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7月3日:自然免疫の調節(6月26日Natureオンライン版掲載論文)

2018年7月3日
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私たちが免疫学を習った頃は、ジェンナー、パストゥール、ベーリング、北里と、一度罹患すると抵抗性が生まれる「二度なし」現象を免疫現象として習っていた。ところが、免疫成立の条件を探るうちに、外来の微生物やウイルスに対する最初の抵抗性が免疫系への橋渡しとして重要性であることが認識され、自然免疫という概念が成立していった。実際、数多くのTLRを抱えて様々な因子に反応する能力を備え、また私たちがアジュバントとして知る通常の免疫増強効果もこのシステムにより担われるのを知ると、本当にうまくできていると思う。とはいえ、あくまでも第一線のディフェンスで、あまり複雑な調節はないと思っていた。

今日紹介するコロンビア大学からの論文は、自然免疫システムがただ反応するだけでなく、マイクロRNAにより複雑に調整されていることを示す研究で6月26日Natureにオンライン掲載された。タイトルは「Induction of innate immune memory via microRNA targeting of chromatin remodelling factors(マイクロRNAによるクロマチン再構成因子の調節により自然免疫の記憶が誘導される)」だ。

「自然免疫の記憶」というタイトルに惹かれて紹介しようと考えたが、実際はマクロファージの自然免疫系の反応性がTLR刺激により不応期に陥るメカニズムの研究で、いわゆる長期記憶とは違う。ただ生化学的シグナルのフィードバック過程と比べると持続時間が長いので、特別なメカニズムがあるはずだと研究していたようだ。

この研究では最初から、マクロファージがLPSなどで刺激された後、新たな刺激に反応しない現象はマイクロRNAが媒介すると決めて研究している。LPS刺激前後でmiRNAを比べmiR222のレベルがLPSで上昇し、これに合わせてマクロファージの反応性が低下することを明らかにする。miR222の機能をさらに調べるため、miR222をマクロファージに導入して刺激に対する反応低下の分子メカニズムを調べると、TNFのようにサイトカインが直接の標的になっている場合もあるが、ほとんどのサイトカインはクロマチンをオープンにするBAF複合体のコンポーネントBrg1の翻訳が抑えられ、STAT1/2を会する転写が抑制されることを発見する。

すなわち、シナプスの記憶と同じで、刺激がクロマチン制御により、より長い記憶に発展するというシナリオと同じだ。あとは、miR222をノックアウトしたマウスで、炎症性の敗血症ショックに対する反応性を調べ、バクテリア感染に対する抵抗性が低下するが、敗血症発作に対するショックは防ぐことを明らかにしている。すなわち、miR222は転写を介して炎症を抑える意味では、感染抵抗性を下げるが、それを犠牲にしても炎症がホストを障害しないように守る働きがあることを示している。

最後に人間についても、重篤な敗血症患者さんではmiR222が上昇し、その結果Brg1が低下することを示し、この現象が実際に起こっていることを示している。全部読み通すと、シナプスレベルの神経記憶とほとんど同じことに気づく。神経も免疫もさらに複雑な長期記憶を成立させるには、より大きなネットワークの参加が必要になるが、このレベルでは免疫系と神経系は全く違う道を選んだこともよくわかる。話としてはそれほど面白い論文ではなかったが、記憶について頭の整理ができた。
カテゴリ:論文ウォッチ

7月2日:新しい染色体3D構造解析手法の開発(7月26日Cell掲載予定論文)

2018年7月2日
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次世代シークエンサーの導入で可能になったの重要な分野が、核内で折りたたまれている染色体の3D構造をかなりの精度で決定できるようになったことだ。Hi-Cと呼ばれるテクニックを用いるのだが、この結果TADと呼ばれる遺伝子発現を一定の区域内に限局させるための3D構造が明らかになり、発生学やがん研究での遺伝子発現調節を理解するためには欠かせない方法に発展した。

この方法は隣接するゲノム領域を化学的に結合させ、その後DNAをバラバラにして、結合しているDNA同士をライゲートして一本のDNAにまとめ、その配列から隣り合う配列を特定する。ただ、正確な相互作用を把握するには、大量のシークエンスを蓄積する必要があり、少数の細胞では正確なマップを作ることは難しく、また遠く離れていたり、異なる染色体上のDNA間の結合を調べるのは、原理的に可能でもほとんどできていないといえる。

今日紹介するカリフォルニア工科大学からの論文は、このHi-Cなど従来の染色体の3D構築を調べる方法が持っている問題を見事に解決した方法を紹介する、おそらく将来へのインパクトの高い研究ではないかと思う。タイトルは「Higher-Order Inter-chromosomal Hubs Shape 3D Genome Organization in the Nucleus (高次レベルの染色体間のハブが核内でのゲノム3D構成を方向付ける)」で、7月26日発行予定のCellに掲載された。

この研究は彼らがSPRITEと呼ぶ方法の開発に尽きるので、ここでもこの方法について説明しよう。
1)まず細胞を壊さず核内で一定の距離以内に存在するゲノム領域を化学的に結合させる。
2)そのあと、核を取り出し内部の染色体をバラバラに分解する。
3)次に、分解した染色体を96穴のプレートに分配し、そこで異なるバーコードを結合させる。これにより、分解された断片は96種類に分類できる。

この方法のミソはここからで、

4)こうして96に分類した断片をまたあつめて、同じように96穴のプレートに分配し、2個目のバーコードをつける。これにより最初のラウンドで96通りに分類された断片が、2番目のバーコードでさらに96等分され96x96=9216に分類される。
5)この研究ではこの操作を5−6回繰り返し、なんと1兆種類に分類している。これは1兆倍に薄めたのと同じになるため、間違って結合していない断片に同じラベルをつけることはないと考えられる。

これまで開発された技術を用いた、素晴らしい着想だと思う。結果は、Hi-Cができることは全て可能なため、おそらくこの技術がより簡単に使えるようになると思う。さらに、Hi-Cでは見落とされた離れた領域の結合も検出することができ、またその領域に存在するRNAも同時に調べることができる。この結果、
1) 何本もの染色体が集まる場所を正確に特定できる、
2) 核小体のような核内に集まる異なる染色体上の領域も特定できる。
3) この結果核小体に集まる領域は遺伝子の少ない転写活性の少ない領域であることが確認できる。また転写の活発で遺伝子が集まる異なる染色体領域が集まっている核内領域も存在する。すなわち、転写活性に応じて核内にハブが形成されている。
4) rRNAとDNAの結合を同時に調べることで不活性なハブが核小体のrRNAと近接していることが確認できる。
5) 一方アクティブ・ハブに位置する領域ははスプライソゾームRNAと近接しており、nuclear speckleと呼ばれる構造と一致することがわかる。
などなど、様々なデータが示された、大力作で、これ以上説明するのはやめておく。しかし、これまで以上に核内での染色体の様子を記述できる技術であることは間違いない。

読んでみてAtac-seqの論文を読んだ時のように、このテクノロジーがブレークする予感がした。まず、熟練が必要ない。さらに、RNAだけでなく、将来はタンパクとの結合も調べることができるだろう。そして何よりも、必要な細胞数を減らし、おそらく単一細胞でもできるようになるだろう。

このような技術進歩を見ていると、それがお金のある研究者だけでなく、資金や人手のない若手研究者も自由に利用できる体制を作って、誰もが同じ土俵で競争できるようにすることが我が国の課題だと思う。
カテゴリ:論文ウォッチ

7月1日:アンドロゲン受容体阻害剤による前立腺癌の治療(6月28日号The New England Journal of Medicine掲載論文)

2018年7月1日
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私が医学部で学ぶよりはるか前から、前立腺癌の増殖が男性ホルモン・アンドロゲン依存的であることが知られており、治療には睾丸摘出が行われ、現在まで続いている。しかし、これほど苦労してアンドロゲンの量を減らしても、ガンはアンドロゲン受容体(AR)のシグナル効率を様々な方法で変化させ、低い濃度のアンドロゲンでも増殖できるよう進化する。去勢に抵抗性の前立腺癌の50%はAR遺伝子の増幅によってガンは去勢治療に抵抗性を獲得するが、最近の研究ではエンハンサーを変化させてARの発現を高めるガンが存在することもわかってきた。とすると、アンドロゲンを減らすのではなく、ARの機能を阻害すれば去勢に抵抗性の前立腺癌も治療可能になると考えられ、Enzalutamide(商品名イクスタンジ:EZTと省略する)が開発され、現在転移性の前立腺癌に使用されている。

今日紹介するノースウェスタン大学を中心とする国際治験研究は、転移は見つかっていないが去勢にも関わらず前立腺癌のマーカーPSAが急に上がって来る患者さんを対象にEZTの適用を拡大できないか調べる目的で行われた治験で6月28日号The New England Journal of Medicineに掲載された。タイトルは「Enzalutamide in Men with Nonmetastatic, Castration-Resistant Prostate Cancer(Enzalutamideによる非転移性、去勢抵抗性の前立腺癌の治療)」だ。

対象は病理学的にガンの組織学的多様化が起こっていないことがはっきりとした前立腺ガンの患者さんで、去勢にも関わらずPSAが上昇を続けているケースを選んで、無作為化二重盲検で患者さんを偽薬とEZTに分け、転移をどの程度抑えられるかについて調べている。また、PSAの上昇を止められるかについても調べている。

結果は上々で、偽薬群ではPSAは上昇し続け、14ヶ月で半数の患者さんに転移が見つかるが、EZTを投与したグループで半数の患者に転移が起こるまでに36ヶ月かかる。これに並行して、PSAの上昇も止められるという結果だ。副作用は全身倦怠感と高血圧が中心だが、循環器の強い副作用が5%に見られる。

以上、成績としては大きな期待を寄せることができるが、このデータを見て、やはり根治は難しいことがわかる。前立腺癌は進化しても多くの場合AR依存性はあるのだが、ARの量や分子構造が変化して、去勢だけでなく薬剤耐性が獲得されてしまう。詳しく紹介しないが、7月12日号のCellにAR遺伝子の発生時期に利用されるエンハンサーが様々な変異で急に使われるケースが数多く見られるため、この領域についての検査も必要だと強調する論文が掲載されていた(Takeda et al, Cell 174, in press, 2018: https://doi.org/10.1016/j.cell.2018.05.037)。また、一つのARのスプライシング変異の場合は、変異を診断した上で全ての細胞でアンドロゲンの産生を止めるAbirateroneを用いるとガンにより効果があることも以前示されている(Aantonarakis et al, The New England Journal of Medicine, 371:1028, 2014)。検査を徹底して、ガンを知りつつ治療を選ぶことが前立腺癌制圧の道だ。

そして、いたちごっことはいえ、前立腺癌の研究の進展が著しいことは実感する。昨年アフリカから帰った後PSAの上昇が指摘され肝を冷やした身としては、心強い。
カテゴリ:論文ウォッチ
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