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9月13日:パーキンソン病でリソゾームとミトコンドリアをつなぐ異常(Scienceオンライン版掲載論文)

2017年9月13日
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実際には最後までわかっていないのに、なんとなく全部わかった気になることがある。例えば、「パーキンソン病は黒質のドーパミン産生細胞が死ぬことで起こる」という説明は十分納得できるし、実際死んだ細胞を補う細胞治療も着々と開発されている。しかし、「なぜ黒質の細胞だけが死ぬの?」と改めて問い直すと何もわかっていないことを認識する。これに対し、シヌクレインやパーキン分子とパーキンソン病の関係が明らかにされると、最終的にリソゾームやミトコンドリア機能異常が関わりそうだというところまで来る。それぞれ細胞にとって重要な小器官なので「それなら細胞は死ぬ」とまた納得してしまうが、本当は理解すべき細部が存在する。そして、この細部にこそ治療可能性が宿っている。

今日紹介するシカゴ・ノースウェスタン大学からの論文はリソゾーム、ミトコンドリア異常両方が黒質の選択的細胞死を誘導するのか調べた論文でScienceオンライン版に掲載された。タイトルは「Dopamine oxidation mediates mitochondrial and lysosomal dysfunction in Parkinson’s disease(パーキンソン病でのミトコンドリアとリソゾームの機能異常はドーパミンの酸化により誘導される)」だ。

この研究は最初DJ-1と呼ばれる酸化ストレスに抵抗する分子の欠損とパーキンソン病(PD)の関係を研究していた様だ。この分子が両方欠損すると、急速にパーキンソン病が発症してくる。この患者さんからiPSを作り、ドーパミン産生細胞に分化させてから、試験管内で培養を続け、DJ-1欠損PD由来細胞の変化を調べた。すると、全般的に酸化活性が高まり、50日目からミトコンドリアへの酸化ストレスが高まることがわかった。正常人由来のドーパミン細胞のDJ-1をCRISPR/Cas9でノックアウトしても同じ結果になる。さらに重要なのは、DJ-1は正常のPD患者さんでも、時間が経つとDJ-1の活性が低下することで、PD共通の分子異常が見つかったことになる。

次に、黒質細胞ではドーパミンと共通の経路でつくられるメラニンが蓄積するので、ドーパミン酸化が進むとメラニンを蓄積するリソゾームの機能異常も起こるのではと調べると、リソゾームのglucocerebrosidaseがまず選択的に低下し、その結果リソゾームでのタンパク質の分解も低下、シヌクレインの分泌異常へと発展することが明らかになった。さらに、パーキン、ピンクなど他の変異によるPDでも同じ結果が得られている。

これらの結果は、ミトコンドリア異常による酸化ストレスなどにより、ドーパミンやシヌクレインの産生が増加するとともに、酸化ドーパミンがリソゾームに蓄積してリソゾームの機能を阻害するという経路がPD発症共通の経路として特定できたことを意味する。そして、酸化防止剤やカルシウム代謝を変化させることでこの悪いサイクルを止めることが可能であることを示している。

最後にマウスではDJ-1をノックアウトしても同じ変化を誘導できないが、L-DopaをDJ-1が欠損したマウスに投与し続けると、人と同じ変化を起こすマウスモデルができること、ヒトとマウス両方のモデルで、カリシニュウリン阻害剤のFK506が酸化ドーパミンの蓄積を止めることを明らかにしている。

以上の結果は、もとの原因に関わらずほとんどのPDで、ミトコンドリアとリソゾームが酸化ドーパミンの異常蓄積を媒介につながっていることを示し、予防可能性を示した点で重要だと思う。ただ、FK506は免疫抑制効果も強いので、すぐ投与できるものではない。この発見が治療につながるには時間がかかりそうだが、間違いなく大きな一歩だと思う。また素人考えながら、DJ-1が低下してきた時点でのL-dopa投与法も考える必要があるだろう。ここからは、専門医と研究者の議論を深めて、治験や治療法の改善のためのプロトコル作成が必要になる。期待したい。
カテゴリ:論文ウォッチ

9月12日:腫瘍溶解性ヘルペスウイルス治療はチェックポイント治療との併用で復活するか(9月7日号Cell掲載論文)

2017年9月12日
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Talimogeneは2015年FDAにより認可されたメラノーマの治療で、なんとヘルペスウイルスそのものを用いている。通常ヘルペスウイルスが感染し増殖するとその細胞は融解するが、局所の炎症、免疫などによりウイルスの増殖伝搬を抑えられると感染は収束していく。

ウイルス側にはICP34.5分子が存在し、ウイルス感染で細胞内に起こる宿主細胞のストレス反応を抑えることで、感染した細胞内で増殖ができるようになっている。TalimogeneのミソはICP34.5を外してしまって、正常細胞では増殖できないようにし、ストレス反応がもともと低下しているがん細胞だけで増殖できるようにした点だ。すなわち、ウイルスを使って腫瘍だけを溶かしてしまおうという面白いアイデアの治療だ。ただ、それだけでは全身効果が望めないので、ICP34.5の代わりにマクロファージを呼び寄せるGM-CSFが組み込まれており、壊れた細胞を処理して免疫反応を誘導できればウイルスを注射していない場所のガンにも効くという隠し味が加えられていた。しかし、FDAに認可されたとはいえ、治験結果は患者さんの生存自体には影響がないと、隠し味で狙った免疫増強効果は否定された。

   今日紹介するUCLAを始めとする他施設共同の第1相治験は、Talimogeneの免疫誘導作用を抗PD-1チェックポイント治療と組み合わせて高められないか調べた研究で9月7日号のCellに掲載された。タイトルは「Oncolytic virotherapy promotes intratumoral T cell infiltration and improves anti-PD1 immunotherapy(腫瘍溶解性ウイルス治療は腫瘍内のT細胞浸潤を高め抗PD−1抗体治療を改善する)」だ。

しかし第1相の臨床試験がCellに掲載される時代が来たのだと驚く。今後Nature, Cellなどにますます臨床論文が増えそうだ。

すでに前書きに述べたようにこの研究の目的は明確で、TalimogeneがPD-1抗体と組み合わせることで、個別の治療以上の効果があるかどうか調べることだ。 治験ではまず腫瘍内にTalimogeneを注射して6週間待ち、抗PD-1治療(メルク社の抗体を用いている)開始、その後の生存、腫瘍局所の細胞浸潤を調べている。コントロールを置いているわけではなく、効果については正確には論評できない。ただ、これまでの多くの臨床治験から抗PD1治療は33%のメラノーマ患者さんにしか効果がないので、これを上回ればいいと主張している。

結果は期待通りで、ほぼ倍の62%の患者さんの腫瘍が完全消失し、80週消えたまま経過している。また、全体の生存も19ヶ月時点で8割を超えているので、期待できるという結果だ。

この研究のもう一つの目的は、先に述べた隠し味が本当に効くことを組織学的に証明することで、治療前、Talimogene注射後、そしてTalimogene+anti-PD1治療後について、ウイルスを注射した場所と、注射しなかった場所の組織を調べている。結論としては、ウイルス注入部にまずキラーT細胞の浸潤が起こり、また注入しなかった場所にも細胞の浸潤がおこり、また末梢血のキラー細胞などの免疫担当細胞も上昇し、全身に散らばる腫瘍増殖を抑制でき、隠し味は有効だったという話だ。

現在600例を越す第3相の治験が進んでいるようで、結論はこの結果を見てからになる。わざわざ中間報告をしたのは、それがうまくいっていることをチラッと示すためで、本当にCellにふさわしい論文かについては疑問を持った。いずれにせよ、チェックポイント療法を高めるための新しい治療が世界中で進む現状を見ると、本家の我が国でも、もっと免疫を高め効果を100%にする研究が進んで欲しいと思う。
カテゴリ:論文ウォッチ

9月11日:バクテリアと襟鞭毛虫の驚くべき共存関係:コンドロイチンの起源(9月7日号Cell掲載論文)

2017年9月11日
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真核生物にしかないとされている細胞骨格、クロマチン構造に関わるヒストンなどの分子、エピジェネティックメカニズムなどは、詳しく調べれば細菌や古細菌に存在することがゲノム研究から明らかになっている。最近、このようなプロトタイプ分子の機能についての研究が進み、系統的に大きく離れた生物間であっても、機能の連続性という観点から進化を見ることが可能になってきた。この結果、単細胞動物の研究が新しい領域に入ってきたような気がしている。

今日紹介するカリフォルニア大学バークレー校とハーバード大学の共同論文は、バクテリアと真核生物の思いもかけない共存関係を示した研究で9月7日号のCellに掲載された。タイトルは「Mating in the closest living relatives of animals is induced by a bacterial chondroitinase(動物に最も近い生物の接合はバクテリア由来のコンドロイチン分解酵素により誘導される)」だ。

おそらくタイトルだけではどんな論文かよくわからないと思う人は多いはずだ。この研究では多細胞動物に系統的に最も近く、細胞同士が集まって群れを作り、接合する単細胞生物、襟鞭毛虫が研究対象だ。この襟鞭毛虫にイカと共生して発光に関わるビブリオ・フィッシェリ(VF)を加えると、まばらに孤立して存在している襟鞭毛虫が急速に集合し、群れることを発見している。

次に集合によって何が起こるか調べ、襟鞭毛虫同士が接合し、遺伝子組み換えが進むことを発見する。すなわち、VFのおかげでバラバラの襟鞭毛虫は集まって、接合、遺伝子の組み替えが誘導される。

次にVFが接合を誘導するメカニズムを調べ、コンドロイチン硫酸を分解する酵素活性があり、この活性により接合が起こること、そして襟鞭毛虫側でその基質となるコンドロイチンが合成されることを示している。

話はこれだけだが、まず多細胞生物に系統的に近いとはいえ、単細胞生物にすでに細胞マトリックスとして動物内で働くと多糖体コンドロイチンを合成するすべての酵素が存在し、コンドロイチンを分泌していることから、コンドロイチンやヒアルロン酸のようなマトリックスの起源が単細胞から存在することがわかる。さらに驚きは、このマトリックスを変化させ集合・接合が誘導される引き金をバクテリアが引くことだ。

もちろんなぜこのような共生関係が成立したのか、またバクテリアにとって襟鞭毛虫の接合を誘導することにどのようなメリットがあるのか、この研究だけからはわからない。しかし、この系にプロテオグリカン系の細胞外マトリックスの進化を知るための重要なヒントがあることは確かだ。次の展開が楽しみな論文だった。
カテゴリ:論文ウォッチ

音楽と科学についてのシンポジウムのご案内

2017年9月10日
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10月8日東京芸大でのイベントに参加します。
登録が必要ですが、ぜひ参加ください。

http://www.natureasia.com/ja-jp/nature-cafe/events/19-ams
カテゴリ:ワークショップ

9月10日:卓越したドイツ科学の秘密(9月7日号Nature特集記事)

2017年9月10日
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先日、大学を去る友人の最後の講義を聞きに出かけた。東京から離れた地方の大学を支え続けてきた友人の最後の講義は、彼の研究の話ではなく、30年にわたる自らの経験をもとに、日本の大学を高いレベルに保つためには、何をすべきかを、若い人たちに熱く語るものだった。 講義で友人は、どんな状況にあっても大学は長期視野に基づく優れた計画のもと自らを変え続ける必要があることを訴えていたが、講演の最後に、このような努力を無にしてしまう政府の見識の低さが最近目立ち始めたことを嘆いていた。その例として友人は、安倍首相が2016年OECD閣僚理事会で行った演説の一節を引用していたが、それを見て私も驚いたので、もう一度英語と日本語の両方を読み直してみた。 この演説は、安倍ミックスをはじめとする様々な改革と集中投資で日本経済は生まれ変わったことを強調する内容だが、その中で政府が目指すイノベーションの一つとしての教育改革について次のように述べている。
「日本では、みんな横並び、単線型の教育ばかりを行ってきました。小学校6年、中学校3年、高校3年の後、理系学生の半分以上が、工学部の研究室に入る。こればかりを繰り返してきたのです。しかし、そうしたモノカルチャー型の高等教育では、斬新な発想は生まれません。」、そして続けて 「だからこそ、私は、教育改革を進めています。学術研究を深めるのではなく、もっと社会のニーズを見据えた、もっと実践的な、職業教育を行う。そうした新たな枠組みを、高等教育に取り込みたいと考えています。(Rather than deepening academic research that is highly theoretical, we will conduct more practical vocational education that better anticipates the needs of society. I intend to incorporate that kind of new framework into higher education.)」と述べている。
まともな科学者なら、これを読んだらこの国の科学はおしまいだと思うだろう。もちろん原稿は、優秀な内閣府の官僚が書いたのだと思う。知識をひけらかす才気紛々とした原稿だ。しかし「Rather than deepening academic research that is highly theoretical(極めて理論的な学術研究を深めるのではなく)」といったフレーズを平気で使える官僚が日本の高等教育政策を担っているのかと思うと暗澹たる気持ちになる。

実際今年3月、Natureは日本の科学力が14分野中11分野で大きく低下していることを指摘した。この主な原因をNatureは政府の研究投資の停滞のせいにしていたが、平気でこのようなフレーズを首相の演説に盛り込む、科学について無知な官僚が科学政策を担っていることも大きな問題だと思う。

こんなことを考えながら、新しく発行されたNatureを眺めていたら、Abbottさんの記事「Germany’s secret to scientific excellence(ドイツの卓越性の秘密)」という記事が目に止まった。

この記事で3つのグラフが示されている。最初は、科学技術への投資だが、着実に増加しているものの、ドイツは我が国より低い(民間も合わせた統計)。しかし、論文の引用レベルを示す指標でドイツは米国と肩を並べるまでになって、科学研究の着実な進歩を示している。ところが最後に示された特許取得数の統計は、ドイツが日本の半分にも満たないことを示している。すなわち、ドイツ政府はOECDでの安倍演説の逆、「すぐ役立つ職業教育ではなく、理論的学術研究を深める」方針を科学技術政策の根幹にしている。

記事の中心は、「広く深く教育を進め、政治宗教から自由でなければならない」というフンボルトの思想をドイツ教育のDNAと捉え、将来展望に立って安定的に科学技術を推進するためメルケル政権が行った2つの政策についてだ。一つは大学改革で、これまで州政府の予算で運営されてきた大学に、連邦政府も「卓越クラスター」として直接予算を導入し大学の学術研究を促進する政策、そしてもう一つは大学やマックスプランクやヘルムホルツなどの研究機関を競わせるだけではなく、垣根を払った共同研究を促進するために行った政策だ。

この結果、先に述べた学術研究が急速に進展しただけでなく、もう一つ我が国の大学の凋落を印象付けたタイムズ高等教育トップ200に、なんと22大学がランクイン(2005年には9校だけ)している。この結果ドイツの大学の魅力は増して、今や外国人教員数は全体教員数の12.9%に達している。

他にも参考になることの多い記事だが、この成功が全てドイツ政府の政策の結果であることがこの記事の要点だ。そして、「ドイツの研究者になぜドイツの学術が花開いているのかと質問すると、誰もがメルケル首相のおかげだと答える」と述べている。 これは記者の誇張だというかもしれない。しかしこのことを私自身は実感として感じている。現役最後の2012年、ベルリンにあるマックス・デルブリュックセンターで行われた幹細胞のシンポジウムのオーガナイザーの一人として手伝ったことがある。この時、メルケル首相が若い研究者と公開討論会を行うので、シンポジウムを一時中断して、そちらに参加することになった。そこで、メルケル首相一人と、あとはセンターの若い研究者三人(だったと思う)が科学者の前で討論をしていた。内容はドイツ語のせいもあって全く覚えていないが、我が国で行われる研究所見学名目の大名行列の様子と比べ、首相が施設の説明より、研究者の生の声を聞きに研究センターに来ているのを見て感銘した。

つまるところ、大学の凋落を招いている我が国の問題は、「生の声」と「データ」に基づかず、ウケを狙う思いつきを政策にしてしまう、内閣府に集まる少し頭のいい官僚の問題ではないかと私は思っている。
カテゴリ:論文ウォッチ

9月9日:子宮頸がんとパピローマウイルス(9月7日号Cell及びThe Lancet オンライン版掲載論文)

2017年9月9日
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子宮頸がんがパピローマウイルス(HPV)の感染なしに発症する可能性は理論的には存在しても、実際にはほぼすべての子宮頸がんでHPVの感染が見つかる。これは、HPVがコードしているタンパク質に、私たちが持っているガンを抑制する仕組みを無効にする働きがあるからだ。すなわち感染した細胞はガンへのスイッチが入りやすくなる。

とはいえ、感染したからといってほとんどはガンに発展しない。何がこの差につながるのか? 今日まず紹介する米国国立衛生研究所からの論文は、全部で5570人という数の、ガン、前癌状態、正常の組織から分離したHPVの遺伝子配列を解読し、ガンを強く促進するウイルスの特徴が見つかるか調べた研究で9月7日号のCellに掲載された。タイトルは「HPV16 E7 genetic conservation is critical to carcinogensis(HPVのE7タンパク質は発がんにとって決定的)」だ。

実際に子宮頸がんにつながる危険のあるHPVの種類は数多いが、半分のガンはHPV16の感染が原因になっている。この研究では、可能性のあるすべてのウイルスを調べるのではなく、このHPV16だけに焦点を当てて遺伝子配列を比べている。この大規模調査から明らかになったことを以下のようにまとめることができる。

1) HPV16は極めて多様で、感染している人により、どこか遺伝子配列が違っている。要するに多様性の極めて高いウイルスだ。しかし、同じ人から調整したウイルスは同じで、何回も感染しないことを示している。
2) 感染するウイルスが最初からこれほど多様であることから、感染後細胞内でウイルスが変異するという考えは再検討が必要。
3) これほど変異が多いウイルスなのに、E7タンパク質の変異はほとんどなく、特に前癌状態や、子宮頸がんから分離されたウイルスのE7タンパク質は強く保存されている。
4) UPRやL2領域の遺伝子タイプから、ある程度発がんリスクを計算することができる。
以上の結果から、HPVの発がん性の中核はRB1と呼ばれる増殖抑制分子に結合して機能を抑え、細胞の増殖を促進するE7タンパク質で、このため他の部分にどれほど変異が重なっても、E7だけは変異が起こっていない。すでにHPVに感染してしまった場合は、元に戻れないので、今後E7を標的とする薬剤の開発が望まれる。

現在日本ではHPVワクチンはタブーになってしまったが、HPVがE6,E7とダブルでガン抑制機構を壊す分子を持っていることを考えると、感染を防げるなら子宮頸がんを撲滅することが可能だ。ただ、HPVの種類は多く、すべてのHPVに効くワクチンを製造するのは難しい。このため、最初は先に述べたHPV16とHPV18の2種類、それにHPV6、11を加えた4種類のHPVを用いたワクチンが開発されてきた。それでも約70%がカバーできるだけで、残り30%のウイルスへの対応が望まれていた。これに応えるべく、HPV6,11,16,18,31,33,45,52,58と9種類のウイルスをカバーするワクチンが製造されその効果が調べられ、今日紹介するアラバマ大学を中心とする18カ国の国際チームからの論文として発表された。タイトルは「Final efficacy, immunogenicity, and safety analysis of nine-valent human papillomavirus vaccine in women aged 16-26 years: a randomized double blind trial(9種混合HPVワクチンの効果と免疫原性と安全性:無作為化二重盲検治験)」だ。

この研究では組織的にもウイルスが感染していないことが確認されている16−24歳の女性を14000人集め、片方には9種ワクチン、もう片方には4種ワクチンを投与、子宮や膣のガンの発生が防げるか6年間追跡している。この研究では、ワクチンを打っていないコントロールはなく、あくまでも9種と4種の効果を比べる研究だ。

あらゆる詳細を省いて結論を述べると、4種でガンの発生が7割抑えられるのに対し、新しいワクチンによりガンの発生を90%抑制できることが明らかになった。一方、臨床的にはっきりした副作用はどちらのワクチンでも認められなかったという結果だ。

HPVが明らかにガンを誘導する分子を持っていること、その感染を9割減らすことができるワクチンが開発されたことを受けて、もう一度我が国でも冷静なワクチン議論が行われるが必要だ。それでもワクチンが進まないなら、中年になった時点で少なくとも感染ウイルスを調べてリスクを計算するぐらいのことはしてほしい。
カテゴリ:論文ウォッチ

9月8日:ジカウイルスも使いよう(Journal of Experimental Medicineオンライン版掲載論文)

2017年9月8日
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1年前大騒ぎになったジカウイルス流行はほぼ制圧できたようだが、この時の集中的な研究の結果、ジカウイルスは最も研究の進んだウイルスの一つになった。このおかげで、試験管内の感染実験方法、感染実験が可能なマウスモデル、などが急速に整備された。このウイルスは増殖の盛んなラジアルグリア細胞を主な標的にしており、その結果胎児発生に大きな影響を持つ一方、大人の脳には影響が軽微で止まっていることも明らかになった。

この研究成果をうまく利用してジカウイルスを役に立つウイルスに変える可能性を追求したのが今日紹介するカリフォルニア大学サンディエゴ校からの論文でJournal of Experimental Medicineオンライン版に掲載された。タイトルは「Zika virus has oncolytic activity against glioblastoma stem cells (ジカウイルスはグリオブラストーマ幹細胞を溶解させる)」だ。

この研究ではジカウイルスが増殖している神経幹細胞に選択的に感染し殺すなら、増殖力の強い神経細胞の典型であるグリオブラストーマの幹細胞も特異的に融解できるのではないかと着想、まず試験管内で増殖するグリオブラストーマ細胞株にジカウイルスを感染させている。結果は期待通りで、幹細胞だけを溶解し、分化した細胞にはほとんど影響がない。

次に細胞株ではなく、摘出したガンを培養したオルガノイドや、摘出組織のスライスにウイルスを感染させ、幹細胞の増殖を抑えられることを示している。

次にガン治療に使えるか調べる目的でマウスにも感染するよう順応させたウイルスを用いてグリオブラストーマを移植されたマウスにウイルスを注射、ガンの進展と生存を調べると、ウイルスの感染量に応じて強いガンの抑制効果があることを示している。

最後に、今後様々な変異を導入してウイルスをより治療に適したものに作り変える可能性を考え、インターフェロン感受性を落としたウイルス株を作成し、変異株でも同じようにガン幹細胞を融解させる効果があること、また抗がん剤との併用でさらに効果が高まることなどを示している。

グリオブラストーマは今も治療が難しいガンの一つで、効果があるならなんでも試したい気持ちになる。ただ、ウイルスを用いる治療法は、人工改変したウイルスが流行して新しい問題を引き起こすのではという公衆衛生学的な懸念を払拭する必要がある。したがって、かなり有望には思えるが、臨床応用までには多くのハードルが待ち受けているように思う。
カテゴリ:論文ウォッチ

9月7日:もし「のっぺらぼう」に育てられたら?(Nature Neuroscienceオンライン版掲載論文)

2017年9月7日
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言語能力が生まれつき備わっているのか、あるいは学習によって初めて得るものなのかは現在も議論が続いて決着がつかない。しかし個人的にはどちらかと決めるのは難しいように思う。というのも、言語のような高次機能が成立するために学習が必要だとしても、それを可能にするそれ相当の生まれついての能力(脳構造)が必要になり、結局先天的な過程と後天的な過程を完全に分けることができない。

同じ問題は、顔認識にも言えるようだ。すなわち、様々な顔を認識できるのは、私たちが本能として顔を見るように生まれついているからと考えることもできるし、コンピュータのディープラーニングのように、学習しているうちに顔というカテゴリーを脳内に成立させるとも考えることができる。しかしこの2つの説をどう区別すればいいのだろう?

今日紹介するハーバード大学からの論文は、サルが顔というものを見ないで育ったらどうなるかを手の込んだ実験で調べた研究で、Nature Neuroscienceオンライン版に掲載された。タイトルは「Seeing faces is necessary for face-domain formation(顔を見ることが顔認識領域の形成に必要)」だ。

手の込んだ実験といったのは、生まれたばかりのサルをすぐ親から隔離し、人間の手で育てている。その時、世話をしたり、実験をする人間はつねに顔を溶接の時に使うマスクを着用し、決して表情を見せない。もちろん他のサルとも出会うことがない環境で1年近く育てる。この時親代わりに人形が必要だが、これにも顔がない。ようするに「のっぺらぼう」の家族に育てられたらサルはどうなるのかを調べている。

論文を読んでみると、このような実験は以前にも行われており、例えばプリンストン大学の杉田さんという研究者が2008年に、顔を見ることなく成長したサルが最初に見た顔(実験ではサルか人間の顔を見せている)以外の顔の認識がうまくできないことを示している。

この研究の重要性は、行動解析に加えて、MRIによる脳の反応を調べた点で、これにより顔に反応する脳領域が形成されているかどうか分かる。

詳細を省いて結論を急ぐと、顔を見ないで育ったサルは、顔に反応する下部側頭葉内の領域が全く形成されない。しかし、手や体に反応する領域は正常に形成される。また、網膜の空間地図がそのまま投射された脳領域も正常だ。そしてこの結果、顔を見ないで育ったサルに人間の写真やビデオを見せても、顔を見ることはなく、視線は体の他の部分に集中する。しかし、例えばハンマーを見せたときの視線の集中は、他のサルと変わることはない。

これらの結果から、網膜の空間地図の投射領域は発生過程で形成されるが、この領域の刺激が顔というカテゴリーとして認識するためには、顔を見て育つ必要があり、またこの結果は脳内の顔反応性の活動領域として維持されることが分かる。著者らの結論は、顔を認識するためにはまず顔を繰り返し見ることが重要な点を強調している。しかし、刺激を受け取るための網膜の空間図が投射された領域の形成は発生学的にまず形成されることを考えると、もちろん学習をするための脳構造は前もって形成する必要があることも間違いない。
カテゴリ:論文ウォッチ

9月6日:アフリカ原住民腸内細菌叢の季節変化(8月25日号発行Science掲載論文)

2017年9月6日
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「腸内細菌叢を調べようと計画しているのですがどうでしょうか?」と仕事で聞かれることが最近多くなった。確かに腸内細菌叢は様々な介入が可能なもう一人の自分と言えるため、人間の一つの性質として調べるに越したことはない。ただ、16Sリボゾームのユニット配列を用いたメタ解析で平均値をはじき出したところで、細菌叢の構成は複雑で、その意味を知ることは難しい。結局、細菌叢を調べたことをうまく宣伝に使ってマーケティングするのが関の山ということになる。実際、2014年に紹介した一年365日毎日細菌叢を調べた論文では、旅行に行くと構成は大きく変わるし、平静な生活を送れば変化は少ない。また個々の細菌を追いかければ、1日単位で消長がみられる(http://aasj.jp/wp-admin/post.php?post=1944&action=edit)。結局、細菌叢全体を追いかけた論文は、例えば無菌マウスに各細菌を再構成するような地道な研究と比べると、解釈が難しい。

とはいえ、生活スタイルで細菌叢の構成が大きく変わることは確かなので、これまで生活スタイルが先進国とは大きくかけ離れた民族の研究から何かヒントが得られないか調査が行われている。今日紹介するスタンフォード大学からの研究もそんな一つで、農耕に携わらず、古代の生活を続けているハッツア族の便を集め、季節変化を調べている。タイトルは「Seasonal cycling in the gut microbiome of the Hadza hunter-gatherers of Tanzania(タンザニアの狩猟採集民ハッツァ族の腸内細菌叢の季節変化)」だ。

腸内細菌叢の研究を読むときの最大の問題は、生データまでさかのぼることはないので、結局著者らの結論に誘導されてしまうことだ。私も例外でないので、前もって断っておく。

伝統的生活を続けるハッツァ族はもう200人に減っているようだが、乾季には主に狩りで得た動物中心、雨季には蜂蜜や木の実を中心の食生活を送っている。この研究では27人のハッツァ人から季節ごとに350の便サンプルを集め、そのまま液体窒素に入れて研究室へ持ち帰り、リボゾームの標準配列を用いたメタアナリシス、場合により全ゲノムのショットガン解析を行っている。

結果は期待通りで、腸内細菌叢は季節ごとに大きく変化する。面白いのは肉食が中心になる乾季には、現代人に近づく。全ゲノム解析で細菌叢の代謝経路を再構築して調べると、不思議なことに動物タンパク質を食べる乾季には食物繊維を処理する細菌叢の機能も同時に高まる。一方、現代人で高い肉食に関わるムチンなどの代謝経路は、雨季、乾季を問わず低いままで、肉食と言ってもハッツァの場合基本は食物繊維が中心であることがよくわかる。雨季ではあらゆる細菌叢の機能が低下しているのも面白い。乾季はよく食べるが、雨季には食が細るという印象を持った。

最後に、どの細菌叢の変化が多いかについて検討し、変化のほとんどは都会人にはほとんど存在しない細菌が季節変化の主役になっていることを示している。

結論としては、食生活が細菌叢を変化させる原動力であるという当たり前の結論になる。また研究自体は現象論で終わっている。

そろそろ、トップジャーナルもハードルをあげて、現象論だけでなく、なぜ特定の細菌が現代人では消えてしまったのか、さらに古代型の細菌叢は健康にいいのか悪いのか、など因果性の問題に突っ込んだ論文でないと採択しないようにするのがいいように思う。
カテゴリ:論文ウォッチ

9月5日:初期胚の微小管オーガナイザー(9月1日発行Science掲載論文)

2017年9月5日
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微小管は細胞分裂時に染色体分配に関わるだけでなく、細胞極性などの構造、さらには細胞内の分子輸送に関わっており、細胞生物学でもっとも研究されてきた分子の一つだと思う。これらの機能は、微小管が中心体をオーガナイザーとして方向性を持って伸長できる性質に依存しており、この点についても研究が進んでいる。

ところがこの中心体は卵には存在しない。では卵はどのように分裂するのか?この論文を読むまで、私自身は受精により精子から供給された中心体がオーガナイザーとして作用すると思っていた。しかし、中心体が構成されるのは6回程度分裂が終わって、胚の外と内が決まってからで、それまでは明確な中心体を形成せず分裂が起こっているようだ。

今日紹介するシンガポールの分子細胞生物学研究所からの論文は、この時期の微小管の伸長が細胞膜直下の彼らがブリッジと呼ぶ構造をオーガナイザーとして使っていることを示した研究で9月1日号のScienceに掲載された。タイトルは「A microtubule-organizing center directing intracellular transport in the early embyo (初期胚では微小管オーガナイズ中心が細胞内輸送の方向を決める)」で、9月1日号のScienceに掲載された。

極めてオーソドックスな細胞生物学研究で、まず微小管を生きたまま観察できるようにした初期胚の分裂をビデオで撮影、二個の娘細胞で微小管が細胞膜を挟んで細胞内へ放射されているのを発見する。もちろん中心体を構成する分子はここには存在しないが、微小管のオーガナイズ中心に存在する幾つかの分子がブリッジにも存在し、そこの微小管のプラスエンドがアンカーしていることから、このブリッジが微小管オーガナイズ中心として機能していると考えた。

この考えを確かめるため、ブリッジをレーザーで破壊したり、あるいは微小管重合阻害剤処理を行い、ブリッジが中心体と同じように微小管オーガナイズ中心としての機能を果たしており、この機能を中心体分子ではないCAMSAP3という分子が肩代わりしていることを明らかにしている。

以上がこの論文の一つの重要な発見だが、このあとこのブリッジ近くに多くの細胞内小器官が集まってきていることに気づき、細胞内の分子輸送の方向性を決めることがブリッジの機能である可能性を追求している。この目的で、初期胚の構成に最も重要なE-カドヘリンの輸送を調べ、微小管にそってブリッジへと輸送されること、そして胚の外と内の細胞でこの輸送速度が異なり、この結果、極性が維持できていることを示している。

言い換えると、ブリッジは分裂した娘細胞の非対称性を生み出すオーガナイザーとして、細胞の内外を決めているという結論だ。もっと考えると、まず大きな内外が決まるまでは中心体を形成させないことが重要ということになる。さすがに、オーソドックスな細胞生物学は説得力がある。
カテゴリ:論文ウォッチ
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