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自閉症の科学37: 父親の精子に見られる遺伝的変異のモザイク

2020年1月27日
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今日の話も一般の人には少し難しいかもしれないが、なるべくわかりやすく説明するのでお付き合い願いたい。

私たちのNPOで患者さんの団体の支援経験が最も長いのは藤本理事で、各団体に属しておられる患者さん一人一人についても本当によくフォローしている。あるとき彼から、日本だったか外国だったか、FOPの患者さんが2人おられる家族の話を聞き、驚いた。全身に骨ができてしまう病気FOPは山本育海さんを通して私たちも接点がある病気だが、通常の遺伝疾患ではなく、その証拠に両親には同じ遺伝変異は存在しない。おそらく父親の精子(理論的には母親の卵子も除外できないが)が作られる過程で新たな変異が起こることで発生する病気だ。従ってランダムな変異が独立に起こったとすると、2人の患者さんが一つの家族に発生することは奇跡に近い。またそう思うからこそ、患者さんのご両親から「もう一人子供が欲しいのだが同じ病気にならないだろうか?」と聞かれた時、全く心配せず妊娠していいですよと答えていた。

ただ、この様な奇跡が起こる可能性が一つ存在する。それは、生殖細胞が発生する過程の比較的早い時期に突然変異が発生し、正常の生殖細胞(精子や卵子)と変異を持った生殖細胞が一定の比率でずっと体内で維持される場合だ。この様な状態をモザイクというが、同じことは他の臓器でも見られる(図1)。

毎日作り続けられる精子の場合、生まれた後の精巣で起こる精子形成過程で変異が起こって、その精子で受精した変異を持つ子供が生まれることがあるが(図では4型)、この場合は一回きりの変異でモザイクとして変異が維持されることはないので同じ変異を持つ子供が同じお父さんから生まれることはまずないと言っていい。一方、発生過程で精子を作る元の細胞(精原細胞と呼ばれる)ができるとき変異が起こると、発生段階のいつ起こったかによって様々な割合の変異細胞を持つモザイクになる(発生過程の早期に怒るほどモザイク率も上がる)。こうなると同じ変異を持った子供が、一定の確率で同じお父さんから生まれることになる。

藤本さんから聞いたFOPの子供さんが2人同じ両親から生まれたということは、卵子か精子の発生過程で変異を持つ細胞がモザイクになってしまったと考えることができる。この場合、卵子を調べるのは難しいが、毎日作られる精子なら子供が繰り返してFOPになる確率を計算することはできる。

今日紹介したいと思っている論文は、自閉症を例にこの変異精子のモザイク状態の関与を調べた研究で、Nature Medicine1月号に掲載された。モザイク状態自体は自閉症に限らないが、ぜひこの機会に「自閉症の科学」として学んでもらいたいと取り上げた。

自閉症が遺伝的背景を持つことはもはや異論がないと思うが、これまで例として見てきたFOPのように一つの遺伝子で病気が決まるのではなく、ほとんどの場合多くの遺伝子の機能の小さな変化が集まって形成される状態と見ることができ、極端に言ってしまうと性格の一つとすら考えられる。これら遺伝子の多くは両親から受け継いだものだが、FOPと同じで、自閉症児には存在し、両親には存在しない新しい変異が10−30%のケースで存在し、自閉症発症過程で最後の後押しとなっているのではないかと考えられている。

この子供だけに見られる新しい変異が、実際には両親の生殖細胞のモザイク変異から由来する可能性を調べるためには、これまで両親の血液細胞のDNA解析が使われてきた。血液細胞と生殖細胞が別れる前に変異が発生すると、この変異モザイクは血液にも生殖細胞にも維持されることから(図で言うと1型)、この場合血液細胞を調べるだけで十分モザイク度を算定できる。実際、自閉症の場合子供だけに存在すると考えられる変異の3.8%が、実際には両親のどちらかでモザイク変異として末梢血細胞で維持されていることが、血液のDNA検査から明らかにされた。さらに面白いのは、兄弟に同じ変異が見られる場合、なんと両親の血液のモザイク変異として検出される確率が57%に跳ね上がることがわかった。

実際、両親には存在しない変異が同じ兄弟に生じる確率は限りなく0に近い。しかし同じ変異が複数の子供に見られ、しかも両親には存在しない場合は、100%両親の生殖細胞がモザイクになっていると考えていい。

ではなぜ血液のモザイクとの一致が57%にとどまるのか?これは発生過程のいつ変異が起こったのかの違いで、血液がモザイクになっていても精子や卵子がモザイクになっていない場合、あるいは逆も存在するためで(図で変異が起こる時期として示している)、血液にはなく精子にある型(3型)の場合は、血液検査ではモザイクが見落とされる。そのため実際に変異を持った子供が生まれるリスクを正確に判定するためには、生殖細胞で検討することが必要だ。

今日紹介する研究は、6人の自閉症児とその家族の参加を得て、子供だけに見られる変異をまずリストして、これらの変異がお父さんの精子、あるいは血液でモザイクとして存在しているかを調べた研究だ。

この論文の結論は自閉症には限らないので、一般的な話としてまとめ直してみると次のようになる。

  • 子供に見られる新しい遺伝変異の2.5%が父親の精子や血液のモザイクとして検出できる。
  • 血液と精子を比べると、両方の組織でモザイクになる場合が多いが、精子だけで見られる変異(3型)も多い。従って、血液細胞でのモザイク検出だけでなく、精子のDNA解析を行うことが、変異を持つ子供の発生リスクを算定するために重要。

ということになる。

結論としては、もし変異を持つ子供が生まれた時、これが一回きりの変異か(4型)、それともお父さんの精巣で変異を持った精子が作り続けられているのか(1型と3型)は、精子のDNA検査で可能だという話になる。

では自閉症スペクトラムを持つ家族でこのお父さんの精子の検査がどれほど意味があるかと考えると、まだまだ専門的すぎて、誰もが調べられるという検査ではない。しかし、両親にはなくて、子供にだけ存在する遺伝子変異の中には、両親の生殖細胞の中にモザイクとして維持されているものがあることを知っていてもいいのではないかと紹介した。

1月27日 CAR-Tのイノベーション(1月24日号 Science 掲載論文)

2020年1月27日
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CAR-Tを固形ガンにも使うための研究が続いているが、抗原については胎児期に強く発現するClaudin6,Claudin18,mesothelinなどが現在有望な抗原として、基礎・臨床研究が進んでいる。一方、CAR-Tの増殖を助ける様々な方法も開発されており、一つの例が山口大の玉田さんらのIL−7とCCL19を導入したCAR-Tだろう。ただこれらはほんの氷山の一角で、免疫系についてのあらゆる知識をCAR-Tに詰め込もうと、様々な研究が進んでいる。

今日紹介するドイツのBioNTechという会社からの論文は、動物実験段階とはいえ、免疫系の特徴をうまく生かしてCAR-Tをよりコントロール可能にした期待できる技術についての研究で1月24日号のScienceに掲載された。タイトルは「An RNA vaccine drives expansion and efficacy of claudin-CAR-T cells against solid tumors (RNAワクチンは固形がんに対するclaudin CAR-Tの増幅を誘導する)」だ。

この研究の目的は2つ。一つは固形ガンに対するCAR-Tの抗原としてClaudin6およびClaudin18が使えないかという検討と、もう一つが抗原をコードするmRNAをリポソームに入れて注射して、CAR-Tの増殖を人為的にコントロールできないかという検討だ。

まず、Claudin6が正常の組織ではほとんど発現しておらず、一方多くの卵巣ガンでは強い発現が見られることを示し、Claudin6を発現したヒトの卵巣ガンを人間のT細胞から作成したCAR-Tで消滅させられることを示している。

次に、このCAR-T細胞を、ガンではなくclaudin6抗原mRNA を詰めたリポソームを注射することで増殖を調節できるか調べている。結果、リポソームはリンパ組織の樹状細胞やマクロファージに取り込まれ、そこでclaudin6が発現し、CAR-T細胞の増殖を誘導することを示している。

重要なのは一回の注射で、2週間目をピークとするCAR-Tの増殖が見られるが、その後CAR-T細胞数は増殖しなくなることから、CAR-Tが普通のT細胞と同じ様に振舞っていることを示している。そこで、注射するCAR-T細胞数を1000個にして同じ実験を行ったところ、抗原を2回注射することで十分な数が得られることから、CAR-Tの数が少ない場合でも、抗原注射を行うことで治療を続行することが可能であることを示している。さらに抗原を注射する間隔を長くしても、抗原注射でCAR-Tが再び増殖することから、記憶細胞として組織で待機する可能性も示している。

また、CAR-Tにつきもののサイトカインによる副作用も、抗原刺激依存性に起こるので、ガンだけでなく抗原刺激を別ルートで行えることのアドバンテージを示している。

以上の検討の上で、Claudin6発現の卵巣ガン細胞、およびclaudin18を発現する直腸ガン細胞で、CAR-T治療を行い、抗原注射を加えることでガンをより高率に除去できること、また再発が見られても抗原を再投与することでガンの増殖を抑制できることを示し、CAR-Tの数を常に一定の数に保つことの重要性を示している。

結果は以上で、特に目新しいというより、いくつかの技術を組み合わせた技術だと言える。ただ抗原を使ってCAR-Tの増殖を調節するのはシンプルなので使いやすいと思う。同じ戦略は現在進められているCD19を用いたCAR-T治療にも使えるだろう。小児の白血病の場合、最初に徹底的に叩くことは重要で、今後期待される。もちろんClaudinを抗原にすることも今後さらに進むだろう。特に治療の難しいすい臓ガンにはClaudin18が発現していることが多い。

実際には、claudin遺伝子が本当に他の細胞で発現しないか心配な点もあり、マウスでの結果がそのまま応用可能かわからないが、治験が進むことを期待したい。

カテゴリ:論文ウォッチ
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