アルツハイマー病 (AD) では、アミロイド沈着や、tau分子の沈殿によりミクログリアやアストロサイトが活性化され、自然免疫刺激による炎症が起こることで病気が進展することは広く認められる様になり、この過程を標的としてADを制御する試みが進んでいる。ただ、自己免疫反応が誘導されるとまでは考えてこなかった。
今日紹介するワシントン大学からの論文は、変異tauを誘導してtau異常症を発症させたマウスでは、おそらく自己反応性のT細胞が誘導され、病気の進展を促進することを示した研究で、3月8日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Microglia-mediated T cell infiltration drives neurodegeneration in tauopathy(ミクログリアにより媒介されたT細胞浸潤がtau異常症での神経変性を駆動する)」だ。
この研究ではtau遺伝子の変異により、tau異常沈殿が起こり、早期にADが発症するマウスを用いている。このマウスに、さらにADのリスクファクターであるAPOE4遺伝子を掛け合わせると、アミロイド沈殿なしにADが急速に進む。
おそらく最初はtau異常症による自然免疫系の反応を調べる目的で始められたと思うが、アミロイド異常症、tau異常症を示すマウスの脳細胞について、single cell RNA sequencingを用いて調べると、全く予想に反して、変異tau導入マウスのみT細胞の数が上昇していることを発見した。一方B細胞を含む他の細胞は変化が見られない。
T細胞は脳実質に浸潤しており、tau異常症の進展とともに、増加してくる。そして、抗原刺激による活性化を示すマーカー分子を発現しているとともに、抗原受容体遺伝子でクローナルナ増殖が起こっていることを確認できる。すなわち、抗原特異的T細胞がtau異常症で誘導されることが明らかになった。
残念ながら、自己免疫反応を誘導する抗原については特定できていないが、T細胞を除去するためにCD4とCD8に対する抗体注射を9ヶ月頃から続けると、病気の進行を止めることが出来る。すなわち、自然免疫だけでなく抗原特異的T細胞反応がAD進行に関わることが明らかになった。
このようにT細胞を除去したマウスでもtau異常症マウスではミクログリアが活性化され、様々なケモカインが分泌されている。さらに、ミクログリアの活性化を抑えたり、ミクログリアによる抗原提示を増強するインターフェロンγを抑えると、やはり病気の進行を抑えられることから、tau異常症がまずミクログリアを活性化し、T細胞の浸潤を促すとともに、様々な神経細胞分子を抗原ペプチドとして提示し、T細胞を活性化して自己免疫が起こることがわかる。
以上がシナリオだが、いくつかさらに研究が必要な点も明らかになっている。
まず、T細胞を除去したマウスでは、異常tauの成熟が抑えられている。すなわち、tauの沈殿自体が、自己反応性のT細胞により促進されており、メカニズムの解析が待たれる。
また、PD-1抗体によるチェックポイント抗体注射実験も行っている。当然免疫が増強されると思いきや、なんとPD-1抗体投与により脳内の抑制性T細胞が増加し、免疫反応が低下する結果、病気の進行が抑えられる。一般的にチェックポイント治療は免疫反応の最後、エフェクター段階で効果を持つが、ひょっとしたら免疫早期では、異なる効果を持つ可能性がある。これもメカニズム解析が待たれる。
いずれにせよ、この結果が正しければ、tau異常症によるアルツハイマー病の治療も大きく変化する可能性がある。