11月20日:若年者のガンと遺伝体質(11月19日号The New England Journal of Medicine掲載論文)
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11月20日:若年者のガンと遺伝体質(11月19日号The New England Journal of Medicine掲載論文)

2015年11月20日
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かつて私が委員長をしていた京都賞1次選考委員会で小児の網膜腫瘍の遺伝学的解析からガン抑制遺伝子Rb1の存在を予言したKnudsonさんを選んだ話を昨年9月26日紹介した(http://aasj.jp/news/navigator/navi-news/2216)。Knudsonさんが予想した、「多くの子供のガンには遺伝的な体質が背景にある」という考えは、次世代シークエンサーが診療に導入されるとますます検証されやすくなっている。今日紹介するセントジュード病院からの論文は20歳以下のガン患者さん1120人のゲノムを調べ(がん細胞のゲノムではなく正常細胞のゲノム)、若年者のガン患者さんがどの程度遺伝的背景を持つか調べた研究で11月19日号のThe New England Journal of Medicineに掲載された。タイトルは「Germline mutations in predisposition genes in pediatric cancer (小児ガンの素因となる遺伝子の突然変異)」。繰り返すが、この研究の対象はガン患者自身のゲノムで、ガンのゲノムではない。患者さんの正常細胞からゲノムを調整して、ほぼ半分の患者さんは全ゲノムを、残りの半分はタンパク質に翻訳される全エクソームを解読している。こうして得た配列情報から、これまで明らかにガンの素因として特定されている565個の遺伝子について、ガンの原因になる突然変異がないかをまず調べている。結果は、95人(8.5%)の患者さんが、いずれかの遺伝子の突然変異を素因として持っている。これは、ランダムに選んだ健常人で見られる頻度1%と比べるとかなり高い。素因としての突然変異のほとんどはKnudson さんが予測したガン抑制遺伝子で、p53,APC,BRACA2と続く。しかし、明らかに遺伝的なこの素因は血縁者にガンが多いかという家族歴からは半分以下しか予測できない。従って、将来小児のゲノムやエクソーム検査を前もって行って危険性を予測することは、治療戦略にとっても重要だろう。詳細なガン遺伝子のリストを省くと話はこれだけだが、実際には8.5%の中に把握しきれていない突然変異が数多く存在し、詳しく検討すればこれらもガンの素因と特定される可能性が多い。従っておそらく10−20%の若年性のガン患者さんには何らかの遺伝的素因があるのではないだろうか。さらに、今年8月5日に紹介したように、もう少し効果は低いが、ガン体質に貢献する転写領域の突然変異も素因として働く可能性がある(http://aasj.jp/news/watch/1967)。とすると、若年性のガンの発ガン過程を理解するためには、この素因となる変異を知る必要がある。もちろんこれを知ったからといって、今有効な手立てがあるわけではない。しかし、臨床医学が科学である以上、医師として知らないで済ませる問題ではなくなると思う。    我が国も今月ゲノムを用いる医療の実用化をはかるための委員会が厚労省でスタートしたようだが、ようやく委員会をスタートさせて、また例によって議論が延々と続くと予想される状況ではおそらく10年遅れてしまっているだろう。私の友人に聞くと、個人ゲノムのエクソーム検査ならもう5万円は切っている。おそらくPCR検査よりはるかに安くなっていくだろう。そんな時、ようやく実用化のタスクフォースと聞くと、我が国がゲノム後進国であることを思い知り、暗澹たる気持ちになる。将来を見据えて政策を立案する力を役所に回復させることが最も重要な課題だと思う。
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11月19日:生まれた順序は兄弟の性格に影響を及ぼすか?(11月17日号米国アカデミー紀要掲載論文)

2015年11月19日
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年下の兄弟・姉妹と比べると、第一子は共通の様々な性質を持つと長く考えられてきた。私も長男の一人だが、この通説に科学的根拠がどこまであるのか気にしたこともなかった。というのも、第一子には親も手をかけるし、第2子のように最初から競争相手がいるわけでもない。一方、年長者としての責任も子供ながらに感じるはずで、別に科学的検証がなくても、このような影響がでるのはなんとなく当たり前だと思ってしまう。しかし、この命題も検証すべきと考えた科学者は何人もいたようで、科学的検証の最初は、周りの科学者に第一子が多いことに気づいてそのことを発表したGaltonの100年前の論文にさかのぼる。その後何回もこの命題は検証されてきており、おおむね第一子は知力が高く、外交的で、責任感があるという通説が支持されてきた。今日紹介するドイツ・ライプツィヒ大学からの論文は現在利用できる出生コホート・データベースを使って統計的にこの通説を検証した研究で11月7日号の米国アカデミー紀要に掲載された。タイトルは「Examining the effects of birth order on personality (出生順の性格に及ぼす影響を調べる)」だ。これまでの研究では、同じ家族の兄弟の性格を同じ研究者が調べていることが多く、どうしても先入観が入ること、そして対象としている人数が少ないこと、などの問題があるという反省から、この研究では英国、米国、ドイツの出生コホートからサンプルを抽出し、そこで行われた知能テストや性格検査をもとに兄弟・姉妹間の比較を行っている。また、家族内で比べる調査と、家族をこえて出生順で比べる調査の両方を行い、純粋に出生順の影響を検出しようと努力している。また対象は、家族内で比べる調査が3256人、全体では17030人と十分な数に達している。さて結果だが、知能テストの結果は出生順に低下するが、その差はたかだかIQにして1.5程度だ。それ以外は、外向性、心理的安定性、闘争性、寛容性、そして想像力全ての点で全く差がないという結果だ。ただ、家族内で比べた時、IQの差は少し広がるのと、第二子が闘争性が高いという結果になる。いずれにせよ大きな差ではないので、結論としては出生順が性格や知能に影響するという通説は支持できないことになる。この結論は子供の性を分けて調べても同じで、母親が女性であるという影響もないようだ。これまで長男であるということで少しは負い目を感じていた私だが、この統計を見て安心した。
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11月18日:人間はいつからハチミツを使っているのか?(11月12日号Nature掲載論文)

2015年11月18日
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これまで考古学は新しい科学的手法の導入のたびに大きく変化してきた。アイソトープの年代測定に始まり、今ではアイソトープの比を用いて、古代の人の食べ物や住んでいた場所まで推測が可能になってきた。それに加えて、古代DNA配列の解読は当時の住人の身体的性質や関係を教えてくれる。これまでわが国では「考古学は歴史学か人類学か」などの議論が行われてきたが、おそらく馬鹿げた議論で「考古学」は人類の過去についての科学として位置付けられていくだろう。今日紹介するブリストル大学を中心に欧州全体で進められた共同論文は石器時代にハチミツが使われていたかどうかを科学的に検証した研究で11月12日号のNatureに掲載されている。タイトルは「Widespread exploitation of the honeybee by early neolithic farmers (ハチミツの利用は新石器時代前期には広く行われていた)」だ。例えば熊のようにハチミツを探して食べる動物もいるし、そもそもハチミツが何千年も保存されていることはありえない。そんな状況で、いかに人間が生活の中でハチミツを利用していたことを証明するかがこの研究の課題だ。たしかにハチミツは保存されないが、幸い蜜蝋に含まれる脂肪成分は長期に保存されているようだ。研究の中心になったのはブリストル大学の有機地球科学部門で、古代の有機物の分析が専門だ。研究では微量サンプルから、ガスクロマトグラフと質量分析器を組み合わせて、蜜蝋に含まれるアルカンなどの複雑な脂肪酸を特定する技術を開発して、新石器時代の陶器に蜜蝋の痕跡が残っていないか調べている。ギリシャ・ローマで蜜蝋が陶器の水漏れを防ぐ目的で使われていることをヒントにすると、多くの陶器に蜜蝋の痕跡があるということは、明らかに生活の中でハチミツが使われていたという証拠になる。さて結果だが、蜜蝋の痕跡が見つかった最も古い陶器はトルコ、アナトリア地方のチャタル・ヒュユク遺跡から出土した陶器で、今から9000年前になる。ただこの遺跡で蜜蝋が検出できる陶器の数は少なく、検出された脂肪酸も特異性に難がある。結局、遺跡に残る蜂の巣の絵を合わせて、実際に生活に使っていたと結論している。まさに、文理融合の典型だ。加えてもう少し後、8000年前のトルコのトプテペ遺跡には複数の陶器に蜜蝋が見つかることから、アナトリア地方では新石器時代前期からハチミツが生活に使われていたと結論していいだろう。その後、8000年前ぐらいから急にヨーロッパ全土にハチミツの利用は広がり、中石器時代になるとハチミツ利用の北限デンマークに到達してしている。この背景には当然気候変化も存在する。この研究では、ヨーロッパだけでなく、北アフリカにもハチミツ利用が進んでいたことを明らかにしている。話はこれだけで、何だということになるかもしれない。しかし、典型的な従来の考古学の対象である陶器と化学を組み合わせた新しい文理融合型考古学の重要性を教える研究だ。考古学は若かったら、やってみたい分野の一つになってきた。
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11月17日:人畜共通ウイルスの起源としてのコウモリ(Nature Medicineオンライン版掲載論文)

2015年11月17日
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  中国で急に勃発したSARS騒ぎを今も覚えている人は多いと思うが、この原因となったコロナウイルスは今も動物宿主の中で進化を遂げていると考えられており、厳重なサーベーランスの対象になっている。このウイルスが進化するための宿主として注目されているのがコウモリで、最近将来の世界的流行につながるかもしれないSARSに似たウイルスが中国に住むコウモリに感染していることがメタゲノム解析から明らかになり、これが実際ヒトへの病原性があるのかなど検討が必要になっていた。今日紹介するノースカロライナ大学を中心とする国際チームからの論文はメタゲノム解析から発見された新しいコロナウィウルスの感染性や病原性についてキメラウイルスを再構成して調べた研究でNature Medicineオンライン版に掲載されている。タイトルは「A SARS-like cluster of circulating bat coronaviruses shows potential for human emergence(コウモリの末梢血中に存在するコロナウイルス集団は将来人間にも流行する可能性がある)」だ。この研究では2013年Natureに発表された中国に住むコウモリから分離されたSARSに似たコロナウイルスに注目して研究している。ただ、これまで示されたのは、メタゲノム解析で見つかった遺伝子配列だけで、ウイルスが分離されたわけではない。ただ、ウイルス分離には時間がかかるのと、分離中により毒性の高いウイルスを作成したりする可能性があるので、今回は遺伝子情報をもとにキメラウイルスを作成してウイルスの性質を明らかにする方法について検討している。RsHC014と呼ばれるコロナウイルスが持つヒトへの感染に必要とされるアミノ酸配列は、これまでのSARSによく似ている。そこで、新しくマウス細胞で増えるSARSウィウルスの骨格に、新しいウイルスの感染に必要な部分を置き換えたキメラウイルスを作成し、ヒト気管上皮細胞に感染させると、細胞内に感染し、ウイルス増殖も見られる。また、死亡には至らないが、感染させたマウスは体重が減少し、症状を伴う感染症の原因になる。次に、現在存在するSARSに対するモノクローナル抗体で新しいウイルスを防げるか調べたところ、全く効果がない。また、現在利用できるワクチンも利用できないことが明らかになった。幸い現在のところ、新しいウイルスは気管上皮内で増殖するうち弱毒化され、SARSのような強い病原性はないようだが、コウモリから人間や動物に感染しているうちに強い病原性を獲得する可能性は十分あると予想できる。また、この研究から、コウモリ内で人間への感染性が生まれ、直接人間に感染できるウイルスが存在する可能性が高くなった。これらの結果は、メタゲノムのデータから、ウイルスの感染性や病原性を調べ、将来の流行へ備えるワクチンの開発などが可能になることを示している。ただこの段階で、サルに感染させる研究まで進んでいいかどうかについては、キメラウイルスを作る今回の方法が予想しない病原ウイルスが生まれないという確かな保証がないと、強い病原ウイルスを人工的に作成するという最悪のシナリオになる可能性があることから慎重に行うべきであると強調している。しかし新しい感染に備える地道な研究が進んでいることがよく理解できた。
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11月16日:神経芽腫の体質(11月11日号Nature掲載論文)

2015年11月16日
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発ガンに関わる突然変異の検索が進み、現在ではほとんどの腫瘍で発がん性突然変異のカタログ化が進んでいる。しかし、同じ突然変異を持っていても、個人の遺伝的体質の違いで病気になりにくかったり、あるいは悪性度に差が生まれたりする。こういった体質の差を明らかにしようと、遺伝子多型(SNP)が精力的に調べられてきた。しかしSNPと病気との相関は見つかっても、なぜそのSNPががん発生を促進するのか明確になっている例はまだまだ少ない。今日紹介するフラデルフィア子供病院からの論文は小児の神経芽腫の発症率や悪性度と強く相関しているSNPが神経芽腫発生に関わるメカニズムを調べた研究で11月11日号のNatureに掲載されている。タイトルは「Genetic predisposition to neuroblastoma mediated by LMO1 super-enhancer polymorphism (LMO1 のスーパーエンハンサー多型が神経芽腫の遺伝的体質を決めている)」だ。これまでの研究でLMO-1遺伝子領域に神経芽腫発生や予後と強く相関するSNPが存在することが知られていた。この研究では、様々なゲノムデータベース、特にENCODE計画と呼ばれる遺伝子発現に関するデータベースを使って、このSNPがGATA3の結合するエンハンサー部位に一致することを見出す。すなわちこの分子が結合するGATA(G型)部位がTATA(T型)に変化している人では神経芽腫の発生率は低く、悪性度も低い。このことから、GATA3結合性が消失すると、LMO1の発現が低下し、神経芽腫になりにくくなることが予想される。これを確かめるため、G型とT型の神経芽腫細胞株を用いて、遺伝子発現やエンハンサー活性を調べると、G型のSNP部位だけがGATA3と結合することでスーパーエンハンサー活性を発揮し、LMO1やGATA3など様々な遺伝子発現を上昇させていることが明らかになった。事実G型神経芽腫のGATA3発現を阻害すると腫瘍増殖は低下するが、T型の腫瘍は影響を受けない。以上の結果から、G型のSNPが神経芽腫の悪性度と相関する理由は、この部位が神経芽腫のスーパーエンハンサーとして機能するためであることを示した。今後このスーパーエンハンサー活性に神経芽腫の原因遺伝子の一つMYCNがどう関わるかなど研究が進むと思うが、スーパーエンハンサー活性を標的にする阻害剤がすでに開発されていることから、悪性の神経芽腫でスーパーエンハンサーを狙った治療が進むと期待できる。また、神経芽腫にかかった子供がG型かT型かを調べることは治療方針を立てたり予後判定に重要な情報になっていくだろう。   
誤解して欲しくないのは、この研究で扱われたSNPは神経芽腫特異的ではなく、誰もが持っている。もともと人類は神経芽腫になりやすい方のG型だったと考えられ、黒人のほとんどはG型だ。従って、人類進化の過程でT型の神経芽腫になりにくい人たちが生まれたと考えられる。事実T型の人がほとんどいない黒人の神経芽腫の予後は悪いことが知られている。   
スーパーエンハンサーはガンだけでなく発生にも重要な働きを演じているが、このSNPが感覚神経節の発生異常と関わるという報告はなく、この部位が感覚神経節の発生時にスーパーエンハンサーとして機能している可能性は少ないように見える。このように、ガンになりやすい体質を追求することから、新しい治療法が開発される可能性もある。これまで特定されたSNPの機能的意義を明らかにする地道な研究が進むことを期待する。また、多くのデータベースがそれを可能にするところまで来たことをこの研究は示している。
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11月15日:血小板を使うガンの診断(11月9日号Cancer Cell掲載論文)

2015年11月15日
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血液を用いてガンを早期に診断する試みはこれまでも長く続いてきた。ガンで特に多く作られ血中に分泌される分子を利用する腫瘍マーカー検査は現在臨床応用され、ガンの進行を知るための重要な検査になっている。しかし、ガンの有無を診断する検査としては特異性や感度の面でなかなか決定的な腫瘍マーカーは現れていない。代わりに腫瘍から血中に出てくる核酸を利用して、ガン化に直接関わるガン遺伝子を検出する試みが進んでいるが、現在の技術段階では臨床検査として定着するには至っていない。今日紹介するアムステルダム自由大学からの論文はガン発生によって血小板に誘導される変化を使ってガンの有無を検出する方法の開発研究で11月9日号のCancer Cellに掲載された。タイトルは「RNA-seq of tumor educated platelets enables blood based pan-cancer, multiclass and molecular pathway cancer diagnostics (腫瘍の影響を受けた血小板のRNAはガンの有無、種類、そしてガン化の分子経路を診断できる)」だ。タイトルにもあるように、この研究は、血中の血小板に発現しているRNAは、巨核細胞の骨髄内での分化、血小板への成熟、血中に循環する間に起こる血小板内でのスプライシングなどの変化など、もともと長い複雑な過程を反映しているため、様々な疾患の影響を受け易く、このRNAの種類や量を調べることでガンの診断が可能ではないかという着想に基づいている。研究では他の方法で診断のついた様々なガンと正常者の血中から血小板を調整し、その中に含まれるRNAを次世代シークエンサーで調べ、RNAの発現パターンからガンと正常を比べることで、ガンの存在を予測できる推計的手法を開発している。こうして開発した方法を使ってガンと正常を区別すると、96%という正確さでガンの存在と相関することがわかる。さらに推計学的方法を進化させると、RASやEGFRなどのドライバーになっている発ガン遺伝子や、ガンの種類も一定程度推定が可能になるという結果だ。このアプリケーションは経験数を増やせば増やすだけそれを学んで発展する学習型アプリケーションなので、例えば現段階で膵臓癌と特定するのは6割程度で、直腸ガンの2割も同じように膵臓癌と判断してしまうが、インプットの数を増やせば診断率は上がると述べている。着眼点はよく、ぜひこのままうまく発展してほしいと願う。しかし一方で、この研究だけからはあまり期待しないほうがいいとも感じる。雑誌がCancer Cellということで、レフリーもガンと正常の区別だけを念頭に置いて審査しているようだ。しかし、複雑な血小板の一生は当然炎症や変性疾患など他の多くの病気の影響も受けるはずだ。とすると、比べなければならないのは正常とガンではなく、ガンと他の病気だ。それがまったく行われず、また議論もしないままこの論文が通るのは問題だと思う。もちろん着想は評価する。早く他の疾患との鑑別が可能か論文を出してほしい。
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11月14日:膵臓癌を助けるT細胞(Nature Medicine 11月号掲載論文)

2015年11月14日
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最近有名誌に掲載される膵臓癌についての研究論文が増えているように思える。今週だけでも、Natureに膵癌のEMT(上皮間質転換)とガンの化学療法抵抗性の研究、GastroenterologyにCD44阻害による膵癌抑制、Nature Medicineに個別の膵癌を動物に移植して抗がん剤の影響を調べる大規模試験、そして同じ号のNature Medicineに掲載された今日紹介する論文を目にした。おそらくこれは、膵臓癌の発症率が増加傾向にあるにもかかわらず21世紀に入ってほとんど治療成績に改善はなく、最も死亡率の高いガンであるという認識から、米国政府が予算を増加させている結果ではないかと想像している。今日紹介する米国NIHからの論文は膵臓癌自体ではなく、膵臓癌の周りに起こる炎症を起こすT細胞についての研究で、タイトルは「Selective inhibition of the p38 alternative action pathway in infiltrating T cells inhibits pancreastic cancer progression(p38迂回経路を介する浸潤T細胞の活性化の選択的抑制による膵癌進展の阻害)」だ。膵臓癌の最も著明な特徴は、周りに線維化を伴う強い炎症を伴うことで、この炎症が膵臓癌の増殖を助けているのではと考えられている。この研究ではこの強い炎症の引き金を引くのが様々な炎症性サイトカインを分泌するT細胞ではないかと着想し、サイトカイン分泌に関わるシグナルp38が活性化されたT細胞の比率を膵臓癌の手術組織で調べ、炎症とp38の活性化が相関していることを明らかにしている。また、p38の活性化されたT細胞の比率が、膵臓癌の悪性度とも関わることを示し、膵臓癌の悪性度はガンだけでなく、周りのT細胞の反応性にも左右されることを明らかにしている。次に、p38の上流に位置するシグナル経路を検索し、迂回路として知られているシグナル経路がこれに関わることを確認したうえで、この経路を選択的に阻害するGADD45分子由来のペプチドを設計し、このペプチドの効果をマウスモデルで調べている。結果は期待通りで、このペプチドを投与すると、T細胞のp38活性化を抑え、結果としてガンの増殖を抑制することができる。まとめると、膵臓癌の進展には周りに浸潤したT細胞のp38迂回路を介した活性化が深く関与しており、これを抑制するとガンの増殖も抑えられるという結果だ。なんといっても、ペプチド薬とはいえなんとか薬剤開発にまで進んだ点が評価できる研究だ。幸いこの経路は今注目されているガンのキラー細胞活性には関わっていないようで、炎症だけを抑えられるようだ。今後この方法にに、血管の増強、そしてガン自体に対する様々な治療法が組み合わさったプロトコルの開発が進むだろう。つぎはぜひ延命だけでなく、根治を目指した治療法の開発を期待したい。
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11月13日:DNA損傷により染色体が動き始める(11月5日号Cell掲載論文)

2015年11月13日
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論文を読んでいると、これまで考えもしなかったことを学ぶことができる。普通の人には考えられないだろうが、これも長く科学で飯を食ってきたおかげだと思う。裏を返すと、それを着想し、実験的に証明する科学者がいるということで、皆が思いもかけないことに取り組む科学者の層の厚さがその国の科学力になると思う。今日紹介するロックフェラー大学からの論文はかなりプロでないと着想できない研究で11月5日号のCellに掲載された。タイトルは「53BP1 and the LINC complex promote microtuble-dependent DSB mobility and DNA repair (53BP1とLINC複合体はDNA2重鎖切断部位の微小管を介した動きとDNA修復を促進する)」だ。イントロダクションを読むと、放射線などでDNAを切断するとクロモゾームの動きが活発になることが知られていたようだ。この研究では、まずDNA切断部位の動きをビデオで捉えるための方法を開発している。放射線によるDNA切断は染色体に広く分布するため全て追跡することは難しい。代わりに著者らは染色体の断端、テロメアに着目する。染色体の断端は言ってみればDNAが切断された部位に相当する。ただ TRF2と呼ばれる分子によりこの断端が障害部位と認識されないようにしている。したがってTRF2を欠損した細胞を使うと、テロメアをそのままDNA障害部位として追跡することができる。追跡には切断部に結合する53BP1分子に蛍光物質を結合させた標識を用いる。正常の細胞から急にTRF2を除くと蛍光標識された53BP1がテロメアに結合する。この動きを追跡することで、切断部の動きをモニターできる。この方法を開発したことがこの研究の全てだが、期待どおりテロメアは動き回り、最終的に他の染色体のテロメアと融合する。すなわち、修復と同じ反応が起こる。この動きの原動力を調べるために、細胞骨格になるアクチンやチュブリンの重合を阻害すると、チュブリンでできた微小管の動きが止まると、テロメアの動きも止まり、テロメア融合も減る。すなわち、切断部に結合した53BP1と核外の微小管がなんらかの結合をして切断部を動かしていることがわかる。この結合に関わるメカニズムとして著者らは核内の分子と核外の微小管を結合させているLINK複合体に着目し、それぞれの分子を欠損させてテロメアの動きを観察すると、この複合体がないと動きが止まることを発見した。これが結果の全てで、切断部に存在する53P1とLINK複合体がどのように連携しているのかはまだわからないが、DNA切断部を動かすことが断端部の再結合を促進し、修復を促していると結論している。素人的には、切断部が動いて揺らいだりすると余計に修復が起こりにくいように思える。実際、修復に必要なBRCA1が欠損した細胞にDNA損傷を加えてやると間違った部位の結合が起こるが、チュブリンとの結合を抑制するとこの異常修復は抑えられる。この問題に対し著者らは、もともとDNAが切断されることはほとんどなく、あっても1−2ヶ所だけだと考えると、離れた切断部を動かしたほうが修復確率が上がると説明している。もちろん、異常に切断部位が多いような状況では、切断部が動くことで間違った修復が増え、異常細胞を除去するのに一役買っているとも言える。とするとガンを叩く目的でDNA損傷を加えるとき、チュブリンの重合を止めたり安定化させてしまうと、抗がん剤の効果が減じることになるため、注意が必要なことを示唆している。面白く、ためになる納得の論文だった。
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11月12日:プレシジョンメディシンの先駆け(11月5日号JAMA Oncology掲載論文)

2015年11月12日
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オバマ大統領の一般教書演説でわざわざ取り上げられたということから、我が国でもプレシジョンメディシンという言葉が注目されるようになったが、要するに個人やその病気に合わせて最適の治療を行うことで、我が国ではこれまでテーラーメイド医療と言う言葉で語られていたことだと思う。例えばガンのゲノムを調べ、個別のガンについてガン化に関わる分子を標的にした治療を行うことや、アンジェリーナ・ジョリーさんのようにBRCA遺伝子の突然変異を知って、予防的に乳房切除を行うこともプレシジョンメディシンに入るだろう。今日紹介するテキサス大学MDアンダーソン・ガンセンターからの論文は、口内にできた前癌状態、白板症がガンに発展するのを標的薬で予防できるかというかなり挑戦的な課題に取り組んだ研究で11月5日号の JAMA Oncologyに掲載された。タイトルは「Erlotinib and the risk of oral cancer. The erlotinib prevention of oral cancer randomized clinical trial (口腔ガンのリスクとエルオチニブ。エルオチニブによる口腔ガン発生抑制についての無作為化治験)」だ。このグループは以前白板症のバイオプシーの遺伝子を調べ、9番と3番の染色体上のマイクロサテライトが欠損するとガン化リスクが上がることを発見していた。この研究では379人の白板症の患者さんをリクルートし、まずこのマイクロサテライトを調べ陽性群と陰性群に分け、陽性群のうち研究に同意してくれた患者さん150人を無作為的にEGF受容体の活性を阻害するエルオチニブ投与群と、偽薬投与群に分け、あらかじめEGF受容体の活性を抑制することでガンの発生を阻止できるか、長期間観察している。マーカーとして、マイクロサテライトの他にもEGF受容体遺伝子の増幅も調べリスク判定に使っている。結果だが、まずマイクロサテライトやEGF受容体遺伝子の増幅がリスク判定に使えることは明らかで、例えばマイクロサテライトが欠損している場合、ガンの発生率はほぼ2倍になる。さらにEGF受容体遺伝子の増幅とマイクロサテライト欠損が重なると実に半分以上の人でガンが発生する。ただ、予防薬としてエルオチニブを投与した群と偽薬群では発生率に差がなく、予防薬としては利用価値がないという結果だ。低容量アスピリンなど、ガン予防薬の研究はこれまでも行われているが、EGF受容体の増幅など標的遺伝子の検査からリスクを算定した上で、標的薬を投与する研究としてはおそらく世界初だろう。この研究はアステラスの子会社OSI Pharmaがスポンサーになっているが、製薬企業にとっては残念な結果だろう。しかし、抗がん剤として開発した薬剤を予防薬としてでも利用しようとする創薬の執念を垣間見た気がする。いずれにせよ、白板症の遺伝子を調べてリスクを判定できることは明確だ。今後ガンと白板症の違いを基盤にした治療につながるだろう。この研究は治験研究としてはいわばネガティブデータを示した研究だが、論文として採択されている。少なくとも治験研究に関しては、統計的にポジティブデータも、ネガティブデータも論文として採択されることが知られている。ほとんどのネガティブデータが闇に葬られる中で、このようなネガティブデータの論文は貴重だ。
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11月11日ヒトの造血システムの見直し(Scienceオンライン版掲載論文)

2015年11月11日
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ティルとマッカラによる脾臓コロニー検出法開発以来、造血システムの単細胞レベルでの研究はカナダの伝統だ。その伝統を受け継ぐ一人が今日紹介する論文の著者ジョン・ディックで、これまでも白血病の幹細胞の概念をはじめ、ヒトの造血システムで優れた研究を発表している。さて、昨年10月9日、マウス骨髄細胞の動態を調べ、造血システムが、未分化で多能性の幹細胞から増殖能が制限された様々な幹細胞、そして最終的に各系列に特化した細胞に順々に分化するとする従来の階層的モデルを真っ向から否定する論文を紹介した(http://aasj.jp/news/watch/2276)。今日紹介するディックらのScienceの論文もこの考えに近いモデルをヒト造血システムについて提案するもので、タイトルは「Distinct routes of lineage development reshape the human blood hierarchy (個別の血液系列発生経路の存在は新しいヒト造血の階層性を示している)」だ。この研究では、造血細胞中の様々な分化段階の幹細胞をセルソーターで分離し、個々の細胞の分化増殖能を様々な増殖因子と造血支持ストローマ細胞の存在下で丹念に調べた膨大な研究で、体内での造血動態を調べることの困難なヒトの造血幹細胞の研究としてはこれ以上の方法は難しいと考えられるぐらい徹底していると思う。結果は、胎児期の造血組織や臍帯血には多能性を持つ中間段階の幹細胞が十分認められるが、大人の骨髄になるとこの研究で使われたコロニー検出法で多能性が検出される幹細胞はほとんど見られなくなることを発見している。普通このような結果は、培養条件が悪いためと切り捨てられるのだが、この研究では、同じ条件で胎児肝臓細胞や臍帯血では多系列へ分化できる幹細胞を検出できることが示されており、幹細胞自体が骨髄内で変化したという結論を確かなものにしている。結論としては、これまでのように様々な能力を持った幹細胞が階層的に分化するのは胎児期だけで、成人の骨髄造血は、幹細胞としてはもっとも未熟な幹細胞と多能性の前駆細胞の2種類だけが維持され、そこから各系列に分化した細胞が直接発生するという結果だ。完全に同じとは言えないが、マウスの骨髄動態についての最近の考えと近いのではないだろうか。   ただ気になるのは、このように新しいマーカーを用いて純化した細胞の分化増殖能を調べる現象論的研究の繰り返しでは、議論に終わりがないことだ。実際、造血細胞のコロニー検出法が開発されて半世紀以上経っている。ぜひ現象論から一歩踏み込んで、この背景にある分子メカニズムを解明する研究が生まれて欲しいと思う。半世紀にわたって議論されてきた全ては、転写調節による分化調節メカニズムと自己再生能の調節メカニズムの問題に集約できる。現象論を繰り返して議論し論文を生産するのは楽しいが、このサイクルはメカニズム研究を通して必ず決着をつけることができる。これを実現する若手の登場を期待したい。
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