11月17日 長期記憶を支えるメカニズム(11月11日 Nature オンライン掲載論文)
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11月17日 長期記憶を支えるメカニズム(11月11日 Nature オンライン掲載論文)

2020年11月17日
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だれにでも、正常な認知機能が維持される限り一生涯続く記憶があると思う。実際、70を越した今でも、幼稚園や小学校時代の記憶がふっと頭に浮かぶことがある。知っている限りの乏しい知識をもとに考えると、この様な長期記憶が成立するためには、一部の神経細胞が持続的な変化、発生学上の分化を遂げる必要がある。これにより神経ネットワークの構造が持続的に変化することになるが、発生と同じでシナプス自体の形態変化を伴う分化が起こっている。

などとわかった様な気になっても、実際特定の記憶を長期に維持するために変化した細胞を捕捉することは簡単でない。今日紹介するスタンフォード大学からの論文は、長期記憶に関わる細胞分化を遂げた脳細胞を特定し、どの様な分化が起こっているのか調べた研究で、11月11日Natureにオンライン掲載された。タイトルは「Persistent transcriptional programmes are associated with remote memory (持続的な転写のプログラムが長期記憶に関わっている)」だ。

なんとも平凡なタイトルだが、こんなことも実際には明らかにされていないという気持ちがこもっている様な気がする。カンデル以来、皆がわかっていると思っている記憶は転写プログラムの変化だということを明らかにするためには、まず長期記憶過程を支えるために機能的に変化した細胞を探し出す必要がある。いくら強烈な記憶だからと言って、動物の脳全体から見るとほんの一部の細胞でしかなく、機能的長期記憶細胞を他の細胞から区別して取り出せるのか?

この課題を、特別な部屋に入った時電気ショックを与えて強い恐怖記憶を誘発し、16日後に再度同じ部屋に入れて恐怖を思い出した時活動した細胞を、活動時に発現する様操作したタモキシフェン依存性Cre組み換え酵素を用いて、蛍光標識する、複雑な実験システムを用いて実現している。 

電気ショックを与えなかった群や、電気ショックだけの群など、様々な条件で標識を行い、最終的になんと1.5%もの細胞が標識されることを発見する。一回の記憶でこれほど脳細胞を使ってしまったら、足りなくなるのではと心配するが、様々な条件検討から、この中に長期記憶のために機能的に変化した細胞が存在することを確認している。

特定の経験についての長期記憶に関わる細胞を他の細胞から区別して取り出すことができたというのがこの研究のハイライトで、あとはこの細胞をFACSを用いてソートし、single cell RNA seqを用いて、細胞の種類、転写プログラムの特徴などを調べているただ、明らかになった転写プログラムと、長期記憶機能との関係が解明されたわけではないので、私が面白いと思った点だけまとめておく。

  1. 99種類の長期記憶に関わると考えられる分子の多くは、スパインと呼ばれるシナプス結合に関わる分子がリストされた。なかでも、フォスファチジルセリンレベルを調節して、小胞体の膜融合に関わる過程に関わる分子が目立つが、この過程はこれまでも記憶の固定に必須であることが知られている。
  2. これらの遺伝子発現には、共通の転写因子が関わると考え、シスモチーフを探すと、なんと低酸素で誘導されるHIF1βであることがわかった。最近海馬の記憶にもこの分子の関与が示されているので、HIFがどう関わるのか興味深い。
  3. 神経細胞だけでなく、アストロサイトやグリア細胞でも、神経細胞以上の数の分子の発現がプログラムされ直している。すなわち、我々の頭の中では、神経だけでなく、神経を支える細胞も変化し、記憶を維持している。実際、アストロサイトと神経の間で、neurexin1とその受容体neuroligin-1の相補的セットが誘導されており、長期記憶過程で相互作用が高まることがわかる。面白いのは、ミクログリアでは自然免疫に関わる分子が高まっており、これが何を意味するのか興味が湧く。

以上が結果で、まず入り口に到達したという話だ。今後、特異的分子の組織内発言、ATACseqなどを用いたsingle cellレベルのエピジェネティック過程、遺伝子ノックアウトを用いる機能研究など、新しい分野が開かれたと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ