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12月13日 新しい抗生物質耐性のメカニズム(12月9日 Science 掲載論文)

2022年12月13日
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コロナパンデミック以来、一般紙に掲載される感染症の数が確実に増えている。しかし、これは必要や政策だけの結果ではなく、感染症の研究が生物学的にもいかに面白いかがわかってきたからだろう。

今日紹介するハーバード大学からの論文は、抗生物質が開発されるまでは感染症の王者だった結核菌が抗生物質に耐性を獲得するときの、全く新しいメカニズムを明らかにし、治療にあたっての新たな注意を喚起した研究で、12月9日号の Science に掲載された。タイトルは「Tuberculosis treatment failure associated with evolution of antibiotic resilience(結核治療の失敗は抗生物質に対する快復力の進化に関わる)」だ。

治療する側から考えると、病原菌の進化はそのまま耐性菌の進化と重ねてしまうが、コロナパンデミックで分離されたウイルスからわかるように、病原体の方では少しでも生産性が上がるようにと、あらゆる進化が進んでいる。この研究ではまず、結核菌の進化に関わるゲノム変化を、世界中の5万人の結核患者さんから分離した結核菌の遺伝子配列から特定しようと試みた。

現在では結核と診断されれば治療が行われているので、当然結核菌の進化としてリストされてくる多くの遺伝子変化は、様々な抗生物質の標的分子に直接関わっている。しかし、それ以外にほぼ半数の変化は、抗生物質耐性には直接関わらない。

この研究では強い選択圧が働いているが、直接薬剤耐性に関わらない遺伝子リストのトップランクの中から、彼らが resR と名付けた転写因子を選んで、その機能を調べている。

予想通り、様々な抗生剤に対する耐性はほとんど変化しない。しかし、抗生剤処理後の回復力を調べると、resR遺伝子の変異があると、抗生剤を生き延びた菌の快復力、また増殖力が著明に高まっていることをがわかった。

この形質変化の原因を探ると、細胞分裂や細胞のサイズを決定する転写因子 WhiB2遺伝子の転写を高め、抗生剤が洗い流されて増殖がスタートするときの増殖速度が高まることがわかった。また、WhiB2も結核菌の進化の過程で変異が蓄積していることも明らかになった。

この結果は、ガンの幹細胞のように静止期の細菌が存在し、これが抗生剤の作用を生き残れると、今度は急速に増殖して個体数を高めていると考えられる。とすると、治療が中途半端に終わったばあい、このような変異体が増えてくる可能性が想定される。

そこで、開発途上国でよく行われる、治療期間をもっと短くする可能性を追求する治験研究を選び、治療後再発したケースについて結核菌の遺伝子を調べると、予想通りresR や WhiB2 の変異が蓄積することを確認している。

以上が結果で、結核の治療に関してはできるだけ治療期間を短くする方向で研究が進んできたが、抗生剤を問わず、薬剤をやめてからのリバウンド活性を上げる変異が現れることを考えると、この変異を組み入れた治験を行う必要がある。結核は決して終わった病気ではない。このような変化が蓄積してくると、とんでもない病原菌へと変化することすらある。ガンと同じで、十分治療を行い、菌の流通量を極力減らすことが重要だ。

カテゴリ:論文ウォッチ

12月12日 肉食の原生生物を調べてみたら新しい生物界を代表していた。(12月8日 Nature オンライン掲載論文)

2022年12月12日
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河川や海の水をすくい取って、そこに存在する DNAを全てシークエンシングして、生息する生物を DNAレベルから特定するメタゲノム解析は、地球上の微生物の多様性を改めて私たちに示してくれた。ただこの方法で新しく見つかるほとんどの生物は、デニソーワ人ゲノムと同じで、実物を見ることは出来ていない。

いかにしてメタゲノム解析から想定される微生物を特定するか、気の遠くなるような努力が行われている。一つの例が、2020年に紹介したわが国産総研が発表した Asgardアルケアの培養分離で、実に10年以上努力を重ねている。

今日紹介する論文は、なんとロシア科学アカデミーからの論文で、カナダ、英国、フランスなどとの共同研究だ。論文が送られたのが今年の6月と言うことで、まさにプーチンの戦争のさなかになるが、このような研究の今後がどうなるのか、複雑な気持ちになる。タイトルは「Microbial predators form a new supergroup of eukaryotes(肉食の微生物は新しい真核生物のスーパーグループを形成する)」だ。

他の真核生物を食べる原生動物として Ancoracysta twistaとColponema marisrubri が知られていたが、同じような肉食と言える原生動物を様々な場所から分離するのがこの研究の目的だ。

バクテリアを食べる真核生物をエサにして、培養を続ける方法で、6種類の新しい肉食原生動物を分離している。形態学や、真核生物を食べる様式の違いから、丸呑みをするNebulidia と食いちぎって食べるNibbleridia に分類している。形態学的には、相手を飲み込むための腹部の大きな溝が特徴になっているが、それ以外は鞭毛を使ってよく泳ぐ原生動物だ。

新しく分離した肉食原生動物のゲノムを解析すると(通常の方法では明確な分類が出来ず、早く進化する部分を除去して比較する site-elimination and alignment recoding approaches を用いて系統を決めている)、Colponema marisrubri が属するHaptista に近いが、完全に独立した界を形成していることがわかった。すなわち極めて古くから分岐した、動物界、植物界など、現在存在する10種類の界に新たに加わる界を形成する原生動物であることがわかった。

ゲノムの特徴は、機能的遺伝子に富むこと、及び界として独立していても、進化速度は遅く、その結果多様性に乏しい。しかし、海底5000mの沈殿DNAのメタゲノムから、世界中に拡がっていることも確認できる。

肉食からわかるように、蛋白分解酵素やリソゾーム分子に富んでおり、またおそらく餌を食べる過程を調節するカルシウムシグナル経路に関わる分子を多く持っていることが示されている。

そして最も面白いのが、キラーT細胞が相手を殺すために使うパーフォリン分子の持つアタックドメインを持つ蛋白質を多く持っていることで、この分子の進化を調べるための必須の生物であることがわかる。

他にも、ミトコンドリア遺伝子から核遺伝子への移行が遅いことなど、新しい界の特徴が上げられているが、省略する。

要するに、肉食原生動物を探していたら、新しい界を特定できたという話で、地球上にはまだまだ新しい生物が存在することを見事に示した研究だ。このような研究がロシアから共同研究の形で今発表されたことの意義は大きいが、今どうなっているのか?論文は6月に送られ12月にオンライン掲載される異例の早さだが、この早さも気になる。

カテゴリ:論文ウォッチ

12月11日 人工甘味料アスパルテームは不安神経症を誘導する(12月2日号 米国アカデミー紀要 掲載論文)

2022年12月11日
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以前、スクラロースやアスパルテームを摂取すると、細菌叢を変化させて、その細菌から出る物質がグルコース耐性能を低下させるという論文を紹介したことがある(https://aasj.jp/news/watch/2190)。この論文は細菌叢が代わったという点で意外性があったので騒がれたが、それ以外にも隠れた危険性を指摘する論文が発表されており、多くの飲料や食品に使われている人工甘味料をもっと規制すべきであると考える人は多い。

今日紹介するフロリダ州立大学からの論文は、アスパルテームが分解されて生成されるアスパラギン酸やフェニルアラニンが脳の扁桃体に作用して、不安神経症を誘導する可能性があることを示した研究で、12月2日米国アカデミー紀要に掲載された。タイトルは「Transgenerational transmission of aspartame-induced anxiety and changes in glutamate-GABA signaling and gene expression in the amygdala(アスパルテーム誘導の不安症と扁桃体のグルタミン酸-GABAシグナルの変化や遺伝子発現の変化は次世代にも伝わる)」だ。

米国ではおよそ5000種類の飲料や食品にアスパルテームが使われているようだ。特にダイエットやカロリー0をうたうためには必須の添加物になる。ただ、FDA は一日の最大使用量を規定している。

この研究ではマウスに換算して、FDA が決めた最大量の15%相当(カロリー0ソーダ缶の2-4本分)を、なんと18週間にわたって経口的に摂取させたという研究で、夏にちょっと一本といった量ではないことを断っておく。

アスパルテームは分解されるとアスパラギン酸、フェニルアラニン、アルコールに分解され、それぞれのアミノ酸は神経システムへの作用が知られているので、この研究では最初からアスパルテーム摂取の神経作用に絞って研究を行っている。長期に摂取を続けさせ、18週目にアスパルテームあるなしでマウスの行動を調べると、不安神経症が誘導されていることがわかる。そして、この不安神経症は、GABA受容体を活性化するディアゼパム投与で解消することから、GABAシグナル低下を介していることが示された。

これを確認する意味で、扁桃体での遺伝子発現を調べると、期待通りGABAシナプスシグナルに関わる分子の発現が低下、逆にグルタミン酸シナプスシグナルに関わる分子の発現が上昇しており、不安神経症を裏付けることがわかった。

これで一つの話にはなるが、この研究ではこの効果がエピジェネティックに遺伝子発現を変化させた結果で、当然脳にとどまらず生殖細胞でも同じ変化が誘導され、父親の精子を介して次世代に伝わるのではと着想、長期摂取させた父親の1世代、2世代目を調べている。結果だが、1世代目では扁桃体の遺伝子発現が変化し、不安神経症を発症するが、2世代目にはその効果は消える。いずれにせよ、次世代に伝わるエピジェネティックな変化が、行動異常の原因であると結論している。

結果は以上で、まずたまに摂取するという場合は全く問題ないが、毎日アスパルテームを含む食品を食べ続ける場合は、注意が必要になる。幸い、精子レベルで変化が見られるので、エピジェネティックな詳しい解析を行えば、人間でも同じことが言えるのかわかるように思う。難しいとは思うが、検討を進めることは重要だと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

12月10日 一般胃腸薬が新型コロナ感染予防に役に立つ?(12月7日 Nature オンライン掲載論文)

2022年12月10日
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久しぶりに Covid-19 の論文を紹介する。ケンブリッジ大学からの論文で、なんと普通に胃もたれを予防する市販薬として売られ、そのメカニズムも明らかな薬剤が、Covid-19 の予防に効果があるかも知れないという研究で、12月8日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「FXR inhibition may protect from SARS-CoV-2 infection by reducing ACE2(FXR阻害はACE2発現を減少させて SARS-CoV-2 感染から守るかも知れない)」だ。

おそらく胆管上皮の遺伝子発現を調べる目的だったと想像するが、胆管上皮オルガノイド培養で ACE2 の発現が胆汁酸により調節されていることを発見する。

胆汁酸は核内受容体FXR を介して作用することがわかっているので、ACE2遺伝子上流に FXR結合部位があるか染色体免疫沈降で確認した後、次に胆管上皮の ACE2発現を、市販薬としても使われている UDCA で抑制できることを明らかにする。

次に FXR による ACE2発現調節が他の上皮でも同じように行われるのか調べるため、気管上皮や消化管上皮のオルガノイドで調べると、UDCAで同じように抑制できる。

そこでオルガノイドを用いて、SARS-Co-V2 感染実験を行うと、上皮内の SARS-Co-V2 の増殖を抑えられることがわかる。また、ハムスターを用いた感染実験系でも、UDCA をあらかじめ投与したハムスターでは感染を強く抑えることを確認している。

後は人間でも同じことが言えるかで、移植出来なかった肺を用いた感染実験で、UDCA を血液に注入することで感染を抑えられることを確認した後、実際の臨床状態を、肝臓病で UDCA を投与された人と、投与されなかった人の入院や重症化の比率を調べると、入院比率は30%、ICU治療が必要になる確率は10%減ることを示している。

さらにこの結果を確認するため、肝移植を受け、2回ワクチンを受けた後感染した人の入院率や重症化率を UDCA投与有り無しで比べると、入院率が20%低下、重症化率が15%低下していることが明らかになった。

以上が結果で、驚くほどの効果ではないかも知れないが、我が国でも市販薬として手に入る UDCA に感染予防効果がある程度あることがわかった。UDCA は脂肪をとったときの胆汁による胃もたれや、場合によっては脂肪を抑えるサプリとして利用されていることを考えると、おそらくほとんど副作用はないのだろう。人混みに行く2-3日前から服用して予防する方法に使える可能性はある。また、構造から考えても、喘息のステロイド吸入のような方法で気道に投与することも可能だろう。少しでもウイルスの流通量を減らすという意味で面白い論文だと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

12月9日 200万年前の生態系を DNA から再構成する(12月7日 Nature オンライン掲載論文)

2022年12月9日
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このブログで紹介した最も古い生物のゲノム解析論文は2021年2月に紹介したシベリアで出土したマンモスゲノムの論文だと思う(https://aasj.jp/news/watch/15022)。このように永久凍土の場合、他の生物のDNA侵入が少なく、また DNA の化学変化速度も低下するので、DNA解析が十分可能になる。

ついでに加えると、人類では40万年前のハイデルベルグ原人のミトコンドリアゲノムが、このブログで紹介した最も古いゲノムになる(https://aasj.jp/news/watch/808)。

今日紹介するコペンハーゲン大学を中心にした国際チームからの論文は、さらに古い200万年前のゲノム解読研究だが、暖かい時期に生物が生息した後、長く氷に閉じ込められて現在に至ったグリーンランドの堆積層からDNAを集め、当時の生物相を調べたメタゲノム研究で、12月7日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「A 2-million-year-old ecosystem in Greenland uncovered by environmental DNA(グリーンランドの200万年の生態系が環境DNAから明らかになる)」だ。

グリーンランド北部は100-300万年前は地球温暖化で生物が生息していたことが知られており、現在も研究が続いている。このコペンハーゲン岬と呼ばれる領域に、川などの堆積により形成された地層があり、動植物の化石が出るだけでなく、有機物に富んでいる。

2016年8月に紹介したようにコペンハーゲン大学では土壌に吸着しているDNAを抽出して当時の生態系を知る研究が続けられているが(https://aasj.jp/news/watch/5639)、この研究でも同じ技術をグリーンランド堆積土壌の解析に用いている。

DNAが抽出できるからと言っても、解析は大変だ。土壌の質に応じてどの程度DNAをはがしてこられるのか、平均気温から考えて、DNAの変性速度は、通常温度とどのぐらい違うのかなど、様々な実験を繰り返し、得られた結果を生かして少しでもデータの信頼性を高められるようとする膨大な実験が行われている。まさに、シャノンが開発した情報科学の粋がここで行われていることがよくわかる。

その結果、全体で20億塩基対に相当する30bpより長いDNA断片を集めるのに成功している。これにはその地域に存在した全てのDNAが含まれるが、少なくとも3回以上同じストレッチが発見される場合のみ解析対象にすると、植物では葉緑体、動物ではミトコンドリアのDNAが解析の中心になる。このような動植物ゲノム配列からこの生態系の年代を測定すると、地質学的測定とほぼ一致し200万年前になり、おそらく最古のDNAが解読されたと言っていいだろう。

メタゲノム解析の結果は、予想通りで、抽出されたDNAには100種類の植物属のDNAが発見されており、多くはこれまで花粉や化石として発見されたものに相当する。このように他の方法とDNAを対応させることは重要で、使われた方法の信頼性を示す。特定された植物の多くは、現地球の寒冷地方で存在しているが、新しい属も含まれる。

植物と比べると、動物の種類は少ない。最も驚くのはマストドンのようなゾウ類のDNAが発見されることで、ゾウを頂点とするトナカイやウサギのような様々な草食動物がグリーンランドで暮らしていたことがわかる。

詳しく見れば生態学的には重要な話が満載だと思うが、素人的には現代のグリーンランドからは想像できない生態系が存在していたとまとめれば十分だろう。幸い、今週の表紙を見ればこの研究の結論がわかるようになっているのでそれを示しておく。

今後、南極の氷の下にある土壌、あるいは深海の堆積物など、メタゲノムの対象は無限に存在する。その中からどんな発見があるのか、期待したい。

カテゴリ:論文ウォッチ

12月8日 ケタミンが解離体験を誘導するメカニズム(11月24日 Nature Neuroscience オンライン掲載論文)

2022年12月8日
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解離体験というと、自分が身体や世界から切り離された気持ちになる、いわば自分であるという感覚の喪失とも言える状態で、我々の場合ボーとした時にそんな状態が起こるが、重症になると、離人症、多重人格などの病名がつく。体験自体主観的な感覚なので、動物で実験することは簡単でないが、ケタミンにより同じような体験が得られることから、動物の皮質に及ぼすケタミンの作用として研究がされている。このブログでも2020年9月18日、光遺伝学を用いた Deisseroth グループの研究を紹介した(https://aasj.jp/news/watch/13913)。

今日紹介するペンシルバニア大学からの論文は、ケタミンがなぜ解離体験を誘導するのかについて、よりわかりやすい説明を提供してくれる研究で、11月24日 Nature Neuroscience に掲載された。タイトルは「Ketamine triggers a switch in excitatory neuronal activity across neocortex(ケタミンは新皮質全体で興奮神経活性のスイッチを誘導する)」だ。

マウスで解離体験を定義するのは難しいが、この研究ではいくつかの行動実験を組みあわせて、自失という状態を測定し、50mg/kg 量が自失状態を誘導するとともに、これまで言われていたように皮質錐体神経の、遅い周波数の興奮が特異的に消失することを確認する。

次に皮質2/3層の個々の錐体神経の活動を追いかけると、ケタミン投与により、それまで興奮していた神経の興奮は低下する一方、休止していた神経が興奮するという、スイッチ現象を観察した。このスイッチは決して2/3層に限らず、インプットが来る第4層でも、アウトプットが出る第5層でも同じように起こっていることがわかった。

要するにそれまでの自分として興奮していた錐体神経の活動が低下し、自分として興奮していなかった神経の活動が活性化しているとわかると、この現象が解離体験に近いだろうというのは素人にも納得できる。まさにこれがこの研究のハイライトだ。

このスイッチのメカニズムを探っていくと、2種類の抑制性介在神経(PVとSST)の両方が抑制されている結果で、この抑制が外れるとスイッチは見られない。ケタミン全身投与では、新皮質全体に同じスイッチが見られるが、ケタミンを少量局所に投与すると、その領域で同じようにスイッチが起こることから、局所レベルの錐体神経と介在神経のサーキットで起こっている現象であることがわかる。

最後に、介在神経が発現しているケタミンが作用する分子、グルタミン酸受容体、及び HCN1チャンネルを別々、あるいは同時に抑制する実験を行い、それぞれ単独の抑制では、興奮している神経を抑える、あるいは休止している神経を高める単独の効果はあるが、ケタミンのように興奮は下げ、休止は上げるという効果は見られない。しかし、グルタミン酸受容体抑制と、HCN1チャンネルの同時抑制をかけると、ケタミンとほぼ同様の効果が得られることがわかった。逆から言うと、現在の世界との関わりを維持し、他の世界との関わりを抑えることが、2種類の介在神経の作用で起こっていること、これを全部押さえると、現実からの乖離が可能であるという結論だ。

以上が結果で、ケタミンが錐体神経の興奮スイッチを誘導することで、解離体験が生まれること、さらにこの神経変化が、2種類の介在神経を同時に抑えることで再現できることを示して、ケタミンによる解離体験の生理学的機構を明らかにした点で、この研究は重要だ。ケタミンはうつ病を抑える薬剤としても使われていることから、新しい治療法の開発にもつながる面白い研究だと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

12月7日 アミノ酸が同じでもコドンが異なれば酵素活性が変化する(12月5日 Nature Chemistry オンライン掲載論文)

2022年12月7日
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分子生物学と長く付き合ってきても、全く想像だにしなかった現象についての論文を紹介したい。

ペンシルバニア州立大学からの論文で、アミノ酸の種類が変化しない遺伝子変異(synonymous 変異)が起こると、酵素活性が変化するという現象について、実験的・理論的に検証した研究で、12月5日Nature Chemistry にオンライン掲載された。タイトルは「How synonymous mutations alter enzyme structure and function over long timescales(アミノ酸レベルで同意義の変異が長い時間スケールで酵素の構造と機能を変化させるのか)」だ。

化学の論文を読む機会があまりないので、実験や理論の詳細については完全に理解したわけではないが、結論は理解することが出来る。しかし、化学の論文も読んでみる物で、化学者の方法や思考は、生物学とはずいぶん違うこともわかった。

何よりも、生物学では酵素の機能はアミノ酸配列で決まると思っているし、変異でもアミノ酸が変化しない synonymous 変異は、生物活性に何の変化もないと思っていた。

しかし、大腸菌の実験系では、synonymous 変異により、翻訳のスピードが変化し、その結果翻訳後の蛋白質の酵素活性が異なることが知られていたようだ(私だけが知らなかっただけかも?)。この研究では、3種類の酵素に、synonymous 変異を導入し、その mRNA の翻訳速度を調べると、それぞれスピードは2倍以上変化することを示している。確かに、翻訳速度の違いについては、それぞれのコドンに対する tRNA の量もちがうし、リボゾームとの相性も違う結果、このぐらいの翻訳速度が変化する可能性は納得できる。

こうして翻訳した蛋白質の酵素活性を調べると、2種類の酵素では翻訳速度が速いと、活性が低下する。一方、一つの酵素は翻訳速度が違っても、酵素活性に違いがないことがわかった。

この理由を説明するために、それぞれの蛋白質の折りたたみ過程と構造についてモデルを立て、折りたたみ過程で、完全に失敗ではないが、酵素活性が低いギクシャクした状態が発生することが、全体での酵素活性の低下につながることを明らかにしている。

この状態を entangled state と名付けているが、この状態は時間がたてばシャペロンがなくとも完全に正常の構造をとることが出来る。そして、翻訳時に entangled state が発生し、リボゾームから遊離した後、時間をかけて自然に entangle state が解消することを示している。さらに、蛋白質によって、このような entangled state は何種類も複雑に存在する。この結果、完全に正常な構造にたどり着くまでの時間は蛋白質により変わる。

これらの結果から、

  1. Synonymous 変異により翻訳速度が変化すると、翻訳が早い場合様々な entangled state が発生する。
  2. 酵素によっては、この entangled state はすぐに解消されるので、変異があっても活性は変わらないが、酵素によっては複雑な entangled states がリボゾームから遊離後も改正に時間がかかり、酵素活性が低下する。
  3. Entangled state の多くは、可溶性で、正常に近いため、分解処理されることはないが、全体の酵素活性は低下する。

以上が結論で、私だけかも知れないが、大変勉強になった。どんなに小さな変化でも、進化という長い時間スケールでは影響があるはずで、どのコドンを使うのかの重要性が良く理解できた。

カテゴリ:論文ウォッチ

12月6日 中世ヨーロッパのユダヤ人(11月30日 Cell オンライン掲載論文)

2022年12月6日
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日本でもよく知られるロシア出身のピアニストで、現存の大御所筆頭はウラジミール・アシュケナージさんだと思うが、このアシュケナージという名前は文字通り、ヨーロッパ系のユダヤ人を意味している。もう少し説明すると、アシュケナージとは、ヘブライ語でゲルマン(ドイツ)をさしており、先祖が10世紀ライン川沿いに移住してきたユダヤ人であることから名付けられた。

このポピュレーションは現在世界中に拡がっており、またゲノム研究が詳しく行われている。その結果、ヨーロッパに移住した2つのユダヤ人の流れがアシュケナージを形成したことが示されており、また起源ゲノムがよく保存され、その結果アシュケナージ特有の疾患遺伝子が維持される、医学的にも重要な対象になっている。ただ、ユダヤ人の歴史はそのまま迫害の歴史でもあり、現在のアシュケナージゲノムだけからは判断できない疑問も多い。

今日紹介するイスラエル・ヘブライ大学と、ハーバード大学からの論文は14世紀のエアフルトに暮らしていたアシュケナージのゲノムから、より詳しいアシュケナージの歴史を明らかにしようとした研究で、11月30日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「Genome-wide data from medieval German Jews show that the Ashkenazi founder event pre-dated the 14 th century(中世のドイツ在住ユダヤ人のゲノムは14世紀以前のアシュケナージの先祖を明らかにする)」だ。

ドイツ中部のエアフルトのユダヤ人の歴史は研究が進んでおり、1349年の虐殺・迫害により消滅する前まで、ユダヤ人コミュニティーが形成されていた。そして迫害後、1354年からコミュニティーが再度形成され、ドイツの中では大きなユダヤ人コミュニティーとなっていた。

このコミュニティーの墓地の発掘が2013年から進められ、14世紀に埋葬されていた遺骨の DNA解析が行われ、現在のアシュケナージや、ヨーロッパの各民族との比較が行われた。

  1. 最初の発見は、700年離れていても、世界に散らばるアシュケナージと、14世紀エアフルトのアシュケナージは極めて良く似ていることだ。すなわち、ユダヤ人社会は外部との交雑が極端に低い。
  2. 最も驚くのは、現代のアシュケナージと比べ、エアフルトのアシュケナージ(EAJ)は、もっと多様で、ヨーロッパ系統と、コーカサスやレバノンなど東系統の2つに大きく分かれる。
  3. これまでアシュケナージの起源については。、南イタリア説、地中海説など様々な説が存在する。この研究では、西ヨーロッパ起源は否定できるが、イタリアや地中海説はどちらもフィットすることから、どちらと決めることは難しいことを示している。
  4. EAJ の祖先を探ると、現代ユダヤ人と同じで、1000年前に存在した小さな集団由来であることが、様々な解析方法から確認できる。そして現在のアシュケナージゲノムは EAJ に加えて、まだ特定できないもう一つのグループが存在し、この二つが一旦収束した後、現在のアシュケナージを形成したと考えられる。
  5. 先祖集団数は、様々な指標からかなり少ないと考えられる。

以上、基本的にヨーロッパのユダヤ人史をゲノムを用いて解析すると、残された記録と一致しており、迫害と、限られてはいるが非ユダヤ人との交雑でゲノムが形成されたことを示している。現代アシュケナージは、エアフルト系統と、もう一つの系統が何らかの原因で収束した小さな集団から始まるため、多様性が EAJ より低下しているが、このイベントを特定するのは今後の重要な課題だろう。いずれにせよ、Cell の論文から歴史を学ぶことが出来るようになったのは感慨深い。

ただ読み終わって二つの疑問が湧いた。まず、現代の歴史学の人たちも Cell を読むのかという問題と、我が国の歴史がいつか Cell に発表される日はあるのかという疑問だ。すなわち、歴史学と様々な科学的古代解析研究が、どう統合されていくのかという問題で、今後を見守っていきたい。

カテゴリ:論文ウォッチ

12月5日 血液クローン増殖の遺伝リスク研究 (11月30日 Nature オンライン掲載論文)

2022年12月5日
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何度も紹介しているが、年齢とともに様々なステージの血液幹細胞に突然変異が起こることで、悪性ではないが、特定のクローンが血液のかなりの割合を占めるようになることが知られている。この状態は clonal hematopoiesis of indeterminate potential(CHIP) と名付けられ、原則血液のエクソームや全ゲノムの配列を調べることで初めて明らかになる。検査は大変だが、CHIP の重要性は、血液に限らず、その後の平均余命と強く相関しており、血液の異常であるにもかかわらず、固形ガンや心血管障害とも関連が指摘されている。

今日紹介するリジェネロン社からの論文は、UKバイオバンク、及び米国医療提供会社 Geisinger Health Systemバイオバンクを会わせた、60万人を超す対象者のデータベースから CHIP を特定し、CHIP発生の遺伝リスクや、他の疾患との相関を徹底的に調べた、ある意味これまでのまとめとも言える研究で11月30日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Common and rare variant associations with clonal haematopoiesis phenotypes(血液クローン増殖形質に連関するコモン及びレア変異)」だ。

この論文を見てまず驚くのが、全てがリジェネロンにより行われている点だ。リジェネロンは、Covid-19 に対する最初の抗体薬を上梓した創薬企業だが、元々研究力は高い。また、ガイジンガーとは協力して研究を行っているが、ゲノム・データサイエンスをここまでやられると、アカデミアもうかうか出来ない。

この研究では、2つのバイオバンクの参加者のエクソーム解析から、23の CHIP の原因として特定されている遺伝子変異のいずれかを持つ29669人の CHIP患者を特定している。年齢を問わず、60万人に対して3万人近くが CHIP というのは、恐ろしい数字だ。CHIPを誘導する突然変異は、一般的ガン遺伝子と同じだが、メチル化に関わるDNMT3A、 脱メチル化に関わるTET2、ポリコム遺伝子ASXL1、p53誘導性フォスファターゼPPM1D、及びp53遺伝子変異がトップに来る。

CHIPがいわばガン遺伝子変異により誘導される前ガン状態と考えると、問題はこのような変異が起こりやすい遺伝体質は何か、あるいは生活因子は何かになる。

まず生活習慣で言うと、喫煙は CHIP のリスク因子で、納得できる。一方、遺伝リスクを SNP解析で調べると30種類以上のコモンバリアントが特定され、中でもTERT(テロメア逆転写酵素)、PAEP1(DNA修復遺伝子)、ATM(DNA切断チェックポイントセンサー)などとの強い相関は、それぞれの機能から考えるとリスクとして納得できる。

この研究で新しく発見された SNP のある Ly75遺伝子は、樹状細胞に発現し、T細胞の反応に関わることから、ガンに対する免疫反応を介して CHIP を抑える働きがあると考えられる。

最後に、それぞれの CHIP変異に相関する病気との関連を調べると、今回の大規模調査ではこれまで言われていた心血管障害との関係はほとんど認められなかった。

面白いところでは、炎症やホルモンシグナルに関わる遺伝子変異による CHIP は肥満の発生と相関する。また、CHIPの人は、Covid-19で入院する率が高い、そして DNMT3A による CHIP はマクロファージの IL20分泌が影響され、骨密度低下が見られる。

他にも様々な相関が示されているが、このぐらいでいいだろう。CHIPを原因別に分類することで、遺伝リスクや生活習慣リスクとの相関をよりはっきりせせることで、リスクの高い人を特定し、CHIPを予防できる日がくるように思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

12月4日 細胞同士の接触の歴史を記録する実験系の確立(12月2日号 Science 掲載論文)

2022年12月4日
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ほとんどの細胞は単独で発生も維持も出来ない。即ち、様々な細胞との相互作用の結果として存在している。これまで、ある特定の細胞の発生から成熟過程でどの細胞と相互作用しているのかは、時間時間で組織セクションを作成し、近くにある細胞の種類を丹念に特定する以外の方法は限られていた。例えば、細胞膜に酵素を発現させ、その作用でコンタクトした細胞をラベルする方法や、細胞内に侵入できる蛍光分子を分泌させ、コンタクト細胞を標識することも行われているが、実際には、追跡可能な時間は限られていた。

今日紹介する上海科学技術大学からの論文は、リガンドと結合すると細胞内ドメインが切り出されて転写を誘導する Notchシグナルの特徴を利用して、細胞間相互作用の現場や歴史を記録する方法を開発した研究で12月2日号の Science に掲載された。タイトルは「Monitoring of cell-cell communication and contact history in mammals(哺乳動物での細胞間コミュニケーションとコンタクトの歴史をモニターする)」だ。

Nochはリガンドと結合すると、γシクレターゼにより細胞内ドメインが切り出され、核に移行して転写を誘導する。この研究では、この Notchの γシクレターゼで切断される領域を残して、細胞外は GFP に弱く結合するナノボディー( H鎖しか持たないラマで誘導した抗体)、細胞内ドメインを、テトラサイクリン transactivator に置き換え(人工Notch )、これが切断されると核内で標識に用いられる様々な分子が発現し、GFPを発現した細胞とコンタクトした場合は、それが一時的に、あるいはパーマネントに記録できるシステムを作り上げている。

この研究はなかなか絶妙で、局所にとどまるように見えながら、実際には様々な臓器へ移動できる血管内皮細胞を対象として追跡実験を行っている。

最初の実験は、発生過程の心筋細胞に GFP (リガンドになる)を発現させ、血管内皮に人工Notch を発現させ、コンタクトしている間だけ LacZ が発現できるようにすると、見事に心筋細胞とコンタクトしている血管内皮だけが LacZ を発現しているのが観察できる。試験管内の実験から、大体4時間前後コンタクトが維持されれば遺伝子発現をオンに出来る。

以上は、コンタクトの現場を調べる実験だが、人工Notch で Creリコンビナーゼが発現するように変えると、今度は一度コンタクトした細胞をパーマネントにラベルすることが出来、心筋細胞とコンタクトした血管内皮細胞が、心臓にとどまるのか、あるいは体中に広がるのかを確かめることが出来る。

結果は私には驚くべきもので、まず心臓弁の間質細胞が血管から出来ることが明らかになる。すなわち、血管が間質細胞へとスイッチする。発生時期に血管内皮から血液が直接発生することを京大時代に証明したが、なんと間質も血管内皮から出来るとは想像しなかった。

また、心筋とコンタクトした血管内皮は体内の様々な場所に移動して血管内皮として働くことも示されている。驚くことに、成体の肝臓の実に20%が心筋細胞とコンタクトした細胞から出来ていることには驚く。

同じ実験を今度は GFP が発現したガン細胞を移植して行うと、血管内皮がガン細胞に直接触れてラベルされ、ガンの増殖に呼応しガン内血管新生を行うとともに、その後ガンの周りの結合式カプセルが形成されるとき、ガンから移動して、カプセルの血管を形成することもわかった。おそらくガン治療を考える上でも重要な結果だと思う。

さらに、人工Notch を身体の全ての細胞で発現させ、GFPの方を特定の細胞で一定期間だけ発現させると、その場所でその細胞とコンタクトした細胞の全てをラベルすることが出来る。逆に、特定の細胞で GFP が発現しているとき、人工Notch だけ特定の細胞や時期で誘導すると、今度はそのときコンタクトしている側の細胞を追跡できる。

Notch を使うと着想したのがこの研究の全てで、方法の真価は今後様々な系で利用されることで明らかになると思う。とはいえ、血管内皮の移動性や分化のスイッチについて証明したのは面白い。これまで、血管内皮を用いる再生治療などが提案されてきたが、そのメカニズムについても明らかになるかもしれない。

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