リンパ球が20種類を越すサブセットに分かれて、免疫の微細な調節が行われており、その中一つがチェックポイント調節であることは、かなり広く知られるようになった。しかし、白血球となるとついつい単球、好中球、樹状細胞ぐらで済ましてしまう傾向があるが、実際には単球にも様々なサブセットがあり、免疫反応や炎症に異なる役割をしていることが明らかになってきている。例えば最近の新型コロナ感染でいうと、non-classicalと呼ばれる単球が低下し、好中球から吐き出されるcalprotectinが高い人は高率に重症化することが示されており、これまでこのブログでも強調してきたような細胞性免疫だけを見ていると、思わぬ落とし穴に落ちる可能性を示唆している。要するに、感染症の理解は一筋縄ではいかない。
同じように、チェックポイント治療で一躍主役に躍り出たガンに対する免疫反応も、周りに存在する白血球により強く影響されていることがわかっている。例えばCSF-1受容体を阻害して単球の増殖を止めたり、腫瘍局所への単球の移動を止めると、チェックポイント治療の効果が高まることが明らかにされ、治験まで進んでいる方法も多くあると思う。
今日紹介するワシントン大学からの論文は単球による腫瘍免疫の抑制効果のシグナルとして、マイクログリアの活性化因子として知られているTREM2が関わることを明らかにした研究で8月20日号のCellに掲載された。タイトルは「TREM2 Modulation Remodels the Tumor Myeloid Landscape Enhancing Anti-PD-1 Immunotherapy (TREM2シグナルを偏重すると腫瘍組織の顆粒球の状況が変化して抗PD-1免疫治療効果が高まる)」だ。
この研究はTREM2ノックアウトマウスに肉腫細胞株を移植すると、正常に比べて腫瘍の増殖が低下し、この低下がCD8陽性キラーT細胞の作用を介していることの発見に始まる。
この原因を調べるためにsingle cell RNA sequencingを用いて腫瘍組織に浸潤する顆粒球系細胞の種類を調べると、正常マウス腫瘍組織で見られる単球のサブセットが大きく変化し、その結果T細胞やNK細胞の浸潤が高まることがわかった。さらに、抗PD-1抗体をノックアウトマウスに投与すると、腫瘍の増殖が完全に抑制されることも示している。ただ、残念ながらこの研究ではなぜTREM2シグナルが欠損すると、このような変化が起こるのか、またなぜTREM2が腫瘍組織で免疫を抑制するタイプの細胞浸潤を誘導するのかについては、全く解析できていない。
その代わりに、ノックアウトの代わりに抗TREM2抗体を作成して、抗TREM2抗体と抗PD-1抗体を組み合わせたガン治療の可能性を探り、TREM2抗体でもノックアウトマウスと同じようなガン浸潤白血球の状況を変化させ、肉腫モデルではほぼ全てのマウスでガンを除去することに成功している。
最後に、人間のいくつかのガンのバイオプシー標本の免疫組織学をおこない、TREM2が浸潤マクロファージ特異的に発現しており、ガン自身では発現がみられないことを確認したあと、様々なガンのデータベースを用いてTREM2の発現と予後との関係を調べ、TREM2の発現がガン組織で高いケースでは、ガンの予後が悪いことを明らかにしている。
以上、TREM2に対する抗体も、ガン治療の新しいレパートリーに加わった。手段が増えることは良いが、本当に適正価格の治療が実現できるのか少し心配になる。