医者として働いていたのはたかだか7年程度だが、血小板減少で止血がなかなか出来ないケースは今でも鮮明な記憶として残っている。赤血球を増やすエリスロポイエチンのように、血小板輸血の代わりに、血小板を増やす血小板増殖因子(TPO)のクローニングは、今か今かと待望された。当然世界中で遺伝子クローニング競争が行われたが、蓋を開けると我が国のキリンビール医薬探索研究所が一番乗りを果たしたことは、やはり鮮明な記憶として残っている。
ただ、エリスロポイエチンと違ってTPOの場合そのまま臨床応用とは行かなかった。これは、血小板上昇をコントロールしにくいこと、さらに刺激により逆に骨髄幹細胞が消耗する副作用問題を解決できなかったからだ。代わりに現在ではTPO受容体の様々なアゴニストが開発され、血小板の量をコントロールできるようになったが、骨髄幹細胞が消耗するという副作用は解決されていない。
今日紹介するスタンフォード大学からの論文は、TPOとその受容体の結合した構造をクライオ電顕で解析し、この解析に基づき変異を導入したTPOが、血小板増殖能を維持しながら骨髄幹細胞が消耗するTPOの作用を抑えることが出来ることを示した研究で、9月14日号 Cell に掲載された。筆頭著者は日本のTatsumiさんで、タイトルは「Structure of the thrombopoietin-MPL receptor complex is a blueprint for biasing hematopoiesis(トロンボポイエチン/MPL受容体複合体構造は造血を操作する青写真)」だ。
TPO受容体は同じMPLが膜上で2量体を形成することでシグナル伝達を行うが、まずこの2量体の構造をクライオ電顕で詳しく解析し、一つのTPOに二つのMPLが結合する構造基盤を明らかにしている。
MPL2量体形成はTPOが一つのMPLと強く、もう一つのMPLと弱く結合して橋渡しをすることで起こり、これにより細胞質内でいくつかのシグナルが活性化されるが、この研究では次に、弱く結合しているTPO部位で直接MPLに接している部分に変異を導入し、2量体形成の構造を変化させることで、下流のシグナルを操作できないか調べている。すなわち、最初の強いMPLとの結合の後で、もう一つのMPLがリクルートされ形成される2量体の構造、寿命などを変化させて下流シグナルが変化しないか調べている。
Yes or Noというシャープな結果ではないが、3種類の下流シグナルの内、STATシグナルやAKTシグナルが低下しているが、CREBシグナルはそのままという2種類の変異TPOリガンドを特定するのに成功している。
次に、この変異TPOによりおこる2量体形成の量や効率の変化をFRETと呼ばれる分子間相互作用を調べる方法で測定し、変異により2量体形成自体の構造には変化はないが、2量体形成、あるいは維持の割合が低下することがわかった。
最後にこうして出来た変異TPOの生物学的作用を調べ、変異TPOでも正常に血小板数を上昇させられること、しかし骨髄幹細胞過剰刺激という副作用は半分程度に抑えられていることが明らかになった。
さらに人間の骨髄を用いた刺激実験で、変異TPOは未熟な血液細胞の分化誘導を抑える一方、自己再生を維持できることも明らかになった。
異なる受容体が複合するIL-2などでは変異リガンドにより生物活性を操作できることはよくわかっているが、MPLのように2量体の形成効率や寿命を変化させるだけで、シグナルをある程度操作できるという今回の結果は、今後、他のシグナルでも応用できる可能性がある。いずれにせよ、TPOの臨床応用という面では大きな前進だ。TPOのクローニングを行ったキリンの宮崎さん達の感想も聞いてみたい。