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7月6日:コロンブスの卵と言える発想の転換(6月29日号Cell掲載論文)

2017年7月6日
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次世代DNAシークエンサーは、解読したいDNA断片をスライドグラスの上の微笑スポットに補足して、その場所で増幅し、伸長反応を進めることで塩基配列を決めている。すなわち、何十万もの小さなスポットで起こる反応を個別に読み取って大量のシークエンスデータを集める。解読が終わると、何十万もの異なる配列を持った増幅されたDNA断片が張り付いたスライドグラスが残ることになるが、すべて廃棄されていた。
   今日紹介するテキサス大学からの論文はこれまで廃棄されてきた、配列が解読されたDNA断片が張り付いたスライドグラスを、DNA結合分子の反応を調べるために再利用するという素晴らしいアイデアを示した研究で6月29日号のCellに掲載された。タイトルは「Massively parallel biophysical analysis of CRISPR-Cas complexes on next generation sequencing chips(次世代シークエンサーチップ上でCRISPR/Cas の複合体の生物物理的解析を超大規模に行う)」だ。
   この研究ではCRISPR/Casシステムと標的DNAとの結合の特異性を調べているが、同じプラットフォームは核酸配列を標的とする様々な分子反応に利用できるだろう。
   研究ではまずCRISPR/Casとの反応を調べたい遺伝子配列(300bp程度)の異なるDNA断片を約40000種類合成、これをMiSeqを使って配列を決定する。そうするとすべての断片がスライドグラス上に捕捉され、配列が決まるが、反応が終わったDNA断片が載ったスライドグラスに、ガイドRNAと蛍光標識したCasを加えると、DNA配列がガイドと一致するスポットだけにCasの結合が見られることになる。この時すべてのスポットで蛍光の場所と強さを記録すると、何万、何十万種類の標的配列と、CRISPR/Casの反応を調べることができ、CRISPR/Casが働くためにはどの程度の配列の一致が必要かなどを網羅的に調べることができる。
   配列を決めれば捨てていたチップを、貴重な宝として蘇らせる発想で、言われてみれば当然だと思うが、これを発想したことに本当に感心する。
   もちろん発想が正しいことを示すため、この方法を用いて、ガイド配列の条件、ガイドに続くPAM配列の条件などをすべて明らかにし、また得られた各配列のチップ上での反応性と、それを用いた遺伝子編集効率が相関することも示している。そして最後に、人間のエクソーム配列決定を行ったチップ上でCRISPR/Casを反応させ、どの遺伝子がoff-target標的になってしまうかも示している。
予想以上の結果で、今後遺伝子編集を行う時、CRISPR/Casシステムの特異性を前もって調べるための方法として広く用いられるだろう。
  これまでDNAを標的とする分子反応の測定にはEMSAとか CHIPとか、様々な方法が開発されてきたが、この方法はそれらを置き換えるポテンシャルがある。もちろん、転写調節や、エピジェネティックスなど他にも様々な分野に応用できるjことも容易に想像できる。新しい材料を開発しなくても、発想の転換だけで新しい道を切り開けることを示した素晴らしい研究だと思う。
カテゴリ:論文ウォッチ

7月5日:tRNAによるレトロトランスポゾン抑制(6月29日号Cell掲載論文)

2017年7月5日
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6月30日ノンコーディングRNA、7月3日RNAiシステムのルーツと、この1週間、RNAについての論文を紹介する機会が多かった。実際、クリスパーを持ち出すまでもなく、ゲノム維持、エピゲノム維持、転写、翻訳、転写後修飾などなど、様々な場所でRNAが重要な役割をしており、また種によってRNAの関わり方の多様性が明らかになっている。
   今日紹介するコールドスプリングハーバー研究所からの論文は、レトロトランスポゾンの活動抑制に関する研究で6月29日号のCellに掲載された。タイトルは「LTR-retrotransposon control by tRNA-derived small RNA(tRNA由来のsmall RNAによるLTR型レトロトランスポゾンのコントロール)」だ。
   ゲノムプロジェクトの結果、私たちのゲノムの半分が、トランスポゾンと呼ばれるゲノム上を伝搬する能力を持った遺伝子単位により占められていることが明らかになった(BRHウェッブサイト拙稿参照http://www.brh.co.jp/communication/shinka/2015/post_000011.html)。言ってみれば、ゲノムという家の中に勝手に動き回れる居候がいるようなものだが、とはいえ好き勝手動いてもらったのではゲノムの恒常性は維持できない。このため、ゲノムの恒常性を維持するために、piwiRNA などsmall RNAが様々なレベルでレトロトランスポゾン活性を抑制していることがわかっている(BRHウェッブサイト拙稿参照http://www.brh.co.jp/communication/shinka/2015/post_000017.html)。
   この研究では、レトロトランスポゾン活性を抑制するsmall RNAに、これまで知られていなかった新しいRNAが存在する可能性を探索している。この目的のため、まずエピジェネティックな抑制が狂ってレトロトランスポゾンが再活性化されているトロフォブラスト幹細胞や、setdb1遺伝子が欠損したES細胞で、レトロトランスポゾンを抑えるために誘導されるsmall RNAを探索し、なんとレトロトランスポゾンと結合するsmall RNAの多くがtRNAのT armに由来する18merと22merのRNAであることを発見する。
   この発見がこの研究の全てで、あとはtRNA由来のRNAがレトロトランスポゾンの活性を抑制するか、どのトランスポゾンが標的になっているのかなどを検討している。
  結果は、LTRを持つ最も活動性の高いレトロトランスポゾンがtRNA由来small RNAの標的で、22merは、マイクロRNAと同じように、転写されたRNAに結合して分解する機能を持っており、一方18merは活性化により転写されたトランスポゾンRNAが逆転写酵素によりDNAへと転換さるのを抑制することで、新しくゲノムへ挿入されるのを抑制していることを明らかにしている。
   RNAの多様な機能を知ってしまうと、特に驚くほどの話ではないと思われるが、核酸配列をアミノ酸と対応させるというシンボル化のような生命発生の最も中核の機能を持つtRNAがゲノムの統合性を維持するのに働いているのを知ると、背景にもっと面白いことがあるのではないかと勘ぐりたくなる。
カテゴリ:論文ウォッチ

7月4日:ミクログリアの2面性(7月19日号Neuron掲載論文)

2017年7月4日
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以前紹介したように(http://aasj.jp/news/watch/7035)、アルツハイマー病治療薬の主流の一つはアミロイドβに対する抗体を使ってアミロイドを除去する治療法だ。この時、除去に活躍するのが脳内専門のマクロファージ、ミクログリアで、アミロイド除去という観点からはミクログリアが活発になるのが望ましいが、活性が上がりすぎて何か悪さをするのではという心配は常に残る。
   今日紹介するスイス・チューリッヒ大学からの論文はこのようなミクログリア細胞の2面性を示した研究で7月19日号に発行予定のNeuronに掲載された。タイトルは「TDP-43 depletion in microglia promotes amyloid clearance but also induces synapse loss (TDP-43除去によりミクログリアのアミロイド除去能力が上がるとともにシナプス喪失も誘導される)」だ。
   この研究ではこれまでゲノムワイド遺伝子スクリーニングで神経変性疾患との強い関連が示された18種類の遺伝子の発現を抑制したミクログリア細胞株を用いて、どの分子がアミロイド処理に関わるかを試験管内で調べ、TDP-43と呼ばれる核酸結合タンパクの抑制により、ミクログリアのアミロイド除去能力が著明に上昇することを見つけている。
  TDP-43はこれまでも家族性ALSの原因分子として注目されてきており、神経細胞での蓄積が変性の原因として研究されている。このため、著者らはこの分子のミクログリア機能に絞ってその後の研究を行っている。
   まず細胞株を用いた実験からTDP43発現が抑制されるとアミロイドの貪食だけでなく、細胞内での分解も促進することを確認し、次にミクログリア特異的にTDP-43が欠損したマウスを作成し、脳内でアミロイドの除去速度を調べ、期待通り除去が促進していることを明らかにしている。
   ところがこのマウスではアミロイド除去が促進されるだけでなく、シナプス喪失も促進されることが明らかになった。このシナプスロスには、アミロイドの貪食は無関係で、TDP-43機能が抑制されると、ミクログリアはシナプスを攻撃することになる。
   最後にでは実際の病気ではどうなのかをTDP-43が原因のALS患者さんのアルツハイマー病併発程度を調べることで確かめている。ここでも、TDP-43の発現が落ちるとアミロイド蓄積によるアルツハイマーの進行は抑えられるが、早期からシナプス喪失によると思われる認知機能低下が見られることから、TDP-43抑制によるミクログリアの活性化には、動物実験で見られるのと同じような両面性があることを示している。
   この話自体はなるほどと納得して終わる仕事で、TDP-43は神経だけでなく、ミクログリアについての機能も注目する必要があることがよくわかった。ただ、この論文を読んで、アミロイド除去を促進する過程で、TDP-43などを介するミクログリア機能を活性化してしまうと、抗体治療も逆効果になる懸念があるように思える。動物実験では、アミロイド蓄積が抑制されたかだけが重要な指標になってしまうため、同時に進むシナプスロスが見落とされると、臨床試験が失敗に終わってしまうことになる。このことを念頭において、アミロイド除去治療を進めることが今後求められるように思う。
カテゴリ:論文ウォッチ

7月3日:RNAi合成システムのルーツ(Natureオンライン版掲載論文)

2017年7月3日
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ファイアーとメローが線虫でRNA干渉(RNAi)の存在を明らかにしたのが約20年前のことだが、その後急速にRNAに基づく遺伝子調節のメカニズムが明らかにされ、その究極としてCRISPRシステムの発見と利用があるように思える。
   今日紹介するNY・マウントサイナイ医大からの論文は、現在は転写調節の仕組みとして発展しているRNAiやmiRNA合成システムも、元をたどればCRISPRシステムと同じで、RNAを標的としたウイルスに対する免疫機能として誕生したことを示した研究でNatureオンライン版に掲載された。タイトルは「RNase III nucleases from diverse kingdoms serve as antiviral effectors (様々な生物界に存在するRNaseIIIは抗ウイルス効果を持つ)」。
   CRISPR/CasシステムとRNAiやmiRNA合成システムを比較すると、極めてよく似ていることがわかる。ところがCRISPRはもっぱら外来因子に対する防御システムとして機能し、一方RNAiの合成に関わるRNase III(Drosha)やDicerは遺伝子発現調節に関わっている。代わりに私たちのウイルスなど外来因子への防御はインターフェロンに置き換わっている。これは、多細胞動物が生まれ、一部の細胞の維持より個体の維持が優先されるようになると、個々の細胞内でウイルスを退治するより、インターフェロンのような全細胞が防御体制には入れるシステムの方が適しているためと納得しているが、著者らはそれでも昔のウイルスなどに対する細胞防御に関わる名残の機能がRNase IIIに残っているのではないかと着想した。
   この研究はこの着想が全てで、RNase IIIを欠損させた細胞ではRNAウイルスの増殖が高まっており、これがウイルスRNAの高次構造を認識するRNase IIIの作用であることを示している。そして、様々な動植物のRNase IIIが同じ機能を発揮できることを示して、Drosha, DicerなどRNAiやmiRNAなどを合成するシステムが、もともとはCRISPRと同じようにウイルスなどに対する防御として進化してきたと結論している。
   ウイルスRNAも同じような高次構造を取ることを考えると、別に不思議は全くないが、ちょっと進化について思い巡らせて、論文に仕上げた手腕には脱帽。
カテゴリ:論文ウォッチ

7月2日:The HUMAN(Human Understanding through Measurement and ANalysis) Projext がついに始動する:AIの前に必要なこと(6月4日NY Times記事を見て)

2017年7月2日
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1ヶ月前になるがNY Timesに2014年から準備が続いていたthe HUMAN Projectが今年の秋から参加者を集め始めるという記事が出ていた。
NYに住む10000人の市民を20年にわたって記録し続けるというこれは2014年から準備が進む、壮大なプロジェクトで、21世紀のAIが目指す方向性を具現している優れたプロジェクトとして注目していたので、実行計画書について紹介することにした。
   このプロジェクトの目標は、4000家族、一万人のニューヨーク市民の行動、身体記録、ゲノムなどの情報を20年にわたって追跡する挑戦的な計画だが、最大1000万ドルで遂行可能としている。
  まず、ゲノム、口内、腸内細菌叢、健康情報などの生物学的情報、主にスマフォを介した経済活動、教育、コミュニケーションなどの行動情報、そしてGPSの位置記録と、既存のデータベースをリンクさせた環境情報の3種類の情報を、人間という生物の情報として日々記録しようとする計画だ。
   今我が国でも今AI・・と騒がれているが、AIも記録がないと意味がない。我が国ではAIの必要性を自動運転を象徴としたIoT、物がネットでつながる世界を開く技術として主に宣伝されている。しかし、これは人間の活動のあくまでもネガ・影のようなもので、人間自体の記録ではない。
   これに対し、AIが本当に必要とされるのは、人間自体の記録であることを明確に表明したのがこのプロジェクトだ。
   最初計画がアナウンスされてからこれまでほぼ3年にわたって準備や議論が進められているが、個人的には計画倒れで終わるのではと心配していた。というのも、経済活動、行動も含め全ての記録を個人から集めることのハードルは高い。
   例えば私がどのインターネットサイトを見ているか、フェースブックの誰とつながっているかを調べるだけで政治信条がわかる。例えば、前川問題からわかるように、国家の秘密は守っても、個人の秘密はリークするような今の我が国政府が呼びかけたとき、本当にこのようなプロジェクトに参加する気になるだろうか。この研究は、私的な財団とNY大学が遂行しているが、それでも全てをさらけ出すことの危険を感じる人は多い。
   このプロジェクトは、この問題もテーマにしてしまっている。完全に匿名化したデータベースをどう構築するか、どうセキュリティーを守るかなど、市民が信頼し、また参加者がリスクを知った上でそれでも価値を認めるデータベースを示すことをプロジェクトの目的にしている。このためには、市民の政府や自治体への信頼がまず不可欠になる。
   驚いたのは、セキュリティーを確かめるためのハッキング会社まで雇って、持続的にセキュリティーを確認することまで書き込んでいる。
   このプロジェクトでは、このような記録により、
1)老化と認知機能の低下の把握、
2)食事など生活習慣と健康、
3)ゲノムなどの生物情報と行動との統合、
についてこれまでになかった知見が得られるとしているが、もし成功したらこんな程度で終わらない。
   私の頭で考えても、リアルタイムの経済予測、精神疾患と環境、政治信条と行動など、これまで評論家という人たちが思いつきで語ってきたようなことが、実際の記録に基づいて予測することができるようになると思う。
すなわち、個人の情報を集めて様々な歴史が書ける時代がくる。
   このようなプロジェクトは、21世紀人間が情報化した新しい状況が生まれていることの理解なしには出てこない。人間が情報化しているのはとうにわかっているという人も多いだろう。しかし、情報化とは、リアリティーとしての私が消滅した後も、情報化された私が残るということだ。しかも、騙せない情報。ゲノム、医療情報、スマフォやGPSによる行動記録、経済活動などが残るということだ。
   このようにリアルな人間が情報化し、しかもネットワークで結ばれた時代は、IoTではなく、IoH(human)の確立から始める必要がある。その時、匿名化されるとはいえ個人データを提供してもいいと考えられる信頼できる政府かどうか、まずそこから各国のAI研究力の差が生まれるだろう。いずれにせよ、この秋NY市民がどのような答えを出すのか、注目してみていきたい。
カテゴリ:論文ウォッチ

7月1日:ノンコーディングRNAの新しい機能解析(6月29日号Cell掲載論文)

2017年7月1日
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ゲノムの中でタンパク質に翻訳される部分はたかだか2−3%しかないが、細胞中のRNAを網羅的に調べる研究から、実に9割以上のゲノム領域が低いレベルではあるがRNAには転写されていることがわかっている。こうして転写されるRNAはlong noncoding RNA(長いタンパク質をコードしていないRNA:lncRNA)と名付けられ、少しづつ研究が進んでいるが、遺伝子のノックダウンが難しい、機能に必要な分子複合体についての知識が不足している、そして何よりlncRNAがゲノム上のどの領域に結合しているのか調べる方法がないため、研究の進展は遅れていた。
   今日紹介するハーバード大学からの論文は、この3つの問題をなんとか解決できる方法を開発して、テロメアに存在する繰り返し配列を含むlncRNA、TERRAの多様な機能を明らかにした研究で6月29日号のCellに掲載された。タイトルは「TERRA RNA antagonizes ATRX and protects telomeres(TERRA RNAは ATRXに拮抗しテロメアを守る)」だ。
   もともとTERRAはテロメアのみに結合していると考えられ、実際核内で染色体あたり2箇所にTERRAが局在している写真はなんども示されてきた。このグループはTERRAの局在を示す同じ写真も長時間露出すると、他の部分にTERRAが結合していることをまず示し、常識にとらわれるとTERRA=テロメアで終わることを警告している。そしてTERRAが結合するゲノム領域を化学的に結合させ、シークエンサーで特定する方法を開発し、TERRAがテロメアの繰り返し配列だけではなくゲノムの様々な領域に結合していることを明らかにしている。
   この結果は、TERRAの多様な機能を想像させるため、次にTERRAを細胞から除去する新しい方法(化学修飾したアンチセンスを用いて標的を分解する方法)を用いて、TERRAの機能を検討し、TERRAが結合している遺伝子の多くの転写レベルが変化することを証明している。また、このような遺伝子ではTERRAは転写開始点近くに集まっていることも明らかになった。
   TERRAが転写にどう関わるのか調べる目的で次にTERRAと結合しているタンパク質を化学結合させて網羅的に調べる方法を開発し、134種類のタンパク質が結合していること、さらにこれらのタンパク質の結合領域を調べる染色体沈降法によるデータと組み合わせ、ATRXとTERRAが染色体上で特に抑制性のヒストンと結合している部分で共存していることを突き止める。
   こうして特定した幾つかの遺伝子領域についてATRXとTERRAの機能を調べ、TERRAは遺伝子発現を促進し、逆にATRXは抑える働きをしていることを明らかにしている。実際には、ATRXとTERRAが結合することで、ATRXの抑制が外れるというシナリオだ。
   今度はテロメアで両方の分子がどのように働いているのか、TERRAを除去する実験により調べ、TERRAとARTXが結合することでARTXのテロメア繰り返し配列への結合が阻害されることを明らかにしている。また、TERRAはテロメラーゼの一部のTercとTERRAも直接結合してテロメラーゼの活性を抑えて、テロメアの長さが一定に保たれるよう負の調節を行っていることを明らかにしている。
   以上の結果からTERRAがATRXを介して転写の調節と、テロメアの保護に関わるとともに、Tercの機能を抑制してテロメラーゼの活性を抑えるという様々な働きをする分子であることを示している。
   常識にとらわれない問題設定から始め、新しい方法を開発してその問題を解決した力作だと思う。
カテゴリ:論文ウォッチ

6月30日:染色体ヘテロクロマチン形成の分子メカニズム(Natureオンライン版掲載論文)

2017年6月30日
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遺伝子の発現調節に関わるエピジェネティックス機構の存在が最初に考えられるようになった一つのきっかけに、染色体のヘテロクロマチン構造の発見があったのではと思う(確かめたわけではない)。染色体上の大きな領域をヒストンや様々な分子とともに凝縮させて他の場所から隔離する巧妙な仕組みだが、これに関わる分子については理解が進んでいる。中でも、heterochromatin1(HP1α)分子は、抑制性のヒストンH3K9meに結合してクロマチンを凝縮させる鍵であることがこれまでの研究でわかっていた。
   今日紹介するカリフォルニア大学サンフランスシスコ校からの論文は、HP1αが染色体を凝縮させるメカニズムを明らかにした研究でNatureオンライン版に掲載された。タイトルは「Liquid droplet formation by HP1αsuggests a role for phase separation in heterochromatin(HP1αの液滴形成はヘテロクロマチン形成における相分離の関与を示唆する)」だ。
   従来の研究から、ヘテロクロマチン形成にはHP1α分子のリン酸化がスウィッチになっていることが示されており、この研究でも様々な部位でリン酸化されたHP1αを調整して研究を進めるうち、N末のリン酸化型HP1αは重合して溶液の中で相分離して液滴を作ることに気がついている。
    相分離は当然構造変化につながるため、これがヘテロクロマチン形成の物理化学的基盤になると着想して、HP1αが相分離する条件を調べている。
   様々な実験を行い、
1)リン酸化は引き金で、重合が進むと自然にそう分離が起こる。 2)C末領域がHP1αの重合を抑制しており、shugoshinなどの分子が結合できると、HP1αの重合と相分離が起こる。すなわち、この抑制を外すあらゆる条件は相分離を促進する。
2) HP1αがヒストンだけでなく、DNAに直接結合することで重合と相分離が促進される。
3) 伸びたDNAストランドにHP1αが結合すると、相分離によりDNAごと大きな凝縮塊が形成される。
4) 相分離した複合体に、H3K9meなども取り込まれる
などを示している。
  以上の結果から、HP1αのN末がリン酸化されると、他のHP1αとの結合が促進され、これにより元々重合阻害を行っていたC末の機能が低下することでさらに重合が進む。このコアを中心にした重合には非リン酸化HP1αも加わり、相分離を促進する。こうして、ヘテロクロマチンが他の場所から完全に隔離された状態が生まれることになる。
   なかなかうまくできた機構だと納得するが、実験中に生まれた相分離に気がついたことがこの研究の全てだろう。
カテゴリ:論文ウォッチ

6月29日:統合失調症の病理学(7月1日号Biological Psychiatry掲載論文)

2017年6月29日
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今、統合失調症などの精神疾患の病理学は面白い分野になるかもしれないと思っている。

私が学生の頃、精神科の高木先生から、鹿児島大学(だったと思うが)の病理学では亡くなった統合失調症の患者さんの脳標本を見るだけで、統合失調症かどうかを正確に診断できるようだと話しておられた。実際には高木先生も学生も半信半疑だったが、なぜなら統合失調症など精神疾患は、病理的特徴がないというのが常識だったからだ。
   しかし今日紹介するピッツバーグ大学からの論文を読んで、統合失調も病理学的に診断できる可能性があることがよくわかった。論文のタイトルは「Alterations in a unique class of cortical chandelier cell axon cartridges in Schizophrenia(統合失調症では特有の皮質シャンデリア細胞アクソンのカートリッジに変化が見られる)」だ。
最近のMRIなどを用いた脳イメージング研究によって、統合失調症だけでなく、様々な精神疾患で神経結合の変化が見られることが示されており、考えてみるとそれが病理学的変化を伴ってもなんの不思議もない。
実際、皮質の錐体細胞のアクソン同士を橋渡しするシナプスを形成するシャンデリア細胞の数や形が統合失調症で変化することについてはこれまで注目されていたことをこの論文を読んで学んだ。
  シャンデリア細胞が錐体細胞アクソンとシナプスを形成するとき、カートリッジと呼ばれるボタン型の突起(海馬でのスパインのようなもの)を介して結合するが、このカートリッジは合成したGABAをシナプス顆粒に運ぶGABAトランスポーター(GAT1)の発現で特定できる。これまでの研究でGAT1陽性カートリッジの数が統合失調症患者さんで低いことが示されていた。
   この研究では40人の統合失調症の剖検例の前頭前皮質でこの問題を再検討し、皮質の2/3層では逆にGAT1カートリッジの密度が上昇していることを発見する。この発見をより明確にする目的で、カルシウム結合タンパク質(CB)をもう一つのマーカーとして加え、GAT1+/CB+カートリッジと、GAT1+/CB-カートリッジに細分して前頭前皮質を調べると、2/3層特異的にダブルポジティブカートリッジだけがほぼ倍に増加していることが明らかになった。一方、シンングルポジティブ細胞は変化なく、また他の層でも変化は見られない。
   話はこれだけだが、重要なことは病気の経過や、治療によってこの特徴が変化しないことで、すなわち統合失調症は最初からCB陽性のシャンデリア細胞カートリッジ密度が高いことになる。
   以上の結果から、統合失調症では前頭前皮質の錐体細胞のアクソンをつないでいるシャンデリア細胞のカートリッジ、すなわちシナプスの数が減らないことが病理的特徴として疾患の最初から見られるという結論が導ける。
   この前頭前皮質のシナプスが減らないという発見の生理学的意味を理解するためにはこれからの研究が必要だが、統合失調症も病理学の対象として研究できることがよくわかった。しかも、調べた脳標本は15年近く保存されてきた標本だ。今後調べる材料は十分ある。
   これまで統合失調症は、心理学、分子生物学、生理学の対象として研究が進んできたが、最後は脳ネットワークの変化があることは間違いない。そして、MRIを用いておおまかな変化を調べることも可能になっており、それを組織的に研究するための方法も集まってきた。私が学生の頃は、見る人が見ないと、精神疾患の病理学は成立しなかったが、今や誰にでも可能な新しい精神疾患の脳病理学が始まる予感がする。
カテゴリ:論文ウォッチ

6月28日:アルツハイマー病新薬の治験に関する現状(Alzheimer’s & Dementia掲載論文)

2017年6月28日
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人口の高齢化とともに、アルツハイマー病は全世界共通の問題として研究が行われており、重点的に研究助成も行われている。現在の患者数は我が国で150万人に近づいており、また米国では500万人だが、この数は急速に増加すると危惧されている。
   もちろん患者数が多いことは、新薬開発が盛んであるということで、エーザイのアリセプトの例からわかるように、効果が確認されれば大型薬に発展することから、各社しのぎを削っている。
   現在実際の臨床治験に入っている薬剤の現状は、患者さんや家族の最も知りたい情報だが、米国の治験登録サイトClinicaltrial.gov.を見るとかなり詳しく知ることができる。しかし、登録されている数が多いため、なかなかその気にはならない。
   まさにこの作業を行ってくれたのが今日紹介するクリーブランドクリニックからの論文で、Clinicaltrial.gov.に登録されたアルツハイマー病治療薬の治験についてわかりやすくまとまっている。タイトルは「Alzheimer’s disease drug development pipeline:2017(アルツハイマー病治療薬開発のパイプライン2017)だ」。
   現在開発中の治療薬は、対症療法に用いる薬剤と、病気のプロセスを変化させるための薬剤に分けることができるが、特に後者に注目して箇条書きで紹介したい。
1、 治験中の薬剤は全部で105種類存在し、第1相/25、第2相/52、第3相/28種。確かに治験は活発に行われ、その7割近くが企業が関わる治験だ。第1相治験が少ないのは、新しい開発が少ないのと、直接第2相にすすむ薬剤が多い結果だ。
2、 安全性を確かめる第1相試験のうち20種類が疾患進行過程を標的にしている。問題は、第1相でも平均755日、2年以上を要することで、他のステージと同じで、治験にかかる時間が最大の問題になっていることがわかる。
3、 薬の大まかな効果を判定する第2相試験には多くの薬剤がひしめいている。36種類の薬剤が病気の進行を止めるための薬剤で、メカニズムとしてはBACE阻害剤とアミロイドやタウに対する抗体が中心になる。第2相の平均期間は1140日と、3年を越しており、また1治験あたり151人の患者さんが参加している。
4、 最後に効果を確認する第3相28種類のうち18種類が病気の進行を止めるための薬剤で、我が国のエーザイ、協和発酵、武田の3社も顔を覗かせている。さて治験期間だが平均1012人の参加者で、なんと1677日もかかっている。
5、 メカニズムについては、ベータアミロイドが膜から切断されるのを止めるBACE阻害剤、βアミロイドやタウ蛋白を様々な段階で除去するための抗体が各社最も力を入れているが、抗炎症剤、神経細胞保護剤なども治験に入っている。
6、 BACE阻害剤が我が国のエーザイも含め5種類も2/3相治験に入っているのは驚くとともに期待を持った。この薬剤は、脊髄液へのベータアミロイド量を測ることで効果がわかるが、長期効果になるとすでに撤退した会社があるぐらいで、効果が確認しづらい。また分子構造から見て阻害剤が開発しにくい分子で、副作用の懸念も常に存在する。ぜひ現在治験中の中から幾つか薬剤が生まれてほしい。
7、 アミロイドやタウに対する抗体薬は、我が国のエーザイと協和発酵も含め多くの治験が走っている。ただ、脳血液関門の問題、抗体薬のコストの問題などから、効果が確認されてもそのまま手放しで喜べるかどうかわからない。しかし心配するより、まず効果を示すことが先決だろう。
8、 最後に、この論文では治験のための患者さんのリクルートに長い期間がかかること、さらに治験期間自体も全部で13年と長期にわたることを最も大きなハードルになっているとして強調している。このことは、現在第2相の薬剤が認可されるのがようやく2025年ということを意味し、新しい開発・治験方法の開発の必要性を物語る。 以上、ざっと紹介したが、論文自体は詳細にわたり、また元のデータベースが存在することから、患者さんの質問に答えるための資料としては最適の論文だと言える。そして、患者さんの期待に応えようと多くの企業や研究所が困難な治験に取り組んでいることは間違いない。
カテゴリ:論文ウォッチ

6月27日パーキンソン病に自己免疫の可能性はあるのか?(Natureオンライン版掲載論文)

2017年6月27日
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免疫機序が明確に関わる多発性硬化症を除くと、神経変性疾患の免疫反応を調べる研究はあまり存在しない。ただ私も知らなかったが、パーキンソン病のリスク遺伝子としてこれまでDRB5*01及びDRB1*15:01型MHC-IIが特定されている。連鎖不均衡の結果で免疫とは無関係の可能性もあるが、一般的には免疫反応も関わる可能性を示唆する証拠としてみることができる。また、もともと変性疾患の多くは細胞内での分子処理がうまくいかないことが特徴で、これも免疫反応を誘導する可能性がある。
   今日紹介するコロンビア大学からの論文は、パーキンソン病で沈着することが知られているαシヌクレインに対するT細胞の反応を、患者さんと正常人で比べた研究でNatureオンライン版に掲載された。タイトルは「T cell from patients with Parkinson’s disease recognize α-synuclein peptides(パーキンソン病の患者さんのT細胞はαシヌクレイン由来ペプチドを認識する)」だ。
   この研究では67人のパーキンソン病の患者さんと36人の正常人をリクルートし末梢血のT細胞反応をCD4型の反応としてIL-5分泌、CD8型反応としてIFNγ分泌を測定して検出している。参加者の中でDRB5*01及びDRB1*15:01型は正常では15%程度だが、患者さんでは30%を超え確かに高い。
   まず、αシヌクレインのどの場所が抗原ペプチドとしてT細胞を刺激するかを調べ、酵素切断される部位を含むペプチドと(PI)、レビー小体で特に濃縮が見られる部位を含むペプチド(PII)の2種類を特定している。
   次にこれらのペプチドに対する反応を比べると、どちらにたいしても患者さんの方が反応するケースが多い。リン酸化や処理による変化などペプチドへの反応性について詳しく調べると、ほとんどの形のペプチドにT細胞が反応することが明らかになり、正常シヌクレインが十分抗原として作用することが分かった。
   一方MHC抗原との結合で見ると予想通りDRB5*01及びDRB1*15:01型には強く結合することがわかり、MHCの連鎖が免疫に直接関わる可能性が示唆された。今回の研究では、これ以外に2種類の抗原提示MHCが特定されている。また、クラス I MHCと結合するペプチドとそれに対する反応も示して、パーキンソン病に免疫反応が直接関わる可能性を示している。
   この結果から、今回特定されたMHCとペプチドに反応できるパーキンソン病の患者さんについては免疫反応が病気に関わる可能性があると結論している。
   しかし強い免疫反応が見られれば、気づかれないはずはない。したがって、もし関与があるとしても最初の小さな引き金だけで終わっているのかもしれない。一方、免疫系の関与が長期にわたって存在しているのなら、治療の可能性もあるということで、論文を書いておしまいではなく、しっかり治療標的としての可能性までできるだけ早く調べて欲しいと思う。
カテゴリ:論文ウォッチ
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