膵臓ガンの治療が難しい一つの理由は、発見された時にはすでに転移が進んでいることが多いためだ。一方、膵臓ガン発症に関わるガンのドライバーやガン抑制遺伝子は共通性が高いので、この転移性は発ガン後に起こった遺伝子の変化の結果と考えられる。
今日紹介するイスラエル・ヘブライ大学からの論文は、RNAスプライシングの違いが膵臓ガンの転移性を決めているのではと仮説を立て、転移ガンでは発現が低下するRBFOX2を特定し、RBFOX2発現低下が転移性の上昇につながるメカニズムを明らかにした論文で、3月22日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「RBFOX2 modulates a metastatic signature of alternative splicing in pancreatic cancer(膵臓ガンではRBFOX2がオルタナティブスプライシングを変化させ転移性を調節する)」だ。
この研究では発表されている膵臓ガンのRNA発現データベースを、スプライシングの違いという観点から整理し直し、オルタナティブスプライシングの差が転移性の差に繋がっていることを発見する。このスプライシングが変化した遺伝子の特徴を調べると、RBFOX2が認識する配列を持っていること、そして、転移性の高いガンではRBFOX2の発現が低下していることを発見する。
次に、転移性の高い膵臓ガン株にRBFOX2を導入する、あるいは転移性の低いガン株のRBFOX2をノックアウトする実験を行い、RBFOX2がガンの転移性を抑制するスプライシング因子であることを突き止める。また、RBFOX2発現が低下することで、細胞骨格調節機構が変化し、最終的に転移性が高まることを発見する。このRBFOX2のみのオンオフで転移性が変化するという点がこの研究のハイライトで、あとはどの遺伝子のスプライシングの変化が転移性の変化を生んでいるかを調べている。
RBFOX2の有無による発現遺伝子の比較と、転移性を調べる機能実験を繰り返し、
- RBFOX2の標的で最も重要なのは、転移に必要な細胞骨格変化に必須遺伝子であるRhoAと結合することが知られているMPRIPで、この遺伝子の23番目のエクソンはRBFOX2が存在しないとスキップされる。
- エクソン23が欠損したMPRIP分子は、それだけで膵臓ガン株の転移性を高める。また、遺伝子操作でエクソン23がスキップできないようにすると、転移性が低下する。
- エクソン23欠損MPRIPは、RhoAと同時にMAPキナーゼカスケード分子と強く結合して、Rhoシグナルを変化させ転移性を上昇させる。
- MPRIP以外にも、細胞骨格変化に関わるミオシン軽鎖や小胞体輸送に関わるCalsynteninのスプライシングも変化しており、それぞれのスプライシングを抑える操作を行うことで、転移性が低下することを示している。
以上、一つのスプライシング因子が低下するだけで、ガンの転移性を上昇させる様々な変化が同時に起こっているという重要な発見で、膵臓ガン治療標的になるかどうかはわからないが、膵臓ガンを見るための新しい視点を示したことは間違いがない。