8月27日 ゲノムから見るダニの生態 (9月3日号 Cell 掲載予定論文)
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8月27日 ゲノムから見るダニの生態 (9月3日号 Cell 掲載予定論文)

2020年8月27日
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10年前まで、動物や植物の全ゲノム解析はトップジャーナルに掲載されるのが普通だった。しかし、それ以降はゲノムを解析したというだけでは専門誌に回され、トップジャーナルに掲載されるためには、ゲノムから読み取れる面白いストーリーを示す構想力が必要になっている。

今日紹介する中国のダニゲノムコンソーシアムからの論文は、住環境が近代化した今でも私たちを悩ませているダニのゲノムを比較し、地域の環境とそこに生きる人間や家畜に合わせて進んできたダニの進化について、面白いストーリーに仕上げた研究で、めでたく9月3日号のCellに掲載される。タイトルは「Large-Scale Comparative Analyses of Tick Genomes Elucidate Their Genetic Diversity and Vector Capacities (ダニゲノムの比較解析により遺伝的多様性と病原体媒介能力の関係が明らかになる)」だ。

この研究だが、ストーリーという点では、まず今も私たちの身近に存在し、医学的にも重要なダニを対象にした点、そして中国という広い国土のダニ分布マップを作成し、そのゲノムから細菌、動物、家畜、人間などのダニと関係する様々な生物を考え直した点、そして吸われる側から是非共知りたい吸血能力について詳しく解析している点がハイライトだろう。

日本で問題になる家ダニは、ツメダニとチリダニのことだが、この研究で対象にしたのは動物の血を吸う6種類のダニ(シュルツェマダニ、フトチゲマダニ、カクマダニ、Hyalomma asiaticum, クリイロコイタマダニ、オウシマダニ)で、長い遺伝子長を解読できるPacBioと普通の次世代シークエンサーを組み合わせて、まず全ゲノムのレファレンスを作成し、それに基づき、中国全土から採取した600個体を越すダニの全ゲノム解析を行い、そこから何が読み解けるのかストーリーを提示している。

今後の研究には、それぞれの種のゲノム構造も重要だが、それぞれの種の系統関係以外は、専門外には退屈だと思うので、面白いストーリーだけをピックアップして紹介する。

  • まず吸血性だが、血を吸って生きるように遺伝子が変化していることがわかる。すなわち、様々な動物の血液を栄養源とすることから、ヘムを細胞内に輸送するシステム、凝血を防ぐペプチド分解酵素システム、解毒のためのシステムに関わる遺伝子が拡大している。さらに面白いのは、ヘモグロビンをふんだんに摂取することから、ヘムタンパク質の代謝に関わる独自の遺伝子群をほとんど失っていることだ。また、様々な動物に取り付いて生きるため、他の節足動物とは異なる独自の自然免疫システムを発展させている。
  • さらに、吸血時にこのようなシステムに関わる遺伝子を動員する転写システムが存在し、例えば血を吸い始めるとTMPRSS6セリンプロテアーゼの転写は3倍から、種によっては100倍近く高まる。
  • このような動物の血液を栄養に変える遺伝子数が多いほど、様々な動物に取り付いて生きることができ、結果広い範囲に分布している。一方、寄生する動物が限られているダニでは、ペプチダーゼや解毒システムに関わる遺伝子数は低下するが、吸ってもいい血液を区別するセンサーを発達させている。

以上、読めば読むほど吸血のためによくできているなと思うが、この論文では遺伝子操作で確かめることは全く行われていない。

チリ的分布で面白いのは、様々な環境に対応できる種が広く分布していることで、中国で広く分布しているフタトチゲマダニは、何とニュージーランドから鳥に乗ってやってきたようで、最初から適応力が高い。

一方ほとんど同じ動物に寄生するオウシマダニも中国南部では広く分布するが、ホストが限られることから、それに適応した結果、各地のオウシマダニを比べると遺伝的な多様性が見られる。

そして医学的に最も重要な、ダニが持っている細菌叢を調べると、それぞれの種が持っている細菌叢は多様だが、最近の多様性と病原媒介能力とは必ずしも相関するものではなく、リケッチアなど個々の病原菌との関係が最も重要であることも示している。

読んでみると、近代化された生活でもしぶとく人間の生活に取り付くダニのしぶとさがよくわかる論文だが、残念ながら面白い話というだけで、深みはあまり感じられなかった。

カテゴリ:論文ウォッチ