今日紹介するバージニア大学からの論文は、試験官内での細胞構築の組織学を起点に悪性度の強いトリプルネガティブ乳がんの発生学に取り組んだ研究で11月20日号のDevelopmental Cellに掲載された。タイトルは「Tumor supperssor inactivation of GDF11 occurs by precursor sequestration in triple negative breast cancer(トリプルネガティブ乳がんの腫瘍抑制因子GDF11の隔離による不活化)」だ。
最初、トリプルネガティブ乳がん(TNBC)の研究がどうして発生学の雑誌Developmental Cellに掲載されるのか訝しく思ったが、読み通してみるとガンが対象とはいえ発生学に近い方法で解析されており、なるほどガンの発生生物学だと納得した。
研究の目的はTNBCの3D培養の中に、細胞社会から逸脱したカドヘリン発現が抑制されたガン細胞が発生するメカニズムを明らかにすることで、細胞株の培養、マウスへの移植実験、実際のガンのゲノム解析、遺伝子発現解析、さらにガンの組織学など多くの実験を組み合わせて、TNBCが転移しやすい悪性ガンになる過程を解析している。ほとんどすべての実験過程が記載されているため、極めて長い論文で、よく編集者がこの長さをそのまま掲載したなという印象だ。
いずれにせよ、すべての詳細を紹介することはできないので、結論だけをまとめておく。
まず、3D培養法を用いて、ガン細胞の塊を維持するためにはTGFβファミリー分子の一つGDF11が必須で、数ある他のファミリー分子では同じ効果がなく、GDF11がないと、上皮の塊が維持できないことを明らかにする。次に、GDF11 刺激により活性化されるシグナル経路を明らかにし、このシグナルが乳腺の発生分化に必須のId2の誘導を介して働いていることを示している。すなわち、このシグナルが欠損すると、ガン細胞は上皮構造から分離して浸潤・転移することになる。
次に、実際のガンゲノムを比べ、悪性度とGDF11の相関を調べると、予想に反してGDF11はTNBCでもほとんど変異が起こっていない。代わりに、GDF11前駆体分子から活性型のGDF11に転換する酵素PCSK5の変異とガンの悪性度が相関することを発見している。
以上のことから、TNBCが発生する初期の過程ではPSCK5が分泌され、細胞を塊のまま保つことで、ガンの悪性化が抑制されているが、変異やガン細胞から分泌される分子の作用でPSCK5の機能が低下すると、浸潤、転移が始まるというシナリオを描いている。 このシナリオをベースに、PSCK5はガン抑制遺伝子p53に誘導され、この変異により発現が低下し、またDNA障害が起こると誘導されることから、修復を抑制した上で、放射線照射すればPSCK5のレベルを上げて、ガンの浸潤や転移を抑えられるのではと結んでいる。
これが可能かどうかは、それほど難しくなく実験で示せるはずで、これだけ長い論文を書くなら、この可能性もテストして欲しかったと思う。いずれにせよ、ガン細胞の3D培養を用いた、ガンの発生生物学の一つの可能性を示した論文で、面白く読んだ。
カテゴリ:論文ウォッチ