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10月3日:子供の頃の記憶が正確でない理由(8月22日号米国アカデミー紀要掲載論文)

2017年10月3日
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人間特有の言語は言うに及ばず、意識など高次脳機能の研究に動物を使うことは、課題の設定に多くの困難を伴う。とはいえ、脳の操作は当然のこと、脳の活動を記録するという観点から見ても、人間を使った研究は簡単ではない。このため、光遺伝学などを用いた脳操作全盛時代、どうしても人間を使った研究はかすんでしまう。そこで、今日から3日間、操作が難しい人間の記憶についての研究がどのように行われているのかを知るため、最近読んだ論文を3編紹介したいと思う。

今日紹介するドイツマックスプランク生涯心理学研究所からの論文は8月22日出版された論文で少し古いが、記憶の発達と海馬の解剖学的発達の関係について調べた研究で米国アカデミー紀要に掲載された。タイトルは「Hippocampal maturity promotes memory distinctivenesss in childhood and adolescence(海馬の成熟は子供や青年の記憶の弁別性を促進する)」だ。

人間の研究ではまず脳を操作することは許されない。従って、この困難を観察と推計学を組み合わせて克服する。そのため、多くの人間からデータを取る必要がある。実際には、ボランティアを集めるのがおそらく最も難しい過程だろう。この研究では70人の6−14歳の児童、及び33人の18−27歳の若年成人を対象とし、MRIで海馬の解剖学的形態を詳しく分析し、年齢による発達を調べている。これまで様々な観察結果はあったようだが、今回の結果は海馬は年齢とともに発達し、例えば歯状回のように拡張する場所と、鈎状回のように縮小する場所に分かれる。ただ、これは傾向で、発達程度の個人差は大きく、個人的経験の違いなどの発達程度を反映していると考えられる。今後は領域間結合などを調べる必要がある。いずれにせよ傾向ははっきりしたので、すべての場所の形態を総合した、「発達度指標」を開発している。

次に、それぞれの被験者の記憶力について、連合記憶や弁別記憶など様々な記憶力を調べるテストを行い、それぞれの数値と、海馬の発達度指数との相関を調べている。結果は、顔などの小さな違いを弁別する能力は明らかに海馬の発達と相関するが、連合記憶や情報源記憶(source momoery)などの他の記憶能力とは相関しないことが分かった。

一方、同じような発達度指標を前頭前皮質について開発し、これと様々な記憶との相関を調べると、情報の出処についての記憶(情報源記憶)が強い相関を持つことを示している。

以上が結果で、海馬の発達は顔の分別など、小さな変化を分別した記憶に関わっており、一方情報がどこから来たかといった情報源記憶の発達には海馬ではなく前頭前皮質が関わっているという結論になる。分かりやすく言うと、子供の頃についての記憶はあっても、詳細は覚えていないのは、この弁別記憶が発達していないせいだという結論になる。実際には個人差が大きく、大きなばらつきのある点の集合から計算される相関と言える。今後は、より早い段階、病的な状態、さらにテンソルなどを用いた領域間の結合測定など、一歩づつ研究を進めていくことになるだろう。しかし、どんなに大変でも、人間を用いた研究なしに高次機能や病気を理解することはできない。今日紹介した論文は、記憶課題と、MRI検査は全く別に行われた研究だが、次回は課題と脳機能計測を同時に行った研究を紹介する。
カテゴリ:論文ウォッチ

10月2日:肺の炎症に関わる神経ペプチド(9月21日号Nature掲載論文)

2017年10月2日
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特に意図しないで神経系と免疫系の直接的相互作用の話が2日続いてしまったが、神経系の影響が強い炎症性疾患と考えると、喘息がすぐ思い浮かぶ。無論喘息の原因は、気道でのアレルゲンによる免疫反応だが、様々な精神的要因で発作が変化することがよく知られている。

今日紹介するハーバード大学からの論文は神経ペプチドニューロメデュリンU(NMU)が肺の炎症増強因子として自然免疫に関わるILC2細胞を刺激していることを示した論文で9月21日号のNatureに掲載された。タイトルは「The neuropeptide NMU amplifies ILC2-driven allegic lung inflammation(ニューロペプチドNMUはILC2による肺のアレルギー性炎症を増強する)」だ。

これまでの研究で喘息など肺のアレルギー性免疫反応にIL-7受容体を発現しているがTでもBでもないILC2細胞が関わっていることがわかっている。この研究ではまずマウス気道をダニ抗原で刺激する系で、上皮由来のIL-25やIL-33により刺激された状態にし、そこに集まっている細胞の遺伝子発現プロファイルを、単一の細胞ごとに調べ、そのプロファイルから細胞の種類を特定し、さらにこのデータの中からアレルギーに関わるILC2細胞等で上昇している遺伝子を探索している。要するにビッグデータから各細胞で誘導される具体的分子を拾い出すという話だが、大変な実験と総合的能力が必要なのはよくわかる。

この結果神経ペプチドNMUに対する受容体NMUR1がILC2特異的に発現していることを突き止める。この結果はILC2と神経系が直接相互作用をしていることを示しており、実際感覚神経でNMUが発現しており、その発現はIL-13で増強されることが明らかにしている。

次に、試験管内でILC2を NMUで刺激する実験を行い、粘膜由来サイトカイン IL-25と組み合わせると強くT細胞を刺激することを示している。この粘膜と神経細胞の強調作用は実際の気道内ではもっと明確で、ダニ抗原に対するアレルギー反応系で、IL-25, NMUそれぞれ単独では強い炎症反応は起こらないが、両方同時に投与するとIL-5,IL-13が強く誘導され、その結果好酸球の浸潤が誘導されることを明らかにしている。

最後にNMUの作用メカニズムをお得意の遺伝子発現ビッグデータ解析を使って探索、NMUが ILC2の増殖とともにサイトカイン発現などの活性化を誘導することで炎症に関わることを示している。

ほとんど最初から最後まで、気道内での様々な刺激を受けた細胞の遺伝子発現プロファイルの探索にのみ焦点を当てた研究で、普通の免疫学者なら必ず行う各細胞の刺激実験などが省かれているため、最終的に評価が難しい。例えば、ではNMUノックアウトマウスでは炎症が防げるのかという話になると、代償的にT細胞が増殖して好酸球浸潤は正常マウスレベルになるようで、神経と免疫の相互作用は明らかになっても、NMUが治療標的になるかなど肝心なところが不明なままだ。とはいえ、喘息に神経要因が影響しやすいことの一端はわかった気がするし、またNMUは気道収縮に関わるので、これを抑えることでついでに免疫反応も抑えられるなら、一石二鳥かもしれない。それでも次は臨床への可能性を示してくれないと、論文のための論文で終わる気がする。
カテゴリ:論文ウォッチ

10月1日:歳をとると太りやすくなる一つの原因(Natureオンライン版掲載論文)

2017年10月1日
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歳をとると、どうしても代謝が落ち太り気味になる。食べるのをやめればいいのだが、老い先短い人生、できるだけ節制をしたくないのが本音だ。また、90を過ぎた母を見ていると、結局超高齢になると、いやでも体脂肪が減ってしまうのがわかる。今のうちにある程度は溜め込んでいたほうがいいのではとも思う。いずれにせよ、年齢とともに太る原因のほとんどは、代謝が落ちることだと思っていた。

今日紹介するエール大学からの論文は、高齢に伴う炎症性のマクロファージの活性化が脂肪の燃焼を抑えることも肥満の原因になることを示した論文でNatureオンライン版に掲載された。タイトルは「Inflammasome-driven catecholamine catabolism in macrophages blunts lipolysis during ageing(インフラマソームにより駆動されるマクロファージ内でのカテコーラミンの分解が老化に伴い脂肪分解を抑える)」だ。

この研究ではまず、絶食によりカテコーラミンの作用で上昇するグリセロールや遊離脂肪酸が、老化により低下する原因が、脂肪組織に存在するマクロファージによる交感神経からのカテコーラミンの分解によることを明らかにする。これは、脂肪組織に存在するマクロファージだけに見られる活性で、他の組織では脂肪組織での脂肪燃焼を抑える働きはない。そこで、老化マウスの脂肪組織のマクロファージの遺伝子発現を調べ、炎症を誘導するNod-like受容体が活性化され、その結果カテコーラミンの分解が促進し、脂肪分解が抑えられること、そしてNod-like受容体が欠損したマウスでは、老化しても脂肪燃焼が正常に起こることを明らかにしている。

次に、マクロファージの炎症性の活性化が脂肪分解を抑制するメカニズムを探り、TGFβファミリー分子GDF3の分泌が高まり、これが脂肪組織に働いて脂肪分解を抑制するとともに、マクロファージにも働いて炎症性の刺激を高める2重効果があることを突き止めている。

最後に、マクロファージによりカテコーラミンの分解が高まることが、脂肪分解を抑えるなら、カテコーラミンを分泌する交感神経とマクロファージは密接な相互作用をしているのではと、脂肪組織でのマクロファージの分布を調べると、期待どおり交感神経に接して存在して、神経により分泌されるカテコーラミンの量を調節している可能性を示している。

以上の結果に基づき、老化マウスでもカテコーラミンの分解を阻害すると、脂肪の燃焼が正常化することも示している。

この論文を読んで、確かに脂肪分解が老化とともに低下している理由の一つが理解できた。老化に関わる慢性炎症の役割もよくわかった。ただ、脂肪分解を抑えるのがいいのか悪いのかは早々に結論できない。ひょっとしたら、老化にともないいつかは失う貯蔵脂肪を守ってくれているのかもしれない。

最後に、昨日の炎症サイトカインが直接神経に働く話に続いて、今日は炎症性細胞が直接交感神経の機能を抑制するという話で、ともに神経と免疫細胞の密接な相互作用を示す研究だった。
カテゴリ:論文ウォッチ

9月30日:炎症によりかゆみがおこる新しいメカニズム(9月21日号Cell掲載論文)

2017年9月30日
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炎症が起こるとかゆくなって、なかなか治らないことは誰でも経験する。ただ、かゆみの原因は、ヒスタミンやIL-31など様々な炎症のメディエーターの仕業だと思っていた。しかし、抗ヒスタミン剤だけでなかなかかゆみが止まらないことは誰もが経験するところだ。

今日紹介するワシントン大学からの論文は神経細胞がリンパ球刺激サイトカインIL-4に直接反応することがかゆみの原因であることを突き止めた研究で9月21日号のCellに掲載された。タイトルは「Sensory neurons co-opt classical immune signaling pathways to mediate chronic itch(感覚神経が古典的免疫シグナルを慢性のかゆみを媒介するために使っている)」だ。

この研究では免疫反応でリンパ球に働くサイトカインが直接神経に働く可能性を調べるため、神経細胞に出ている炎症局所に発現するインターリューキンンの受容体をしらべ、IL-4,IL-13の受容体が感覚神経で発現されていることを突き止める。

次に、感覚神経を分離して直接IL-4,IL-13で刺激する実験を行い、ヒスタミンやカプサイシンに反応する小型の神経細胞がIL-4,IL-13に反応し、同時にヒスタミンにも反応できることを明らかにした。さらに、このシグナル伝達にTRPV1チャンネルが関わることをノックアウトマウスで確認している。ところが、マウス皮膚を直接IL-4,IL-13で刺激してもすぐにかゆみが誘導するわけでないことも分かった。

そこで、サイトカインは神経に直接働いても、かゆみ感覚を誘導するのではなく、かゆみが起こる閾値を下げ慢性的なかゆみの原因になるのではと考え、感覚神経でIL-4受容体が欠損したマウスでアトピー性皮膚炎を誘導しかゆみの反応を調べると、かゆみが強く押さえられるだけでなく、炎症そのものも抑えられることがわかった。そこで、IL-4受容体の下流にあるJAK1をやはり感覚神経でノックアウトすると、同じようにかゆみが抑えられること、またJAK1阻害剤を全身投与してもかゆみを抑えることを確認している。

ここまでは、確かに面白いが、別に驚くほどの論文ではなく、トップジャーナルに掲載されるところまでには行かない。しかし、この論文では、炎症反応が強くなく、原因のわからない慢性のかゆみを訴える患者さん(Chronic idiopathic puritus)にJAK阻害剤を服用させると、調べた5人全てでかゆみが抑えられることを示している。実際このような病態は、老人で見られることが多く治療法がほとんどなかった。おそらく、このunmet needsに答えたという点を評価されたのだろう。とはいえ、JAK1阻害剤を長期に老人に投与しても問題ないかどうかは今後調べる必要がある。
これまで神経細胞がインターリューキン受容体を発現していることは報告されてきたが、病気治療にまで成功した話は、私の知る限りこれが最初のような気がする。
カテゴリ:論文ウォッチ

9月29日:迷走神経刺激で植物状態から意識を取り戻す(9月25日号Current Biology掲載論文)

2017年9月29日
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事故で意識を失ったまま何年も経ったある日、肉親の呼びかけに答えて意識が戻るドラマは数多く描かれている。よく脳死と混同されるが、脳死は生命維持に関わる脳幹の活動も全くなくなり、脳波も見られない場合を指す。ただ脳の活動があると言っても、ドラマとは異なり、植物状態も1年以上続くと回復の確率は低くなる。このため、積極的に意識を回復させる方法の開発が続けられていた。

今日紹介するフランス・CNRSのMarc Jennerod認知科学研究センターからの論文は,自動車事故で脳圧上昇を伴う脳出血により脳の広範な障害で植物状態に陥り、そのまま15年経過した男性の意識を、迷走神経刺激により改善したという結果で、9月25日号Current Biologyに掲載された。タイトルは「Rstoring consciousness with vagus nerve stimulation(迷走神経刺激で意識を回復させる)」だ。

意識には視床と皮質をつなぐ回路が深く関わるので、視床を電極で刺激する治療はこれまでも行われ、効果が示されていた。ただ、視床に電極を長期に埋め込むことには限界があり、これに代わる方法の開発が望まれていた。この研究は、難治性のてんかん治療に使われている迷走神経刺激療法が脳幹部の活動に効果を及ぼすことに注目し、視床直接刺激の代わりに植物状態の治療にも使えないか調べている。徐々に強い刺激にしながら6ヶ月パルス療法を行い、結果を専門家による意識レベルの診断、及び脳波、PET、MRIなどにより調べている。

結果だが、論文によると意識レベルは植物状態から、最小限に意識が認められる状態へ移行することができている。例えば、人を目で追いかけたり、声に反応するなどができるようになっている。ただデータをみると、もともとこのスコアはばらつくので、評価には注意が必要だろう。

一方、脳波などの検査による回復は明確で、意識に関わる脳領域に覚醒の指標であるθ波が見られるようになる。また、脳の間の結合を調べる指標でも、様々な領域間での結合がはっきりと回復していることがわかった。さらに、ブドウ糖の取り込みで調べる脳活動のPET検査でも、大きな改善が得られたことから、確かに迷走神経刺激が脳の活動を回復させることは明らかになった。

話はこれだけで、植物状態から意識を回復する方法が開発されたと結論するにはまだ早い。1例報告で、ドラマのように完全な意識が回復したわけではない。しかし、脳波やPET検査による結果からは、期待が持てるし、なによりも迷走神経刺激療法は比較的簡単に行える。とすれば、長期に植物状態を続けている人だけでなく、1年未満の患者さんと2群に分けて、治験研究を行い、この結果を早く確かめてほしいと思う。1例報告とはいえ、私は期待している。
カテゴリ:論文ウォッチ

9月28日:T細胞分化スイッチをノンコーディングRNAが入れる(9月21日号Cell掲載論文)

2017年9月28日
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リンパ球の分化に関しては、私が現役の頃から試験管内での再現方法が確立し、未分化幹細胞から様々な系列への分化を誘導できるようになっている。またこの系を利用すると比較的均一な分化度の異なる中間段階が精製できるため、分化に必要な転写因子のゲノム上の結合や、染色体構造との関わりをくわしく調べる事ができる。このような研究の中から明らかになった事の一つが、転写に関わるゲノム上のエンハンサーが、核膜近くの抑制的領域から、核の内部に移行するという発見で、重要な遺伝子の転写のスイッチが、エンハンサーの場所の変化で入る事を示している。B細胞系列については、例えば現在京大再生研の宮崎さんたちの研究がよく知られている。

今日紹介する論文はT細胞の分化系を用いて、エンハンサーの核内局在の変化に関わるメカニズムをかなりのレベルまで明らかにした論文で9月21日号のCellに掲載された。タイトルは「Non-coding transcription instructs chromatin folding and compartmentalization to dictate enhance-promoter communication and T cell fate(ノンコーディングRNAがクロマチンの折りたたみを指示することでエンハンサーの(核マトリックスへの)区画化を変化させ、エンハンサーとプロモーターの相互作用を誘導、その結果としてT細胞の運命が決定する)」だ。

この研究ではT細胞分化のDN2と呼ばれるステージについて領域間の接合状態を調べ、Bcl11bと呼ばれるT細胞運命決定に関わる遺伝子のエンハンサーが核膜マトリックスから核内に移行することを確認し、研究をスタートさせている。

最初からノンコーディングRNAの役割が頭にあったと思うが、2箇所のエンハンサー近くでノンコーディングRNAが転写されることを突き止め、そのうちThymoDと呼ばれるRNAの転写が途切れる細工をすると、T細胞分化がDN2で停止し、最終的に白血病が発生することを示している。この結果、エンハンサー近くでRNAが転写されることで、エンハンサーが核膜近くの抑制性の区分から解放され、運命決定因子の転写が始まり、分化が進行するというシナリオが確認された。

詳細は省くが、この研究のハイライトはエンハンサーが解放されるメカニズムをかなりの程度明らかにしたことだ。この結果、1)ThymoDの転写により、メカニズムは明らかではないがDNAのメチル化を外すTetタンパク質が、ゲノムの折りたたみに関わるCTCFやcohesin結合部位にリクルートされる、2)この結果CTCF結合部位のDNAメチル化が外れ、3)結果CTCFとcophesinの結合が高まり、DNAのルーピングが促進する、4)この構造変化によりそれまで核膜マトリックス内にトラップされていたエンハンサー部分がマトリックスから解放され、5)Bcl11b遺伝子の転写がオンになり、6)T細胞分化が進むことを示している。また、この機能に必要なノンコーディングRNAはセンスでもアンチセンスでもよいことを示し、突然変異でノンコーディングRNAがオンになったりオフになったりすることが、発がんにも重要な働きを演じていることを示唆している。 予想していたが、他の系列と比べると、リンパ系分化はゲノムの構築や染色体構造を調べるのに優れた系になってきた。この分野では我が国は遅れを取ってきたが、この論文の筆頭著者も磯田さんという日本の研究者なので、この領域を熟知した若手が今後は増えてくるのではと期待している。
カテゴリ:論文ウォッチ

9月27日:アッシャー症候群の遺伝子治療による聴力と平衡感覚の回復(9月5日号米国アカデミー紀要掲載論文)

2017年9月27日
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内耳の有毛細胞は、体内の細胞の中でも群を抜いて美しい細胞の一つだろう。様々なピッチの音に対応して、長さの違う有毛細胞が秩序よく並び、異なるピッチの音を聞き分けている。しかしこれほど美しい構造を形成するには、様々な分子が働く必要がある。そして、そのうちの一つでも正常な機能が失われると、聴力や平衡感覚が失われる。そんな遺伝病がアッシャー症候群で、症状の強い順にType I,Type II, Type IIIの3タイプが存在し、それぞれのタイプの原因になる突然変異遺伝子もすでに特定されている。アッシャー症候群では、内耳の形成障害に加えて、早くから網膜色素変性症が発症し、視覚障害も進行する。これを治すためには、正常遺伝子を内耳と網膜で回復させるか、あるいは細胞移植のいずれか、あるいは両方を使えるようにすることが重要になる。

今日紹介するパスツール研究所からの論文は、Sansと名付けられたマトリックスタンパク質が欠損したマウスの内耳に、アデノ随伴ウイルスベクター(AAV)を用いて正常遺伝子位を導入し聴力や平衡感覚の回復を見た研究で9月5日号の米国アカデミー紀要に掲載されている。タイトルは「Local gene therapy durably restores vestivular function in a mouse model of Usher syndrome type 1G(局所的遺伝子治療によりアッシャー症候群Type1 Gマウスモデルの前庭機能が長期的に回復する)」だ。

内耳は音を感じる蝸牛と平衡感覚のための前庭に分かれている。この研究では幾つかのAAVの中から感染効率の高いものを選んだ後で、細胞への遺伝子導入効率を調べ、蝸牛では場所に応じて内有毛細胞の87%—45%、外有毛細胞では33−25%、そして前庭では91%の細胞に遺伝子を送れることを示している。

これらの確認実験のあと、実際に欠損している遺伝子を内耳に1回だけ注入している。内耳は体液で満たされており、AAVによる遺伝子導入には適した組織のようだ。結果だが、まず前庭機能はほぼ完全に回復し、50週以上続く。この結果平衡感覚が戻ることは、重要だ。ただ、今回用いた量では聴力の回復は、前庭機能ほど完全ではない。音を感じる閾値は5−15kHzで大きく低下、よく聞こえるようになっているが、高い音の回復は限界があるようだった。ただ、正常と比べると、やはり難聴は広い範囲で続いていると言わざるをえない。組織的には、完全な正常構造が回復したわけではなく、完全回復には発生時からの治療が必要かもしれない。

これはすべてマウスでの話で、今後注射時期を含め、実際の臨床応用のための実験が必要だろう。しかし局所に対する遺伝子治療で平衡感覚を戻せる可能性は高く、人工内耳と組み合わせることで平衡感覚も聴覚も取り戻せる期待を抱かせる。今後は、発症前に網膜色素変性症に対する遺伝子治療が可能かもできるだけ早く調べて欲しいと思う。パーキンソンといい、局所の遺伝子治療はこれからも注目だ。
カテゴリ:論文ウォッチ

9月26日:mRNAの細胞内非対称分布は上皮にも見られる(9月22日Science掲載論文)

2017年9月26日
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転写されたmRNAの細胞内の局在が不均等なケースはこれまでも数多く知られている。一番有名なのはショウジョウバエの卵で見られる、生殖細胞系列を決めるmRNAの局在で、この不均一性を支えるための分子メカニズムが詳しく解析されている。哺乳動物でも、神経細胞のような大きな細胞ではmRNAの不均等分布は普通に見られ、必要なタンパク質を必要な場所で素早く合成するためのメカニズムと考えられている。おそらく上皮など、他の細胞でも同じ現象が見られるのではと考えられてきたが、それを小さな細胞内で特定することは難しい。

今日紹介するイスラエル・ワイズマン研究所からの論文はレーザーで細胞内の異なる場所を切り出してmRNAの量を調べる方法を用いてかなり多くのmRNAが腸上皮で不均等分布していることを示し、この機能的意味を調べた研究で9月22日号のScienceに掲載された。タイトルは「Global mRNA polarization regulates translation efficiency in the intestinal epithelium(多くのmRNAの局在が腸上皮での翻訳の効率を調節している)」だ。

神経や卵と比べると、腸上皮は極性があるとはいえ極めて小さく、分布に極性を持つmRNAを特定することは簡単でない。この研究では、腸上皮の断片からレーザーで先端部と基底部に分けて細胞質を取り出し、そこに含まれるmRNAの頻度を調べ、分布に極性が見られるmRNAを特定、特に極性がはっきりしたmRNAについてin situ hybridization法で実際の局在を確かめている。この実験から、レーザーでの切り出しで特定した遺伝子の分布と、in situ hybridizationで検出できる局在がほぼ一致することを明らかにした。予想通り、上皮でもmRNAの不均等分布は存在している。面白いのは、mRNAの局在と、翻訳されたタンパク質の局在は必ずしも一致しない点で、上皮構造に必須のE-カドヘリンはmRNAは先端部に、タンパク質は基底部に分布している。

タンパク質の局在とmRNA局在が一致しないとすると、では局在の意味は何か? 

mRNAの不均等分布の意味を調べるために、先端部に分布するmRNAの分布を調べると、翻訳に関わるリボゾームのmRNAの多くが先端に、ミトコンドリアタンパクは基底部に分布していることを突き止め、この不均等分布が腸上皮の機能変化に伴う翻訳の効率を調節している可能性を追求している。

腸上皮の機能は栄養の吸収なので絶食時と食後の上皮を分離、それぞれの状況で分布が変化するmRNAを調べると、翻訳に関わるタンパク質が食後により強く先端部に局在すると同時に、全般的な翻訳の効率が上昇することを明らかにした。

あと、微小管重合を阻害してこの不均等分布が微小管によりオーガナイズされていること(何の不思議もない)も示しているが、話はこれだけで、レーザーキャプチャーを使って細胞の上下を分離した努力を除くと、特に驚くべき結果ではない。もし微小管によりこの分布が調節されているなら、これに関わる特別な分子の存在を明らかにする必要があるだろう。いずれにせよ、生物が平衡状態を避けるために努力しているこはよくわかる。
カテゴリ:論文ウォッチ

9月25日:生殖細胞に蓄積する突然変異(Natureオンライン版掲載論文)

2017年9月25日
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人間の集団に蓄積される突然変異は、生殖細胞系列に起こる突然変異で、体細胞に起こった突然変異は個人の病気の原因になる可能性はあっても、個体の一生が終わると消滅する。したがって、生殖細胞系列、すなわち精子や卵子が形成される間に、どこに、どのように突然変異が蓄積されるのかを正確に明らかにすることは、病気の遺伝背景の理解だけでなく、人間集団の進化研究に取っても重要な課題だ。幸い全ゲノム解析が可能になり、両親と子供の間の遺伝子を大規模に比べる研究が行われるようになり、情報が蓄積している。

今日紹介するアイスランドにあるアムジェン社の研究所(以前はデコード社)からの論文は、このような研究の一種の集大成版で、国民のゲノム解読が進むアイスランドならではの研究だ。タイトルは「Parental influencee on human gremline de novo mutations in 1548 trios from Iceland (人間の生殖細胞系列に新たに生じる突然変異に及ぼす親の要因、アイスランドの1548組の親子での研究)だ。

生殖細胞形成過程で生じる突然変異は、両親と子供のゲノムの塩基配列を比べることで特定できる。子供で染色体の由来を父方、母方と特定できることから、これにより精子形成で生じた突然変異と、卵子形成及びその維持過程で生じた突然変異を区別して特定することができる。

まず突然変異全体の頻度を精子形成、卵子形成別々に算定すると、予想どおり成長後も分裂を繰り返すことで形成される精子由来(父親由来)の突然変異の頻度が母方由来の染色体より4倍以上高い。これは、私たちの細胞に起こる突然変異の大部分がDNA複製時の修復の失敗によることを考えると当然の話だ。重要なことは、父親の年齢とともに突然変異の頻度も上昇する。実際、20年経つと全突然変異の数は倍になる。一方、一旦作られたあと増殖しない卵子由来の染色体では、突然変異の上昇は緩やかだ。

次にどのタイプの突然変異が起こっているのかを調べている。これにより、突然変異の原因をおおよそ特定できる。例えば分裂期の修復ミスによる突然変異は女性では年齢とともに低下する。ところが、C>G型の変異が女性だけで年齢とともに上昇し、この変異は染色体の特定の部分で濃縮していることが明らかになった。 特定の部位に濃縮するC>G型の突然変異については、おそらく形成された卵子が長期間卵巣で維持される間に染色体に長期のストレスがかかりDNAが切断される結果ではないかと結論している。面白いのは、特定の染色体部分に濃縮するこのタイプの突然変異は、オラウンタンには存在せず、ゴリラから人間までに見れることで、ストレスを受けやすい染色体構造は最近の進化の結果であることがわかった。

専門的には重要な研究で、特にゲノムの変異から年代測定をする場合にはこの結果を無視して行うわけにはいかないだろう。しかし、一般の人にとっては、男性も女性も子供はできるだけ早いうちに造ったほうがいいということが重要な結論になるだろう。
カテゴリ:論文ウォッチ

9月24日:体節形成時の振動のメカニズム(10月19日号発行予定Cell掲載論文)

2017年9月24日
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細胞の遺伝子発現が一定の周期で振動する現象は、その規則性から数理を生命現象に適用したいと考える多くの研究者を引きつけてきた。最も研究人口が多いのが概日周期の研究だが、おそらくそれに続いて研究が進んでいるのが、胎児発生時に体節のような規則的分節構造を作る際に見られる、転写調節の周期性だろう。

今日紹介するストラスブール大学からの論文は、マウスのpresomitic mesoderm(PSM:体節形成前の中胚葉)が体節を形成する際振動する転写活性の調節機構についての研究で来月号のCellに掲載予定の論文だ。タイトルは「Excitable dynamics and Yap-dependent mechanical cues drive the segmentation clock(興奮性とYap依存性の機械的刺激が体節形成の時間を駆動している)」だ。

実はニワトリ胎児発生の体節形成時にhairlyと呼ばれる遺伝子がPSMから移動する中胚葉の中で振動をすることで体節が形成されることを初めて示したのはこの研究室のOlivier Pourquierだった。彼が米国に移った時はフランスの頭脳流出とフランスの発生学者が嘆いていたのをよく覚えている。 その後この現象は試験管内で再現されるようになり、今は亡き笹井さんとともにHesを発見した影山さんたちが加わって、かなり面白い分野に発展している。

この研究は、まずPSMでの振動を可視化できる組織培養法を確立し、次に細胞を単一細胞に分離すると、この振動は消えるが、もう一度一定数の細胞塊を形成させると、振動が始まることを明らかにし、振動には一定の細胞数が集まることで始まる細胞同士のコミュニケーションが必須であることを示している。この結果については発生学者なら「さもありなん、Notchシグナルのせいだ」と思い当たる話で、実際にNotchシグナルをブロックすると細胞間コミュニケーション依存性の振動が止まる。

ではNotchで全て説明できるのかと、今度はバラバラになった細胞がNotch刺激で振動するか調べ、Notchだけでは振動を説明できないことを示している。

ではNotch以外に振動に関わる分子は何かと探索し(この辺りの実験の進め方はさすがと思う)、最終的にファイブロネクチンなどのマトリックスのシグナルを感知したYapシグナルが振動を止めており、このシグナルをlatrunculinで抑えると振動が再開すること、また活性化型Yapを導入すると、細胞塊を作らせても振動が起こらないことを明らかにしている。

あとは飛ばして結論を急ぐと、NotchシグナルがPSMの振動スウィッチを入れ、これにより振動の準備ができるが、これと同時に振動する転写因子の発現を抑えるYapのシグナルが外部の細胞濃度などを感知して振動することで、振動が維持されるというシナリオだ。これを説明するために、クオラムセンシングや、細胞の刺激への不応期の概念をうまく導入するのはさすがにOlivierだと思うが、やはり最も重要な発見はYapによる振動の閾値の調節だろう。

このように試験管内、しかも単一細胞レベルに振動が収束したことで、今後、ではなぜ体節が分化するのかの肝心な疑問に答えられるようになるだろう。その意味でも、影山さんたちの人為的振動調節法は大きな可能性があるように思える。

Hesというと笹井さんを思い出すが、現役最後の年CDBの2代めの所長になってもらえないかOlivierに直談判したことがある。少しその気になったようだったが、やはり言葉の壁などで実現しなかった。そんなことを多く思い出させる論文だった。
カテゴリ:論文ウォッチ
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