11月22日 母親のIgEが胎児に影響する(11月20日号 Science 掲載論文)
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11月22日 母親のIgEが胎児に影響する(11月20日号 Science 掲載論文)

2020年11月22日
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私たち人間が進化的に近いのは当然サルの仲間だが、このサルの仲間に最も近いのが最も実験動物として用いられるネズミだ。これがよくわかるのが胎盤で、ネズミと人間はよく似ており、機能的にも母親のIgGを子供に移行させるメカニズムを備えている。従って、胎児期から抗体を通した抵抗力を持つことができる。一方、多くの哺乳類では母親の抗体は生後母乳を通して初めて与えられる。本来胎児は無菌的で、母親に守られているのに、わざわざ早くから抗体がなぜ必要なのかよくわからないが、このシステムの問題として母親のアレルギーが、抗原とは無関係に子供に伝えられる心配がある。

しかしこれまでIgGが胎児に伝わることの問題は考えたことがあったが、IgEが子供に移行してアレルギーを起こす可能性は考えたことはなかった。今日紹介するシンガポールA*STARからの論文は、「どうして今まで問われなかったのだろう」と思ってしまう、母親のアレルギーの胎児への移行の問題を取り上げた研究で、11月20日号のScienceに掲載された。タイトルは「Fetal mast cells mediate postnatal allergic responses dependent on maternal IgE(胎児のマスト細胞は母親由来IgE依存的に生後のアレルギー反応に寄与する)」だ。

この研究ではまず胎児期の皮膚のマスト細胞の表面形質を調べ、一部の細胞が中途半端とはいえ発生とともに分化を始めていることに気づく。そして、この分化が母親から移行してきたIgEがマスト細胞に結合することで起こるのではないかと考えた。

そこで抗原特異的IgEをかなりの量(100μg)投与し、胎児の皮膚マスト細胞に注射したIgEが結合しているか調べると、はっきりと結合が見られ、IgEが結合したマスト細胞は対応する抗原にさらされると、脱顆粒を起こしてアレルギー反応を起こすことを確認している。また、これは胎児期だけでなく、胎児期に母親から移行したIgEは生後もマウス皮下マスト細胞に保持され、最終的に皮膚の接触過敏症を引き起こすことを明らかにする。

この移行はIgGと同じ胎盤に発現しているTcRN受容体を介して起こることや、生後1ヶ月に渡って母親のIgEが保持され、アレルギー反応に関わる可能性があることが示されているが、詳細は必要ないだろう。

大量のIgE抗体を母親に注射しており、この結果を額面通り受け取っていいのか懸念はあるが、可能性としては母親のIgEが移行することは間違い無く、条件によっては子供にアレルギーが移ることもわかる。実際同じことが人間でもありうるのか、人間の胎児皮膚や肺のマスト細胞を分離して検討し、マウスと同じ様にマスト細胞の成熟が起こっており、表面にIgEが結合していることも確認しており、母親からアレルギーが移る可能性を今後考慮すべきだと結論している。

今後多くの新生児をこの可能性を頭に見直すことが重要になると思うが、何故こんな危険なシステムが淘汰されずに残っているかも面白い点だ。この論文では出産時の産道感染から皮膚を守ることが一つの要因だと議論しているが、この論文を読んで私の頭に浮かんだのは、阪大病理の教授をされていた北村幸彦先生の実験だ。

北村先生は、現在同じ阪大病理の仲野さんの先生で、マスト細胞発生や病理の世界のリーダーだった研究者だ。ただ破天荒な性格で、決してオーソドックスでは無く、工夫に満ちた多くの実験を発表されている(仲野さんのキャラクターの一部は、こんな北村先生由来かもしれない)。中でも私の印象に残っているのは、マスト細胞の欠損マウス皮下にマスト細胞を注射し、その上に小さなケージを置いてダニを数匹飼う実験で、マスト細胞が存在するとダニの吸血能が抑えられるという実験だ。

皮膚にケージを置くなどなんとキュートな実験かと感心するが、この結果を考慮すると、生まれた時から皮下に成熟マスト細胞が存在するのは、ダニやノミから子供を守るためだったという可能性が私には最も納得できる。ただ清潔な環境で生きる様になった人間の子供には、この防御機構がアレルギーとして見えてしまうだけのことだ。ぜひ北村先生の意見を伺ってみたい。

カテゴリ:論文ウォッチ