大人のグリオーマのほとんどはイソクエン酸脱水素酵素(IDH)遺伝子変異を持っているが、このブログで何度も紹介したように、変異IDH自体はガンの増殖に直接関わるドライバーではないが、DNAメチル化やRNAメチル化を変化させるエピジェネティックガン遺伝子と言える。
このようなエピジェネティック過程を混乱させる遺伝子変異の典型が若年層を襲う脳腫瘍H3K27M陽性びまん性グリオーマだろう。この腫瘍ではヒストンによる抑制性の遺伝子発現制御を担うヒストンの27番目のリジンが変異を起こし、それまで抑制されていた遺伝子発現が一斉に活性化されることが引き金になる。そのため、多様なガン細胞から構成されているので、診断後の生存率が最も低いガンの一つだ。
今日紹介するドイツ ガン研究所からの論文は、ガンの引き金になっている変異型H3K27M自体を抗原として免疫することでガンを抑えられないか調べた第一相治験で、9月21日 Nature Medicine にオンライン掲載された。タイトルは「A H3K27M-targeted vaccine in adults with diffuse midline glioma(びまん性ミッドライングリオーマのH3K27Mを標的にするワクチン治療)」だ。
H3K27Mグリオーマは小児や若年層に多いが、この治験では8例の、成人(平均年齢27歳)を対象としている。現在びまん性グリオーマについては、溶解性ウイルスによる治療とともに、CAR-Tを含む免疫治療の治験が進んでいるが、H3K27Mという共通の変異分子を発現していることから、この分子を抗原として患者さんを免役するワクチン治療も開発が進められている。
これまで特定のMHCと結合する短いペプチドを用いたワクチン治療が開発されてきたが、この研究では27アミノ酸という長いペプチドを使うことで、MHC型を問わない免疫治療を目指している。
さて結果だが、
- ワクチンによる副作用は、局所通以外はほとんど発生しない。
- 8例中6例が治療に反応し、ガンの抑制がみられた。
- 4例については、ワクチン治療後3年以上生存し、一人は45ヶ月目でも再発が見られない。
- ワクチンに使ったペプチドの結合分子を調べると、クラスIIMHC に選択的に結合している。
- これに対応して、末梢血、脊髄液の抗原反応性T細胞のほとんどはCD4T細胞。
以上が結果で、まだまだ完全ではないが、びまん性グリオーマの予後を考えると、このままでも期待できると思うが、この研究はワクチン療法をさらに至適化することが出来る可能性も示唆している。
例えば、CD8キラー細胞も同時に誘導するような免疫方法、あるいはガン局所の炎症を高める方法との併用など、様々な可能性が考えられる。ともかく、免疫治療は効果があることは間違いなさそうなので、是非小児にも拡大できることを期待する。