病原体の種類を問わず、感染すると炎症と共に、Just being sick と表現できる、熱、倦怠感、食欲不振、頭痛、意欲の減少などがおこる。このうち多くの症状が、局所の炎症シグナルが脳へ伝えられ、行動を変化させる結果であること、そしてこの伝達に関わる一つの主役がプロスタグランジンであることもよく分かっており、事実プロスタグランジンの合成を阻害するアスピリンやイブプロフェンがこれらの症状の多くを改善してくれる。
このような全身に共通の症状が発生し、それをアスピリンで治すことができるのは、プロスタグランジンの全身効果かと思っていたが、今日紹介するハーバード大学からの論文は、インフルエンザ感染が脳へ伝わる経路を丹念に解きほぐし、この反応が、舌咽頭に分布する感覚神経を介して脳へと伝達されることを明らかにした研究で、3月10日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「An airway-to-brain sensory pathway mediates influenza-induced sickness(気道から脳への感覚経路がインフルエンザによる体調不良を媒介する)」だ。
これまでの研究で、インフルエンザ感染によりプロスタグランジンE2(PGE2) が合成され、これが神経の PGE2受容体EP3 を刺激、その結果体調不良に至ることが薬理学的研究から分かっていたが、どの神経細胞がインフルエンザ感染を脳に伝えているのかは分かっていなかった。
この研究では、インフルエンザ感染、PGE2、EP3シグナル経路が主役であることを確認した上で、EP3 を発現して、鼻咽頭部から脳に至る神経経路を、文字通り一本づつ解きほぐしている。具体的には、神経細胞 single cell RNA Sequencing データベースから EP3 を発現する神経細胞を特定し、それぞれの神経細胞特異的な遺伝子に導入した遺伝子スイッチを使って、その神経だけから EP3分子をノックアウトし、体調不良が改善されるかを調べるという、大変な実験だ。
この結果、迷走神経下神経のうちで NP9 と分類できる感覚神経の EP3 をノックアウトした時のみ、症状が改善される、すなわちアスピリンを飲んだのと同じ効果が得られることが分かった。また、ジフテリアトキシンを用いてこの感覚神経を除去する実験でも、同じように症状の改善が見られることを示している。また、この感覚神経経路は、特に咽頭から舌にかけて分布しており、ここから最終的に延髄の孤立核へとつながった感覚経路であることも、確認されている。
以上の結果は、少なくとも上気道感染の PGE2 の合成は局所で感知され、特異的な感覚神経経路を通って延髄に伝わり、全身症状を引き起こしており、PGE2 がホルモンのように全身を巡って症状を起こすわけではないことがはっきりした。
専門家には当たり前の話かもしれないが、感染による just being sick がプロスタグランジンの全身効果と思ってきた私には、目から鱗の論文だった。