細胞の増殖に関わる分子の変異が、ガンのドライバーや抑制に働くことは容易に理解できても、例えばTCAサイクルの様な基本的な代謝経路に関わる酵素の変異がガンへと発展するメカニズムは理解が難しい。
最も知られた例がグリオーマとIDHで、TCAサイクルの基本酵素の変異により生成する2HGと呼ばれる分子が様々なメチル化反応を阻害することにより、転写のプログラムが狂い、ガンになること明らかにされている。すなわちTCAサイクルでも、単純なエネルギー産生ではなく、それに関わる様々な分子の合成経路が狂うことで、ガンの発生しやすい状況が生まれることが示される。
今日紹介するケンブリッジ大学からの論文も、TCAサイクルのフマル酸からリンゴ酸へと転換する酵素fumarate hydratase(FH)がなぜ悪性の腎臓ガンの原因になるのか、そのメカニズムを調べた研究で、3月8日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Fumarate induces vesicular release of mtDNA to drive innate immunity(フマル酸がミトコンドリアDNAの小胞体輸送を誘導して自然免疫を駆動する)」だ。
おそらくこのグループはFH変異と腎臓ガンや平滑筋腫発生の関係を長く研究していたのだろう。腎臓でタモキシフェン注射でFHが欠損するマウスを作成し、FH欠損の効果を調べたところ、細胞の増殖や代謝に大きな変化が起こるわけではないが、自然免疫に関わる分子の発現が腎臓細胞で起こることを発見する。
様々なガンで、炎症の役割が示唆されており、この結果はFH欠損による腎臓での炎症がガンを誘発する原因である可能性を示唆している。このシナリオを確認するため、まずFH欠損が自然炎症を誘発するメカニズムを探っている。
この結果、FH欠損により細胞内のフマル酸が上昇するだけで、ミトコンドリアからDNAが漏れ出し、これが細胞内核酸センサーを刺激し、TBK1-IRF3経路が刺激されることがわかった。事実、細胞膜を通過できるフマル酸を添加するだけで腎臓上皮細胞の自然免疫が誘導される。
最後に、フマル酸蓄積がミトコンドリアDNA流出を誘導するメカニズムを探り、ミトコンドリア形態の変化などを考慮しながら、最終的にフマル酸がミトコンドリアからの小胞体形成、遊離を誘導し、この中に含まれるDNAがRIG-1やcGASと言った核酸センサーにキャッチされ、自然免疫を誘導することがわかる。
以上の結果は、FHが腎臓ガンの促進因子になる原因は、慢性の炎症および、おそらく細胞死の促進が組み合わさった結果であると考えられる。当然、他の原因による腎臓ガンでも、この経路が阻害されることでより悪性になることが予想される。
しかし、代謝経路と単純にまとめることの間違いを、IDHやFHの例は教えてくれる。勉強になった。