最近の脳内留置電極を用いた ヒト脳の研究は目を見張る勢いで、例えば脳活動から行動を再現すると言ったデコーディングは実用化のレベルまで達しており、後は安全な長期留置が可能な電極が開発されるかにかかっている。しかし、神経回路となると、あらゆる場所に電極を置くことが出きないため、研究は簡単でない。
今日紹介するペンシルバニア大学からの論文は、甘くて脂肪の多い食べ物の味を覚えてしまうと、同じ食べ物についつい手が伸びて過食になる現象の神経回路を人間で解明しようとした研究で、8月30日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「An orexigenic subnetwork within the human hippocampus(食欲増進のサブネットワークが人間の海馬の中に存在する)」だ。
マウスを用いた研究で、視床下部外側 (LH) の MCHホルモンを分泌する神経から、海馬領域のドーパミン受容体発現神経に投射する神経回路が、美味しい食べ物を覚えて、その食べ物を好む行動に関わることが示されているが、人間では研究が進んでいない。
そこでこの研究では、この回路を人間で研究するとしたら何が可能かを追求している。まず、LHと海馬腹側外側領域(dlHPC)が実際に結合しているか、高解像度の7テスラMRI を用いた確率論的トラクトグラフィーを用いて確かめている。ただ、この方法ではどうしても正確さに欠けるので、両方に電極を留置した希な患者さんを利用して、それぞれの刺激実験を行い、両者が機能的な神経結合を持つことを示している。
ただ、これだけでも飽き足らず、実際の神経投射があるのかについては、死後脳を用いる実験を計画、許可を得て MCHホルモン染色を用いた免疫組織学を行い、解剖学的当社を確認している。
以上、両者の結合を示す証拠を示した上で、次に機能実験を行っている。課題はミルクセーキタスクと呼ばれており、画面で見たミルクセーキに対する神経反応を測定している。面白いことに、水には反応せずミルクセーキに反応して起こる海馬の活動は、θ波と呼ばれる 4−5Hz の成分で、統合された情報が伝えられているときに見られることを考えると、海馬で美味しい記憶が統合されていることが覗われる。
最後に過食の女性でこの回路を MRI で調べると、過食の女性ではこの回路の結合性が有意に低下していることを明らかにしている。個人的には、結合性が上昇するから過食になるのかと思っていたが、統合することは過食を抑制することにも関わるのかも知れない。
以上が結果で、一つの回路を人間で調べるためには何が必要かを教えてくれる面白い論文だ。ここまでの実験を可能にするためには、基礎臨床ががっちりとタッグを組む体制が必要で、是非我が国でもこのような研究を可能にする仕組みが必要だろう。でないと待っているのは、マウスの実験だけで満足する袋小路だけだ。