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6月6日:慢性痛の新しいメカニズム(5月31日号Science Translational Medicine掲載論文)

2017年6月6日
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11個のアミノ酸がつながったサブスタンスPと呼ばれるペプチド(SP)は、ニューロキニン受容体(NKR)を介して、痛み刺激を伝達するシナプスの神経伝達因子として働いている。他にも、中枢神経では不安やストレスに関わることが分かっており、NKRを標的とする薬剤が痛み止め、抗うつ薬などの治療目的に開発されてきた。しかしこれまで開発されたNKR阻害剤は、慢性の痛みには効かないことが多く、この原因についての解明が待たれていた。
   今日紹介するオーストラリア・モナーシュ大学からの論文は、NKR阻害剤が効かない原因として、刺激によりSPに結合したNKRが細胞内エンドゾームに隔離され、そこで神経を刺激し続けるためであると特定した研究で5月31日号のScience Translational Medicineに掲載された。タイトルは「Neurokinin 1 receptor signaling in endosomes mediates sustained nociception and is a viable therapeutic target for prolonged pain relief (ニューロキニン1受容体がエンドゾーム内で刺激されることが持続する痛みの原因で、長期効果の有る痛み止めの治療標的になる)」だ。
   NKR受容体はGPCRと呼ばれるGタンパク質と結合してシグナルを送るタイプの受容体で、刺激によりエンドゾームに移行することが知られている。この研究ではモデル細胞を用いて、SP刺激によりNKR受容体がエンドゾームに移行し、そこで持続的に刺激を発生し続けること、またこのような長期的な刺激がエンドゾームの合成を止めることで抑制できることを確認し、同じことが体の中で起こっているのか、ラットの後根脊髄神経のスライス組織を使って調べ、SPによる神経興奮がエンドサイトーシスにより持続し、この興奮がエンドサイトーシスによるNKRの細胞内移行を抑制することで抑えることができることを示している。
   持続する痛みの原因が刺激を受けたNKRがエンドサイトーシスによりエンドゾームに移行なら、エンドゾーム内へ移行してNLRに結合する阻害剤を開発すれば、神経興奮を抑えられるのではと考え、NKRを阻害する化合物をコレステロールに結合させてその効果を確かめている。
莢膜内にコレステロール結合阻害剤を注射した後、痛み受容体の慢性刺激を誘導する実験系で調べると、痛みが50%以上、しかも持続的に和らぐことが確認されている。
   私にとっては新しいアイデアで慢性の痛みのメカニズムと治療法の開発を行った面白い仕事だと思う。もちろん、服用薬を作ることは現段階で難しいと思うが、神経ブロックなどのための薬剤としては期待できるのではないだろうか。
   一つだけよくわからないのは、通常の痛み刺激の伝達に、このメカニズムがどの程度関わっているかで、ひょっとしたら痛みはある程度持続させることが重要で、このようなメカニズムが発展したのかもしれないと思った。
カテゴリ:論文ウォッチ

6月5日:水の味(Nature Neuroscience掲載論文)

2017年6月5日
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私たちの感覚にとって、H2O、すなわち純水が刺激として働くなど考えたことはなかった。というのも、水は私たちの体の6割を占め、感覚器の周りにあまりにも多く存在しすぎているし、刺激物を溶かす媒体にはなりえても刺激物としての資格を備えているようには思えない。
   しかし今日紹介するカリフォルニア工科大学からの論文を読んで、純水の感覚刺激について考えている人たちがいるのを知って驚いた。責任著者は岡さんという方で、アメリカで独立している若手の日本人のようだ。タイトルは「The cellular mechanism for water detection in the mammalian taste system (哺乳動物味覚システムが味を感知する細胞メカニズム)」で、Nature Neuroscienceオンライン版に掲載された。
   タイトルを読んで、面白いことを考える人がいると感心したが、イントロダクションを読んで科学はこの問題にも取り組んできた歴史があることを知った。とはいえ、哺乳動物が純水を感知するメカニズムはほとんどわかっておらず、この研究は知覚神経を純水で興奮させられことを確かめるところから始め、確かに人工的に合成した唾液を加えたときと比べるとイオンを除いた純水が神経の興奮を誘導できることを確認している。
   純水と人工唾液を比べると、つまるところイオンが含まれているかどうかなので、この刺激がイオン濃度の低下と関係するのではと考え、人工唾液中のイオン濃度を変化させた実験を行い、重炭酸塩の濃度の急激な低下を味覚システムが感知することを突き止めた。すなわち、唾液に含まれる重炭酸塩などのイオンが水で洗われることが水の感知につながっている。
  ではどの味覚受容体がこれに関わるか、一つ一つ遺伝学的手法で調べている。嗅覚受容体分子と比べると味覚受容体の数は限られているのでこれが可能だ。最終的に、酸を感じる細胞が水の感知に関わることを突き止めている。
   重炭酸塩の濃度変化を味覚受容体が感知するメカニズムについては、細胞が発現している炭酸脱水酵素のノックアウト実験から、この酵素が媒介する、(炭酸ガス+水)対(重炭酸塩+プロトン)の転換反応のバランスが水により変化し、結果プロトン濃度(pH)変化として水が感知されることを示している。
   最後に、この経路が水を求める反応につながるかどうかを調べた方法が面白い。酸を感知する細胞にチャンネルロドプシンを導入したマウスの飲み水を制限し渇きを感じさせた後、水の代わりに光を飲む行動(舌なめずり)を示すか調べている。結果は予想通りで、光に当たると、水がなくとも水を飲んだような行動を起こす。さらに当然といえば当然だが、光で水の刺激を代用しても満足感が得られない。
   最後に行動学的解析から、このシステムが喉が渇いた時、体が必要としている水を他のドリンクと区別して摂取するのに関わっていることも示している。
   他にも、クエン酸を使った酸に対する反応実験から、水の感知が脳では異なるルートで処理されることが示されているが水という何も含まない媒体が生命にとって最も重要な分子であることを考えると、私には大変面白い論文だった。
カテゴリ:論文ウォッチ

6月4日:エジプト・ミイラのゲノム解析(Nature Communication 掲載論文:DOI: 10.1038/ncomms15694)

2017年6月4日
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     覚えておられる方もいると思うが、2010年米国医学雑誌にツタンカーメンを含むエジプト新王国由来のミイラのゲノムが調べられ、親族関係や、慢性の持病について明らかにしたという衝撃の論文が発表された(Hawass et al, JAMA, 303, 638,2010)。我が国のメディアでも大きく取り上げられ、現在なおこの論文をそのまま鵜呑みにした報道も行われている。しかし、ほとんど報道されなかったが、この論文が2月に発表された後すぐ、6月には5グループからこの論文の真偽を問う意見が同じJAMAに掲載された。特に、ミイラ作成時に用いられた化学物質により人工的に変性した軟部組織のDNAが、正しい情報を示しているのかについては強い批判が展開され、この論文の結論をそのまま鵜呑みにする専門家はいないと言っていいだろう。
   しかし世界中の博物館に数多く秘蔵されているミイラのゲノム解析は、書かれた記録の不足や不備を補うことができる唯一の手がかりだ。今日紹介するドイツチュービンゲン大学からの論文は、チュービンゲン大学とベルリンの先史博物館に集められている、Abusir-el Meleqから出土したミイラの軟部組織、骨、歯から回収したDNAを解析し、現存するミイラからどの程度の情報が集められるのか調べた論文でNature Communication(DOI: 10.1038/ncomms15694)に掲載された。タイトルは「Ancient Egyptian mummy genomes suggest an increase of sub-saharan African ancestry in post Roman periods(古代エジプトのミイラゲノムはサハラ以南の民族の遺伝子がローマ時代以後増加していることを示唆する)」だ。
   この研究で調べられたミイラは150体以上に及ぶが、全てAbsur-el Meleqから出土したもので、時代的にはツタンカーメン時代と同じ新王国時代からローマ時代に及んでいる。通常ミイラは裕福な階層に限られていたが、後期になるとミイラ作成自体が安価になったため、このコレクションには一般市民のミイラも混じっているのが考古学的には重要な点だ。
   まずこれまでのミイラDNA研究の信頼性を確かめる意味で、軟部組織と骨のDNAを比べ、DNAの変性が軟部組織では骨や歯由来のDNAの2倍にも達するため、全ゲノムレベルの解析にはミイラといえども、骨や歯を用いないと信頼するデータが得られないことを示している。このことは、ツタンカーメンの親族についての研究も、もう一度硬組織を用いてやり直したほうがいいことが示唆された。
   高温多湿に加えて化学処理という三重苦にさらされてきたミイラDNAでもミトコンドリアのような小さなDNAについては信頼出来る配列が得られるようで、なんと90体のミトコンドリアDNAの全配列が解読されている。この結果、プトレマイオス以前、以後、ローマ時代とほぼ1300年にわたって一つの民族が維持されていたこと、現代エジプト人より中近東の民族に近いこと、そしてローマ時代以降はサハラ以南の遺伝子流入があることも分かった。この結果は、後に述べるY染色体の解析からも明らかになっている。
   多数のミトコンドリアゲノム解析が進んだおかげで、当時の人口動態も推察することができ、最初48000人程度の集団が、1300年の間に31万人に増加することが明らかになった。この結果は、プトレマイオス朝時代に埋葬場所から近い都市ファイユーの人口が9万人程度だったとする記録とも合致する。
   硬組織のDNAの変性は軟部組織に比して少ないことはわかったが、それでも信頼をおける解析ができたのは3体に止まっている。もちろん解読は情報学なので、さらに解析を進めて多くの遺体のゲノム情報が得られることが期待されるが、この研究では信頼性の面から3体のデータに限って解析している。これまで得られるデータとの比較から、3体のゲノム解析からも、古代エジプト人は、イスラエルを中心にそれを取り巻くレバントと呼ばれる地域の民族に近いことが確認された。
   最後に、肌の色は現エジプト人と比べて白く、黒い目の、農耕民族の特徴を持つゲノムであることを示している。
   まとめると、この研究はエジプトミイラの信頼おける最初のゲノム解析で、ミトコンドリアからも、Y染色体からも当時のエジプト人が新石器時代、レバントに住んでいた民族の子孫で、ローマ支配が終わった頃から、この民族を土台にナイル川を経由して移動してきたアフリカ人の遺伝子が流入することで現代のエジプト人が形成されたことがよくわかった。
   ミイラは、エジプト文化だけでなく、ギリシャローマ時代を読み解くための鍵になる。今中東は大混乱の様相を見せているが、このようなゲノム解析からわかる中東の人たちの共通性の発見が、違いを乗り越えた安定した中東形成に役立つことを期待したい。
カテゴリ:論文ウォッチ

6月3日:一夫一婦制の生物学的起源(6月8日号Nature掲載予定論文)

2017年6月3日
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   決まったパートナーと一生を添い遂げる一夫一婦制の哺乳動物は、人間も含めて(?)5%しかないようだ。進化的に考えれば、強いオスが子孫を残す方がいいようにも思うが、必ずしも腕力だけで適応が可能なわけではなく、社会の維持という観点からは、個体の多様性が維持できる一夫一婦制もアドバンテージはある。とはいえ、フロイトに指摘されるまでもなく性的欲望が行動を促す強い力になるとすると、一夫一婦制の哺乳動物もこの欲望に対抗する強い脳回路が必要になる。
   この難関に挑んだのが今日紹介する米国エモリー大学のグループで、来週発行予定のNatureに論文を発表している。タイトルは「Dynamic corticostrial activity biases social bonding in monogamous female prairie vole(一夫一婦制のプレーリー・ハタネズミの社会的結びつきに影響する皮質線条体回路)」だ。
   この研究の最大の売りは、一夫一婦制の哺乳動物、プレーリーハタネズミを実験室で飼育し、最新の光遺伝学まで使った実験ができるようにした努力だ。ハタネズミの夫婦形態は生態学的にも解析が進んでいるとはいえ、これを実験室で使うとなると、大変だっただろうと想像する。したがって、研究の進め方は「最初に仮説ありき」で、前頭前皮質から、情動に関わる側坐核への神経結合が、側坐核の神経興奮を調節する過程が、一生のパートナーを見つける過程に関わると仮説を立て、これを確かめる方向で研究を進めている。
   まず研究対象になった行動だが、始めて出会ったオスとメスが最終的にパートナーとなるまでの時間を調べると1時間から4時間と大きな個体差がある。要するにオスとメスが出会えばパートナーができるわけではない。パートナー誕生までの過程には、オスがメスへマウンティングしたりするメーティング行動、自分自身の毛づくろい、そしてペアで体を寄せ合って同じ場所で過ごすハドリングが認められる。実験では前頭前皮質、側坐核、それ以外の領域などに電極を設置し、神経活動を記録しながら、オスと初めて出会ってからとる上記の行動と、神経活動との相関を調べている。
   この研究が注目したのは側坐核の神経興奮を示す高周波電気活動が、前頭前皮質の低周波神経活動に影響される程度で、これを行動と対応させると、メーティング行動が繰り返されるにつれて、前頭前皮質の側坐核への影響が強まり、最終的なペアが誕生しハドリングが始まると、この影響が低下することがあきらかになった。また、ハドリングまでの時間と、メーティング時の前頭前皮質から側坐核への神経の影響の程度は完全に逆相関を示すことから、メーティング時の前頭前皮質から側坐核への影響が強いほどスムースにペアができることがわかった。
   この結果は、前頭前皮質の低周波活動が側坐核の高周波活動に介入することが、最終的ペアリングの動機になることを示しており、これを示すために光遺伝学的に前頭前皮質から側坐核への経路を刺激してハドリングまでの時間を見ると、あまり綺麗な結果とはいえないがハドリングが促進されることを示している。
   結論としては、前頭前皮質から側坐核への神経支配が、ペア形成への気持ちを高めるという予想通りの結果だ。
   残念ながらこの結果は、ペアリングまでの脳活動と行動とを相関させた研究で、ペアが成立してから一夫一婦制が守られる生物学起源には迫れていない。今後同じ実験系を使ったもう少し複雑な関係性についての研究、例えば成立した一夫一婦制の破綻(浮気)や、オキシトシンの影響など徐々にあきらかになるのだと期待している。野生動物を実験室モデルにするのは簡単でない。それにチャレンジしたこの実験系への私の期待は高い。
カテゴリ:論文ウォッチ

6月2日:育毛T細胞?(6月1日号Cell掲載論文)

2017年6月2日
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    以前紹介したように(http://aasj.jp/news/watch/2050)、円形脱毛症の多くは何らかの理由で活性化されたCD8陽性の細胞がインターフェロンを分泌、毛根細胞への障害性免疫反応を起こす結果であり、実際人間の円形脱毛症もJAK阻害剤を服用することで治療が可能だ。従って、炎症や障害性T細胞を抑える抑制性T細胞(Treg)は毛根を守ってくれている・・・と私は考えていた。実際、Tregは毛根周りに多いことが知られている。
   ところが今日紹介するカリフォルニア大学サンフランシスコ校からの論文はTregが炎症を抑えるだけでなく育毛を直接促進するT細胞として働くことを示す研究で6月1日号のCellに掲載されている。タイトルは「Regulatory T cells in skin facilitate epithelial stem cell differentiation (皮膚に存在する抑制性T細胞は上皮幹細胞の分化を促進する)」だ。
   この研究ではまず毛根近くに分布するTregの数が、毛周期の休止期に多く、成長期になると低下することを明らかにする。次に、Tregのみ除去する遺伝子操作を受けたマウスを用いて、毛を強制的に抜いた後Tregを除去すると、上皮細胞の細胞の増殖と分化が抑制され毛の再生が極端に遅くなる。また、Tregは幹細胞が存在しているバルジ領域に多く存在している。以上のことから、Tregは確かに毛根の再生に関わることが明らかになった。
   おそらく著者らもこの現象が炎症を抑えて幹細胞を守るためだと考えたのだろう。実際RAG1/2が欠損してリンパ球が全くないマウスも禿げているわけではなく、Tregがないと毛が生えないわけではない。しかし、Tregが除去されると毛根周りで炎症が高まるか調べ、毛を抜いて再生を見る実験系ではTregが炎症を抑えているわけではないことがわかった。
   そこで今度はTregが直接毛根幹細胞へ働いている可能性を調べるため、休止期の皮膚に存在するTregとリンパ節内に存在するTregを比較し、毛根の発生に関わることがわかっているNotchリガンドの一つJagged1が皮膚のTregだけで強く誘導されることを発見する。Jaggd1発現をTregで抑えると、やはり毛の再生が低下することを明らかにしている。
   結果は以上で、Cellレベルの論文として物足りなく感じるのはポジティブな実験が行われていないことだ。まず、TregのJagged1発現を誘導するのがどの刺激かわかっていない。抗原特異的なのか、そうでないのか。これがわからないと、Tregが毛根に集まる理由も全くわからない。これを知るためにも、例えばRAG2 ノックアウトマウスに様々な抗原特異性を持ったTregを移入する実験もほしいところだ。確かにsoluble Jagged1-Fcを投与する実験を行っているが結果は中途半端だし、やはりTregに恒常的に発現させる実験が必要だと思う。
   専門的には不満の残る論文だが、一般の耳目を集める意味があると編集者も採用したのかもしれない。そういえば、ずいぶん昔だが、γδT細胞がなくなると、腸の絨毛が短くなるという論文もあったのを思い出した。
カテゴリ:論文ウォッチ

6月1日:難治性てんかんに対するカンナビジオール治験(5月25日号The New England Journal of Medicine掲載論文)

2017年6月1日
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    大麻がガンや多発性硬化症の痛みや、難治性てんかんの発作を抑える効果があることは医学的に確認され、現在医療用の大麻使用を認める国は多い。しかし、私が元医者だったからかもしれないが、難治性てんかん患者さんの多くを占める子供のことを考えると、大麻そのものより、大麻から抽出した有効成分のほうがずっと使いやすいと思う。事実何十種類も存在する大麻のカンナビノイドの中で比較的構成比率の高いカンナビジオールをキーワードにアメリカ政府治験登録サイトを調べてみるとなんと123種類のトライアルが進んでいることがわかり、大麻を医療現場に使いやすくするための試みが進んでるのがよくわかる。
   今日紹介するニューヨーク大学を中心とする研究グループの論文はこのカンナビジオールをてんかんの中でも最も難治性で有名なDravet症候群の発作抑制に使えるかどうか調べた治験研究で5月25日号のThe New England Journal of Medicineに掲載された。タイトルは「Trial of Cannabidiol for drug-resistant seizures in the Dravet synderome(Dravet症候群の薬剤耐性てんかん発作に対するカンナビジオール治験)」だ。
Dravet症候群とはナトリウムチャンネル分子SCN1Aの変異が原因で、痙攣を繰り返すとともに、精神運動発達障害が進行する病気で、てんかん発作は現在利用できる薬剤を組み合わせても治療が難しい。この治験では214人のDravet症候群患者さんをリクルートし、まず4週間の観察を行う。その後、無作為化して半分はカンナビジオール、残りは偽薬を投与するが、その間これまで行ってきたてんかん発作に対する治療は続ける。1日2回の経口投与を2週間続け、その後徐々に投与量を減らして10日目に投与を止め他後、長期の観察を行っている。
   結果の評価だが、4週間の観察期間と比べ、カンナビジオール投与で発作が減ったかどうか、および介護をしている人の印象を数値化した指標で行っている。
   全体で12人が治験を終了することができなかったが、投与群でも85%が終了できている。結果は期待通りで、観察期間の発作数が1月平均12.4回だったのが、なんと5.9回と半分以下に減少し、全く発作がなくなった患者さんも3人いた。偽薬群では発作が14.9から14.1回に減っただけで、もちろん発作が消えた患者さんはいない。また、介護をしている人の62%が症状がよくなったという印象を持っている。
   最後に副作用だが、93%の患者さんで何らかの副作用が見られている。症状は、嘔吐、倦怠感、発熱、上気道感染、食欲減退など様々だが、その結果8人が治験を途中でやめている。深刻な症状の中でも多いのが、睡眠傾向だが、投与量を減らすことで対応できる。
   結果は以上で、発作を減らすという点で期待どおりカンナビジオールが有効であることが確認されたが、副作用も覚悟する必要があり、今後他の薬剤との組み合わせを含め、長期かつ安全に効果を得るための投与法開発が必要という結論だ。様々な遺伝性神経疾患のうちてんかん発作が一番家族を困らせる症状であることを考えると、早期にプロトコルを完成させてほしい。
カテゴリ:論文ウォッチ

5月31日:翻訳マシナリーの構造解析(Natureオンライン版掲載論文)

2017年5月31日
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    医学・生物学の学生なら必ず習うのが、リボゾーム上に結合したmRNAのコドンに対応したアミノアシルtRNAがエロンゲーションファクターTu(EF-Tu)によってリクルートされ、一段階前の同じ過程に参加したtRNA上のペプチドに新しいアミノ酸を加えていく、精巧な翻訳の初期過程だ。30S,50S,tRNA,mRNAが関わるRNAワールドの究極とも言える過程だが、それぞれのコンポーネントがどのような相互作用をし、最終的に間違いのないtRNAのみ選んでペプチドをつないでいるのか、その過程が完全にわかっているわけではない。というのも、高い解像度で行う分子構造解析は反応過程を追跡するのがどうしても苦手だ。
   今日紹介するマサチューセッツ医科大学からの論文は、この構造解析が持つ問題をクライオ電子顕微鏡が見事に解決することを示した研究でNatureオンライン版に掲載された。タイトルは「Ensemble cryo-EM elucidates the mechanism of translation fidelity(アンサンブルクライオ電子顕微鏡は翻訳の正確性を保証するメカニズムを明らかにした)」だ。
   クライオ電子顕微鏡(CryoEM)では最初から多数の単分子を記録して、あとはコンピュータ上の計算で向きなどを揃えて最終的な立体構造を得る方法だ。従って、もし最も安定な構造に至る前の中間段階が存在する反応過程をこの方法で解析すると、それぞれの段階に分けて構造を再構成できる可能性がある。
   この研究ではEF-TuのGTPが加水分解できないように細工した分子を加えることで、アミノアシルtRNAがリボゾームに結合するまでの過程だけが起こるようにした反応液から取り出した分子をCryoEMで観察し、最終的に5種類の分子構造が3オングストロームの解像度で得られたという結果だ。
   具体的な結果は、立体構造の図を見ながらでしか説明できないと思うので詳細は省くが、最初EF-Tuと一緒に30Sリボゾームに寄ってきたtRNAがmRNAのコドンと一致した時だけ、鍵が閉まるようにすべての分子がコンパクトにまとまり、また50SリボゾームとEF-Tuが強く結合できるようになるまでの過程が詳細に示されている。専門外の人間にとっても、RNA同士がこれほど複雑な相互作用を通して、コードが一致するtRNAだけがリボゾーム上にリクルートできるのかと感心するが、おそらくこの分野のプロには私たちが思いつかない様々な重要なヒントが得られたのだろう。
   私自身は、翻訳マシナリーの詳細より、CryoEMのポテンシャルの高さに本当に驚いた。計算のスピードなど克服する問題はあるだろろうが、ソフト次第で様々な反応過程の中間段階がこのように明らかになることは間違いない。脱帽。
カテゴリ:論文ウォッチ

5月30日:KRAS肺がんのプレシジョンメディシン(5月30日号Nature掲載論文)

2017年5月30日
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   薬剤開発が難しいKRAS遺伝子変異は、ドライバー遺伝子としてがん細胞の増殖を促進するよう様々な分子を組織化する憎き分子だが、様々な分子を動員する結果、逆に細胞の弱点を晒すことがわかってきた。この弱み、特にRAS変異による様々な代謝活性の上昇を狙った治療法の開発が進んでいる。
   一方、ガンでは変異がランダムに起こり、その中から細胞増殖をさらに助ける変異が選択されるため、このようなガンではRASに加えてさらに大きな代謝変化が起こっている可能性が高い。
   今日紹介するテキサス・サウスウェスタン医療センターからの論文は非小細胞性肺がん,特に腺癌の悪性度を高めるLKB1遺伝子の欠損が加わることによるガンの弱点を探索した研究で5月30日号Natureに掲載された。タイトルは「CP1 maintains pyrimidine pools and DNA synthesis in KRAS/LKB1 mutant lung cancer cell (KRAS/LKB1変異を伴う肺ガンではCPS1がピリミジン合成とDNA合成を維持している)」だ。
   これまでのゲノム解析で、KRAS変異にLKB1遺伝子はガン抑制分子として働き、LKB1遺伝子の欠損した腺ガンは悪性度が強いことが知られている。ところが、LKB1がガン増殖を抑えるメカニズムについてはまだよくわかっていなかった。この研究ではLKB1欠損のあるガンと、ないガンの代謝物を網羅的に探索し、窒素代謝による代謝物が大きく変化することを見出す。そこで尿素サイクルに関わる分子の発現を比べ、LKB1が欠損したガンではアンモニアを尿素サイクルに導入するCPS1遺伝子の発現が著明に上昇していることを明らかにする。
   これは、CPS1がAMPKを介してLKB1の支配を受けているからで、多くの肺腺ガンで調べると、LKB1の発現とCPS1の発現が逆相関していることが確認される。
   これらの結果を単純に考えると、LKB1が欠損すると、CPS1の発現が高まりアンモニアの代謝が促進され、細胞内のアンモニアを減らすことで細胞を保護していると考えられる。ところが、LKB1欠損の有無で細胞を比べても、アンモニアの蓄積が見られるわけではない。そこで、このCPS1の他の作用を探索し、CPS1の発現が上昇すると、がん細胞のピリミジン合成が上昇することを見つける。
  この結果は、CPS1が高まるとアンモニアがcarbamoyl phosphateに転換される経路からピリミジン合成が行われるようになる一方、KRASはもう一つのピリミジン合成経路に必要なグルタミン分解を高める結果、KRAS,LKB1変異が重なったガンでは、ピリミジン合成がCPS1経路依存性になることで、RAS 活性化による代謝の脆弱性を補っていることが明らかになった。これに基づいて、CSP1のレベルを急に落とすと、がん細胞が増殖できなくなることを示し、この経路がガンの治療標的になることを示している。
   このように、今後ガンのゲノム解析を通して、遺伝子の変異に応じたがん細胞の弱みを突き止め、治療に使えるプレシジョンメディシンが可能になることを期待させる。
カテゴリ:論文ウォッチ

5月29日:新しい抗インフルエンザ薬の開発(5月23日号Cell Reports掲載論文)

2017年5月29日
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   抗インフルエンザ薬というと、タミフルやリレンザを思い浮かべるが、その効果はベッドに寝込む日数が1日減るぐらいで、タミフルが世界一処方されている我が国の人々が信じているような大きな効果は期待できない。すなわち、新しいメカニズムの抗インフルエンザ薬の開発は今も期待されている。
   今日紹介するテネシー大学からの論文はインフルエンザ感染による細胞の代謝促進を抑えてインフルエンザを増えなくする薬剤の開発で5月23日号のCell Reportsに掲載された。タイトルは「Targeting metabolic reprogramming by influenza infection for therapeutic intervention(インフルエンザ感染による代謝リプログラミングを標的にした治療)」だ。
   この研究ではまず、インフルエンザ感染を併発した抗がん剤治療中の小児が受けたPET検査を再検討し、インフルエンザ感染により気管のグルコース取り込みが上昇していることを発見し、この詳しいメカニズムを培養上皮を用いて調べている。
   これまでどこまで研究が進んでいたのか私にはわからないが、上皮細胞にウイルスが感染すると、糖代謝、脂肪代謝、核酸代謝など多様な経路に関わる分子が上昇し、その結果乳酸合成、酸素消費、プロトン合成などエネルギー代謝が上昇していることを明らかにしている。これまでこのような変化は、自然免疫がウイルスにより活性化される結果と考えられていたが、この研究ではウイルス自体の細胞内での様々な活動が多様な代謝経路に依存しており、この要求に応える反応だと結論している。そして、ウイルスによりMycが活性化されることが、多様な代謝経路が活性化される一因になっていることを明らかにしている。
   この結果は、これまでのようにウイルス感染ではなく、細胞内のウイルス増殖に必要な代謝経路も抗ウイルス薬の候補になると考え、ウイルス感染した上皮の細胞死を防ぎ、ウイルス量を低下させる化合物を探索し、PI3K/mTOR経路の阻害剤として開発されていたBEZ235が強い活性を示すことを発見する。
次にBEZ235のメカニズムを探索し、ウイルス感染後におこる代謝の上昇を維持するためのPI3K依存性のブドウ糖やグルタミン供給が制限されることによりウイルス増殖が抑制されると結論している。
   最後に致死量のインフルエンザウイルスを感染させたマウスの生存と、肺のウイルス量を調べ、この薬剤により生存率の上昇、ウイルス量の低下が認められることを明らかにしている。
   ではこの薬剤が、抗ウイルス薬として広まるかどうかだが、すでに抗がん剤として治験が進んでおり、安全性などのデータがあるという点では期待できるだろう。従って、当面は抗がん剤治療の最中にインフルエンザに感染した患者さんや、かなり重症のインフルエンザ患者さんで治験が行われると思う。
   さらに、ウイルスが細胞寄生体であることを考えると、今後はインフルエンザだけでなく、様々なウイルス疾患をホストの細胞代謝を標的にして制御する試みが進められるだろう。
   本当に効果の有る抗ウイルス薬は現在最も必要とされる薬剤の一つだ。
カテゴリ:論文ウォッチ

5月28日:自閉症の新しい治療可能性(Annals of clinical translation neurologyオンライン版掲載論文)

2017年5月28日
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    自閉症は多くの遺伝子が関わるひとつの症候群で、私たちの性格が複雑なのと根は同じだ。現在の研究の焦点は当然神経結合や、神経細胞の増殖に向けられており、例えば自閉症の神経幹細胞が高い増殖能を持つという最近の論文などは、重要な進展だと思う。一方、原因は複雑でも共通の症状がある限り、全体に共通する異常も存在するはずだと考える研究も進んでいる。例えば腸内細菌叢が自閉症の症状に関わるという研究はその典型だが、細胞のストレスに対する防御反応がその背景にあるのではと考えて研究を続けてきたのがカリフォルニア州立大学サンディエゴ校のグループで、マウスモデルを用いて彼らの仮説の妥当性を示す結果を示し、新しい自閉症の治療につながるのではと期待されていた。
   今日紹介するのはこのグループがAnnals of clinical translation neurology オンライン版に発表した論文で、いよいよマウスを用いた前臨床研究成果を臨床治験に進めることができたことを宣言する論文だ。タイトルは「Low dose suramin in autism spectrum disorder: a small phase I/II, randomized clinical trial (自閉症に対するスラミンの低容量投与:小規模I/II相無作為化臨床治験)」だ。
   このグループは細胞がストレスにさらされると、ひとつの防御反応として細胞外へのプリン体の分泌が高まり、ストレス反応を持続させることに注目して研究を行っている。これまでの研究で、1)これと同じ代謝異常が自閉症で見られること、2)ATPを始めとするプリン体による神経刺激を抑えるとマウス自閉症モデルの症状が改善すること、を示し、自閉症の症状にはこのプリン体分泌上昇に伴う、神経興奮状態の変化が存在することを提唱してきた。
   細胞外に分泌されたプリンに対する神経反応を抑える薬剤スラミンを自閉症児に投与し、安全性と効果について調べたのが今回の研究だ。治験の規模は最小限で、DMS-5と呼ばれるマニュアルに従って診断された十人の自閉症児(4-17歳と多様)を無作為に五人ずつのグループに分け、片方にはスラミンの静脈注射、もう片方は生理食塩水のみを投与して、副作用、及び様々な神経機能のテストを行い、薬の効果を調べている。
   この研究の最も重要な目的はスラミンの安全性を確認することだ。スラミンはアフリカの眠り病の薬として使われているが、多くの副作用がある。ただ、今回の治験で使われる量はずっと少ないが、やはり副作用については細心の注意を払った検査が行われている。
   一回投与後に副作用としては、自覚症状はなく、自然に消失するものの、全例で発疹が観察されている。これ以外は対照群と比べて大きな変化はなく、治療に十分耐えられることが分かった。
   薬剤の血中濃度や代謝についても調べているが、詳細はいいだろう。細心の注意を払って最初の治験研究に望んでいる。
   肝心の結果だが、親から見ても言語能力や社会性が回復するのが実感されるらしい。自閉症の程度を測る最も信頼されるADOS検査で見ても、はっきりと改善が見られている。一方、生理食塩水投与では変化はない。
   以上のことから、スラミンは治療薬の重要な候補になったと思う。ただ、著者も強調しているが、自然に治るとはいえ、皮膚の発疹についてのより長期の観察が必要で、また本当の効果についても何年もかかる本試験を基に判断すべきで、この結果はほんの入り口にすぎないことだ。
しかし、著者らの意気込みから見て国際治験が始まると思うので、ぜひ我が国も参加して、この可能性の妥当性を確かめてほしいと期待する。
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