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6月26日:肝臓癌のプレシジョンメディシンは可能か(6月15日号Cell掲載論文)

2017年6月26日
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我が国では肝臓癌の死亡数は男女合計で5位(2014年)だが、世界では2位を占めるようだ。この多くは、B型、C型肝炎に起因することが多く、先進国では新しい肝炎根治薬によりさらに減少することが予想できるが、それ以外の国では癌発症がこれからも増えると予想できる。
   癌ゲノム時代に入って最初、肝臓癌も適切な標的薬が見つかり、テイラーメイド治療が可能になるのではと期待が膨らんだが、現在もなおオバマ元大統領が唱えたプレシジョンメディシンは実現していない。
   今日紹介する論文は癌ゲノム研究を推進してきた癌ゲノムアトラスネットワークが、この現状を打開しようとさらに多角的に肝臓癌を解析し直した研究で6月15日号のCellに掲載された。タイトルは「Comprehensive and integrative genomic characterization of hepatocellular carcinoma(肝臓癌の網羅的、統合的ゲノム解析)」だ。
   研究では363の肝臓癌(HCC)についてエクソーム解析、コピー数の変異を調べ、このうち196種類についてはDNAメチル化状態、マイクロRNA、そして必要に応じて翻訳されたタンパク質の解析も行っている。
   まず結論的に言ってしまうと、自分がHCC患者さんを見る立場だとして、今回の論文でどれだけ助かるだろうかと考えると、大きな期待は持てない。すなわち、プレシジョンメディシンはまだまだだという印象の方が強い。一方、これまで知らなかった話も見つかっているので、このような解析が無意味というわけではなく、HCCに関する限りゲノム解析に大きな期待を抱くのはまだ早いということだろう。
   さてデータ全体を統合的に眺めてHCCで異常が起こる過程を特定すると、1)細胞周期、2)チロシンキナーゼ、RAS経路、3)テロメラーゼ、4)Wntシグナル経路、5)クロマチン調節経路、6)炎症経路、が存在し、それぞれにはすでに様々な癌で知られている多くの変異が見つかる。各過程に関わる変異分子の種類をベースに、HCCを3種類に分類することができ、この分類から将来の予後をかなり正確に予想することも可能だ。ただ、他の消化器癌と比べると、圧倒的多数を占めるドライバー変異が見つからない点が最も難関で、薬剤の開発という面では簡単ではないなという印象を持った。
  細胞周期抑制分子の変異やテロメラーゼの発現は必須だが、これも薬剤開発は難しい領域だ。
   個人的に学んだのは、B型もC型も肝炎ウイルスはしっかりゲノムに統合されており、B型を持つHCCはヒストンメチル化酵素MLLの変異と、テロメラーゼの発現が高いこと、一方C型肝炎ウイルスをもつHCCではCDKN2A(細胞周期阻害分子)のサイレンシングとテロメラーゼプロモーターの変異が多い点だろう。
   原因でいうと、一部に植物毒に起因する変異が見つかっていることで、肝臓は解毒臓器として常に癌の危険性と隣り合わせであることもわかる
  代謝的にはアルブミンとAPOBの変異の頻度が高いことに興味を持った。肝臓細胞自体の機能には多くの資源が必要なので、癌になるまでに正常の機能を抑制する方がいいのだろう。またIDH1の変異や、Mycの増幅などを考えると、高まった癌の代謝システムを標的にしてみるのも一計かと思う。    最後に、はやりのチェックポイント治療の可能性についても検討されており、浸潤が強い場合はPD1,CTLA4,PDL1など役者が揃っており、また抑制性T細胞の数が増えていることを示している。
   あえてまとめると以上のようになるが、おそらくこのことをよく頭にいれて患者さんを見て新しいことを気づくことが最も重要かと思った。
カテゴリ:論文ウォッチ

6月25日:仏、マクロン新党への科学者の期待(6月23日号Science掲載インタビュー)

2017年6月25日
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一時、ブレクジットに始まる反ユーロ運動の波に飲まれかけたヨーロッパは、既存政党の枠を超えて大統領に当選したマクロンが新たに組織した政党、共和国前進が577議席のうち308議席を獲得する圧勝によって、欧州連合の強化に舵を切りなおした。
   もちろん、政権発足早々から4閣僚が辞任するなど、前途多難が報道されているが、フランス無党派層に新しい受け皿を示し、支持を集めたことはまちがいなく、当分は新しい風を送り続けるように思える。
   この新しい風について6月23日号のScienceが、マクロンの科学政策を紹介した上で、今回共和国前進から当選した数学者、セドリック・ヴィラニのインタビュー記事を掲載していたので紹介したい。
   もちろんどこまで実現できるのかはわからないが、国内政策の柱としてマクロンは、科学技術予算を2.2%から3%に引き上げ、大学自体の裁量を高めるという大胆な提案を行っている。そして、トランプの反科学政策に対抗して約束したグローバルな公約、「Make our planet great again」に基づいて、3千万ユーロをかけて外国人研究者を呼び寄せ、フランスを環境や温暖化問題の中心にしようと意欲的な計画を打ち出している。
   新しい風は今回共和国前進の議員の顔ぶれにも見られる。なんとほぼ半数が女性で、大きなメッセージとなっているが、Scienceが注目したのは、フィールズ賞を始め様々な賞を受賞したトップ数学者セドリック・ヴィラニが選挙に出馬し議員になった点だ。我が国で言えば、京大数理研の森先生が議員になったようなものだ。虚ろな目で政府見解を繰り返す、タレント先生を駒として使っているどこかの政府とは大違いだ。多くの人が新しい風を感じることができたと思う。サイエンスも早速インタビューを試みている。
  まず、議会活動で何を行うのかという質問に対して、
「フランス人に自信を取り戻してもらうこと」 「競争的研究資金の効率化」 「国と私企業の開発コストのバランス」 に重点的に取り組むと答えている。   具体的にな何をするのか?という質問に対し
研究に専念できるポジションの創設、大学が学生に明確なキャリアパスを示せるようになることなどをあげた上で、自分のミッションは科学に限るものではなく、政治に全く科学マインドが見られない状況を、科学に基づく政治に変えることだと答えている。
   マクロンは本当に科学推進派か?という質問に対し
科学技術相にフレデリック・ビダルが選ばれたことからよくわかるように、基礎と応用のバランスも含めて期待に十分応えるはずだと答えている。
   最後に数学者としてのキャリアは捨てるのかと聞かれて、
すでにポアンカレ研究所の所長になった2009年に研究は終わっていると明確に答えている。そして今は、政治家としての使命の方が大きいと締めくくっている。
過去のキャリアに綿々としがみつかず、新しい使命に挑戦する我が国には考えられない明快な答えに脱帽。
カテゴリ:論文ウォッチ

6月24日:大腸ガンスクリーニングに関する米国消化器医師連合の提言(6月6日号American Journal of Gastroenterology掲載論文)

2017年6月24日
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大腸ガンはわが国だけでなく、アメリカでも増加傾向にある。さらに、他のガンと比べると早期発見による治療効果は高いため、定期的な大腸ガン検診が推奨されている。わが国では便に血液が混じっているかを調べる免疫テストが最も一般的だが、現在定期検診に用いることができる方法は、7種類存在する。今日紹介する3つの米国消化器に関連する学会を代表する専門家による論文は、この7種類の方法をこれまで発表されている論文に基づいて検討し、現時点の大腸ガンスクリーニングのあり方について提言をまとめたもので6月6日号のThe American Journal of Gastroenterologyに掲載された。タイトルは「Colorectal cancer screening:Recommendations for physicians and patients from US nulti-society task force on colorectal cancer (大腸直腸癌のスクリーニング:複数の学会を代表する大腸直腸癌の特別調査委員会からの医師及び患者さんへの提言)」だ。
   この委員会で検討された方法は、1)大腸内視鏡検査、2)S状結腸ファイバースコープ、3)CT コロノグラフィー、4)便の潜血免疫検出、5)便のDNA診断、6)血清中のセプチン9検査、7)カプセルによる大腸内視鏡検査で、詳細は省くがそれぞれの検出率、副作用、コストなどを丁寧に調べている。
  その上で、最も信頼が置ける検査として推薦しているのが、大腸ファイバーによる検査で、大腸ガンのみならず、前癌状態の検出が可能なことが重要な点だ。しかし、この検査には幾つかの問題がある。すなわち医師の熟練度、さらに検査による出血は0.26%,大腸に穴が開く危険性が0.05%,そして検査による死亡が10万人に2.9人存在することだ。したがって、これを毎年受けることは問題で、この提言では十年に一回で良いと結論している。
   わが国で最も普及している便の潜血検査も、大腸ガンの発見率を上げ、死亡率を下げることがわかっているが、問題はやはり診断率で、大腸ファイバーで見つかる例の74%が診断されるが見落としが多く、前癌状態についてはほとんど検出できない。
   最近登場したDNAテストは、大腸ファイバーで検出されるケースの92%が検出できること、さらに前癌状態についても発見率が高いが、年齢とともにガンのない人も遺伝子の変化が見られるようになるため、65歳以上では過剰診断につながる可能性が高い点だ。
   他の方法についても丁寧に解説しているが、推薦は控えており、これに基づいた提言をまとめると以下のようになる。
まず検査だが、基本的には検査開始は50歳以降で統計学的には十分としているが、もちろん若い人にも発症するので、自分で判断する必要があるが、以下の提言を示している。
推薦1位:十年に一度の大腸ファイバー
      毎年の便の潜血検査
推薦2位:五年に一度のCTコロノグラフィー
     3年に1度の便DNAテスト
     5−10年に一回のS状結腸鏡
推薦3位:5年に一回のカプセル内視鏡
推薦できない:血中ガンマーカー

としている。
   問題は医師の大腸ファイバー検査の技術になるが、これについては患者から医師への質問票を用意している。
1) アデノーマ(前癌状態)の発見率(25%程度存在している)
2) 盲腸まで到達する確率(95%以上)
3) 前処置として2日に分けて処理剤を服用する2回法を使っているか?
4) レポートには大腸全体の写真をつけてくれるか
5) 前処置が完全だったかについての報告をつけてくれるか?

患者さんの立場からは簡単ではないが、ぜひ聞いてみる価値はあるし、医師の方もそれだけ身構えるのではないだろうか。
   以上は一般の人の話だが、家族に直腸癌患者さんがいる場合には、大腸ファイバー検査を早くから、より頻回に受ける必要も述べている。さらに、これまで検査を受けていて何もなかった場合、75歳以上は検査の必要がないことまで書いている。
   このまま我が国の状況に当てはめられるかは明瞭ではないが、詳細にわたるしっかり受け止めるべき提言だと思う。
カテゴリ:論文ウォッチ

6月23日:抗原からT細胞受容体を推定する(Natureオンライン版掲載論文)

2017年6月23日
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感染やガン、あるいはアレルギーで、抗原はわかっているのだが、それに対してどのT細胞受容体(TcR)が反応してくるのかを予測することは簡単でない。もともと、ランダムに再構成を遂げたTcRの組み合わせの中から選ばれることを考えると、予想不可能だろうと諦めているところがある。しかし、抗原とTcRの結合は化学的な分子結合であれば、必ず何らかの法則性が存在するはずだ。
   今日紹介するメンフィス・セントジュード病院からの論文は、一つの抗原エピトープに対するTcRの遺伝子配列を比べることで、TcR側の法則性が見つからないかという重要な問題に挑戦した論文でNatureオンライン版に掲載された。タイトルは「Quantifiable predictive features define epitope specific T cell receptor repertoires(特定の抗原エピトープに対するTcRレパートリーは、定量的に予想可能な性質により決められる)」だ。
   研究ではMHCと抗原ペプチドが結合させた複合体に結合するT細胞を取り出し、個々のT細胞が発現しているTcRのDNA配列を4600近いT細胞について調べている。あとはこうして得られたデータから様々な性質を抽出して、抗原によりどのような制約がTcRにかかっているのか調べている。
   例えば抗原に結合するCDR3領域の長さ、電荷、疎水性を調べると、抗原によって確かに制約のされ方が異なり、配列にも一定の法則が存在する可能性がうかがわれる。
   もちろんV領域やJ領域の、αとβのペアリングによる選択制も検討している。抗原によって違うが、予想どおり抗原ごとに一定のコンビネーションが現れる確率は高い。そして、抗原ごとに反応するTcRのクラスターマップを作ることに成功している。すなわち、全くランダムにTcRは選ばれない。そして、立体構造的にもそれぞれの組み合わせの妥当性が確認できる。
   最後に、TcRレパートリーの分類アルゴリズムを作成して、それが反応する抗原を特定することができるかも調べている。
結果はまだまだだが、反応するTcRデータが揃ったエピトープに対しては、かなりの確率で特定のTcRがそのエピトープとどの程度反応するかを予想できることを示している。
   この研究は、TcRの配列からエピトープへの反応を特定できるかという重要な問題にチャレンジした点が重要で、ここで開発された様々な情報処理法が洗練されてくると、いつかエピトープに対するTcRを設計する日が来るのではと期待させる。これが可能になれば、ガン抗原に対するT細胞を設計することも可能になる。情報処理法の詳細はほとんど理解していないが、注目したい研究だ。
カテゴリ:論文ウォッチ

6月22日:脳下垂体神経による神経幹細胞の増殖調節(6月15日号 Science掲載論文)

2017年6月22日
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以前は脳神経は一度できると一生増殖しないと思われていたが、現在では成人の脳内でも神経幹細胞が必要に応じて増殖することがわかっている。神経幹細胞は脳室下帯(SVZ)と呼ばれる場所に存在し、ここにその増殖を調節するニッチがあると考えられているが、脳内のすべてのSVZで同じように幹細胞が増殖しているとは思いにくい。
   今日紹介するスイスバーゼル・バイオツェントルムからの論文は嗅球の介在神経をリクルートする腹側前方のSVZに存在する神経幹細胞に焦点を当て、この増殖が遠くに存在する神経自体により調節されている可能性を示した論文で6月15日号のScienceに掲載された。タイトルは「Hypothalamic regulation of regionally distinct adult neural stem cells and neurogenesis(脳下垂体は特定の領域にある神経幹細胞による神経新生を調節する)」だ。
   この研究ではまず腹側前方部SVZの神経幹細胞を増殖させる化合物をスクリーニングし、なんとオピオイド(エンドルフィン)受容体を刺激する化合物が静止期にある幹細胞を増殖させることを発見する。
  静止期幹細胞を刺激する因子がエンドルフィンと特定できたので、次に腹側前方のSVZに存在して、背側には存在しないエンドルフィンを分泌できる神経細胞を探索、ついに視床下部に存在する神経にエンドルフィンを分解して分泌できる細胞が存在し、腹側前方のSVZまで神経端末を伸ばし、場所によっては神経幹細胞と直接接触していることを発見する。
   ほんとうに下垂体神経により神経幹細胞の増殖に関わるかを調べるため、下垂体でエンドルフィン分解する神経を70%程度除去すると、神経幹細胞も約60%程度低下することが明らかになった。
   次は逆にこの細胞のみ刺激できるシステムを用いて刺激すると、複属前方部の神経幹細胞のみ増殖することがわかった。
   驚くことに、このエンドルフィン分解能のある下垂体神経細胞は空腹・満腹の調節に関わる重要な神経であることがわかっている。そこで、マウスに十分餌を与えて満腹にした時、空腹にした時、空腹の後餌を与えた時に分けてこの神経の活性を調べると、空腹時で低下し、満腹時で元に戻ること、そして何よりもこれに合わせて神経幹細胞も空腹で減少、餌を食べると増殖することがわかった。さらに、この刺激により嗅球の介在神経数が調節されていることを明らかにしている。
   神経幹細胞が、神経の興奮状態により増えたり減ったりすることを示した驚くべき論文だが、同じことが他の領域にも見られるのか重要だと思う。様々な精神疾患で神経幹細胞の増殖が低下することが知られている。この原因が、神経ネットワークの変化で起こるなら、将来対処法も見つかるかもしれない。
カテゴリ:論文ウォッチ

6月21日:腹が減ると美味しく見えるメカニズム(Nature6月22日号掲載予定論文)

2017年6月21日
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  空腹時食べ物の写真を見ると、グーッとお腹が鳴って食欲が出ることは誰もが経験している。人間の脳イメージングの研究から、空腹時に食べ物の写真を見せると島皮質と呼ばれる脳側面の奥にある領域が活性化することが知られている。すなわち、島皮質が体内感覚と高次感覚機能が出会う場所であることがわかっている。ただ、場所が場所だけに、脳の興奮を発光に変換して領域全体を記録する最新の脳記録方法は利用することができず、島皮質の正確な機能を明らかにできていなかった。
   今日紹介するハーバード大学からの論文は、プリズムを組み合わせた新しい記録方法を開発して島皮質の神経興奮を記録できるようにしてこの問題にチャレンジした研究で6月22日発行のNatureに掲載される。タイトルは「Homeostatic circuits selective gate food cue response in insular cortex(島皮質に見られる食べ物からのシグナルをコントロールするサーキット)」だ。
   研究で使われた写真は、美味しい食べ物の写真ではなく、異なる縞模様のパターンで、一つは食べ物、一つは苦い水、そして最後は何も起こらないパターンを意味する写真で、これらのパターンの意味を学習させる。この学習により、空腹時食べ物を意味するパターンを見た時に食べ物を期待する反応が起こる。そして期待通り、島皮質の活性を抑えると、食べ物を期待して舌を動かす反応が消えることを確認している。
   島皮質の関与がわかっても、神経興奮を調べるのは難しかったが、著者らはマイクロプリズムを組み合わせた新しい方法を開発し、島皮質全体でここの神経活動を記録できるようにした。この技術開発がこの研究のハイライトになる。
   この方法で島皮質を観察すると、期待通り腹が減っている時だけ、食べ物を示すパターンに反応し、食べ物をもらうための行動を起こす過程で興奮が高まりほとんどの神経細胞が興奮するのが記録される。すなわち、視覚認識と空腹感が島皮質で統合されることがはっきりわかる。
   次に、空腹のシグナル回路について調べ、摂食や肥満に関わるとして知られているAgRP神経が刺激されると、島皮質に空腹と同じシグナルが入ることを明らかにし、またこのシグナルがどうリレーされるか明らかにしている。
   詳細を省いて結論を述べると、
 餌が欠乏すると摂食に関わるAgRP神経が興奮し、この興奮は視床傍室領域、扁桃体基底外則核とリレイされて島皮質に到達するまでに、他の様々なシグナルを統合して、視覚などの認識シグナルによる刺激への閾値を変化させることで、空腹時に食べ物の写真に興奮するようになってしまうことを明らかにした。
現在の脳研究の大爆発から考えると、もう驚かなくなったが、それでも身近な問題の脳回路が明らかになるのは面白い。ただ理屈が分かったとはいえ、私の欲望をコントロールするのは難しそうだ。
カテゴリ:論文ウォッチ

6月20日:収入とガン発見率:統計と個人の気持ちのギャップ(6月8日号The New England Journal of Medicine掲載論文)

2017年6月20日
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収入の高い人ほど長生きであることは古くから知られている。このことは何十年も前から統計学的に示されており、最近の米国の統計でも収入に比例して寿命が長いことがはっきりわかる。
   このような統計を見ると、収入が高いほど良い医療が受けられるため、寿命が伸びるのではと考えがちだ。我が国のように、国民皆保険が進んだ国は別として、米国をはじめ医療の質が収入によっても左右される国では、特にそう考えられる傾向がある。
   しかし、医療に金をかけるほど寿命が本当に伸びるのかについて疑う専門家も多い。特に、米国のように保険のレベルによって高額医療が可能な国では、過剰医療が逆に寿命を縮めるのではという懸念が常に存在する。我が国でもしばしば問題になるが、早期発見を目指したガン検診が、治療の必要のないケースに対する過剰医療をうみ、健康を損なう可能性については現在も議論されている。たとえばイメージングで異常が発見される率は実際のガンの何倍にも上るだろうが、確定診断にはすべての人が医療の対象になってしまう。
   今日紹介する米国ダートマス医療政策研究所からの論文は、過剰診断を生みやすいことが知られている乳がん、前立腺癌、甲状腺がん、メラノーマの4種類のガンを選び、ガンの発症率とこの4種類のガンによる死亡率を、平均所得が75000ドル以上の地域と、40000ドル以下の地域に分けて(ちなみに我が国の2016年の国民一人当たりの所得は約39000ドル)、1975年から比べた研究で6月8日号のThe New England Journal of Medicineに掲載されていた。タイトルは「Income and cancer overdiagnosis—when too much care is harmfull(収入とガンの過剰診断:過剰治療が問題になる時)」だ。
   この所得の線引きを見ていると、地域の所得格差が2倍近いことが米国では当たり前なのかと驚く。いずれにせよ結果は明瞭で、1975年から一貫して、高所得地域では4種類のガンの発症率が高く、調査が行われた最後の年ではなんと高所得地域の方が2倍に達している。もちろん、生活習慣による差も考えられるが、2倍の差を説明するにはやはり、高所得地域では診断率が上がってきたと考えるのが妥当だろう。
   皮肉なのは、この4種類のガンによる死亡率の比較を見ると、高所得地域、低所得地域を問わず、死亡率は確実に下がっており、両者に差がないという結果になる。
   この結果をどう解釈するかだが、まず医療は確実に前進しており、これらのガンの死亡率は低下していることは歓迎できる。しかし、診断率が上がったから死亡率が下がることはないということもわかる。以上のことから、著者らは必要のない過剰診断が医療費を上昇させていると結論している。更には、医師の給与の出来高制ではなく、サラリー型に変える可能性まで議論している。
   ただ、この統計だけでそこまで議論していいかは疑問が残る。ガン治療の効果判定はあくまで治療による生存期間の延長により判断される。やはり一人一人の生存期間の結果などより詳しい統計がないと、個人としては納得いかない。
   医療統計、特に国民医療費議論に関わる医療統計を見ていつも感じるのだが、見せる指標によりいくらでも結論を操作できる。このような論文を読むとそろそろ、社会も個人も双方が納得出来る統計のあり方を議論する必要があるように思った。
カテゴリ:論文ウォッチ

6月19日:細胞周期中間期でのSAF-Aのダイナミックな機能(6月15日号Cell掲載論文)

2017年6月19日
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   分裂中の細胞でも、その大部分は核膜がしっかり維持された細胞周期・中間期にあり、この時期ではDNA合成とともに、盛んに転写が行われている。これまでなんども紹介してきたように、転写は核内の染色体の3次元構造に大きく依存している。この構造化がゲノムへの選択圧になって、私たちのゲノムは遺伝子に富む領域と、遺伝子が極めて少ない領域に分離され、異なる染色体構造をとおして転写の効率を上げる仕組みを獲得している。
   今日紹介する英国エジンバラ大学からの論文は、転写と染色体構造を仲立ちするSAF-A分子の機能を細胞学的、生化学的に明らかにした研究で6月15日号のCellに掲載された。タイトルは「SAF-A regulate interphase chromosome structure through oligomerization with chromatin-associated RNAs(SAF-Aは染色体と関連したRNAにより重合することで中間期の染色体構造を調節する)」だ。
   この分野のプロの仕事という印象を強く持ったが、筆頭著者は日本の方のようで、期待したい。
   RNAへの転写が染色体レベルの変化を誘導することは、X染色体不活化や、免疫グロブリンクラススウィッチなど、様々な例が知られているが、この研究ではこれを支える多くの分子の中からSAF-Aと呼ばれる染色体スキャフォールド結合タンパク質に焦点を絞ってその機能について調べている。
   まず、染色体の中で遺伝子が多い領域と、極めて少ない領域を選んで、SAF-Aが欠損するとそれぞれにどんな変化が起こるか調べ、遺伝子の多い領域だけでSAF-Aが染色体構造リモデリングに関わり、このリモデリングがRNA転写により誘導されることを明らかにしている。
   次にこの現象の生化学的メカニズムを調べ、SAF-AのATP-ase活性が転写されたばかりのRNAと結合することで誘導され、ATPとの結合により分子の3次元構造が変化し、SAF-A同士の重合が起こり、ATPaseの働きでATPが分解すると、重合が解消されるサイクルが回ることを明らかにしている。
   次に、この生化学的プロセスが細胞の中でも起こっていることを調べるため、詳細は述べないがPLA,FRET及び詳細な細胞内でのSAF-Aの状態の解析など、あらゆる方法を駆使して、新しいRNA転写によりトリガーされるSAF-Aの重合が細胞内で起こっていることを証明している。
   最後に、こうして誘導される重合SAF-AがRNAを介してクロマチンに結合し、染色体を緩める効果があること、この結合がないとDNAにストレスがかかり、遺伝子に切れ目が入ったりすることなどを示している。もちろん、紹介を省いたが、SAF-A各ドメインの変異体の研究から、それぞれの分子機能の構造的基盤も明らかにしている。
   転写とクロマチンの関係についての研究は今急速に進んでいると感じているが、実際の転写の現場に最も近い分子が見えることで、さらに研究が加速する予感がする。
カテゴリ:論文ウォッチ

6月18日:アルツハイマー病特異的ミクログリア(6月15日号Cell掲載論文)

2017年6月18日
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今日2時からニコニコ動画で、3人の脊髄損傷の患者さんと、最近2−3年の脊髄損傷、特に細胞治療の可能性について書かれた総説の読書会を行う予定だ(http://live.nicovideo.jp/watch/lv299503716)。
   私が再生医学の政府プロジェクトに関わってからすでに17年が経つが、幹細胞を用いた脊髄再生を唱えながら10年以上、専門家から見れば少しずつ進展はあるかもしれないが、外野から見た時ほとんど何も変わっていないような気がする。その辺を厳しく検証したい。

今日の論文ウオッチの題材はしかし脊髄損傷ではなく、神経変性疾患に関わるミクログリアの話を選んだ。 ミクログリア細胞は発生初期に脳内に移動した前駆細胞が脳内で自己再生する独立した貪食システムで、通常は脳のホメオスターシスを守るための細胞だが、中枢神経系の慢性炎症では神経細胞変性やシナプスの喪失に関わる負の側面が出てしまうのではと疑われている。
   今日紹介するイスラエル・ワイズマン研究所からの論文は、アルツハイマー病のモデルマウスを用いて、アルツハイマー病(AD)特異的ミクログリア細胞を特定した研究で6月15日号のCellに掲載された。タイトルは「A unique microglia type associated with restricting development of Alzheimer’s disease(アルツハイマー病の進展を制限するミクログリアの特異的タイプ)」だ。
   脊髄損傷の研究進展を眺めていて苛立ちを覚えるのは、再生に関わる組織や細胞過程についての研究がいい加減な点だ。これに対して、今日紹介する論文は実に丁寧で忍耐強い仕事だと好感を持つ。
  研究では人間の遺伝性アルツハイマー病で見られるのと同じ突然変異を導入したADモデルマウスの脳から血液系細胞を取り出し、細胞一個づつ遺伝子発現を網羅的に調べ、ADで特異的に現れるミクログリア細胞を2種類同定している。このタイプは正常では全く見られないが、ALSのような神経変性性疾患には存在している。
   病気の経過にしたがって、この2種類の細胞の出現を調べると、通常のミクログリアが時間とともに異なるタイプへと分化しており、最後の段階のミクログリアはADのプラークの周りに集まり、盛んに貪食していることが明らかになった。
   以上の研究から、ADによる細胞変性が始まることでミクログリア分化のスウィッチが入り、中間段階を経て、最後はプラークを貪食して、病変の広がりを防ごうとするミクログリアへと分化するという論文だ。
   最初に述べたが、何千個にも及ぶ細胞一個一個の遺伝子発現を調べた真面目な研究だ。もちろんこの研究がそのまま人間に当てはまるかどうかもわからないし、これにより新しい治療戦略が開けるものでもない。それでもこの真面目さに感動した。
カテゴリ:論文ウォッチ

6月17日:成長期のストレスがうつ病につながるメカニズム(6月16日号Scienceに掲載された)

2017年6月17日
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   成長期に虐待などのストレスを受けると、成人後にうつ病を始め様々な精神疾患にかかりやすくなることがわかっている。しかし、なぜ一時期の虐待の効果が長期間記憶され大人になってから現れるのかについてはよくわかっていない。
   例えばフロイトは乳児期に母に向いた欲動を、積極的に無意識に押し込めたことが、成人後の神経症などの原因になると述べた。このような精神分析的解析は精神医学では下火になっているのではと危惧するが、患者さんが病気を理解するという意味でも重要だ。ただ誤解を恐れず言ってしまうと、成長期で起こる脳の変化の背景には必ず分子と細胞の変化が存在することも確かだ。
   今日紹介するニューヨーク・マウントサイナイ医科大学からの論文はマウスを使ってうつ症状につながる幼児期のストレスの分子基盤を調べた研究で6月16日発行のScienceに掲載された。タイトルは「Early life stress confers lifelong stress susceptibility in mice via ventral tegmental area OTX2(初期のストレスは腹側被蓋領域のOtx2を介してストレスに対する感受性を生涯高める)」だ。
   研究は脳の分子生物学としてはオーソドックスで、特に新味があるわけではない。定法に従って、授乳期前期(生後2−12日)、後期(10−20日)に母親から一定時間隔離するというストレスを与え、成長してから今度はラットなどマウスから見た社会的強者と同じケージに入れた時の、引きこもりや快感の喪失などいわゆるうつ症状の出方を調べている。結果は、授乳期後期にストレスを与えた時だけ、成長してからのうつ症状が見られることを確認している。
   この研究では、成長期のストレスで変化する場所は腹側被蓋領域(VTA)と決めて、VTAで成長期のストレスにより変化する遺伝子をリストしている。
   200を超す遺伝子が成長期のストレスで変化するが、この多くがなんとOtx2遺伝子により調節を受けている遺伝子であることを明らかにしている。
   専門外の人には、Otx2が出てきても特に驚きはないと思うが、発生学者には馴染みの深い遺伝子で、脳の発生に必須の遺伝子というだけではなく、視覚の可塑性など成長過程にも重要な役割があることが明らかになっている。発生学者からみれば真打登場とでも言えるだろうか。実際Otx2がストレスにより変化するのか調べる目的で、授乳後期にOtx2の発現を一時的に抑えると、成長後のうつ症状が出やすくなる。
   話は結局これだけで、残念ながらなぜストレスがOtx2遺伝子変化を誘導できるのか、また一時的なOtx2発現低下が長期間続く効果をVTAで誘導するのかは結局わからないまま終わっている。論文としては真打登場に救われて、Scienceに掲載されたようにも思える。
   とはいえ、脳の可塑性を考える時、Otx2が鍵になる分子として、視覚に限らず今後注目されていくような予感がする。
カテゴリ:論文ウォッチ
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