8月30日 自由行動の研究を可能にする光遺伝学(8月19日発行 Neuron 掲載論文)
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8月30日 自由行動の研究を可能にする光遺伝学(8月19日発行 Neuron 掲載論文)

2020年8月30日
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光遺伝学により、特定の場所の神経集団の記録や刺激が可能になって、動物を生かしたまま様々な行動の神経回路を調べることが可能になった。それでも、通常の光遺伝学ではマウスは光ファイバーで繋がれており、どうしても自由が制限される。この点を改善しようと様々な方法が開発されており、以前鉄と結合するフェリチンと、トルクを感じて開くTRPV4を結合させ、磁石で鉄が引っ張られると興奮するというエレガントなシステムを用いて、ドーパミンによる褒賞回路の刺激を磁石によりOn/Offする系を紹介したことがある(https://aasj.jp/news/watch/4961)。 ただ、すでに4年以上経つがそれほどポピュラーになっていないのは、この系を必要とする研究が少ないことと、トルクを発生させるのに強い磁場が必要で、ケージの中で自由に行動している場合、スウィッチコントロールが難しいからだろう。

今日紹介するイスラエルワイズマン研究所からの論文は神経刺激にはこれまで通り光を使うが、ファイバーにつながった光源と磁気に反応するリードスイッチを用いて、自由に行動しているマウスでの脳内に、必要な時に光を点滅させる方法を使って、オキシトシン分泌神経を刺激した研究で8月19日号のNeuronに掲載された。タイトルは「Wireless Optogenetic Stimulation of Oxytocin Neurons in a Semi-natural Setup Dynamically Elevates Both Pro-social and Agonistic Behaviors(半自然的実験環境で行動するマウスのオキシトシン神経をワイヤレス光遺伝学刺激使って刺激することで社会的と同時に敵対行動も高める)」だ。

この研究が面白いのは、磁石でコントロールできる光遺伝学システムを全て手作りで構築している点だ。言われてみれば、光ファイバーからLEDライト、リードスイッチなどは例えば秋葉原に行けば皆揃うだろう。これを見ると、光遺伝学も随分成熟し大衆化した技術になったと感慨が深い。

この研究で光遺伝学的に刺激対象にしたのが視床下部の室傍核にあるオキシトシン分泌神経で、比較的自由に動ける環境でオキシトシンの分泌を誘導することで、内因性のオキシトシンの行動への影響を見ている。

また行動時にオキシトシン神経に入力される自然の刺激への反応を見るために、光遺伝学で神経興奮を完全にコントロールするのではなく、自然の反応への閾値を下げるためのStep-Function Opsinを用いて行動実験を行なっている。

オキシトシンは他の個体に対する社会性を高めるということで自閉症の治療にも使われているという点で、行動操作研究の格好の対象といえ、この選択はよく理解できる。ただ、最近の研究でオキシトシンは必ずしも社会性を高めるだけでなく、状況によっては反社会的な行動も高めることが知られるようになった。

そこで新しい技術を使って、自由に行動するマウスのオキシトシン閾値が下がったらどうなるかを調べている。

詳細は省略して結果をまとめると、

  • 大きなケージ内で縄張り意識を獲得させた後、他のマウスと出会った時の攻撃性を調べる実験を行うと、オキシトシン神経の興奮を高めると攻撃性は強く減少し、この変化はオキシトシン受容体の阻害で元に戻る。
  • 一方、餌場や水場を他のマウスと共有する半自然的環境で同じ実験を行うと、向かい合ってコンタクトをとる社会的行動も、逆にお尻を追いかける反社会的行動もオキシトシンにより増強することが明らかになった。

以上の結果は、オキシトシンを社会性ホルモンと決めつけるのは問題で、おそらく様々な社会行動を際立たせる効果を持つと考えた方が良いことを示唆している。もちろん、尻を追いかけ回すことも、ある意味では社会性が高まると言えなくはないので、自閉症をオキシトシンで治療するアイデアは今も間違っていないと思うし、今回示された友好的、敵対的を問わず社会との関係が高まるなら、より期待が持てるように思うが、将来は深部脳刺激と同じように、オキシトシンの閾値を下げる治療もあるかもしれないと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ