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12月3日 アリの巣内ではサナギもミルクを分泌して子育てに参加する(11月30日 Nature オンライン掲載論文)

2022年12月3日

JT生命誌研究館の顧問をしていた時、九州大学から来た奨励研究員の有本さんは、私が知る唯一のアリに魅せられた研究者だが、私のように種にこだわらず過程に興味を持つのと違い、アリの全てを対象にするという強い意志を感じたのを覚えている。ともかくアリに対する深い知識と愛情を感じることが出来る。

今日紹介するロックフェラー大学からの論文は、アリのサナギが分泌する栄養豊富なミルクのような分泌液についての研究で、読みながらずっと有本さんのことを思い浮かべるほどマニアックな研究で、11月30日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「The pupal moulting fluid has evolved social functions in ants(サナギの脱皮液がアリでは社会機能を獲得するよう進化している)」だ。

アリの巣の中には、卵、幼虫、サナギ、成虫と様々なステージが混在している。基本的に成虫は、羽化前の全てのステージのケアに当たるのだが、各ステージでケアは違うはずで、巣全体のケアがどう組織化されているのか、よくわかっていない。

この研究では、巣から取り出したサナギが、メラニンができ始める頃から、体液の分泌が亢進し、お尻に水玉が分泌される現象に着目している。というのも、巣の中にいるサナギでは、このような分泌液の存在はほとんど確認されない。しかし、巣から取り出したサナギでは、この液を除去しないでおくと、感染してサナギは死滅する。一方、毎日この液を拭ってやると、サナギは正常に羽化することが出来る。

以上の結果は、巣内ではこの液が何らかの形で清掃処理されていることを示すが、サナギの液を色素で標識すると、実際、成虫の消化管内に色素が見られることから、貪食されて処理されることに気づいている。

これだけでも素人はなるほどと思うのだが、成虫が食べるだけのためにこの液が使われているようにはプロには思えないようで、巣内でサナギが液を分泌する時期と幼虫が成長する時期とが常に一致することに着目し、この液が幼虫の成長に使われるのではないかと考えた。

まず、分泌液の成分を見ると、サナギが羽化するときに使われる液とほぼ同じ成分で、蛋白質と糖鎖が分解された栄養やホルモンを含んでいる。そこでサナギに色素を注入して分泌液を標識してから巣に戻すと、幼虫の消化管にも色素を確認できることから、幼虫の餌として使われているのではないかと着想している。

そこで、成虫、サナギ、幼虫、そしてエサを組みあわせて行動実験を行うと、成虫は幼虫を常にサナギの方に向ける動作を繰り返し、これにより幼虫は分泌液を得ることが出来る。しかも、エサだけ与える場合と比べると、遙かに成長が早い。

以上の結果は、アリは、巣の中での成長プロセスをうまく同期させることで、エサが必要なくなったサナギの羽化液を進化させ、幼虫のためのミルクとして使っていることがわかった。

最後にこのような羽化液の進化は、多くの社会性を持ったアリに見られることを示している。結果は以上で、ただただその巧妙さに驚くとともに、アリ研究のプロの視点に感心した。

カテゴリ:論文ウォッチ

12月2日 ケトン食は化学療法による血小板減少を防ぐ(11月30日 Science Translational Medicine 掲載論文)

2022年12月2日

ケトン食が様々な影響を持つことについてはこのブログでも紹介し(サーチボックスでケトン食とインプットすると13の論文ウォッチ記事が出てくる)、またてんかん発作を抑える可能性については、以前MECP2重複症の患者さんの家族の方々とYoutubeによる勉強会も行っている(https://www.youtube.com/watch?v=f8En4tBse6o&t=105s0 )。

中でも期待されるのが、ガン治療の補助としての役割だが、代謝への影響、直接的転写誘導、そしてヒストンアセチル化の促進などがそのメカニズムとして知られている。

今日紹介する中国復旦大学からの論文は、中国からの論文の定番と言っていいのかも知れない意外性をついてくる研究で、なんとケトン食が抗ガン治療時の血小板減少を防ぐ可能性を示した研究で、11月30日号 Science Translational Medicine に掲載された。タイトルは「Dietary ketone body–escalated histone acetylation in megakaryocytes alleviates chemotherapy-induced thrombocytopenia(食事を通して摂取するケトン体は巨核球のヒストンアセチル化を通して化学療法による血小板減少を軽減する)」だ。

化学療法による血小板減少は最も恐ろしい副作用なので、タイトルは全ての医師を惹きつける。ただ読んでみると、なぜこの可能性を着想したのかは全くわからない。

ともかく、マウスに2種類の処方によるケトン食を摂取させると、正常マウスでも血小板の形態は変化せず、血小板が増加し、また出血時間も短くなることを観察している。一方、赤血球や白血球には何の変化もない。

これがケトン体の影響とすると、細胞内にケトン体を取り込むトランスポーターが必要だが、MCT1が巨核球には高いレベルで発現しており、試験管内で巨核球をケトン体βOHで刺激すると、増殖や血小板文化に関わる遺伝子発現が上昇する。また、MCT1阻害剤ではこの効果がなくなる。

また、ケトン食でなくとも、食事にβOHを加えるだけでも同じ効果がある。ただ、ケトン食やケトン体摂取はグルコース耐性を誘導してしまうので、間欠的にケトン食を与える系で、グルコース耐性が出ないようにして、抗ガン剤による血小板減少への効果を見ると、期待通り血小板減少をつよく抑えることが出来る。

この原因を探っていくと、巨核球分化の主役GATA1やNFE2プロモーターのヒストンをアセチル化することが、血小板増加の引き金になっていることを示している。

そして最後に、人間でもケトン食をボランティアに摂取させ、血小板が中程度に増加すること、さらにケトン食を捕っているガン患者さんと、通常食のガン患者さんで化学療法による血小板数を比較し、ケトン食は血小板減少を抑えることを確認している。

結果は以上で、期待されたトロンボポイエチンが臨床に使えないことを考えると、かなり有効な手段になるかもしれない。この研究に至った経緯は全くわからないが、瓢箪から駒で十分だ。

カテゴリ:論文ウォッチ

12月1日 シナプス局所での翻訳調節機構(11月25日号 Science 掲載論文)

2022年12月1日

細胞というとどうしても核と細胞質、それにオルガネラからなるステレオタイプなイメージを浮かべてしまうが、実際には形態は細胞ごとに全く異なり、その調節機構はまだまだわかっていない。形態進化の究極が神経細胞で、樹上突起や軸索という究極の形態変化を形成するとともに、樹上突起にはスパインと呼ばれる突起を形成し他の神経とシナプス形成するとともに、スパイン自体も刺激に応じて形態を変化させる。このような、細胞各区画内の違いを、細胞全体の代謝システムだけでコントロールするのは不可能で、極めて特殊なメカニズムが発達していると考えられる。

今日紹介するロンドン・キングスカレッジからの論文は、mTORの活性化調節因子Tsc2ノックアウトを手がかりに、スパイン内での局所翻訳のメカニズムを明らかにした研究で11月25日号 Science に掲載された。タイトルは「Cortical wiring by synapse type–specific control of local protein synthesis(シナプスのタイプ特異的な局所的蛋白合成による皮質回路形成)」だ。

細胞代謝の最も重要なハブ分子が mTOR で、インシュリン受容体からのシグナルも mTOR に収束する。この活性化を調節する因子の一つが Tsc2 で、これが欠損すると mTOR が活性化してしまって、結節性硬化症と呼ばれる遺伝的腫瘍が起こる。

この研究では抑制性神経特異的に Tsc2 を欠損させ、Tsc欠損は確かに全ての抑制性神経で mTOR の活性化を促すが、シナプス興奮を調べると、その影響が抑制性神経のうちPV神経だけにしか見られないという発見から始まっている。実際には、PV神経だけで、Tsc2欠損はスパインの数を増やし、シナプスでの活性が高まる。

次に、PVのみでTsc2欠損の影響が強く出るメカニズムを探索し、PV2神経特異的に発現しているErbB4シグナル経路がTsc2上流にある可能性を突き止め、ErbB4シグナルをPV神経特異的にノックアウトする実験で、ErbB4が興奮神経から刺激を受けて、Tsc2の活動を抑える働きをしていることを明らかにする。

すなわち、興奮神経とシナプス形成が行われると、興奮神経側の Neuregulin3 により ErbB4 が刺激され、シナプス局所で Tsc2 の活性を抑え、mTOR の活動を高めることが明らかになった。

そこで、ErbB4ノックアウトで変化する分子を調べ、これら分子の多くがシナプス局所だけで ErbB4刺激により翻訳されることを明らかにしている。すなわち、ErbB4 の刺激がシナプスに限局されることで、その下流の mTOR 及び翻訳調節の変化をシナプス内にとどめておくことがわかった。

結果は以上だが、抑制性神経のシナプス形成に関わるメカニズムが明らかになったことは、自閉症研究にとっても重要だ。すなわち、自閉症の神経症状は、抑制性神経の発生と深く関わること、またそれによるシナプス伝達の変化に関わることがわかっている。驚くことに、ErbB4欠損により変化する分子の多くは、自閉症との相関が示唆されている異分子で、ErbB4自体は自閉症と関わる証拠はないが、このような局所の翻訳調節は自閉症を考えるためにも重要な要素である可能性がある。少し専門的だが、面白い研究だ。

カテゴリ:論文ウォッチ

11月30日 トキソプラズマ原虫感染が群れを率いる勇敢なオオカミのリーダーを作る(11月24日 Communications Biology オンライン掲載論文)

2022年11月30日

今日の論文は予想外の話で驚いた。イエローストーン資源研究所、オオカミプロジェクトからの論文で、人間にも広く感染しているトキソプラズマ原虫の、イエローストーン公園に生息するオオカミへの感染について、1995年から、原虫に対する抗体の有無を中心に調べた研究だが、感染オオカミを非感染オオカミと比較することで、なんとトキソプラズマ原虫の感染によって、オオカミが大胆な行動をとり、群れのトップに躍り上がることを示した研究で、11月2424日 Communication Biology にオンライン掲載された。タイトルは「Parasitic infection increases risk-taking in a social, intermediate host carnivore(寄生虫の感染によりホストの肉食獣の社会でのリスクテークが上昇する)」だ。

トキソプラズマ原虫への感染の有無は、原虫に対する抗体の有無で判断しているため、決して頻回に検査が出来るわけではない。それぞれの地域のオオカミの健康を長期にフォローアップしてきた結果として、血清を系統的に集めることが出来ている。

驚くのは、1995年の50血清サンプルでは全て感染なしと判断されたことだ。その後、2000年からの5年間で集めたサンプルでは25%近く、そして2015年からの5年間では36.5%に跳ね上がっている。

このように感染が急に上昇してきた原因を、様々な指標との相関で調べていくと、同じ縄張りを奪い合っているアメリカライオンと生息域がオーバーラップしているほど感染率が高いことから、通常半数ぐらいが感染しているアメリカライオンより感染したと考えられる。

トキソプラズマ原虫にかかると、胎児の場合は流産など大きな影響があるが、大人の場合ほとんど健康障害には至らない。ただ、原虫は脳に移動し、嚢胞を形成し、これが脳活動に影響を及ぼすことが示唆されてきた。

この論文を読むまで全く知らなかったが、ネズミからチンパンジーまで、トキソプラズマ原虫に感染すると大胆になり、リスクテークを行うことが知られていたようだ。そこで、オオカミについて、感染オオカミと、非感染オオカミで行動比較を行うと、

  1. 感染オオカミは、アメリカライオンの生息地であっても行動範囲が拡大すること。
  2. 感染オオカミは群れのリーダーになる確率が数倍になる。

この結果は、他の動物と同じでオオカミもトキソプラズマ原虫に感染すると、一部生存率では低下することが予想されるものの、リスクテークする大胆さを兼ね備えるようになり、その結果群れのリーダーになることで、感染個体を一定レベルに維持していること結論している。

さすがに、原虫でゾンビ化するという話ではないが、生きたまま無意識のうちに原虫の都合のいいように振る舞うとは、驚く。

カテゴリ:論文ウォッチ

11月29日 ノンスモーカーでも都会人の肺リンパ節は真っ黒(11月21日 Nature Medicine オンライン掲載論文)

2022年11月29日

禁煙を勧めるとき、解剖標本、あるいは手術時のスモーカーとノンスモーカーの肺を見せて、スモーカーが黒い粒子を取り込んだマクロファージに満ちていることを示し、ぞっとさせるのは常套手段になっている。しかし、今日紹介するコロンビア大学からの論文は、ノンスモーカーでも肺のリンパ節を見ると、黒い粒子が驚くほど蓄積していることを示し、これが高齢者の免疫機能を阻害していることを示唆するぞっとする研究で、11月21日 Nature Medicine にオンライン掲載された。タイトルは「Inhaled particulate accumulation with age impairs immune function and architecture in human lung lymph nodes(年齢とともに蓄積する吸入粒子は肺所属リンパ節での免疫機能を抑制し、リンパ節の構造を破壊する)」だ。

研究ではノンスモーカー、あるいは1日20本以上の喫煙を1年以上続けたことがない人の、剖検時のリンパ節標本を採取、大気中の炭素化合物粒子の蓄積度を調べている。と言うより、この研究では、他の臓器の状態についての情報などは全く示されず、リンパ節の組織を見ただけの研究とすら言える。

しかし、結果を目の当たりにするとインパクトは大きい。腸管の所属リンパ節はベージュ色で透き通っているのに、肺所属リンパ節は年齢とともに黒くなり50歳を超すとほぼ真っ黒と言ってもいい。

蓄積は T細胞領域にいる貪食能の強い CD68+CD169- マクロファージで起こっている。残念ながら個体レベルで免疫反応を調べることは出来ない。また、サンプルをとった方の免疫状態などの情報もない。しかし、取り出したマクロファージ、あるいは炭素粒子を取り込ませたマクロファージを使って、バクテリアなどを標的とした貪食能を調べると、貪食が強く低下している。さらに、リンパ節内で高齢者のリンパ節マクロファージを調べると、活性化の指標である CD86 などの発現が低下していることも明らかになった。

次に、リンパ節内で炭素化合物粒子を取り込んだマクロファージのサイトカイン発現を調べると、年齢を問わずインターフェロン、TNFαの発現が低下している。さらに重要なことは、粒子を取り込んだ周りへのリンパ管の結合が強く低下しており、濾胞形成も含めてリンパ節構造も異常を示している。

主な結果は以上で、正直、よく採択されたなという印象だが、見た目からも結果のインパクトは高い。すなわち、肺から移ってきた粒子を詰め込んだマクロファージがリンパ節で入れ墨のように維持されることがまず驚く。もし著者の結論を全て鵜呑みにして、高齢者が mRNAワクチンを接種するという点から少し考察しておこう。

まず、mRNAワクチンの場合、貪食能の低下は問題ないだろう。ただ、リンパ管の機能が低下しているとすると、所属リンパ節へワクチンが移動する時間は少し余分にかかるだろう。ただ、免疫反応という点で見れば、遅れても問題はない。ただ、リンパ節の構造変化や、濾胞形成の異常は、間違いなくワクチン効果は低下すると思う。

以上、我々が毎日すっている大気がいかに汚染されているか再認識させられた。

カテゴリ:論文ウォッチ

11月28日 シグナル研究の大御所から TGFβ を介する Srcリン酸化について学んだ(11月15日 Science Signaling 掲載論文)

2022年11月28日

先日、個人的にもずいぶんお世話になった豊島久真男先生を偲ぶ会が、大阪千里ライフサイエンスセンターで行われた。若い人たちはあまり知らないかもしれないが、豊島先生はラウス・サルコーマウイルスの温度感受性株を分離し、ガンが発癌遺伝子により誘導されることを見事に示した研究で有名で、日本のガン研究をリードしてこられた。

偲ぶ会は、3月22日に亡くなられた先生にゆかりの人々が短く思い出を語られる形式で行われたが、現役時代交流が深かった多くの先生にお会いすることが出来た。大阪大学の岸本先生は、豊島先生の Ras とスウェーデンの Carl Heldin の PDGFR についての研究を、自身が現役時代に強い印象を受けたシグナル研究として話しておられた。

そんなとき、その Heldin が彼のライフワークの一つ TGFβ受容体と、Srcの関係を調べた研究を見つけたので、豊島先生を偲ぶ意味も込めて紹介することにした。タイトルは「The type II TGF-β receptor phosphorylates Tyr 182 in the type I receptor to activate downstream Src signaling(タイプ II TGFβ受容体がタイプ Ⅰ 受容体の182番目のチロシンを活性化しSrcシグナルを活性化する)」で、11月15日 Science Signalling に掲載された。

TGFβシグナルは、TGFβ受容体 I. II を会合させ、SMAD をリン酸化して、転写を介して様々な過程に関わる、極めて重要なシグナル系だ。しかも、これだけでなく、ERK や Src などのチロシンリン酸化も誘導して、複雑な効果を生むことも知られていた。とはいえ、セリンスレオニリンキナーゼ機能を持つ TGF受容体が、Src のチロシンリン酸化を誘導できるのかなど、まだわからないことが多い。

今日紹介する論文は、シグナルの大御所がこの問題にチャレンジした研究で、久しぶりにシグナル研究について勉強したと実感できる研究だ。

まず、Src と TGFβR の両方の分子を発現している細胞を TGFβ で刺激で Srcz (416番目のチロシン)がリン酸化されること、このリン酸化には Src と TGFβ受容体の直接会合が必要なこと、しかし SMAD活性化を阻害する薬剤ではこのリン酸化が抑制できないことを明らかにする。

即ち、Src と TGFβRI は直接相互作用して Srcリン酸化を誘導するが、これには SMAD 活性化に関わるセリンスレオニンキナーゼ活性は必要ないことがわかる。驚くのは、TGFβ 刺激による Srcリン酸化を阻害する抗体を探すと、Src の阻害剤を加えたときに Srcリン酸化が抑えられることで、この結果は、TGFβRI と結合することで Scr が活性化され、自分自身をリン酸化している可能性を示唆している。

そこで、細胞フリーの実験系で、Src が TGFβRI に結合することで Src の自己リン酸化が起こることを確認している。また、そのとき TGFβRI のいくつかのチロシン残基もリン酸化されることを明らかにしている。

次に TGFβ の刺激による TGFβRI、II 両方の受容体が会合するところから、Src がリン酸化されるまでの過程を、生化学的に追求し、Src のリン酸化には TGFβRII のキナーゼ活性が必要で、この活性によりTGFβRI がリン酸化されることで Src への結合活性が高まり、これにより TGFβ依存的に Src の自己活性化が起こることが示された。

最後に、TGFβ刺激による細胞の変化を Src阻害剤存在下で調べると、SMAD活性化による転写活性は全く抑えられないが、アクチンの重合促進による細胞遊走能亢進が抑えられることを示している。

実際には、これ以外にも多くの実験を繰り返して生化学的過程を詰めているのだが、統べてて割愛した。しかし以上の結果は、ガンがさらに悪性化するときに重要な働きをしている TGFβシグナルも、少なくとも2種類の経路を活性化しており、転移に必要な細胞の遊走能の亢進などは、Src活性が大きな役割を持つことを示している。

大御所からシグナルのセミナーを受けた気分の論文だった。

カテゴリ:論文ウォッチ

11月27日 なぜ白血球はガンの免疫を邪魔するのか?(11月16日 Nature オンライン掲載論文)

2022年11月27日

このブログでも何回か紹介したが、ガン周囲組織に白血球(好中球のつもり)が集まると、ガンに対するキラー細胞の作用が抑えられることが知られている。そのため、例えば白血球の浸潤を抑えるケモカインを抑制して、リンパ球の浸潤を増やす試みも行われている。とはいえ、なぜ白血球がガンに対する免疫を抑えるのか、その詳しいメカニズムはわかっていない。

今日紹介するペンシルバニア大学からの論文は、白血球が腫瘍組織でおこすフェロプトーシスがキラー細胞の増殖抑制の中核にあることを示した論文で、11月16日 Nature にオンライン出版された。タイトルは「Ferroptosis of tumour neutrophils causes immune suppression in cancer(腫瘍組織の好中球のフェロプトーシスがガンの免疫を抑制する原因になる)」だ。

アポトーシスと、ネクローシスが細胞の死に方と考えておけばよかった時代から見ると、細胞の死に方レパートリーがこれほど多様化してきたことは驚きだ。これは、細胞が死ぬための分子メカニズムがわかってきたためで、それほど生体内では死にゆく細胞をどう処理するかが問題になっていることを意味している。

タイトルにあるフェロプトーシスとは最近報告された、細胞死の調節様式で、酸化還元反応の異常が引き金となって、鉄依存性に飽和脂肪酸のエステル化が亢進することでリン脂質が上昇し、細胞死プロセスのスイッチが入るプロセスを言う。幸い、他の細胞死ではなくフェロプトーシスが進んでいることを確実に捉えることは出来るようになっている。

この研究は、ガン組織の白血球を集めて遺伝子発現を調べると、フェロプトーシスを示唆する分子の発現が高まっていることを発見している。これは腫瘍組織だけで見られる現象で、結核のような慢性炎症でも、同じような変化は認められない。

そこで、まずなぜ腫瘍組織だけでフェロプトーシスが誘導されるのかを調べ、ガン組織で見られる低酸素状態や、アラキドン酸を介して、白血球のフェロプトーシスが誘導されていると結論している。様々なガンで同じようなフェロプトーシスが起こっているので、トリガーについて他の要因も考えられると思う。

いずれにせよ、ガン組織のみで白血球のフェロプトーシスが起こるとすると、白血球によるがん免疫の抑制は、フェロプトーシスが誘導されるためと考えることが出来る。そこで、ガンを移植し、そこにフェロプトーシスを誘導した白血球を移植する実験を行い、フェロプトーシスが誘導された細胞だけががん免疫を抑制出来ることを示している。

以上の結果から、ガン組織では様々な条件が合わさって白血球のフェロプトーシスが上昇し、フェロプトーシスで死に行く細胞が何らかのメカニズムでキラー細胞の増殖を抑えルことが明らかになった。

次に、ガン組織でフェロプトーシスが誘導された細胞で変化している遺伝子発現を調べ、プロスタグランジンE2の分泌や、フェロプトーシス細胞から吐き出される酸化脂肪酸がT細胞に直接働いて、ガン免疫を落とすことを明らかにしている。

最終的には様々なエフェクターが合わさって効果を及ぼす可能性も大で、おそらく関わる全ての分子を機能的に特定するのは難しいと思う。代わりにこの研究では、移植したガンの増殖を、ホストの白血球をリポスタチンのようなフェロプトーシス阻害剤でブロックしたとき、ガンの免疫が働き、腫瘍サイズが縮小するかモデル実験を行っている。結果は期待通りで、リポスタチン処理だけで腫瘍の縮小が誘導される。また、PD1抗体を組み合わせるともっと高い効果が発揮できることから、これが免疫を介して作用していると結論できる。

最後に、人間のガンでも同じことが言えるか調べる目的で、ガン組織遺伝子発現を調べたデータベースから、膵臓ガンや肺ガン組織でのフェロプトーシスに関わる遺伝子発現レベルを算定、ガンの予後と比較すると、フェロプトーシスが見られるガンでは明らかに予後が悪く、また肺ガンでPD1抗体治療を受けている患者さんでは、フェロプトーシスが予後を決定すると言っていいぐらい、フェロプトーシスが人でもガン免疫を抑える大きな要因になっていることを示している。

結果は以上で、これが正しいとすると、がん免疫治療でフェロプトーシスを阻害することは治療効果を高めるために必須の方法になるのではと期待が膨らむ、重要な貢献だと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

11月26日 C型肝炎薬ソフォスブヴィルと抗不整脈薬アミオダロンはなぜ最悪の飲み合わせになるのか(11月22日 Cell オンライン掲載論文)

2022年11月26日

C型肝炎薬のソフォスブヴィルは、核酸のアナログとして肝炎ウイルスの RNAポリメラーゼを阻害する。Covid-19で言えば、モルヌピラヴィルやレムデシビルに当たる薬剤だ。この薬剤の登場は、C型肝炎治療を一変させたが、不整脈治療を受けている患者さんで、強い徐脈が誘導され、その結果死亡例が出たことで、不整脈に処方されるカルシウムチャンネル阻害剤との飲み合わせは、禁忌になっている。ただ、なぜこの様な副作用が起こるのか、よくわかっていなかった。

今日紹介するプリンストン大学と武漢大学からの共同論文は、カルシウムチャンネル分子とそれぞれの薬剤の結合像をクライオ電顕で解析し、なぜ両方の薬剤が集まると、強いチャンネルブロックが起こってしまうのかを明らかにした研究で、11月22日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「Structural basis for the severe adverse interaction of sofosbuvir and amiodarone on L-type Ca v channels(ソフォスブヴィルとアミオダロンの相互作用が L型カルシウムチャンネルに働いて重篤な機能阻害を誘導する構造学的解析)」だ。

研究は単純だが、もちろん構造学のプロの仕事だ。L型カルシウムチャンネルを精製して薬剤と反応させ、薬剤とチャンネル分子の相互作用をクライオ電顕で解析している。見たらわかるようにデータが示されており、素人でもよくわかる。私も全くの素人なので、素人の目で紹介したいと思う。

さて、構造が明らかになると結論は単純ではっきりする。当然アミオダロンはカルシウムチャンネル阻害剤なので、チャンネル部分に入り込んでチャンネル機能を塞ぐことが出来る。しかし、完全に塞ぐわけではなく、穴の一部だけが塞がれるといった状況になっている。もちろんチャンネルを完全に阻害するわけにはいかないことを考えると、うまく出来ていると思う。

ところがこれにソフォスブヴィル、あるいはそのアナログ MNI-1 を加えると、それまで L型カルシウムチャンネルとは反応しなかったこれらの薬剤が、チャンネル深くに入り込んで、アミオダロンと直接相互作用を行い、あたかも一つの分子であるよう振る舞い、完全にチャンネルを塞いでしまうことがわかった。カルシウムが完全に遮断されると、不整脈を抑えるどころか、ペースメーカーの活動が強く抑えられ、徐脈が起こってしまうと言うわけだ。まさに見ることの重要性がわかる。

結果はこれだけで、両方の薬剤が合わさるときの危険性について、構造解析ならの明快な回答が示された。また、ソフォスブヴィルの光学異性体を用いると、分子内でのアミオダロンとの相互作用はなく、全くチャンネル阻害がない。即ち、全て特定の分子構造に依存している。

このような分子同士が直接標的分子内で相互作用するというのは極めて特殊なケースだと思うが、素人にもわかりやすく、構造解析の重要性がよくわかった。

カテゴリ:論文ウォッチ

11月25日 非アルコール性肝炎の繊維化を遅らせる意外な方法(11月24日 Science Translational Medicine 掲載論文)

2022年11月25日

非アルコール性肺炎はインシュリン抵抗性や、幹細胞の脂肪代謝異常が原因の代謝病だが、その結果、細胞ストレスから炎症が起こり、細胞死、そして繊維化による肝硬変へと進展する。それぞれの過程が治療対象となり、最も重要なのは代謝異常を抑え、炎症への進行を抑えることだが、肝炎へと発展した場合は治療が難しい。

炎症が始まった後での一つの治療方法は、ストレスによる肝臓のアポトーシスを抑えて進行を食い止めようとする治療が知られているが、うまくいっていない。今日紹介するコロンビア大学からの論文は、細胞死のスイッチが入った細胞を積極的に除去することで、肝炎の進行を抑えることができることを示した論文で、11月2424日 Science に掲載された。タイトルは「CD47-SIRPα axis blockade in NASH promotes necroptotic hepatocyte clearance by liver macrophages and decreases hepatic fibrosis(CD47-SIRPα軸の抑制はNASHのネクロプトーシスが起こった肝臓細胞のマクロファージによる除去を促進し肝臓の繊維化を抑える)」だ。

マクロファージが、間違って自分の細胞を貪食しない様に「don’t eat me」と旗を立てる印の一つがCD47だ。この研究では、非アルコール性肝炎(NASH)で、RIP3/MLKL により制御されたネクローシス=ネクロプトーシスに陥った細胞で、異常に高い CD47 が発現していることを発見する。また、マウスで RIP3 を活性化するモデルで肝細胞のネクロプトーシスを誘導しても、同じ様に CD47 が強く誘導されることを確認している。そこでこのマウスモデルで、これまでの様にネクロプトーシスを抑制するのではなく、逆に CD47 の機能を抑制して、死にかけの細胞を除去してしまったら、炎症は鎮まるのでは無いかと着想している。

肝臓細胞で RIP3 を活性化させた細胞に CD47 抗体を投与し肝細胞が除去される様にしてやると、マクロファージは肝細胞の貪食を行い、その結果炎症が低下し、また肺の繊維化誘導分子の発現が抑えられることを確認している。

CD47 はいくつかの分子と結合するが、マクロファージによる貪食を防ぐのはマクロファージ上の SIRPα で、また NASH では SIRP2α の上昇も見られるので、この分子を抗体で抑制しても、同じ様に炎症の低下と肝臓の繊維化が誘導される。すなわち、CD47 を介したマクロファージの貪食が炎症を高め、繊維化を促していることになる。

結果は以上で、老化を始めた細胞を積極的に殺す senolysis により老化抑制と同じで、死にかけの細胞を積極的に除去することで、炎症と繊維化を抑えることができることを示している。ただ、人間の実際の肝臓でも同じ様に NASH が抑えられるのかはわからない。特に CD47 に対する抗体投与により、正常細胞に障害がおこる可能性があるので、よほど注意して治験を行う必要がある。

マウスの実験だとしてもネクロプトーシスを抑えるのではなく、逆にマクロファージの除去機能を促進して、死にかけの細胞を除去することで肝臓の炎症を抑えられるという結果は、シンプルな実験ではあっても、極めて面白い。今後 NASH にとどまらず、他の病気でも同じ方法で繊維化を遅らせる可能性が出てきたと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

11月24日 アップルウォッチで心不全の兆候を捉えられるか(11月14日 Nature Medicine オンライン掲載論文)

2022年11月24日

3年ほど前から Swatch から Apple Watch に変えて、時計に支配される感覚を心地よく感じて、夫婦共々離せなくなってしまった。今使っているタイプは心電図が測れる。30秒間測って、しっかり心電図パターンは得られるのだが、結局診断されるのは洞調律で、不整脈がないという程度だ。せっかくパターンが取れるのだから、AI を用いてより高度な診断も可能ではないかと思うのだが、アップルとしては間違った診断で問題が起こることを恐れてこの程度でとどめているのだろう。ただ、医者の立場から言えば自宅でプレスクリーニングができればいうことはない。

今日紹介する米国メイヨークリニックからの論文は、Apple Watch の心電図検査を、iPhone を用いてメイヨークリニックのコンピューターに送って、駆出率の異常と左心室収縮異常を発見しようと試みた一種の治験で、11月14日 Nature Medicine にオンライン掲載された。タイトルは「Prospective evaluation of smartwatchenabled detection of left ventricular dysfunction(スマートウォッチによる左室収縮不全の発見の前向き評価研究)」だ。

研究では、まずアップルウォッチの心電図検査をメイヨークリニックに送り、それを AI 診断するアプリを作成し、呼びかけに応じた約2500人に、6ヶ月の間を区切って少なくとも一回は心電図パターンをアップロードしてもらっている。その後、30日以内にエコー心電図検査を受けてもらって、アップルウォッチによる診断の正確度を確認している。エコーまで受けたのが、最終的に420人余りになっている。

参加したボランティアは平均で54歳、おそらく自分でも心配と思っている人が多く、37%が高血圧と診断されている。そのためか、参加者は平均月2.5回、心電計検査をおこなっている。

さて結果だが、一回のエコーで診断される確率とほぼ同じ確率で、アップルウォッチでも左室駆出力

の異常(40%以下)を検出できている。

結果は以上で、おそらく期待以上の検出率で、アップルウォッチを左室駆出力不全の様な重要な心疾患の早期検出に使える可能性を示している。自分で見ても、心電図としてのパターンはしっかりしているので、数を増やしたり、より安定な方法を推奨したりして、診断率を上げることができる様に思う。

うかうかすると、アップル一人勝ちになるかもしれない。

カテゴリ:論文ウォッチ
2023年1月
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