7月9日:サルも相手は顔で選ぶ(6月26日Nature Communications掲載論文)
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7月9日:サルも相手は顔で選ぶ(6月26日Nature Communications掲載論文)

2014年7月9日
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ハイテクを使った系統発生や変異の研究と言うと、現代ではほぼゲノム研究と同義語になっているが、周りを見渡せば利用可能な技術はいくらもあるようだ。今日紹介する論文は、近い種が混じって存在するジャングルで、オナガザルが何を指標に交尾相手を選んでいるかを調べたニューヨーク大学からの研究で、6月26日Nature Communicationsに掲載された。タイトルは「Character displacement of Cercopithecini primate visual signals(オナガザル視覚シグナルの形質転換)」だ。この研究では22種のオナガザル149個体の顔の写真を、アメリカ、英国の各動物園及びナイジェリアの自然公園で撮影し、約1500枚のイメージを集めている。論文の図1はこのサルの顔で埋められており、壮観だ。一方系統発生の研究に必須の遺伝子比較による系統解析はこれまでの研究をそのまま使っている。はっきり言えばオナガザルの写真を集めただけの仕事と言えるが、この写真を「eigenface(固有顔)」として知られる顔解析ソフトを用いて数値化し、顔の類似性を数値化した上で系統間の距離を計算し、顔の似方がサルのどの性質と相関するかを調べている。ここでのハイテクはこのeigenfaceソフトで、勿論人間の顔認識のために開発された技術だ。皆さんも日本人の平均顔の写真を見たことがあると思うが、このソフトではまず出来るだけ多くの顔写真を集め、各要素が標準化された固有顔を作成する。この集合が固有顔で、個別の顔はそれぞれの固有顔から要素を持って来て描き直すが、その時のどこをどの程度持って来たかがその顔の数値になる。この論文では最初11の固有顔を作成し、これで約94%の顔が表現できることを確認している。正直言うと具体的な数理については私もよくわからないので、科学的に似ているかどうかを数値化したと考えればいいだろう。ではそれぞれのオナガザルの顔解析の結果は、何と相関するのか。残念ながら遺伝子による系統関係とは相関がない。結局最も相関したのが、それぞれの種の生活圏の間の距離と逆相関した。言い換えると、生活圏が重なるほど顔ははっきりと区別できるようになる(似ていない)と言う結果だ。このグループはこの結果を、オナガザルは同じ種の交尾相手を顔で決めているため、生活圏が重なる場合は間違いが起こらないよう自然に顔の造作が区別出来るよう進化するが、生活圏が分離している場合はこの選択圧は働かないと解釈している。科学者の考えることは尽きないことがよくわかる楽しい論文だ。しかし少し考えてみるとこの差は間違いなくゲノムの違いを反映しているはずだ。とすると、この数値化された差を発生させるゲノムの差を調べることもそう先の話ではなさそうだ。昨年10月25日このホームページで顔の形成に関わる遺伝子制御部位を何百もリストしたアメリカの研究を紹介した。この時私は以下のように書いている。  「今回リストされたエンハンサーはヒトでも保存されている。とすると、ヒトのSNPと呼ばれる遺伝子の多様性と、ヒトの顔認証のために積み重ねて来た様々な測定法を組み合わせて、遺伝子と顔の造作との対応関係をつける事が可能になるかもしれない。この点で、次の一手は、ヒトでの研究になる様な気がする。こんな話をすると、すぐデザイナーベービーと関連させて噛み付くマスメディアもあるかもしれないが、個性が対象になると言う点で、夢が将来に拡がる仕事だ。」 この論文を読んで同じ印象を持った。
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7月8日:病的肥満の新しいマーカー(7月3日号 Cell誌掲載論文)

2014年7月8日
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腸内細菌叢の研究も合わせると、肥満や糖代謝などについての新しいウェーブの研究が世界で進んでいるように感じる。「メタボ」についての私の師匠・元大阪大学医学部病院長の松澤先生から、良い肥満と悪い肥満があると教えられて来た(ちなみに松澤先生は間違いなく良い肥満らしい)。最初は松澤先生の自己正当化だろうなどと笑って聞いていたが、現役を退いてからこの分野の論文を読んでいると、ほとんどの研究がこの問題に集中しているのがわかる。しかしいい肥満と悪い肥満がなぜ分かれるのか?脂肪細胞は常に悪か?などまだ本当の理解が出来ていない点は多い。事実脂肪細胞は悪ではないことを示す論文を6月21日このホームページで紹介した。ただ悪い肥満はインシュリン抵抗性の糖尿病と、様々な炎症マーカーの亢進を指標に定義されている。この定義に基づき、アメリカ医師会ではついに悪い肥満は病気であると投票で決定した。今日紹介する論文は、悪い肥満の引き金を引くのがヘムオキシゲナーゼ1(HO-1)であることを示す研究で、ウィーン大学とフライブルグにあるマックスプランク免疫学研究所からの論文だ。タイトルは「Heme Oxygenase-1 drives metaflammation and insulin resistance in mouse and man (ヘムオキシゲナーゼ1はマウスとヒトで代謝炎症とインシュリン抵抗性を引き起こす)」だ。HO-1は古くから研究されている酵素で、鉄が結合したヘム蛋白を分解する。最近では酸化ストレスの防御や、炎症との関連から新たな研究が盛んになっていた。特にマウスでHO-1を誘導すると肥満や糖尿病が改善するとして注目を集めていた。この研究では先ず痩せている人、良い肥満と悪い肥満(インシュリン抵抗性の程度で決めている)の人から生検で肝臓細胞と脂肪細胞をもらってHO-1の遺伝子発現を調べ、悪い肥満でHO-1が上昇していることを発見している。これはHO-1が肥満を抑えると主張する研究と真っ向から対立するが、これまで発表された他のグループの遺伝子発現データでも同じ結果が確認できたので、動物を用いた概念を証明する実験へと進んでいる。結果は予想通りでHO-1を肝臓細胞でノックアウトするとインシュリンによく反応し、高脂肪食でも肝臓に脂肪がたまらなくなる。逆にこの分子の発現を急性に上昇させるとインシュリン抵抗性になると言う結果だ。HO-1分子をマクロファージでノックアウトすると全般的に炎症刺激への反応が低下するとともに、インシュリンに対する反応が上昇する。効果がどのように生まれるかを細胞レベルで調べると、NFκBと呼ばれる炎症刺激の中核にある分子を介して炎症を抑えているようだ。もちろんマクロファージがインシュリン抵抗性にどう関わるのか、おそらく肝臓にあるクッパー細胞が主役だと思われるが今後の研究が必要だ。しかし新しいアイデアを提案しており、これをきっかけに肥満やメタボはHO-1との関係で再検討されるだろう。HO-1は創薬可能性の高い標的だ。しかし生命にとって必須の酵素で、また低下すると肺気腫になることも示唆されているので、全身のHO-1を抑制すればすむと言うわけには行かないだろう。しかし新しい手がかりが見つかると、世界には糖尿病やメタボリックシンドロームが5億人もいる。集中的な研究が進む予感がする。
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7月7日創薬の難しさ(Alzheimer`s Research &Therapy誌オンライン版、及び全米医師会雑誌掲載論文)

2014年7月7日
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七夕は思いが成就する日だが、今日紹介する2つの論文は患者さんの期待と創薬努力がミートしないケースが多くあることを指摘した残念な論文だ。最初の「Alzheimer’s disease drug development pipeline: few candidates, frequent failures (アルツハイマー病治療薬開発状況:候補薬は少なく失敗が多い)」とタイトルのついたクリーブランド病院からの論文はAlzheimer’s Research & Therapy誌オンライン版に掲載されている。これは誰もがアクセスできる医学専門情報を扱うPubMed Centralからアクセスできる。さて治療や医療技術開発のための臨床治験を論文として公表したい場合、治験開始からアメリカNIHが運営するClinicalTrials.gov (https://clinicaltrials.gov/) に登録が義務づけられている。このサイトを見ると現在約17万件の臨床治験が、187カ国で進められていることが示されている。この数字から人類が日夜病気を克服しようと力を尽くしていることがわかる。しかしまたこの努力の多くが実らないことも確かだ。この論文では2002年から2012年にかけてこのサイトに登録されたアルツハイマー病治療法の治験の状況について調査している。21世紀に入ってからアルツハイマー病の研究が進んだが、これに呼応して2009年まで急速に治験の数が増え、2010年以降はほぼ横ばいで推移している。この中にはアルツハイマー病のメカニズムに直接関わる標的Aβやタウ蛋白に対する治療薬や神経死抑制薬も含まれている。10年で413という数が多いかどうかは別として、アルツハイマーに対しても新しい薬剤開発が続いていると言う励まされる報告だ。ただ問題は成功率で、治験の終わった244の薬剤の中で市場に出たのが1つだけで、成功率が0.4%にすぎなかった点だ。薬剤の中のかなりの数が、動物を用いた前臨床研究で十分な効果が見られている。基礎の論文を読んでいるだけだと、天の川を(死の谷)を渡ることも難しくない印象を持つが、薬剤開発は一筋縄でいかないことを示している。前臨床試験が完璧でも臨床試験がうまく行かない例としてmTORと呼ばれる分子を標的とする薬剤がある。この分子は正常の免疫機能とともに多くのがんで重要な機能を持つことがわかっており、これに対する阻害剤を用いた試験管内の研究や、この分子を調節するPTENと呼ばれる分子をノックアウトしたマウスを使った研究から極めて有望な薬剤であることが期待されていた。様々ながんで治験が進められて来たが、ようやく腎臓がん等に使用が許可されたものの、私が期待していたほどではない印象を持っていた。7月号の全米医師会雑誌にこの薬剤の一つエベロリムスを進行性の肝臓がんに試した治験が出ていたので最後に紹介する。「Effect of Everolimus on survival in advanced hepatocellular carcinoma after failure of sorafenib (ソラフェニブが有効でなかった進行肝がん患者さんの生存に及ぼすエベロリムスの効果)」で、世界各国を巻き込んだ国際治験だ。肝がんについてもこれまでAKT/PTEN/mTORのシグナル経路が重要であると言う多くの前臨床研究があった。しかし今回500人近くの進行肝がんの患者さんで調べた研究結果は、エヴェロリムスが全く患者さんの生存を伸ばす効果がないと言う悲しい結果だ。いかに前臨床研究で期待できる結果が出ても、実際の患者さんに対する治験では失敗に終わる薬剤は多くある。このことは治験に協力しても報われなかった患者さんが数多くいることを意味している。もし前臨床試験と臨床試験の解離が余りに大きい場合は、基礎研究者も使っているモデルを真剣に再検討すること要求されるはずだ。基礎研究者もそのことをよく肝に銘じて、自分が使っているモデルが臨床試験に対する予測性をどの程度持つのか常に考え、論文に正直に明記する気持ちを持って欲しい。
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7月6日:デニソーバ人からの贈り物(Natureオンライン版記事)

2014年7月6日
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私たちホモサピエンスが同じヒト科のネアンデルタール人やデニソーバ人と出会い、交雑したことがわかっている。これは以前紹介したドイツライプチッヒにあるヒト進化研究所のペーボさんたちがネアンデルタール人、デニソーバ人の全ゲノム配列を決定したことで、私たちホモサピエンスと比べることが可能になったおかげだ。これまでの研究でネアンデルタール人の遺伝子がヨーロッパやアジアに広く分布していることはわかっていたが、シベリアのアルタイ山で発見されたデニソーバ人の遺伝子は何故か遠く離れたポリネシア人にしか見つかっていなかった。今日紹介する北京ゲノム研究所からの論文はチベット人特異的な高度順応に関わる遺伝子がなんとデニソーバ人に由来すると言う驚くべき結果だ。タイトルは「Altitude adaptation in Tibetans caused by introgression of Denisovan-like DNA(デニソーバ人に似たDNAの移入によるチベット人の高地順応)」で、Natureオンライン版に掲載された。高地順応と言っても一様ではない。チベット人は赤血球やヘモグロビンを増加させず高地に順応することに成功している。この性質と最も相関が高い遺伝子多型がこれまでの研究でEPAS1遺伝子領域に同定されている。この仕事ではまずこの領域の遺伝子多型の起源を1000人ゲノム計画を始め利用できるデータを駆使して検索している。そして、現代人のゲノムライブラリーには全く見当たらないのに、なんと2万年前に絶滅したと考えられるデニソーバ人のゲノムに同じ多型が見つかると言う驚くべき結論に達している。もちろん一つのSNP(一塩基多型)が古代人と一致することはあるが、EPAS1領域にある20の多型のうち12がデニソーバ人と一致することは、交雑により移入された遺伝子が高地順応に有利な効果を提供した結果、チベット族だけに維持されたと考えることが出来る。これを確認するため、多くのチベット族と漢人からゲノムを集めこの部分の多型の分布を調べ、チベット族のほとんどがこの多型を有していること、及び漢人にも低い確率でこの多型を持つヒトが存在することを明らかにしている。最終的にこの論文で最も可能性の高いシナリオとして示唆されているのが、アルタイ山付近のデニソーバ人は漢族とチベット族が分かれる前の人類と交雑があり、その結果遺伝子が移入されたが、その後のデニソーバ遺伝子は希釈により漢人から失われて行った。一方高地に住むようになったチベット族にとってこの多型は高地順応のため価値が高く、他の遺伝子領域からデニソーバ人遺伝子が失われても、この多型は必須遺伝子として維持され続けたと言うシナリオだ。しかし、人文領域とされて来た歴史学が今大きく変わろうとしていることを感じる。特に遺伝子移入を通して民族の交流の歴史が次々と明らかになっている。毎日新しく書き換えられる民族交流の歴史をじっくり眺めれば政治家の決断も変わるかもしれない。最後に、クモゲノム、シロクマゲノム、ハダカネズミゲノム、そしてチベット族ゲノムと立て続けに生み出される論文を読むと、北京ゲノム研究所(BGI)の底力を実感する。BGIが活動を始めた頃、我が国の研究者は「データが当てにならない」などと表面を見ただけの批判をすることが多かったように思う。しかし気がついてみると、この分野のBGIのシェアはもはや我が国の及ぶ所でなくなっているように感じる。長期的視野を持って民間活力を生かした発展を続けるBGIから改めて学ぶ時が来たのではないだろうか。
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7月5日:慢性ベリリウム症=自己免疫病(7月3日Cell誌掲載論文)

2014年7月5日
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最新の論文を読んで懐かしく感じることは滅多にないが、この論文を読んで40年前の思い出に浸ることが出来た。京大胸部疾患研究所で研修を初めてすぐに、当時講師の泉先生がK社社員に発症した慢性ベリリウム症を発見した。その後も何人かの発症が続いたため、工場内でベリリウムに暴露されて起こる職病と認定して、様々な検査を行った。背景にベリリウムにより誘導されるアレルギーが疑われたため、ベリリウムに対する皮膚テストを行ったところ、患者さんだけが強い反応を示す。皮膚に水泡が出来る程強いので、代わりの免疫検査として試験管内のリンパ球刺激反応を試した。驚くことに、対照に使った自分や、同僚のリンパ球は培養にBeSO4を加えると元気がなくなる。おそらくBeSO4が金属として持つ毒性のせいだろう。しかし患者さんのリンパ球はそれに反応して増殖する。本当に驚いた。なぜこのような小さな金属に対してTリンパ球が反応できるのだろう?なぜ暴露した肺に進行性の肉芽が出来るのだろう?興味は尽きなかったが、もちろんそれ以上追求することはなかった。40年経って、その時の疑問に全て答えているこの論文にであうことが出来た。しかも私よりずっと年上のT細胞研究者Kapplerの研究室からの論文だ。免疫学を始めた頃、ずいぶん彼の論文を読んだ。その意味で2重に懐かしい気持ちになった論文だ。前置きが長くなったが、「Structural basis of chronic beryllium disease: linking allergic hypersensitivity and autoimmunity (慢性ベリリウム症の分子構造的基盤:アレルギー性過敏症を自己免疫と結びつける)」とタイトルのついた論文は7月3日号のCell誌に掲載された。まずベリリウムに反応するのはHLA-DP2と言う限られた組織適合抗原を持っているヒトだけで、ベリリウムは自分が発現しているタンパク質由来のペプチドと結合した形で初めてT細胞を刺激できることがこの論文以前に明らかになっていた。この論文では、なぜ特定の自己ペプチドだけがベリリウムと結合できるのか、ベリリウム特異的T細胞はどのような分子構造を認識しているのかについて、蛋白の立体構造を詳しく調べて読み解いている。蛋白構造の詳細については私も完全に理解できているわけではないが、結論をまとめると次のようになる。HLA-DPと自己ペプチドが結合して出来るポケットにベリリウムとナトリウムがすっぽりと収まると、このポケット構造がベリリウムを内部に取り込んで閉じた形を作る。このHLAとペプチドがとる新しい蛋白構造をT細胞は認識し、ベリリウム自体を認識しているわけではない。ただ、こうして出来るHLA-自己ペプチドとT細胞レセプターの結合は、他の抗原とレセプターには見られないほど例外的に強い。このため、慢性の反応が続く進行性の病気になると言う結論だ。とすると、慢性ベリリウム症はベリリウムに対する反応ではなく、ベリリウムによって変化した自己蛋白に対する自己免疫反応になる。なぜ暴露しても、3%位の人しか病気にならないのか、なぜT細胞がこの様な小さな金属に特異的に反応できるのかなど、全て納得できた。40年来の疑問に答えてくれたKapplerさんに感謝。
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7月4日:未完のヒト体細胞初期化(Nature誌オンライン版掲載論文)

2014年7月4日
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昨日覗いてみたNatureウェッブサイトには我が国で各紙が大きく報じた小保方論文撤回の記事が出ていたが、同時にヒトの体細胞リプログラミング研究にとって重要な論文がウェッブページのトップに掲載されていた。オレゴンの生殖医学の研究所からの「Abnormalities in human pluripotent cells due to reprogramming mechanisms(リプログラミングによる多能性細胞に見られる異常)」と言う論文だ。4月30日このホームページにニューヨーク幹細胞研究所の山田さんが体細胞核移植によるヒトクローンES細胞を樹立したことを紹介した。その時読者の方からヒトクローン由来ES細胞樹立論文が2013年オレゴンからCellに発表されていると指摘をうけた。調べてみるとそのとおりで、Cell論文も立花さんと言う日本人が筆頭著者であることを知り、ヒトクローンの研究の全てに日本人が関わることを知り喜んだ。今日紹介する論文は、この時作成されたヒト体細胞クローン由来ES細胞(NTES)と、同じ体細胞から作成したiPS細胞、そしてNTES作成時に提供された同じ卵を人工授精させて作成したES細胞を揃えて、そのゲノムやエピゲノムの比較からリプログラミングの限界を探る研究だ。NTESは卵子の中の初期化因子によるリプログラミング、iPSは言うまでもなく山中4因子を導入しておこるリプログラミングだ。残念ながらES細胞の遺伝的バックグラウンドを揃えることは出来ないが、NTES とiPSは全く遺伝的に同じと考えられることから、技術自体の持つ問題を正確に評価できる。結果はわかり易い。先ずリプログラム過程で起こる遺伝子変異を染色体部分のコピー数の変化を指標に調べている。平均的にはiPSの方がNTESよりコピー数の変異を来し易いが、統計学的には差がない。リプログラミング後も遺伝的変異が見られない場合もあることから、幾つか選んだクローンの中から変異の少ない株を選ぶのが現実的だろう。さて2つの方法に大きな差がでたのが、メチル化DNA解析で、完全な多能性状態を代表すると考えられるES細胞と全ゲノム領域をカバーするDNAアレーを用いて比べたとき、メチル化、脱メチル化がうまく進んでいないゲノム部位がiPSでは6500か所存在する一方、NTESでは約100か所しかなかったと言う結果だ。他にもメチル化が遺伝子発現に関わることがはっきりしている遺伝子についても個別に調べ、どの方法で見てもNTESのほうがiPSよりはるかに正確にリプログラムされていると言う結果が出た。このリプログラミングの不完全性に対応して、遺伝子発現でもNTESの方がiPSよりはるかにES細胞に近いと言う結果だ。実際には予想されていたことだが、iPSしか存在しない時にはわからないことがヒトクローンESが可能になることで初めて明らかになった。さて小保方論文以来、追試の重要性がマスメディアでも強調されているが、この論文の追試を行うのは並大抵ではない。今のところ今回とは別の細胞を使って追試が出来るのは、4月30日に紹介したニューヨークのグループだけだろう。法的には我が国もNTES樹立が可能で、立花さん、山田さんなど経験を持った研究者もいるはずだが、結局これが可能なのはアメリカしかないのは残念だ。私は1月30日小保方論文を紹介した時、次のように書いた。  「何れにしても小保方さんの結果により再認識させられるのは、どの方法でリプログラミングを誘導しようとも、リプログラミング自体が生理的な過程ではないことだ。事実、私たちのゲノムは30億塩基対という膨大な物だ。この30億塩基対のエピジェネティックな状態の細部を思い通りに制御するなど至難の業だ。」  しかし思い通りにリプログラムできるようにするのが科学で、それが実現した時にはiPSもNTESも必要なくなっているはずだ。
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7月3日:ミトコンドリアを持ち込まない核移植(6月19日号Cell誌掲載論文)

2014年7月3日
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昨年9月このホームページでも紹介したがミトコンドリア(Mt)病は正常と異常のミトコンドリアが一つの細胞内で競合し、異常なMtが徐々に正常を凌駕することによって起こる全身性の複雑な病気だ。実際には200人に1人は異常Mtを少しは持っているが、この異常Mtが正常を凌駕するまで増殖する確率は低く、最終的に病気になるのは10万人に1人位だ。治療法は異常Mt機能を補助する対症療法だけで、異常Mtが存在することが疑われる場合でも、それを正常に変換する方法はない。ただ、正常Mtを持つ卵子に、Mt病確率が高い卵子の核だけを移植し、Mtを置き換える方法の開発が各国で進められている。しかし取り出した卵の核とともに多くのMtが持ち込まれ、時間とともに正常Mtを凌駕する可能性があることが動物実験で示されている。この問題を、卵子本体の核の代わりに減数分裂時にできる極体の核を移植することで解決できないかマウスで調べたのが今日紹介する中国上海からの論文で、Cell誌6月19日号に掲載された。タイトルは「Polar body genome transfer for preventing the transmission of inherited mitochondrial diseases(異常ミトコンドリアの移入を防ぐ極体ゲノム移植)」だ。先ず極体から説明しよう。卵子減数分裂では2サイクルの分裂が起こる。第一サイクルは受精前に始まり、大きな卵本体と小さな極体を形成する。次に極体と卵はともにもう一回分裂を行い、卵と、第二極体を形成する。受精前の過程は第2サイクルの途中で止まっており、受精後減数分裂が完成し、第二極体が放出される。この研究では、それぞれの段階で極体の核と、卵子の核を取り出し、正常卵子に移植した時Mtがどの位持ち込まれているかを調べている。細胞の大きさなどから第一極体に最もMtの混入が少ないと予想されるが、実際そのとおりで第一極体の核(実際には分裂中)を移植したときはMtの持ち込みがほぼ0であることを証明している。極体の核と卵子の核は原理てきに同じと考えられるが、もちろん確かめる必要がある。胚を発生させこの点を調べている。結果は、どちらも同じ効率で胚発生を遂げ、正常出産、成長、そして次世代を作る事が出来る。さらに遺伝的に違うミトコンドリアを用いて次世代、次次世代へのMtの持ち込みを調べると、期待通り極体を移植したグループは持ち込みが0だ。他にも染色体異常があるかなど徹底的に調べても、両方のゲノムは同じと言えるようだ。このことから、極体の核移植でMt病の発生を防ぐことが出来ると言う考えは証明された。後はどのように一般の理解を得て行くかだ。核移植を行うと言う点がハードルになると考えられるため、体細胞クローンとは異なることをよく理解してもらう必要がある。これまで高齢者の卵子に若い卵子の細胞質を入れて若返らせる方法が行われて来たが、今回の方法がヒトでもうまくいくなら、間違いなく究極の方法だと思う。我が国の生殖補助医療技術は高く、その気になれば明日から行われてもいい技術だ。是非議論を始めて欲しい。しかし素朴なアイデアをわかり易く示すいい論文を書く点では、中国の胚操作研究は世界をリードし始めていることを実感する。
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7月2日:上咽頭がん治療薬をゲノムから探る(Nature Genetics6月22日号掲載論文)

2014年7月2日
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上咽頭がんは一種風土病とも言えるがんで、東南アジアや中国に多いが、我が国にはまれながんだ。噛みタバコの習慣と深く関わり、またウィルス(EBウィルス)の関与が早くから指摘されて来た病気だ。この様な欧米に少ない病気のゲノム研究はどうしてもアジアで行う他なく、この研究もシンガポールを中心とするグループにより行われた。うれしいことに、がんゲノムに関しては我が国の第一人者京大の小川さんもしっかり参加している。世界中から頼りにされているのだろう。「The genomic landscape of nasopharyngeal carcinoma(上咽頭がんのゲノム)」とタイトルがついた論文は6月22日号のNature Geneticに掲載されたもので、一言で言うと上咽頭がんのゲノム研究だが、治療薬を探そうと言う強い意志を感じる研究だ。研究では、上咽頭がん128例のエクソーム、全ゲノム、必要に応じて発現しているRNAを調べ、上咽頭がんの原因になる遺伝子変化を同定するとともに、その結果をもとにがんの生物学を行っている。まず、このがんでのウィルスの関与は、例えば子宮頸癌のパピローマビールスなどとは全く異なるメカニズム、即ち遺伝子発現調節に関わる染色体構造調節を通して関わっているようだ。これとパラレルにエピジェネティックスに関わる様々な遺伝子の変異が認められる。結果として、mycと呼ばれるがん遺伝子の発現が上昇している。さらにこの研究の特徴は、発見した個々の遺伝子の機能をしっかりがん細胞の遺伝子操作を通して確かめている点で、ARID1A, BAP1などの欠損ががん発生に重要であることが証明されている。これに加えて、化学化合物が既に開発されている様ながん増殖に関わるシグナル経路を変異遺伝子から探索することも行っている。この結果、ERBB2/3分子とその下流のシグナル、及びオートファジーに関わるATGファミリー分子、細胞分化に関わるSYNE1, Notchなどの遺伝子変異がこのがんの増殖に関わる可能性が高いことを示している。この論文のうれしいのは、幾つかの経路についてどこまで薬剤開発が進んでいるかも一目で分かるように示している点で、この論文を読む医師やその患者さんには朗報になること間違いない。これまでのがんゲノム研究から一歩進んだ、お手本になる研究だと思う。何度も繰り返すが、がんゲノムを知ることは戦う相手を知ることだ。我が国の医療機関で患者さんががんを知って戦える日が一日も早く来る様努力したいと決意を新たにした。
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7月1日:悲しいレポート(Biological Psychiatryオンライン版掲載論文)

2014年7月1日
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我が国でも子供への暴力、育児拒否、低所得など子供を取り巻く問題は深刻だ。この様な環境による子供への影響を私たちは精神的問題として考えがちだが、脳は生後も長期にわたって成長を続ける。当然脳自体の発達障害につながる可能性は大きい。この問題を調べたのが今日紹介するウィスコンシン大学からの研究で、Biological Psychiatryオンライン版に掲載された。タイトルは「Behavior Problems After Early Life Stress: Contributions of the Hippocampus and Amygdala (幼児期のストレスに起因する行動異常、海馬と扁桃体の寄与)」だ。研究では幼児期に様々なストレスにさらされた128人の子供の脳の扁桃体と海馬の大きさを12歳前後の時点でMRIを使って調べている。128人は3つのグループに分けられている。第一グループは親の育児拒否のため施設で生活をしている子供達、低所得過程に育った子供達、そして家庭内暴力の犠牲になっていた子供達だ。対照には中流階級に育った子供が選ばれている。どの程度のストレスにさらされたのかは聞き取り調査で点数化し、また検査時の行動異常の有無についても調べている。結果は予想通りだが悲しい結論だ。まず、右の扁桃体へのストレスの影響はほとんどないが、ストレスを受けた子供達の左の扁桃体の大きさは対照と比べると大きく低下している。特に低所得環境で育った子供達に低下が激しい。海馬になるとストレス群は全て左右で発達が低下している。ストレスを点数化して扁桃体、海馬の大きさに対してプロットすると、スコアが高いほど発達が阻害されているのが明らかになった。また、この大きさは検査時の問題行動とも相関すると言う結果だ。個人的に驚いたのは、暴力や育児拒否より、低所得が続くことの方が発達障害が著しいことだ。ストレスにより戻ることのない脳の発達障害が起こることがわかる。海馬は記憶に関わり、扁桃体は社会性に関わる脳領域だ。この結果から予想される将来の社会コストはおそらく大きいはずだ。是非政府も全ての子供の健全な育成を図るため、育児拒否、家庭内暴力防止だけでななく、安心して子育てが出来る所得を保証する政策をとることが、将来の社会コスト抑制への道であることを理解して欲しいと期待する。
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6月30日:魚の発電装置(6月27日号Science誌掲載論文)

2014年6月30日
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電気ウナギ、電気ナマズ、しびれエイは知っていたが、今日紹介する論文を読むまで魚類の発電機構が進化上で6回も独立に発生しているとは知らなかった。事実しびれエイと電気ウナギは種として5億年前に分離している。6月27日号のScience誌にミシガン大学から発表された論文「Genomic basis for the convergent evolution of electric organ(電気装置進化のゲノム基盤)」は、この独立した進化にメカニズムの共通性があるかどうかを調べている。研究では、先ず電気ウナギの全ゲノム解析を行い、ゲノム遺伝子構成について決めている。この結果に基づき、次に発電を行うelectrocyteと呼ばれる細胞が集まる発電装置特異的に発現している遺伝子を、電気ウナギ3種及び電気ナマズ、elephant fishで網羅的に調べている。全ての種で電気装置は筋肉が変化して起こる。6回も独立して筋肉細胞から進化することから考えると、電気装置の進化に共通の分子機構があることが予想される。予想通り、ほとんどの電気装置で発現が変化する遺伝子は共通だ。この研究から見えるシナリオは次の様なものだ。先ず筋肉分化の早い段階で筋肉への分化を抑制する転写ネットワークが生まれる。こうして出来た特殊な細胞に絶縁のための特殊コラーゲン、電気を貯めるための電圧依存性のイオンチャンネルの発現が上昇し、電池としての機能を構成する。平行して筋繊維の収縮に関わるカルシウムチャンネルを抑制し、電池細胞自体に形態の変化が起こらないようにする。さらに、インシュリン様増殖因子発現を上昇させ細胞のサイズを増大させ、電池機能を高める。よく出来たシナリオだと感心する。とは言ってもかなり複雑な過程が進まないと電池は出来ないようだ。これら分子発現の変化をもたらすゲノム上の変化は何か、これらのプロセスはどの順番で起こったのか、何が選択圧として働いたのか、疑問は尽きない。しかし次世代シークエンサーが確かに時代を変えている。もうすぐ日本進化学会が高槻で行われるが、我が国でこのツールがどれほどの拡がりを見せているのか調べてみたい。
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