらいの遺伝子が一般的なヒト細胞の生存に必要であることがわかって来た。今日紹介するカナダトロント大学からの論文は、ガン細胞が試験管内で生きるために必要な分子を網羅的にリストするための技術開発についての研究で12月3日号のCellに掲載された。タイトルは「High-resolution CRISPR screen reveal fitness genes and genotype specific cancer liabilities (高解像度のCRISPRを使ったスクリーニングによりガンの強みと弱みを明らかにする)」だ。この研究はガンの生存に必要な遺伝子を全て明らかにするための技術の開発だ。これまで紹介してきたように、CRISPRシステムでは、Cas9というDNA切断酵素を配列特異的なガイドRNAを用いて特定の遺伝子部位に導き、遺伝子を切断することで、効率の高い遺伝子ノックアウトや編集を行う。この研究では、ゲノム配列データを基礎に、タンパク質として翻訳されるエクソン全てに対するガイドRNAを設計して、無作為にエクソンの機能を消失させるための技術を開発している。すなわちヒトゲノム中に存在する各エクソンを全てカバーする90,000、および173,000種類のガイドRNAを新たに設計して、どの遺伝子が壊れるとガン細胞が死に、またどの遺伝子が壊れるとより高い増殖が可能になるのかを調べている。いうのは簡単だが、最も効率の良い特異的なガイドRNAを設計するためにはかなり高い能力が必要になる。この研究は、設計に必要な各ステップを示した論文で、特定された遺伝子の解析が主眼ではない。詳細を全て省いて結論を述べると、新しいガイドRNAライブラリーを用いることで、同じ目的でこれまで開発されたシステムの2倍の感度で必要な遺伝子をリストでき、調べた5種類のガンで、おおよそ2000の遺伝子が生存に必要な遺伝子として特定できたという結果だ。これに加えてこの方法は、遺伝子が壊れると細胞が余計に増殖する分子のリストも作成できる。こうしてリストされる遺伝子の中には、特定のガンでだけ必要とされる遺伝子も含まれる。このガン特異的分子リストを作成し、ガンを殺すための標的分子を見つけることができることも、モデル実験系で示している。CRISPRが報告された当時この系の可能性を聞かれて、創薬にこの系を駆使できるよう準備したほうがいいとアドバイスしたことがある。この研究も同じ発想で始めたと思われるが、CRISPRを知ってすぐ準備したとしたら、条件を完全に整えるのにやはり数年必要だったことになる。我が国の企業やアカデミアでここまで準備を整えているところがどれほどあるかわからないが、もしまだならすぐこのライブラリーを使えるようにしたほうがいいと思う。次は、ES細胞に同じシステムを応用して、そこから正常細胞やガン細胞を作って、生存だけでなく、分化にも必要な全遺伝子をリストすることが進むだろう。ガンのゲノム研究から、ガンで起こる突然変異のカタログ化が進んでいるが、このデータベースと連携させて、制ガンのための標的発見を加速させることもできるだろう。ショウジョウバエで始まった高等動物の全遺伝子突然変異リスト作成が、ゲノム解読とCRISPRのおかげでヒトでも可能になってきたことを実感する。
カテゴリ:論文ウォッチ
12月4日:スマフォ経済学(11月27日号Science掲載論文)
2015年12月4日
ルワンダと聞いて私がすぐに思い浮かべるのは、1994年に勃発した内戦と、フツ族による大虐殺で、今でも当時テレビで放映された路上でフツ族がツチ族をナタでことも無げに切り倒している光景を思い出す。Jeffery Sachsの「 The end of poverty (貧困の終り)」を読むと、結局内紛と感染症が成長可能性の高いアフリカの経済発展を阻害する最も大きな要因であることがわかる。今日紹介する米国ワシントン大学からの論文を読んで、そのルワンダが150万人の携帯電話を所有する国に生まれ変わっていることを知った。人口1千万強であることを考えると、国民の15%が携帯を所有できるようになっていることから、政治が安定し、成長が始まっていることがわかる。この論文はこのルワンダをモデルに、国内の富や活動性のマップを携帯の通話記録から把握できないか調べた研究で、11月27日号のScienceに掲載された。タイトルは「Predicting poverty and wealth from mobile phone metadata(携帯電話のメタデータを使って貧困と富を予測する)」だ。この研究では、ルワンダの最大携帯ネットワークからデータを分析し、通話の頻度や相手の多様性、通話場所や通話先の変化など様々な属性を使って地域間の貧富の差を明らかにできるのではという仮説を検証している。そのため、ルワンダ各地から万遍なく選んできたサンプル856人の承諾を得て、財産や家の所有など経済状況を調査する。この結果と、通話記録から得られるデータを付き合わせて、携帯電話所有者の経済状況をどこまで正確に推定できるかをまず検討している。このサンプル856人のデータから、通話記録から推定される富と聞き取りで調べた富とが十分な精度で相関することを確かめている。すなわち、裕福な地域では携帯電話がより頻繁に使われる。他にも、通話記録から推定される行動の広がりは、バイクの所有と相関するし、また身近な人とだけ通話が限られる場合は貧困度と相関することがわかる。こうしてパラメータを設定した上で、ルワンダの富と貧困のマップを描いて見せている。このマップの正確性を確かめることは、他の手段がないため難しいが、ルワンダ政府が出している国勢調査や、衛星から捉えた地域の明るさのマップと矛盾しないことから、携帯通話記録から描く富の分布マップは利用価値があると結論している。一般的に国勢調査には金がかかり、開発途上国ではそう簡単に行えない。一方この調査は12000ドルで済んだそうで、今後同じ手法で国内の富の分布をリアルタイムで把握できることは、開発途上国の政策決定に有効な方法を提供するのではと提案している。しかしルワンダですでに15%の人が携帯を使っていることに驚くとともに、携帯の通話記録から平和と戦争を推定することもできるはずだと思った。
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12月3日:図鑑から計算される鳥の羽色の進化(11月19日号Nature掲載論文)
2015年12月3日
熱帯雨林を歩く楽しみの一つは様々な羽色をした鳥に出会えることだ。写真は今年エクアドルで出会ったスズメ目のフウキンチョウの一種アオバネヤマフウキンチョウだが(写真を撮ると人に見せたくなるのが常だ)、このパターンをなんとか説明するのも科学の使命だ。このフウキンチョウは一夫多妻でメスは地味だ。したがって、一般的にオスがメスを獲得するため美しい羽色を獲得すると言われている。もし個別のパターンを説明したいなら、鳥の視覚からこのパターンがどう見えるのかを知るところから始める必要があるだろう。まだまだ難しそうだ。今日紹介するニュージーランド国立数学研究所からの論文は、メスを巡っての競争だけでなく、鳥の羽色に影響のある要因を数理的に割り出そうとした論文で11月19日号のNatureに掲載された。この研究の鍵は、鳥の羽色のパターンをオス・メス別々に取り込み、オスとメスの差を色の派手さにとらわれず一つの指標で数値化する方法の開発だ。こうして調べると、メスが派手な鳥はほとんどおらず、派手なのはオスであるのがわかる。しかし同時に、オスもメスもほとんど同じ色彩を持っている鳥も数多くいることもわかる。この基礎データに今度は鳥の習性との相関を重ねて、羽色の進化に関わる要因を調べている。これにより、例えばオス・メスの羽色が大きく違う種のサイズは小さく、気候の影響が強く、渡りの習性とも関わることがわかる。こうして計算すると、やはり一番大きく影響するのは相手をめぐるオスの競争で、この影響でメスはますます地味に、オスはますます派手になる。一方体や羽の大きさに比例して羽色指標も上昇する。他にも渡りの習性、熱帯気候も羽色に影響することが計算される。まとめると、オスのメスをめぐる競争だけでなく、他の要因も羽色に影響するという結論だ。結論が当たり前すぎて、狐につままれているような気がする論文だが、図鑑をスキャンして、それを数値化する作業だけでNatureの論文にしたのは頭がさがる。PCがあれば、高校生でもできるだろう。誰もが当たり前と納得していることでも、科学にするための手続きとは何かを教えてくれる面白い論文だと思う。一番大事なのは、現象から明確で実験可能なquestionを抽出することだ。あとは論文を書く訓練をすればいい。高校生が、金をかけずにトップジャーナルを狙って論文を書く時代が来れば我が国の科学も安泰だ。
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12月2日:ガン免疫を成立させるための治療法の開発(11月25日Science Translational Medicine掲載論文)
2015年12月2日
手術のできない進行ガンの根治のために現在考えられるのは免疫療法しかないのではないかと思える今日この頃だが、現在は免疫チェックポイント阻害に注目が集まって、肝心の免疫を成立させる研究はあまり報道されていない。免疫刺激を持続的に維持しないとチェックポイント治療も無力で、逆にガンの方をよりステルス型に変えてしまう。これまでは免疫刺激療法としてはワクチンや樹状細胞治療が存在するが、今日紹介するバーゼル大学からの論文は、毒素をつけた抗体を用いてガンを殺し、その場に樹状細胞やT細胞を引きつけることで免疫を成立させ、それにチェックポイント治療を組み合わせるという理論的な枠組みを確かめる研究で、11月25日号のScience Translational Medicineに掲載されている。タイトルは「Trastuzmab ematasine(T-DM1) renders HER2+ breast cancer highly susceptible to CTLA-4/PD-1 blockade (トラスツズマブエムタンシン(T-DM1)はHER2陽性乳がんでCTLA4/PD-1治療の効力を高める)」だ。T—DM1はロッシュが開発し、進行乳がんに現在使われている薬剤で、乳ガンが発現しているHER2に対す抗体にエムタンシンという毒素を結合させた治療薬だ。わざわざ毒素をつけなくとも、HER2に対する抗体は細胞障害性があるはずで、なぜ毒素をつけたほうが延命効果があるのかを調べる過程で、エムタンシンが障害されたガン細胞を処理する樹状細胞活性を上昇させる効果があることに気がついた。抗体のみの投与、エムタンシン結合抗体T-DM1の投与患者の組織を比べると、確かにTDM-1投与群の組織では、樹状細胞とともにT細胞の浸潤が高まっている。また、T細胞を殺す操作をすると、毒素をつけた効果がなくなる。期待通り、 T-DM1がガンを殺すとともに免疫刺激を誘導していることを示している。そこで実際に免疫刺激が成立しているか調べる目的で、マウスのモデル実験系を用いて、T-DM1投与と同時に免疫チェックポイントCTLA-4とPD-1両方を抗体で抑制すると、ほとんどのマウスで完全に腫瘍を消失させることに成功し、9割以上のマウスで観察した200日は再発がないという画期的な結果が得られている。あとはなぜ免疫がどう成立しているか調べているが、この毒素のおかげでガン周囲のマクロファージのPD-L1が上昇し、様々な炎症誘導性のサイトカインが上昇し、さらに都合のいいことにガンの増殖を助けるVEGFやM-CSFは抑制される。あまりに都合良すぎて目を疑うが、実験モデルでのガン抑制効果には嘘はないだろうから、納得できる。ただ、このフレームワークはおそらくガン免疫に関わる人なら誰もが考えていたはずで、このグループがエムタンシンを用いた点がうまくいった理由だとおもう。私にとって最も面白かったのは、この治療の組み合わせではガンに浸潤するTreg (昨日のホームページを参照してください。http://aasj.jp/news/watch/4492)はそのまま残っているという発見で、ガン免疫抑制にあまりTregは関わらないという結論だ。チェックポイント治療が強い自己免疫反応を起こすことが最も重大な副作用になるが、Tregが残ることで自己免疫反応を抑えながら、ガン免疫だけを高めることができれば、これは一石三鳥に四鳥にもなる。理論的だし、ガンの根治への期待が持てる結果だと思う。
カテゴリ:論文ウォッチ
12月1日:1型糖尿病に対する抑制性T細胞(Treg)移植(11月25日号Science Translational Medicine掲載論文)
2015年12月1日
1型糖尿病は膵島移植の対象で、変性性の病気だと思っている人が多いと思う。確かにインシュリンを分泌する膵臓β細胞が徐々に失われるが、これを引き起こしているのはT細胞による炎症で、自己免疫疾患がその本体だ。したがって、初期の段階では自己免疫反応をなんとか抑えて病気の発症を抑えられないかという試みが続いており、例えば抗CD3抗体治療など臨床治験が進んでいる治療もある。中でも期待されているのが、我が国の坂口さんが発見し抑制性T細胞(Treg)を移植して、免疫を抑える方法で、癌で行われているチェックポイント治療の逆をいく治療だ。今日紹介するサンフランシスコ糖尿病研究センターからの論文は、26人の1型糖尿病患者さんからTregを取り出し、試験管内で増やした後、患者さんに戻す治療法の第1相治験で11月25日号のScience Translational Medicineに掲載された。タイトルは「Type1 diabetes immuneotherapy using polyclonal regulatory T cells(多クローンのTregを用いた1型糖尿病の免疫治療)」だ。このグループが開発したTregを精製する方法がこの研究の鍵で、この方法により、Tregだけを試験管内で増やすことができるようになっていた。この方法を使って26人の初期患者さんからTregを調整、試験管内で増殖させた後、異なる細胞数を投与したのがこの研究で、第1相治験なので、目的はこの方法で調整したTregの安全性を確かめる研究だ。Tregは抗原特異的細胞で、本来ならβ細胞をアタックするT細胞だけを特異的に抑える細胞を取り出したいところだが、難しいのでこの研究ではTregの量を増やすという戦略をとって調べている。2年以上の経過観察で有害事象は何もなかったので、Tregを安全に選択的に増殖させ、移植もできることを確認する第1相試験としては成功している。もちろん2年も追跡するのだから、安全性以外にも幾つかの項目を調べている。まず、水素同位元素を用いたTreg標識で移植した細胞の持続性を調べているが、多くの患者さんで2年以上にわたって持続することが分かった。そして、少ない細胞数を投与された患者さんでは、インシュリンの分泌を表す血中Cペプチドの低下を抑えることができている。この結果より、Tregを試験管内で増殖させ投与するという方法は安全で、今後患者さんのステージ、投与細胞数、投与回数などをさらに調節することで、治療効果が見られるようになるのではと結論している。データをみると、目覚しい効果というわけにはいかないし、患者さんもインシュリンを手放せない。しかし、長く待たれていたTregを使った治療の第一歩としては上々の滑り出しではないかと個人的には思っている。
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