8月6日 Irish Travellers (Nature Medicine  7月号掲載論文)
AASJホームページ > 2020年 > 8月 > 6日

8月6日 Irish Travellers (Nature Medicine 7月号掲載論文)

2020年8月6日
SNSシェア

腸内細菌叢と健康の関係が示されて以来、様々な国民、民族の腸内細菌叢が集められ、比較されるようになった。これまで目にした論文から私が抱いているイメージは、同じ人の腸内細菌叢でも生活スタイルが変わると変化すること、民族性より、生活の都市化と細菌叢が関わること、都市化されない暮らしでは粗食でも細菌叢は豊かなこと、などだ。そして、なぜ原始的な粗食生活を送る部族の腸内細菌叢の種類が豊かなのか、秘密を解き明かすことの重要性を感じてきた。

今日紹介するアイルランド、コーク大学からの論文はIrish Travellersと呼ばれる都会の遊牧民とも言える人たちの腸内細菌叢を調べて、工業化と細菌叢との関係を調べた論文で7月号のNatureに掲載された。タイトルは「Microbiome and health implications for ethnic minorities after enforced lifestyle changes (少数民族の生活スタイルの変化による細菌叢と健康の変化)」だ。

この論文を読むまで全く知らなかったが、アイルランドには一般社会から離れてキャンプ生活を送る少数民族が何世紀にもわたって存在しておりIrish Travellersと呼ばれている。その生活のレポートはNational Geographicの写真から窺えるが(https://www.nationalgeographic.com/photography/proof/2016/08/irish-travellers-uphold-the-traditions-of-a-bygone-world/)、イメージとしては欧州のジプシーを考えてもらえばいいと思う。ただ、遺伝的にはアイルランド人で、アイルランド内で一般社会から分離し、放浪生活を行っている。写真からもわかるように現在はキャンピングカーで放浪しているが、徐々に一定の地域に定着をはじめ、さらにはキャンピングカーを離れて自宅を所有するようになったグループも存在するようだ。

この研究では定着性の観点からIrish Travellersを3群(自宅を持つ群、子供時代に放浪していたが現在は定着している群、そして成人した後も放浪している群)に分けて、腸内細菌叢を調べている。

結果は驚くべきもので、Irish Travellersを生活スタイルで選り分けた3群では、それぞれ特徴的な腸内細菌叢を持っていることがわかった。そこで、世界中の細菌叢データベースと比べると、Irish Travellersは工業化先進国と、アフリカやポリネシアの非工業化途上国とのちょうど中間に分類されること、そしてIrish Travellers の3群は、非工業化から工業化の道筋の中間で、定着化により工業化への道を進んでいることが明らかになった。

すなわち、Irish Travellersが、工業化社会により起こる細菌叢の変化を研究するモデルとして最適な集団であることが示された。

実際、細菌叢から比較的正確に生活スタイルを予測できることから、今後どの生活様式が定着、工業化で変化したのか研究が進むと思う。もちろん初期的な相関解析を行っており、定着しているかどうか、子供の数、WHO精神健康指標、ペットの数などが強く相関することを示しているが、それぞれの要素間で相互作用があるため、詳しい相関解析は今後に待つ必要があると思う。

しかし、細菌叢を単純な健康指標として表面的に考えないことがいかに大事かを示す面白い論文だと思う。腸内細菌民俗学も面白そうだ。

カテゴリ:論文ウォッチ