クジラは身体が大きいのにガンが少なく長生きすることが知られており、興味の対象となっている。これまでの研究で、代謝や自然炎症の抑制とともに、ガンや老化の原因となるゲノムの突然変異率が低いとされてきた。ただ、これまでの変異率測定は、個体間での違いを調べる系統的は手法で行われており、正確度にかけていた。
今日紹介するオランダ・フロニンゲン進化生命科学研究所からの論文は、ゲノム解析から確実に親子トリオと確認できた個体を用いて、ゲノムとミトコンドリア突然変異率を測定した研究で、9月1日号 Science に掲載された。タイトルは「Wild pedigrees inform mutation rates and historic abundance in baleen whales(野生の親子からヒゲクジラの突然変異率と、歴史的な個体数の推定が可能になる)」だ。
一番興味があるのは、どうして野生のクジラのサンプルを集めるかだ。この研究では泳いでいるクジラの群れの皮膚を、ボウガンのような弓を用い、小さなボルトをつけた矢じりでサンプリングする方法で集めている。勿論正式な許可を取ってのサンプリングだ。
後は30カバレージ以上のゲノム解析を行い、まず両親と子供のセットを選び出し、親のゲノムと子供のゲノムを比較して、突然変異率を測定している。ザトウクジラ、シロナガスクジラ、ナガスクジラ、北極クジラの4種類での結果は、ほぼ人間と同じで1億分の1程度におさまり、クジラだから突然変異率が高いというのは否定された。
また、両親と子供を比べる方法で、男親、女親染色体での変異率を見ると、変異の80%は父親の精子形成過程から来ていることがわかるが、これも人間と同じだ。また、父親の年齢と変異数は相関する。
次に、ミトコンドリアのヘテロプラスミー(ヘテロプラスミーについては先日紹介した論文を参照してください:https://aasj.jp/news/watch/22785)を、これまでにサンプルを採取された850頭のクジラサンプルを用いて調べ、それぞれのミトコンドリアの変異率を最終的に100万分の4程度と計算している。これも人間の変異率と変わらない。
以上のことからクジラゲノムが変異率が低いという通説は否定され、クジラの長寿は、代謝や自然炎症、あるいはゼノリシスなど進化で獲得されたメカニズムに依存していると考えられる。
もう一つ重要なのは、例えばミトコンドリアの変異率について、これまでの変異率の推定はこの研究結果の10分の1で、その結果、この研究で予想される10倍の数のクジラが乱獲前に存在していたと主張されてきた。この数は、実際に生態学的に調べた数と大きくかけ離れており、乱獲の影響をどう算定するかの議論になっていたのだが、今回の研究で生態学的研究からの推定と、ゲノムからの推定がほぼ一致したことは、クジラ保護と捕鯨の影響を正確に知るためにも重要な結果だ。