8月3日 バーコード組織学を駆使してアルツハイマー病に迫る(8月20日号 Cell 掲載予定論文)
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8月3日 バーコード組織学を駆使してアルツハイマー病に迫る(8月20日号 Cell 掲載予定論文)

2020年8月3日
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この10年の生命科学の進歩を振り返ってみると、核酸バーコードを用いる様々な技術の発展が大きな役割を果たしていることがわかる。もっともポピュラーな例がsingle cell RNA sequencingで、一個一個の細胞のRNAを異なるバーコードがついたプライマーで増幅することで、回収した全ての配列をシークエンスしても、後からその配列がどの細胞由来か特定できる。この結果、一個づつ細胞を処理しライブラリーを作るという、職人技が必要なくなった。

これと並行して進んだのがバーコード組織学で、この概要については吉田さんとYoutubeで解説した(https://www.youtube.com/watch?v=k4YMvL46ksQ&t=573s)。とはいえ、実際にこれらの技術を用いた研究が論文として発表されるまでには時間がかかる。

今日紹介するLeuvenカソリック大学とUniversity College of Londonからの論文は、以前紹介したスライドグラスにバーコードのついたプライマーを貼り付けたスポットを並べてその上に組織を重ねることで、組織の位置情報を回収したRNAにつける方法(https://aasj.jp/news/watch/5490、https://aasj.jp/news/watch/9926)と、組織上で、細胞が発現している複数の遺伝子を、バーコード化したプローブとin situでバーコードの配列を読む技術(https://aasj.jp/news/watch/8740)を組み合わせて、アルツハイマーで見られるアミロイドプラークが周りの細胞にどのような変化を誘導するのか調べた研究で8月20日号のCellに掲載予定だ。タイトルは「Spatial Transcriptomics and In Situ Sequencing to Study Alzheimer’s Disease (空間的トランスクリプトームとin situシークエンシングをアルツハイマー病の研究に応用する)」だ。

タイトルからもわかるように、この研究の第一の目的はバーコード組織学手法を利用してみるということだ。その対象として選んだのがアルツハイマー病(AD)モデルマウスで、アミロイドプラークの周りの遺伝子発現を100ミクロンのスポットに分けて解析し、アミロイドにより誘導される変化を特定、そこから発見された遺伝子セットを今度は同時にin situシークエンシングを用いて細胞レベルの発現を調べ、両方のデータを合わせてアミロイドプラーク特異的作用を特定しようとしている。

よく読んでみると、組織情報を犠牲にしたscRNAseqと比べると、やはりキャプチャーできるRNAの数は限られており、tSNE展開した時の解像度は低そうだ。またin situ sequencingもまだ感度の点では改良の余地が大きそうだ。おそらく、これらのテクノロジーを使うためには、お金だけでなく、まだまだ熟練が必要だという印象を持った。

しかし組織情報を取り入れることで、アミロイドプラークの近くで誘導される変化をとらえることには成功しており、以下のような結果を得ている。

  • C1qをはじめとする補体系がアミロイドプラークに反応したミクログリアとアストロサイトのシグナル伝達に関わる。また、このカスケードは、やはりミクログリアから分泌されるAPOEにより調節される。
  • プラークの近くのオリゴデンドロサイトでミエリンに関わる遺伝子を中心に、変化が見られるが、プラークで誘導されたほとんどの遺伝子は、老化が進むと逆に発現が低下する。
  • 今回のマウスモデルと、ヒトでのAD組織を比べると、一致している点もあるが、変化する遺伝子の種類など、かなりの違いが見られる。おそらく、マウスモデルがプラークに対する純粋な反応を見ているのに対し、ヒトではTauの変化など多くの要因が重なった結果を見ているからと考えられる。

結論としては、アミロイドプラークは無毒化されたゴミではなく、局所で周りの細胞に明らかに悪さをしているということになるが、この結論より、バーコード組織学が実際に使われているのを実感できたことの方が、私にとってはインパクトが大きかった。

カテゴリ:論文ウォッチ