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若いときだけでも楽器を習え!(11月13日 J. Neuroscience論文、オリジナル)

2013年11月13日
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1年ほど前に「Welcome to your child’s brain」(今東洋経済出版社から最新脳科学で読み解く0歳からの子育てとして翻訳がでている)を読んだとき、子供の時にいくらモーツァルトを聴かせても役に立たないが、楽器を習わせるとIQが上がるという科学的研究があると知った。元の論文をたどってみると、カナダ・トロントのGlenn Schellenbergさんが2004年、Phycological Scienceに発表した仕事だった。この仕事は6才児から36週間だけキーボードか歌を慣わせ、何もしなかった子供と比べている。ただ、これは習ったすぐの後の効果を調べており、実際にこの効果がいつまで続くかはわからない。また、知能への影響となると複雑だ。これに対して、今日紹介する仕事は、若い時期に音楽を習っただけで後はやめて40年以上になる人たちが、何もやらなかった人とどう違うかを比べている。Northwestern大学のグループがJ.Neuroscienceに発表した論文で「Older adults fenefit from music training early in life: biological evidence for long-term training driven plasticity (若いときの音楽練習は高齢になってから役に立つ:練習によって得られる長期間の脳の可塑性の生物学的証拠)」がタイトルだ。
   引退するまでJ.Neuroscienceを読むことなどついぞなかったが、細胞学から認知まで多様な論文が同時に掲載される面白い雑誌だと感じた。さて紹介する研究は、4-14年音楽を習った後すっかりやめた人、1-3年と短い期間だけ習った人、そして全く習ったことのない人達の高齢になってからの、言葉の認識能力を神経学的に調べている。調べたときの年齢は55-76歳だ。年齢要素を補正して得られた結果は、音楽を少しでも習うと、40年以上しても、言葉を聞いたときの神経反応が良いということだ。特に、子音と母音が変換するときの反応は高く、それも雑音のあるところで聞くときの反応により顕著に差が認められるという結論だ。人間を用いた認知研究の常だが、勿論この研究も「なぜ?」を問う段階まで至らない。しかし、高齢になっても効果があり、なおかつ言葉を聞く能力の可塑性が維持できるなら、これからの子供にやらせる価値がある。当たり前と思うようなことを、持論として展開するだけでなく、しっかりと科学にする努力をすることが重要だ。専門誌としてトップクラスのJ.Neuroscienceの編集者も精神発達研究の重要性は十分認識しているようだ。とは言え、日本でも同じ事が言えるかどうかは確かめる価値がある。日本語は英語と違って子音と母音の転換はめまぐるしくない。是非誰かチャレンジしてくれないだろうか。私も当然ボランティアとして手を挙げる。

カテゴリ:論文ウォッチ

乳がん再発に関わる遺伝子変異(11月9日号Nature Genetics)

2013年11月13日
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今日友人が訪ねて来て乳がんの再発のことを聞かれた。乳がんの増殖を抑制する薬剤としてエストロゲン受容体に作用するタモキシフェンやフルベストラントなどが広く使われている。とは言え、乳がんの患者さん達は、いつこれらの薬剤が効かなくなって再発するのか常に心配しながら生きている。友人もこの心配について質問しに来た。勿論私は専門家でないので、正確な方針を示すことは出来ない。代わりに、今ガンのゲノム研究は急速に進んでおり、薬が効かなくなったガンに対する治療が開発できる可能性は加速度的に上がってきていると励ました。友人が帰った後、Nature Geneticsを見ていたら、ドンピシャの論文が2報掲載されていて驚いた。一つはSloan-Ketteringがんセンターからの研究で「ESR1 ligand-binding domain mutations in hormone resistant breast cancer (ホルモン療法抵抗性の乳がん細胞にはエストロゲン受容体のホルモン結合部位の突然変異がある)」で、もう一報はミシガン大学医学部からの研究で「Activating ESR1 mutation in hormone-resistant metastatic breast cancer (ホルモン抵抗性の転移乳がんはエストロゲン受容体のホルモン結合部位を活性化させる突然変異を持つ)」だ。両論文とも、ホルモン抵抗性になった再発乳がんの遺伝子を調べ、タイトルにあるようにホルモン抵抗性の原因がエストロゲン受容体自体に起こる突然変異であるという結論に到達している。突然変異の場所も限定されているので、抵抗性獲得に直接関わっている可能性が高い。
   ここで調べられたほとんどの症例は平均5年ぐらいの経過をたどってきている。膵臓ガンのように急速に進展する場合も大変だが、乳がんの場合はまさに闘病という言葉以外に表しようのない長い戦いがある。この長い経過の中で、様々な遺伝子に2次、3次の突然変異があるが、最も高い確率で見られるのがこのエストロゲン受容体の突然変異であることが今回明らかになった。この突然変異がおこったエストロゲン受容体は、それ自身で高い発がん能力を持つ事も明らかになった。また、この突然変異が受容体分子のどのような構造変化につながるかも調べられている。これは新しい薬剤を開発するのに必須の情報だ。とは言え、今この新しい突然変異に対抗する手段があるわけではない。しかしいったん遺伝子が決まると、薬剤開発のスピードは確かに速まる。他のガンについては、私たちのホームページでも紹介してきた。今回見つかった突然変異がわからないときと比べると、新しい薬を見つける可能性は十分ある。希望のある仕事で是非友人に知らせようと今回取り上げた。
   一方、以外だったのは、この2つの論文が、再発乳がんの遺伝子を調べた研究の最初であるという事実だ。おそらく転移ガンのサンプルを患者さんから貰ったりするのが難しいのかもしれない。しかし、がんゲノム研究の進展を考えると、発症して手術を受けるときから長期間様々な資料を提供していただくことが、新しい治療開発の鍵になることは確かだ。このためには、患者さんを中心に、乳がん克服のため医師、創薬企業、研究者が集まるコミュニティーの形成が必要だ。我が国でこのようなコミュニティーをどのように作っていけばいいのか、考えていきたいと思った。

カテゴリ:論文ウォッチ
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