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7月27日:進展する筋ジストロフィーの遺伝子治療(7月25日Nature Communications 掲載論文)

2017年7月27日
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筋ジストロフィーの遺伝子治療が加速し始めた。遺伝子治療というと、欠損している遺伝子をベクターに組み込んで患部に導入し、欠損している遺伝子を元に戻すのが定番だ。しかし筋ジストロフィーの原因遺伝子ジストロフィンはエクソンが79個もある巨大な遺伝子で、通常遺伝子治療に使われるウイルスベクターに組み込むことはほとんど不可能だ。このため現在主流になっているのがエクソンスキッピングと呼ばれアンチセンスRNAを用いて変異部を飛ばした短い分子を発現させる方法で、昨年秋にFDAによりエクソン51を飛ばす遺伝子治療薬を承認した。我が国でも異なるエクソンを標的とした核酸薬が第一三共や日本新薬が治験中で、期待されている。
   ただこの方法では、長期間機能的分子の発現を維持するためには核酸薬を投与し続ける必要があるが、基礎研究段階ではあるがCRISPR/Cas9を用いてエクソンスキップを遺伝子改変により行う方法も開発されつつある(http://aasj.jp/news/watch/4683)。
   これに対し今日紹介する仏、米、英からの共同論文は機能部分だけを集めた小さなジストロフィン分子をアデノウイルスベクターに組み込んで治療するという最もオーソドックスな研究で7月25日号Nature Communicationsに掲載された。タイトルは「Long-term microdystrophin gene therapy is effective in a canine model of Duchenne muscular dystrophy(ミクロジストロフィン遺伝子治療は犬のドゥシャンヌ型ジストロフーに有効)」だ。
   この方法は、小さいとはいえ機能遺伝子を導入する治療のため、ジストロフィン遺伝子のほぼ全ての突然変異に対し有効なこと、一度の治療で比較的長期の効果が期待できる。
   研究では大型動物モデルとして定番の筋ジス犬にアデノ随伴ウイルスベクターに導入したミクロジストロフィンを注射、筋肉の機能と病理を調べている。最初の実験ではまずウイルスの効率と安全性を調べるため、上部で結紮した前足の筋肉に遺伝子を注射、3ヶ月後に遺伝子治療の効果を機能的に評価した後屠殺、病理的に回復を調べている。結果は上々で、少なくとも3ヶ月は、投与部位だけでなく、他の部位にも導入遺伝子が発現すること、また投与部の前腕の筋肉機能が回復していることが確認された。
   この結果を受けて、今度は2ヶ月例の犬にウイルスベクターを静脈注射し、最も長いものでは二年という長期間の観察を行っている。静脈注射すると、どうしても肝臓に捕捉され、最終的に免疫反応で肝毒性が出たりして少し乱暴な気もする実験だが、予想に反して最も多くのウイルスを投与した群では長期生存とともに、中程度の歩行機能を保ったまま少なくとも一年程度経過できること、またバイオプシーにより遺伝子が筋肉で回復していること、逆に免疫反応は長期間ほとんど観察されないことを示している。いずれにせよ、静注による全身投与が有効という話は重要だ。
   もちろんランダマイズされた実験ではないが、かなり期待できるのではという印象を持つ。FDAもこの病気と遺伝子治療については迅速審査を心がけているようなので、臨床治験へと進んで欲しいと思う。
   このような遺伝子治療は、まだ筋肉が十分残っている患者さんが対象だ。すでに時間が経過し、筋肉が失われた患者さんでは細胞移植治療が必要で、そちらも進むことを期待している。
カテゴリ:論文ウォッチ

7月26日:もう一つのインプリンティング(Natureオンライン版掲載論文)

2017年7月26日
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発生後の体細胞で卵子由来の染色体と、精子由来の染色体で別々に調節される遺伝子はインプリンティング遺伝子と呼ばれ、胎盤を持つ哺乳動物特有の現象としてその発見以来長年にわたって研究されてきた。特に、様々な腫瘍でインプリンティングの異常が見つかってからは、発生学や進化学だけでなく、臨床医学でも重要なテーマとなってきている。メカニズムについては、もっぱらインプリンティング遺伝子の調節領域のDNAメチル化を介して起こっていると一般には信じられてきた(実際この論文を読むまで私もそう思っていた)。
   今日紹介するボストン小児病院からの論文は、発生の初期にDNAメチル化に依存しない新しいインプリンティングが、母側の染色体で起こっていることを示した論文でNature オンライン版に掲載された。タイトルは「Maternal H3K27me3 controls DNA methylation-independent imprinting (母親由来のH3K27me3がDNAメチル化に依存しないインプリンティングをコントロールしている)」だ。
   染色体構造を少ない細胞数で調べることができるようになり、初期発生でのリプログラミングの研究は現在急速に進んでいる。この研究には、初期胚操作に手練れた研究者が必要で、私が現役の頃は我が国でも多くの研究者がひしめいていた。ただ、胚操作と染色体解析を組み合わせた研究が主流になってからは、我が国のアクティビティーは落ちている気がする。これに代わって、多くの中国人研究者がこの分野で活躍しているが、この研究もその一人Zhangさんの研究室からだが、筆頭著者は井上さんという日本人で(と思う)、伝統は守られているようだ。
   研究では人工授精させた後の精子由来の核と、卵子由来の核を分離し、DNaseIで切り出すことができる染色体の開いた箇所を調べる方法を用いて、開いている場所(DHS)の違いを、両方の染色体で比べ、母親由来の染色体(MC)および父親由来染色体(PC)にのみ見られる配列を特定している(DHSがMCだけに見られるということは、対応する遺伝子がPCではインプリンティングされていることをさす)。また、精子自体と、受精卵の精子由来核を比べ、予想どおり受精後急速にPCのクロマチン構造が開きつつある一方、MCでは変化がないことも確認している。すなわち、クロマチン構造の変化が、PCとMCで大きく異なることを示している。
   次に、受精後もMC側ののインプリント状態を維持されるメカニズムを調べ、DNAメチル化ではなく、H3ヒストンのメチル化により維持されていることを明らかにした。
   実験的に卵子から維持されるヒストンメチル化(H3K27me3)によるインプリント遺伝子を特定した後、次は発生過程でこのインプリンティングがどう変化するか調べ、発生後も胎児側、胎盤側で別々に維持されるメチル化依存性のインプリンティングと異なり、内部細胞塊ではH3K27me3マークが失われ始め、エピブラストで完全に消失する一方、胎盤では維持されることを明らかにしている。
   残念ながら発生過程で変化する新しいインプリンティングが、発生そのものにどのように関わっているのかについての検討は残されたままだ。遺伝子のリストを見ると、エピブラスト以降すぐに必要となるような重要な遺伝子が含まれているように思え、面白い課題だと思う。また、このインプリンティングが卵子発生でどのように形成されるのか、生殖細胞発生過程で調べる必要があるだろう。
 いずれにせよ、生殖細胞発生から受精、初期発生過程と、大きくリプログラムが進む過程を正常胚で研究するためには、胚操作に手練れた研究者の独壇場が続くと思う。
カテゴリ:論文ウォッチ

7月25日:診察室でのやり取りを録音していいか?(7月10日号米国医師会雑誌掲載コメンタリー)

2017年7月25日
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現在私たちが使っているスマートフォンは極めて高性能なデジタル録音器でもある。そのため、持ち主がその気になれば、あらゆる場面を秘密で録音することが可能になる。特に自分にとって重要な場面ではなんとか録音に残そうとするのもよくわかる。医師と患者さんが向き合う診察室でのやり取りも例外ではない。米国で行われた128人に尋ねたサーベーでは、なんと19人が診察室での医師との会話を許可なく録音しており、また14人は誰かがこっそり録音しているのを見たことがあると答えている。我が国での状況はほとんど報告されていないと思うが、米国では医師の間で問題になってきたようだ。
   今日紹介するダートマス大学、健康行政と臨床診療に関する研究所のGlyn Elwyn博士が7月10日号の米国医師会雑誌に発表したコメンタリーでは、診察室での録音の法的な問題についてまとめられている。タイトルは「Can patients make recordings of medical encounters? What does the law say(患者さんは診療行為を録音することができるか?法的規制)」だ。
   まず患者さんが録音する動機のほとんどは決して医師の問題を指摘するためではなく、もう一度医師の指示を自宅で聞きたいという目的で行われている。実際、録音する患者さんの72%がもう一度録音を聞き直しており、さらに68人は介護者と情報を共有している。
従って、一部の医療機関では録音を最初から許可している。例えば、診察後に必ず録画を渡す医療機関も存在し、これにより医療訴訟コストを10%削減しているようだ。
しかしそもそも診療室でのやり取りを録音するのは法的に許されているのか?
まずアメリカでは州によって法的規制が異なる。まず11州では全ての当事者がコンセントなしに録音することは違法と定めている。一方、39州では患者さんが医師の許可なく録音をすることが許されている。面白いことに、録音を許さない州の多くはリベラルな州で、例えばカリフォルニア、メリーランド、マサチューセッツなどアメリカを代表する病院が存在する州が含まれている。
これらの州で不法に録音を行おうものなら、慰謝料を含む大きなコストを課せられるようになっており、当然のことながら裁判での証拠能力はない。
一方、多くの州では違法ではない。秘密で録音される場合は仕方がないが、患者さんに「家で指示を聞きたいから録音したい」と聞かれた医師は、どう反応したらいいのだろう?
録音を違法だと定めた11州では拒否できるが、原則として他の州では拒否することはできない。その結果、医師の個人的意見は患者さんだけでなく家族をはじめ多くの人に共有されてしまう。
録音が広まり、互いの疑心暗鬼が高まるようだと、なかなか率直な意見が語られなくなり、患者さんにとってもマイナスになる。
残念ながら解決策はなく、とりあえずはそれぞれの州法に従うしかないが、将来の開かれた医療のためにも、この問題を議論し、統一した方針を出す必要があると結論している。
これまで考えたこともなかったが、米国で進む動きは、必ず我が国でも進行中と考えるべきだろう。実態調査を始め、この問題についての議論を早急に始めることが重要に思う。
カテゴリ:論文ウォッチ

7月24日:牛の免疫系は抗エイズ血清作成に最適(Natureオンライン版掲載論文)

2017年7月24日
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現在では、ヘルペスウイルス、エイズウイルスや、C型肝炎ウイルスなど、ウイルスの増殖と感染メカニズムが明らかになり、これに関わる分子を標的とする多くの薬剤が開発されて、患者さんが救われるようになり、あまりワクチンや抗血清の必要性が強調されなくなっている。しかし開発途上国で利用しやすいコストから考えると、今でもワクチンや、抗血清の重要性は高く、開発が続けられている。
私自身全く知らなかったが、エイズウイルスに対しては、人間、マウス、さらにはサル、ウサギなど、ウイルスを中和できる抗体作成が試されてきたようだが、限られた抗原エピトープに対してようやく抗体ができる程度で、様々な系統のウイルスを中和できる抗体の誘導はほとんどうまくいっていなかったようだ。
今日紹介するカリフォルニア・スクリップス研究所からの論文は、抗体遺伝子が長い可変領域を持つ牛を免疫すると、これまで難しかった中和抗体が誘導できるという、なんでもやってみなければわからないという典型の研究で、Natureオンライン版に掲載された。タイトルは「Rapid elicitation of broadly neutralizing antibodies to HIV by immunization in cows(牛を免疫することでエイズウイルスを広く中和する抗体を誘導できる)」だ。
この研究は抗体の構造について熟知していないとなかなか思いつかないだろう。牛のHCDR3と呼ばれる抗体H鎖可変領域(遺伝子でいうとD領域)が牛は極めて長いことに着目し、この可変領域であればこれまで難しかったエイズウイルスエンベロップに対する中和抗体ができるのではとあたりをつけ、三匹の牛をウイルス遺伝子が収められているエンベロップで免疫したという研究だ。そして期待通り、様々な系統のウイルスに対して中和活性を持つ高い力価の抗血清が得られることを明らかにした。この結果がこの研究の全てと言っていいだろう
次にこのような抗体を迅速に誘導できるか調べ40日ほどあれば高い力価の抗体が誘導できることを示している。あとは、様々なウイルス系統に対する反応性など詳細に検討して、免疫を続ければ90%以上の系統を中和できる。
抗体のアミノ酸配列について、抗原特異的B細胞を分離して解析を行い、全ての抗体が極めて長いHCDR3領域(D領域遺伝子)を使っていること、この結果ウイルスのCD4結合部位に反応できることを示している。
他にも結合の立体構造の解析など、詳しいデータが示されているが、それはスキップしていいだろう。D領域遺伝子が長い牛は、これまで抗体ができないとされてきた抗原にも反応できる抗体を誘導できる可能性があることを示した重要な貢献だ。しかも短期間に抗体を誘導できることから、今後ウイルス制御に関しては常に牛抗血清を念頭に置かれるようになるだろう。
しかし、なんでもやってみることが重要だし、またこのような実験が今も行えるスクリップス研究所の懐の深さに驚いた。
カテゴリ:論文ウォッチ

7月23日:Type IIICRISPRの新しいメカニズム(Science及びNatureオンライン版掲載論文)

2017年7月23日
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Type IIIクリスパーシステムは新しく転写されたRNAに結合したガイドRNAを中心にCas10、Csm2,3,4,5タンパク質が結合し、侵入してきたDNAと転写されたRNAを同時に分解する複雑なシステムだ。これまでの研究で、ウイルスに対する防御のためにはもう一つのRNAse、Csm6が必須であることもわかっていた。しかしこの分子はガイド結合サイト上に作られるタンパク質複合体に結合しないことから、侵入したウイルスへの特異性のメカニズムについては全く明らかでなかった。
   この問題に対しチューリッヒ大学のグループとリトアニア・ビルニュス大学からのグループがそれぞれNatureとScienceのオンライン版に論文を発表し、この謎を解明した(リトアニア単独でトップジャーナルに発表された論文を私は初めて読んだ。大変な力作でレベルが高い。クレメール、ヤンソンス、ヤルビ,マイスキー、ネルソンスなどバルト三国出身の音楽家は現在大活躍だが、科学の振興もしっかり行われているのではという印象を持った)。それぞれタイトルは「Type III CRISPR-Cas systems produce cyclic oligoadenylate second messenger (Type IIICRISPR-Casシステムはサイクリックオリゴアデニル酸をセコンドメッセンジャーを合成する)」及び「A cyclic oligonucleotide signaling pathway in type III CRISPR-Cas systems(Type III CRISPR-Casシステムでのサイクリックオリゴ核酸の役割)」だ。
   2つのグループが競争するようにNature,Scienceに論文をほぼ同時に発表している状況なので、論文の詳細を紹介するのはやめて、今回は結論だけを述べることにする。両方とも結論は同じで、Cas10システムによって合成されるサイクリックアデニル酸がCsm6と結合してRNAse活性をオンにすることで、ガイドに近い部分のみでRNAが働くことで侵入したウイルスのみ分解されるというシナリオだ。
  結果をもとにType IIIシステムの働く過程をまとめると次のようになる。
  Type III CRISPRはRNAポリメラーゼによるウイルスDNAの転写が最初のシグナルになる。転写されたRNAにガイドが結合して、ここにCas10を核としてCsm2,3,4,5の4種類のタンパク質複合体が形成される。Cas10はDNAを分解して侵入ウイルスを分解する。また、Csm3はガイドの結合したRNAを分断する。そしてここからが肝心だが、Cas10のPalm部分がATPを原料に6個のアデニンが環状に結合したサイクリックアデニル酸を合成する。このサイクリックアデニル酸はCsm6と結合してRNAse活性をオンにし、ガイドに近いところに存在するRNAのみ分解するという結果だ。
   覚えておられるかもしれないが、哺乳動物の細胞でもRNAseIIIが侵入ウイルスRNAの分解に関わっていることを示す論文を紹介した(http://aasj.jp/news/watch/7054)。今回の結果は、Type IIIクリスパーシステムが、真核生物での抗ウイルスシステムの橋渡しとなっている可能性を示唆する面白い結果だ。CRISPRの多様性には、当たり前とはいえいつも感心する。
カテゴリ:論文ウォッチ

7月22日:勝負はメンタルで決まる(7月14日号Science掲載論文)

2017年7月22日
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(さらに…)
カテゴリ:論文ウォッチ

7月21日:オーストラリア大陸へのmodern humanの上陸時期(Natureオンライン版掲載論文)

2017年7月21日
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私たちの先祖、modern humanがアフリカを出てアジアに分布したのは6万年前ごろとされているが、オーストラリア大陸に上陸するまでには更に1万年以上の年月が必要だったとされている。一方、オセアニアやニューギニアの原住民には、私たちアジア人にはほとんど見られないデニソーワ人のゲノムが流入しており、アジア人がそのまま南に移ったという単純なものでないことも明らかで、modern humanのオーストラリア上陸までの移動過程の解明は人類史にとって重要なテーマになっている。
   今日紹介するオーストラリア クイーンズランド大学からの論文は、最新の技術を駆使してジャワからのルートに当たる北オーストラリアMadjedbebeで発掘された石器と、生活の跡の年代測定から、この上陸がこれまで考えられてきたよりかなり早い65000年前後になることを示した研究でNatureオンライン版に掲載された。タイトルは「Human occupation of northern Australia by 65000years ago(北オーストラリアの人類による占拠は65000年前までにおこった)」だ。
   この研究は3層にわたって違う時代の石器が出土するMadjedbebeの発掘研究で、最も下層、すなわち最も古い層から発見された石器、火により調理された炭化物の年代解析を炭素アイソトープ法、最後に太陽光が当たった時期を測定するOSL法などを組み合わせて行っている。
   結果だが、層が深くなるといずれの方法でも年代が古くなり、最終的に最も深い第3層は、65000年前に始まり、57000年に終わった生活あとであることが計算されている。この結果は、これまで考えられていた1万年以上前に、オーストラリアへの人類上陸が進んでいたことを物語っている。
   以前紹介したようにアボリジニのゲノム研究から、アボリジニ系統が他の現代人よりかなり早く分離していることが分かっており(http://aasj.jp/news/watch/5824)、このグループだけがネアンデルタール、デニソーワと交雑しながら、かなり早い時期にオーストラリアへ移動してきた可能性をこの研究結果も支持している。
   これは私の勘ぐりかもしれないが、この研究では石器の評価についてはほとんど何も語っていないのが気になる。かなり進んだ石器群で、矢じりが含まれる点などおそらくネアンデルタールのムスティエ文化より進んでいるのだろうと推察するが、これを当たり前のこととして扱っているのか、あえて明言を避けているのか、不思議に感じる。特に、modern humanの遺跡であることも明言していない。オーストラリア大陸にはエレクトゥスも、ネアンデルタールも出土していないため、humanと書けばmodern humanかと思うが、わざわざhumanだけにしているのは、著者らがもっと面白いロマンを頭に描いているのかもしれない。出アフリカでも議論が高まっているときだけに目が離せない人類最果ての地だ。
カテゴリ:論文ウォッチ

7月20日:稀なアルツハイマー病リスク遺伝子から見えてくるミクログリアと自然免疫の関わり(Nature Geneticsオンライン版掲載論文)

2017年7月20日
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アルツハイマー病のリスク遺伝子についてはこれまで多くの研究が行われており、少なくとも30以上のリスク遺伝子座が見つかっている。これに加えて、最近は多くの患者さんのDNA配列解読が進み、稀な一部の人だけに関わるリスク遺伝子が特定されるようになってきた。
   今日紹介する米、蘭、英3カ国281医療施設が関わる共同論文は、翻訳される遺伝子に焦点を絞ってリスク変異を探索した大規模研究でNature Geneticsに掲載されている。タイトルは「Rare coding variants in PLCG, ABI3 and TREM2 implicate microglial-mediated innate immuneity in Alzheimer’s disease (翻訳遺伝子の稀な変異がアルツハイマー病で特定されるPLCG2, ABI3, TREM2遺伝子はともにアルツハイマー病にミクログリアを介する自然免疫系の関わりを示す)」だ。
   この研究は高齢になってから発症するアルツハイマー病、すなわちこれまで原因になる遺伝子がほとんど分かっていない症例約16000人を、正常例約18000人と、エクソームの配列を調べている。この時、従来のようにそのままエクソーム配列を調べるのではなく、イルミナが提供しているこれまで知られたエクソーム変異を集めたDNAチップを用いている。配列を処理するインフォーマティックスの煩雑さを考えると、大規模研究は今後この方法が中心になっていくように思える。
   第一段階で43候補遺伝子を特定、次にこの候補に絞ってさらに因果性を調べ最終的に、PLCγ2、ABI3、TREM2の3遺伝子内に、因果性がはっきりした稀な変異遺伝子座を特定することに成功している。
   研究はこれだけで、あとはインフォーマティックスでこれらの遺伝子のアルツハイマー病への関わりを推察している。また、それぞれの変異遺伝子座の生理学的活性についても、実験的に確かめてはいない。
   ただ、今回特定された3種類の遺伝子の全てが、いわゆる自然免疫に関わる重要な分子であることが既に知られている分子である点が重要視されている。PLCγ2は免疫系のシグナル伝達分子として最も研究されてきた分子だし、ABI3はインターフェロンシグナルを媒介する転写因子だ。そしてTREM2はミクログリアのシグナル分子としては最もよく研究されてきた分子だ。
   これら3種が、全くバイアスのかかっていないリスク遺伝子検索から上がってきたことがこの研究のハイライトで、今後様々なモデル実験系でこれらのシグナルとアルツハイマー病の関わりが調べられるだろう。また脳内では、これらのシグナルはミクログリアを介して働いており、現在急速に進んでいるアルツハイマー病に関わるミクログリア細胞の役割についての研究にも重要な結果だと思う。
カテゴリ:論文ウォッチ

7月19日:エクソゾームによるインターフェロン誘導:少し出来すぎの話(7月13日号Cell掲載論文)

2017年7月19日
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エクソゾームは細胞膜が飛び出すようにして形成される小胞で、細胞質に存在するタンパク質やRNAなどを含んでいるため、生理学的には、細胞から細胞へ細胞質の分子を運び、相手側の細胞の分子発現を変化させる役割があるのではと注目され、また臨床的には、細胞内に発現している核酸などが小胞に守られて存在することから、ガンなどの遺伝子診断に利用できるのではと期待され、研究が進んでいる。
   今日紹介するペンシルバニア大学からの論文は、エクソゾームが細胞内のインターフェロンを中心とする細胞内の抗ウイルス反応を誘導して、ガン細胞の増殖を高める役割があることを示す研究で7月13日号のCellに掲載された。タイトルは「Exosome RNA unshielding couples stromal activation to pattern recognition receptor signaling in cancer(保護されないRNAを含むエクソゾームはストローマ細胞の活性化をガン細胞のパターン認識レセプターシグナルとを連結させる)」だ。
   原核細胞やアルケアの抗ウイルス反応はCRISPR/Casが中心だが、我々哺乳動物ではウイルス由来の核酸を認識するRIG-Iを介するインターフェロン誘導が中心になっている。このグループは、乳がん、特にトリプルネガティブ乳ガンの多くでウイルス感染時と同じようなインターフェロン反応性の遺伝子(ISG)の発現が高いことを把握していた。
   今回の研究では、乳ガンでウイルス感染の代わりにISGを誘導しているのが、乳ガン周りのストローマ細胞からエクソゾームを介して乳ガン細胞に侵入してくるRNAではないかと最初からあたりをつけ、研究を行っている。
  その結果、
1) 乳ガン細胞により刺激されたストローマ細胞からのエクソゾームがウイルス感染と同じようにRIG-Iを介してISGを誘導する。
2) RIG-I活性化できる様々なRNAがISGを誘導できるが、この実験系では中でもRNAとして働いているRN7SL1が特に濃縮されており、これがISG誘導の主役になっている。
3) 通常RN7SL1にはSRP9,SRP4などが結合して、RIG-I活性化することがないが、ガン細胞により活性化されたストローマ細胞では、このシールドが外れ、ISG誘導が起こってしまう。
4) ガン細胞はNotchシグナルを介してストローマ細胞のMyc分子の発現を高め、これがRNAポリメラーゼIIIの発現を上昇させ、シールドされないRN7SL1産生を高める。このシールドされないRN7SL1がエクソゾームに詰め込まれ乳ガンに侵入してISGを誘導する。
5) 乳ガン細胞にシールドされないRN7SL1が導入されると増殖能力が上がり転移しやすくなる。
6) 実際の乳ガン組織ストローマ細胞でもNotch, Mycの発現が上昇している。
ことを示している。
  ガンで刺激した時だけシールドが外れるなど少し出来すぎのシナリオだが、エクソゾームがmiRNAなど相手方の翻訳に関わるRNAが濃縮されたミサイルと考えるよりは、より理解しやすいように思う。
カテゴリ:論文ウォッチ

7月18日:幼児の行動パターンには遺伝性がある(Natureオンライン版掲載論文)

2017年7月18日
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以前、幼児に人が話をしているビデオを見せた時、正常児は目により多く注目するのに自閉症児では口を見る時間が長く、これで自閉症の早期発見が可能であることを示したアトランタ自閉症研究センターからの論文を紹介した(http://aasj.jp/news/watch/686)。さらに、口により強く惹きつけられる性質が、実は扁桃体の単一神経レベルで記録できるというロサンゼルスCedar Medical Centerの仕事も紹介した(http://aasj.jp/news/watch/753)。これらの事実は、自閉症時の行動変化をかなり脳内ネットワークレベルの違いに落とし込むことができる可能性を示している。
   今日紹介する論文は、同じアトランタ自閉症センターとワシントン大学が共同で発表した論文で、ビデオを見たときの幼児の反応パターンが遺伝的に決まっていることを示す画期的な研究で、Natureオンライン版に掲載された。
   この研究では一卵性双生児82人、二卵性双生児84人、それ以外の幼児84人をリクルート、様々なビデオを見せた時の目の動きをアイトラッカーで追跡し、目を見ているか、口を見ているか、ビデオに注目していないのか、また、ビデオに反応してどちらに目を動かすのかなど、詳細に記録し、ビデオを見た時の幼児の反応を数値化し、一致率をそれぞれのペアで比べている。もし行動の一致が一卵性双生児のみで見られると、遺伝的要因が強く、一卵性、二卵性を問わず双生児全体で一致率が高い場合は、家庭環境などの外的要因が高いと結論できる。
   結果だが、一卵性双生児のみがほぼ完璧な一致を示すが、2卵生双生児と一般児ではペア間の相関がほとんどなくなる(実際の図を見ると一致の程度に目をみはる)。さらに、ミリ秒単位で目の動きを記録すると、ほとんど同じように目を動かしていることもわかる。この一致は、例えば目を急速に動かすサッカードのタイミングにまで及んでおり、さらには特定の場所の同じようなシグナルを見て網膜への刺激が一致する場合は、なんと次の目の動く方向まで一致することがわかった。そして、自閉症理解に重要な、意味的内容に対するの反応についても一卵性双生児のみ一致率が高い。言い換えると、外界に対して遺伝的に同じ幼児は、ほぼ完全に同じように行動していることになる。
   次に、この一致が刺激に対する反応の一致なのか、それともそれぞれの幼児がもつ目的に向けた行動の共通性による一致なのかを調べるため、同じ内容のビデオに対する反応、全く異なる内容のビデオに対する反応を調べ、単純な刺激への反応の一致ではなく、目的に向けた行動パターンの一致により、ビデオに対する反応が決まっていることを示している。すなわち、外界(社会)の情報を理解して、それに合致した目的に合わせた行動に関わる脳回路が、遺伝的に決まっていることを示している。
   最後に自閉症児での行動パターンを示しているが、目や口に対する反応の差というより、どちらにもほとんど興味を示さないというパターンになるようだ。いずれにせよ、正常児と明確に区別できる。
   一卵性双生児の研究から、このテストがここまで遺伝的に決まっているなら、自閉症児のパターンも今後遺伝的に理解できる可能性を示している。今後、一致率だけでなく、行動パターン自体と、ゲノムとの相関が調べられるだろう。双生児研究がいかに重要かを思い知らされた。
カテゴリ:論文ウォッチ
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