1月10日 指紋の型を決める機構(1月6日号 Cell 掲載論文)
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1月10日 指紋の型を決める機構(1月6日号 Cell 掲載論文)

2022年1月10日
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個人の特定に現在利用されるのは、ゲノム、指紋、そして顔認証の3種類が中心だ。今でこそ監視カメラなどの顔認証技術が進んだおかげで、顔認証は法的にも利用されるようになったが、少し前まではゲノムと指紋が主流だった。ゲノムは当然として、なぜ指紋を顔認証に匹敵する個人認証に使えるのか、その成立の仕組みはよく分からなかった。

今日紹介する上海・復旦大学からの論文は、四肢形態形成に関わる遺伝子群が、指紋パターンの形成にも関わることを様々な角度から示した面白い論文で1月6日号のCellに掲載された。タイトルは「Limb development genes underlie variation in human fingerprint patterns(四肢形成遺伝子が人間の指紋パターンの多様性に関わる)」だ。

個人を特定できる指紋といえども、完全にランダムに形成されるわけではない。この分野の研究者によると人間の指紋は大きく6種類にわけられる(例:https://www.researchgate.net/figure/Major-Fingerprint-Types-Whorl-Arc-Tent-Right-loop-Left-loop-and-Double-Loop_fig1_289246081)。この研究では、それぞれの指紋型を持つ人のゲノム解析を行い、それぞれの型に相関するSNPを探索している。

詳細は省くが、これまで知られていた毛根や汗腺の発生に関わるEDARの様な、皮膚上皮に発現する遺伝子領域だけでなく、四肢の発生に変わる様々な遺伝子領域のSNP(一塩基遺伝子多型)が特定された。これらSNPから想定される遺伝子ネットワークを調べると、SNPと相関している遺伝子の多くは、まさに四肢形成の中心を担う分子として研究されてきた、WntやSHH、さらにはNOTCHシグナルに関わる分子であることがわかった。すなわち、四肢発生過程の延長に指紋形成があり、逆に皮膚発生に関わる過程の分子の関与は少ないことが明らかになった。

このように、SNPリストはできても、指紋形成メカニズムをこのリストからだけで説明するのは難しい。この研究ではまず、両手の中指3本の指紋が良く似ていることに注目し、この共通のパターンと相関するSNPを詳しく解析し、骨髄性白血病の原因遺伝子として知られるEVI1の発現に関わるSNPを特定した後、今度はEVI1自体の指紋形成への関与について、一つのシナリオに到達している。

EVI1は完全欠損すると胎生致死に至る。そこで、Jumbo変異として知られる多肢形成が起こる変異をヘテロに持つマウスの発生を調べると、通常なら連続している指のシワが、断裂することを発見する。また、マウスや人間でEVI1発現を調べると、指紋が形成される前に、指の間質細胞で発現して、細胞の増殖に関わることが明らかになった。すなわち、四肢形成の過程で間質細胞に発現するEVI1の多様性が、間質細胞の分布パターンの多様性を誘導し、このパターンが指紋が維持されるための基盤になることを示している。

指の長さと、指紋のパターンを調べると、渦巻き型と強い相関が見られることから、発生時期の間質細胞の多様性が指紋形成だけでなく、手の形成全体に関わっており、指紋形成もその中の一つの変化として捉えられることを示唆している。

以上が結果で、間質細胞の増殖の仕方のムラによって、指紋の基礎が作られるという話は面白い。ただそれだけでなく、例えばEVI1発現を決めるSNPが指紋と相関することは、指紋から白血病リスクを予測したりする可能性すら示唆しており、さらには手相による占いの根拠にすら発展するかもしれない(?)。

カテゴリ:論文ウォッチ