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3月24日 AIの裏をかく(3月22日号Science掲載意見論文)

2019年3月24日
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今日は研究論文紹介ではなく、一種の意見の紹介になる。3月22日号のScienceに掲載された意見論文で、医療でAIを使うときAIの判断が撹乱される脆弱性をどう解決するのかについての議論についてだ。これを読んで、私が想像だにできなかった問題が機械学習に潜んでいることを知り、紹介することにした。タイトルは「Adversarial attacks on medical machine learning (医療での機械学習に対する敵対的攻撃)」だ。

これまでも何度も紹介してきたように、機械学習の医学領域への利用は加速している。特に画像診断が必要な放射線診断、病理学、皮膚科、眼科では、医療の質を上げることがはっきりと認識され、FDAも最初の機械学習システムの販売を認可することになっている。このように、今後は機械学習を前提として医療が再編成されるのは必至で、膨大になりすぎて人間の頭ではとうてい扱いきれなくなった医学医療データをわかりやすく整理して助けてくれる、医師の強い味方になるだろうと予測できる。とすると、当然医学教育も、今までの詰め込み教育ではあり得ない。しかしこのような問題はうれしい悲鳴で、実際にはGNPの10%を越す大きなお金が動く医療分野では、機械学習の弱点を攻めて不正が行われる可能性がある。

とくに受けた医療にかかった費用を保険会社に申請して払い戻しを受ける保険システムのアメリカでは、払った費用が保険で支払うべきものかどうか、保険会社で膨大な努力と時間を使って判断しており、ここに機械学習導入が最も期待されていることから、機械学習が信頼できなくなると大混乱に陥ることになる。

この意見論文では、AIを撹乱する方法をいくつかの例で示している。

現在最も期待されている皮膚病変を診断する機械学習システムが、adversarial noiseと呼ばれる、目では認識できないノイズを写真にかぶせられると、かぶせない時には良性腫瘍と正確に診断していたのに、100%悪性腫瘍と診断する判断ミスを犯すことを実例として示している。

同じようなノイズは、場合によっては写真の向きを変えるだけでも入れることができ、ミスを誘発することができる。もし、医師のレベルでこれが行われると、まず見破れず、虚偽の保険請求を許すことになる。

また、言語による記述から診断する機械学習が使われようとしているが、この時症状の記述方法を変えると撹乱される場合がある。現在アメリカは麻薬の使用が強く制限されており、医師の処方を判断する機械学習が開発されているが、「back pain(背中痛)」と「Alcohl abuse(アルコール飲みすぎ)」と記載すると麻薬使用が拒否されるが、「Lumbago(腰痛)」と「alcohl dependency(アルコール依存症)」と書くことで、麻薬の使用が許可される。

さらに症状をコード化してインプットするAIでも同じような問題がある。保険の支払いの際適切な診療が行われたのかを判断するための症状は、現在コード化され、その組み合わせで判断されるというのがAIの得意なところだが、メタボリックシンドロームに対応するコードがインプットされる場合支払いが拒否されるのに、良性本態性高血圧、高コレステロール血症、高血糖と3つのコードをインプットすることで、病気として支払いが許可される。

そして、現在すでにこのようなインプットを操作して、実際に行われた医療より高額な支払いを受けることが行われている。これを防ぐため、例えば実際の画像を用いて判断するシステムも開発されているが、すでに述べた理由で結果は同じになることは明らかだ。

これに対する対策の可能性も書いてあるが、確実な方法はない。一つは、支払い側の目線、すなわちトップダウンに機械学習を設計する方法ではなく、ユーザー目線で設計することが必要だと示唆している。そして、何よりも便利だからと急速な導入を図ると、気がついたらグラウンドゼロなみの崩壊が待っていると結論している。

もともと機械学習は100%の正確さを求めるものではない。とすると、いくらでも穴を見つけてアタックして儲けようとする人間は出てくる可能性が高いことをこの意見論文は教えている。機械学習というと、患者と医師の間で、正しい判断が容易にできるようにするツールと思ってしまうが、このように治りたい、治したいという同じ方向を目指す関係だけなら、不正をする理由は全くない。しかし、そこにお金が絡むと、全く事情が変わることがよくわかった。

翻ってわが国を考えると、現在支払い基金が人海戦術で行なっているレセプトの処理のAI化は、厚生労働省も最優先課題として進めていると思う。わが国の場合、支払い要求が医療機関であるため、もしグレーゾーンがあることがわかれば当然AIの裏をかこうとする動機が生まれることは間違いない。レセプトのAI化は至極当然のプロジェクトで、考えない方がおかしいのだが、どれだけ完成間近でも、一回立ち止まってぜひこの論文で示されたような穴がないことは明確にした上で導入してほしいと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

3月23日 高果糖コーンシロップは腫瘍細胞にも甘い(3月22日号Science掲載論文)

2019年3月23日
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最近いくつかの国で規制が始まっているが、トウモロコシから抽出したデンプンを化学的処理して、甘みの強い果糖の濃度を高めたコーンシロップは、甘味料として炭酸飲料等多くの食品に使われている。最初グルコースを摂取するより健康的と考えられていた高果糖コーンシロップ(HFCS)が、最近は肥満や2型糖尿病の原因である可能性を示すエビデンスを報告する論文が増え、食品メーカーは防戦一方のようだ。守る側は、砂糖として摂取しているショ糖にも多くの果糖が含まれること(イギリスではショ糖を減らすことにも取り組んでいる)、構造的にも代謝的にもブドウ糖と同じであり、果糖だけを悪者にする根拠はないと説得に努めたようだが、実は果糖の代謝についてほとんどが肝臓で代謝されるとする従来の通説は間違っており、小腸でグルコースに転換されることを示す論文が昨年2月プリンストン大学から発表され、私も紹介した(http://aasj.jp/news/watch/8072)。すなわち、果糖の栄養学的問題については科学的研究がまだまだ必要なことがはっきりした。

今日紹介するNYコーネル大学からの論文は、HFCSが消費量が肥満だけでなく、大腸ガンの発症と並行して上昇していることに注目し、小腸で処理しきれなかった果糖は大腸に移って直接上皮に働きかけ、発ガンのスイッチが入った大腸上皮細胞の増殖を高めることを示した論文で3月22日号のScienceに掲載された。タイトルは「High-fructose corn syrup enhances intestinal tumor growth in mice(高果糖コーンシロップはマウスの腸に発生した腫瘍細胞の増殖を促進する)」だ。

まずこの研究で用いられたガンモデルは、腸の上皮の増殖を抑えるAPCと呼ばれる分子を欠損させたマウスを用いており、発がんと言う点ではすでにスイッチを入れてあるマウスの実験系だ。人間でいうと多発性大腸ポリポーシスと呼ばれる大腸に多くのポリープができる遺伝病のモデルと言える。さて、このマウスにHFCSを摂取させると、ポリープの数が上昇し、さらにポリープの悪性度が高まる。

次にアイソトープ標識した果糖を用いて、APCが欠損した腫瘍細胞でだけ果糖が存在するとブドウ糖も取り込みが高まること、furctokinaseの作用でリン酸化果糖が合成される過程で細胞内のATPが低下し、これが引き金となって腫瘍細胞でのブドウ糖代謝を高めることを明らかにしている。

そして、ブドウ糖代謝の上昇により脂肪代謝が高まり、増殖に必要な膜成分をはじめ様々な分子が合成され、がん細胞の増殖を高める直接の原因になっていること、そしてこのブドウ糖代謝の上昇は、ブドウ糖を多く摂取することで起こるのではなく、果糖がfructokinaseでリン酸化されることで起こることを証明している。

また、一般的に大腸ガンは肥満と関係することが知られているが、このガン細胞の増殖を高める効果は、果糖の作用で、肥満とは分離できることも示している。

以上の結果は、果糖が肥満でもガン細胞増殖でも、それ自体ではなく、ブドウ糖代謝を高めることで問題を引き起こすことがわかる。逆に、furctokinaseを阻害さえすればこの問題は解決するが、屋上屋を重ねるより、果糖の摂取を制限したほうがいいだろう。

以上、高果糖コーンシロップを使う多くの食品メーカーにとっては耳の痛い話だと思うが、やはり真剣に対策を練ったほうがいいと思う。一方、この研究はけっして果糖にタバコのように発がん性があることを示しているのではなく、あくまでもガンへの遺伝的スイッチの入った細胞に選択的に働き、代謝を変化させて増殖を促進することを理解する必要があること、すなわち発ガン性が無いことはよく理解しておく必要がある。

私も美味しいものに目がない貪欲な人間だが、脳を満足させるために体を犠牲にするのは人間の性のようだ。

カテゴリ:論文ウォッチ

3月22日 抗インフルエンザ抗体と同じ作用を持つ薬剤の開発(3月8日号Science掲載論文)

2019年3月22日
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インフルエンザは毎年世界規模で見ると何十万もの命を奪う、医学の重要な標的だ。現在のところ季節ごとにワクチンを接種するしか方法がないが、最近になってウイルスが宿主に侵入するときに必要なHA(血液凝集素)に多くのインフルエンザ共通の分子構造があり、これに対する抗体がインフルエンザ普遍的予防薬として用いられる可能性が浮上している。

これまでタミフルなどのNA(ニューラミナーゼ)阻害剤も予防効果を謳って上梓されたが、その後治験データが精査され、予防効果はなく、また抗インフレンザ作用も中程度とされている。わが国では今も多くの医師が処方しているが、これは米国CDCのガイドラインに反する行為と言ってもいいぐらいだ。

何れにせよ、予防という意味では現在治験が進むインフルエンザ普遍的抗体への期待が大きいが、抗体薬は静脈注射が必要で、インフルエンザほどの規模になると、利用が難しい。したがって、なんとかこの部分に対する抗体を誘導できるワクチンができないか研究が続いている。

今日紹介する創薬メーカー、ヤンセン・ファーマの予防医学研究所からの論文は、これまでの方法とは異なる方向、すなわちこのHAに対する抗体と同じ効果を持つ経口薬の開発にチャレンジした研究で3月8日号のScienceに掲載された。タイトルは「A small-molecule fusion inhibitor of influenza virus is orally active in mice(マウスで経口投与可能なインフルエンザのホストへの融合を阻害する化合物)」だ。

これまで抗体の代わりにウイルスを細胞膜と融合させるHAの活性部分に対するペプチドが開発され、構造解析の結果HA共通に保存されている部位に結合することがわかっていた。この研究では、このペプチドとHAの結合を阻害する分子を50万種類の化合物からスクリーニングし、そうして見つけてきたリード化合物を、順番に至適化して、最終的に経口投与可能な化合物JNJ4796に到達している。この辺は、メディシナルケミスト出ないと理解し難いところだが、その過程を私たちにもわかるように説明してくれている。

こうしてできた薬剤がインフルエンザ感染を阻害するかどうかマウスを用いて調べ、10mg/kgを投与すると、マウスを致死的なインフルエンザ感染から守ることが確認された。また、結合度は異なるものの、ほとんどのグループ1HAに結合することから、多くのタイプのインフルエンザに機能することが示されている。

最後にJNJ4796とHAの結合の詳しい構造解析が行われており、結合領域が広く浅いことが示されている。また、結合性の弱いHAやグループ2HAと結合しない理由なども構造的基盤を示している。

素人なりにざっと見たところ、まだまだ人間に進むには難しそうだなという感じを持つが、実際この化合物の治験は始まっていない。製薬会社の研究室からなので、ひょっとしたらこれ以上の開発を諦めたのかなどとも勘ぐるが、アイデアは十分評価できる。現在多くの抗体藥が開発されているが、うまくやればその中に一部を経口剤に変えることは可能だ。その意味で、将来より安価な薬剤を可能にするためには重要な技術だと思った。

カテゴリ:論文ウォッチ

3月21日 え!ヒストンにセロトニンが結合している!(3月13日Natureオンライン掲載論文)

2019年3月21日
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ヒストン修飾はクロマチンの3次元構造を調節し、それが結合する遺伝子発現を変化させるエピジェネティック機構の中心にあり、実に様々な修飾をうける。その中心は、メチル化とアセチル化だが、他にもリン酸化などが特定されており、遺伝子発現調節機能も研究が進んでいる。従って、他の修飾法が発見されても何の不思議はないが、それでもセロトニンが直接ヒストンを修飾すると聞くと、「え!」と驚くのではないだろうか。

今日紹介するNYのIcahn医科大学からの論文はセロトニンによるヒストン修飾を詳細に解析した研究で3月13日Natureオンライン版に掲載された。タイトルは「Histone serotonylation is a permissive modification that enhances TFIID binding to H3K4me3(ヒストンのセロトニン化は4番目のリジンがトリメチル化されたヒストンH3へのTFIID結合を高める)」だ。

セロトニンは神経伝達物質として脳内で働くだけでなく、小腸で合成され腸の蠕動を調節し、さらに血小板に取り込まれた後、血液凝固や血管の収縮にも働くことが知られている。また、トランスグルタミナーゼの作用で、細胞質のタンパク質と共有結合することも知られていたようだ。

今日紹介する論文では、核内タンパク質もトランンスグルタミナーゼで修飾される可能性があるかを狙い撃ちで調べ、H3だけが、トランスグルタミナーゼ2(TGM2)の作用でセロトニンと共有結合することを発見する。しかもセロトニンが結合する場所が5番目のグルタミン酸で、遺伝子をオンにするときにメチル化される4番目のリジンの隣に位置している。すなわち、エピジェネティックなプロセスに関わる可能性がある。

そこでこの修飾の機能を調べる目的で、どの細胞でこのヒストン修飾が起こるかを調べ、セロトニンを合成する神経細胞や、腸細胞で修飾されており、セロトニン合成細胞では普通に起こっていること、およびほとんどがK4me3のオン型のヒストンで起こっていることを明らかにする。

そしてiPSからセロトニン神経を誘導する系や、セロトニンの合成を誘導できる細胞株を用いた分化誘導系を用いて、この修飾が細胞分化によって発現が上昇する遺伝子のプロモーター部分に結合しているヒストンがより選択的にこの修飾を受けていることを示している。さらに、5番目のグルタミンをアラニンに変えて、この修飾ができなくしたヒストンを導入すると、オンになっている遺伝子の転写の効率が低下し、細胞の分化が進まないことを示している。

最後に、このような転写の促進はH3K4me3の周りに形成される転写複合体の結合力が高まる可能性について、細胞内のヒストンとTFIIDとの結合の強さを調べ、予想通りこの修飾により、転写複合体がH3K4me3と強く結語していることを示している。

以上、最初は「え!」と人を驚かすだけの論文かと思って読んでみたら、実力のある、説得力のある論文だと感心した。もちろん、病気を含め、まだまだ研究する必要はあるが、遺伝子調節にはなんでも使えるものは使っている生物のしたたかさがよくわかった。

カテゴリ:論文ウォッチ

3月20日:注意欠陥・多動性障害(ADHD)に三叉神経刺激が効果がある(Journal of American Academy of Child and Adolescent Pychiatryオンライン掲載論文)

2019年3月20日
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実を言うと、小学校の頃学校から児童相談所に行くよう言われた覚えがある。当時は、児童相談が始まったばかりで、目的は覚えていないが、ひょっとしたら授業に集中しないなどの傾向があったのではと思う。今でも一つのことより、同時にいくつものことを並行してやる癖があるので、ADHDと言われても仕方がないかもしれない。当時は自閉症スペクトラムやADHDなどの概念が確立していなかったためか、その後特に指導を受けるというまでには至らなかった。

しかしわが国でもADHDの児童の数は増えており、5%近くに達しているのではないだろうか。小児のケースが多いため向精神薬を簡単に処方することは難しい。一方、私も神戸で発達障害児を対象に診療を行っている今西先生のクリニックを見学させてもらったが、一人の児童に長い時間をかけて行動治療を行なっているため、いまや新患の予約は3ヶ月以上待つ必要があるらしい。このように、薬剤以外の方法での個別治療には医師とスタッフの数が圧倒的に足りない。

そこで期待されているのが、電気や磁気を用いて症状を和らげられないかという試みで、様々な可能性が試されている。中でも期待されているのが、三叉神経刺激で、ここから最終的に大脳皮質へと神経が伝わることで、ADHDが改善すると考えられている。実際、この治療はテンカンやうつ病に使われ、以前紹介した音でアルツハイマー病を治すのと同じ発想だが、神経科学的メカニズムはまだまだわかっていないと言える。従って、治験を科学的に進める以外に評価の方法はない。これまでのオープンラベルの治験でいい成績が出ているが、よく計画された臨床治験が求められていた。

そこで今日紹介するカリフォルニア大学ロサンゼルス校のグループは、この三叉神経刺激の治療効果を無作為化二重盲検試験で確かめようとした研究でJournal of American Academy Child and Adolescent Psychiatryオンライン版に掲載された。タイトルは「Double-Blind, Sham-Controlled, Pilot Study of Trigeminal Nerve Stimulation for ADHD (ADHD治療のための三叉神経刺激の二重盲検かつ偽処置群を対照にした試験研究)」だ。

この研究では、医師により厳格に診断されたADHD患者さんを最終的に62人リクルートし、無作為に三叉神経刺激群と非刺激群にわけている。三叉神経刺激は、ワイヤーで両側のこめかみにはる電極を通して刺激を与える装置を装着させ、2-3mA、120Hzの刺激を30秒ごとに流している。これを4週間続ける。偽処置群も基本的にこめかみに電極を貼るところまでは同じだが、実際の電流は出ない。実際、この程度の電流ではあまり何かを感じるというほどではないようだ。

さて結果だが、ADHD-RSスコアと呼ばれる指標で見ると、最初の1週間で急速にスコアは改善し、あとは4週間まで緩やかに低下する。一方、偽処置群も最初の1週間は少し改善が見られるが、もちろん刺激群には及ばない。そして1週間以降はほとんど変化がなくなる。

面白いことに、脳波検査でほとんどの周期レンジで、脳波の活動が刺激群で高くなるが、偽処置群ではほとんど変化しない。したがって、三叉神経刺激は神経活動を高めることができるのがわかる。しかしながら、これまでの研究では効果があるとされていた、実行能力や、睡眠の改善などは認められていない。

もう一度結果をまとめると、以下のようになる。

  • このような機械刺激の治療研究では、常にプラシーボ効果を念頭におく必要があること。
  • 三叉神経刺激は、ADHD-RSスコアを中程度に改善することができる。
  • 安全性は高い。
  • 三叉神経刺激は大脳皮質まで投射路を通して活性化し、その結果として脳波の振幅が高まる。
  • 医師による診断でははっきりとした改善が見られるが、親の印象では、刺激群も非刺激群もあまり改善したとは実感されていない。

厳密な統計手法でかなりいい結果が出たという結論になる。今後この効果がどの程度続くのかなど、臨床試験が進められると思う。

個人的に一番気になったのは、医師の診断でははっきりと改善が見られるのに、親の評価ではほとんど改善を認めていない点だ。簡単にこれを解釈するのは問題があると思うが、ADHDの難しさを強く認識した。

カテゴリ:論文ウォッチ

3月19日 GAS-STING自然免疫刺激経路は、実はオートファジー刺激経路として始まった(Natureオンライン掲載論文)

2019年3月19日
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細胞内にDNA断片が存在すると、cyclic GMP-AMP 合成酵素GASが働いて、cyclic GMP-AMP(cGAMP)が合成され、これがSTINGアダプタータンパク質を活性化、その後TBK1,IRF1, IKKなどを介してインターフェロンや炎症性のサイトカインを作る自然免疫経路は、がん免疫、自己免疫などとの関わりで、今最も注目されている分野だ。

今日紹介するテキサス大学サウスウェスタン医学センターからの論文は、自然免疫のトリガーとして注目されているGAS-STING経路が、本来はオートファジーの刺激センサーとして進化してきたという面白い可能性を示唆する研究でNatureオンライン版に掲載された。タイトルは「Autophagy induction via STING trafficking is a primordial function of the cGAS pathway (STINGの細胞内移動を介するオートファジーの誘導はcGASによりトリガーされる経路の原始的な機能)」だ。

研究では、阪大の吉森さんたちの仕事により、オートファゴゾーム形成の分子標識として使われるようになった微小管結合タンパク質LC3を用いてオートファジーをモニターし、DNAウイルスの感染により自然免疫だけでなく、オートファジーも誘導されることを発見した。

次にSTINGの下流で活性化される自然免疫経路と、オートファジー経路を区別できるか調べる目的で、C-末端を除いたSTINGを細胞に導入すると、自然免疫経路の活性化能力は失われるのにオートファジーは誘導されることを示している。すなわち、同じSTINGによりトリガーされるが、両方の経路は完全に分離できる。

この著者らはこのシステムの進化に注目し、この研究のハイライトと言える一番面白い発見をする。すなわち、イソギンチャクのSTINGには自然免疫を誘導するC末端部分が欠けており、TBK1の活性化が起こらないが、LC3を活性化してオートファジーを誘導する能力があることを発見する。すなわち、GAS―STING経路は本来オートファジーを誘導する仕組みとして進化したことを示している。さらに、脊髄動物の中にもアフリカツメガエルのようにC末端の欠損した自然免疫を誘導できないSTINGが存在することも示している。何れにせよ、オートファジー誘導については、すべての種のSTINGは有しているようだ。

あとは、STINGがLC3を活性化してオートファジーを誘導するメカニズムを明らかにするため、その細胞内の動きを追跡し、小胞体とゴルジの境に移動した後、そこでLC3のファゴゾームとの結合ができるよう、脂肪酸を添加し、オートファジーを誘導することを示している。

以上のことから、GAS-STINGはまずオートファジーを誘導する新しい仕組みとして最初進化したことになるが、DNAの断片が蓄積する条件でSTINGを活性化してオートファジーを誘導すると、DNAが処理されるので、DNAの除去がその機能の一つであることを示している。そして、ウイルス感染においても、自然免疫より重要な機能をGAS-STINGで誘導されるオートファジーが担っていることを示している。

GAS―STINGは自然免疫のトリガーとして、炎症性サイトカインとの関わりで研究されているが、オートファジー誘導能力の方が進化的に古く、ウイルスなどのDNAを直接除去するシステムであることは、自然免疫の進化を考える上でも極めて重要な発見だと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

3月18日 食生活と発音(3月15日号Science掲載論文)

2019年3月18日
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これは個人的印象で、統計を調べたわけではないので聞き流して欲しいが、わが国でもいわゆるエラが張ったと表現できる顔は急速に減ってきたように思う。実際子供の顔を見ていると、うりざねの美しい顔に変化している。この印象が正しいとすれば、戦後食品が柔らかく食べやすいものへと急速に変化していることも原因の一つだろうと思う。この大きな顔の骨格の変化は、咬合力の変化にとどまらず、言語にも大きな変化をきたす可能性がある。

今日紹介するスイス・チューリッヒ大学を中心にするグループからの論文はこんな食生活と言語の共進化を農耕の誕生前後を例に考えた研究で3月14日号のScienceに掲載された。タイトルは「Human sound systems are shaped by post-Neolithic changes in bite configuration(人間の発声システムは新石器時代以降の噛み合わせの変化に依存して変化してきた)」だ。

タイトルに惹かれて読んでみると、この研究の背景には言語学者Hockettの「唇歯音は農耕の誕生により柔らかい食べ物を食べるようになった結果である」という仮説を検証するために行われている。

唇歯音とは、fとかvのように上の歯で唇を噛んで発音する音で、father, vaseなどがある。一方唇音は唇を閉じることで発生する音で、Papa, baseなどだ。確かによく考えてみると、どうして歯で唇を噛んで発音する必要があるのか、日本人にとっては不思議だ。これに対し、Hockettは、最初ホモ・サピエンスは上下の歯が正確に揃うように進化し、硬いものをしっかりと噛めるようになる。この時は、唇音はあっても、唇歯音は存在しなかった。ところが新石器時代以降農耕が始まることで軟らかい食事に慣れて、急速に上の前歯が下の前歯より、前に出た骨格に変化する。そしてこの結果唇歯音が言語に導入されると考えた。

この論文では、まず旧石器時代、中石器時代、そして初期青銅時代の骨格を示し、徐々に上の歯が前に出てきていることを示している。そして、一種の力学モデルを用いて、上歯が前に出ている場合、唇歯音がより少ないエネルギーで発音できることを示している。

次に現存の人類の言語を調べ、今も狩猟採取の生活を送っている民族の言語では、唇歯音が農耕生活民の言語の高々27%しかないことを示している。

さらに、上下の歯が揃っており、その結果前歯を失う確率が多い狩猟採取民族を、グリーンランド、南アフリカ、そしてオーストラリアから選んで言語の推移を調べ、それぞれの地域で最初はほとんど見られなかった唇歯音が、他の民族とのコンタクト(グリーンランドではデンマーク人、南アフリカではアフリカーンス、そしてオーストラリア原住民では英国人との接触)により生活が変化することで、そぞれの言語に取り込まれていることを示している。

最後に、生活、そして骨格を何千年もにわたって調べることができる、インドヨーロッパ語圏を調べ、数千年前パキスタンからヨーロッパにかけて、よく調理した食生活とともに上前歯が前に出るようになることを確認した後、それに伴って唇歯音が徐々に増加すること、そして2500年前に始まる粉挽き技術の進歩とパンの急速な発展とともに、例えば PからF(PadoreからVater, Father)、VからK (来る:Venire からKommen, Come)のような唇歯音の割合が急速に上昇することも示している。

結論としてはHockettの仮説は正しいという話で。言語学も生命科学としてますます総合的になってきたという印象を持つ。

しかし最後に頭に浮かぶ疑問は、我が日本語のことだ。もともと日本語もHa行の音を奈良時代はPa, 平安時代はFaと読んでいたようだが、今や唇歯音のほとんどない言語に変わっている。この原因が何か、とても気になる。米食文化とパン食の違いなのか、興味は尽きない。

カテゴリ:論文ウォッチ

3月17日 嚢胞性線維症の機能異常を、既存の薬剤で治療する可能性(Natureオンライン版掲載論文)

2019年3月17日
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嚢胞性線維症(Cystic Fibrosis:CF)は病気の名前からつけられたcystic fibrosis transmembrane conductance regulator (CFTR)と呼ばれる細胞内から塩素イオンを排出するときのチャンネルをコードする遺伝子の変異によって起こる遺伝疾患で、気管内の水分を維持できず、肺炎が繰り返され、気管支拡張症になる病気だ。遺伝子疾患で、気管上皮が到達可能な場所にあるため、遺伝子治療の対象として様々な方法が開発され、一部は臨床治験が行われている。

もう一つの方法が、CFTR分子の細胞膜上への発現を促進する薬剤と、このチャンネルを開きやすくする薬剤を組み合わせる方法で、以前紹介したように(http://aasj.jp/news/watch/3450)臨床治験データでは有効性が認められており、遺伝子治療以外の薬剤としてはほぼ独占状態にあると言える。

今日紹介するイリノイ大学からの論文は、後者と同じような戦略だが、CFTRに働きかけるのではなく、気管上皮に炭酸水素塩HCO3 を排出するチャンネルを既存の化合物で形成し、CFTRの機能を独立に助けようとする考えの論文で読んでグッドアイデアだと思う。タイトルは「Small-molecule ion channels increase host defences in cystic fibrosis airway epithelia(低分子化合物によるイオンチャンネルは嚢胞性線維症の気管上皮の防御力を高める)」で、Natureオンライン版に掲載された。

さてその化合物だが、なんと私にも馴染みのあるアムホテリシンB(AmB)だ。この薬剤は私が学生の頃から存在する細菌由来の抗生物質で、薬剤の存在しない真菌症に使える唯一の薬剤だった。医師として働いている時、その作用機序など考えもしなかったが、この論文によると細胞膜上でイオンチャンネルを作ると同時に、ステロールを膜から除去することで真菌に対する殺菌効果を示すとされていた。ただ、このグループは、実際の抗真菌作用はステロールの除去に依存していることを明らかにしていたようだ。そしてステロールに影響のない低濃度のAmB、あるいは最初から過剰のステロールと結合させたAmBではイオンチャンネルだけ膜上に形成させられることを発見している。

そして、このチャンネルでCFTRの機能低下を補えないかを調べたのがこの研究だ。まず炭酸水素イオンを通すことを確認した上で、CF患者さん由来の気管上皮細胞を用いてASLと呼ぶ細胞表面の水分を指標に効果を確かめている。

結果は上々で、ASLの粘度は低下し、pHは上昇し、さらに緑膿菌に対する抵抗力が上昇する。さらに、臨床用に開発されたリポソームに封入したAmBを用いることでより高い、長期の効果が得られ、嚢胞性線維症モデルの豚に経気管的にエアロゾル化したリポソームAmBを投与し、気管ASLのpHを上昇させることを明らかにしている。

話はこれだけで、まとめるとAmBのような特異性のないイオンチャンネルでも、細胞側のイオン勾配に基づいて働いてくれると、CFTRの様な特異的チャンネルの異常を補ってくれる可能性を示し、現在行われている治療と比べ、かなり安価な嚢胞性線維症の治療が可能であることを示した重要な研究だと思う。もちろん、医師なら誰でも知っているように、AmBには強い副作用があるが、経気管的に投与すること、さらに体内には吸収されにくいリポソーム封入を使うことで、副作用はかなり抑えられるような気がする。着想が面白い点、そして安価な治療という点で、早く治験を進めてほしいと思う。ともかく新薬が開発費の関係で高価にならざるを得ない今日、このような可能性は大歓迎だ。

カテゴリ:論文ウォッチ

3月16日 40Hzの音を聞かせてアルツハイマー病の進行を遅らせる(4月4日号Cell掲載論文)

2019年3月16日
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ぬか喜びで終わる可能性はあるとわかっていながら(科学論文はいつもそうだ)、それでもすぐに一般の人に伝えてみたいと思う一群の論文が存在するが、しばしば出会えるわけではない。また多くの論文に目を通していても、結構見落としてしまうことも多い。今日紹介するマサチューセッツ工科大学からの論文は、そんな典型とも言える論文の一で、心の隅では、本当にこんなことがあるのだろうかと、素直に受け入れられない気持ちもあるが、昨日読んですぐに紹介しようと思った。

これまでの研究でアルツハイマー病患者さんでは高次機能と相関性の高いγ震動と呼ばれる脳波成分が低下していることがわかっている。この研究では脳波の成分の一つγ振動と同じ波長(40Hz)の音を繰り返し聴かせることで、脳内にγ振動を復活させアルツハイマー病の進行を遅らせられないかを調べた研究で4月7日号のCellに掲載されている。タイトルは「Multi-sensory Gamma Stimulation Ameliorates Alzheimer’s-Associated Pathology and Improves Cognition(複数の感覚を通したγ刺激はアルツハイマー病の原因になる病変を改善し、認知能力を上昇させる)」だ。

繰り返すが、この研究では感覚器(聴覚や視覚)を介して脳を刺激し、40Hzのγ波をアルツハイマー病に侵された脳内で発生させてやり、この成分の低下しているアルツハイマー病の症状を改善させることを目的にしている。そして、2016年に既にNatureに視覚を通して40Hzの点滅刺激を繰り返すことで、なんとアルツハイマー病の原因と考えられるβアミロイドの沈着を低下させることが可能だという驚くべき論文を発表していた(Iaccarino et al, Nature 540:230, 2016)。なるべく多くの論文を読んでいるつもりだが、全く見落としていた。

今日紹介する論文は、この研究の続きで、1)聴覚刺激を介しても同じ結果を得られるか、2)一時感覚野を超えた領域にも変化を誘導できるか、3)聴覚と視覚の両方から刺激を入れると相乗作用があるか、そして4)記憶を改善させることができるか、の4点について調べている。

まず様々な波長の音を聞かせて、聴覚野、海馬、前頭前皮質についてγ波が発生するか調べている。残念ながら前頭前皮質ではγ波を発生させることはほとんどできないが、聴覚野のみならず海馬までは聴覚刺激でγ波発生に成功している。

次に、家族性アルツハイマー病の遺伝子を導入して早期にアミロイドプラークを形成し認知機能が低下するようにしたマウスに、同じ聴覚刺激を加え、様々な記憶に関するテストを行うと、物や場所についての記憶能力が、40Hzの音を聞かせた時だけ改善している。これらの機能に海馬が重要な役割を果たしており、海馬でγ波を発生させることが、この改善につながったことになる。

しかし、改善は機能レベルにとどまらない。驚くことに、不溶性アミロイドタンパク質の沈殿によるプラークの数がこのような単純な刺激を続けることでうまくいくと半分にまで低下させることができる。すなわち、アルツハイマー病の病理的原因を抑えることができる。

次にこのような病理学的改善が起こるメカニズムを調べ、

  • 刺激によりミクログリアの数が上昇し、貪食機能が高まっており、おそらく沈殿したアミロイドプラークを除去できるようになったこと。
  • 活性化されたアストロサイトの数が増えていること。
  • おそらくアストロサイトから分泌されるサイトカインの作用を介して、血管新生が高まっていること。

を発見し、γ波を発生させる神経興奮は、グリア細胞を通して脳の環境を維持するのに重要な働きをしており、これを変性疾患の治療標的として使えることを示している。

聴覚を介する刺激だけでは聴覚野から海馬までしか影響がなかったので、最後に40Hzの聴覚刺激と、40Hzの光パルス(フリッカー)の両方を合わせて使うと、強いミクログリアの活性化が起こり、さらにその効果が、前頭前皮質にまで及ぶことを明らかにしている。

これは全てマウスの話で、同じことが人間にも可能かどうかは全くわからない。ただ、光パルスや音のパルスが癲癇の刺激になることを考えると、まんざら不可能でもないように思える。しかも、通常の感覚機能を用いて治療が可能であることは、治療には音と光のパルスを発生させる簡単な機械を用意するだけでよく、治験へのハードルは低いように思う。そして成功すれば、自宅で治療を行えるようになると期待させる。ぬか喜びに終わるかもしれないとは思うが、早く伝えたい気持ちになるのはわかってもらえたのではないだろうか。

カテゴリ:論文ウォッチ

3月15日 新生児オスとメスの遊び方の違いは、ミクログリアの貪食の程度が決めている(4月17日号Neuron掲載予定論文)

2019年3月15日
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生殖細胞も含めオスとメスの基本的違いは性染色体上の遺伝子により決定されるが、発生が進むと、様々な違いは性ホルモンにより決められる。例えばつい先日紹介したNatureの論文では、複製の失敗によるDNA損傷により誘導されるGAS-STING経路を介する炎症をテストステロンにより抑えることから、DNA損傷が起こりやすい遺伝異常を持つマウスでは、炎症が抑えられないメスだけが胎生致死になるという意外な結果を報告していた(http://aasj.jp/news/watch/9813)。

今日紹介するメリーランド医科大学からの論文もテストステロンの予想もしない効果のおかげでラットの子供の遊び方に見られるオスとメスの差が生まれることを示した面白い論文で4月17日号のNeuronに掲載予定だ。タイトルは「Microglial Phagocytosis of Newborn Cells Is Induced by Endocannabinoids and Sculpts Sex Differences in Juvenile Rat Social Play(ミクログリアの貪食は内因性カンナビノイドにより誘導され、子供ラット社会での遊びかたを形作る)」だ。

このグループは以前から子供ラットのオスとメスの遊び方が違うことに気づき、このような現象にかかわる扁桃体を組織学的に調べていたところ、新生児期の扁桃体内にみられるできたばかりの脳細胞を貪食しているミクログリアの数がオスとメスで大きく異なっていることに気が付いた。そこで、この違いとオスとメスでの遊び方の違いが相関するのではと考え、まずオスの貪食ミクログリア増加の原因から探っている。

その結果、オスでは2種類存在するカンナビノイド受容体(大麻成分に対する受容体)の両方に結合するリガンド2-arachidonoylglyucerol (2-AG)がテストステロンによって扁桃体内で上昇していることがわかった。そして、この2AGによりオスのミクログリアの貪食活性が上がることを示している。

そして驚くことに、貪食活性が高まったミクログリアは、なんと新生児脳で発生してきたばかりの神経細胞を食べてしまう。この結果、オス、あるいはテストステロンを投与されたメスでは新しくできた細胞が減ることになる。

新生児期に分化してきた細胞の運命を調べると、そのほとんどが扁桃体の背側後方のアストロサイトへと分化することがわかる。実際、ミクログリアに貪食された細胞はアストロサイトの分子マーカーを発現している。

この結果、テストステロンの作用を受けた扁桃体ではシナプスの形成に関わるアストロサイトの密度が低下し、その結果神経活動が高まり、メスより活発に他の個体と遊ぶ行動につながっている。

話は以上で、テストステロンだけでなく、カンナビノイドの促進剤や、阻害剤で扁桃体のミクログリアの活動を調整できることや、発生したばかりの神経細胞の貪食シグナルを抑制することで、アストロサイトへ分化する細胞が貪食されることがオスとメスの差になっていることも示している。大変意外なシナリオだ。

しかし、ミクログリアの活性だけで、新生児期の脳構造が変化するとは、大変面白い話なのだ。しかし脳のどこででも起こるのではなく、扁桃体など極めて局所的にだけ起こるようだ。一方、テストステロン、ミクログリア、神経幹細胞、アストロサイトと役者を見ると、脳のどこにでもいていいはずで、なぜこのような特異性が出るのか、まだまだシナリオは完成できていないと思う。この論文も、性ホルモンの作用が細部に及ぶことを教えてくれた。

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