11月2日 実験条件からわかる新型コロナウイルス感染の複雑性(10月26日Natureオンライン掲載論文)
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11月2日 実験条件からわかる新型コロナウイルス感染の複雑性(10月26日Natureオンライン掲載論文)

2020年11月2日
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「新型コロナウイルス」Cov2)は変異し易く、ワクチンも効かないのでは」とよく聞かれるが、インフルエンザなどと比べてCov2はゲノムが大きく、多くの機能を兼ね備えているので、変異は死活問題になる可能性が高く、これを克服するためにゲノムを正しく複製できたか調べるプルーフリーディングの機構を持っており、変異の頻度は他のRNAウイルスと比べると低いと考えられる。

Cov2は変異が速いという心配が一般に広まっている最大の理由は、ウイルス感染に重要なスパイクタンパク質に起こった変異が、3月以降世界中を席巻したというおそらく米国ロスアラモス研究所からCellの8月号に掲載された論文のせいではないかと思う。

さらにD614G変異はfurinによるスパイク処理を高め(https://aasj.jp/news/watch/13302)、感染性も高まるという論文がメディアで紹介され、高い変異性というイメージが一般にも広く行き渡った様に思う。

ただ、このD614G変異の臨床的意味を明確にするためには、既に示されたデータに素直に納得しないで、できる限り臨床条件に合わせた感染実験が必要になる。今日紹介するテキサス大学ガルベストン校からの論文はこの課題にチャレンジした研究で、実験をやり直すことで多くの発見があることがよくわかる研究だ。タイトルは「Spike mutation D614G alters SARS-CoV-2 fitness(D614Gスパイク突然変異の適合性)」で、10月26日Natureにオンライン掲載された。

感染性を調べるために、他の安全なウイルスにスパイクだけを導入した実験系がよく使われるが、この研究では最初からスパイクだけで異なる二種類のCov2(D624とG614)を準備して完全を目指している。

次に、感染実験によく使われるVeroE6(猿の腎臓細胞由来)細胞の代わりに、ヒト肺胞上皮由来細胞を用いて感染実験を行ない、確かに変異型ウイルスの方が細胞を殺すプラーク法で2倍程度感染性が高まっていることを確認している。この実験の過程でVeroE6で増殖させたウイルスは、ヒト肺上皮細胞で増殖させたウイルスと比べると、2つのペプチドに切断される効率が3割ほど下がっており、ウイルス回収量が多いからといって、VeroE6をウイルス回収に使っていいのか疑問を投げかけている。

さらに、スパイク分子の切断効率が変異型で上昇しているという考えが広く受け入れられる様になっていたが、ヒト肺上皮細胞から回収したウイルスでは、このサイトの違いで差はほとんど見られていない。

ただウイルス感染は極めて複雑な過程で、ウイルスを別々に感染させる実験では正確にウイルスの優劣をつけにくい。この研究では、正常の肺上皮細胞培養に、1:1に混合した2種類のウイルスを感染させ、その後細胞から回収できるウイルスの種類を調べる実験を行って、この問題にチャレンジしている。別々に感染させる実験では高々2倍程度の差が見られるだけだが、この様な実験条件では、なんと感染後5日目には変異型のウイルスの比が13倍以上なっていることを確認し、このウイルスがヒト肺上皮に関しては、遥かに適合していることを明確に示している。

 さすがに人間を使った感染実験はできないので、ハムスターを用いた感染実験も行っているが、感染初期の上部気道から多くのウイルスが回収される以外に、症状など大きな差を認めていない。感染性がそのまま病原性につながったわけではないこともわかる。

最後に、現在用意されている多くのワクチンはD614型を抗原に使っているので、誘導された抗体が変異型にも効果があるかどうかを調べている。面白いことに、感染ハムスターの血清の中和活性で見ると、変異型は確かに中和されにくい。一方、人間のモノクローナル抗体による中和活性を調べると、両者にほとんど差はなかった。

以上、モデル実験システムを実際の臨床の条件に近づけることの重要性がよくわかる論文だ。実際、中和抗体の実験や、感染性ウイルス回収実験など、スーパースプレッダーも含めて、臨床的な多くの課題を説明できるヒントが多く含まれている様に思う。ぜひ現場の医師たちにも読んで欲しい論文の一つだ。

カテゴリ:論文ウォッチ