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11月23日 ガンと FragileX遺伝子の意外な組み合わせ(1118日号 Sciencen掲載論文)

2022年11月23日

意外な分子がガンの悪性度を決めるということがある。今日紹介するスイスガン研究所からの論文はFragile X症候群の患者さんが持つFMR1遺伝子がガンの免疫回避に関わっていることを示した、意外な現象についての論文で、11月18日 Science に掲載された。タイトルは「Aberrant hyperexpression of the RNA binding protein FMRP in tumors mediates immune evasion(腫瘍で見られるRNA結合タンパク質FMRP の異常な高発現は腫瘍の免疫回避を助ける)」だ。

何度も紹介しているが、FragileX症候群は、FMR1遺伝子に挿入された CGG 繰り返し配列にエピジェネティックなサイレンシングが起こるため、遺伝子発現が抑えられることで起こる病気で、基本的には知能の発達障害や、自閉症様症状が症状の中心になる。この変異で発現が低下する FMRP分子は、RNA結合タンパク質として、シナプスのシグナル伝達や構造形成に関わっているため、神経特異的な異常が発生すると考えられている。

研究では、FMRP分子の発現が様々な腫瘍で上昇していることに着目し、FMRP発現がガンの悪性度と関わるのではと考え、FMRP遺伝子ノックアウトガン細胞を作成、移植実験をおこなっている。結果、免疫不全マウスに移植した場合全く増殖に差がない一方、正常の同種マウスに移植すると、FMRP分子を発現しないガンは増殖が抑制されることを発見する。この結果が、この研究のハイライトで、FMRPの発現がホストの免疫系を回避に関わることがわかった。

すでに述べた様に FMRP は様々な分子の発現を調節するため、何か特定の分子のカスケードが現れるわけではなく、メカニズムの研究は大変になる。ガン周囲組織のリンパ球はもとより、マクロファージに至るまで、詳しい解析を行い、この回避に貢献する分子を特定するのに成功している。

長い話を短くまとめて以下に列挙するが、なぜこれほどうまく免疫回避に関わる分子を指揮者の様にうまく纏めているのか、不思議なぐらいできすぎた話になっている。

  1. FMRPが発現すると、IL33が誘導され、抑制性T細胞が誘導され、免疫が低下する。
  2. 一方、T細胞の誘導を促す、CCL7を中心とする様々なケモカインは発現が抑制される。逆に、FMRPが欠損すると、これらのケモカインが発現し、腫瘍局所にT細胞を引きつける。
  3. FMRPは Pros1 の発現を介して、組織のマクロファージを免疫抑制型に変える。一方、FMRPの発現が低下したガン細胞では、免疫活性化型のマクロファージが誘導される。
  4. FMRPは免疫抑制型マクロファージの誘導に関わるエクソゾームの誘導も促す。

以上が主な結果で、FMRPが調節する遺伝子は決してランダムに選ばれているわけではなく、免疫回避のためにわざわざ選んできたとすら思える、一連の遺伝子セットを上げ下げして、免疫回避を助けていることがわかる。

ただ残念ながら、ガンのデータベースをもとに、FMRPの発現レベルがガンの生存期間とか変わるかを調べているが、ほとんど相関は認められていない。その意味では、ここで示されたシナリオがどこまで生理学的かわからないが、FMRPで変化する遺伝子セットをひとまとまりの指標として見ると、ガンの予後との相関が認められることから、免疫回避のガンのプログラムが必ずあると結論している。ぜひ、FMRPがサイレンスされた患者さんでは、発癌過程でこのサイレンシングが消えるのかどうか知りたいところだ。

カテゴリ:論文ウォッチ

11月22日 究極のテーラーメイドガン治療(11月16日 Nature オンライン掲載論文)

2022年11月22日

すでに紹介した様に、ガンの突然変異を解析して、個人用ガンワクチンを使う治療が確立しつつある(https://aasj.jp/news/watch/20340)。ただ、これのさらに上をいくテーラーメイド治療が発表され、驚いた。カリフォルニアのPACT Pharma社が11月16日、Nature にオンライン発表した論文で、ネオ抗原を特定するだけでなく、それに対するT細胞受容体(TcR)、それを導入したT細胞を調整してガン治療を行う究極の免疫治療の治験だ。タイトルは「Non-viral precision T cell receptor replacement for personalized cell therapy(個人用細胞治療目的のウイルスベクターを使わない正確なT細胞受容体交換)」。

前置きは抜きにして、この治験のプロトコルを列挙する。

  • ガンのバイオプシーと同時に血液を採取。
  • ガンと血液のエクソームシークエンシングを比較して、ガンのネオ抗原を特定。
  • 同じガンサンプルのRNA解析からガンで発現の高いネオ抗原を特定する。
  • これらのデーターから、一人当たり平均で352種類のガンネオ抗原となるペプチド配列を決定。
  • それぞれのペプチド配列、β2ミクログロブリン、HLA遺伝子を融合させた遺伝子ライブラリーを作成、それを293細胞株で合成させる。最終的に一人の患者さんあたり100種類のペプチドを合成する。
  • それぞれの融合ネオ抗原/HLA複合体をバーコードと蛍光色素でラベルし、これを用いて患者さんのT細胞から、ネオ抗原特異的T細胞を分離、このT細胞のTcR遺伝子をクローニングする。
  • 一人当たり、3種類のネオ抗原特異的TcR(α、β受容体遺伝子)をプラスミドベクターに導入。
  • 患者さんのT細胞をTcRα遺伝子のガイドRNAとCAS9で、カットし、同時に7)で調整したTcR遺伝子プラスミドを導入することで、元のTcRをネオ抗原特異的TcRに置き換える。
  • こうして作成したTcRをネオ抗原特異的TcRに置き換えたT細胞の反応性をテストし、機能的キラー細胞を調整する(だいたい形成した半分がネオ高原に反応する)。
  • こうして作成したT細胞を、様々な濃度で患者さんに注射、途中でIL2皮下注射を行い、体内でどの程度維持されるか、ガン組織に移行するか、安全か、そしてガンを抑えることができるかなどを調べている。

以上から分かる様に、ネオ抗原どころか、クリスパー(しかも相同組み替えまで用いて)を用いたガン特異的キラー細胞まで作ってのけている。驚くのは、この全ての過程を平均163日、5ヶ月で終わらせていることだ。また、今後改良を重ねることでさらにスピードアップできるようだ。

結果だが、10億個に増幅して移植したネオ抗原特異的T細胞は末梢血の20%までを占める様になる。また、移植後バイオプシーできた患者さんで、全てガン組織に移行している。他にも、末梢血とガン組織で様々なパラメーターを調べているが、省略していいだろう。結論としては、安全で皮下IL2注射で体内で増幅維持させることができる。

気になるガンに対する効果だが、以上のプロトコルを進めている間に、ガン抗原が変化したり、HLAが消失したりする患者さんもいる。とはいえ、半数以上の患者さんでガンを抑える効果が見られたことも示している。

最終的な評価や、CAR-Tやワクチン療法との比較は今後の課題だが、この複雑なプロトコル自体を全ての患者さんでやり遂げていることが驚きだ。このプロトコルでは、ネオ抗原免疫を組み合わせることも可能なので、あとは時間とコストだけの問題になる。

ガン免疫治療もついにここまで来たことを実感できる重要な貢献だ。

カテゴリ:論文ウォッチ

11月21日 死に行くガン細胞のレガシー(11月16日 Nature オンライン掲載論文)

2022年11月21日

ガン化学療法の最大の問題は、治療抵抗性の細胞の出現によりガン細胞の絶滅が難しいことで、それを目指すとどうしても副作用が大きくなる。この原因は様々あるが、ガン細胞が遺伝的に薬剤耐性を獲得すること、あるいは静止期の幹細胞集団が抗ガン剤の作用をやり過ごすことが主なメカニズムとして示されている。

今日紹介するドイツ・フランクフルト大学からの論文は、治療によって死ぬ細胞が、死に際に周りの細胞にシグナルを送り、治療に対する抵抗性を誘導するという、ちょっと変わったガン細胞のレガシーに関する研究で、11月16日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Colon tumour cell death causes mTOR dependence by paracrine P2X4 stimulation(直腸ガンが死ぬとき、周りの細胞の P2X4 を刺激し mTOR 依存性を誘導する)」だ。

研究だが、最初から死んでゆくガン細胞が周りのガン細胞を守る経路があると決めてかかっている。使った細胞は直腸ガンで、5FU で処理しても、ガンの増殖は続くことがわかっている細胞だ。まず、ガンのオルガノイド培養を 5FU 処理したとき、残った細胞のどの分子が活性化するか調べていくと、p70 など mTOR を活性化する3種類の分子がリン酸化されることを発見する。

以上の結果は死に際のガン細胞が、周りの細胞の mTOR を活性化することが、ガンの増殖が止まらない原因であると考えられる。そこで mTOR を阻害する rapamycin を 5FU と同時に投与すると、ガンの増殖を強く抑制できる。

詳しくは述べないが、この結果はいろいろ穴があるので、そのまま鵜呑みにするわけにはいかない。著者らもそのことはわかっており、遺伝子操作によりジフテリアトキシン(DT)で殺されるガン細胞と、DT では死なないガン細胞を一つのオルガノイドに混ぜる実験を行い、このオルガノイドを DT で処理して一部のガンが死ぬとき、残りのガン細胞がどうなるかという、少し凝った実験系を使って検討している。

驚くことに、DT に反応しない細胞は全く死なないはずだが、mTOR が活性化し、さらに DT と rapamycin で腫瘍が強く抑制される。繰り返すが、この実験が面白いのは、DT に反応しない細胞も急に mTOR が活性化して、rapamycin 感受性になる点だ。

そこでまず mTOR が活性化する仕組みを解析し、死に際のガン細胞から分泌される ATP が、P2X4 受容体を介して mTOR を活性化させることを明らかにしている。

しかしまだしっくりしないのは、mTOR が新たに活性化され、細胞が抗ガン剤に耐性になったとしても、DT に反応しない細胞が死ぬ理由がない点だ。この問題を追及して、死に際のガン細胞は ATP により周りの細胞を守るため mTOR を誘導するのと同時に、活性酸素を吐き出して、周りの細胞の細胞死を誘導することを示している。

わかりにくい話で、死に際のガン細胞は周りの細胞を巻き込んで殺してしまう活性酸素を吐き出すので、それを守るメカニズムとして mTOR を活性化させるというのが、シナリオになる。ただ、ガン治療という観点から見ると、この反応は状況を複雑にしているため、一見不思議な結果になっているようだ。

いずれにせよ、論文のための論文と決めつけず、上皮性のガンについてはこの可能性を頭に治療を見直すことも重要だと思える。

カテゴリ:論文ウォッチ

11月20日 ダウン症に併発するアルツハイマー病(11月7日 米国アカデミー紀要掲載論文 )

2022年11月20日

今日もアルツハイマー病(AD)に関わる研究を取り上げることにした。今日紹介する論文は、プリオンの生物学でノーベル医学生理学賞を受賞したカリフォルニア大学サンフランシスコ校 Prusiner研究室からの論文で、同じアミロイドβ が蓄積して認知障害が発生するダウン症と AD を、アミロイド β(Aβ) や Tau のプリオン活性の面から比べた研究で、11月7日米国アカデミー紀要にオンライン掲載された。タイトルは「Aβ and tau prions feature in the neuropathogenesis of Down syndrome(ダウン症候群の神経病理は Aβとtau のプリオンが主役として働く)」だ。

ダウン症(DS)は21番染色体が3本に増えた結果起こる様々な障害の集まりだが、症状の一つに早期に始まる AD様症状が知られていた。21番染色体には、Aβ の前駆体となる APP遺伝子がコードされており、Aβ の合成量が高まる結果、ADリスクが高まると考えられてきた。

Prusiner研究室では、プリオン病として確立しているクロイツフェルドヤコブ病だけでなく、様々な神経変性疾患に、感染性のプリオン蛋白質が関わる可能性を追求してきており、Aβ や tau の異常蛋白質の中に、同じ異常構造を増幅する機能を持つプリオン活性が存在することを検出するための実験系を整備してきた。

この研究では、蛍光蛋白質が結合した Aβ や Tau を発現した細胞に、患者さんのプラークを感染させ、蛍光蛋白質の集合を誘導する、超迅速プリオン検出系を用いて DS患者さんの脳組織に存在する感染性 Aβ-プリオン、tau-プリオンを調べている。

AD患者さんでは Aβプリオンや、tauプリオンの存在は既に検出されているが、DS でも同じように感染性プリオンを検出することが出来る。予想通り AD と比べたとき、若い時からプリオン活性が認められる。面白いのは、Aβプリオンだけが認められ、tauプリオンが認められない、19歳、25歳の DS患者さんが見つかったことだ。30歳以降では、常に両方のプリオンが存在することから、この結果はアルツハイマー病が Aβ蓄積から始まり tau蓄積へと拡大する病気であることを示唆している。さらに、プリオンという観点から言うと、どちらの分子もプリオン活性を獲得して伝搬するダブルプリオン病であることが示唆される。

この研究の最大のハイライトは、老化とともに病気が進行した後のプリオン活性が、AD では低下するにもかかわらず、DS では上昇し続けるという発見だ。ADでプリオンが老化とともに低下するのは、散発性のADでも遺伝性の AD でも同じで、また Aβ も tau も同じ傾向を示す。特に Aβ ではその傾向が著明で、なんと40歳ぐらいから低下傾向が見られるようになる。

この原因は、プラーク形成と、プリオン活性が相反しているからと考えられるが、だとすると DS でも同じ傾向が見られていいはずなのに、DS のヒトのプリオン活性は Aβ も tau も上昇し続けている。

結果は以上で、寿命の問題から、60歳以上の DSケースが調べられていないので、一般の AD と完全に比較することは難しく、この発見の意味を理解するためには、さらなる研究が必要だ。いずれにせよ、続けて紹介した3編の論文は、AD も見方を変えると、全く異なる課題が見えてくることを教えてくれた。

カテゴリ:論文ウォッチ

11月19日 アルツハイマー病をもう一つのアミロイド蛋白質 Medin から眺める(11月16日 Nature オンライン掲載論文)

2022年11月19日

アルツハイマー病(AD)というと、βアミロイドやTau蛋白質を中心に研究が進んでいるが、最近は様々な多因子の影響を調べる研究が進み、病気のメカニズムも単純に蛋白質の凝集による神経細胞死だけではなく、様々な細胞が絡み合う複雑な状態であるという認識が中心になってきた。研究は大変だが、病気の標的が増えることは、患者さんにとっては朗報になる。実際、昨日紹介した APOE4 による AD 悪化メカニズムについての論文は、神経繊維をインシュレートしているミエリン障害も AD 症状に貢献していることを明らかにした。

今日紹介するドイツチュービンゲンの神経変性疾患研究センターからの論文は、私も全く思いもかけなかったアミロイド蛋白質の一つ Medin が βアミロイドと重合して血管機能を低下させることも AD 発症に関わることを明らかにした、重要な論文で11月16日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Medin co-aggregates with vascular amyloid-β in Alzheimer’s disease (Medinはアルツハイマー病血管のアミロイドβと凝集する)」だ。

アミロイドーシスと呼ばれる蛋白質沈着を起こす蛋白質は20種類以上知られているが、今日紹介する論文が注目してきたアミロイド蛋白質は MFG-E8 と呼ばれる分子から切り出される Medin と呼ばれるアミロイドで、実は私にとって全く初耳のアミロイド蛋白質だ。Medin は主に血管周囲に沈着し、年齢とともに血管が硬くなる原因として研究されてきたようだ。

この研究では、Medin が脳に発現していること、また AD で凝集が高まることが知られているため、AD の病因の一つ βアミロイドと直接相互作用して AD を悪化させているのではと着想し、マウスADモデルに Medin が出来ないマウスを掛け合わせ、Medin の影響を調べている。

驚くべき結果で、Medin が出来ないマウスと ADマウスを掛け合わせると、特に血管周囲で βアミロイドプラークの形成が強く抑制されることが明らかになった。

また試験管内で組み替え蛋白質を用いた研究で、βアミロイド蛋白質の凝集を Medin が促進することを確認している。以上の結果は、少なくとも βアミロイドによるプラーク形成に Medin が深く関わっていることを示した。

そこで、ヒトAD脳組織を集め、Medin との関わりを調べると、Medin と βアミロイドは一つのコンプレックスを形成していること、またアミロイドプラークの多いAD患者さんでは MFG-E8 の血管周囲での発現が著明に上昇していること、そして Medin の量と認知機能が強い相関を示すことを明らかにしている。すなわち、Medin の量と凝集は AD の症状と比例することから、

最後に AD モデルマウスに Medin 凝集を含む分子を老化血管から集めて注射すると、βアミロイドと凝集してプラーク形成を高めることを明らかにしている。

以上の結果は、ADの病態、特に血管周囲の Medin とアミロイドβ との凝集が深く関わっていることを示している。ヒトでは Medin の発現が血管周囲に限定されているため、βアミロイドとの相互作用は血管上で起こることから、これによるプラーク形成は、神経実質より、血管の異常を誘導して、アルツハイマー病に関わっている可能性を示唆する、重要な貢献だと思う。

このように昨日の APOE4 も今日の Medin も、ADの病像の重要な部分が神経繊維、すなわち白質障害である可能性を示唆しており、今後ADの新しい治療標的が現れるのを予感させる。

カテゴリ:論文ウォッチ

11月18日 アルツハイマー病リスク遺伝子APOE4はミエリン化障害を誘導する(11月16日 Nature オンライン掲載論文)

2022年11月18日

アルツハイマー病(AD)の最も高いリスク要因は老化だが、次に来るのは遺伝的要因で、アミロイドや tau といった分子だけでなく、実に様々な遺伝子多型がリスク要因として特定されている。中でも最も頻度が高いのが APOE の多型、APOE4とADの相関だ。APOEは名前の通り脂肪やコレステロールのトランスポーターで、大半の人はAPOE3というタイプの遺伝子を持っている。一本の染色体でAPOE3がAPOE4多型に変わると、ADリスクが3-4倍増加、さらに療法の染色体がAPOE4にかわるとそのリスクは10倍を超える。

これほど重要な分子なのに、APOE4により ADリスクが上昇するメカニズムについては様々な説が存在し、決定的な説明は出来ていない。今日紹介するMITからの論文は、APOE本来のコレステロールトランスポーターの役割とADの関係を結びつけることに成功した研究で11月16日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「APOE4 impairs myelination via cholesterol dysregulation in oligodendrocytes(APOE4はオリゴデンドロサイトのコレステロール代謝異常を介してミエリン化を傷害する)」だ。

この研究では、APOEとAD発症を追跡したコホート集団の死後脳から細胞核を抽出し、single nucleus RNA sequenceによりsingle cellレベルの遺伝子発現データを集め、APOE多型の差による変化を調べている。

転写の比較はこれまでも行われており、APOE4が集まると、炎症性変化や細胞ストレス反応が高まること確認されている。この研究では、細胞レベルの比較から、ミエリンを合成するオリゴデンドロサイトでコレステロール合成経路が大きく変化していることに着目し、研究を進めている。

まず脂肪代謝物について、人の脳でのAPOE4の影響を調べると、様々なコレステロールエステルの上昇が見られ、遺伝子発現変化に一致している。そこで、組織学的にオリゴデンドロサイトを調べると、APOE4の患者さんでは脂肪酸やコレステロールが細胞体内に限局し、神経繊維に沿って存在している細胞質へと移動できないことを発見する。すなわち、合成が上がっても、ミエリン形成などに必要な末梢に移動せず、細胞体内で貯留することがわかる。

これが老化による影響でないことを、今度はAPOE3とAPOE4の方から作成したiPSを用いて調べている。iPSからオリゴデンドロサイトを誘導して組織学的に調べると、ヒト脳で見られたように、APOE4が存在すると、コレステロールが細胞体の核周囲に貯留し、末梢へと移動できない。さらに、神経細胞とk共培養を行い、神経繊維に巻き付いてミエリン合成を行うプロセスを再現すると、そこでのミエリン合成が出来ないことがわかった。

また、APOE4とAPOEノックアウト細胞を比べると、同じ異常が見られることから、APOE4は機能不全とほぼ一致すると考えて良い

以上の結果は、APOE4により起こる細胞ストレスで、オリゴデンドロサイトのコレステロール合成が高まるにもかかわらず、輸送がうまく行かずに、細胞ストレスが高まるとともに、ミエリン合成が低下することがわかる。

とすると、コレステロールの移動を助ければ、細胞レベルの異常が改善すると期待されるので、シクロデキストリンを培養に加えて輸送を高めると、期待通り輸送が高まり、ミエリンの合成が正常化することがわかった。

最後に、このシクロデキストリンをAPOE4トランスジェニックマウスに投与する実験を行い、ミエリン化の上昇、そして認知機能改善が認められることを確認している。

以上が結果で、APOE4の作用はこれだけでないと思うが、ADについて新しい概念を提出するとともに、APOE4を持つ人たちの発症予防薬開発の可能性を大きく推進した重要な研究だと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

11月17日 ネオアジュバント免疫療法効果の解析(10月27日 Nature オンライン掲載論文)

2022年11月17日

切除可能な腫瘍をすぐ切除するのではなく、様々な抗腫瘍措置をしてから切除することは、ネオアジュバント治療といわれ、多くのガンでルーチンになりつつある。そして、免疫療法の効果が確認されるにつれ、免疫療法をネオアジュバントとして使う治験研究が増えてきた。この方法の最大の特徴は、切除組織を用いてネオアジュバント治療の効果が確認できることで、特に多くのパラメーターが変化する免疫系では意義が大きい。

今日紹介するジョンズホプキンス大学からの論文は、GVAX と呼ばれる細胞ワクチンと PD1 阻害抗体を組みあわせたネオアジュバント治療の効果を、膵臓ガン組織で調べた研究で、10月27日 Cancer Cell にオンライン掲載された。タイトルは「Multi-omic analyses of changes in the tumor microenvironment of pancreatic adenocarcinoma following neoadjuvant treatment with anti-PD-1 therapy( PD1 抗体ネオアジュバント治療後に膵臓ガン微小環境で見られる変化のマルチオミックス解析 )」だ。

膵臓ガンのネオアジュバント免疫療法という意味では、貴重なデータだ。ただ、研究全体が何でもありで、ゴチャゴチャしすぎている印象がある。まず、免疫治療は抗 PD1 抗体だけでなく、GVAX と呼ばれる特殊なワクチンを用いている。

GVAX は、膵臓ガン細胞を GM-CSF を分泌するよう改変し、これを放射線照射した後抗原として注射するワクチンで、ガン免疫が強い患者さんに見られるガン周囲のリンパ組織集合を誘導するワクチンとして知られている。自己のガンではないので、ガン抗原のオーバーラップがあるかどうかは運次第だが、GM-CSF で免疫系を活性化することがポイントになっている。従って、この研究では GVAX と GVAX + PD1 抗体を比べる形になっている。

コントロールがないが、代わりに全ての患者さんで免疫治療前にバイオプシーを行い、治療前後の組織を比べることで、効果を見ている。

結果だが、GVAX 単独、あるいは GVAX + PD1 抗体で、腫瘍組織の免疫システムをかなり変化させることが可能で、またこの変化と予後は相関しているとまとめられるだろう。面白い点だけまとめると以下の様になる。

  1. PD1 抗体に関わらず、GVAX により腫瘍組織のリンパ球集合が誘導できる。この集合は治療前のバイオプシーでは認められない。
  2. 腫瘍組織の CD8、CD4T 細胞はどちらも PD1 抗体組み合わせで高い数値を示す。
  3. ワクチンだけの場合、治療前からキラー細胞が腫瘍組織にいるかどうかが、生存率を決める。一方、この差が PD1 投与群ではなくなる。
  4. これまで知られているように、治療前の腫瘍組織の好中球が多いと、特に PD1 と組みあわせたときの予後が悪い。その意味で、治療前のバイオプシーは重要で、今後 IL8 などを阻害することでこの状況を変えることで、治療効果を高める可能性がある。
  5. PD1 抗体治療により、腫瘍浸潤T細胞のクローナル増殖が観察できる。

他にもまだまだあると思うが、混乱するだけなので紹介はやめる。要するに、GVAX はリンパ球集合誘導という意味では効果があり、また PD1 抗体もT細胞の疲弊を抑え、クローン増殖を高める点は期待通りだが、その効果をさらに強めるために好中球のコントロールが重要であることが結論になる。特に目新しいわけではないが、実際の患者さんのネオアジュバント治療をここまでやったのが大きい。おそらく、これを積み重ねることで、さらに免疫療法を改良することが出来るだろう。我が国でここまで出来るようになるのは、いつのことだろう。

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11月16日 脳脊髄液循環に関わるマクロファージ(11月9日 Nature オンライン掲載論文)

2022年11月16日

おそらく脳脊髄液の研究で最も驚いたのは、2013年に紹介した、睡眠が脳脊髄液循環を高め、一日の老廃物を除去してくれていることを示したRochester Medical Centerが発表したScience論文で、今もメディアでは取り上げられることが多い(https://aasj.jp/news/watch/608)。その後、この循環を支える構造などが明らかになり、このHPでも紹介してきた。ただ、このシステムに関してはまだまだ話は尽きないようだ。

今日紹介するワシントン大学からの論文は、髄膜や脳血管周囲のマクロファージが髄液循環システムの掃除屋として働いているという、組織学の極致といった論文で、11月9日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Parenchymal border macrophages regulate the flow dynamics of the cerebrospinal fluid(実質との境に存在するマクロファージは脳脊髄液の流れを調節している)」だ。

タイトルから、マクロファージが脳脊髄液の循環のポンプの働きをしているのかと思ってしまったが、先に種明かしをすると、直接流れを駆動するのではなく、管を掃除したり、駆動に関わる平滑筋を助けたりするという結果だ。

このグループは脳脊髄液が流れるルートの壁に並んでいるマクロファージに注目し PBM (Parenchymal border macrophages )(脳境界マクロファージ)と他のマクロファージやミクログリアから区別して、特定する方法を開発し、この細胞が髄液と脳実質の中間で双方から様々な物質を貪食する機能があることを確認している。

次に、この貪食能を利用して、毒の入ったリポソームを食べさせ、PBM を除去すると、MRI で測定される髄液の流れが強く抑制され、また脳内で発生する様々な老廃物が蓄積する。

次に PBM が髄液の流れにどう寄与しているかを調べる目的で、まず髄液運動の駆動力として知られる動脈の反応を、ライブイメージングを用いてPBM除去マウスで調べると、動脈の刺激に対する反応や拍動が低下していることを明らかにしている。Single cell RNA sequencing で調べると、PBM は血管平滑筋と相互作用するシステムを持ち、これを介して平滑筋運動をスムースにしていると考えられる。

この実験は、脳を開けてしまうのではなく、頭蓋を薄くして顕微鏡で見えるようにして行っており、なかなかプロの世界を感じる。同時に、PBM が高い貪食能を持つことから、様々な細胞外マトリックスが蓄積するのを抑え、通りをよくしていることも示している。

以上から、PBM は平滑筋の調子を整え、髄腔の掃除を行うことで髄液の流れを調節することがわかったが、最後に老化マウスをしらべ、この機能が低下することで、髄液の流れが落ちていること、この変化が記憶障害の原因になること、そして M-CSF を注射することでこの機能を急性には回復させられることを示している。老化で頭の掃除が出来なくなるようだ。

そして、この機能低下がアルツハイマー病につながるアミロイドβ の除去に関わることも示している。

以上が結果で、特に脳の老化を考える時には重要なポイントになるように思う。

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11月15日 文章を聞き取るときの脳内プロセス(11月3日 Nature Communications 掲載論文)

2022年11月15日

時間経過とともに進展する言葉のつながりを私たちは理解することが出来る。この時、音素を区別しながら、言葉のつながりを脳内で再構成し、その内容を理解する。言語が最初は音素の並びをシンボル化することから始まったとすると、この脳過程を理解することは、言語の発生を知る鍵となるが、まず人間の脳でしか調べられないので、研究は難しい。

今日紹介するカリフォルニア大学サンフランシスコ校からの論文は、時間解像度は高いが空間解像度は高くない脳磁図計を用いて、語られるストーリーを聞いているときの脳をの反応を解析し、聞いている単語の並びの様々な要素と相関させることで、聞いた音を解読する我々の脳の仕組みに迫った研究で、11月3日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Neural dynamics of phoneme sequences reveal position-invariant code for content and order(音素の並びを解読する神経動態は内容と順番に関してポジションに関わらないコードを明らかにする)」だ。

この研究では脳磁図計の中で、自然なストーリーを聞かせ、この時に反応している脳領域を、音素や文章の複雑性、単語の構造や、音素の場所など14の要素に分解し、それぞれの要素を脳活動と対応させ、脳がそれぞれの要素や、統合された結果をどのように表象しているかを調べている。

方法論的には、いわゆる回帰解析で、それによりどの程度説明がつくかを調べるスタイルで、数理的内容については完全に理解しているわけではない。

ただ、結果は、これまで私がぼやっと思い描いていた、一つの音素の並びを脳が追いかける、というシナリオとは全く異なっている結果で、

1)一つの音素に対して大体300msの間に、   大体3種類の独立した表象が形成される。すなわち、同じ音素を、少しづつずれて形成される表象として脳内に一定期間保持している。

2)とすると、続いて現れる音素の順番が狂ってしまうことになるが、音素間の間隔をコードすること、及びそれぞれの音素の表象に関わる領域が、次の音素と重ならないようにすることで、音素の順序の表象が形成できる。

3)それぞれの音素を維持する時間は、音素に対応する単語の内容や、文章の複雑さで調節される。すなわち、音素の現れるのが予想しやすい場合は短い時間で解読され、他の音素に集中することが出来る。

ちょっと複雑な結果なので、うまく説明できたかわからないが、要するに同じ音素を、決して一つではなく、少しづつずれながら平行して活動する2-3種類の表象として維持することで、前後の他の音素との関係を確定し、統合していることがわかる。これをPC上で実現することはそう難しいことではないが、これにより音声認識をどこまでフレキシブルに出来るのか、その結果を待って評価したい。しかし、これまで抱いていたイメージよりは、この処理方法は納得できる。

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11月14日 なぜ硬膜外電極刺激で、慢性脊髄完全損傷患者さんが歩けるようになるのか(11月9日 Nature オンライン掲載論文)

2022年11月14日

脊髄損傷治療領域でのローザンヌ工科大学の成果が著しい。2018年、硬膜外電気刺激 (EES)とリハビリを組みあわせて、慢性の脊損患者さんの自立歩行を可能にした前臨床と臨床研究の成果に関する Nature 論文を紹介したが(https://aasj.jp/news/watch/9166)、その後、AIを取り入れたさらに高度なプログラムと、複数の平面電極を駆使して、手術の日から足が動くようになる EESシステムを開発し、臨床応用が始まっていることについては脊髄損傷を受けた友人達と、Youtubeで解説した(https://www.youtube.com/watch?v=3X5s4CrfkGQ)。

同じグループが、今度は EESによってなぜあれほどうまく歩けるようになるのかという素朴な疑問に答える画期的な研究を11月9日 Nature にオンライン掲載した。タイトルは「The neurons that restore walking after paralysis(麻痺の後で歩行能力を回復させる神経細胞)」だ。

EESは驚くべき技術だが、経験とAIに依存しており、脊髄で何が起こっているのかはわかっていない。このグループは、EESの成功にあぐらをかかず、この点の解明を進めていた。

面白いことに、EESにより多くの脊髄神経の活性が低下する。これが、EESで歩くときに必要な神経だけにリプログラムされたのではと考え、まずマウスで人間のEESと同じモデルを作成し、最終的に EESに反応して歩行を可能にしている神経細胞の特定を試みている。

まず脊髄細胞を single cell RNA sequencing で分類し、これらを組織上でマッピングできるようにした上で、EESにより最も活性化される細胞を探索している。実際にはAIを用いた大変な努力だと思うが、その結果ついに後核と前核のボーダーにあり、毛様体脊髄路に太い神経を送っている神経細胞を特定する。

あとは、この細胞を光遺伝学的に活性化したり、抑制したりして以下の結果を明らかにしている。

  1. この神経細胞は正常歩行にはあまり関与しない。
  2. この神経を抑制すると、EES刺激でも麻痺したままになる。
  3. この神経細胞はEES歩行時に最も活性化される。
  4. 硬膜外からの刺激でなく、この細胞を光り遺伝学的に刺激することで、EESと同じ効果を発揮し、歩行させることが出来る。

わかりやすいように極めて単純化して紹介したが、要するに正常では脳幹からの刺激を受ける程度で、大きな役割がない神経細胞が、麻痺後の神経刺激に反応して、新しく歩くためにリプログラムされるという結果だ。なぜ EESであそこまでうまく歩けるのか理解できないモヤモヤが晴れた。この細胞がわかったことで、ひょっとしたらさらに高いレベルの脊髄損傷治療が可能になるのではと期待される。ますます発展して欲しい。

カテゴリ:論文ウォッチ
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