代わりに遺跡に残る住居跡のサイズの違いをベースに、狩猟生活から、植物栽培の開始をきっかけに定住が始まる時代を経て、農業社会へと移行していく約1万年近い時間にわたってジニ係数を算定し、文明の進化に伴う格差の発生について調べた論文がワシントン州立大学からNatureオンライン版に掲載された。タイトルは「Greater post Neolithic wealth disparities in Eurasia than in North America and Mesoamerica(新石器時代以降に北米、およびスペイン占領前の中米と比べると富の不平等がユーラシアで進行した)」だ。
この研究では、世界中に点在する古代社会の遺跡で住居について詳しい記載のある論文から、集落の住居の広さを算定し、その差をもとにジニ係数を算定、その社会の特徴を探ろうとしている。住居の広さからジニ係数を算定すること自体は、記録のない時代を知るための優れた方法であることを確認し、そのデータの解析を行っている。
まず、ジニ係数が狩猟生活、定住の始まり、農耕社会と経過するにつれて、上昇する。すなわち格差が広がっていくのが明らかになった。さらに悲しいかな、政治体制が国家へと進むとともに原則としてジニ係数が増加する。もちろん例外もあり、例えばメキシコのテオティワカンでは農業を基本とした大型の国家が形成されているにもかかわらずジニ係数は0.17で止まっている。これは、宗教を中心にした集団政治体制により貧富の差が抑えられたとするこれまでの考え方と一致する。
各地・各時代のジニ係数から著者らが最も注目したのが、アジア、中東、ヨーロッパの旧世界と、北米、中米の新世界では、時代によるジニ係数の増加パターンが大きく異なる点だ。すなわち、旧世界ではジニ係数が時代とともに上昇し続けている一方、新世界では時間と相関が明確でない。また、一般的にジニ係数は新世界で低い。この差が、大型の家畜の農業への導入時期が、旧世界では地域でまちまちだったせいではないかと考え、その地域の大型家畜導入時期を起点としてグラフを書き直し、両地区でのジニ係数の動きがほぼ同じようになることを示している。
まとめてしまうと、共同性を獲得することで新たな発展を遂げ、共同狩猟社会、そして原始農業の始まりとこのスタイルを守ってきた人間も、専門性を必要とする大型動物の導入で新たな格差社会を始めたことになる。また、テオティワカンのようにこの傾向から大きく外れる国家については、体制について違った見方が必要であることも示している。この研究では、現代の集落についても同じ方法でジニ係数を算出し、スロべキアやスペインではジニ係数が横ばいなのに対し、アメリカや中国でそれぞれ、0.8,0.73と急速に上昇することを指摘して、この原因を調べることで現代の問題点も整理できるのではと結んでいる。結論は当たり前に見えるが、「古きを考える」考古学が、ゲノム研究だけでなく様々な領域で新しい科学へと変換する息吹を感じる。
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